第32回グループ・ホーマ無事終了のお知らせ

第32回グループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

第32回グループ・ホーマは、10月10日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

 

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

移り気な女神

新月の暗闇が光に包まれるディーワーリー祭。
そんな美しい夜に広く礼拝されるのが、ラクシュミー女神です。
ヒンドゥー教の創造神話である乳海撹拌を通じ、ラクシュミー女神はこのディーワーリー祭の日に、姿をあらわしたと信じられています。

豊かさの女神として崇められるラクシュミー女神には、チャンチャラという別名があります。
チャンチャラとは、あちこちに動く、不安定になる、などといった意味があります。
それはまるで、私たちが手にする富のようです。
ラクシュミー女神がそんな風に呼ばれるようになった理由には、ある神話が伝わります。

神々と敵対するアスラの生まれであるバリ王は、献身的に力をつけ、王国を繁栄させました。
しかし、強欲になったバリ王にうんざりしたラクシュミー女神はバリ王を離れ、神々の王であるインドラ神のもとへ行きました。
バリ王は力を失うも、インドラ神は力をつけます。
しかし、力をつけたインドラ神は遊びに耽り怠惰になると、ラクシュミー女神はインドラ神のもとも離れ、インドラ神は力を失いました。

バリ王のもとへ行ったり、インドラ神のもとへ行ったりするラクシュミー女神は、アスラたちから移り気で気まぐれな女神、チャンチャラと呼ばれてしまいます。
すると、ラクシュミー女神は答えました。
「私は正義に忠実である」と。

強欲になったり、怠惰になったり、私たちが正義を欠く時、さらなる富は生まれません。
それは、ラクシュミー女神が離れていくからです。
そんなラクシュミー女神が常に寄り添うのが、夫であるヴィシュヌ神です。
世界を維持するヴィシュヌ神は、正義の下で、大変な努力と働きを行う者であると考えたからだといわれます。

ヴィシュヌ神の下で維持されるこの世界を見てもわかります。
動きがある場所には、命や再生があり、動きがない場所には、死や腐敗があります。
自然の摂理に従って動くこの世界には、豊かな恵みが溢れています。

あちこちに動くラクシュミー女神を側に留めておくためには、私たちは常に、誠実な努力の下で動き続けなければなりません。
その人生には、限りのない豊かさというラクシュミー女神が、どんな時も側にいてくれるはずです。

(文章:ひるま)

大自然の平安を祈るグループ・ホーマ無事終了のお知らせ

大自然の平安を祈るグループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

大自然の平安を祈るグループ・ホーマは、10月9日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の大きな恩寵がございますよう心よりお祈り申し上げます。

光の祭典−ディーワーリー(ディーパーヴァリー)

2018年11月7日は、ヒンドゥー教の三大祭のひとつであるディーワーリーの祝日です。このお祭りは、別名ディーパーヴァリーともよばれ、サンスクリット語では「光の列、夜のイルミネーション」を意味します。
この祭典期間中は、ろうそくや煌びやかな照明がインド全国の街中で灯され、その美しさはおおくの人々を魅了します。

このお祭りは、以下のように解説されています[1]。

「ディーパーヴァリーは「光の祭典」として知られ、正義が悪に打ち勝った象徴である。ランプには、その勝利の祝福と人類の希望の記として、灯が点される。ディーワーリーまたはディーパーヴァリー(陶器製のランプの列)を祝う理由は、ラーマが宮殿から追放され14年間を森で暮らす間に、シーターを奪った羅刹王ラーヴァナを殺し、凱旋したラーマを祝福するためである。ラーヴァナを殺した日は、ダシャラー(ディーワーリーの19〜21日前日)として祝われる。祭典は、光とランプに焦点がおかれ、地域によっては、花火が打ち上げられるところもある。

ディーパーヴァリーは、ヒンドゥー暦のアーシュヴィン月に6日間連続で祝われる。おおよそ10月あるいは11月に行われるが、インドでは、もっとも人気があり、待ち望まれている祭典のひとつである。ヒンドゥー教徒、ジャイナ教徒、シーク教徒は、この祭典を、人生の祝福、そして家族と社会の絆を深めるために祝う。ジャイナ教徒にとっては、もっとも重要な祭典であり、ジャイナ教暦では新年にあたる。またシーク教徒にとっても、信仰上重要な祭典である。

・ヒンドゥー教における意義
祭典は、悪に対する正義の勝利を象徴する。サンスクリット語のディーパーヴァリーは、光が暗闇に勝利したことをあらわす光の列を意味する。サンスクリット語の知識が廃れるにしたがい、特に北インドでは、名称が一般にディーワーリーと変化した。

