アクシャヤ・トリティヤのプージャー時間

2017年4月29日はアクシャヤ・トリティヤの大吉日です。

アクシャヤ・トリティヤは、惑星のあらゆる悪影響を受けない時とされ、ムフールタに関係なく、吉祥な時間に満ちていると伝えられます。中でも、2017年のアクシャヤ・トリティヤの吉祥な時間をご紹介いたします。

4月29日4時56分〜10時25分(日本時間)

この時間帯は、プージャーを執り行ったり、価値あるものを購入するとりわけ吉祥な時間であるとされています。

※ヒンドゥー教の暦には、48分単位で刻まれるムフールタと呼ばれる時間の概念があり、このムフールタによれば、1日の中にも吉兆な時間とそうでない時間があり、特定の行為に対して適切な時刻が定められています(ムフールタについて)。

皆様にとって大きな祝福に満ちた時となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

参照:http://www.drikpanchang.com/festivals/akshaya-tritiya/akshaya-tritiya-date-time.html?year=2017

ダーナ(布施)の実践

一年の大吉日といわれるアクシャヤ・トリティヤは、ダーナ(布施)を行うもっとも吉祥な時でもあります。この日に行われた物事は、輝きと共に永遠に続いていくと伝えられるように、寄付や施しは、時間とともに人々の心を育み、その幸福は社会全体に平和を生み出します。

ダーナは、霊性修行における重要な行いの一つとして、インドでは古代から重要視されてきました。それは、人生における義務の一つとも捉えられ、現代では、誕生日や結婚記念日、先祖供養時など、さまざまな機会において人々は進んでダーナを実践します。NGO大国ともいわれるほど、インドは社会活動が非常に盛んな国の一つであり、聖人とされるグルたちの多くも、慈善活動を熱心に行なっています。

バガヴァッド・ギーターでは、3種の寄付について述べられます。

適正な時に 適正な場所で
それに価する相手に対して
何の報いも考えずに 自分の義務だと心得て
行う寄付はサットワである

報いを期待してする寄付行為
将来の見返りを望んでするりもの
また 惜しがりながら出す寄付
こうした布施はラジャスである

不適当な場所で 不適当な時に
それに価しない相手に賜る金品
相手を尊敬せず 無礼な態度でする寄付
これはタマスの行為である
(バガヴァッド・ギーター 第17章第20-22節 神の詩―バガヴァッド・ギーター田中 嫺玉 (著, 翻訳))

ダーナは、単に与えることではなく、自らの所有を放棄する修練でもあります。多くを持つことが良いと捉えられる物質主義の社会とは反対に、精神性を育む教えの数々は、所有の否定を説いてきました。見返りを求めるダーナは、その時点で、霊的価値を失います。執着や欲望を放棄した心は、自分自身の本質である、朽ち果てることのない至福に気づく瞬間を与えてくれるに違いありません。

インドで学んだ霊性修行は、決して、社会から離れることではありませんでした。与える人と受け取る人、その繋がりの中で、社会は心の平安を育むための大切な機会を与えてくれます。

一年の大吉日といわれるアクシャヤ・トリティヤにおいて、ダーナを実践してみるのも良いかもしれません。そこで得る心の平安を育むことは、何よりも意味のある霊性修行となるはずです。

(文章:ひるま)

アーディ・シャンカラーチャリヤ・ジャヤンティ2017

FEBRUARY 19, 2014, KALADY, KERALA, INDIA - Sculpture of the great ancient philosopher Shripada Shankaracharya at his birthplace

2017年4月30日は、偉大な師であり、インド最大の哲学者・思想家とも呼ばれるシャンカラ(シャンカラーチャリヤ)の生誕日です。アーディ・シャンカラーチャリヤ・ジャヤンティとして祝福が執り行われます。

シャンカラは、梵我一如の思想、不二一元論(アドヴァイタ)を説いたことで知られています。解脱のためには、私たちの自我(アートマン)と宇宙の根本原理(ブラフマン)が、本来同一であるという知識を得ることが必要であると説きました。

”「生と死というワニが出没する輪廻の大海」から脱する道はただ一つ、我が内なる本来の自己アートマンが宇宙の根本原理ブラフマンと同一であるという真理を悟ることにある”
(ウパデーシャ・サーハスリー―真実の自己の探求 シャンカラ (著), 前田 専学 (翻訳))

