ウガディ(テルグ・ニューイヤー)

2017年3月28日はウガディの吉日です(29日に祝福される地域もあります)。

ウガディはテルグ語で新しい一年の始まりを意味し、チャイトラ月(3月~4月)の一日目に祝福されます。主に南インドのテルグ語圏とカンナダ語圏(アーンドラ・プラデーシュ州やカルナータカ州、マハーラーシュトラ州)におけるお正月にあたります。それはまた、春の始まりと幸福をもたらす時でもあります。

ウガディの語源は、「ユガ+アーディ=新しい時代の始まり」にあると伝えられます。一説に、この日、創造の神であるブラフマー神が、世界の創造を始めたと信じられています。そして、時間を計算するために、この世界に昼、夜、日、週、月、季節、そして年を生み出したと伝えられます。

ラーマーヤナの時代において、新しい一年は、ウッタラーヤナ(太陽が北方に回帰する時)の始まりに祝福されていました。その後、天文学者であり占星術師でもあった聖者ヴァラーハミヒラ(6世紀)は、チャイトラ月の始まりに新年を祝う方法を生み出しました。月の軌道の変化に伴った、新しいヒンドゥー教の太陰暦の始まりを意味します。

参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Ugadi

78、世界に知られた:Sitar (1)

後に、インド音楽の代名詞のように世界的に有名になるシタールが、北インド古典音楽、即ち当時イスラム宮廷音楽で用いられるようになったのは、サロードの発明と古典音楽界への登官に遅れること100年後の19世紀中頃でした。しかしその100年後にはサロードは愚か、インド三千四千年の歴史ある楽器や音楽がなし得なかった世界制覇を成し遂げるのです。
それはインド音楽史上最高の営業手腕を発揮したラヴィ・シャンカル氏と、彼を師と仰いだビートルズのジョージ・ハリスンの功績に他成りません。
この二人の名コンビの前には、1960年代の中頃のアメリカのジャズ・ギタリストの1〜2名と、イギリスのフォーク&トラッド界で1〜2名がシタールに挑戦していました。日本のフォーク界でも5年程遅れ、やはり1〜2名がチャレンジしていました。英米のシンクロな状況は、アメリカに於ける「ヴェトナム反戦→ヒッピー&フラワー・ムーブメント(詩人ギンズバーグなどがインド文化に傾倒)→マリファナ&インド旅行(バックパッカー)ブーム→野外大ロックフェス(後にジャズフェスも)」の流れの中で、インド旅行でシタールを買って帰る若者が多く居たことに起因します。もちろん、第三世界の民族音楽は、古くはパリ万博(1889年の第三回目)で見聞きした西洋クラッシクの作曲家がインスパイアーされたことをはじめとして、1950年代後半にはアメリカの映画音楽作曲家マーティン・デニーがかなり良い雰囲気で取り上げた御陰で、欧米の人々は耳に慣れ親しんではいました。

当時のベナレス(ヴァーラナースィー)を振り返って何人かのインド人音楽家は、「酷い有り様だった」と語ってくれました。何しろ朝から晩迄ガンジャ(マリファナ)浸けで、屋外では演奏しないシタール、タブラ(太鼓)を路上で演奏し、二個セットのタブラ(&バヤン)を二人でボンゴのようにぶっ叩くはあちこちで日常的。挙げ句には、干瓢が割れたシタールの胴に頭を突っ込んで歩く姿には激怒を通り越して卒倒しそうだった、などなど、思い出しても怒りが込み上げるような有り様だったと言いました。

インド旅行ブームは、日本では5年〜10年遅れて来ますが既にシタールは知られていた上に、「ジョージ・ハリスンは断念したそうだ」の話しも伝わっていましたので買って帰る人は僅かでしたが、そのような人々にせがまれて教え始めたのが私の教室の始まりでした。

実際ジョージ・ハリスンが最初にシタールを起用した「ノルーウェーの森(本当は家具、壁か床材のことらしい/1965年)の段階ではロンドンの骨董屋で買い、独学かインド料理店主にイロハを習った程度ですから、調弦もダルダルでした。ジャズ・ギタリストのガボール・サボもしかり。「ノルウェー」の前年の映画「ヘルプ」では、在英のインド人グループが演奏し映画にも登場していますが、なんと前回ご紹介した「スール・バハール(ベース・シタール)」も用いています。ジャズの世界でもイギリスのジョン・メイヤー&ジョー・ハリオットも、在英インド人音楽家のシタールとタブラを起用しています。

