ガーヤトリー・マントラの無限の力

ヒンドゥー教において最高峰のマントラといわれ、現代では国や宗教を超えて詠唱されるガーヤトリー・マントラは、かつては儀式や祭祀を執り行う特定の家系の男子のみによって唱えられるものでした。ヒンドゥー改革運動の流れやヨーガの普及もあり、日常的に幅広く世界中で唱えられるようになったこのガーヤトリー・マントラについて、その意味、起源、重要性を詳しく見ていきましょう。

「オーム、地よ、空よ、天よ
我らが、彼(か)の太陽神の愛でたき神の光輝を獲得せんことを
我が為に、彼が知性を鼓舞せんことを 」
(参照:ガーヤトリー・マントラの逐語訳

紀元前12世紀頃に編纂されたリグ・ヴェーダにあらわれるこのガーヤトリー・マントラは、太陽神サヴィトリへの賛歌です。聖仙ヴィシュヴァーミトラは、太陽の中に神(ブラフマン)を見出し、無限の力を引き出すガーヤトリー・マントラを発見しました。ガーヤトリー・マントラには、生きとし生けるものに命を与える太陽という最高の光が、私たちの心を照らし、知識を授け、正しい道へと導いてくれるよう、叡知を司る祈りが込められています。

「ガーヤトリー」とは、もともと韻律の一種であり、8音節の句を3つ重ねた、合計24音節からなる詩形を意味します(参照:ガーヤトリー・マントラについて)。
後に、ガーヤトリーは神格化され、ガーヤトリー女神として崇められるようになりました。ガーヤトリー・マントラが記されたヴェーダは、「知識」を意味し、ヒンドゥー教においてもっとも尊ばれる聖典であり、ガーヤトリー女神は人々の無知を取り除くヴェーダの母として崇められています。

それでは、なぜガーヤトリー女神は、5つの顔を持つのでしょうか。4つの顔は4つのヴェーダをあらわし、残りの1つは最高神をあらわすといわれます。4つのヴェーダには、以下のマハーヴァーキヤ(格言)があり、これらをすべてあわせたものが、ガーヤトリーとなります。

サーマ・ヴェーダ:tat tvam asi(汝はそれである)
リグ・ヴェーダ:prajñānaṁ brahma(意識はブラフマンなり)
アタルヴァ・ヴェーダ:ayam ātmā brahma(自己はブラフマンなり)
ヤジュル・ヴェーダ:ahaṁ brahmāsmi(私はブラフマンである)

このことから、ガーヤトリー・マントラは4つのヴェーダの教えの真髄であり、ガーヤトリー・マントラを唱えることは、4つのヴェーダをすべて唱えることと同じ功徳があるといわれます。またガーヤトリーは、パンチャ・マハー・ブータ(五大元素)をあらわし、宇宙全体の力を通じて、ガーヤトリー・マントラを唱える個人の心と体を守り、偉大な力を授けると伝えられます。また、5つの顔は、生命を司る5つのプラーナ(生気)と、自己の本質を覆い隠す5つの鞘に対応します。すなわち、ガーヤトリー・マントラを唱えることは、生命力を活性化させ、自己の本質を覆い隠す鞘を取り除くために、非常に役立ちます。

太陽神サヴィトリへの賛歌であるガーヤトリー・マントラは、感覚を司るガーヤトリー女神、生命力を司るサーヴィトリー女神、そして叡知を司るサラスヴァティー女神の三女神の象徴です。したがって、ガーヤトリー・マントラを唱えることにより、感覚器官を制御し、真理を語り、思いと言葉と行動の一致をもたらします。ガーヤトリー・マントラは、あらゆるマントラの中で最も恩恵高く、光に満ちた知識を授けるマントラであることから、グル・マントラとして受け継がれることもあります。

ガーヤトリー・マントラを唱える最適な時間は、日の出、正午、日の入りです。こうして1日に3度ガーヤトリー・マントラを唱えることは、サンディヤー礼拝と呼ばれます。マントラは108回唱えることで最大の恩恵が得られると伝えられますが、十分な時間が取れない場合は、3回、9回、11回等の吉祥数回唱えることもよいでしょう。もし食前に唱えるならば、その食事は神聖な波動で満たされた神への捧げ物となり、精神と肉体にとって有益な食事となるでしょう。

賢者や聖人たちは、単にガーヤトリー・マントラの意味を伝えるだけでなく、清らかな知識を授ける正しい力となるように、その言葉を伝えてきました。スワミ・シヴァーナンダ師は、ガーヤトリー・マントラについて、次のように述べています。
『ガーヤトリーは、敬虔深いヒンドゥー教徒すべての生命であり支柱です。
それは、信奉者を守り導く決して破れない霊的な鎧であり、堕ちることのない要塞です。
事実、ガーヤトリーの言葉の真の意味は、「それを歌う人を守るもの」です。
ガーヤトリーは、人間を神へと変え、最高の霊的光輝によって人々を祝福する神の力です。』
(参照:ガーヤトリー・ジャパの日

ガーヤトリー・マントラに秘められた教えと力が、その真義を明らかにしています。詠唱を続けると、真の知識があらわれ始めることを感じるでしょう。神への讃美であり、瞑想であり、祈りでもあるガーヤトリー・マントラは、真理を授ける無限の力を秘めています。

(SitaRama)

ガーヤトリー・マントラの恵み

 バガヴァン・シュリー・サティア・サイババが説く

 

 ガーヤトリー・マントラの恵み

 

シュリー・サティア・サイ・オーガニゼーション・スリランカ編

 

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この本の著作権は、主張いたしません。
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 バガヴァン・シュリー・サティア・サイババの
蓮華の御足につつしんで礼拝いたします

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凡例
1.〔亀甲カッコ〕は訳注をあらわす。
2.引用文献における半角の数字は、英文のページ数をあらわしている(たとえば”Sathya Sai Speaks Vol.3” P108)。

はじめに

学識のある人々の中には、修行としてオーム〔訳注……宇宙の原初音〕(プラナーヴァ)やガーヤトリー・マントラを唱えるのはどんな人がふさわしいか、気になって仕方のない人がいるようだ。
われらの時代における神の化身(アヴァター)バガヴァン・シュリー・サティア・サイババは、こう言っている。
「オーム(プラナーヴァ)は、ごく限られた人たちだけが唱えるもので、他の人に唱える権利がないと言う者がたくさんいる。それは間違いだ。真実がわかっていないから、そういう間違った結論を下してしまう。間違った信念から間違った結論が生まれる。『バガヴァッド・ギータ』は、こういう人ならよくて、ああいう人はだめだなどとは言っていない。クリシュナは、階級や性別を問わず、『誰でも*』いいと言っている」(『ギータ』第8章12、13節)
〔*訳注──「オームを唱え、わたしを思う者ならば、誰でも究極の境地に達する」『バガヴァッド・ギータ』第8章13節〕
(Bhagavan Sri Sathya Sai Baba “Geetha Vahini”〔『ギータ・ヴァヒーニ』未邦訳〕 p143)
バガヴァンはまた、こうも言っている。
「ガーヤトリー・マントラは、オームという言葉(プラナヴァ・サブダ)を、詳しいかたちに表現したものだ。ガーヤトリー・マントラはたいへんな価値のあるとうといマントラで、この瞑想によってひたすら真の自己を求める(アディャートマな)人生への導きとなるものだ」
(“Sadhana─The Inward Path”P.90 (Prasanthi Nilayam)〔邦訳『御名の響き』(シュリ サティア サイ出版物日本刊行センター)〕および“Sathya Sai Speaks Vol.3”〔『サティア・サイは語る』サイババの講話をおよそ年ごとに編集、刊行した書物。英語版はVol.42までインターネットで読むことができる〕p232)

スワミ・ヴィヴェーカーナンダ〔1863~1902 近代インドを代表する聖人〕は、『シュクラ・ヤジュール・ヴェーダ』を引用しながら、こう言っている。
「ヴェーダは誰でも近づけるものではないという、そんな根拠があるなら、ぜひ見せてもらいたい。ヴェーダこそ、われわれのただひとつの根拠なのであり、誰でもこれに近づく権利がある」

(“Collected Works Vol.3” p457)
スリランカ版 発行者

ガーヤトリー・マントラの恵み

第I章

  1. ガーヤトリー・マントラとは、何でしょうか。
    「ガーヤトリー・マントラは、人類最古の教典『ヴェーダ』に記されている、大宇宙のマントラ、祈りの言葉である」

    (“Sathya Sai Speaks Vol.10” p109)

    ガーヤトリー・マントラは、男性でも女性でも、どの信仰をもつ人でも、どの国のどの地域の人でも、どの時代においても熱心に唱えていい祈りの言葉だ。このマントラを唱えることで、知性が発達する」

    (“Sathya Sai Speaks Vol.5” p58)

  2. ガーヤトリー・マントラを唱えていただけますか。
    「これがガーヤトリー・マントラだ。
    ॐ भूर्भुवः स्वः ।
    तत् सवितुर्वरेण्यं ।
    भर्गो देवस्य धीमिह ।
    धियो यो नः प्रचोदयात् ॥

    oṃ bhūr bhuvaḥ svaḥ
    tat savitur vareṇyaṃ
    bhargo devasya dhīmahi
    dhiyo yo naḥ pracodayāt

    オー(ム)
    ール ヴァ(ハ) スヴァハ
    タ(ト) サヴィトゥ(ル) ヴァレエニャ(ム)
    ルゴー デーヴァスィャ ディーマヒ
    ディヨー ヨー ナ(ハ) (プ)ラチョーダヤア(ト)」
    〔ゴシックは強い音、カッコの小さな文字は、母音の入らない子音だけを発音する〕

  1. ガーヤトリー・マントラは、どう訳されるのでしょうか。
    「こう訳される。

    オー(ム)
    宇宙の最高原理(パラ・ブラフマン)
    ブール
    物質的な世界(ブーローカ)。あるいは、5つの元素(パンチャブータ)から成る肉体のことでもある。この5つの元素が、自然(プラクリティ)を形づくる。
    ブヴァ(ハ)
    中間的な世界(ブヴァ・ローカ)。また、生気(プラナシャクティ)も意味する。さらに、生気による肉体の動きを可能にする高次の意識(プラニャーナ)のこともいう。このために、「『いつも・すべてに・目覚めている』のがブラフマーである(プラニャナム・ブラフマー)」と言うのだ。
    スヴァハ
    天・神々の国(スワルーガ ローカ)
    (“Sanathana Sarathi” 1995-09〔『サナータナ・サラチ』「永遠不滅の真理」を意味する、アシュラムの出版協会発行の月刊誌。1995年9月号〕p234)
    タ(ト)
    至高の真我(パラマートマ)、神、ブラフマン
    サヴィトゥ(ル)
    万物のみなもと
    ヴァレエニャ(ム)
    礼拝するにふさわしいもの
    バルゴー
    輝き、精神的なきらめき、英知を与える光
    デーヴァスィャ
    神の真理
    ディーマヒ
    私たちは瞑想します
    ディヨー
    知性(ブッディ)
    ヨー
    その〔知性の〕
    ナ(ハ)
    私たちの
    (プ)ラチョーダヤア (ト)
    照らしますように」

    ※ガーヤトリー・マントラにはいろいろな訳し方がある。次の訳はそのひとつである。

    オー(ム)
    オーム
    ブール
    物質的な世界
    ブヴァ(ハ)
    心の世界
    スヴァハ
    天界。〔そのすべてに満ちている〕
    タ(ト)
    至高の「あの存在」の
    サヴィトゥ(ル)
    みなもとを、
    ヴァレエニャ(ム)
    たたえます。
    バルゴー
    神の光を
    デーヴァスィャ
    その聖なる真理を
    ディーマヒ
    深く瞑想いたします。
    ディヨー
    知性
    ヨー
    によって
    ナ(ハ)
    われらに
    (プ)ラチョーダヤア (ト)
    光が与えられますように。
    (絶対の真理をさとることができますように)

    あるいは「ディヨー ヨーナ(ハ) (プ)ラチョーダヤア (ト)」は、「正しくものを見る目が開かれますように。神さま、どうかお導きください」とも訳すことができる。

    (“Geetha Vahini” p3)

  2. ガーヤトリー・マントラは誰が発見したのでしょう。
    「ガーヤトリー・マントラは、聖者ヴィシュワミトラが発見した。『アーディテャフルダヤム』のマントラによってラーマ王子に太陽礼拝の奥義を説いた聖者ヴィシュワミトラと同じ人だ」
    (“Sathya Sai Vahini” 〔邦訳『サティア サイ ヴァヒニ』(シュリ サティア サイ出版物日本刊行センター)〕p183, 184)
    ※アーディテャフルダヤムは、修行(サーダナ)の一部として多くの人が唱えている。このマントラについての小冊子は、Sri Ramakrishna Math, Madras 4 and by the Central Chinmaya Mission Trust, Bombay 72.で出版されている。
  3. ガーヤトリー・マントラを唱えることで、聖者ヴィシュワミトラにどんなことができるようになったのでしょうか。
    「ガーヤトリー・マントラを、信仰心をこめてくり返し唱えることで、本人の思い通りになるまれなる武器を、聖者ヴィシュワミトラは使えるようになった。この力によって聖者ヴィシュワミトラは、世界をもうひとつ創ることができたのだ〔肉体をもったまま天界に行きたいと願ったトリシャンカ王のために、聖者ヴィシュワミトラはもうひとつ別の世界を創造したという伝説による〕」

    (“Sathya Sai Vahini” p184)

  4. ガーヤトリー・マントラは誰に呼びかけているのでしょうか。
    「ガーヤトリー・マントラは、太陽神(スーリャ)のエネルギーに呼びかけている」

    (“Sathya Sai Vahini” p183)

    (バガヴァンは、究極の太陽神(スーリャ・ナーラーヤナ)である)

  5. ガーヤトリー・マントラには、どんな力が秘められているのでしょうか。
    「このマントラには、無限の力が秘められている。このマントラは、宇宙に響きわたる真言なのだ。太陽神は神々を支配しているのだから、ガーヤトリー・マントラには無限の力がある。その力はまことに驚くべきものだ」

    (“Sathya Sai Vahini” p184)

