不可能を可能にするためのマントラ・サーダナ

ハヌマーン神を讃えるマントラを通じた、不可能を可能にするためのマントラ・サーダナをご紹介いたします。

ハヌマーン神が猿の姿を持つのは、ヴァーナラという猿の一族である父ケーシャリと母アンジャナーのもとに生まれたことに理由があります。
ハヌマーンの母であるアンジャナーは、もともと雲や水の中で生きる精、アプサラーでしたが、ある呪いのために、ヴァーナラとして生きていました。
呪いを解くために息子をもうけなければならかったケーシャリとアンジャナーは、シヴァ神への苦行を行います。
喜んだシヴァ神は、風神ヴァーユに生命を運ばせ、アンジャナーは息子であるハヌマーンをもうけました。
それ故、ハヌマーンはシヴァ神の化身としても崇められています。

このマントラは、アンジャナーの息子である強力なハヌマーン神に身を委ねることを意味するマントラです。
ハヌマーン神は純粋な献身を象徴すると考えられ、このマントラを唱えることで、強力なハヌマーン神へ完全に身を委ね、善の力に調和し、困難を生み出す自我を手放すことができると信じられます。


・ॐ नमो भगवते आंजनेयाय महाबलाय स्वाहा
・om namo bhagavate āṁjaneyāya mahābalāya svāhā

・オーム ナモー バガヴァテー  アーンジャネーヤーヤ マハーバラーヤ スヴァーハー

マントラを唱える際には、赤色のアーサン(座布団)に座り、赤色、またはサフラン色の服を着ることが勧められます。
レッド・サンダルウッド・マーラー、または、レッド・コーラル・マーラーを用いることが良いでしょう。
マントラを唱える前に、ハヌマーン神に赤い花を捧げることも勧められます。
マントラの恩恵を最大限に受け取るには、火曜日、またはハヌマーン・ジャヤンティー(降誕祭)において、唱え始めることが勧められます。

このマントラを唱える最適な時間帯は、朝か夕方です。
また、気分が落ち込んでいる時に唱えることで、明るい気分になれるとも伝えられます。
マントラは、11000回、21000回、または31000回唱えると、病気や悪霊を根絶できると信じられます。

ハヌマーン神は、不可能を可能にする力を持つことで知られ、このマントラを唱えることで、人生には多くの恩恵が授けられると信じられてきました。
無限の力があるこのマントラを唱えることで、問題に直面している時には、ネガティブなエネルギーを追い払うことができると伝えられます。
また、このマントラには、病気やショックからの回復を高める力があり、どんなに困難な状況においても勝利することができると信じられます。
帰依者の中には、このマントラが黒魔術や邪悪な力に対する守りとなり、心に平安をもたらし、自分自身の魂の力を明らかにすると信じる人もいます。
このマントラを定期的に唱えることで、精力的になり、より積極的に目の前の物事に集中できるようになるでしょう。

参照:Om Namo Bhagavate Anjaneya Mantra Benefits

チャイルド・スポンサーシップのご報告(2020年1月)

チャイルド・スポンサーシップ(子どもの教育支援)にご協力をいただいている皆様、温かいご支援をいただき誠にありがとうございます。
1月の配給時の様子が届きましたので、ご報告をさせていただきます。

1月の配給は、予定通りとなる第2土曜日の1月11日に行われました。
12月は配給のない月となったため、子どもたちは久しぶりの再会を楽しみ、それぞれの思いを共有する時間を過ごしていました。

12月は、クリスマスのクーポンを各家庭にスタッフが配り歩きました。
特定の店舗において物資を購入できるクーポンですが、特別にクリスマスのお祝い物資も含まれ、それぞれが祝福に満ちた時を過ごしたようです。

1月の配給においても、代表からの講和の後、支援をする子どもたちが率先して物資の配給を進めていきました。
最初は名前を読み上げるのが恥ずかしく、ざわつくホールでは名前が聞き取れないこともありましたが、皆が協力をして、最後まで配り終えることができました。
支援を行う子どもたちは、家庭においてさまざまな困難を抱えています。
貧困や差別によって、行政を頼ることができずにいる家庭も少なくありません。
物資の配給を行う集会は、子どもたちの心の支えにもなっており、子どもたちの生活だけでなく、豊かな成長を支えることができるように努めています。

