マハー・シヴァラートリー2018

2018年2月14日は、マハー・シヴァラートリーの祭日です(インドでは13日となります)。

シヴァラートリーとは「シヴァの夜(ラートリー)または吉兆の夜」という意味です。シヴァラートリーは、毎月、満月から13日夜/14日目にあたります。しかし、特にパールグナ月(マーガ月となる地域もあります。2月〜3月)のシヴァラートリーは、マハー・シヴァラートリーと呼ばれ、一年の内でもっとも神聖な夜として知られています。

この夜、シヴァ神の信者たちは、断食をし、睡眠を絶ち霊性修行に励みます。シヴァラートリーは、月が満月から新月へと変化する境目です。充ち満ちた欲望(月)がやがて消滅していくように、満月から新月へと変化するシヴァラートリーの日に霊性修行に励むことで、欲望を滅し、解脱へと至る精神力が獲得できると信じられてきました。

シヴァラートリーの日は、シヴァ神を崇めるもっとも神聖な日です。この日には、シヴァリンガムを崇めたり、あるいは、シヴァ神の御名やルドラムを唱えたり、バジャンを歌ったり、瞑想を行うことがすすめられています。またルドラークシャを身に着けるのにもっとも適した日であるとも言われています。シヴァ・パンチャクシャラ・マントラ(オーム・ナマ・シヴァーヤ)も、この日に唱えることで、大きな功徳をもたらすといわれます。

シヴァラートリーの日には、さまざまな言い伝えが残されています。

この日、シヴァ神はパールヴァティー女神と結婚をしたと言われています。シヴァとシャクティとの永遠の合一である非常に吉兆な日です。シヴァ神はエネルギーの原始であり、シャクティと共に創造者として、そしてマハーカーラとしては破壊者でもあります。

またシヴァ神が保護と維持、そして破壊のダンス「タンダヴァの踊り」を舞い、宇宙を創造したのも、この日であると言われています。

猛毒ハーラーハラが世界を焼き尽くそうとしたとき、神々の願いに応え、シヴァ神はハーラーハラの猛毒を飲みほし、世界を救いました。ハーラーハラは、シヴァ神にとっても強大な猛毒であったため、シヴァ神の首が猛毒で青くなり、このためにシヴァ神は、ニーラカンタ(ニーラ[青]カンタ[首])と呼ばれるようになった話は有名です。

シヴァ神にはさまざまな特性があり、マハーヨーギーとして、チャンドラシェーカラとして、ガンジス河の始まりとして、そして彼こそがこの宇宙のタントラ(テクニック)を理解する唯一のアゴーラ(シヴァの別名)でもあるとして知られています。彼は、マハーデーヴァなのです。

深い献身と共に、このマハー・シヴァラートリーの夜にマハーデーヴァを崇拝する信者たちに、シヴァ神はその至福から信者たちが望む結果を与えます。従って、あらゆる面での障害や苦難を取り除くため、この吉兆な夜に、人々は信心深くシヴァ神を崇拝するべきだと言われています。

多くの人々はこの日、早朝に体を清め、シヴァ神に心を定め一日を過ごします。断食を行う人々も少なくありません。未婚の女性たちはシヴァ神のような夫を授けられるよう、また既婚の女性たちは夫の健康と至福を願い、断食を行います。人々は夜にはシヴァ神を祀る寺院を訪れ、夜通しで賛歌を捧げ、祈り、シヴァ神を讃え瞑想します。家庭においても、夜には家族が集まりシヴァ神を讃えるプージャーが執り行われます。

この最も吉兆な夜が、皆さまにとっても祝福に満ちたものとなりますようお祈りしております。

116、サラスワティー女神のラーガ(1)Raga:Saraswati

サラスワティー女神も、Vol.113で因むラーガをご紹介したクリシュナ神と同様に、その、母性的とも言える優しさと、「学問の神」の理知的さで、とても親しまれている神です。

しかし、本来は、ヴェーダどころか、北インドに移住しヴェーダを説いたアーリア人がペルシアに居た頃からの神で、後世(かなり後)に、その宗教を大変革させたゾロアスター教でも同系女神が生き残っています。

また、インド・スピリチュアル・グッズのお店、このSita-RamaさんのBlogでも、何度か詳しく紹介されている同系だが別派の女神「Matangi」などは、むしろ逆のイメージがあります。と言いますより、むしろそちらの方が、本来、より古いサラスワティー女神のイメージであると考えられます。

同じこと。即ち、本来「愛と恐怖/優しさと惨忍さ/包容力とヒステリー」といった、全く相反するイメージが共存した結果、そこには「畏怖の念」しか感じ得ないような有り様が「神々」であったのが、紀元前2~3千年頃、世界各地でほぼ同時に変革され、以後は「人間本意(人間に都合の良い)の優しい神々」に偏る傾向があります。

言い換えれば、そのイメージに反した神。神話的に言うと、「人間に迎合するなどあり得ん!」と叛旗を翻した「古いタイプの神々」は、「悪神」として、むしろ攻撃され、蹂躙され、従属隷属させられた、という歴史もまた、世界の異なる宗教に同時に存在します。

また、インドの場合は、悪神とはされずとも、古い神が、新しい神の配下に置かれたり、力の差が顕著に説かれたりした結果、極めて陰が薄くなった例は沢山あります。
そのような中に於いて、サラスワティー女神は、「優しくなっただけ」で、存在し続けており、ヴェーダ期からの長く根強い信仰のあつさを物語っていると言えます。