ディーワーリーの日は、多くの人は新しい服を身につけ、お菓子を分け合い、爆竹を鳴らす。北インドの経済界では、事業年度はディーワーリーの日に開始され、新しい商業帳簿はこの日から付けられる。

ヒンドゥーでは、この祭典を祝う理由を、次のようにいくつか挙げている。

・スカンダ・プラーナによると、女神シャクティは、シヴァ神の半身を手に入れるために、シュクラ・パクシャのアシュタミー(月が満ちる時)から21日間の苦行を行った。この誓願(ヴラタ)は、ケーダラ・ヴラタとして知られる。ディーパーヴァリーは、この苦行が完了した日である。この日、シヴァ神は左半身にシャクティを受け入れ、アルダナーリーシュヴァラとして顕現した。熱心な帰依者は、空間を意味するカラシャと呼ばれる容器に21本の紐を入れ、35日間21種類の供養を行う。最終日はケーダラ・ガウリー・ヴラタとして祝われる。

・ディーワーリーは、アヨーディヤの王ラーマが羅刹王ラーヴァナを殺し、シーターと弟のラクシュマナとともに、アヨーディヤへと凱旋した祝いでもある。道に沿ってオイルランプに灯りを点すことで、暗闇にある人々の道を照らすと信じられている。北インドでは、祭典はヴィクラム暦の最終日に行われる。次の日は北インドの新年にあたり、アンナクットと呼ばれる。

・クリシュナの妻のひとりであるサティヤバーマーによって、大破壊をもたらした悪鬼ナラカースラ(地獄のアスラの意味)が倒された祝日。クリシュナのアヴァターの時代であるドゥヴァーパラ・ユガにもたらされた。別の解釈では、悪鬼はクリシュナ自身に倒されたともいわれる。南インドでは、シャリヴァハナ暦にしたがうため、ディーワーリーの新年は一致しない。
(以下略)」

地方によっては、女神ラクシュミーをお祀りするところなどもあるようです。この日はインドの習慣にならって、ランプに灯を点し正義の復興を願ったり、日頃お世話になっている人々に贈り物をしてみるのもよいかもしれませんね。

出典
[1] Wikipedia “Diwali”, http://en.wikipedia.org/wiki/Diwali

ヨーガ・スートラ第3章第38節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


बन्धकारणशैथिल्यात्प्रचारसंवेदनाच्च चित्तस्य परशरीरावेशः॥३८॥
Bandhakāraṇaśaithilyātpracārasaṁvedanācca cittasya paraśarīrāveśaḥ||38||
バンダカーラナシャイティリャートプラチャーラサンヴェーダナーッチャ チッタスヤ パラシャリーラーヴェーシャハ
束縛の原因が解かれ、進路がわかることから、心は他人の身体に侵入する。

簡単な解説:前節において、綜制が成就した結果として生じる諸能力は、三昧にとっては障害であるが、雑念にとっては霊能力であると説かれました。本節では、綜制の修習によって、心の束縛の原因が解かれると、心の進路がわかるようになることから、心は他人の身体に入り込むことができると説かれます。

スタッフ日記:第32回アンナダーナ終了しました!

第32回アンナダーナにお気持ちを寄せていただきました皆さま、本当にありがとうございます。今回は病院にて、滞りなく終えることができました。

病院では、9回目の実施となりました。
アンナダーナを実施するデリー周辺では、日中はまだ35度くらいの気温になりますが、朝晩はだいぶ過ごしやすい季節となりました。
現在は、先祖供養の期間であるピトリ・パクシャが続いています。
この間は、お祝い事などを控えたり、旅行などの娯楽を控える人も多く、いつもに比べると静かな時が続いています。
このピトリ・パクシャの間に食事の施しを行うと、先祖が喜ぶと信じられ、アンナダーナを目にする機会も多くなります。
今回は、そんな意義深い時の実施となりました。

8時前に始まった準備は滞りなく進み、出来た食事をトラックに積んで病院へ向かいます。
12時前には配膳を始めることができました。
配膳を始めるとあっという間に大行列となり、準備をした1000食分以上の食事を3時間弱で配り終えています。
最近は交通規制が厳しくなり、病院周辺ではアンナダーナを実施する場所の確保が難しくなっていましたが、今回は準備から配膳まで、無事に進めることができました。

アンナダーナを実施する病院は、広大なインドの各地から多くの人が訪れる病院です。
その中には、貧しい人も多くいます。
病を抱えながら、家族や故郷を離れ、ここを訪れる人々の不安や憂いは計り知れません。
そんな人々にとって、温かい食事は、何よりも大きな心の支えになるはずです。