常夏のケーララ州では、12月や1月は、1年の中でも気温が低い時期となり、現在も夜は涼しく過ごしています。
1月14日にマカラ・サンクラーンティが祝福され、これからは徐々に暑さが増していきます。
クリスマス、新年、マカラ・サンクラーンティと、お祝い事が続きましたが、これからは3月の試験に向けて、子どもたちは勉学に励む時です。
11月に新たに迎えた子どもたちも、しっかりと勉学に励んでいるとのことでした。
支援を望む家庭は常にあり、ひとりでも多くの子どもたちが心豊かに成長できるよう、今後も努めていきたいと思います。

いつも温かいご支援をいただき、心より御礼申し上げます。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

(スタッフ:ひるま)

タイプーサム2020

インドでは2月8日に満月を迎えます(日本時間では9日)。
この満月では、南インド・タミルナード州などを中心に、タイプーサムが祝福されます。
タイプーサムはインドに限らず、東南アジアなどのタミル・コミュニティでも広く祝祭が執り行われます。
苦行を行うことで神々を礼拝する慣習も多く、顔や舌、体に針などを刺し、寺院まで歩む姿が映し出されることもあるお祭りです。

この祝祭は、シヴァ神の息子であり、ガネーシャ神の兄弟にあたるカールッティケーヤ神が、母であるパールヴァティー女神から武器となる槍を与えられたことを祝福するものです。
カールッティケーヤ神はその槍で、悪神を倒しました。
軍神スカンダ、クマーラ、ムルガン、スブラフマニヤなど、カールッティケーヤ神は数多くの名前を持つ神として知られています。

カールッティケーヤ神が持つこの鋭い槍は、パールヴァティー女神そのものであるシャクティ(力)の現れとして、神像と同じようにインドでは広く崇拝されています。
この槍は一説に、知識や知性を象徴するものであると伝えられます。
槍の長い柄は、積み重ねられた長年の学びを象徴し、槍の広がった部分は、全体を見ることのできる大きな理解力、そして槍の先端の尖った部分は神々に向けられる献身を象徴するのだと言います。

知識や知性は、より豊かな人生を歩むために、何よりもの武器となり、私たちを迷いや疑いから救い出します。
カールッティケーヤ神がこの槍を母であるパールヴァティー女神から授けられ悪神を倒したように、私たち自身も、知識を日々の中で生かし続けることが大切です。
その知識は、さまざまな難題や苦難を打ち破り、正しい道へと私たちを導いてくれるでしょう。

参照:2020 Thaipusam

シヴァ神と象の悪魔

世界の安寧を願い瞑想に耽るシヴァ神は、破壊神として、大地を揺さぶるような荒々しい姿を見せることがあります。
その姿の中には、自らが倒した象の悪魔の上で舞踏する、ガジャーンタカという姿があります。
倒した象の皮を引き裂いて身にまとうシヴァ神は、カリー・チャルマームバラ(象の皮を身にまとう者)という名前で崇められることもあります。

象の悪魔を倒すシヴァ神には、さまざまな神話が伝わります。
その多くは、傲慢で横柄な態度によって世界に混乱をもたらす悪魔を、超然と倒すシヴァ神の姿を伝えています。
たとえば、ヴィシュヌ神の化身であるモーヒニーとの神話があります。

深い森に住む賢者たちは、非常に尊大になり、いつしか神のように振る舞うようになりました。
そんな賢者たちに教訓を与えようと、シヴァ神はビクシャータナ(裸の若い托鉢士)に、ヴィシュヌ神はモーヒニー(美女)になりすまし森に入ります。

賢者たちがモーヒニーに夢中になっている間、賢者の妻たちはビクシャータナに夢中になりました。
賢者たちは魔術を使い、ビクシャータナを倒そうと力強い象を生み出します。
しかし、ビクシャータナとしてのシヴァ神がこの象を倒し、賢者たちに神の力を見せつけると、賢者たちは自分たちの無知に気づいたと伝えられます。