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サラスワティーのラーガ(旋法)
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サラスワティーに因んだラーガ(旋法)で、最も有名な、その名も「Raga:Saraswati」は、偶然かも知れませんが、「本来の姿」を彷彿とさせる、形而下的・感覚的な言い方をすれば、「厳しい・おどろおどろしい・迫力がある」イメージを起こさせるラーガと言えます。

Raga:Saraswatiが属する「音階群」は、Khamaj-Thatとされていますが、ファが「ファ#」であることの容認は、同That(タート)ではかなりキビシイ感じもします。つまりそもそも「分類不能(に近い/PP-Raga)」ということなのですが。

好意的且つより高次の解釈をすれば、Khamaj-Thatのラーガ(かなり多い)の殆どに於いて、基音Saに対してテンション性が低い「フラットのシ」を特徴としつつも、テンションがある「ナチュラルのシ」もある意味多用(二つのシの使い分け)します。その「四度五度展開」と考えれば、属音「Pa(ソ)」に対し、「シのナチュラル同様の性質を持つのがファ#」と言えなくもありません。

しかし、Khamaj-Thatが、上行と下行で、このテンションを切り替えるのに対し、Raga:Saraswatiでは終始一貫して「ファ#」ですから、違和感も否めません。

逆に、Khamaj-Thatの根拠が、「シのフラット」であろうと思われますが、「テンションがキツいファ#」を使っておきながら、「シは終始フラット」というのも矛盾です。
勿論、「シのフラット」の、「如何にもKhamaj-Thatらしいフレイズ」も多々見られますが。

しかし、この連載の初期にもお話ししましたが、そもそも「神々のラーガ」は、その他のラーガと比べて、むしろ「アンバランス・不条理」なものが多いのです。
七音音階は、「Sampurna(満たされた/完全な)」と呼ばれますが、神々のラーガの多くは五音音階、言わば不完全なのです。

このRaga:Saraswatiは、上行音列で五音、下行音列で六音です。「Ga(ミ)」は始終割愛です。上行音列の「ド、レ、ファ、ソ、ラ、ド」は、Vol.10でご紹介した「Raga:Druga」と同じですが、ファが#で、全く赴きが異なります。

Raga:Saraswatiの上行音列は「SRMPDS(ドレファ#ソラド)」で、下行音列は「SnDPMRS(ドシ♭ラソファ#レド)」で、主音は「Pa(ソ)」、副主音は「Re(レ)」ですが、「レから始るフレイズが多い」「シラソ」のフレイズが多い、の他、取り立てて強調されている感じでもありません。

と言うのも、「同じ音階だが異なるラーガ」に於いては、前回Vol.113で、クリシュナ神に因むラーガと類似(いささ紛らわしい)ラーガの比較で説いたように、「音の動きの違い=主音の違い」は大きな要素となりますが、このRaga:Saraswatiのように「前半(下のテトラコルド)は「テンション系(ファ#だから)」と「後半(上のテトラコルド)は、非テンション系(シ♭だから)」という、或る意味「ミスマッチ」な異例さ、奇抜さがあるので、「音階だけでラーガが同定されてしまいそう」とも言えます。実際、そのような「初心者レベル」でRaga:Saraswatiを平・Rと演奏しているプロも少なく在りません。言い換えれば「類似のラーガがほぼ無い」ことに助けられているに過ぎません。

が、もし上に挑むならば、第二ステージでは、「テンションと非テンションのバランスの妙」、その上のステージでは、「Khamaj–Thatたる所以」を表現(Avir-Bhav)」してしかるべきでしょうが、残念ながら他者の演奏ではまだ、それを聴いたことがありません。

むしろ、インド音楽ファンなら殆どの人が知っているだろう有名なプロが、スケール的に弾く。つまり、上記の「初歩的な際立つ個性」ばかりを強調していますので、いささか論外な感じです。と言いますか、「流石、売れただけあって、大衆迎合性に長けている」と感心します。

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印日・弁天比較
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今回の図は、言う迄もなく、上段三柱が、インドのサラスワティー女神(系)で、下段三柱が日本に伝わった「弁財(才)天系」の女神たちです。

上段左は、南インド型のヴィーナ。通称「Saraswati-Vina」もしくは「Karnatik-VIna」を持ち、中央は、南インドでは用いない北インドの「Sitar」、右は、北インドのヴィーナ(古楽器)である、通称「Vin」または「Rudra-Vina」を持つ「Matangi女神」です。

南インド型のヴィーナを「より古い」と勘違いをしている人も少なく在りませんが、そもそも「木を刳り貫いたスプーン型(の胴と棹の様子)」は、西域からイスラム教徒が南インドに伝えたもので、今日ではもっぱら伴奏楽器となっている「(南の)Tambura」の形状に倣って「Vin」を改造したものです。よって、中央の、シタールを持たせていることに対し「イスラム宮廷の楽器だと違和感がある」というのも共感しますが、音楽史の理屈では、どっこいどっこいとも言えます。

その点で、南のヴィ―ナやシタールで描かれるマタンギ女神もあるようですが、「二つの干瓢共鳴胴を、その豊かな二つの乳房に充てて響かせた」という神話の故事通りの、上段右図の形状の「Vin」が南北ともに相応しいとも言えます。勿論、胸にあてがう大きさの楽器は、仏跡の石彫に残るだけで、音楽史の中では古くから、絵と同じかより大きな楽器になっています。