シャンカラは8歳の時に世を捨て出家することを望むも、母がそれを許しませんでした。ある時母と河で沐浴をしていると、シャンカラは1匹のワニに噛みつかれ命を落としそうになります。魂だけでも救われるように、出家させてほしいと強く母に乞うと、母はそれを許し、ワニはシャンカラを解放しました。こうしてシャンカラの出家者としての修行が始まったと言われています。

シャンカラの生涯は様々に異なる説が伝えられますが、一説に、ヴァイシャーカ月(4月~5月)のシュクラ・パクシャ(新月から満月へ向かう半月)の5日目に誕生したという説があり、2017年は4月30日にあたります。

参照:http://www.drikpanchang.com/hindu-saints/shankaracharya/adi-shankaracharya-jayanti.html

スタッフ日記:フード・サービス・プログラムのご報告

フード・サービス・プログラムにご支援をいただいている皆様、本当にありがとうございます。

いつもと変わらない病院配給の風景ですが、最近の写真が届きましたので、ご報告させていただきます。

いつも時間になると、こうして長い行列ができます。

今日は配給を行うスレーシュをご紹介します(左側の男性)。

スレーシュは普段はリキシャの運転手さんですが、毎日、時間になるとSEEDS-INDIAの施設へ行き、出来上がった食事をリキシャに積んで、もう一人のスタッフと一緒に病院へ行きます。

食事を配るのもスレーシュです。もう長い間、毎日、欠かさずにスレーシュが配給を行なっています。時には子どもたちのお迎えに行ったり、SEEDS-INDIAのサポートも行なっています。黙々と仕事を行う、頼もしい男性です。

(スタッフ:ひるま)

83、声楽家の陰:Sarangi (1)

北インドの弓奏楽器「サーランギー」が以前この連載に登場したのは、Vol.46の新音楽(声楽様式:カヤール)創造の発端を開いたターンセン一族のドゥルパディヤーのひとり、称号:サダーラングの話に於いてでした。
当時のデリー王:ムハンマド・カーンの粋狂で、「当代随一」と話題になっていたサーランギー奏者とサダーラングのヴィーナとの腕比べを固辞し、宮廷を追放になったことが全ての始まりでした。
この時の出来事の意味とサダーラングの心情は、今の世の中でどのように説明したら伝わるのでしょうか? というのも、洋の東西を問わず、人間社会はこの100年で、様々な階級、身分、差別、不条理を告発し戦って、かなり改善されてきました。しかし、Vo;81で登場した話し「サックス=ラッパ?」に見られるように、社会制度は変化しても庶民の理解はどれほどなのだろう?とか、改善される事柄がある一方で、曖昧になった「分別」もあれば、「格式、品格」という観念が捨てられてしまった部分も多いと思われるからです。

何事も「自由が一番=やりたいようにやれる筈だ」という感覚では、この「楽器紹介編」のシタールでお話した欧米ヒッピーが路上でシタール、タブラを玩具にすることも「何の問題もない」ということになる筈です。
逆に「いや、大問題だ!」としても、その「観念」を十人が十人共有出来るか?というと、それは「観念」のそもそもの限界で、まず無理な話しです。

その一方で、身分や階級的に卑下されて来た人間達の全てが今日のような「ボダーレス」を望んでいたのかどうか?という逆のテーマもあろうかと思います。例えば、歌舞伎や文楽の「黒子」や、日本にはまだまだ少なくない「職人」さんは、果たしてタレントのように「目立ちたい」「名と顔を売ってより多く稼ぎたい」だけが目標でしょうか? もちろん、生活向上は望んでいるでしょうし、家族や子や孫の安泰も大きなテーマでしょうが。

私の師匠は国立音楽院の主任教授の地位にありながら、逆に国家公務員の為に、レコードも海外公演も、徒弟制度以外に生徒を増やすことも禁じられ、州から格安の家賃で得られた家に親戚含めて十数人で暮らしていました。しかも、運悪く隣家が水牛小屋だったので、町中から師匠の家迄の道路は糞で敷き詰められ雨の日は悲惨でした。