どっしりと大きな身体を持つ象は、神々の王であるインドラ神の乗り物であり、富や力の象徴と見なされてきました。
ラクシュミー女神の両脇では、2頭の象がその鼻で、肥沃や豊穣の象徴である水をラクシュミー女神に降り注ぎます。

富や力を手にする中で、私たちはいつしか我執にとらわれ、自分自身の内に輝くシヴァ神という純粋な意識を忘れていきます。
時間に限られた富や力を追いかける私たちの心は、常に揺れ動き、休まることがありません。
偉大な時として崇められるシヴァ神は、私たちの内なる世界に混乱をもたらす、そんな象の悪魔を倒します。

象は非常に賢い動物といわれます。
シヴァ神の息子であるガネーシャ神は、英知の神として、その象の頭を持ちます。
私たちは常にその英知を用いて、富や力に溺れることなく、時を超越した永遠の幸福に気づいていなければなりません。
破壊神として、私たちの内外に潜む悪の性質を破壊するシヴァ神を礼拝することにより、その永遠の幸福の中で、世界の安寧を築く者になれるはずです。

(文章:ひるま)

マハー・シヴァラートリー2020

2020年2月21日は、マハー・シヴァラートリーの祭日です。

シヴァラートリーとは「シヴァの夜(ラートリー)または吉兆の夜」という意味です。シヴァラートリーは、毎月、満月から13日夜/14日目にあたります。しかし、特にパールグナ月(マーガ月となる地域もあります。2月〜3月)のシヴァラートリーは、マハー・シヴァラートリーと呼ばれ、一年の内でもっとも神聖な夜として知られています。

この夜、シヴァ神の信者たちは、断食をし、睡眠を絶ち霊性修行に励みます。シヴァラートリーは、月が満月から新月へと変化する境目です。充ち満ちた欲望(月)がやがて消滅していくように、満月から新月へと変化するシヴァラートリーの日に霊性修行に励むことで、欲望を滅し、解脱へと至る精神力が獲得できると信じられてきました。

シヴァラートリーの日は、シヴァ神を崇めるもっとも神聖な日です。この日には、シヴァリンガムを崇めたり、あるいは、シヴァ神の御名やルドラムを唱えたり、バジャンを歌ったり、瞑想を行うことがすすめられています。またルドラークシャを身に着けるのにもっとも適した日であるとも言われています。シヴァ・パンチャクシャラ・マントラ(オーム・ナマ・シヴァーヤ)も、この日に唱えることで、大きな功徳をもたらすといわれます。

シヴァラートリーの日には、さまざまな言い伝えが残されています。

この日、シヴァ神はパールヴァティー女神と結婚をしたと言われています。シヴァとシャクティとの永遠の合一である非常に吉兆な日です。シヴァ神はエネルギーの原始であり、シャクティと共に創造者として、そしてマハーカーラとしては破壊者でもあります。

またシヴァ神が保護と維持、そして破壊のダンス「タンダヴァの踊り」を舞い、宇宙を創造したのも、この日であると言われています。

猛毒ハーラーハラが世界を焼き尽くそうとしたとき、神々の願いに応え、シヴァ神はハーラーハラの猛毒を飲みほし、世界を救いました。ハーラーハラは、シヴァ神にとっても強大な猛毒であったため、シヴァ神の首が猛毒で青くなり、このためにシヴァ神は、ニーラカンタ(ニーラ[青]カンタ[首])と呼ばれるようになった話は有名です。

シヴァ神にはさまざまな特性があり、マハーヨーギーとして、チャンドラシェーカラとして、ガンジス河の始まりとして、そして彼こそがこの宇宙のタントラ(テクニック)を理解する唯一のアゴーラ(シヴァの別名)でもあるとして知られています。彼は、マハーデーヴァなのです。

深い献身と共に、このマハー・シヴァラートリーの夜にマハーデーヴァを崇拝する信者たちに、シヴァ神はその至福から信者たちが望む結果を与えます。従って、あらゆる面での障害や苦難を取り除くため、この吉兆な夜に、人々は信心深くシヴァ神を崇拝するべきだと言われています。