他者を想い行動する時、自分自身の心にも大きな平安が生まれることを幾度となく実感しています。アンナダーナは、究極の霊性修行の一つです。皆様の温かいお気持ちが繋がり、一人でも多く人に平安がありますように、心から願っています。

次回は、寺院でのアンナダーナを予定しています。次回も温かいご協力のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

アンナダーナを通じ、皆様にも大きな恩寵がありますように。

(スタッフ:ひるま)

獣の愛

前々回、猪の女神ヴァーラーヒーのお話を書かせていただきましたが、獣の姿をとる神は意外に多いものです。
またシヴァも「獣の長」ですし、眷属として獣を従える神も多いです。
さらには、実際に土着神お寺などに参拝すると、人間の姿をとったご本尊であるにも関わらず、獣のような雰囲気を感じることがあったりもします。
以前、チンナマスター女神の寺院に参拝した時に、とても獣の雰囲気を感じました。
気のせいかと思いましたが、後に知り合いになった方がチンナマスターの礼拝をした時に獣の雰囲気を感じたとおっしゃっていて、同じことを感じられたのだなと、確信しました。

インドは日本に比べ野生動物が圧倒的に多いのですが、古代インドは、現在よりさらに自然が深く、ジャングルも大きかったに違いありません。
生活をしていく中で、動物に出会うことも多く、種類も多かったでしょう。
話が飛びますが、サンスクリット語の「ムリガ」は日本で「鹿」と訳されることが多いですが実は鹿だけではなく、もっと広い範疇の動物を網羅している、とサンスクリット語の先生におうかがいしたこともあります。
そのような多種多様な動物と触れ合う中で、特殊な力を持つ獣たちを神の姿に投影していったのは想像に難くないと感じます。

特に女神においては、その獣の母性が取り入れる際の重要な要素のひとつになったのだろうと感じます。
動物の子供を育てる際の母性は、非常に強いもので、自分の命に代えても子供たちを守ろうとします。
そのような強い母性で守ってくださるよう、女神からの保護を祈願したに違いありません。
その意味で獣の姿の女神は、より母性の強い女神と言えるのかもしれません。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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野菜の女神

空が高く澄み渡り、季節の移り変わりを感じるようになりました。
この季節の変わり目においては、女神を讃えるナヴァラートリー祭が9日間に渡って祝福されます。
山や川、草や木など、インドでは大自然のあらわれが女神として崇められてきました。
そんな女神の中に、シャーカンバリーという女神がいます。

シャーカンバリー女神は、ドゥルガー女神の化身であり、野菜や果物、緑の葉の女神として崇められています。
この地の深刻な食糧危機を救うために生まれたと伝えられる、シャーカンバリー女神。
その降誕神話は、自然災害が相次ぐ現代を生きる私たちに、多くの学びを伝えています。

厳しい苦行を行い、4つのヴェーダを手にしたドゥルガマと呼ばれる悪魔がいました。
賢者たちはヴェーダを失い、供儀という重大な義務の遂行ができなくなります。
火に供物を捧げることによって生まれるエネルギーは、かつてのように太陽へ届きません。
雲ができず、雨が降らず、穀物は枯れ、この地は荒れ果てました。
賢者たちはこの世界の大惨事を目にし、大自然を動かす女神の力を呼びさまそうと苦行を始めます。

賢者たちの苦行に心を動かされた女神は、その姿をあらわしました。
荒れ果てた世界を目にした女神は、哀れみと悲しみに打ちひしがれます。
その身体には無数の目があらわれ、9日間に渡って涙を流し続けました。
女神の身体から溢れる涙は、地上に降り注ぎ、やがて川を生み出します。

その後、飢える世界を救おうと、女神は野菜、果物、穀物、薬草といった自然の恵みを手にし、この地に命や再生をもたらします。
そして、女神はドゥルガマを倒すと、この世界にヴェーダを取り戻し、再び繁栄を呼び覚ましました。

飽食の時代にある今、かつて世界がヴェーダを失ったように、私たちは祈ることも忘れ、欲望のもとで真実を見失っています。
そして、女神そのものである自然を破壊し、私たち自身が苦難を経験しています。

インドでは、菜食の食事はシャーカンバリー女神の供物として食されることもあります。
食事という恵みに感謝をし、菜食を心がけるなど、自然を崇め、謙虚に生きることが、女神への一番の礼拝になるはずです。
一人一人がそうして生きることで、生きとし生けるものは平安に包まれるに違いありません。

(文章:ひるま)

ダシャラー祭(ヴィジャヤ・ダシャミー)