そんな師匠がたった一回だけ、私に愚痴をこぼしたのが、「お金があれば屋上に音楽室を作りたい」だけでしたが、結局何も手助け出来ていませんが、私は「あれもこれもどうにかならないものか?」と思うことばかりでした。

そんな師匠が若い頃、一時大金を手にする機会を得ました。ネパール国境に近いと或る町の大富豪の娘の家庭教師の職を得たのでした。ところが、学び始めて二三年で父親の大富豪は「我が娘は天才であろう?」とお客を集めて演奏会を開いてしまったのです。そして、大富豪が演奏後、師匠に向かって感想を訊いた時です。師匠はお客の面前で「はて、私はこのような音楽を聴くのは初めてなので、評価のしようがありません」と言ってしまったのです。

私の感覚で申して恐縮ですが、シタール、サロード、サントゥール、サーランギーなどなどを長年弾いて来て、その難度のみならず、実際の演奏スタイルと奏者のラーガの理解のことを考えると、もしかしたらサーランギーは最も高度なインド楽器かも知れません。
が、その評価は、やっと20年程前に高まりましたが、その頃には演奏者は激減していました。

何度か述べていますが、そもそもサーランギーは、「修行僧の楽器」及び「地方の民謡楽器」もしくは「花柳界の歌姫の伴奏楽器」でした。
今日では大分減りましたが、それでもラージャスターンでは未だに数種の民謡サーランギーが世襲の音楽一族によって守られています。

その最も古いと思われるシンプルな楽器「チカラ」は、三本の主弦に4〜5本の共鳴弦しかありません。ラージャスターン及び近隣地方で発展した楽器は、主弦が三本の羊腸で、共鳴弦が20本近くあります。それらが「花柳界」で徐々に発展し、最終的に「クラッシック・サーランギー(古典音楽用の意味)」と呼ばれる今日の形になり、主弦三本(希に金属基音弦を四本目に張る)の他、クロマティック(全ての半音に調律)共鳴弦が15本前後。基音共鳴弦が楽器上部左右のサワリ駒の上に計10本程度、その他「ラーガに合わせ曲毎に調律する共鳴弦」が15本前後で、合計40本前後もの共鳴弦が付けられました。
しかし、サーランギーがその形と地位に至る迄は数百年の或る意味で虐げられた時代と歴史があるのです。が、果たしてその全てが不条理であったか?というとそうでもないようにも思えます。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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スタッフ日記:チャイルド・スポンサーシップのご報告(2017年4月)

チャイルド・スポンサーシップ(子どもの教育支援)にご協力をいただいている皆様、温かいご支援をいただき誠にありがとうございます。4月の配給時の様子が届きましたので、ご報告をさせていただきます。

SEEDS-INDIAのあるケララ州では、4月14日に新年であるヴィシュが祝福されました。現在は夏休み中で、お休みや祝祭があったりすると、農作業のお手伝いに行ったり、家族や親類とのお付き合い等で自宅を離れる子もおり、配給時に来られない場合もあります。写真を見ると、少し少ないような気もしますが、来られない場合は、都合の良い時に施設まで取りに来ます。

今年のヴィシュはグッドフライデーに重なり、盛大な祝福だったかもしれません。SEEDS-INDIAの関係者は、デフチャーチ(耳の不自由な方たちが集まる教会)でグッドフライデーをお祝いしたようです。デフチャーチはSEEDS-INDIAが長年支援する教会で、お説教も手話で行われます。絵葉書を描く耳の不自由な女性たちも多く所属しています。

4月〜6月は、一年中でもっとも暑くなる時を迎え、インドの学校の多くは夏休みとなります。子どもたちも夏休みを満喫中で、祝祭のお祝いをする準備の様子です。

子どもたちがいるのはダリット村です。支援をする子どもたちの多くはダリット出身で、2〜3つの村の子どもたちの支援を行なっています。ダリット村の多くは低い地にあるため、雨季や豪雨において冠水することも多くあります。病気が蔓延し、病院配給食も倍の食事を用意することがあります。

ケララの雨季は6月頃に始まります。今はまだ乾燥していて、外で遊ぶ子どもたちも楽しそうです。お休みの間、いろいろな経験をして、いい思い出をたくさん作って欲しいと思います。