多くの人々はこの日、早朝に体を清め、シヴァ神に心を定め一日を過ごします。断食を行う人々も少なくありません。未婚の女性たちはシヴァ神のような夫を授けられるよう、また既婚の女性たちは夫の健康と至福を願い、断食を行います。人々は夜にはシヴァ神を祀る寺院を訪れ、夜通しで賛歌を捧げ、祈り、シヴァ神を讃え瞑想します。家庭においても、夜には家族が集まりシヴァ神を讃えるプージャーが執り行われます。

この最も吉兆な夜が、皆さまにとっても祝福に満ちたものとなりますようお祈りしております。

204、アーユルヴェーダ音楽療法入門66 (ヤントラ・マンダラと脳機能-9) (Yantra/MandalaとKosha論-5-)

前回、Vol.201でご説明致しましたのは、「Shri-Yantra」の多数の三角形が織り成す「一番外側」でした。これは、「Shri-Yantra」の原型である「Shri-Mandala」に於いて、チベットや日本密教同様に、「様々な意味を持つ神々が配置されていた」「本来の曼荼羅の意味」が踏襲され継承されているものです。
しかし、前回も述べましたように、その事をしっかり説く人もあれば、全ての三角形を上向き下向きで、Shiva神とDurga(Shakti)女神の象徴としてしまう説き方が現在混在しています。
言い換えれば、シヴァ派の一派が、もし恣意的な画策をした結果ならば、伝統的な「様々な神々が意味深く配置されていること」は、語りたくないことでしょう。
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ところがこの一方で、
古今東西のあらゆる信仰・宗教・神秘・スピリチュアルに共通して、確かに存在するテーマがあります。
それは「答えを言わない・教えない」ことと「正体をバラさない・見せない・教えない・隠す」ことです。
この二つは、しばしば同源同義にもなりますが、しばしば全く次元が異なる場合もあります。

前者については、以前「ウパニシャド」に関連してご説明しました。幾つかの解釈がありますが、このテーマで大切なことは「ウパ(留まる)ニシャド(手前)」という意味合いです。
「禅問答の原点」とも言える、師弟の間の問答に於いて、師の教えは、常に「手前で留まり・答えを言わない」のです。
単純に「考えさせる」という意味合いも確かにあります。
が、例えば「インド音楽」の場合、ひとつの格言に「インド音楽は、Sa(Sadaj/ド)で始まりSa(Sadaj/ド)で終わる」というものがあります。これは、「開始音と終止音」のことではなく、あくまでも「極論的な格言」です。

しかし、だからと言って「Saをひとつ弾いた(歌った)だけでオシマイ」とはなりません。否、実は、「成り立ってしまう」のですが、それでは、数千のRaga(旋法)の存在する必要も意味もなくなってしまいます。

ヴェーダの叡智は、「この原理は、全てに通じる」と説きます。そもそも「生命体」は、「宇宙より出で、宇宙に帰る」であり、シヴァ神が司る「創造と破壊」は、「始まりは終わりであり、終わりは始まりである」ということです。

分かり易く「Upanishad」を言うならば、
もし師が「答え」を言ってしまったらば? それは「弟子」の「終わり」を宣告したことになってしまう。というように解釈することが出来ます。「謎・問い」が「蝋燭に火を付けること」だとすれば「答え」は、「火を消すこと」のような。
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紀元前5,000年以上前に、袂を分かったペルシア教とブラフマン教ですが、後にペルシアで宗教改革が起こり、生き残ったゾロアスター教が、それ以前の信仰を継承したのが「拝火」ですが、(実際は「拝土」「拝水」「拝気」のセットですが)、上記で「蝋燭」を引き合いに出しましたが、もしお手元に「蝋燭」があれば、灯して眺めてみて下さい。

向かい合わずに何気に見ているだけならば、「ああ、蝋燭の炎が燃えている」程度ですが、
「よし!同じ形が、何分後に現われるか確かめてやろう!」とでも思った途端。何時間経っても「二度と同じ形が現われないこと」に気づかされることでしょう。

信仰と共に、ヴァーダ音楽(後のインド音楽)も、ペルシア音楽と袂を分かったのですが、共通する「即興演奏」の基本は「再び同じ形は二度と現われないが、常に動いて(即興演奏を繰り広げて)いて、常に同じ様相(同じRagaやDastgah:いずれも古くは様々な名称)が保たれている」ということです。

