シャニ・シングナプール寺院参拝その2

シャニのご神体に近づいたタイミングで夕方のアーラティが始まりました。

アーラティの様子

信じられないようなタイミングでしたが、シャニの祀られている台座に触れることにより、エネルギーを受け、幸運を得られたりするということで、数千人はいると思われる人々が殺到しました。
私たち一行もシャニの恩恵を受けるべく、台座に群がりました。

あまりの混乱にヤントラを手放してしまった方もおられましたが、最終的には、参加者23人全員がシャニ神の恩寵を受けられたと思います。
その後、若くたくましい僧侶とシャニを象徴するような、がりがりに痩せた老僧侶が上半身裸で身震いしながらアーラティ行う様子を眺めながら、喜びに浸りました。
炎が舞うたび、シャニのご神体から黒くあたたかなエネルギーが空中に放出され、善男善女が両手を挙げそれを受取ろうとする様子は壮観でした。
その後、めいめいが寺院に幾ばくかの寄付をして、帰ろうとしていると、寺の関係者に呼び止められ、広く清潔な部屋に案内されました。

特別室のサラスヴァティ像

シャニ神とハヌマーン神の絵がかけられ、今にも動き出しそうなリアルなサラスヴァティ女神像の鎮座するその部屋で待っていると、寺の管長と思しき威厳のある人物が、壮年の僧侶数人を伴って入ってきました。
管長らしき人物は、私たち一人一人にプラサードを手渡し、ツアーの代表である私には寺の歴史や由来が書かれた本をくださいました。
その部屋は、通常インドの政府関係者で大臣クラスでないと入れない部屋だそうで、私たち一行は特別待遇をしていただいたのかもしれません。そのほど日本人のツアーは珍しかったのでしょう。
帰り道に振り返ると、闇の中にほのかに浮かび上がるシャニ寺院は、美しく威厳に満ちていました。

帰り道のシャニ寺院

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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パンチャームリタの作り方

シヴァ神がシヴァリンガムとして初めて姿をあらわしたマハーシヴァラートリーにおいては、シヴァリンガムへのアビシェーカ(洗礼供養)が欠かせません。寺院では夜を徹しての儀式が執り行われます。

アビシェーカには以下を用いることが勧められ、それぞれを混ぜたパンチャームリタを作ります。パンチャームリタは「5つの甘露」を意味します。

・ヨーグルト:繁栄のため
・牛乳:純粋さ、信心深さのため
・蜂蜜:美しい言葉のため
・ギー:勝利のため
・砂糖:至福のため
・聖水:浄化のため

〜パンチャームリタの材料〜
・ヨーグルト:半カップ
・牛乳:1カップ
・蜂蜜:大さじ1
・ギー:大さじ1
・砂糖:20グラム

〜パンチャームリタの作り方〜
・ヨーグルトをなめらかになるまでよく混ぜます。
・なめらかになったヨーグルトに、その他の材料を入れ、さらによく混ぜます。

※上記の分量はご参考までにご覧ください。
希薄なもの、濃厚なもの、甘味の多いもの、甘味の少ないもの、お好みでお作りいただけます。
この他にも、トゥラシーの葉、ココナッツやバナナなどが加えられることもあります。

これらを用いたアビシェーカを行うことにより、自身の魂も浄化されると考えられています。

https://en.wikipedia.org/wiki/Panchamrita

至福の踊り

世界を破壊し、新たな創造を生み出すシヴァ神には、舞踏王であるナタラージャとしての姿があります。ナタラージャは、果てしない破壊と創造の躍動的なリズムで、アーナンダ・ターンダヴァム(至福の踊り)を踊ります。生と死の狭間の舞台において、さまざまな出来事に翻弄される私たちとは打って変わって、シヴァ神は喜んでそのリズムに乗り、世界を破壊し、新たな創造を生み出します。

ナタラージャとしてのシヴァ神は、小鬼である悪魔アパスマーラを踏みつぶした姿で描かれます。アパスマーラには「忘却」の意味があり、私たちが意識を失い安定を欠き、不安定な感覚的な快楽を追い求める無知と邪悪の象徴です。そこで経験する苦難は、私たちが神々を忘れた無知から生じます。

ヨーガにおいても、ナタラージャのアーサナが広く実践されます。片足で立ちバランスを取りながら、大きく胸を開き後屈を行うこのアーサナは、体と心の確かな安定と高い柔軟性を要するアーサナです。