  6. ガーヤトリー・マントラは、どこに記(しる)されているのですか。
    「ガーヤトリー・マントラは、人類最古の聖典ヴェーダ”(“Rig Veda” 3-62-10)に記されている」
    〔ガーヤトリー・マントラは『リグ・ヴェーダ』に収録されている。その邦訳としては辻直四郎訳『リグ・ヴェーダ讃歌』(岩波文庫)が有名だが、この翻訳書は大部の原典の大幅な抄訳である。そこに記されているガーヤトリー・マントラの翻訳は「われら願わくは、サヴィトリ神のこの愛(め)でたき光明を享受せんことを。その彼はわれらが詩想を助長せんことを」(同書34ページ)〕
  7. ガーヤトリーとは、どういうお方なのでしょうか。
    「ガーヤトリーとはヴェーダの母である。
    (ガーヤトリー チャンタサァム マータ)」
  8. ガーヤトリーはどんな人を救ってくださるのですか。
    「ガーヤトリーは、このマントラを唱える者を救う。
    (ガーヤンタム トゥラーヤーティ ガーヤトリー)」
  9. ガーヤトリーはどこにいらっしゃるのでしょう。
    「ガーヤトリー・マントラを唱えるところ、ガーヤトリーはいつもそこにいる」

    (“Sanathana Sarathi” 1995-09)

  10. ガーヤトリーの三つの名前を教えてください。
    「ガーヤトリーには、
    ガーヤトリー〔ブラフマー神の妻にしてヴェーダの母〕、
    サヴィトリ〔激励する神。あらゆる存在を光でおおう太陽神〕、
    サラスワティー〔学問と芸術の女神。日本では弁天〕
    の三つの名前がある。この三人の神さまが、わたしたちひとりひとりの中にいる。
    ガーヤトリーは感覚〔見・聞き・嗅ぎ・味わい・触れる〕を支配する。
    サヴィトリは生命の力(プラーナ)を支配する。サヴィトリという名は、真理を意味する。
    サラスワティーは、言葉(ヴァーク)を支配する女神である。
    心と言葉と行為にけがれがなく清らかであることを、この三人の神さまはあらわしている(トゥリカラナ・スッディ)。

    (“Sanathana Sarathi” 1995-9 p235)(質問30を参照)

    心と言葉と行為が清らかにむすびつくように修行する人の内に、ガーヤトリー、サヴィトリ、サラスワティーが宿るであろう」

  11. ガーヤトリー・マントラは誰に呼びかけているのですか。
    「すべてを超越する内なる神に呼びかけている」
  12. すべてを超越する内なる神は、何という名で呼ばれるのでしょう。
    「すべてを超越する内なる神は『サヴィター』という名で呼ばれる」
  13. 『サヴィター』とはどういう意味でしょうか。
    「『サヴィター』とは、『万物のみなもと』という意味だ」
  14. ガーヤトリー・マントラはどういった部分でできているのでしょうか。
    「ガーヤトリー・マントラは三つの部分でできている。このマントラは、讃美、瞑想、祈りという三つの要素によって神を崇拝する形になっている。
    最初の9つの単語、
    『オー(ム) ブール ブヴァ(ハ) スヴァハ タ(ト) サヴィトゥ(ル) ヴァレエニャ(ム) バルゴー デーヴァスィャ』は、神の徳性をあらわしている。
    『ディーマヒ』は瞑想にあたる。
    『ディヨー ヨーナ(ハ) (プ)ラチョーダヤア (ト)』は、あらゆる力と能力がさずかりますようにという、神への祈りである」

    (“Sanathana Sarathi” 1995-9 p236)

  15. 三つの部分を言いかえてくださいませんか。「三つの部分は、こんなふうにも言える。
    1. 万物のみなもと(サヴィター)への讃美。まず神がたたえられる。
    2. 万物のみなもと(サヴィター)を瞑想すること。次に神をうやまい、神を瞑想する。
    3. 万物のみなもと(サヴィター)への祈り。

    内なる知性が目覚め、より強くはたらき、ものごとを正しく見きわめる力(ブッディ)がはたらくよう、神に願うのだ」

  16. ガーヤトリー・マントラをどう考えればいいのでしょうか。
    「ガーヤトリー・マントラは、ヴェーダの教えの核心(ヴェーダ・サーラ)だと考えていい」
  17. ガーヤトリー・マントラによって何が発達するのでしょうか。
    「ガーヤトリー・マントラを唱えることによって、英知を生み出す力が発達し、より鋭くはたらく」
  18. ガーヤトリー・マントラを唱える人には、他にどんな恵みが与えられるのでしょう。
    「深く信じるこころでいつもガーヤトリー・マントラを唱える者には、
    ガーヤトリー・マントラがすべての病気をいやし、
    (サルヴァ ローガ ニワァリニ ガーヤトリー)
    ガーヤトリー・マントラがあらゆる苦しみからその人を守り、
    (サルヴァ ドゥカ パリワァーリニ ガーヤトリー)
    ガーヤトリー・マントラがすべての願いをかなえてくれる
    (サルヴァ ワァンチャ パラスリ ガーヤトリー)」

    (“Sanathana Sarathi” 1995-09 p236)

  19. 深く信じるこころでガーヤトリー・マントラを唱える人には、何が与えられるのですか。
    「深く信じるこころでガーヤトリー・マントラを唱える人には、ありとあらゆる恵みが与えられる」

    (“Sanathana Sarathi” 1995-09 p236)

  20. 他にはどんな成果があるのでしょうか。
    「ガーヤトリー・マントラを唱えていると、さまざまな力がその人にあらわれるだろう。だからガーヤトリー・マントラを軽々しく扱ってはいけない」

    (“Sanathana Sarathi” 1995-09 p236)(質問30を参照)

  21. 真理とは何ですか。教えてください。
    「過去、現在、未来において、いつも価値を失わないもの。それが真理だ」

    (“Sanathana Sarathi” 1995-09 p236)

  22. ガーヤトリー・マントラはどんな意味を含んでいるのでしょうか。
    「ガーヤトリー・マントラは四つのヴェーダに記されている四つの教えの核心(マハー・ヴャカス)の意味を含んでいる」
  23. 四つの教えの核心とは何ですか。
    「四つの教えの核心とは、次のとおりである。

    1. 究極の意識はブラフマンである(プラニャナム ブラフマー)。(『リグ・ヴェーダ』の「アイタレーヤ・ウパニシャッド」)
    2. わたしはブラフマンである(アハーム ブラフマ アスミ)。(『ヤジュール・ヴェーダ』の「ブリハダリャーナカ・ウパニシャッド」)
    3. あなたは「あの存在」〔究極の神〕である(タットヴァマーシ)。(『サーマ・ヴェーダ』の「チャーンドゥギャ・ウパニシャッド」)
    4. 真の自己(アートマ)は神(ブラフマン)である(アヤム アートマ ブラフマ)。(『アタルヴァ・ヴェーダ』の「マンドゥギャ・ウパニシャッド」)」
  24. ガーヤトリー・マントラは、いつ唱えればいいのでしょう。
    「夜明けと、午(ひる)と、夕暮れ時に、唱えるといい」
  25. その時間に、どんな意味があるのでしょうか。
    「その時間は、『変わり目の時』(サンディヤ・カーラム)と呼ばれ、夜と朝、午前と午後、昼と夜が出会う時間だ。この時間は、精神の修行にとって、とても有益な時間なのだ」
  26. それでは私たちがガーヤトリー・マントラを唱えるのは、この三つの時間に限った方がいいのでしょうか。
    「いや、ガーヤトリー・マントラを唱えるのに、この三つの時間に限る必要はない」
  27. それではガーヤトリー・マントラは、いつ唱えればいいのでしょうか。
    「ガーヤトリー・マントラは、いつでも、どこでも、唱えていいのだ」
  28. ガーヤトリー・マントラを唱える者は、いつも何を心がけているべきでしょうか。
    「ガーヤトリー・マントラを唱える者は、いつも清らかなこころでいるべきだ」
    ※バガヴァンの教えによれば、私たちはガーヤトリー・マントラを
    ①軽々しく扱ってはならない(質問22)。そして、
    ②いつも清らかな心で唱えるべきだという。
    だから私たちはあくまでもバガヴァンの教えに従い、実践するべきなのだ。このことは『ブリンダヴァンの慈雨』(“Summer Showers in Brindavan 1990”)〔邦訳サティア サイ オーガニゼーション ジャパンの出版協会〕でも見ることができる。要約してみよう。

    1. 真実を語る。自分が話す言葉の価値を大切にしなさい。真実は言葉のいのちである。(P7)
    2. 正しい行いをする。(P7)どうすればそれができるだろう。心と言葉と行為をひとつにしていくこと(トゥリカラナ・スッディ)で、それができる。(質問12を参照)
    3. 心と言葉と行為を清らかにむすびつける。(P7, 99)「悪いことを考えないで、よいことを考えなさい。
      悪いものを見ないで、よいものを見なさい。
      悪いことを聞かないで、よいことを聞きなさい。
      悪いことを話さないで、よいことを話しなさい。
      悪いことをしないで、よいことをしなさい」
      ──いつもバガヴァンのこの言葉に従いなさい。
    4. 決して人を傷つけず、いつでも人を助けるように(Help ever, Hurt never)。(P72)
    5. 行為の結果に一切とらわれず、「自分がやっている」といういつわりの気持ちを捨て、すべての行為を神への捧げものとする。(P76, 119)
  29.  

    第II章

  30. バガヴァンから若い人への助言には、どんなものがあるのでしょう。
    「入浴中にガーヤトリー・マントラを唱えるように、バガヴァンはすすめておられる」
  31. バガヴァンはどういうわけで、ガーヤトリー・マントラを入浴中に唱えるよう若い人にすすめておられるのでしょう。
    「風呂に入るとき、私たちは自分の体を清める。この時間を心と知性を清める機会にもするべきだと、バガヴァンはおっしゃっている」
  32. それ以外にどんなときにガーヤトリー・マントラを唱えるように、バガヴァンはすすめておられるのでしょう。
    「バガヴァンは私たちに、
    ①食事の前には、いつも
    ②目が覚めて、起きる前に
    ③寝る前に
    ガーヤトリー・マントラを唱えるようすすめておられる」
  33. ガーヤトリー・マントラを唱えたあとは、どうすればいいでしょうか。
    「ガーヤトリー・マントラを唱えたあとは、『シャンティ』〔平安なれ〕を三回唱えるべきだ」
  34. なぜ、ガーヤトリー・マントラを唱えたあとで、『シャンティ』を唱えるのでしょう。
    「『シャンティ』を三回唱えるべきなのだ。そうすることで肉体・心・たましいという、われわれの三つの存在に、静かな安らぎ、シャンティが訪れるからだ」
  35. バガヴァンはガーヤトリー・マントラとその重要性をE・B・ファニブンダさんに説いておられます。バガヴァンの教えの要点はどこにあるのでしょうか。
    「バガヴァンからE・B・ファニブンダさんへの教えは、その著書『神とまみえる』(“Vision of the Divine”〔邦訳なし〕(P79~P88))に書かれている。その要点は次の通り。

    1. もしガーヤトリー・マントラを正しく唱えないならば、それは逆効果となり、人を暗闇へと引きずり込む。けれども愛をこめて唱えるなら、神はこの祈りを聞いてくれる。
    2. ひとつひとつの言葉を、はっきりと発言するべきである。急いだりあわてて唱えてはいけないと、バガヴァンは言われる。
    3. ガーヤトリーこそはヴェーダの基礎であり、ヴェーダの母(ヴェーダ・マータ)と呼ばれるに値する存在である。ガーヤトリー・マントラは、この物質的な宇宙のすべてに響きわたるのだ。
    4. ガーヤトリーは、このマントラを唱える人を滅びゆく運命から守り、救い出す。
    5. ガーヤトリー・マントラは澄み切った知性を求める普遍的な祈りの言葉である。この知性によって、一切のゆがみのない真理が照らし出される。
    6. ガーヤトリー・マントラは、どこの国の、どんな信仰をもつ人でも、男性でも女性でも唱えていいと、バガヴァンはおっしゃっている。ガーヤトリー・マントラは、熱烈な修行(サーダナ)によって、知性が目覚め、知性が強くなるように、三つの世界〔ブールとブヴァとスヴァハ〕と太陽に満ちている、まばゆいばかりの力を求めるのだ。

      (”Sathya Sai Speaks Vol.3” P242も参照)

    7. 夜明け、午(ひる)、夕暮れ時、一日に三度こころを清めることが必要だ。この他に夜も含めて、どの時間に、どこでもガーヤトリー・マントラを唱えていいと、バガヴァンはおっしゃっている。
    8. ガーヤトリー・マントラには、神にも等しい意義がある。だから、つつしみ・敬意・信仰・愛のこころで、マントラに接するのだ。
    9. ヴェーダこそは神の呼吸そのものだ。そしてガーヤトリー・マントラは、ヴェーダの基礎なのだ。
    10. バガヴァンはヴェーダの神(ヴェーダ・プルシャ)なのだから、ヴェーダにおける最高の権威である。
    11. 約束された成果を信じ、マントラに愛と尊敬の念を抱くのは、心があちこちにさまよいながら機械的に唱えていることよりもはるかに大切だ。
    12. このマントラは母なる神に向かって唱えられる。「母なる神さま。私のこころは闇でおおわれています。どうかこの闇をしりぞけ、内なるまばゆい光に満たされますように」
    13. 神を求める者がこのマントラへの充分な情熱・敬意・愛を抱くとき、はじめてガーヤトリー・マントラの力と可能性を完全に信じられるようになる。
    14. より多くガーヤトリー・マントラを唱えることで、より大きな恵みがあらわれる」(質問47を参照)
  36. 人はどのようにして人生を誤るのでしょうか。
    「たくさんの人が自分のほんとうの徳性を忘れ、肉体への執着にとらわれている。人生の目的を、肉体を喜ばせることと思いこんだまま、苦しみから逃(のが)れられずにいる。肉体を自動車だとすると、アートマ(真の自己、たましい)は車を運転する人だ。ところが自分のほんとうの役割を忘れ、ただの乗りものにすぎない肉体がほんとうの自分だと思っている」

    (“Sanathana Sarathi” 1995-09 p233~236)