下の日本の江戸時代の図版には、実は「弁天様」はいらっしゃりません。下段の左は「妙音天」。中央が「光明王菩薩」で右が「金曜星の象徴図」です。

中国唐代に西域楽器を元にしてこの姿になった、良く知られた形の「琵琶」を持つことから、インドの女神とは風情が大分異なりますが、仏跡の石彫を見れば、変化したのはむしろインドの方とも言えます。つまり、日本図の方が、より古いSaraswatiの風情かも知れないということです。

「妙音天」は、その文字でも分かるように、「弁天様」の幾つかの要素の中の「音楽」が特化したもので、現在執筆中の本でより詳しく説きましたが、戦前から今日に至る、日本の学会の定説に叛旗を翻し、戦前に淘汰された「九州伝来説」を書いていますが。伝来修行僧(琵琶法師)の多くが、この妙音天・妙音菩薩の経文を吟じていました。遡れば、初期ヴェーダ時代、否、ペルシア時代に繋がる「(元祖・原点)Saraswati派」が野に下り、放浪大道芸人としてたくましく生き続けていた姿なのです。

中央の「光明王菩薩」または「光明大菩薩」は、音楽以外の要素を総合した本来のSaraswatiで、むしろ「弁財(才)天」が俗称であることが思い知らされます。

ところが謎は、右の「金曜星の象徴(具現)図」です。「七曜」を同様に具現したもののひとつですが、「金曜=金星」の守護神は、近代インド占星術では「Rama」な筈です。
前述しましたように、ヴェーダの教えの多くが仏教によって、むしろ守られ継承されている(が、残念ながら重要なものの多くが形骸化している)のですから、「Vishnu系のRamaか?Saraswati系か?」は、マタンギ女神の解釈とも合わせて、かなり重要でデリケートなテーマとも言えます。そもそも「近代インド占星術」では、Saraswatiは、殆ど皆無と言ってよいほどオミットされています。

しかし、古代ペルシア、(勿論ゾロアスター教以前)の宗教と占星術は、古代ローマに於いてさえも流行した程の力を持っていました。が、それ故に反対勢力の叛意が高まり、殆ど壊滅させられてしまうのですが。その一旦を垣間見るミトラ教などとの関連も含め、Saraswatiの存在の奥深さを感じてやみません。

ちなみに、下段中央の光明王菩薩は、上段右のMatangiや、ここにはありませんが、多くのSaraswati図同様に「蓮花(Pundarika)」に乗っています。
ところが、上段左のSaraswatiと、下段左の妙音天は、「大樹の切り株」に腰掛けています。

何れも絵画ながらに、細かい重要な点は、しっかり守っているのです。その点、上段中央のシタールを弾かせている図は、後ろの孔雀の羽が、Vishnu系の「多頭蛇(Naga)」の真似のようであり、腰掛けている岩も、何だか適当な感じがします。Matangiが座す蓮花が浮かぶ河は、言う迄もなく、伝説のSaraswati河であり、遠望の山はヒマラヤであり須弥山であり、やはり細かく描かれていることに感心させられます。

ヤントラ(ペンダント)の写真は、ここSita-Ramaさんのネット・ショップで販売しているものです。もしかしたらインド最古の信仰のひとつかも知れないサラスワティー。その波乱万丈の数千年の中で、平安~明治時代、今日に至る日本人さえも支えて来た頼もしい神。びっくりするほどお手軽なお値段ですから、勉学や音楽修行の励ましに良いのではないでしょうか。前回ご紹介したDurga女神や、Shiva神のヤントラとは異なり、蓮華の象徴が落ち着いたバランスを感じさせます。

https://sitarama.jp/?pid=111968228

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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また、現在実施しております「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」は、まだまだご回答が少ないので、
是非、奮ってご参加下さいますよう。宜しくお願いいたします。

https://youtu.be/wWmYiPbgCzg

12月1月も、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行います。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

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You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

「いいね!」「チャンネル登録」などの応援を頂けましたら誠に幸いです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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ヨーガ・スートラ第2章第53節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


धारणासु च योग्यता मनसः॥५३॥
Dhāraṇāsu ca yogyatā manasaḥ||53||
ダーラナース チャ ヨーギャター マナサハ
そして、心は凝念に適合する。

簡単な解説:前節において、調気法の修行の結果、心の光明を覆い隠す煩悩が消滅し、解脱へ導く知識の光が生じると説かれました。本節では、その調気法を通じて、心の集中能力も発達し、さまざまな凝念に堪えられるようになると説かれます。

スタッフ日記:第21回アンナダーナ終了しました!