同じ頃イギリスのフォーク&トラッド・グループの「ペンタングル」は結構本格的に使っていました(メンバーではなくスタジオ・ミュージシャンですが)。
そして、1965年以降「猫も杓子も」シタールやインド音楽風、ラーガ風が欧米で大流行し、日本のレコード会社は急遽勉強会を開いて対応に苦慮したとのことです。何しろ「ラーガ・ロック」というジャンル迄生まれました。
なので、「えっ彼までもが?」というミュージシャンも「ラーガ・ロック」を録音しています。個人的にはジェフ・ベック(もちろんギター演奏です)が最も高水準に達していたと思っています。因にジミー・ペイジ(レド・ツェッペリン)が「俺の方がジョージより先にシタールを弾いた」と言ったことは良く語られています。
踊りながら歌うミック・ジャガーに蹴られそう踏まれそうになりながら胡座をかいてシタールを弾いたブライアン・ジョーンズは、それ程本気で取り組みはしなかったようです。亡くなる前はモロッコ音楽にハマっていました。

ところがそのジョージは翌1966年、ヘルプのミュージシャンから吸収したのでしょうか、かなり本格的になった「ラヴユートゥー」を発表し、翌1967年には既にラヴィ・シャンカル氏の弟子になり師のアレンジで「ウィズインユー・ウィザウトユー」を発表します。この頃にはもう自分ではシタールを弾きません。後半のインスト部分は10拍子です。録音メンバーにはシャンカル氏の天才的だったにも拘らず早世した息子も参加しています。
翌1968年のシングル盤B面「ジ・インナーライト」では古典音楽への興味を卒業し西インド民謡のスタイルを起用しています。その後ももちろんシャンカル氏との共演は続き。様々なフュージョン音楽で、今日のインド古典音楽界の巨匠の親たちの若かりし演奏が録音されています。

しかしご存知のように1970年代に入ると、ジミー・ペイジのハードロックによって、欧米ではアコースティック系が全く出番がなくなり、一気に下火。日本でも「めんたいロック」に始まり「日本のロックを世界水準に」の方向性に至って、むしろ和楽器などを起用しましたがパッとせず。フォークブームも到来しましたが、インドの香りは一切ありませんでした。個人的には「反戦」と結びついたイメージが安田講堂、あさま山荘事件を境に、反戦・ヒッピー系サブカル全体を「忘れよう」のスウィッチが入ったのではないか、と思っています。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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ヨーガ・スートラ第2章第10節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


ते प्रतिप्रसवहेयाः सूक्ष्माः॥१०॥
Te pratiprasavaheyāḥ sūkṣmāḥ||10||
テー プラティプラサヴァヘーヤーハ スークシュマーハ
これらは、精妙な場合、本来の状態に戻すことで、絶つことができる。

簡単な解説:前節までに、無明、我想、欲望、憎悪、生命欲という5つの煩悩について説かれてきました。本節では、これらの煩悩が潜在意識的に存在する精妙な形態である場合、心を自分自身の本質へと戻すことで除去することができると説かれます。

スタッフ日記:第7回アンナダーナ終了しました!

第7回アンナダーナにお気持ちを寄せていただきました皆さま、本当にありがとうございます。今回も滞りなく無事に終えることができました。

先日のホーリー祭は色水を投げるには少し肌寒いくらいでしたが、デリーあたりはもうすっかり夏の陽気になりました。今回もたくさんの方にお気持ちをお寄せいただき、予定通りのメニューにデザートのハルワー(ハルヴァ)を加え、1,000人以上の方々へ奉仕することができました。

今回はもうだいぶ暑くなり、準備も整ったので、裏ではまだプーリーを揚げたりしていましたが、11時半頃には配り始め、15時頃には配り終えてしまいました。今回も時間的にたくさんの人が殺到してしまう時があり、少しパニック。「アーラーム・セー!アーラーム・セー!(落ち着いて!落ち着いて!)」の連呼でした。

準備時間も冬の間より早まって、7時過ぎにスタート。「調理の作業は日本のように衛生的でないから、日本の皆さん、写真を見たらびっくりしない?」と心配をされてしまいましたが、インドをご存知の方も多いと思うので、ご理解をいただけると思います。第7回目となりましたが、扱う食材等を注意してくれているので、ここまで何の問題もなく実施できています。これから酷暑期に入るので、細心の注意を払っていきたいと思います。