  37. それでは人生をいかに生きるべきなのでしょう。
    「人間の生き方とは、低次のものを捨てて、高次のものを求め、大いなる存在の前に卑小なものを捨て去る、そのたえまない犠牲の連続でなければならない」
  38. 私たちの目で見ることができないものは何でしょうか。
    「われわれは物質的な世界と、あらわれては消えるはかないものに目を奪われている。だから高い格式をもつ、おごそかな精神の世界が見えないのだ」
  39. 私たちがガーヤトリー・マントラをさずかったほんとうの目的は何でしょうか。
    「第三の目(アジナ・チャクラ)がわれわれの内面へのまなざしとなってあらわれること。実にガーヤトリー・マントラはこのためにわれわれに与えられたのである。この内面へのまなざしによって、ブラフマンをさとることができる」(質問46)
  40. なぜ私たちはガーヤトリー・マントラをずっと守っていくことが必要なのでしょう。
    「ガーヤトリー・マントラは宝物なのだから、われわれは生涯を通してこのマントラを守らなければならない。バガヴァンが教える通りに正しい発音を学び、正確にガーヤトリー・マントラを唱えるべきなのだ」
    (カセットテープ“Sathya Sai Bhajanavali No.14”の中でバガヴァンはガーヤトリー・マントラの正しい発音とイントネーションを教えている。テープはプラシャンティ・ニラヤム〔南インド、プッタパルティのサイババ・アシュラム〕の売店で売っている。テープの題名は“Bhagavan speaks on Gayatri at Upanayanam ceremony on 17-3-83 at Prasanthi Nilayam”〔このテープでは、はじめにサイババが三回ガーヤトリー・マントラを唱え、そのあとでこのマントラについての講話の録音が続く。インドでは他に“Baba Sings”シリーズの「ガーヤトリー・マントラ」がことにすぐれている。2015年現在では、Youtubeなどの動画で聞くことができる。〕)
  41. 私たちが捨ててはいけないものは。
    「われわれは決してガーヤトリー・マントラを捨ててしまってはいけない。すなわちガーヤトリー・マントラを純粋なこころで、一日に最低二、三回、毎日唱えるべきだ」
  42. それでは、私たちが捨ててしまってよいものとは。
    「他のマントラは捨ててしまうなり、無視してもかまわない。けれども、ガーヤトリー・マントラは一生を通して決して手放してはならないものだ」
  43. ガーヤトリー・マントラを一日に何回か純粋なこころで唱えると、どんな恵みを受けるのでしょうか。
    「①バスや車の中で、
    ②鉄道や飛行機の中で、
    ③店や路上で、
    ガーヤトリー・マントラはどこにいてもわれわれを害悪から守ってくれる」
  44. 西洋の人はガーヤトリー・マントラについて、どんなことに気づいたのでしょう。
    「ガーヤトリー・マントラをヴェーダの教える正しいアクセントで唱えると、マントラの生み出す空気の微妙な振動によって、その場の雰囲気が目に見えて輝きを増すことに西洋の人々は気がついた。
    バガヴァンはこう言っている。
    『マントラの音には、意味に劣らない価値がある』

    (“Sadhana─The Inward Path” P90または”Sathya Sai Speaks Vol.3” p242)」

    (だからわれわれは、バガヴァンが教える通りに正確にガーヤトリー・マントラを唱えられるように学ぶことが大切なのだ)

    スリランカの首都コロンボのサイババ寺院(Sai Mandir at 22 Barnes Place, Colombo 7)では、バジャンのたびごとに、最後に三回バガヴァンの唱えるガーヤトリー・マントラを流している。
    (ガーヤトリー・マントラの発音を他の先生から習うのは、おすすめできることではない)

  45. ガーヤトリー・マントラを唱えると、精神にどんな恵みがあらわれるのでしょうか。
    「ガーヤトリー・マントラをバガヴァンの教える通りに正しく唱えれば、ブラフマンの輝き(ブラフマ・プラカ─サ)があらわれる。知性が光を放ち、精神的な道に明かりが照らされる」
    (ガーヤトリー・マントラを唱えるとき、『バガヴァッド・ギータ』第5章27節で、クリシュナ神がアルジュナに教えているところ*を参考にするといい)
    〔*「外部への感覚を閉ざし、眉間に意識を集中し、吐く息と吸う息を鼻の穴にとどめる。心と感覚と知性を抑制し、欲望と怒りと恐怖から解放された修行者は、いつも必ず解脱にいたる」(『バガヴァッド・ギータ』第5章27節および第28節)〕
  46. ガーヤトリー・マントラは何回くらい唱えるといいのですか。
    「多ければ多いほどいいと、バガヴァンはおっしゃっている」

    (“Sanathana Sarathi” 1995-09 p238)

    ※(質問36の14番を見てほしい)
    「より多くガーヤトリー・マントラを唱えることで、より大きな恵みがあらわれる」
    少なくとも毎朝ガーヤトリー・マントラを108回(1マラ)唱えるべきだ。ほんの15分ほどかかるだけだ。修行(サーダナ)の核心としてガーヤトリー・マントラにとり組む人は、朝には3マラか、できれば5マラを唱え、夕方は同じ数か、やや少なめの数を唱えることが望ましい。毎週日曜日やお祭りの日の朝には、10マラ唱えること(約2時間半)。これは熱心な修行者(サーダカ)にとって、決して無理なことではない。ガーヤトリー・プラスチャラナとは、24日間、あるいは40日間休まずに毎朝10マラを唱えることをいう。
    マントラの力を吸収するためには、清らかな生活をし、節度のある食事をすることが、きわめて大切である。

  47. 入浴中や食事の前にガーヤトリー・マントラを唱えると、どんな成果があるのでしょう。
    「入浴のときにガーヤトリー・マントラを唱えるならば、入浴は神聖な行為となる。食事の前に唱えるなら、食べものは神への捧げものになる。神へのこころからの信仰をもつことが大切だ」
  48. ガーヤトリーとはどんな神さまなのですか。
    「ガーヤトリーは母なる神(アンナプールナ)であり、すべての生命を動かしている聖なる力である」
  49. ガーヤトリーは絵では5つの顔のある神さまとして描かれています。これはどういうことでしょう。
    「ガーヤトリー神は、5つの顔があるものとして描かれている。これは、

    1. 『オーム』(プラナーヴァ)が第1の顔である。オームの原理は、8つの異なった富の形(アシュタ・アイスワリア)をあらわす。
    2. 『ブール ブヴァ(ハ) スヴァハ』は第2の顔
    3. 『タ(ト) サヴィトゥ(ル) ヴァレエニャ(ム)』は第3の顔
    4. 『バルゴー デーヴァスィャ ディーマヒ』は第4の顔
    5. 『ディヨー ヨーナ(ハ) (プ)ラチョーダヤア (ト)』は第5の顔である。

    ガーヤトリー・マントラのこの5つの相(すがた)のすべてが、われわれの内にある」

    (“Sanathana Sarathi” 1995-09 p235)(質問12を参照)

  50. ガーヤトリー・マントラを選んでいつも唱えていくことが、どうして大事なのでしょう。「ガーヤトリー・マントラを選んで、これをいつも唱えていくのは、とても大事だ。なぜなら、
    ①バスや車の中で、鉄道や飛行機の中で、店や路上で、ガーヤトリー・マントラはどこにいてもわれわれを害悪から守ってくれる。
    ②ガーヤトリー・マントラを唱えれば、ブラフマンの輝き(ブラフマ・プラカーサ)があらわれ、われわれの精神的な道を明るく照らしてくれる。
  51. ガーヤトリー・マントラは、どのように私たちを守ってくれるのですか。
    「ガーヤトリーは、母なる神(アンナプールナ)であり、あらゆる生命を動かしている力である。だからこそこのマントラはわれわれを守ってくれる。母なる神、あらゆる生命を動かす力に守られている以上、『何を食べようか』とか『どこに泊まろうか』などと心配する必要はもはやどこにもない」
    (だからわれわれはできる限りたくさんガーヤトリー・マントラを唱えるべきなのだ。たくさん唱えるほど、より多くの恵みがあらわれる。)(質問47を参照)
  52. ガーヤトリー・マントラを唱えることで得られるもの以外に、私たちに必要な庇護はありますか。「ない。ガーヤトリー・マントラを唱える者は充分に守られると、バガヴァンはおっしゃっている」

    (“Sanathana Sarathi” 1995-09 p237)

  53. どうしてガーヤトリー・マントラを唱えるだけで充分に守られるのですか。
    「ガーヤトリー・マントラとは神の秘められた力のすべてを具体的な形にしたものだとバガヴァンがおっしゃる以上、このマントラを唱える人は充分に守られると言っていいのだ」
  54. ガーヤトリー・マントラを唱える学生には、どのような恵みが与えられるのでしょう。
    「1983年3月17日、プラシャンティ・ニラヤムにおける聖なる紐(ひも)の儀式(ウパニャナム)〔学問のはじまりの儀式。ここでガーヤトリー・マントラをさずかる〕で、バガヴァンは学生・生徒にこう語っている。(カセットテープ“Sathya Sai Bhajanavali No.14”)
    『みなさんは他のマントラを唱えるかもしれないし、唱えないかもしれません。しかしガーヤトリー・マントラを唱えれば、大いなる恵みがあらわれるのがわかるでしょう。これを忘れずにいなさい。いつもガーヤトリー・マントラを唱えていれば、さとりの境地、偉大なものに達する状態がわかるでしょう。ただし、ガーヤトリー・マントラをさずかった子供たちには、もっと深い意味があります。このマントラをしめくくる言葉は、
    「ディヨー ヨーナ(ハ) (プ)ラチョーダヤア (ト)」
    です。それはこういう意味です。
    ──このマントラをさずかるまで、知力は劣っていて、心は怠惰になりがちで、まわりの評価も決していいとはいえませんでした。ところがこのマントラをさずかってからは、すっかり知的で鋭くなり、前よりもはるかに情熱的で、ずっと意欲的になり、すぐれた者と評価されるようになりました──
    明日から子供たちが、このマントラを朝夕唱える功徳によって、運命を支配し、幸運へと向かう、まれなる知性がさずかりますように。
    その子たちは立派な大人になるでしょう。理想の国民となります。国の未来は、かれらによって守られるのです』
    1995年8月23日、プラシャンティ・ニラヤムの寺院(マンディール)における講話で、バガヴァンはこう言われた。
    『ガーヤトリー・マントラは若い人にとって特に大切です。それによって明るい未来が約束されるのですから』」

    (“Sanathana Sarathi” 1995-09 p237)

原注──上記の質問に対する答えは、ことわりのない限り、
“Sathya Sai Speaks Vol.10” P109~P110および
“Sanathana Sarathi”(1995年9月号)P223~P238

からの引用である。

 

付録 インドの聖人は、
ガーヤトリー・マントラをどう語ってきたか

 

リシケシュのスワミ・シヴァーナンダ(1887~1963)

あらゆるマントラの中でも、究極、最も強い可能性を秘めたものといえば、かの栄(は)えあるガーヤトリー・マントラである。ガーヤトリー・マントラはまことのヒンドゥー教徒すべてを支えるいのちである。カースト、教義、地域、宗派にかかわりなく、真理を求め、このマントラの効力と栄光を信じるすべての人を支え助ける。必要なのは、清らかなこころと信仰だけだ。
実際、ガーヤトリーこそは信者を守り、神へと変革させ、至高の精神の光によって祝福を与えてくれる必勝の鎧(よろい)であり、城塞である。
毎日規則的に数マラ(1マラはガーヤトリー・マントラを108回くり返すこと)を唱えることによって、今生でも来世でも、あらゆる幸運と恵みをさずかるだろう。
ガーヤトリー・マントラが正統的なブラーミン〔バラモン〕の階級だけに限られたものだと思ってはならない。全能にして究極のたましいに向かう光を求める人なら、誰でも近づくことができる。これこそは人類にとって、超越へのただひとつの導きの光である。
ガーヤトリー・マントラのいう太陽神は、『タ(ト) サヴィトゥ(ル)』にあたる。これは太陽や月の照らす光ではなく、個を超えた絶対の存在、ブラフマンである。
したがってガーヤトリーは、すべてのマントラの中でも最もすぐれたものであり、これをつかさどる女神は「至高のブラフマン」(パラ・ブラフマン)である。しかも神を求める人ならどんな人でもこのマントラをさずかることができる。ガーヤトリーの唱名(ジャパ)〔神さまの名前を唱える修行〕をすれば、学生には内なる光(テージャス)があらわれ、世間の暮らしを営む人は大いに栄え、人から離れて森で修行する人には力と安らぎがもたらされる。
まごころと、情熱と、あつい信仰さえあれば、宗教やカーストが違っていても、修行にガーヤトリー・マントラを選んでさしつかえない。あなたの人生は確実に祝福されるだろう。
神を求める人々よ。偉大なるガーヤトリーの驚くべき可能性に気づくがいい。このマントラのもつ美しい遺産をあざやかに実現するのだ。太古の修行者(リシ)からわれわれに伝えられたこの聖なる力(シャクティ)を無駄にしてはいけない。
毎日の規則的なガーヤトリーの唱名をはじめてみて、不思議な力があらわれるのを、みずから体験してみてほしい。唱名のために特定の時間を定め、この修行を続けるのだ。
休むことなく毎日最低1マラの唱名をするべきだ。そうすればあらゆる危険から守られる。無限の強さが与えられ、いかなる障害も乗りこえられる。そして、力・安らぎ・悦びの華麗な頂点をきわめることができる。
ヴェーダの中で神は言う。
「ひとつのマントラがすべてに通ず(サマーノ・マントラハ)」と。
そのマントラこそが、ガーヤトリーなのだ。四つのヴェーダの核心はウパニシャッド〔ヴェーダの奥義書〕の秘伝にあり、ウパニシャッドの核心はガーヤトリー・マントラにおける三つの世界(ヴャフルティ)(ブール ブヴァ(ハ) スヴァハ)にある。
ガーヤトリーはヴェーダの母であり、すべての罪ごとを滅ぼす。この地上でガーヤトリー・マントラ以上にけがれをはらうものはない。ガーヤトリーの唱名によって、すべてのヴェーダと「アンガ」〔ヴェーダの補足〕を暗唱するのと同じ成果が得られる。このマントラひとつを真面目で清らかな心で唱えることによって、死んではまた生まれ変わる永遠の輪からの解脱という、最高の幸運が訪れる。

(『修行について』(“Sadhana” by Swami Sivananda 1985 p217~p220))

(バガヴァン・シュリー・サティア・サイババは、1957年7月22日から28日までリシケシュのスワミ・シヴァーナンダのアシュラムに、まる1週間滞在した。このとき以外にバガヴァンが他のアシュラムを訪れたという記録はない。N.Kasturi “Sathyam, Sivam, Sundaram”Part I P107~115〔邦訳『サティアム シヴァム スンダラム──真 善 美──その1』(シュリ サティア サイ出版物日本刊行センター)〕)