私は、30歳代のインド弦楽器シタールやペルシア弦楽器タールの即興演奏の練習に、何度も「蝋燭」を用いたことがあります。「炎の方向が、旋律の方向(上行や下行やジグザグ)、高さが音の高さ、太さが音の強さ、形が展開の発展性」として、「即興の譜面」として「蝋燭の炎」で練習するのです。

これはかなり真髄に迫る修行法と確信しています。
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「答えを言わない・教えない」ことと「正体をバラさない・見せない・教えない・隠す」の共通点(同源同義性)は、前者が「答えを提示した時が、終わりの時」であるとするならば(解釈のひとつに過ぎませんが)、後者もまた「正体を現した時が、終わりの時」である、ということでもあります。

これが「古今東西に普遍的に存在する(観念なのか?真実なのか?はさておき)」簡単な証拠が、例えば「スーパーマン」は、日常は「うだつの挙がらない下っ端新聞記者」である「正体」を公表しません。
しかし、女性記者仲間(でしたっけ?)は知っています。しかし、そもそも「新聞記者」も、「地球人に化けている姿」に他ならず、もしかしたら、宇宙人としての正体は、例の「火星人」の様相かも知れませんし、映画「エイリアン」に登場するような化け物かも知れません。

そして、実際(事実)世界中の人間が、少なくともアニミズムの時代に於いては、このことを良く理解していました。そして、世界の宗教の中でも、最もアニミズム性が強く残っているヒンドゥー教は、(本来日本の神道も、でしたが)、例えば、神々の名前は、化身とは別にも、それぞれ百はあるという事実。

無論、ヒンドゥー教がインドを支配する過程で、地域の土着信仰を「取り込んだ」という政治的側面もありますが、「同じ地域で多数の名がある」ことの方が顕著です。
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この意味に於いては、
「神々の姿を描いたMandala」に対し、「それを三角形で表した:Shri-Yantra」は、「置き換え・転換・転化・隠し」の意味合いもあり、それを考えると「シヴァ派うんぬん」ばかりではない、深い意味もあろう、ということです。

今回の図を見て下さってお分かりいただけるように、前回の「一番外側の三角形」が、いずれも「臨機応変」即ち「外因=外部からの刺激や情報や力」に対して、真っ先に立ち向かう「外堀の警護」のような要素が強かった。逆に言えば「反応性が強い神々が配置された」のに、対し、

今回の「ひとつ内側の三角形(に象徴された神々)」では、「外因・環境・条件・タイミング・時期」が何であれ、「生きる目的・歩み」に常に欠かせない「基本的な力」を象徴しています。言わば「警護」だとするならば、外堀外側が、番兵、対外的な防衛軍(行政的に言えば:外務省、)だったのに対し、内側の警護兵は、日常的な実務も司る、内政的・警察的な要素を持っている、ということです。そして、次回ご説明します、更に内側には、「人間力の様々な要素」つまり、厚生省・文部省・農林省的な性質が見られ、更に内側には、「個々個人の基本的な力=生命力」が象徴されています。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

昨年夏、一年ぶりの若林の新著「日本の伝統楽器(ミネルヴァ書房:19年8月20日発売)」が出ました。
「インドに関係ないじゃないか!?」と思われるかも知れませんが、無論、当書では書き切れませんでしたが、「日本の楽器→ルーツ(ペルシアとインド)」の物語の背景には、「Naga-Sadhu(裸形上人)」や「Saraswati(妙音天)派修行僧」などの活躍が大であるという解釈が存在します。機会を得る度に、その核心に迫って行きますので、どうぞ応援下さいませ。
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若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

また、本連載コラムのテーマでも重要な、「現代人に大きく欠落している論理性」につきましては、論理力育成Mail-Lessonをご教授しています。
心と体の健康(本来のバランス力を取り戻す)の為に欠かせない。脳機能を本来の姿・力に戻すための講座です。ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ音楽療法の全てにとっても、極めて重要な基本です。論理力を高めると、世界観さえ変わって(むしろ神秘・スピリチュアルなことが、新鮮に敏感に深く理解出来るようになります)来ます。
更に、貴方の論理力を簡単にチェックする「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
お気軽にメールか、Facebookメッセージでお尋ね下さい。
chametabla@yahoo.co.jp 若林