(スタッフ:ひるま)

ガンガー・サプタミー2017

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2017年5月2日はガンガー・サプタミーです。

ガンガー・サプタミーは、一部の慣習でガンジス河の生誕日として崇められる日にあたり、ヴァイシャーカ月(4月~5月)の新月から7日目と信じられています。

ガンジス河の生誕日は、このガンガー・サプタミーや、またガンガー・ダシャラーなどさまざまな日が存在します。

一般的に広く知られているガンジス河の生誕日「ガンガー・ダシャラー」は、天を流れていたガンガーが地上に降りる際、その強すぎる勢いが地上を洗い流してしまわぬように、シヴァ神がその流れを髪で受け止め、地上へと注いだ日として広く崇められています。

「ガンガー・サプタミー」には別の言い伝えがあります。シヴァ神に受け止められていたガンガーがシヴァ神より放たれた後、その勢いで、ある聖者のアシュラムを流してしまいます。聖者は怒り、ガンガーの水を全て飲み干してしまいました。神々がガンガーを解き放つよう懇願すると、聖者はガンガーを解放しました。こうしてまたガンガーが流れるようになったと言われ、この日がガンガー・サプタミーとして崇められています。

参照:http://www.drikpanchang.com/festivals/ganga-saptami/ganga-saptami-date-time.html?year=2017

スタッフ日記:第9回アンナダーナ終了しました!

第9回アンナダーナにお気持ちを寄せていただきました皆さま、本当にありがとうございます。今回は初めて病院での実施となりましたが、無事に終えることができました。

ここのところデリーは4月とは思えない45度近い気温が続き、当日も42度。朝から大汗をかきながら準備が始まりました。実施した病院のAIIMSは政府系の医療機関で、とても大きな病院です。インド中からたくさんの人々が訪れますが、貧しい人も多くいます。デリーに頼れる親類等がいればいいですが、そうでない場合は、付き添いで来た家族たちは道端等に寝る場合も少なくありません。

医療費や旅費などがかかる上、物価が高いデリー。こうした食事は、本当に大きな助けになります。ここはAIIMSの他にも大きな病院があり、毎日たくさんのアンナダーナが行われていますが、私たちが実施した時間帯だけでも、周りで3つのアンナダーナが行われていました。それでもたくさんの人が整然と並んでくださり、2時間半ほどで1000食分以上を、混乱もなく、静かに配り終えることができました。

朝の準備。病院では調理ができないため、いつも通りに寺院の近くで準備し、この後、トラックで運びます。

配り始めたのは12時半過ぎ。少しずつ人が集まり始めます。

そして5分後には大行列。

日陰がなく、こう暑くては、並んでいる皆さんも具合が悪くなってしまうのではと、この後、少し木陰があるところへ移動。

少し木陰のあるところへ。

初めて病院での実施となりましたが、とても胸がいっぱいになりました。寺院の実施では、子どもたちのはしゃぎ回る姿があったりしてほっこりする瞬間がありますが、今回は思った以上に淡々と進んだからかもしれません。病を患っている方はもちろん、支える周りの家族の方々の、とても苦しい思いが伝わります。貧しい人々にとっては尚更。皆様の温かいお気持ちがいっぱいの食事を通じて、少しでも、心が休まることを願ってなりません。

インドは生活が厳しく感じることもありますが、こうした施しがあちこちで実施されています。 ダーナ(布施)は非常に重要視される行いであり、こうした霊的叡智が支える社会には学ぶことばかりです。

次回は、いつもの寺院での実施を予定しています。またご協力のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

アンナダーナを通じ、皆様にも大きな恩寵がありますように。

(スタッフ:ひるま)

ヨーガ・スートラ第2章第15節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


परिणामतापसंस्कारदुःखैर्गुणवृत्तिविरोधाच्च दुःखमेव सर्वं विवेकिनः॥१५॥
Pariṇāmatāpasaṁskāraduḥkhairguṇavṛttivirodhācca duḥkhameva sarvaṁ vivekinaḥ||15||
パリナーマターパサンスカーラドゥフカイルグナヴリッティヴィローダーッチャ ドゥフカメーヴァ サルヴァン ヴィヴェーキナハ
変化、苦痛、潜在印象は苦しみであり、また、グナの働きが互いに相反するため、識別力のある人にとって、すべては苦である。