いつも準備をしてくださるケータリングの皆さん。ありがとうございます。

13時頃。人がたくさん集まり始めます。

あっという間に大行列。

大混雑でした。

今回もたくさんの子どもたちに喜んでもらえようです。

(写真を掲載しきれなかったので、Facebookにアップロードしました。こちらからもっとたくさんの写真をご覧いただけます。)

皆様の温かいお気持ち、改めまして心より御礼申し上げます。ケータリング・スタッフの都合もあり、現在のところ一度に奉仕できる量が限られてしまう状況ですが、ご寄付がたくさん集まっているので、来月は孤児院や病院でのアンナダーナを計画しています。計画が整い次第、またご案内をさせていただきたいと思います。

アンナダーナを通じ、皆様にも大きな恩寵がありますように。

(スタッフ:ひるま)

ダッタートレーヤ寺院参拝

昨年末のマハーラーシュトラ州の巡礼ではダッタートレーヤ寺院にも参拝しました。
ダッタートレーヤ神は、シヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマーの3つの神格の合わさった神と言われ、マハーラーシュトラ州では熱心に信奉されています。
何度か人間に化身し生まれてきており、有名なシルディのサイババも、ダッタートレーヤ神の化身と言われています。
実は当初のツアーの予定にはなかったのですが、インド系アメリカ人のツアー参加者の熱心な提案があり、かつ参加者全員の賛同があったため、添乗員、現地ガイドと相談し、現地で急きょ追加しました。
バスの運転手にダッタートレーヤ信仰の中心となる寺院に連れていっていただきました。
寺院はダッタートレーヤ信仰の中心とは思えないほど、シンプルで小さな寺院でした。しかしその内部は美しく掃き清められ、信じられないほど清浄な波動に満ちていました。
また寺院のそばにあるいくつかの売店でも、どんな人でも買えるチープなアイテムしか売っておらず、また(マラーティ語と)ヒンディー語しか通じず、逆に観光地化されていないシンプルさに好感が持てました。
こういう寺院がいつまでも残ってほしいと感じた美しいところで、今回の旅で隠れたヒットになりました。
皆でご本尊の写真を撮影していると、寺の僧侶から「ノーフォト。」と言われました。外国人は気づきにくいのですが、よくみるとヒンディー語で「撮影禁止」と書い てあります。寺院内は問題ないものの、ご本尊は撮影してはいけないようでした。
そのせいか、私の撮ったご本尊は見事に御顔が隠れていました。
なお、寄り道でここを訪れたため、土星の寺院への到着が夕方になり、結果的に最高のタイミングでダルシャンができたわけです。
「宇宙のグル」と言われるダッタトレーヤ神の恩寵だったのかもしれません。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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シータラー・アシュタミー:天然痘の女神を礼拝する日

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インドでは2017年3月20日に、女神シータラーを礼拝するシータラー・アシュタミーを迎えます。

シータラー女神は天然痘の女神として崇められています。シータラーは「冷やす者」を意味し、シータラー女神を崇拝することで、天然痘を始めとするあらゆる恐ろしい病から守られると信じられています。

このシータラー・アシュタミーはホーリー祭の後の8日目(アシュタミー)にあたり、主に北インドで祝福が行われます。この日、家庭では火を使った調理は行わず、前日までに調理を済ませ、冷たい(冷めた)食事をシータラー女神に捧げます。前日にあたるサプタミー(ホーリー祭の後の7日目)にプージャーを行う慣習もあります。

シータラー女神は、南インドではマーリアンマン女神として崇められるなど、さまざまな名前を持ちインド各地で崇拝されています。病原菌を払うためのほうき、そして、熱を冷ますための冷たい水の入った壺を手にしていると伝えられます。パールヴァティー女神とも同一視され、シヴァ神の妃としても崇められています。

参照:http://en.wikipedia.org/wiki/Shitala

ラーマの御名

インドの人々がいつの時も胸に抱く言葉に、ラーマの御名があります。かのガーンディーも、その最後の言葉は「ヘイ・ラーム(おお、神よ)」であったといわれます。

春のナヴァラートリー祭の最後には、このラーマの御名があちらこちらに響き渡ります。2017年は4月5日となるこの日は、ラーマの降誕を祝福するラーマ・ナヴァミです。ヴィシュヌ神の7番目の化身であるラーマは、この地にはびこる悪の力を倒すために、このラーマ・ナヴァミに降誕したと伝えられます。