 

シュリー・チャンドラシェーカレーンドラ・サラスワティ・スワミ

(1894~1994)

(カーンチープラムのシャンカラーチャーリア)

ガーヤトリーはすべてのヴェーダのマントラの母である。愛と帰依のこころでガーヤトリー・マントラを唱える者は守られる(ガーヤンタム・トラーヤテー・ヤスマット・ガーヤトリー・ティヤッピーディヤーテ)。
ブラーミン〔バラモン〕がその内にマントラの炎を絶やさず燃やし続けるならば、全世界にさいわいがもたらされるであろう。
ブラーミンは、困難にある人をマントラの力で救えるようにならなくてはいけない。もしもブラーミンが自分に助けを求めている人をかえりみず、「わたしはあなたと同じことをしているだけ。あなたと同じ力しかありません」などと言おうものなら、その人は人生を無駄にしているのだ。
この時代、マントラの炎は消えてしまったか、燃えかすのようになっている。だがこの古い炎は、まだかすかな火種を残して光を放っているかもしれない。この火を明るく燃えあがらせ、いつかは大きな炎として燃やしていかねばならない。
ガーヤトリー・マントラのともしびは、長い時を経てわれわれまで伝えられてきた。
聖なる紐を首にまとった者ならば、少なくとも日曜日にはガーヤトリー・マントラを1000回唱えるべきだ。体が清らかでマントラを吸収するのに適しているかどうか、よく気をつけることが大切だ。
ガーヤトリー・マントラは、ヴェーダのすべてのマントラの本質とエネルギーを含んでいる。ガーヤトリーは他のマントラに力を分け与えているのだ。ガーヤトリーの唱名(ジャパ)がなければ、他のどんなマントラを唱えようが不毛であろう。
ガーヤトリー・マントラを一心に唱えることによって、はじめてヴェーダのマントラを習得することができる。
ガーヤトリーは、真我アートマにとって根本であり、どんなときもガーヤトリーの唱名をやめてしまってはいけない。
ガーヤトリーを母なる神と思ってうやまうべきなのだ。
ヴェーダは、ガーヤトリーが母なる神であることを明らかにしている。
ガーヤトリー・マントラから得られる恵みは、心を清めること(チッタ・シュッディ)である。この最高の効果は、他のマントラにもある。しかし心を清めることは、ガーヤトリーの唱名(ジャパ)から直接得られる効果なのだ。
このマントラの炎が私たちの内で決して消えてしまうことなく、さらに強く、さらに明るく輝き続けるよう、神にすべての祈りを捧げようではないか。
(『ヒンドゥー教徒の務め』(“Hindu Dharma” p548~553 by The Shankaracharya of Kaanchiipuram Bharatiya Vidya Bhavan 1995)(タミル語の講話を英語に翻訳した書物)

 

サットグル・サント・ケーシャヴァーダス

ガーヤトリーの瞑想は、ヴェーダで知られている瞑想の中で最も高度なかたちと言えます。大宇宙の意識に達し、直感力に目覚めるために、ガーヤトリーを唱えるのです。
ガーヤトリーはすべての迷いを断ち、生命力(プラーナ)を活発にさせ、健康と長寿、知恵と光を与えてくれます。
ガーヤトリー・マントラこそ、大宇宙の意識の扉を開く鍵なのです。
瞑想に最も適した時間は、朝、日が昇るまぎわと、夕方、日の沈むまぎわです。
結跏趺坐で両足を組む(パドマ・アーサナ)か、
達人座(シッド・アーサナ)〔両足のかかとを股間に近づける〕か、
金剛座(ヴァジュラ・アーサナ)〔日本の正座に似た座り方〕、
それ以外でもいいから、あまり難しくなく、楽に座れる姿勢をとります。東か北の方角を向きなさい。座布団にウールの毛布や綿の生地でおおいをかけ、その上に座ります(肉体が地面に直接触れないようにする)。座ったら体を必要以上に動かさないで、上半身・頭・首をまっすぐに保ちます。
何も怖れることなく。
真理をさとろうという強い決意をこめて座ってください。
ガーヤトリー・マントラは三組の8つの音節で整えられた、24の音節からなる大宇宙のリズムです。
くり返しマントラを唱えるにあたっては、マントラの意味を深く瞑想し、女神ガーヤトリーの姿を思い浮かべて祈ります。この瞑想は、光である神に捧げるものです。太陽神とは、光の象徴です。
このマントラは、太陽神をとおして光を瞑想するものです。人類のすべてを瞑想するのと同じことですから、まさに大宇宙のマントラと言えます。このマントラによって英知、繁栄、清浄、そして解脱が与えられます。
座るたびに108回を唱える人は、時を待たずに人生が輝きに変わるでしょう。
まごころをこめ、神を深く信じて、座るたびに1008回を唱える人は、40日以内に光輝く境地に到るでしょう。
ガーヤトリー・マントラはすべての恐怖をはらいます。
ガーヤトリー・マントラはあらゆる病気をいやします。
ガーヤトリー・マントラはカルマ〔業〕を滅ぼし、解脱を与えてくれます。
全宇宙はガーヤトリー・マントラの力のあらわれです。この宇宙に、神の力のあらわれでないものはありません。
ガーヤトリーの唱名(ジャパ)にまさる唱名はありません。
ガーヤトリー・マントラにまさる富はどこにもないのです。
朝と夕方に欠かさずガーヤトリー・マントラの瞑想をする人であれば、誰でも長寿、健康、平安の恵みが必ずあらわれます。その人の言葉は祝福となります。光明に達し、世の中と全世界に大いなる恵みをもたらすでしょう。
聖なるガーヤトリー・マントラは、神の至高の光を唱えるものであり、母なる神ガーヤトリーの御名とともに願うことは、どんなことでも、はやばやと成し遂げられます。
肉体、心、情緒、精神など、どんな種類の病気も、ガーヤトリーはいやします。
ガーヤトリー・マントラは神がかたちとなったものです。
いつもこれを唱えることにより、神の姿を見る経験(ダルシャン)をするでしょう。
古代の聖典によれば、神の聖なる言葉をくり返し唱える修行(プラスチャラナ)は、最低2万4000回は必要だそうです。ガーヤトリー・マントラには24の音節があります。だから、ガーヤトリー・マントラを2万4000回唱えることには、たいへんな功徳があるのです。
ひとりひとりのために、自分たちの国のために、世界の平和のためにガーヤトリーを唱え(プラスチャラナ)、ガーヤトリーの儀式(ヤジニャ)〔女神ガーヤトリーに犠牲の炎を捧げる〕をおこなうように、ヴェーダはいつも説いています。
大宇宙の母であられる女神ガーヤトリーの祝福によって、全世界にとうとい平安がもたらされますように。
『ガーヤトリー──至高の瞑想』(“Gayatri – The Highest Meditation” by Sadguru Sant Keshavadas 1983 P74~78およびP157~159 Vishwa Shanti Ashrama 24 Km. Arasinakunte, Bangalore District 562 123)

 

スワミ・ムクヤーナンダ

カースト・宗派・性別の区別なく、ヒンドゥー教徒でない人にもヴェーダの恵みある言葉(ワーチャム・カルヤーニーム)を広めるように、『シュクラ・ヤジュール・ヴェーダ』(“Sukla Yajur Veda”(26-2))は教えている。
時は満ち、スワミ・ヴィヴェーカーナンダ〔近代インドの聖人。ラーマクリシュナの弟子〕は、1901年にこう語った。
「カースト、教義、性別、宗教にかかわらず、ヴェーダとガーヤトリー・マントラを広く伝えるべきだ」(『ヴィヴェーカーナンダ全集』“Complete Works Vol.3” p454~461 ‘The Religion we are Born in’)
古代と同じように、女性も日々の祈り(サンティハ)をおこなうべきなのだ。
「ヴェーダこそ、われわれのただひとつの根拠なのであり、誰でもこれに近づく権利がある」
(『オーム、ガーヤトリー、サンティハ』(“Om, Gayatri and Sandhya” by Svami Mukhyananda 1989 p48, p49 Sri Ramakrishna Math, Mylapore, Madras 600 004.))

 

訳者あとがき

この原稿は、“The Power and the Potency of The Gayatri Mantra as Taught and Expounded by Bhagavan Sri Sathya Sai Baba”という、Sri Sathya Sai Organization Sri Lanka が1996年に編集発行した小冊子の翻訳である。底本としては、1996年11月23日刊行の第3版を使用した。
ガーヤトリー・マントラについての質問にサイババが答えるという架空の問答により、このマントラの効果が、順を追って説得力を持って語られている。ただ、途中からことわりなしに、質問に答える人としてサイババ以外の第三者が入ってくるのは、この本の編集上の欠点だと思う。お読みくださる方の負担をやわらげるために、この日本語版では第I章と第II章とに分ける形をとった。
この小冊子の原稿は、訳者がサイババ・アシュラムで長期滞在したおりに翻訳し、鉛筆で書いた原稿をコピーして閉じ、1997年の10月に『ガヤトリー・マントラの秘められた力』という題で配布した手作りの冊子をもとにしている。その後、98年の6月に改訳版を作り、配布した。そののち2000年の4月に、インターネットのホームページ「サイ・フォーラム」に、以前の原稿をさらに改め、『ガヤトリー・マントラの恵み』という題で発表し、これは2002年7月に、サイ・ビルディングから小冊子の形で刊行された。
この小冊子は「誰でも」ガーヤトリー・マントラを唱えていいという教えではじまり、「誰でも」近づくことができる、という教えで終わっている。さらに「付録」の「インドの聖人は、ガーヤトリー・マントラをどう語ってきたか」は、サイババに帰依する人でなくともこのマントラを唱える意義があるという認識を与えてくれる。だからサイババに縁のある人も、そうでない人も、人生を向上させ、過去のカルマを乗りこえ、自己の成長を願う人であれば、誰でもガーヤトリー・マントラを唱えていい。その功徳はきわめて大きい。――それがこの小冊子の核心的なメッセージだと言っていい。
この小冊子の翻訳は他でも発表されているけれど、この日本語訳は、1998年6月にプッタパルティのインタビュー・ルームでサティア・サイババご本人から祝福をいただいたこと、この本の原典そのままに、著作権を主張していないことを特徴としている。今回、この原稿は2015年11月23日のサイババ生誕90年の日に、再びインターネットで読まれる運びとなった。インターネット、スマートフォン、Youtubeなどの普及により、このマントラは私たちにずっと近づきやすいものとなった。これを機会に、今後もこの日本語訳が広く読まれ、ガーヤトリー・マントラが多くの人に唱えられるとすれば、そしてこの苦難の多い世界に少しでも光をもたらすことができるとすれば、それはたいへん喜ばしいことだと思う。

(2015年11月23日 宇野梵悦)

ガーヤトリーQ&A

新刊本「GAYATRI – THE PROFOUND PRAYER –」(pp.320-321)のガーヤトリーQ&Aのご紹介です。

Q: ガーヤトリー・ジャパやガーヤトリー・ウパーサナ(礼拝)は、どのように私たちの生活を変えるのでしょうか。

Sri Balakrishnananda Saraswathi: 人生は、私たちすべてにとって、この上ない贈り物です。我々の経典によると、人間として、ムクティすなわち解脱を探求する責務があります。あらゆる個人は、解脱に向けて、精進するべきです。私たちを解脱に導くのは、ジュニャーナすなわち最高の知識であり、ガーヤトリー・ウパーサナは、ブラフマ・ジュニャーナ(至高の真理)への道です。ガーヤトリー・マントラは、人々に、より高い知性を授ける祈りです。それは、私たちの思考を清め、私たちをアディヤートマ・シャクティ(最高の精神エネルギー)で満たします。

マントラは、悪い性向から私たちを守護するため、ガーヤトリーと呼ばれます。ガーヤトリーは、私たちを正しい道に導きます。そして、私たちの内に、デーヴァ・グナ(神的性質)すなわち美徳、またサトウィック(純性)の性質を育みます。規則正しく、心からガーヤトリー・マントラを瞑想する人は、神聖な性格を身につけます。彼らは、健康、純心、清らかな思考、そして正しい知性を手に入れます。ガーヤトリー・ウパーサナを通じて、マーヤー(無知)の覆いは除去されます。ガーヤトリー・ジャパにすべてを捧げる人は、人生のより高い目的に集中し続けます。

ガーヤトリー・ジャパには、ヴァーチャカ・ジャパ、ウパームシュ・ジャパ、マーナサ・ジャパの3種類があります。
ヴァーチャカ・ジャパは、ガーヤトリー・マントラを正しい発音で、大きな声で唱えます。マントラを唱えている人だけでなく、周囲の人々もマントラを聞くことができます。
ウパームシュ・ジャパは、ガーヤトリー・マントラをささやくように唱えることです。とても小さな声のため、マントラを唱えている本人以外は聞くことができません。
マーナサ・ジャパすなわち心の中の祈りは、三種のジャパの中でもっとも優れた方法です。
ガーヤトリー・マントラは、絶大なる変革の力を秘めています。定期的にガーヤトリーに祈りを捧げ、あなたに起こる変革、そして好ましい変化を感じてください。