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また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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ビーシュマ・アシュタミー2020

2020年2月2日はビーシュマ・アシュタミーです。

ビーシュマ・アシュタミーは、沈黙の新月(マウニー・アマーヴァシャー)として知られるマーガ月(1~2月)の新月から8日目(アシュタミー)にあたり、ビーシュマを讃える吉日です。

ビーシュマは古代インドの叙事詩マハーバーラタにおける英雄として知られ、この日、ビーシュマが死を迎えたと伝えられます。

戦いで傷を負ったビーシュマは、ウッタラーヤナに肉体を去ることを望み、ウッタラーヤナが訪れるまで、矢でできた臥床で死を待ったといわれます。生涯を通じ禁欲を忠誠したビーシュマは、父より、自身の死す時を選ぶことができる恩恵を与えられていました。

ウッタラーヤナはマカラ・サンクラーンティ以降の太陽が北方への回帰を始める時にあたります。インドでは太古より、ウッタラーヤナの期間中に肉体を去ることは、成就に至るために重要であると考えられ、バガヴァッド・ギーターでは、以下のように説かれています(バガヴァッド・ギーター第8章第24節)。

अग्निर्ज्योतिरहः शुक्लः षण्मासा उत्तरायणम् ।
तत्र प्रयाता गच्छन्ति ब्रह्म ब्रह्मविदो जनाः ॥२४॥

agnirjyotirahaḥ śuklaḥ ṣaṇmāsā uttarāyaṇam |
tatra prayātā gacchanti brahma brahmavido janāḥ ||24||
祭火燃え、光明あり、昼、白月、太陽が北進する6ヶ月の間、
その時に逝去するブラフマンを知る人々は、ブラフマンに赴く。

参照:2020 Bhishma Ashtami

ラタ・サプタミー2020

インドでは2月1日に、ラタ・サプタミーの祝日を迎えます。
ラタ・サプタミーは、マーガ月(1~2月)の新月から7日目にあたり、スーリヤ神(太陽神)を讃える吉日として祝福されます。

スーリヤ神はこの日、7頭の馬に引かれた自身の乗り物(ラタ)の向きを北方へ変えると信じられています。
その乗り物の御者が、アルナと呼ばれる暁の神です。
アルナとは「赤い」を意味し、暗闇を切り開く太陽が空を赤く染める輝きの神格として崇められます。

このアルナ神の誕生には、興味深い神話が伝わります。
アルナ神は、有名な聖仙の1人であるダクシャの娘、ヴィナターの卵から生まれました。
しかし、ヴィナターは偉大な息子の誕生を待ちきれず、その卵を自ら割ってしまいます。
割れた卵からは閃光としてアルナ神が飛び出すも、時期が早すぎたために、その光は太陽のように明るくなることはなかったといわれます。

そんなアルナ神は、後にスーリヤ神の乗り物の御者となり、7頭の馬を操りながら、その乗り物を導きます。
この7頭の馬は、太陽の光から生まれる7つの色を意味しているといわれます。
それは、7色とされる虹の色であり、私たちの身体に点在する7つのチャクラの色でもあります。

この7色の光を象徴する7頭の馬は、アルナ神の手綱にしっかりと収まり、まっすぐに走り続けています。
毎朝、太陽が昇り真っ赤に染まる朝の空ほど、生きることの美しさを見る瞬間はありません。
時を超えて変わることなくその暁をもたらすアルナ神は、太陽の光が万物を支えていることを確信しているようです。

ラタ・サプタミーは、太陽からの光とその恵みを授かる吉兆な時です。
皆様にも太陽の大きなお恵みがありますように、心よりお祈りしております。

参照:2020 Ratha Saptami

バガラームキー寺院の最強ホーマ1(星の力のインド紀行2)