第21回アンナダーナにお気持ちを寄せていただきました皆さま、本当にありがとうございます。今回は寺院にて、滞りなく無事に終えることができました。

広大な地でさまざまな思想や慣習が入り混じるインドでは、古くからそれぞれ独自の暦が用いられ、新年もさまざまに異なります。この時期は、日本のような盛大な新年のお祝いはありませんが、それぞれが祝福を楽しんだようです。日本も寒い時期を迎えていますが、アンナダーナを実施しているデリーも今が一番寒く、朝は5度近くまで冷え込んでいます。

今回のアンナダーナはいつも以上に大混雑となり、3時間ほどで1000食分以上を配り終えました。寺院での実施の際に多く訪れてくださる労働者の方たちは、新年もお休みになることはあまりなく、いつも通りの厳しい労働があります。太陽がでなければ体の芯まで冷えるような日もあり、温かい食事にほっとした喜びを共有する姿が見られました。

実施した土曜日は学校があるため、学校帰りの子どもたちの姿も多くありました。子どもたちの姿が加わると、周辺は途端に賑やかになります。食事の美味しさを全身で表現する子どもたちの姿を見ると、こちらまで笑顔になり嬉しくなります。

準備はいつも通り、朝早くから始まりました。

始まりはゆっくりですが、13時をすぎると大行列になります。

今回はとりわけ大混雑になりました。

子どもたちは喜んで食事をしていました。

寺院での実施では子どもから大人まで、幅広い層の方たちに食事を提供することができます。

温かい気持ちの詰まった食事を通じて、ひとりでも多くの人が喜びを得られるように願うばかりです。

新しい一年の始まりが、大きな祝福に満ちた時となりました。たくさんの方たちのご協力が集まり、いつもこうしてアンナダーナを実施できること、とても嬉しく思います。小さなことでも、行動を起こすことの大切さを実感させられます。こうした行いを通じて、学びを深めながら豊かな日々を過ごしていきたいと感じています。皆様の新しい一年も、幸せに満ちた年となりますよう、心よりお祈りしております。

次回は、病院でのアンナダーナを予定しています。次回も温かいご協力のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

アンナダーナを通じ、皆様にも大きな恩寵がありますように。

(スタッフ:ひるま)

集中力を高めるヨーガ

ある一つの事柄に対し、意識を働かせる能力。物事に取り組む際には、この集中力や注意力が欠かせません。こうした能力を高めるには、精神統一が役立ちます。その実践を通じて、脳内で正しく情報が処理され、記憶力も向上するといわれます。

私たちの日常生活に大きな恩恵をもたらす精神統一は、多岐に渡る方法が実践されています。その代表ともいえるのが、ヨーガです。ヨーガには、私たちの集中力や注意力を向上させる大きな力が秘められています。

一説には、適度な緊張は集中力を高めるといわれ、実際に、仕事のパフォーマンスをあげることが報告されています。しかし、長期的に緊張を感じ続けることで生じるストレスは、心身にさまざまな不調をもたらし、いずれは集中力や注意力の低下を引き起こしかねません。ヨーガは、ストレスを感じることなく、集中力や注意力を高める優れた方法の一つです。

ヨーガには、身体を動かすアーサナに限らず、呼吸法であるプラーナーヤーマ、ある対象物に集中を行うダーラナー、そして、瞑想を行うディヤーナも含まれます。こうした総合的なヨーガの実践は、身体の柔軟性や筋力を高めるだけでなく、自律神経を整え、脳に新鮮な酸素を供給します。そうして心身の機能が向上することで、集中力や注意力が高まるといわれます。

例えば、身体を動かすアーサナの実践では、目線の向け方であるドリシュティを用いることで、一点を見る力が培われます。また、身体を動かす際に呼吸へ意識を置くことで、分散していた意識が一つにつながります。集中を意味するダーラナーの実践は、思考を落ち着かせ、散漫状態の心を定めます。

ヨーガの経典であるヨーガ・スートラでは、「ヨーガは、心の働きを止滅することである(第1章第2節)」と説いています。集中力や注意力を妨げるのは、せわしない心の働きです。その働きを止滅するヨーガという精神統一を習慣にすることで、物事の理解が容易くなり、仕事にも効率的・効果的に取り組むことができるでしょう。まずは一日に20分間、ヨーガを通じて自分自身と向き合う時間を作り、精神統一の実践に取り組んでみてはいかがでしょうか。

(SitaRama)

月食を見る?、見ない?

今月は月末に皆既月食があります。また2018年全体を見ると7月末にも皆既月食があります。
(今年は見られるのは月食だけで、日本で見られる日食はありません。)
なかなか見られない天体ショーとして楽しみにしておられる方もおられるのではないでしょうか?

インドでは、日食や月食を見るのは良くないとされています。
もちろん占星術的に意味があることなのですが、インドでは社会全体に浸透しているようで、寺院のみならず、 一般家庭でも戸締りをして祭壇を布で覆うことが多いようです。

2012年5月に1000年に1度と言われる金環日食が日本で見られましたが、 その時ブログに「見ない方がいいかもしれません。」と書きましたら、一部の方から批判のメッセージをいただきました。
(たしかに、世紀の天体ショーを「見ない方がいい。」と申し上げたことに対し、お怒りになる気持ちもよく理解できます。)

幸いなことに、当時マスコミによく出ていた日本文化に詳しい大学教授が、「日本では古来から日食は見なかった。」というような記事をSNS上に発信しておられ、そのせいもあり、大きく非難されることはありませんでした。

日食や月食を見ると、大部分の方は運命に良くない影響があるのはたしかなようです。
しかし、一方で見るか見ないかは当然のことながら、個人の自由です。

稀な天体ショーを大いに楽しむもいいでしょうし、穢れを避けるために籠って、掃除をしたり、マントラを唱えるのもいいでしょう。
奇しくも1月31日は、南インドでは、タイプーサムでもありますね。
皆さま、どうぞ有意義な時をお過ごしくださいませ。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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[ガネーシャ・ギリ 同行]最強厄除開運・インド縦断 – 女神と聖者とガンジス川から力を貰う旅

ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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祈りの力