正義の象徴として崇められるラーマの御名は、すべてのマントラの中でも最上のマントラであるといわれ、シヴァ神も、パールヴィティー女神にラーマの御名を唱える必要性を述べました。

ラーマの御名が秘める意味には、諸説あります。一説に、「ラ」はアシュタークシャラ・マントラのヴィシュヌ神を象徴し、「マ」はパンチャークシャラ・マントラのシヴァ神を象徴するといわれます。世界の言語には、「ラ」の音が太陽や放射をあらわしている例が多くありますが、世界を意味する「マ」と共に、ラーマの音節は、世界の光を象徴しているともいわれます。

神々を象徴する真髄の音であり、世界の光であるラーマの御名には、悪を倒す強い力があると信じられてきました。その事実は、「ラーヴァナスヤ・マーラナム(=ラーマ)」が示しています。ラーヴァナは「魔王」、マーラナは「死」を意味し、ラーマの御名が悪を倒す神聖な音であることがわかります。

ラーヴァナには10の頭があり、それは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の5つの知覚器官、そして、発声・操作・移動・生殖・排泄の5つの行為器官を意味すると伝えられてきました。感覚や行為に囚われる私たちは、真実を見失うという大きな罪を犯し、さまざまな苦難を経験しなければなりません。ラーマの御名を唱えることは、私たちを感覚や行為から解放し、心身を浄化する究極の術の一つとなり得ます。

自身の内面に潜む不浄な傾向を克服するために、非常に重要な期間とされるナヴァラートリー祭において、断食や瞑想を通じて自分自身と向き合った後、その内なる世界で、正義の象徴であるラーマが生まれていることを確かめてみるのも良いかもしれません。そして、常にその光が自分自身の内にあるように、ラーマの御名を唱え続けたいと感じています。

(文章:ひるま)

77、幻の理想楽器:Sur-Shringar

16世紀の楽聖であり、デリー・ムガール王朝の宮廷楽師長であったターン・センが中央アジア・パミール高原のルバーブに「サワリ音の出る駒」を取り付けた楽器ラバーブ(ターンセン・ラバーブ)は、その重低音の深みでドゥパド音楽を余すことなく伝えました。そして、その系譜はターンセンの次男、ビラス・カーンの子孫に継がれ、「ラバービヤ・ガラナ(派/家)」と呼ばれました。
その系譜でターンセンから数えて9代目(何度か兄弟で順に家元を継いだこともあるので世代的には5〜6代とも)に、この連載のVol.49でご紹介しましたバーサット・カーンが居て、その三人の息子、アリ・ムハンマド・カーン、ムハンマド・アリ・カーン、リヤーサット・アリ・カーンは、何れも卓越したラバービヤーであったと共に、前回ご紹介しましたヴィーンカル(ヴィーナ奏者)のウムラオ・カーンと同様に多くの他流名演奏家にも教えを付け「セニ派の奥義」を授けました。
Vol.74と75でご紹介した「サロード」最古の流派ラクナウ・シャージャハーンプール派(2派連合/以下LS派)の家元とその兄弟たちは、バーサット・カーンの三人の息子、及びバーサット・カーンの長兄ピャール・カーン、中兄:ザッファル・カーンに代々師事していました。
LS派は、既にアフガン・ルバーブの指板を金属板に替え、羊腸弦を金属弦に替え、やや伸ばした爪によるスライド奏法で装飾豊かな音楽を演奏していました。

ターンセンラバーブは、その重厚さは素晴らしいのですが大きな欠点もあります。例えば、声楽家(ドゥルパディヤー)が「ドーーーレミレミレミファソラミレミレミファソーーーラソー」と「アーの発音(アカルよ呼ぶ)」で一息で歌ったとして。残念ながらラバーブの羊腸弦は、「ドーーーレミレミレミファソラミ……」位で音が消えてしまいます。もちろん弓奏楽器サーランギーでしたら弓の往復で、限りなく音を絶やさずに出せますが、「格」の問題があってドルパッドの伴奏は愚か、模倣も許されませんでした。
それを尻目に、LS派のサロードは、金属弦の余韻の長さに、アフガン・ルバーブが既に持っていた共鳴弦の助けも得て「ドーーーレミレミレミファソラミレミレミファソー」程迄楽に弾いてみせたのです。きっと、弟子の新楽器の方が「色々出来るのは羨ましい悔しい」とピャール・カーンもムハマッド・カーン兄弟も思ったのでしょう。