今回のツアーでは、最初にインド中部のナルケーダという名の小さな街のバガラームキー寺院に行きました。
インド国内にバガラームキー寺院は3か所と言われています(チェンナイの新しい寺院を除く)。
さらにネパールのカトマンドゥ盆地にも1か所あるそうで、広大なインド亜大陸のすべてのバガラームキー寺院を合わせても5か所くらいでしょう。
私ガネーシャギリは2006年にバガラームキー女神の礼拝を始め、2014年に最初のバガラームキー寺院を参拝いたしました。その後2018年にもう一つのバガラームキー寺院への参拝を果たし、インド国内の古いバガラームキー寺院の参拝はこれでコンプリートになります。
個人的な体験から言わせていただければ、バガラームキー寺院への参拝には必ず、何かしらの困難が伴います。
今回も日本からインドに着いたあと、(飛行機の到着が遅れたため)ホテル滞在時間はわずか1時間で、全員一睡もせずバガラームキー寺院へ向かうこととなりました。しかもバスが故障したとのことで、急きょ3台の車に分乗して向かいました。
インドの道路は日本ほど整備されておらず、小さな車は結構揺れるので大変でした。
しかし、インドールという小さな空港からさらに車で4時間半も行ったところにポツンと存在する寺院のため、やはり外国人としては初めて参拝するらしく、お寺の方にはとても歓迎していただきました。
寺院の外観はまるで地方の街の遊園地のようですが、マハーバーラタの時代から礼拝が行われていたらしいです。
ご本尊は、スワヤンブー(いわゆる自然に造形されたもの)で、バガラームキー女神とサラスヴァティ女神とラクシュミー女神が1体になっています。参加者28人全員の参拝が終わるまで、私とサポートの方の2名でバガラームキー・ムーラマントラを唱え続けました。パンデット(僧侶)のマントラの詠唱と相まって、狭い祠の中に波動の渦が巻きあがっていくのが見えて壮観でした。祈りが届いたのか、最凶の畏怖の女神と言われるバガラームキーの波動は意外にも優しく、全員を包んでくれたように感じました(次回に続きます)。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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スーリヤ・ムドラー

インドでは1月15日に、日本の冬至にあたるマカラ・サンクラーンティが祝福されました。
太陽が北方へ回帰するウッタラーヤナ(冬至から夏至の6ヶ月間)に入り、神々の昼が始まっています。
これからは日に日に暖かさが増すとともに、太陽の明るい光が満ちていく季節となります。

万物に命を吹き込む太陽は、古来より世界の各地で尊ばれ崇敬されてきました。
ヨーガでは、その恩恵を享受するためのさまざまな行いが実践されています。
その一つに、スーリヤ・ムドラーがあります。
太陽のムドラーを意味するこのムドラーは、その名の通り、太陽のエネルギーを身体に呼び覚ますムドラーです。

親指は火、人差し指は風、中指は空、薬指は地、小指は水というように、5本の指にはそれぞれ5元素の象徴があります。
スーリヤ・ムドラーで重要となるのは、火と地を象徴する親指と薬指です。
まずは、薬指の先端が親指の付け根にくるように両手の薬指を曲げ、曲げた薬指を親指で軽く押さえつけます。
残りの3本の指は、まっすぐに伸ばしておきます。
この手の形を、座位でも立位でも、身体の前で組むのがスーリヤ・ムドラーです。

火を象徴する親指で、地を象徴する薬指を押さえつけるのは、火で地の要素を支配することを意味します。
地の要素は、どっしりと落ち着いた穏やかな安定を生み出しますが、時に、無気力になったり、保守的になったり、物事に執着したりする傾向を生み出すとされます。
春を迎える頃には、冬の間に蓄積された地の要素が活発になり、火の要素が弱まるとともに、憂鬱や怠惰、肥満や浮腫といった不調が生じるとされてきました。

そんな地の要素を押さえるのが、燃えるようなエネルギーに溢れる火の要素です。
このムドラーは、痩せるためのムドラーともいわれるほど、体内の熱を増加させ、代謝を活性化すると伝えられます。
そのエネルギーは、太陽が万物に輝きを与えるように、私たちに自信や行動力を与えてくれると信じられてきました。

少しずつ日が伸び始め、これからは太陽の光が満ちていきます。
スーリヤ・ムドラーを通じて、そのエネルギーを自分自身の内なる世界で礼拝したいと感じます。
自然に調和するこうした叡智を取り入れることで、健やかで豊かな日々を過ごすことができるはずです。

(文章:ひるま)