確かな安定を得るためには、無知という悪魔を踏みつぶし、真実を理解しなければなりません。そのためには、真実である神々を常に思い、そこに身を委ね生きる術を学ぶ必要があります。そうして無知から解放された体と心には、確かな安定と、物事をあるがままに受け入れることのできる柔軟性が授けられます。

ナタラージャは、アパスマーラを踏みつぶしたままの姿に留まります。ナタラージャとしてのシヴァ神を礼拝することは、自分自身の内の無知を破壊し、その魂を解放することにも他ありません。

不可避である生と死を受け入れ、人生において自らを解放する至福の踊りを舞うためには、常にシヴァ神を思う定まった心が必要です。そうして授けられる確かな安定としなやかな体と心は、私たちを美しい踊子に育ててくれるに違いありません。

シヴァラートリーは、シヴァ神が至福の踊りを舞い、宇宙を創造した日であるといわれます。この神聖な夜、シヴァ神の大きな祝福がありますように、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

73、楽聖ターンセンの輸入楽器:Rabab

前回も少し話題に登り、この連載のVol.44でも逸話をご紹介しました、16世紀デリー宮廷でアクバル大帝の音楽教師も勤めた宮廷楽師長のミヤン・ターンセンは、前述しましたように「ルードラ・ヴィーナ」の名手と「古典声楽:ドゥルパド」の名歌手でした。(ドゥルパドの中興の祖とも言えます)
逸話でも紹介しましたように、ターンセンは、イスラム支配時代にもヒンドゥー文化を固持した西北インド・ラージプートのヒンドゥー藩王国の楽士に学び、中部インド・ヒンドゥー藩王国グワリオールの宮廷でプロデビューしました。イスラムへの改宗はその時と言われています。
彼はイスラム教正派スンニーの信徒でありながら、ヒンドゥー聖人とスーフィー聖人の師匠を持ち、長女の名はサラスワティーとしました。その娘の婿がグワリオールから引き抜かれた「ルードラ・ヴィーナ」の名手で、以後娘と婿で、「ルードラ・ヴィーナ」の系譜を継ぎ「(ターン・)セニ・ヴィーンカル派」と言われます。
一方ターンセンは、300年前のデリー宮廷の楽聖アミール・フスローに倣ったのか? 同様に中央アジアの音楽にも関心があったようで、パミール高原の大型三味線「ルバーブ(Rubab)」にヴィーナの「サワリ駒(ビヨーンという独特な響きになる)」を取り付けた新楽器を考案します。恐らく単にインド発音で「ラバーブ(Rabab)」と呼ばれていたのでしょうが、後に「ターンセン・ラバーブ」とも呼ばれます。この系譜は次男(長男より腕が立ったらしい)ビラス・カーンらに受け継がれ、以後「(ターン・)セニ・ラバービヤ派」と呼ばれます。

そして、「ターンセン・ラバーブ」が、「古典弦楽器のステイタス」を得られたのは、宮廷楽士長が創作したから以上に「ヴィーナのサワリ(日本語)駒」という「ステイタス」を得たからに他成りません。シタールがそれを得るのにはその後200年近くかかります。

「サワリ」は日本の三味線・琵琶に言われる言葉で、意図的に弦に棹や柱(フレット)や駒の部分が触れるように作られており、それによって単純な振動が複雑化し、倍音を豊富に含み、その助けも得て自ら共鳴しながら余韻を伸ばす仕組みです。偶然にも似た言葉でインドでは「ジャワリ」と言います。声楽用伴奏弦楽器の「タンプーラ」には、弦とサワリ駒の間に更に細い糸を挟み余韻を倍増させていますが、旋律楽器の場合、フレットを抑える場所によって弦長も角度も変わるので、その都度糸の位置を変える訳には行かないので使いません。タンプーラの糸は「ズィーヴァン(命_)」と言われますから、古典音楽が如何に「余韻」を求めていたかが分かります。

そして、この「余韻」こそが「古典音楽のステイタス」である訳です。
その理由は、インド音楽は伸ばされた余韻や音の中で装飾音が着けられることが圧倒的な特徴であるからです。そうでない西アジア以西、中国以東の楽器の場合、むしろ装飾音は弦を弾くのとほぼ同時に掛けられます。西洋音楽用語で「前打音」と言われる所以です。ところがインド音楽の場合、伸ばした音(声)の後に「アーーー〜〜〜〜」のように着けられるので強いて言えば「後付装飾音」と全く逆の発想になります。そしてその技法こそが古代音楽の継承者であることの証であり、西域渡来の大道芸や花柳界音楽との格の違いの見せ所だった分けです。