新しい一年が始まりました。新年を迎え、気持ちを新たに初詣へ行かれた方も多いことと思います。これからの一年が幸せであるように願いながら、さまざまな思いを抱かれたのではないでしょうか。神聖な場所を詣で、心を新たする瞬間は、日々の中で気持ちを引き締める大切な機会のように感じます。

インドでは、こうした神々に近づく行いが日常の中に溢れています。朝に身を清めた後、まずは神々へ近づき、礼拝を行うことから1日を始める人も少なくありません。礼拝は、寺院を訪れ行う人もいれば、家庭の祭壇で行う人、また、自分自身の心の中で行う人など、その方法はさまざまです。

こうした礼拝の主たる目的は、個々の魂を最高の魂と結びつけることにあります。神々を礼拝し瞑想することを意味する「ウパーサナー」という言葉には、「近くに座る」という意味があるように、その言葉を通じても、私たちが礼拝を行う意味が見えてきます。

礼拝によって神々に近づき、自分自身の内で神聖さを瞑想することは、崇高な意識を磨くことに他ありません。そうして能力を向上させ成長して行く時、願望の実現という何よりもの恩恵が授けられるはずです。

初詣で多くの人々が祈りを捧げるように、願望の実現のためには、はっきりとした目標を持つことが大切です。その行いは、誓願を意味する「サンカルパ」と呼ばれます。サンカルパは、自分自身の内で目標を明確にし、決意をすることで、その達成のための力を呼び覚ます瞑想でもあります。

少しの時間でも、日々の中で祈りの時間を持つことによって、私たちの意識は研ぎ澄まされていきます。そこで自分自身の決意を思考にし、言葉にし、行動に移すことで、目標への道はより明るく照らされるに違いありません。

この新年の時に抱いた思いを成就することができるように、日々のウパーサナーとサンカルパを実践していきたいと感じています。皆様にとっても、この一年が幸せで実りある年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

115、16世紀の楽聖Tan Senの流派(2)

彼の有名なタージマハルを作らせたムガール帝第六代皇帝:Shah-Jahan(在位:1628~1658)自身も、先代に劣らぬ熾烈な王権・親族争いの末に皇位を継承しましたが、その四人の息子達も同じことを繰り返すという哀しい歴史となりました。シャー・ジャハーンもまた、先代同様晩年は幽閉され、帝位を奪われました。

第七代皇帝:Aurangzeb(1658~1707)は、暴君のイメージがありますが、正しくは、王族の存続どころか、国家の基盤さえ危うくしたシャー・ジャハーンの方が遥かに暴君で、アウラングゼーブは、先代のツケを払う為に、懸命に正しい道を突き進んだとも言えます。

このテーマの前回:Vol.112の図版を見て頂くと分かるように、13世紀、大臣でありながら楽聖であったHazarat Amir Khusraw(1253~1325)が使えたAllauddin Khirj(在位:1296~1316)の時点で、ほぼ全インドを支配しておきながら、Akbar(在位:1556~1605)の時代では、南インドにイスラム王朝が乱立していました。

それをアウラングゼーブは、先代が滅茶苦茶にした財政と政治構造を改革し、再び全インドを掌握するに至ったのです。言い換えれば、極めて敬虔なムスリムであり、覇権主義・権威主義や汚職・腐敗を嫌い、或る意味彼の抱く理想国家を構築せんとした超真面目な皇帝であったということかも知れません。

しかしそのリストラクション政策と皇帝がイスラム教正派:スンニーの信徒であったことから、Seni派のみならず、宮廷楽師は生活の危機を体験するのです。勿論その他にも、全インド平定の際に犠牲になったヒンドゥー教徒や寺院も数知れないことでしょう。

イスラム教には基本的に「歌舞音曲好ましからず」の不文律があります。対してアウラングゼーブに破れた兄ダーラシコーは、ウパニシャッドをペルシア語に翻訳させたと言いますから、彼が皇帝に君臨していたら、インド古典音楽もまた大きく変わっていたかも知れません。

それでもターン・センの孫:Lal Khanの四人の息子は、アウラングゼーブの宮廷で歌い、褒美を授かったとされます。

しかし。この時代と、アウラングゼーブ没後の再三の王権争いで、ムガール帝国自体が大きく揺れたこともあって、1724年宰相アーサフ・シャーがデカン高原ハイデラバードで独立しニザム王朝を興し、北部では大守サーダット・カーンがファイザバードで独立の後に1727年アワド王朝を興し、ベンガル王朝は1740年再び独立し、パンジャブ地方の古都ラホールはシク教国に併合され、1739年以降サファヴィー朝ペルシアのナーディル・シャー軍が度々進攻し、ムガール王朝の領土はデリー周辺直径500Kmの小国(独立王朝では最小の)になってしまいました。

その結果、16世紀後半から18世紀前半に掛けて、Seni派の楽師の多くが、新天地を求めて東方のランプール、ローヒルカンド、ラクナウ、ヴァラナシ、ダルバンガ、南方のインドール、グワリオール、西方のアルワール、ジャイプールに移転します。実際ビハール州のダルバンガ、トリプラのアガルターラを例外的な最東として、他はいずれも、デリーから今日飛行機で一時間程度の言わば近郊ですが、とりわけ東方に移転した音楽家の中に、所謂「中興の祖」のような名人が現れたため。総称して「Purabiya(東方組)」というステイタスを確立しました。