ガーヤトリーQ&A

ヴェーダについての啓蒙をすすめる「ヴェーダマンディール」より、ガーヤトリーのQ&Aについて、スワミ・ラーマスワルーパの回答を以下にご紹介します。

バルティ・グプタは、スワミ・ラーマスワルーパにガーヤトリー・マントラについての詳しい質問をしました。
(1) マーラー(数珠の意。マントラを108回唱えること)は奇数回でなければならないでしょうか?私は、以前に、1、3、5、7、9回などの奇数回行うように言われました。
そうだとすると、朝の8時前にガーヤトリー・ジャパを3マーラー(108×3回唱える)行い、それから、夜8時前に1マーラーを行うのは正しいと言えるでしょうか?つまり、1日に4マーラーを行うことになります。ご説明お願いいたします。
スワミ・ラーマスワルーパ:最高のマーラーは、すでに呼吸器系の神によって与えられています。ガーヤトリー・マントラを唱える最も良い方法は、プラーナーヤーマ(調息法)にるものです。それはまた、ガーヤトリー・アヌスターナ(行)と呼ばれます。しかし、プラーナーヤーマは、学識のあるアーチャリヤ(師)から直々に学ばなければいけません。サーマ・ヴェーダによると、朝と晩の1日2回の行で十分です。
(2) マーラーを行うのにもっとも効果的な吉兆の時間帯はいつになりますか? また、午後にガーヤトリー・マントラのマーラーを行って良いのであれば、何時から何時の間に行うのが良いか教えてください。
スワミ・ラーマスワルーパ:朝は午前5時頃、午後は午後5時〜10時頃の時間帯が適しています。
(3) ガーヤトリー・マントラを詠唱するとき、アガルバティ(お香)あるいはディーヴァ(油またはギー)を灯す必要はありますか?
スワミ・ラーマスワルーパ:アガルバティは使用しますが、それでもやはり、ヴェーダの永遠の哲学が必要です。ヴェーダでは、神聖なハヴァナやヤジュニャ(護摩供養)を行なうように述べています。
(4) ガーヤトリー・マントラを唱える前に沐浴する必要はありますか?
スワミ・ラーマスワルーパ:神は穢れとは無縁の純粋な存在なので、沐浴するのはとても良いことです。神は清浄を望みます。しかし、何らかの事情があれば、沐浴は必ずしも必要ではありません。
(5) 敷物の上に座り、足を組んで座る必要はありますか?
スワミ・ラーマスワルーパ:そうすると良いでしょう。瞑想をすると、私たちの体内に電流が走るので、熱を通しにくいアーサナをする必要があります。ヨーガ・アーサナ、シッダ・アーサナ(達人座)、スカ・アーサナ(安楽座)やパドマ・アーサナ(蓮華座)が良いでしょう。
(6) マントラを唱えた後は、毎回「オーム・シャーンティ・シャーンティ・シャーンティ」を唱える必要がありますか?例えば、3マーラーのジャパを行ったとき、3マーラーすべて終えた後に「オーム・シャーンティ・シャーンティ・シャーンティ」と唱えるべきなのか、それとも、1マーラー毎に「オーム・シャーンティ・シャーンティ・シャーンティ」と唱えるべきなのでしょうか。
スワミ・ラーマスワルーパ:オーム・シャーンティを唱える場合は、ヤジュル・ヴェーダによると、断片的であってはならず、一番最後に唱えなければなりません。アタルヴァ・ヴェーダでは、ヴェーダ・マントラの断片的な詠唱に警鐘を鳴らしています。
(7) 家事をしながら聞くのに適したガーヤトリーのCDやテープがあったら教えてください。
スワミ・ラーマスワルーパ:そのようなものは私は知りません。お店の人に聞いてみると良いでしょう。希望でしたら、ガーヤトリーのカセットを製作して差し上げますが、まずはお店に尋ねてみてください。
ジャイデーヴァ・シャルマ:ガーヤトリー・マントラをどのように瞑想したら良いでしょうか?詳しく教えていください。
スワミ・ラーマスワルーパ:ガーヤトリー・マントラとその意味は、ヴェーダ・マンディールのウェブサイトで知ることができます(http://vedmandir.com)。ガーヤトリー・マントラの瞑想には、二つの方法があります。
一つは、スカ・アーサナ(安楽座)、シッダ・アーサナ(達人座)、パドマ・アーサナ(蓮華座)などの適切なアーサナで座ります。そして、眉間にあるアージュニャー・チャクラに集中します。外界の対象に気を向けてはなりません。それから目を閉じ、意味を吟味しながらガーヤトリー・マントラを毎日唱えます。
2つ目は、アーサナで座りながら、プラーナーヤーマ(調息法)を行う方法です。息を大きく吸ってから、呼吸を止めて目を閉じ、アージュニャー・チャクラに集中します。それから、ガーヤトリー・マントラを唱え続けます。呼吸を止めることができなくなったら、できるだけゆっくりと息を吐いて、息を吐ききったところで、再びガーヤトリー・マントラを唱えます。そして、この方法を何度も繰り返します。このような3段階のプラーナーヤーマを毎日行います。このような方法は、バーヒャーンタル(内と外)とアービャンタラ(内部の)と呼ばれます。さらにガーヤトリー・マントラを用いてハヴァナ(護摩)を行うこともできます。すべては礼拝です。