なので、「ターンセン・ラバーブ」は、ヴィーナの駒を付けたことで古典音楽楽器となった訳なのです。ただ、尤も「ターンセン・ラバーブ」の弦は、太い羊腸弦なので、「サワリ効果」は、金属弦の数割程度です。それでもサワリが無い場合よりは五倍以上余韻が長いのです。金属弦に変えなかったのは、恐らくターンセンが、シルクロード・パミール高原のオリジナル楽器の羊腸弦の「重低音」に大きな閃きを感じたからでしょう。巻弦という弦の回りに極細のコイルを巻いて太さの割に重低音が出るように工夫するのは早くても19世紀末頃でしょうから、金属弦で1mm以上もあると音程も音色も定まらず、何より抑えるのが一苦労。楽器演奏に関しては苦労を惜しまないインド人も流石にお手上げだったのでしょう。羊腸弦は金属弦より音量は半減しますが、同じ太さなら5度からオクターブ程も低く調弦出来ます。
これによって、ターンセンは、ドゥルパド系器楽を男声の音域で弾くことに成功し、より重厚なものにした訳です。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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シュリー・ラーマクリシュナ・ジャヤンティ(生誕祭)

ramakrishna

2月18日は、シュリー・ラーマクリシュナ・ジャヤンティ(生誕祭)です。シュリー・ラーマクリシュナは近代の代表的な聖人として世界中で崇められています。

磁石の針はいつも北を指している。
それだから帆船は方向を見失わないのだ。
人の心が神に向けられている限り、世俗の海に迷うことはない。
シュリー・ラーマクリシュナ

The magnetic needle always points to the north, and hence it is that sailing vessel does not lose her direction.
So long as the heart of man is directed towards God, he cannot be lost in the ocean of worldliness.
-Ramakrishna

※シュリー・ラーマクリシュナの生誕日は西暦では1836年2月18日となりますが、インドの暦にあてると、2017年は2月28日となります。

参照:http://www.drikpanchang.com/hindu-saints/ramakrishna/ramakrishna-paramahamsa-jayanti.html?year=2017

ヨーガ・スートラ第2章第4節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


अविद्या क्षेत्रमुत्तरेषां प्रसुप्ततनुविच्छिन्नोदाराणाम्॥४॥
Avidyā kṣetramuttareṣāṁ prasuptatanuvicchinnodārāṇām||4||
アヴィディヤー クシェートラムッタレーシャーン プラスプタタヌヴィッチンノーダーラーナーム
無明は、眠り、弱まり、中断し、高まる、その他の煩悩の地である。

簡単な解説:前節において、煩悩には、無明、我想、欲望、憎悪、生命欲の5つがあると説かれました。本節では、その煩悩について、我想、欲望、憎悪、生命欲の4つは、眠ったり、弱まったり、中断したり、高まったりするが、無明は常にそれらの生まれる地として存在していると説かれます。

スーリヤ・ナマスカーラの効果

ヨーガにおいて実践されるスーリヤ・ナマスカーラは、身体を大きく動かしながら行う太陽神への礼拝であり、私たちの心身に大きな恩恵を与えることが伝えられています。スーリヤ・ナマスカーラの実践により、身体の柔軟性が増し、血流や月経不順が改善し、筋力が鍛えられ、代謝が良くなるといった効果があり、7つのチャクラに深く関わりのある松果体、下垂体、甲状腺、副腎、膵臓、性線といった内分泌腺の働きにも良い影響を与えるといわれます。カロリー消費に役立つスーリヤ・ナマスカーラは、ダイエットにも効果的であり、Sinhaらによる研究【1】では、体重 62 kgの成人がスーリヤ・ナマスカーラを1度行うと、13.91カロリーを消費することがわかっています。

Bhavananiらによる研究【2】では、スーリヤ・ナマスカーラの実践によって、血圧の安定、肺機能や内臓機能の改善、筋力や握力、集中力や積極性の向上が見られることが明らかになりました。また、ゆっくりとしたペースで行う場合と速いペースで行う場合とでは効果が異なり、前者では瞑想的な効果が、後者では有酸素運動的な効果が得られると伝えられています。