その後、18世紀後半から19世紀に掛けても、ムガール王朝は縮小の一途を辿り、逆に上記の藩王国はイギリスの分割統治の巧妙な策の上での繁栄を欲しいがままに発展していました。

既に移住したPurabiyaが築いた宮廷音楽に於けるSeni派の基盤を頼りに、その後のSeni派の音楽家も、移住したり、デリーとの間を行き来したり、藩王国を渡り歩いたりして、Seni派の門下を広げて行きます。

デリー残ったVinkar派のLal Khanの孫Nirmar Shahとその息子のNiyamat Khan(Sadarang)(1670~1748)は、Seni派の音楽性を保つ以上の功績と名声を博した言われます。

Sadarangは、十四代皇帝:Md.Shah Rangila(在位:1719~1748)の宮廷楽師長としての名声を誇っていましたが、王の粋狂に腹を立てて辞表を叩き付け、東方のJaunpur宮廷に転職し、その後新たな歌謡様式を創案し返り咲いた逸話を、この連載で以前、Vol.46でお話ししました。これが新声楽様式Khayalの原型と言われます。

デリー東方のラーンプールの太守(Nawab)は、代々古典音楽の頼もしいパトロンを越えた音楽マニアで、自身も音楽史残る名演奏家であった人物も少なく在りません。

Sadarangの孫:Umrao Khan(?~1840)が移住した頃のラーンプール太守:Ahmad Ali Khan(在位:1794~1840)は、かなりの音楽マニアで、強力な古典音楽のパトロンでした。Umrao Khanが没した年に太守となった後継:Sayyd Md. Khan(在位:1840~1855)もまた古典音楽の重要な支援者でした。しかし彼ら以上に特筆すべきは、後に太守となった孫のSayyd Kalbe Ali Khan Bahadur(在位;1864~1870)とその弟(太守にはならず)Haidar Ali Khanであると言えます。Kalbe Ali Khanは、Umrao Khanの息子で、Rampur宮廷楽師長を継いだ:Amir Khan(?~1870)の強力な支援者であると共に、彼自身も、Rababとその発展楽器Sur-Singharの名手として知られます。

またこの頃、Lucknowに移住したRababiyaでは、諸説ありますが、一般にBilas Khanから七代目に当たると言われると共に、「中興の祖」でもあった「三兄弟」が特筆されています。その、Pyar Khan(1780頃?)、Zafar Khan(同?)、Basat Khan(1787~1889)は、いずれもDhurupadとRababの巨匠でした。

私の師匠の流派では、曾祖父:Ud.Niyamet Khan(1816~1911)と祖父:Ud.Shafayet Khan(1838~1915)が、Basat Khanの弟子となり、祖父:Ud.Keramatullah Khan(1848~1933)が、Pyar Khanの弟子となり、流派はSeni派の一員となりました。

上記の新楽器Sur-Singharは、三兄弟の長兄:Pyar Khanの創作と言われますが、既にアフガニスタン弦楽器:ルバーブを改造しサロードを用いていた師匠の祖父・曾祖父たちが、その師:Pyar KhanのSur-Singhar創作に多大な影響を与えたことは間違い在りません。

前述のUmrao Khanは、ラーンプールを拠点として、ラクナウやヴァラナシの宮廷からも呼ばれて赴き、音楽指導を積極的に行いました。息子Amir Khanもまた、太守Sayyd Md. Khanの宮廷楽師であると共に、次次代の太守:Kalbe Ali Khanの師を勤めた他、シャージャハンプール派Sarodの中期の名人Fida Hussain Khanを弟子としました。

このAmir Khanの息子のWazir Khan(1851~1926)は、Seni・Vinkar派末期最大の音楽家です。なにしろ前述のシタール奏者Pt.Ravi Shankar氏、Pt.Nikhir Banerji、シャンカル氏の義弟のサロード(シャロッド)奏者Ud.Al Akbar Khan他、百人を越える名人の師匠であったUd.Allauddin Khan。サロード・トラッド派のUd.Amjad Ali Khanの父:Ud.Hafiz Ali Khan。パキスタンを代表するシタール奏者のUd.Md.Sharif Khan Punchwala(Nisba地名)の父:Abdu-l Rahim Khan、他、多くの声楽家も含む相当数の名人の師となった人です。

このWazir Khanの孫が、両Seni派最後の宮廷楽師:Ud.Muhammmad Dabir Khan(1905~1972)で、息子Md.Shabbir Khanも音楽家ですが、音源・映像を拝聴したことはありません。

私の師匠の祖父・曾祖父たちは、ラクナウと隣接するシャージャハーンプールの太守の宮廷楽師を勤めましたが、アワド王朝の最後の皇帝ワジッド・アリ・シャーは、インド音楽史に残る音楽マニアで、自らもランプールの太守の弟、前述のHaydar Ali並ぶ音楽家でもありました。その在位末期には、イギリスの分割統治の罠にはまり、ラクナウを開け渡してベンガル・コルカタに移住。その際に、私の師匠の大叔父:Asadullah Khan(1858~1912/19?)などが太守に同行し、ベンガル地方にSeni派を伝えました。

ラクナウとベンガルの中間点、ビハール州のダルバンガ宮廷には、かなり早い時期の「Purabiya」が移住し、とりわけターン・センの娘と婿の孫のBhupat Khan(Maharang)が宮廷楽士長を勤めたことで、東部で最初に高度な古典音楽を記しました。