引用:http://www.vedmandir.com/node/21

さまざまな神格におけるガーヤトリー・マントラ

「ガーヤトリー・マントラのひとつの明確な特徴としては、この詠唱を通じて、わたしたちに正しい知性、知識、啓蒙を授けてくれるよう、至高神にお願いすることです。このマントラの24音節からなる詠唱は、人間の肉体の24の異なる部位に共鳴するといわれます。また、詠唱によって特別なオーラが肉体の周囲に生み出されるといいます。これらの2つの変化によって、わたしたちは次の2つの恩恵を手にします。すなわち、宇宙の神秘についての天啓と、過去世に犯した罪の浄罪です。このようにして、人は輪廻の循環から自由になることができます。それに加え、収入、資産、知力の増大という世俗的な恩恵が、探求者が世俗的な欲望も、物質的な執着をも持っていなくても、もたらされるといいます。このような恩恵は、他のマントラでは見られないため、ガーヤトリー・マントラはインド文化の中で、きわめて重要なマントラに位置づけられています。」
(SHRIRAM SHARMA ACHARYA著、「The Science of Gayatri Mantra」、p.2、Shantikunj, Haridwar,(U.P), Indiaより)
今回、Shri Aswath, Dr. Sunder Hattangadi, Dr. Cynthia M. Churchill各氏のご協力のもと、さまざまな神格におけるガーヤトリー・マントラをご用意できました。皆様の日々の生活にお役立ていただければ幸いです。
सूर्य(sūrya、スーリヤ(太陽))
ॐ भूर्भुवः स्वः तत्सवितुर्वरेण्यं भर्गो देवस्य धीमहि ।
धियो यो नः प्रचोदयात्‌ ॥
om bhūrbhuvaḥ svaḥ tatsaviturvareṇyaṁ bhargo devasya dhīmahi |
dhiyo yo naḥ pracodayāt ||
オーム ブールブヴァハ スヴァハ タットサヴィトゥルヴァレーンニャン バルゴー デーヴァスヤ ディーマヒ
ディヨー ヨー ナハ プラチョーダヤートゥ
ॐ भास्कराय विद्महे महद्युतिकराय धीमहि ।
तन्नो आदित्यः प्रचोदयात्‌ ॥
om bhāskarāya vidmahe mahadyutikarāya dhīmahi |
tanno ādityaḥ pracodayāt ||
オーム バースカラーヤ ヴィッドゥマヘー マハディユティカラーヤ ディーマヒ
タンノー アーディティヤハ プラチョーダヤートゥ
ॐ आदित्याय विद्महे सहस्रकिरणाय धीमहि ।
तन्नो भानुः प्रचोदयात्‌ ॥
om ādityāya vidmahe sahasrakiraṇāya dhīmahi |
tanno bhānuḥ pracodayāt ||
オーム アーディティヤーヤ ヴィッドゥマヘー サハスラキラナーヤ ディーマヒ
タンノー バーヌフ プラチョーダヤートゥ
ॐ प्रभाकराय विद्महे दिवाकराय धीमहि ।
तन्नः सूर्यः प्रचोदयात्‌ ॥
om prabhākarāya vidmahe divākarāya dhīmahi |
tannaḥ sūryaḥ pracodayāt ||
オーム プラバーカラーヤ ヴィッドゥマヘー ディヴァーカラーヤ ディーマヒ
タンナハ スーリヤハ プラチョーダヤートゥ
ॐ अश्वध्वजाय विद्महे पाशहस्ताय धीमहि ।
तन्नः सूर्यः प्रचोदयात्‌ ॥
om aśvadhvajāya vidmahe pāśahastāya dhīmahi |
tannaḥ sūryaḥ pracodayāt ||
オーム アシュヴァドゥヴァジャーヤ ヴィッドゥマヘー パーシャハスターヤ ディーマヒ
タンナハ スーリヤハ プラチョーダヤートゥ
चन्द्र(candra、チャンドラ(月))
ॐ क्षीरपुत्राय विद्महे महाकालाय धीमहि ।
तन्नश्चन्द्रः प्रचोदयात्‌ ॥
om kṣīraputrāya vidmahe mahākālāya dhīmahi |
tannaścandraḥ pracodayāt ||
オーム クシーラプットラーヤ ヴィッドゥマヘー マハーカーラーヤ ディーマヒ
タンナシュチャンドラハ プラチョーダヤートゥ
ॐ क्षीरपुत्राय विद्महे अमृतत्वाय धीमहि ।
तन्नश्चन्द्रः प्रचोदयात्‌ ॥
om kṣīraputrāya vidmahe amṛtatvāya dhīmahi |
tannaścandraḥ pracodayāt ||
オーム クシーラプットラーヤ ヴィッドゥマヘー アムリタットヴァーヤ ディーマヒ
タンナシュチャンドラハ プラチョーダヤートゥ
ॐ निशाकराय विद्महे कलानाथाय धीमहि ।
तन्नः सोमः प्रचोदयात्‌ ॥
om niśākarāya vidmahe kalānāthāya dhīmahi |
tannaḥ somaḥ pracodayāt ||
オーム ニシャーカラーヤ ヴィッドゥマヘー カラーナーターヤ ディーマヒ
タンナハ ソーマハ プラチョーダヤートゥ
अंगारक(aṁgāraka、アンガーラカ(火星))
ॐ वीरध्वजाय विद्महे विघ्नहस्ताय धीमहि ।
तन्नो भौमः प्रचोदयात्‌ ॥
om vīradhvajāya vidmahe vighnahastāya dhīmahi |
tanno bhaumaḥ pracodayāt ||
オーム ヴィーラドゥヴァジャーヤ ヴィッドゥマヘー ヴィグナハスターヤ ディーマヒ
タンノー バウマハ プラチョーダヤートゥ
ॐ अंगारकाय विद्महे भूमिपालाय धीमहि ।
तन्नः कुजः प्रचोदयात्‌ ॥
om aṁgārakāya vidmahe bhūmipālāya dhīmahi |
tannaḥ kujaḥ pracodayāt ||
オーム アンガーラカーヤ ヴィッドゥマヘー ブーミパーラーヤ ディーマヒ
タンナハ クジャハ プラチョーダヤートゥ
ॐ चित्रिपुत्राय विद्महे लोहितांगाय धीमहि ।
तन्नो भौमः प्रचोदयात्‌ ॥
om citriputrāya vidmahe lohitāṁgāya dhīmahi |
tanno bhaumaḥ pracodayāt ||
オーム チトリプットラーヤ ヴィッドゥマヘー ローヒターンガーヤ ディーマヒ
タンノー バウマハ プラチョーダヤートゥ
बुध(budha、ブダ(水星))
ॐ गजध्वजाय विद्महे सुखहस्ताय धीमहि ।
तन्नो बुधः प्रचोदयात्‌ ॥
om gajadhvajāya vidmahe sukhahastāya dhīmahi |
tanno budhaḥ pracodayāt ||
オーム ガジャドゥヴァジャーヤ ヴィッドゥマヘー スカハスターヤ ディーマヒ
タンノー ブダハ プラチョーダヤートゥ
ॐ चन्द्रपुत्राय विद्महे रोहिणी प्रियाय धीमहि ।
तन्नो बुधः प्रचोदयात्‌ ॥
om candraputrāya vidmahe rohiṇī priyāya dhīmahi |
tanno budhaḥ pracodayāt ||
オーム チャンドラプットラーヤ ヴィッドゥマヘー ローヒニー プリヤーヤ ディーマヒ
タンノー ブダハ プラチョーダヤートゥ
गुरु(guru、グル(木星))
ॐ वृषभध्वजाय विद्महे क्रुनिहस्ताय धीमहि ।
तन्नो गुरुः प्रचोदयात्‌ ॥
om vṛṣabhadhvajāya vidmahe krunihastāya dhīmahi |
tanno guruḥ pracodayāt ||
オーム ヴリシャバドゥヴァジャーヤ ヴィッドゥマヘー クルニハスターヤ ディーマヒ
タンノー グルフ プラチョーダヤートゥ
ॐ सुराचार्याय विद्महे सुरश्रेष्ठाय धीमहि ।
तन्नो गुरुः प्रचोदयात्‌ ॥
om surācāryāya vidmahe suraśreṣṭhāya dhīmahi |
tanno guruḥ pracodayāt ||
オーム スラーチャーリヤーヤ ヴィッドゥマヘー スラシュレーシュターヤ ディーマヒ
タンノー グルフ プラチョーダヤートゥ
शुक्र(śukra、シュクラ(金星))
ॐ अश्वध्वजाय विद्महे धनुर्हस्ताय धीमहि ।
तन्नः शुक्रः प्रचोदयात्‌ ॥
om aśvadhvajāya vidmahe dhanurhastāya dhīmahi |
tannaḥ śukraḥ pracodayāt ||
オーム アシュヴァドゥヴァジャーヤ ヴィッドゥマヘー ダヌルハスターヤ ディーマヒ
タンナハ シュクラハ プラチョーダヤートゥ
ॐ रजदाभाय विद्महे भृगुसुताय धीमहि ।
तन्नः शुक्रः प्रचोदयात्‌ ॥
om rajadābhāya vidmahe bhṛgusutāya dhīmahi |
tannaḥ śukraḥ pracodayāt ||
オーム ラジャダーバーヤ ヴィッドゥマヘー ブリグスターヤ ディーマヒ
タンナハ シュクラハ プラチョーダヤートゥ
शनीश्वर(śanīśvara、シャニーシュヴァラ(土星))
ॐ काकध्वजाय विद्महे खड्गहस्ताय धीमहि ।
तन्नो मन्दः प्रचोदयात्‌ ॥
om kākadhvajāya vidmahe khaḍgahastāya dhīmahi |
tanno mandaḥ pracodayāt ||
オーム カーカドゥヴァジャーヤ ヴィッドゥマヘー カドゥガハスターヤ ディーマヒ
タンノー マンダハ プラチョーダヤートゥ
ॐ शनैश्चराय विद्महे सूर्यपुत्राय धीमहि ।
तन्नो मन्दः प्रचोदयात्‌ ॥
om śanaiścarāya vidmahe sūryaputrāya dhīmahi |
tanno mandaḥ pracodayāt ||
オーム シャナイシュチャラーヤ ヴィッドゥマヘー スーリヤプットラーヤ ディーマヒ
タンノー マンダハ プラチョーダヤートゥ
राहु(rāhu、ラーフ)
ॐ नाकध्वजाय विद्महे पद्महस्ताय धीमहि ।
तन्नो राहुः प्रचोदयात्‌ ॥
om nākadhvajāya vidmahe padmahastāya dhīmahi |
tanno rāhuḥ pracodayāt ||
オーム ナーカドゥヴァジャーヤ ヴィッドゥマヘー パドマハスターヤ ディーマヒ
タンノー ラーフフ プラチョーダヤートゥ
केतु(ketu、ケートゥ)
ॐ अश्वध्वजाय विद्महे शूलहस्ताय धीमहि ।
तन्नः केतुः प्रचोदयात्‌ ॥
om aśvadhvajāya vidmahe śūlahastāya dhīmahi |
tannaḥ ketuḥ pracodayāt ||
オーム アシュヴァドゥヴァジャーヤ ヴィッドゥマヘー シューラハスターヤ ディーマヒ
タンナハ ケートゥフ プラチョーダヤートゥ
ॐ चित्रवर्णाय विद्महे सर्परूपाय धीमहि ।
तन्नः केतुः प्रचोदयात्‌ ॥
om citravarṇāya vidmahe sarparūpāya dhīmahi |
tannaḥ ketuḥ pracodayāt ||
オーム チトラヴァルナーヤ ヴィッドゥマヘー サルパルーパーヤ ディーマヒ
タンナハ ケートゥフ プラチョーダヤートゥ
पृथ्वी(pṛthvī、プリトゥヴィー(大地の女神))
ॐ पृथ्वी देव्यै विद्महे सहस्रमर्त्यै च धीमहि ।
तन्नः पृथ्वी प्रचोदयात्‌ ॥
om pṛthvī devyai vidmahe sahasramartyai ca dhīmahi |
tannaḥ pṛthvī pracodayāt ||
オーム プリトゥヴィー デーヴィヤイ サハスラマルティヤイ チャ ディーマヒ
タンナハ プリトゥヴィー プラチョーダヤートゥ
ब्रह्मा(brahmā、ブラフマー)
ॐ चतुर्मुखाय विद्महे हंसारूढाय धीमहि ।
तन्नो ब्रह्मा प्रचोदयात्‌ ॥
om caturmukhāya vidmahe haṁsārūḍhāya dhīmahi |
tanno brahmā pracodayāt ||
オーム チャトゥルムカーヤ ヴィッドゥマヘー ハンサールーダーヤ ディーマヒ
タンノー ブラフマー プラチョーダヤートゥ
ॐ वेदात्मनाय विद्महे हिरण्यगर्भाय धीमहि ।
तन्नो ब्रह्मा प्रचोदयात्‌ ॥
om vedātmanāya vidmahe hiraṇyagarbhāya dhīmahi |
tanno brahmā pracodayāt ||
オーム ヴェーダートマナーヤ ヴィッドゥマヘー ヒランニャガルバーヤ ディーマヒ
タンノー ブラフマー プラチョーダヤートゥ
ॐ चतुर्मुखाय विद्महे कमण्डलुधराय धीमहि ।
तन्नो ब्रह्मा प्रचोदयात्‌ ॥
om caturmukhāya vidmahe kamaṇḍaludharāya dhīmahi |
tanno brahmā pracodayāt ||
オーム チャトゥルムカーヤ ヴィッドゥマヘー カマンダルダラーヤ ディーマヒ
タンノー ブラフマー プラチョーダヤートゥ
ॐ परमेश्वराय विद्महे परमतत्त्वाय धीमहि ।
तन्नो ब्रह्मा प्रचोदयात्‌ ॥
om parameśvarāya vidmahe paramatattvāya dhīmahi |
tanno brahmā pracodayāt ||
オーム パラメーシュヴァラーヤ ヴィッドゥマヘー パラマタットヴァーヤ ディーマヒ
タンノー ブラフマー プラチョーダヤートゥ
विष्णु(viṣṇu、ヴィシュヌ)
ॐ नारायणाय विद्महे वासुदेवाय धीमहि ।
तन्नो विष्णुः प्रचोदयात्‌ ॥
om nārāyaṇāya vidmahe vāsudevāya dhīmahi |
tanno viṣṇuḥ pracodayāt ||
オーム ナーラーヤナーヤ ヴィッドゥマヘー ヴァースデーヴァーヤ ディーマヒ
タンノー ヴィシュヌフ プラチョーダヤートゥ
नारायण(nārāyaṇa、ナーラーヤナ)
ॐ नारायणाय विद्महे वासुदेवाय धीमहि ।
तन्नो विष्णुः प्रचोदयात्‌ ॥
om nārāyaṇāya vidmahe vāsudevāya dhīmahi |
tanno viṣṇuḥ pracodayāt ||
オーム ナーラーヤナーヤ ヴィッドゥマヘー ヴァースデーヴァーヤ ディーマヒ
タンノー ヴィシュヌフ プラチョーダヤートゥ
वेंकटेश्वर(veṁkaṭeśvara、ヴェーンカテーシュヴァラ)
ॐ निरंजनाय विद्महे निराभासाय धीमहि ।
तन्नः श्रीनिवासः प्रचोदयात्‌ ॥
om niraṁjanāya vidmahe nirābhāsāya dhīmahi |
tannaḥ śrīnivāsaḥ pracodayāt ||
オーム ニランジャナーヤ ヴィッドゥマヘー ニラーバーサーヤ ディーマヒ
タンナハ シュリーニヴァーサハ プラチョーダヤートゥ
राम(rāma、ラーマ)
ॐ रघुवंश्याय विद्महे सीतावल्लभाय धीमहि ।
तन्नो रामः प्रचोदयात्‌ ॥
om raghuvaṁśyāya vidmahe sītāvallabhāya dhīmahi |
tanno rāmaḥ pracodayāt ||
オーム ラグヴァンシャーヤ ヴィッドゥマヘー シーターヴァッラバーヤ ディーマヒ
タンノー ラーマハ プラチョーダヤートゥ
ॐ दाशरथाय विद्महे सीतावल्लभाय धीमहि ।
तन्नो रामः प्रचोदयात्‌ ॥
om dāśarathāya vidmahe sītāvallabhāya dhīmahi |
tanno rāmaḥ pracodayāt ||
オーム ダーシャラターヤ ヴィッドゥマヘー シーターヴァッラバーヤ ディーマヒ
タンノー ラーマハ プラチョーダヤートゥ
ॐ भरताग्रजाय विद्महे सीतावल्लभाय धीमहि ।
तन्नो रामः प्रचोदयात्‌ ॥
om bharatāgrajāya vidmahe sītāvallabhāya dhīmahi |
tanno rāmaḥ pracodayāt ||
オーム バラターグラジャーヤ ヴィッドゥマヘー シーターヴァッラバーヤ ディーマヒ
タンノー ラーマハ プラチョーダヤートゥ
ॐ भरताग्रजाय विद्महे रघुनन्दनाय धीमहि ।
तन्नो रामः प्रचोदयात्‌ ॥
om bharatāgrajāya vidmahe raghunandanāya dhīmahi |
tanno rāmaḥ pracodayāt ||
オーム バラターグラジャーヤ ヴィッドゥマヘー ラグナンダナーヤ ディーマヒ
タンノー ラーマハ プラチョーダヤートゥ
कृष्ण(kṛṣṇa、クリシュナ)
ॐ देवकीनन्दनाय विद्महे वासुदेवाय धीमहि ।
तन्नः कृष्णः प्रचोदयात्‌ ॥
om devakīnandanāya vidmahe vāsudevāya dhīmahi |
tannaḥ kṛṣṇaḥ pracodayāt ||
オーム デーヴァキーナンダナーヤ ヴィッドゥマヘー ヴァースデーヴァーヤ ディーマヒ
タンナハ クリシュナハ プラチョーダヤートゥ
ॐ दामोदराय विद्महे रुक्मिणीवल्लभाय धीमहि ।
तन्नः कृष्णः प्रचोदयात्‌ ॥
om dāmodarāya vidmahe rukmiṇīvallabhāya dhīmahi |
tannaḥ kṛṣṇaḥ pracodayāt ||
オーム ダーモーダラーヤ ヴィッドゥマヘー ルクミニーヴァッラバーヤ ディーマヒ
タンナハ クリシュナハ プラチョーダヤートゥ
ॐ गोविन्दाय विद्महे गोपीवल्लभाय धीमहि ।
तन्नः कृष्णः प्रचोदयात्‌ ।
om govindāya vidmahe gopīvallabhāya dhīmahi |
tannaḥ kṛṣṇaḥ pracodayāt |
オーム ゴーヴィンダーヤ ヴィッドゥマヘー ゴーピーヴァッラバーヤ ディーマヒ
タンナハ クリシュナハ プラチョーダヤートゥ
गोपाल(gopāla、ゴーパーラ)
ॐ गोपालाय विद्महे गोपीजनवल्लभाय धीमहि ।
तन्नो गोपालः प्रचोदयात्‌ ॥
om gopālāya vidmahe gopījanavallabhāya dhīmahi |
tanno gopālaḥ pracodayāt ||
オーム ゴーパーラーヤ ヴィッドゥマヘー ゴーピージャナヴァッラバーヤ ディーマヒ
タンノー ゴーパーラハ プラチョーダヤートゥ
पाण्डुरंग(pāṇḍuraṁga、パーンドゥランガ)
ॐ भक्तवरदाय विद्महे पाण्डुरंगाय धीमहि ।
तन्नः कृष्णः प्रचोदयात्‌ ॥
om bhaktavaradāya vidmahe pāṇḍuraṁgāya dhīmahi |
tannaḥ kṛṣṇaḥ pracodayāt ||
オーム バクタヴァラダーヤ ヴィッドゥマヘー パーンドゥランガーヤ ディーマヒ
タンナハ クリシュナハ プラチョーダヤートゥ
नृसिंह(nṛsiṁha、ヌリシンハ)
ॐ वज्रनखाय विद्महे तीक्ष्णदंष्ट्राय धीमहि ।
तन्नो नारसिंहः प्रचोदयात्‌ ॥
om vajranakhāya vidmahe tīkṣṇadaṁṣṭrāya dhīmahi |
tanno nārasiṁhaḥ pracodayāt ||
オーム ヴァシュラナカーヤ ヴィッドゥマヘー ティークシュナダンシュトラーヤ ディーマヒ
タンノー ラーラシンハハ プラチョーダヤートゥ
ॐ नृसिंहाय विद्महे वज्रनखाय धीमहि ।
तन्नो सिंहः प्रचोदयात्‌ ॥
om nṛsiṁhāya vidmahe vajranakhāya dhīmahi |
tanno siṁhaḥ pracodayāt ||
オーム ヌリシンハーヤ ヴィッドゥマヘー ヴァシュラナカーヤ ディーマヒ
タンノー シンハハ プラチョーダヤートゥ
परशुराम(paraśurāma、パラシュラーマ)
ॐ जामदग्न्याय विद्महे महावीराय धीमहि ।
तन्नः परशुरामः प्रचोदयात्‌ ॥
om jāmadagnyāya vidmahe mahāvīrāya dhīmahi |
tannaḥ paraśurāmaḥ pracodayāt ||
オーム ジャーマダグニャーヤ ヴィッドゥマヘー マハーヴィーラーヤ ディーマヒ
タンナハ パラシュラーマハ プラチョーダヤートゥ
इन्द्र(indra、インドラ)
ॐ सहस्रनेत्राय विद्महे वज्रहस्ताय धीमहि ।
तन्नो इन्द्रः प्रचोदयात्‌ ॥