スーリヤ・ナマスカーラは大人だけでなく、子どもにも多くの恩恵があります。スーリヤ・ナマスカーラを実践することで、身体の活力や持久力に加え、注意力や記憶力、さらには神経系の機能や代謝機能が向上し、睡眠の質も高まるといわれます。Javadekarらによる研究【3】では、スーリヤ・ナマスカーラを定期的に行う男児たちは、自己肯定感が高まり、何事に対しても積極的に取り組むという、心理面で大きな効果があることがわかりました。子どもたちはヨーガの指導者のもとで、体と心に見合ったスーリヤ・ナマスカーラを実践するといいでしょう。

女性は、重い月経痛や腰痛、貧血がある場合、月経中のスーリヤ・ナマスカーラの実践は控えることが勧められます。妊娠中は医師と相談の上で行う必要がありますが、スーリヤ・ナマスカーラの実践によって安産になると勧められる場合があります。また、子宮退縮不全を改善した例もあり、健康状態によっては出産後にスーリヤ・ナマスカーラを行うことも良いとされています。それだけでなく、若さが保たれ、肌に輝きが増すといった嬉しい恩恵もあります。

スーリヤ・ナマスカーラの実践は、指導者から学び、朝または夜に行うことが勧められます。持病や既往歴がある場合は、事前に医師に相談の上、実践すると良いでしょう。

(SitaRama)

参考文献:
【1】Sinha, B., et al. “Energy cost and cardiorespiratory changes during the practice of Surya Namaskar.” Indian journal of physiology and pharmacology 48.2 (2004): 184-190.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15521557

【2】Bhavanani, A. B., Udupa, K., & Ravindra, P. N. “A comparative study of slow and fast suryanamaskar on physiological function.” International journal of yoga 4.2 (2011): 71.
http://www.ijoy.org.in/text.asp?2011/4/2/71/85489

【3】Javadekar, P., & Manjunath, N. K. “Effect of Surya namaskar on sustained attention in school children.” J Yoga Phys Ther, 2, 110.(2012).
https://www.omicsonline.org/effect-of-surya-namaskar-on-sustained-attention-in-school-children-2157-7595.1000110.php?aid=6519

プラフラーダとホーリカー

bright Indian colors , Jaipur, Rajasthan, India

冬が終わり、春の心地よい気候の中で祝福されるホーリー祭。子どもから大人まで、カラフルな色にまみれながら、満面の笑みで喜びを分かち合う歓喜に満ちる瞬間です。大自然とともに生きる人々の喜びは、いつの時も、インドの日々の基本にあるものです。

そんな大きな喜びに溢れるホーリー祭の前夜には、街のあちこちで見上げるほどの大きな焚き火が燃え上がります。このホーリー祭の焚き火にまつわるプラフラーダとホーリカーの神話には、霊的なとても深い意味があります。改めて、その意味を見つめ直したいと思います。

魔王ヒラニヤカシプは、ヴィシュヌ神を熱心に崇める息子のプラフラーダを疎ましく思い殺害を企てると、神から炎に焼かれないという恩恵を得ていた娘ホーリカーの膝の上に座らせ、二人を炎の中に入れます。しかし、プラフラーダはヴィシュヌ神の加護によって炎に焼かれることはありませんでした。

代わりに焼かれてしまったのが、ホーリカーです。ホーリカーはプラフラーダを守るために犠牲となったと神聖視される一方で、自らに与えられた恩恵を利用しプラフラーダを焼き殺そうとしたために、神の怒りに触れ炎に焼かれたといわれます。

私たちの内には、プラフラーダとホーリカーの質があります。純質であるプラフラーダと、それを覆い隠すホーリカーです。ホーリー祭の夜に燃え上がるのは、金を精錬するように、自分自身の内のホーリカーを燃やし、プラフラーダという純質を高める神聖な炎です。プラフラーダの質が高まる時、炎に焼かれるような人生の試練にすら打ち勝つことのできる、強さと喜びが与えられるに違いありません。

この焚き火の準備は、ホーリー祭の40日前にあたるヴァサント・パンチャミー後から始まります。それは、燃やすべく薪などを集めながら、自分自身の内の浄化すべく質と向かい合う大切な期間でもあります。ホーリー祭では、悪を払うためのラークショーグナ・マントラと共に火を焚き、人々はプラフラーダを呼び覚まします。

冬が終わり、新しい季節を迎える時。心と体を清め、純粋な喜びを祝福できるよう、日々を過ごしたいと感じています。

(文章:ひるま)

ホーリー・フェスティバル2017

abstract artistic happy holi background vector illustration

ホーリー・フェスティバルは、豊年祈願を祝う春の祭典で、例年パールグナ月(2〜3月)に行われます。
道行く人々に、色粉を浴びせたり、色水をかけたりして、街中カラフルに染まるお祭りです。