簡単な解説:前節において、業報(出生、寿命、経験)は、その原因となる業が有徳であるか、または不徳であるかによって、喜び、あるいは苦しみをもたらすと説かれました。本節では、物事の変化、現実の悩み、潜在意識に残った印象、それに、三つのグナの働きが加わり、最後にすべては苦をもたらすことから、それを識別する人にとって、一切は苦であると説かれます。

シルディーの聖者サイババ

インドの霊的指導者であるシルディー・サイババ(1838年頃~1918年10月15日没)は、国や宗教を越え、世界中の人々から神の化身として崇められる存在です。サイババは、ヒンドゥーの修行僧を意味するヨーギー、また、イスラームの修行僧を意味するファキールとも呼ばれ、現代においてもヒンドゥー教徒やイスラーム教徒たちから広く崇められています。ヒンディー語で「ドワールカーマイ」と名付けられたモスクに住み、そこでヒンドゥー教とイスラーム教の儀式を行い、両宗教の言葉や様式を用いながら教えを説いたサイババは、彼の人生をもって、争いが絶えなかったヒンドゥー教とイスラーム教の融和を図りました。

自己の本質への気づきを説き続けたサイババは、厳しい霊性修行の道を助ける導師(サットグル、またはムルシド)の重要性を説いています。それは、サイババ自身が日々の行動の中で示しました。数々の奇跡を起こしながら、道徳的な規範を説き、愛すること、助けること、受け入れること、満ち足りることを実践するとともに、神と導師への献身の重要性をその教えの中心で説き続けています。サイババの有名な言葉に「サブ・カー・マリク・エーク」があります。「神はあらゆるところに浸透している」を意味するこの言葉は、宗教や信仰を超え、現代でも人々を結びつけています。

サイババの出生は不明な点が多く、謎に包まれています。一説に、サイババはインド西部に位置するマハーラーシュトラ州パルバニーのパートリーという村で生まれたと伝えられます。その後、シルディーの村に到着し、ニームの木の下で瞑想を始めたのは、16歳の頃であったといわれます。この時、この少年がどこから来て、なぜそこに座っているのか、その理由は知れず、この少年の名前を知る者すらいませんでした。しかし、そこでサイババは人々の不治の病を癒すなど、数々の奇跡を行います。その後、忽然と姿を消したサイババが再びシルディーに戻った時、僧侶のムハーラサーパティが彼を聖者として迎え入れ、「ヤー・サイ!(ようこそ、サイ!)」と挨拶をしました。こうして、彼はサイと呼ばれるようになったといわれます。

「サイ(サーイー)」は、ペルシア語で「聖者」意味します。また、ウルドゥー語では、「巨匠」や「領主」を称えて呼ぶ言葉であり、それは、ペルシア語のSayeから派生した「影」を意味し、比喩的に「支え」や「保護」を意味するともいわれます。サンスクリット語の「サークシャート・イーシュヴァラ(神の現れ)」という言葉を意味しているという説もあります。「ババ(バーバー)」という言葉は、インドや中東において「父」や「老人」を称えて呼ぶ言葉です。つまり、「サイババ(サーイー・バーバー)」とは、「聖なる父」を意味します。

宗教を超えて相互愛を説いたサイババは、まさに聖なる父であり、その教えは、多くの聖者たちの思想に影響を与えました。シルディーにあるカンドーバー寺院の僧侶ムハーラサーパティやウパーサニー・マハーラージなど、サイババの弟子たちは、後に聖者として崇められるようになっています。

「あなたのことはすべて知っている。
わたしはあなたとともに生きているからだ。
わたしはあなたであり、すべてはわたしなのだ」
(シルディー・サイババ)

シルディー・サイババは、肉体を脱ぎ去った現在でも生き続け、彼を拠り所とするすべての帰依者の悲哀を取り除き、喜びと幸せを授けること、そして、寄る辺のない人々に救いの手を差し伸べ、彼らを教え導き、あらゆる面における繁栄と成功を与えることを約束しています。

(SitaRama)