前述の膨大な弟子を育てたWazir Khanの母方の叔父で、Vinkarの血筋ながらラクナウ三兄弟のBasat Khan(Rababiya派)の弟子となったKasim Ali Khanは、トリプラ州のAgartalの宮廷楽師になり、ベンガル地方でのSeni派の浸透に勤めた音楽史に残る名手です。師のBasat Khanもまた、晩年はベンガル地方に移住し後のVishnupur派の成長や、コルカタに於ける古典音楽の隆盛に寄与します。

それぞれの音楽家の「拡散」の意図の基本が「より質の高い聴衆(王侯貴族や同業者)の宮廷で充分な収入が得られること」であることは言う迄もありません。
ライバルの存在は、それが音楽的な場合は、むしろ好ましいものですが、嫉妬・怨恨・政治的対立の場合、それが嫌で再移住した音楽家も少なくありません。

ただ、近々にこのコラムでより詳しく説明しますが、単に「Seni派を広めた」とは言っても、「弟子のランク」によって、教えることがかなり変わりますので、今日喜ばれる「敷居を下げてオープンに芸風を共有させること」などは、到底美学に反する「迎合」であり「堕落」と考える時代の人々です。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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また、現在実施しております「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」は、まだまだご回答が少ないので、
是非、奮ってご参加下さいますよう。宜しくお願いいたします。

https://youtu.be/wWmYiPbgCzg

12月1月も、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行います。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

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You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

「いいね!」「チャンネル登録」などの応援を頂けましたら誠に幸いです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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真理探究の奥義書・ウパニシャッド

至高神の息吹から生まれた、「知識」を意味するヴェーダ。その神聖な波動には、私たちを至高神と結びつけるための尊い知識があふれています。ヴェーダは、サンヒター(本集)、ブラーフマナ(祭儀書)、アーラニヤカ(森林書)、ウパニシャッド(奥義書)の4部に分類されます。これらの中で、ヴェーダの奥義とされ重要視されるのがウパニシャッド(奥義書)です。

数あるウパニシャッドの中で、サーマ・ヴェーダに含まれるウパニシャッドを見ていきます。神々への讃歌を一定の旋律で歌う歌詠の集成であるサーマ・ヴェーダには、主要なウパニシャッドであるケーナ・ウパニシャッドとチャーンドーギヤ・ウパニシャッドが含まれます。

チャーンドーギヤ・ウパニシャッド(छांदोग्य उपनिषद्)
チャーンドーギヤ・ウパニシャッドは、サーマヴェーダにおけるチャーンドーギヤ・ブラーフマナの一部を構成するため、ブラーフマナ(祭儀書)ともされています。10章のうち、最初の2章はブラーフマナの一部であり、礼拝の方法や儀式についての知識が説かれます。残りの8章はウパニシャッドを構成し、讃歌について、ダルマについて、ブラフマンについて、アートマンについてなどが説かれます。

ケーナ・ウパニシャッド(केन उपनिषद्)
ケーナ・ウパニシャッドは、 サーマ・ヴェーダのタラヴァカーラ派(ジャイミニーヤ派)に属し、タルヴァカーラ・ウパニシャッドとしても知られています。ケーナという言葉は、「何、何故、どこで、誰」などを意味し、限られた自己のアイデンティティーを超えた存在が説かれます。 4つのカーンダ(巻)から成り,アートマンと一体的なブラフマンについて説かれています。

このケーナ・ウパニシャッドとチャーンドーギヤ・ウパニシャッド以外に、サーマ・ヴェーダは、以下のウパニシャッドに分類されることがあります。

アールネーヤ・ウパニシャッド(आरुणेय उपनिषद्):サンニャーシー(隠遁者)について説かれる。
アヴャクタ・ウパニシャッド(अव्यक्त उपनिषद्):宇宙論について説かれる。
ダルシャナ・ウパニシャッド(दर्शन उपनिषद्):ヨーガの概念について説かれる。
ジャバーリ・ウパニシャッド(जबालि उपनिषद्):パーシュパタについて説かれる。
クンディカー・ウパニシャッド(कुण्डिका उपनिषद्):隠遁について説かれる。
マハー・ウパニシャッド(महा उपनिषद्):ヴィシュヌ神を最高のブラフマンとして説かれる。
マイトラーヤニーヤ・ウパニシャッド(मैत्रायणीय उपनिषद्):魂について説かれる
マイトレーヤ・ウパニシャッド(मैत्रेय उपनिषद्):解脱に向けたシヴァ神の教えが説かれる。
ルドラークシャ・ジャーバーラ・ウパニシャッド(रुद्राक्षजाबाल उपनिषद्):ルドラークシャについて説かれる。
サンニャーサ・ウパニシャッド(संन्यास उपनिषद्):サンニャーシー(隠遁者)としての行いについて説かれる。
サーヴィトリー ・ウパニシャッド(सावित्री उपनिषद्):万物の源泉としての太陽神について説かれる。
ヴァジュラスーチー ・ウパニシャッド(वज्रसूची उपनिषद्):4つのヴァルナ(身分制度)について説かれる。
ヴァースデーヴァ・ウパニシャッド(वासुदेव उपनिषद्):ヴィシュヌ神とクリシュナ神について説かれる。
ヨーガチューダーマニ・ウパニシャッド(योगचूडामणि उपनिषद्):チャクラやクンダリニーについて説かれる。