今年2017年は、3月12日と13日に行われます(お祭りの日程や期間は地域によって異なります)。

このお祭りの起源は、さまざまな説がありますが、もっとも有名なのは悪王ヒラニヤカシプに関するものです。

彼は、苦行により、ブラフマー神から誰からも殺されないという特権を獲得しました。その権利を得た彼は、やがておごり高ぶり、人々に神ではなく、自分を崇めるように強要するようになっていきます。
そんな傲慢なヒラニヤカシプの息子であるプラフラーダは、打ってかわって、熱心にヴィシュヌ神を信仰していました。ヒラニヤカシプは、たびたび息子にヴィシュヌを信仰するのをやめ、自分を崇めるように強要しますが、息子は一向に聞き入れようとしません。
やがて彼は、息子に殺意を抱くようになり、さまざまな手段で息子を殺そうと試みます。
ある時は、息子に毒を飲ませましたが、ヴィシュヌ神の恩寵のために、毒は彼の口の中で甘露に変わってしまいました。
ある時は、巨大な象に息子を踏みつけさせましたが、驚くことに無傷のままでした。ある時は、お腹をすかせたコブラといっしょに、牢獄の中に閉じこめましたが、何事も起こりませんでした。

さまざまな手段を試みましたが、ヒラニヤカシプは、息子を殺すことができませんでした。
そんな時、ヒラニヤカシプはプラフラーダに、薪の上に娘のホーリカーといっしょに座るように命じました。まだ小さかったプラフラーダは、ホーリカーの膝の上に座ると、ヒラニヤカシプは、彼らを殺すために薪に火を投じました。ホーリカーは、神の恩寵のため、火から身を守るショールを持っていました。しかし、このショールはひとり分しか身を守ることができません。
熱心にヴィシュヌ神に祈りを捧げていたプラフラーダは、ショールがホーリカーの身から舞い降り、火から守られました。しかし、ホーリカーは、ヒラニヤカシプの犠牲となってしまいました。
一説では、このホーリカーの犠牲を、ホーリー祭として感謝するといわれています。

また他の説では、クリシュナに関するものがあります。
いたずら好きであったクリシュナは、愛するラーダーや他のゴーピーに色粉をつけて遊んでいたといわれます。また色白のラーダーに不満を抱いた色黒のクリシュナは、母に言いつけ、母がラーダーの顔に色粉を塗ったともいわれています。
この風習が広まり、クリシュナの聖地ヴリンダーヴァンやマトゥラーでは、16日間に渡ってホーリーが祝われるようです。

その他の説では、カーマデーヴァやシヴァ、プータナーに関するものもあります。しかし、どの説でも、善が悪に打ち克った勝利を祝うことが、このお祭りの起源になっているようです。

礼節の厳しいインドでは、唯一の無礼講が許されるお祭りとして有名ですが、色粉による健康被害も少なくないようですので、何事もほどほどにした方がよいかもしれませんね。

72、弦楽器の王:Vina

72

インド古代音楽に於ける弦楽器の総称である「ヴィーナ(Vina)」の語源は、私にも確証がありません。文献にはそもそも語源の記述は見当たりませんが、仏典に見られる「Venu」が語源かも知れません。仏典は中期ブラフマン教の伝統を、継承した部分と反発した部分に読み取ることが出来ます。しかしその当時の「Venu」は、「笛」だったようで、「僧侶階級は笛を吹かない」という話しと矛盾するようですが、カーストが確定するのは更に二千年以上後の「マヌ法典」の頃ですから、早くても仏教時代の後半に「笛は吹かない」となったとしても、仏教時代の前半やその前の時代には吹かれていたのかも知れません。同様にその時代からあると思われる「シャンカ(Shanka)/法螺貝」もまた「笛」の一種ですし「動物質」ですが、古代からずっと神聖な神器でした。なので「Venu語源説(と言いつつ私の他には言ってないようですが)」もあるかも知れません。

「VIna」の語になった頃も、特定の楽器を指すのではなく、「弦楽器の総称」でしたから、様々な種類がありました。当時は仏教とブラフマン・ヒンドゥー教が混在していた時代ですが、双方の神話に現れる様々な動物・鳥類を象ったヴィーナが作られていました。サラスワティー女神のお供「孔雀」を象った撥弦または弓奏楽器の「Mayuri-VIna」、ヴィシュヌ神の化身にも在る「亀」の形の「Kachapi-Vina」、仏教では「龍」と同義でもある「鰐」の形の「Makal-Vina」といった動物の他、楽聖であり聖仙であるナーラダが創作した「Narada-VIna」、「百弦」を意味する竪琴の「Shata-Tantri-VIna」20弦の「Dwa-dash-Tantri-Vina」、「天上の楽士」の「KInnari-Vina」などなどです。それらの幾つかは、インド各地の仏教遺跡のレリーフによってその形を知ることが出来ます。