2018年は10月10日から10月18日まで、秋のナヴァラートリー祭が祝福されます。そのナヴァラートリー祭を終えると、10月19日には、盛大なダシャラー祭(ヴィジャヤ・ダシャミー)が祝福されます。

ダシャラー祭は、秋のナヴァラートリー祭を終えた後に祝福され、ドゥルガー女神が悪神マヒシャースラを倒した日として崇められます。また、ラーマ神が魔王ラーヴァナに打ち勝った日として、悪に対する善の勝利を象徴するとても吉兆な日でもあります。街のあちこちでは魔王ラーヴァナをかたどった人形が燃やされるなど、盛大な祝福が執り行われます。

ダシャラー祭に深く関わりがある魔王ラーヴァナは、10の頭を持ち、自らの頭を切り落としながらブラフマー神への苦行を行ったことで有名です。この10の頭に象徴されるものは、色欲、怒り、執着、強欲、慢心、嫉妬、自己中心、偽り、酷薄、自尊心といった、私たちの心を支配する悪質な感情や思考の数々と言われます。一方で、それは4つのヴェーダと6つのシャーストラを象徴し、ラーヴァナが知識に卓越した存在であることを象徴していると言われることがあります。そんなラーヴァナが唯一成し得なかったこと、それは感覚の制御でした。

ラーヴァナの10の頭は、5つの知覚器官と、5つの行為器官であるとも伝えられ、それは、目・耳・鼻・舌・皮膚(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)の5つの知覚器官、そして、口・手・足・生殖器官・排泄器官・(発声・操作・移動・生殖・排泄)の5つの行為器官にあたります。ラーヴァナは大きな王国を築くも、こうした常に変化を続ける肉体の知覚や行為を制御することができず、決して幸せに留まることはなかったと伝えられます。

一方で、ラーマ神は、この地において邪悪な力を破壊するために誕生したと言われています。信じがたいほどの超越的な資質に恵まれ、不屈でいて勇敢であり、無比の主として崇敬されています。ラーマ神の人生は、信心深い従順さ、比類のないの純真さ、汚れのない純潔さ、称賛に値する充足、自己犠牲、自我の放棄、そのものであったと言われます。ラーマ神への礼拝を行うことにより、心は守られ、崇高な真実を理解するための備えとなる信念を与えられると信じられています。

肉体をまとう私たちの内には、ラーヴァナの質も、ラーマの質も存在しています。悪質に苛まれる時、人は死の時まで、無数の不安と焦燥に苦しまねばなりません。それが、自分自身の内の無知から生じるものだからです。これらの悪質を滅し、至福に至るための唯一の方法が、自分自身の内にある神性に究極的に気づくということであると古くから示されてきました。ダシャラー祭は、9日間のナヴァラートリー祭を通じて清められた自分自身の神性を讃える日でもあります。

皆様にとって実りある時となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

チャイルド・スポンサーシップのご報告(2018年9月)

チャイルド・スポンサーシップ(子どもの教育支援)にご協力をいただいている皆様、温かいご支援をいただき誠にありがとうございます。
9月の配給の様子が届きましたので、ご報告をさせていただきます。

チャイルド・スポンサーシップの支援を受けている子どもたちやその家族は、8月の豪雨災害によって大きな被害を受けました。
NGOでは、子どもたちが住む村へ複数回の配給を行なっていることから、9月の集まりは見送り、豪雨災害のための配給に合わせて、子どもたちへの配給を行いました。

アウトカーストである子どもたちやその家族は、政府から小さな土地を与えられ、特定の地域にまとまって暮らしています。
そうした土地は、インフラが整わず、水はけの悪い低い土地が多くなっています。
水害の多いケーララ州において、そのような場所に住むことを余儀なくされている子どもたちやその家族は、こうした被害を受けやすく、生活も安定しません。
今回の豪雨災害でも、子どもたちの多くが学習用品を失いました。
現在は、食材や洋服など、不足している生活物資の配給に留まっている状況ですが、今後は、通学に必要なカバンや日傘などの配給も予定をしています。

9月に複数回、子どもたちの暮らすダリット村で配給を行なった際の写真です。

この豪雨災害によって、築き上げてきたものをすべて奪われてしまった子どもたちの家族は、大変心を痛めています。
しかし、人々は神への信仰心もあつく、皆様のご支援にも支えられ、生活の再建に取り組もうとしています。
子どもたちも、家族や村の人々と助け合いながら、過ごしている姿が見えられます。
この時が、子どもたちの成長を助けるものとなるよう、より良い形で支援を行いたいと計画しています。

いつも温かいご支援をいただき、心より御礼申し上げます。
これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。

(スタッフ:ひるま)