師から弟子に伝承された奥義であるウパニシャッドは、ヴェーダの最後を意味するヴェーダーンタともいわれ、真理の探究が中心に行われます。ウパニシャッドの数は多く、内容も多岐にわたり、私たちに深い知識を授けます。その真髄に触れることで、真理を得る力が授けられるでしょう。

(SitaRama)

ダッタクリヤヨーガのすすめ《PR》

プラーナ文献で述べられているヴィシュヌ神の25のアヴァターラ(化身)のうち、ダッタートレーヤは、8番目の化身とされています。ダッタートレーヤは、世界の創造・維持・破壊を司るブラフマン・ヴィシュヌ・シヴァが三位一体となった姿で描かれることが多く、原初の教師、ヨーガの主と言われています。人々と神々を教える存在として今でもインドの多くの人々から敬われています。

ダルマ(正義)が衰退した現代においては、人々はダッタートレーヤに容易に近づくことができないので、ダッタートレーヤ自身が、人々に接しやすいさまざまな姿に化身して現れます。14世紀の聖者であるスリパーダヴァッラバやナラシンハ・サラスワティはその化身とされています。

ここで話は一気に現代に近づきます。1952年、南インドの自然あふれるメクダトゥで育ったジャヤラクシュミーは、ダッタートレーヤの化身として予言された子どもを超自然的な状態で出産しました。彼女は少女のころから、ラージャ・ヨーガ(瞑想のヨーガ)を実践していたヨーギニーであり、奇跡的な力をもったファキール(イスラム僧)と博学なスワミ(不二一元論の伝統におけるヒンドゥー僧)を師としていました。

ある日、ジャヤラクシュミーは熟考のために洞窟に入ります。すると、洞窟の中に火がともったような光があり、その光のなかに燃えるようなオーラに包まれた長身の人物がいることに気がつきました。その人物は、絵画に描かれるような三つの頭を持っていなかったのですが、ダッタートレーヤでした。ダッタートレーヤは、自分の仕事を進めるために、人々にもっと近づくことができる身体が必要であるという旨を彼女に話し、洞窟を出て、空へと消えていきました。

その体験の後に、なぜかファキールとスワミの両師は、ジャヤラクシュミーをマータ(母)と呼び始めます。そしてスワミは、ダッタートレーヤが彼女のお腹に入り生まれてくることを予言したのでした。

数奇な運命のもと、ジャヤラクシュミーは夫となる男性と出会い、結婚し、妊娠しました。身重となったジャヤラクシュミーは、ブラフマクンダという谷の川辺の岩のうえへ行き瞑想をしていました。恍惚状態に入り、川の水位が上がって彼女の膝を浸していたことには気づきませんでした。瞑想を終えると、膝の上に一人の赤ん坊が乗っていました。その赤ん坊は、生まれながらに黄金の鎖でつながれたルドラクシャ(シヴァに由来する木の実)とサリグラム(ヴィシュヌに由来するヒマラヤ産アンモナイト化石の川石)のネックレスをつけていました。その赤ん坊こそが、現代におけるヨーガの巨匠スリ・スワミジ(スリ・ガナパティ・サッチダーナンダ・スワミジ)でした。

スワミジは、生まれながらにヨーガ経典に描写されているような不思議な力シッディを持ち、数々の奇跡をなし、次第に有名になっていきました。しかしシッディの奇跡的な力は、むしろ普通の力であり、大切なのは、人々のハートに変容を起こすことができるかどうかであるとスワミジは述べています。その変容は本質的に、人々の内側から内発的に起こります。

研ぎ澄まされた心を一定の対象に集中すると、それが瞑想になり、事象の真相を得ることができます。しかし心は生来的に揺れ動くので、必要な集中力を生み出すのは簡単なことではありません。ここに呼吸の果たす役割があります。呼吸のリズミカルな運動を統御することで、それに連なるプラーナ(生命エネルギー)を統御することができます。そしてこのプラーナを統御すると、身体と心を統御することが可能になります。引力、磁力、原子、電子、思いにいたるまで万物はプラーナによってできています。宇宙の全体は、さまざまな振動率で振動するプラーナの大海であり、一繋ぎのものです。プラーナのもっとも精妙な現れは、「思い」であり、心の統御とは、精妙なプラーナの統御のことです。

ダッタクリヤヨーガは、プラーナ―ヤーマ(生命エネルギーの統御)と呼ばれる呼吸法から始まります。ダッタは、「ダッタートレーヤ」を指しています。クリヤは「行為」、ヨーガは自己を普遍なるものに「繋ぐ」ことを意味します。

太古の時代より、人々と神々を導いてきた原初の教師、ダッタートレーヤのダッタクリヤヨーガを日本で学ぶことができるセンターが、2016年のナーダヨーガ(音を瞑想するヨーガ)のコンサートを契機に発足しています。ダッタクリヤヨーガの実修をみなさまにおすすめいたします。

●ダッタクリヤヨーガ基礎クラス 随時開催
 http://swamiji-music.jp/yoga/
●大人が学ぶ、子どもたち・若者のための呼吸法とヨーガ一日セミナー
 2018年1月28日(日) 紀尾井町サロンホール
 http://swamiji-music.jp/swamijiblog/935/
●音楽瞑想のヨーガのためのピアノコンサート
 2018年1月28日(日) 紀尾井町サロンホール
 http://swamiji-music.jp/swamijiblog/937/
●南インド マイソール シヴァラトリヨーガキャンプツアー情報
 2018年2月11日~2月21日
 http://swamiji-music.jp/swamijiblog/1057/