新楽器が登場した当時のレッスン風景はいささか不思議です。ジョージ・ハリソンがプロデユースしたラヴィ・シャンカル氏の自伝映画でもシャンカル氏が師匠:アラウッディン・カーンに稽古を付けてもらっている写真が出ましたが、師匠がサロードで教え、弟子がシタールで学ぶのです。音域どころか基音の調律が本来異なるのですから、かなり工夫をせねばなりません。
それに見られるように、セニ派本家の師匠はラバーブやヴィーナで教え、弟子はもちろんそれらを基礎からみっちり学びながら、プロデビューした後のレッスンは、世間に問うている専門楽器でレッスンを受けるのです。ラバービヤーにシタールで学んだ者もあれば、ヴィーンカルにサロードで学んだ者もあります。ステージでは決して競演、合奏はしないのですから、不思議な光景です。もちろん師匠が男声で、弟子が女声といった調の違いを乗り越えるレッスンは、太古から日常的だったのでしょう。互いに2〜3度程度ずつ譲り合ってやりくりする訳です。

上記しましたような「羨ましい、悔しい」というより、「そのサロードのスライドは良いね!」「何とか成らんもんかなぁ」とピャール・カーン兄弟と甥っ子兄弟とLS派の弟子達で、試作を重ねて誕生したのが、「新しくて古い楽器」である「スール・シュリンガール(Sur-Shringar)」でした。
まずセニ・ラバーブの胴体を干瓢にしました。サロードは堅木のくり抜きですから前回ご紹介した「スール・バハール」の胴体です。シタールも干瓢ですが、シタールの場合は干瓢を縦に切り小型の胴ですが、スール・バハールは横に切り大型です。そして、表面は、ラバーブ、サロードの山羊皮を改めスール・バハールやシタール同様に板張りに替えました。もちろん、「サワリ駒」です。そして、くり抜いた太い棹はラバーブのままですが、指板は金属板で金属弦です。構え方は胸の前にほぼ垂直のラバーブ式。サロードは床に水平のギター風です。

この楽器によって、ラバービヤーは、長い余韻と華麗な装飾によって19世紀末から20世紀初頭に一世を風靡したと言われます。ムハマド・アリ・カーンは、サロードをスール・シュリンガールのように縦に構えている写真もあります。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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ラング・パンチャミー

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2017年は3月12日が満月となり、今年も盛大なホーリー祭が大きな喜びとともに祝福されました。一方で、マハーラーシュトラ州やマディヤ・プラデーシュ州の農村地域では、このホーリー祭より5日目に行われるラング・パンチャミーがホーリー祭として祝福されます。2017年は3月17日です。

ホーリー祭では、満月の夜に大きな焚き火を燃やします。この夜に燃え上がる炎は、大気中のタマスとラジャスの質を浄化すると信じられます。そして翌日、浄化された空間にカラフルな色を投げ、喜びに満ちた神々の質を呼び覚まします。

ラング・パンチャミーのラングは「色」、パンチャミーは「5日目」を意味します。一部の地域では、このホーリー祭から5日目のラング・パンチャミーにおいて、5色の色を投げ合い5大要素を活性化し、神々を呼び覚ますことで、その繋がりを深めると信じられています。

参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Rang_Panchami

ヨーガ・スートラ第2章第9節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


स्वरसवाही विदुषोऽपि तथारूढोऽभिनिवेशः॥९॥
Svarasavāhī viduṣo’pi tathārūḍho’bhiniveśaḥ||9||
スヴァラサヴァーヒー ヴィドゥショーピ タタールードービニヴェーシャハ
本能によってもたらされ、賢者にさえもあるのが、生命欲である。

簡単な解説:前節までに、煩悩である欲望とは、快楽に伴う物惜みをするような心情であり、憎悪とは、苦痛に伴う反感や怒りといった心情であると説かれました。本節では、煩悩の一つである生命欲について、前世に経験をしてきた死の苦痛から生まれる生命への愛着によってもたらされ、それは本能として、賢者さえも持つ煩悩であると説かれます。