om sahasranetrāya vidmahe vajrahastāya dhīmahi |
tanno indraḥ pracodayāt ||
オーム サハスラネートラーヤ ヴィッドゥマヘー ヴァジュラハスターヤ ディーマヒ
タンノー インドラハ プラチョーダヤートゥ
हनुमान्(hanumān、ハヌマーン)
ॐ आंजनेयाय विद्महे महाबलाय धीमहि ।
तन्नो हनुमान् प्रचोदयात्‌ ॥
om āṁjaneyāya vidmahe mahābalāya dhīmahi |
tanno hanumān pracodayāt ||
オーム アーンジャネーヤーヤ ヴィッドゥマヘー マハーバラーヤ ディーマヒ
タンノー ハヌマーン プラチョーダヤートゥ
ॐ आंजनेयाय विद्महे वायुपुत्राय धीमहि ।
तन्नो हनुमान् प्रचोदयात्‌ ॥
om āṁjaneyāya vidmahe vāyuputrāya dhīmahi |
tanno hanumān pracodayāt ||
オーム アーンジャネーヤーヤ ヴィッドゥマヘー ヴァーユプットラーヤ ディーマヒ
タンノー ハヌマーン プラチョーダヤートゥ
मारुति(māruti、マールティ(ハヌマーンの別名))
ॐ मरुत्पुत्राय विद्महे आंजनेयाय धीमहि ।
तन्नो मारुतिः प्रचोदयात्‌ ॥
om marutputrāya vidmahe āṁjaneyāya dhīmahi |
tanno mārutiḥ pracodayāt ||
オーム マルトプットラーヤ ヴィッドゥマヘー アーンジャネーヤーヤ ディーマヒ
タンノー マールティヒ プラチョーダヤートゥ
दुर्गा(durgā、ドゥルガー)
ॐ कात्यायनाय विद्महे कन्यकुमारि धीमहि ।
तन्नो दुर्गा प्रचोदयात्‌ ॥
om kātyāyanāya vidmahe kanyakumāri dhīmahi |
tanno durgā pracodayāt ||
オーム カーティヤーヤナーヤ ヴィッドゥマヘー カンニャクマーリ ディーマヒ
タンノー ドゥルガー プラチョーダヤートゥ
ॐ महाशूलिन्यै विद्महे महादुर्गायै धीमहि ।
तन्नो भगवती प्रचोदयात्‌ ॥
om mahāśūlinyai vidmahe mahādurgāyai dhīmahi |
tanno bhagavatī pracodayāt ||
オーム マハーシューリンニャイ ヴィッドゥマヘー マハードゥルガーヤイ ディーマヒ
タンノー バガヴァティー プラチョーダヤートゥ
ॐ गिरिजायै च विद्महे शिवप्रियायै च धीमहि ।
तन्नो दुर्गा प्रचोदयात्‌ ॥
om girijāyai ca vidmahe śivapriyāyai ca dhīmahi |
tanno durgā pracodayāt ||
オーム ギリジャーヤイ チャ ヴィッドゥマヘー シヴァプリヤーヤイ チャ ディーマヒ
タンノー ドゥルガー プラチョーダヤートゥ
शक्ति(śakti、シャクティ)
ॐ सर्वसंमोहिन्यै विद्महे विश्वजनन्यै च धीमहि ।
तन्नः शक्तिः प्रचोदयात्‌ ॥
om sarvasaṁmohinyai vidmahe viśvajananyai ca dhīmahi |
tannaḥ śaktiḥ pracodayāt ||
オーム サルヴァサンモーヒンニャイ ヴィッドゥマヘー ヴィシュヴァジャナンニャイ チャ ディーマヒ
タンナハ シャクティヒ プラチョーダヤートゥ
काली(kālī、カーリー)
ॐ कालिकायै च विद्महे श्मशानवासिन्यै च धीमहि ।
तन्नो अघोरा प्रचोदयात्‌ ॥
om kālikāyai ca vidmahe śmaśānavāsinyai ca dhīmahi |
tanno aghorā pracodayāt ||
オーム カーリカーヤイ チャ ヴィッドゥマヘー シュマシャーナヴァーシンニャイ チャ ディーマヒ
タンノー アゴーラー プラチョーダヤートゥ
ॐ आद्यायै च विद्महे परमेश्वर्यै च धीमहि ।
तन्नः कालीः प्रचोदयात्‌ ॥
om ādyāyai ca vidmahe parameśvaryai ca dhīmahi |
tannaḥ kālīḥ pracodayāt ||
オーム アーディヤーヤイ チャ ヴィッドゥマヘー パラメーシュヴァリヤイ チャ ディーマヒ
タンナハ カーリーヒ プラチョーダヤートゥ
देवी(devī、デーヴィー)
ॐ महाशूलिन्यै च विद्महे महादुर्गायै धीमहि ।
तन्नो भगवती प्रचोदयात्‌ ॥
om mahāśūlinyai ca vidmahe mahādurgāyai dhīmahi |
tanno bhagavatī pracodayāt ||
オーム マハーシュリンニャイ チャ ヴィッドゥマヘー マハードゥルガーヤイ ディーマヒ
タンノー バガヴァティー プラチョーダヤートゥ
ॐ वाग्देव्यै च विद्महे कामराज्ञै च धीमहि ।
तन्नो देवी प्रचोदयात्‌ ॥
om vāgdevyai ca vidmahe kāmarājñai ca dhīmahi |
tanno devī pracodayāt ||
オーム ヴァーグデーヴィヤイ チャ ヴィッドゥマヘー カーマラージュナイ チャ ディーマヒ
タンノー デーヴィー プラチョーダヤートゥ
गौरी(gaurī、ガウリー)
ॐ सुभगायै च विद्महे काममालिन्यै च धीमहि ।
तन्नो गौरी प्रचोदयात्‌ ॥
om subhagāyai ca vidmahe kāmamālinyai ca dhīmahi |
tanno gaurī pracodayāt ||
オーム スバガーヤイ チャ ヴィッドゥマヘー カーママーリンニャイ チャ ディーマヒ
タンノー ガウリー プラチョーダヤートゥ
लक्ष्मी(lakṣmī、ラクシュミー)
ॐ महालक्ष्मी च विद्महे विष्णुपत्नीश्च धीमहि ।
तन्नो लक्ष्मीः प्रचोदयात्‌ ॥
om mahālakṣmī ca vidmahe viṣṇupatnīśca dhīmahi |
tanno lakṣmīḥ pracodayāt ||
オーム マハーラクシュミー チャ ヴィッドゥマヘー ヴィシュヌパトニーシュチャ ディーマヒ
タンノー ラクシュミーヒ プラチョーダヤートゥ
ॐ महादेव्यै च विद्महे विष्णुपत्न्यै च धीमहि ।
तन्नो लक्ष्मीः प्रचोदयात्‌ ॥
om mahādevyai ca vidmahe viṣṇupatnyai ca dhīmahi |
tanno lakṣmīḥ pracodayāt ||
オーム マハーデーヴィヤイ チャ ヴィッドゥマヘー ヴィシュヌパトニャイ チャ ディーマヒ
タンノー ラクシュミーヒ プラチョーダヤートゥ
सरस्वती(sarasvatī、サラスヴァティー)
ॐ वाग्देव्यै च विद्महे विरिंचिपत्न्यै च धीमहि ।
तन्नो वाणी प्रचोदयात्‌ ॥
om vāgdevyai ca vidmahe viriṁcipatnyai ca dhīmahi |
tanno vāṇī pracodayāt ||
オーム ヴァーグデーヴィヤイ チャ ヴィッドゥマヘー ヴィリンチパットニャイ チャ ディーマヒ
タンノー ヴァーニー プラチョーダヤートゥ
सीता(sītā、シーター)
ॐ जनकनन्दिन्यै विद्महे भूमिजायै च धीमहि ।
तन्नः सीता प्रचोदयात्‌ ॥
om janakanandinyai vidmahe bhūmijāyai ca dhīmahi |
tannaḥ sītā pracodayāt ||
オーム ジャナカナンディンニャイ ヴィッドゥマヘー ブーミジャーヤイ チャ ディーマヒ
タンナハ シーター プラチョーダヤートゥ
राधा(rādhā、ラーダー)
ॐ वृषभानुजायै विद्महे कृष्णप्रियायै धीमहि ।
तन्नो राधा प्रचोदयात्‌ ॥
om vṛṣabhānujāyai vidmahe kṛṣṇapriyāyai dhīmahi |
tanno rādhā pracodayāt ||
オーム ヴリシャバーヌジャーヤイ ヴィッドゥマヘー クリシュナプリヤーヤイ ディーマヒ
タンノー ラーダー プラチョーダヤートゥ
अन्नपूर्णा(annapūrṇā、アンナプールナー)
ॐ भगवत्यै च विद्महे माहेश्वर्यै च धीमहि ।
तन्नो अन्नपूर्णा प्रचोदयात्‌ ॥
om bhagavatyai ca vidmahe māheśvaryai ca dhīmahi |
tanno annapūrṇā pracodayāt ||
オーム バガヴァティヤイ チャ ヴィッドゥマヘー マーヘーシュヴァリヤイ チャ ディーマヒ
タンノー アンナプールナー プラチョーダヤートゥ
तुलसी(tulasī、トゥラシー)
ॐ तुलसीदेव्यै च विद्महे विष्णुप्रियायै च धीमहि ।
तन्नो बृन्दः प्रचोदयात्‌ ॥
om tulasīdevyai ca vidmahe viṣṇupriyāyai ca dhīmahi |
tanno bṛndaḥ pracodayāt ||
オーム トゥラシーデーヴィヤイ チャ ヴィッドゥマヘー ヴィシュヌプリヤーヤイ チャ ディーマヒ
タンノー ブリンダハ プラチョーダヤートゥ
महादेव(mahādeva、マハーデーヴァ)
ॐ तत्पुरुषाय विद्महे महादेवाय धीमहि ।
तन्नो रुद्रः प्रचोदयात्‌ ॥
om tatpuruṣāya vidmahe mahādevāya dhīmahi |
tanno rudraḥ pracodayāt ||
オーム タットプルシャーヤ ヴィッドゥマヘー マハーデーヴァーヤ ディーマヒ
タンノー ルドラハ プラチョーダヤートゥ
रुद्र(rudra、ルドラ)
ॐ पुरुषस्य विद्महे सहस्राक्षस्य धीमहि ।
तन्नो रुद्रः प्रचोदयात्‌ ॥
om puruṣasya vidmahe sahasrākṣasya dhīmahi |
tanno rudraḥ pracodayāt ||
オーム プルシャスヤ ヴィッドゥマヘー サハスラークシャスヤ ディーマヒ
タンノー ルドラハ プラチョーダヤートゥ
ॐ तत्पुरुषाय विद्महे महादेवाय धीमहि ।
तन्नो रुद्रः प्रचोदयात्‌ ॥
om tatpuruṣāya vidmahe mahādevāya dhīmahi |
tanno rudraḥ pracodayāt ||
オーム タットプルシャーヤ ヴィッドゥマヘー マハーデーヴァーヤ ディーマヒ
タンノー ルドラハ プラチョーダヤートゥ
शंकर(śaṁkara、シャンカラ)
ॐ सदाशिवाय विद्महे सहस्राक्ष्याय धीमहि ।
तन्नो साम्बः प्रचोदयात्‌ ॥
om sadāśivāya vidmahe sahasrākṣyāya dhīmahi |
tanno sāmbaḥ pracodayāt ||
オーム サダーシヴァーヤ ヴィッドゥマヘー サハスラークシャーヤ ディーマヒ
タンノー サーンバハ プラチョーダヤートゥ
नन्दिकेश्वर(nandikeśvara、ナンディケーシュヴァラ)
ॐ तत्पुरुषाय विद्महे नन्दिकेश्वराय धीमहि।
तन्नो वृषभः प्रचोदयात्‌ ॥
om tatpuruṣāya vidmahe nandikeśvarāya dhīmahi |
tanno vṛṣabhaḥ pracodayāt ||
オーム タットプルシャーヤ ヴィッドゥマヘー ナンディケーシュヴァラーヤ ディーマヒ
タンノー ヴリシャバハ プラチョーダヤートゥ
गणेश(gaṇeśa、ガネーシャ)
ॐ तत्कराटाय विद्महे हस्तिमुखाय धीमहि ।
तन्नो दन्ती प्रचोदयात्‌ ॥
om tatkarāṭāya vidmahe hastimukhāya dhīmahi |
tanno dantī pracodayāt ||
オーム タットカラーターヤ ヴィッドゥマヘー ハスティムカーヤ ディーマヒ
タンノー ダンティー プラチョーダヤートゥ
ॐ तत्पुरुषाय विद्महे वक्रतुण्डाय धीमहि ।
तन्नो दन्तिः प्रचोदयात्‌ ॥
om tatpuruṣāya vidmahe vakratuṇḍāya dhīmahi |
tanno dantiḥ pracodayāt ||
オーム タットプルシャーヤ ヴィッドゥマヘー ヴァックラトゥンダーヤ ディーマヒ
タンノー ダンティヒ プラチョーダヤートゥ
ॐ तत्पुरुषाय विद्महे हस्तिमुखाय धीमहि ।
तन्नो दन्ती प्रचोदयात्‌ ॥
om tatpuruṣāya vidmahe hastimukhāya dhīmahi |
tanno dantī pracodayāt ||
オーム タットプルシャーヤ ヴィッドゥマヘー ハスティムカーヤ ディーマヒ
タンノー ダンティー プラチョーダヤートゥ
ॐ एकदन्ताय विद्महे वक्रतुण्डाय धीमहि ।
तन्नो दन्तिः प्रचोदयात्‌ ॥
om ekadantāya vidmahe vakratuṇḍāya dhīmahi |
tanno dantiḥ pracodayāt ||
オーム エーカダンターヤ ヴィッドゥマヘー ヴァックラトゥンダーヤ ディーマヒ
タンノー ダンティヒ プラチョーダヤートゥ
ॐ लम्बोदराय विद्महे महोदराय धीमहि ।
तन्नो दन्तिः प्रचोदयात्‌ ॥
om lambodarāya vidmahe mahodarāya dhīmahi |
tanno dantiḥ pracodayāt ||
オーム ラムボーダラーヤ ヴィッドゥマヘー マホーダラーヤ ディーマヒ
タンノー ダンティヒ プラチョーダヤートゥ
षण्मुख(ṣaṇmukha、シャンムカ)
ॐ षण्मुखाय विद्महे महासेनाय धीमहि ।
तन्नः स्कन्दः प्रचोदयात् ॥
om ṣaṇmukhāya vidmahe mahāsenāya dhīmahi |
tannaḥ skandaḥ pracodayāt||
オーム シャンムカーヤ ヴィッドゥマヘー マハーセーナーヤ ディーマヒ
タンナハ スカンダハ プラチョーダヤートゥ
ॐ षण्मुखाय विद्महे महासेनाय धीमहि ।
तन्नः षष्ठः प्रचोदयात्‌ ॥
om ṣaṇmukhāya vidmahe mahāsenāya dhīmahi |
tannaḥ ṣaṣṭhaḥ pracodayāt ||
オーム シャンムカーヤ ヴィッドゥマヘー マハーセーナーヤ ディーマヒ
タンナハ シャシュタハ プラチョーダヤートゥ
सुब्रह्मण्य(subrahmaṇya、スブラフマニヤ)
ॐ तत्पुरुषाय विद्महे महासेनाय धीमहि ।
तन्नः षण्मुखः प्रचोदयात्‌ ॥
om tatpuruṣāya vidmahe mahāsenāya dhīmahi |
tannaḥ ṣaṇmukhaḥ pracodayāt ||
オーム タットプルシャーヤ ヴィッドゥマヘー マハーセーナーヤ ディーマヒ
タンナハ シャンムカハ プラチョーダヤートゥ
ॐ(om、オーム)
ॐ ॐकाराय विद्महे डमरुजातस्य धीमहि ।
तन्नो प्रणवः प्रचोदयात्‌ ॥
om omkārāya vidmahe ḍamarujātasya dhīmahi |
tanno praṇavaḥ pracodayāt ||
オーム オームカーラーヤ ヴィッドゥマヘー ダマルジャータスヤ ディーマヒ
タンノー プラナヴァハ プラチョーダヤートゥ
अजपा(ajapā、アジャパー)
ॐ हंस हंसाय विद्महे सोऽहं हंसाय धीमहि ।
तन्नो हंसः प्रचोदयात्‌ ॥
om haṁsa haṁsāya vidmahe so’haṁ haṁsāya dhīmahi |
tanno haṁsaḥ pracodayāt ||
オーム ハンサ サンサーヤ ヴィッドゥマヘー ソーハン ハンサーヤ ディーマヒ
タンノー ハンサハ プラチョーダヤートゥ
दक्षिणामूर्ति(dakṣiṇāmūrti、ダクシナームールティ)
ॐ दक्षिणामूर्तये विद्महे ध्यानस्थाय धीमहि ।
तन्नो धीशः प्रचोदयात्‌ ॥
om dakṣiṇāmūrtaye vidmahe dhyānasthāya dhīmahi |
tanno dhīśaḥ pracodayāt ||
オーム ダクシナームールタイェー ヴィッドゥマヘー ディヤーナスターヤ ディーマヒ
タンノー ディーシャハ プラチョーダヤートゥ
गुरु(guru、グル)
ॐ गुरुदेवाय विद्महे परब्रह्मणे धीमहि ।
तन्नो गुरुः प्रचोदयात्‌ ॥
om gurudevāya vidmahe parabrahmaṇe dhīmahi |
tanno guruḥ pracodayāt ||
オーム グルデーヴァーヤ ヴィッドゥマヘー パラブラフマネー ディーマヒ
タンノー グルフ プラチョーダヤートゥ
हयग्रीव(hayagrīva、ハヤグリーヴァ)
ॐ वागीश्वराय विद्महे हयग्रीवाय धीमहि ।
तन्नो हंसः प्रचोदयात्‌ ॥
om vāgīśvarāya vidmahe hayagrīvāya dhīmahi |
tanno haṁsaḥ pracodayāt ||
オーム ヴァーギーシュヴァラーヤ ヴィッドゥマヘー ハヤグリーヴァーヤ ディーマヒ
タンノー ハンサハ プラチョーダヤートゥ
अग्नि(agni、アグニ)
ॐ सप्तजिह्वाय विद्महे अग्निदेवाय धीमहि ।
तन्नो अग्निः प्रचोदयात्‌ ॥
om saptajihvāya vidmahe agnidevāya dhīmahi |
tanno agniḥ pracodayāt ||
オーム サプタジフヴァーヤ ヴィッドゥマヘー アグニデーヴァーヤ ディーマヒ
タンノー アグニヒ プラチョーダヤートゥ
ॐ वैश्वानराय विद्महे लालीलाय धीमहि ।
तन्नो अग्निः प्रचोदयात्‌ ॥
om vaiśvānarāya vidmahe lālīlāya dhīmahi |
tanno agniḥ pracodayāt ||
オーム ヴァイシュヴァーナラーヤ ヴィッドゥマヘー ラーリーラーヤ ディーマヒ
タンノー アグニヒ プラチョーダヤートゥ
ॐ महाज्वालाय विद्महे अग्निदेवाय धीमहि ।
तन्नो अग्निः प्रचोदयात्‌ ॥
om mahājvālāya vidmahe agnidevāya dhīmahi |
tanno agniḥ pracodayāt ||
オーム マハージュヴァーラーヤ ヴィッドゥマヘー アグニデーヴァーヤ ディーマヒ
タンノー アグニヒ プラチョーダヤートゥ
यम(yama、ヤマ)
ॐ सूर्यपुत्राय विद्महे महाकालाय धीमहि ।
तन्नो यमः प्रचोदयात्‌ ॥
om sūryaputrāya vidmahe mahākālāya dhīmahi |
tanno yamaḥ pracodayāt ||
オーム スーリヤプットラーヤ ヴィッドゥマヘー マハーカーラーヤ ディーマヒ
タンノー ヤマハ プラチョーダヤートゥ
वरुण(varuṇa、ヴァルナ)
ॐ जलबिम्बाय विद्महे नीलपुरुषाय धीमहि ।
तन्नो वरुणः प्रचोदयात्‌ ॥
om jalabimbāya vidmahe nīlapuruṣāya dhīmahi |
tanno varuṇaḥ pracodayāt ||
オーム ジャラビムバーヤ ヴィッドゥマヘー ニーラプルシャーヤ ディーマヒ
タンノー ヴァルナハ プラチョーダヤートゥ
वैश्वानर(vaiśvānara、ヴァイシュヴァーナラ)
ॐ पावकाय विद्महे सप्तजिह्वाय धीमहि ।
तन्नो वैश्वानरः प्रचोदयात्‌ ॥
om pāvakāya vidmahe saptajihvāya dhīmahi |
tanno vaiśvānaraḥ pracodayāt ||
オーム パーヴァカーヤ ヴィッドゥマヘー サプタジフヴァーヤ ディーマヒ
タンノー ヴァイシュヴァーナラハ プラチョーダヤートゥ
मन्मथ(manmatha、マンマタ)
ॐ कामदेवाय विद्महे पुष्पवनाय धीमहि ।
तन्नः कामः प्रचोदयात्‌ ॥
om kāmadevāya vidmahe puṣpavanāya dhīmahi |
tannaḥ kāmaḥ pracodayāt ||
オーム カーマデーヴァーヤ ヴィッドゥマヘー プシュパヴァナーヤ ディーマヒ
タンナハ カーマハ プラチョーダヤートゥ