「Kachapi}(亀)-Vina」と「Makal(鰐)-Vina」は仏教と共にインドシナ及びインドネシアにも伝わり、今日でもタイやカンボジアで「Krachappi/Chapay(亀)」「Chakhe(鰐)」の名でその形の片鱗が残る弦楽器が古典音楽で重用されています。インドネシアの島々では「Hasappe」「Hasapi」などと呼ばれ現存しますが、形もかなり様々で「亀」の面影もなく、現地の演奏家もその言われを全く知らないようです。

インドで仏教が衰退し始めた頃、ヒンドゥー教はブラフマン教をも圧倒し、サラスワティー女神やルードラ神などのブラフマンの神々もその神々の系譜に組み込みます。ルードラ神は、初期のプラーナ文献で既にシヴァの別名とされています。かなり貴重になりましたが、まだ北インドに現存する「ルードラ・ヴィーナ」は、大きな二つの干瓢の胴に竹筒のネックを渡し弦を張った楽器で、ターン・センもこの楽器の名手でした。と言うよりイスラム宮廷音楽になっても古代寺院僧侶音楽がその主流だったので当然なのですが。

このヴィーナのそもそものルーツは「サラスワティー女神が竹筒弦楽器を、その豊かな二つの乳房に充てて共鳴させた」という伝承にあるもので、仏教レリーフでも確認出来ます。故に、そもそもは「サラスワティー・ヴィーナだったのです。恐らく女性用の小型がそれで、男性用(身体の大きさだけの問題でなく、声楽の合間に演奏したため、男声女声のKeyに合わせた)の大型が「ルードラ・ヴィーナ」だった訳です。

 中世以降から今日南インド古典音楽で用いられる「サラスワティー・ヴィーナ」は、その形状(樹をくり抜いた大きな柄杓型)を見ても分かるように、西アジア弦楽器「タンブーラ」(南インドでも或る種のヒンドゥー修行僧が好んで弾いた)にヴィーナの駒を取り付けたものですが、イギリス植民地時代のヒンドゥー文化復興運動の頃に「サラスワティー・ヴィーナ」の名前を起用しました。なので、結構ややっこしい話しになっているのです。今日の南の「サラスワティー・ヴィーナ」は、副共鳴体付きのシタールのように上部の共鳴体は小さく、元祖の「二つの乳房」とは大違いの不揃いです。

胸に充てて共鳴させるヴィーナは、仏教時代には托鉢の修行僧や盲僧の楽器となり男が弾きましたので半球状の干瓢のひとつの胴体を持ち、胸で共鳴(もしくは胸板で反響)させます。この楽器の子孫は、今日でも僅かにタイ、カンボジアに残っています。カンボジアの知人に作らせた時「ポルポト時代に殺されもう最後の一人の職人が作った」と言っていましたから、最早絶滅したかも知れません。偶然にもその奏法や形はブラジル格闘技カポエラに用いる楽弓「ビリンバウ」に極似します。

一方大乗仏教の経路でチベットや中国に伝わったヴィーナは、定説では「琵琶」の語源であると言われますが、遠からずとも当たらずと思います。古代中国の「琵琶」の発音がどうであったか?も課題ですが、それ以前に、中国に伝わる前に、当時最高水準の仏教文化を誇り、素晴らしい楽器演奏図だけが壁画に残る「亀爾(キジル)」王国に於ける呼称を検証すべきと思われます。恐らく定説通り「ヴィーナ」の音訳が「琵琶」なのでしょうが、「インドから中国」ではないのです。

また「ヴィーナ」の語意は、弦楽器の総称であり、希に管楽器にも「ムカ・ヴィーナ(口ヴィーナ)」などと用いますので、「琵琶」と音訳するより「琴」と意訳した方がしっくりいくとも考えられ、上記の「動物ヴィーナ」は、それぞれ「亀琴」「鰐琴」「孔雀琴」と表せます。中国では「琴」は、柱のない古い「おこと」の一種ですが、「弦楽器の総称」でもあり、日本でも有名な「二胡」は、「胡琴」の一種です。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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