ガーヤトリー・マントラの逐語訳

新年あけましておめでとうございます。
元日での更新に当たり、太陽神サヴィトリに捧げるガーヤトリー・マントラについて探求してみたいと思いました。
マントラを唱える際には、正確な発音が最重要であるといわれます。
それは、外国語の習得に例えてみれば、すぐに理解できるでしょう。
習ったばかりのカタコトの英語がなかなか理解されずに、海外で困った経験をしたことのある人は多いのではないでしょうか。
ネイティブに理解できる正確な発音を心がけることは、外国語を習得する上で、欠かすことができません。
それと同様に、マントラを唱える際にも、正確な発音を身につけることが大切です。
では、正確な発音を身につければそれで十分かというと、そうとは言えません。
外国語の習得に準えてみれば、正しい発音を身につけた上で、その意味を理解することが重要になります。
確かに、意味を理解していなくても、正しい発音ができれば、相手には何を言っているかが伝わります。
しかし、言葉の意味を理解せずして、相手と意思疎通を行うことは不可能といってもいいでしょう。
母国語の歌であっても、歌手であればその意味を十分に吟味せずして、聴衆を感動させることはできせん。
ましてや、古典言語として話者がほとんどいないサンスクリットであればなおさらのこと、神々に希うマントラを唱える上で、その意味を理解することは欠かすことができません。
ここでは、インドでも偉人・聖人が絶賛する、最高のマントラといわれるガーヤトリー・マントラを逐語訳にしてみました。
専門家でないため、間違いが含まれるかもしれませんが、その際はご指摘頂ければ幸いです。
満月を元旦に迎える今年、皆様にとって良い年となりますよう心よりお祈り申し上げます。

ॐ भूर्भुवः स्वः
om bhūrbhuvaḥ svaḥ
オーム ブールブヴァハ スヴァハ
(オーム 地よ、空よ、天よ)

om(オーム):聖音、原初音、ブラフマン
bhūr(ブール):「大地、土地、土壌、国、世界」
bhūḥ(ブーフ)【女性・単数・主格/呼格】<語幹bhū(ブー)>
連声:bhūḥ + bhuvaḥ → bhūrbhuvaḥ(ブールブヴァハ)
bhuvaḥ(ブヴァハ):「空気、大気」
【女性・単数・主格/呼格】<語幹bhuvas(ブヴァス)>
あるいは前述bhū(ブー)の複数・呼格の変化形
連声:bhuvaḥ + svaḥ → bhuvassvaḥ(ブヴァッスヴァハ)
svaḥ(スヴァハ):「天界、光、宇宙」
【女性・単数・主格/呼格】<語幹svar(スヴァル)>
「ブールブヴァッスヴァハ」は、ヴィヤーフリティと呼ばれる宣言文のひとつで、日々の祈りを始めるに当たり、地・空・天(虚空)の三界の神々を体現するために唱えられます。三界はその他、物質・精神・魂に、現在・過去・未来などに対比されます。
ブーフ、ブヴァハ、スヴァハは、それぞれ主格と呼格の変化形に対応していますが、文脈上、三界の神々に呼びかけて喚起しているとみることができるので、「地よ、空よ、天よ」、「地界、空界、天界の神々よ」とします。

तत् सवितुर् वरेण्यं
tat savitur vareṇyaṁ
タット サヴィトゥル ヴァレーニャン
(彼(か)の太陽神の愛でたき)

tat(タット):「その、それ、あの、あれ、彼、彼女」
【指示代名詞、中性・単数・主格】<語幹tad>
savitur(サヴィトゥル):「サヴィトリ神の、光輝の、激励者の、太陽の」
savituḥ(サヴィトゥフ)【男性・単数・属格】<語幹savitṛ(サヴィトリ)>
連声:savituḥ + vareṇyam → savitur vareṇyam
サヴィトリは男性名詞、サーヴィトリーは女性名詞
vareṇyaṁ(ヴァレーニャン):「愛(め)でたき、望ましい、優れた、素晴らしい、最高の」
vareṇyam(ヴァレーニャム)【中性・単数・対格】<語幹vareṇya(ヴァレーニャ)>
連声:vareṇyam + bhargo → vareṇyaṁ bhargo
タットは最高原理ブラフマンを指す言葉として用いられます。「汝はそれなり」(tat tvam asi)は有名な箴言ですが、ここでのタットは、同様に三界を統べる最高原理ブラフマンを指していると考えられます。
サヴィトリは、一切万物の源である太陽神です。サヴィトリは、「激励する、鼓舞する」を意味する動詞語根√sūから派生した名で、すべての存在を激励する神、鼓舞させる神、前進させる神と考えられています。
サンスクリットでは、表記上のva(ヴァ)音は、wa(ワ)と聞こえますので、「ワレーニャン」と発音できます。(サラスワティー、ワーストゥ他)

भर्गो देवस्य धीमहि
bhargo devasya dhīmahi
バルゴー デーヴァッシャ ディーマヒ
(神の光輝を獲得せんことを)

bargo(バルゴー):「光輝を、放射を、輝きを、光彩を」
bhargaḥ(バルガハ)【中性・単数・対格】<語幹bhargas(バルガス √bhṛj)>
連声:bhargaḥ + devasya → bhargo devasya
devasya(デーヴァッシャ):「神の、天の」
【男性・単数・属格】<語幹deva(デーヴァ)>
発音は「デーヴァッスャ」がより近い
dhīmahi(ディーマヒ):「私たちは授かる、私たちは獲得する、私たちは享受する」
【一人称・複数・指令法/言及法】<動詞語根√dhā(置く、与える、獲得する、賜る、享受する)>
ディーマヒは、「置く、与える」などを意味する動詞語根√dhā(ダー)の活用形ですが、「考える、知覚する、思案する」などを意味する動詞語根√dhī(ディー)として、瞑想に関する訳語を当てられることがあります。
文法上は、第4類の活用をとる語根√dhā(ダー)が考えられます。

धियो यो नः प्रचोदयात्
dhiyo yo naḥ pracodayāt
ディヨー ヨー ナハ プラチョーダヤートゥ
(我が為に、彼が知性を鼓舞せんことを)

dhiyo(ディヨー):「知性を、叡知を、知識を、信心を、祈りを」
dhiyaḥ(ディヤハ)【女性・複数・対格】<語幹dhī(思考、思慮、瞑想、信心、祈り、理解、知性、叡知、知識、心、意図、洞察、意見、概念、意志)>
連声:dhiyaḥ + yo → diyo yo
yo(ヨー):「その太陽神サヴィトリが、その彼が」
yaḥ(ヤハ)【関係代名詞、男性・単数・主格】<語幹yad(ヤド)>
連声:yaḥ + naḥ → yo naḥ
前文の太陽神サヴィトリを受ける関係代名詞
naḥ(ナハ):「私たちに、私たちのために」
asmabhyam(アスマビャム)【人称代名詞「私」、一人称・複数・為格】の附帯形
pracodayāt(プラチョーダヤートゥ):「彼が鼓舞すべき、彼が激励すべき、彼が霊感を与えるべき、彼が導くべき」
【三人称・単数・パラスマイパダ・接続法・使役】< pra-√cud(鼓舞する、促す、激励する、刺激する、霊感を与える、命令する)>
サンスクリットでは、動詞の態は、パラスマイパダ(他者のための言葉)とアートマネーパダ(自己のための言葉)に分けられます。
パラスマイパダは、その行為の結果が、動作主以外の他者にもたらされる場合を指し、アートマネーパダは、その行為の結果が、動作主自身にもたらされる場合を指します。
「ディーマヒ」はアートマネーパダの活用形なので、「私たちは(自身のために)授かる」となります。
「プラチョーダヤートゥ」は、パラスマイパダの活用形なので、「彼が(他者のために)鼓舞すべき」となります。
原語にあたることで、訳文では表せきれない文意を読み取ることができるため、原語での読解は正しい理解のために重要になります。

ॐ भूर्भुवः स्वः
तत् सवितुर् वरेण्यं भर्गो देवस्य धीमहि
धियो यो नः प्रचोदयात्

om bhūrbhuvaḥ svaḥ
tat savitur vareṇyaṁ bhargo devasya dhīmahi
dhiyo yo naḥ pracodayāt
オーム ブールブヴァハ スヴァハ
タット サヴィトゥル ヴァレーニャン バルゴー デーヴァッシャ ディーマヒ
ディヨー ヨー ナハ プラチョーダヤートゥ
(オーム 地よ、空よ、天よ
我らが、彼(か)の太陽神の愛でたき神の光輝を獲得せんことを
我が為に、彼が知性を鼓舞せんことを)

参照:
辻直四郎訳、「リグ・ヴェーダ讃歌」、岩波文庫、1970
菅沼晃著、「新・サンスクリットの基礎[上]」、平河出版社、1994
菅沼晃著、「新・サンスクリットの基礎[下]」、平河出版社、1997
MW Advanced Search, http://www.sanskrit-lexicon.uni-koeln.de/mwquery/
Sanskrit, Tamil and Pahlavi Dictionaries, http://webapps.uni-koeln.de/tamil/

アグニ・ガーヤトリー・マントラ

ॐ वैश्वानराय विद्महे लालीलाय धीमहि।
तन्नो अग्निः प्रचोदयात्‌॥

・om vaiśvānarāya vidmahe lālīlāya dhīmahi |
tanno agniḥ pracodayāt ||
・オーム ヴァイシュヴァーナラーヤ ヴィッドゥマヘー ラーリーラーヤ ディーマヒ
タンノー アグニヒ プラチョーダヤートゥ
・意味:我らが一切人火(ヴァイシュヴァーナラ)を知り、一切を燃やし尽くす方を瞑想できるように
アグニよ、そこに我らを導き給え

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スーリヤ・ガーヤトリー・マントラ

ॐ भास्कराय विद्महे महाद्युतिकराय धीमहि।
तन्नो आदित्यः प्रचोदयात्‌॥

・om bhāskarāya vidmahe mahādyutikarāya dhīmahi |
tanno ādityaḥ pracodayāt ||
・オーム バースカラーヤ ヴィッドゥマヘー マハーディユティカラーヤ ディーマヒ
タンノー アーディティヤハ プラチョーダヤートゥ
・意味:我らがバースカラ(光をつくる方)を知り、偉大なディユティカラ(光彩を放つ方)を瞑想できるように
アーディティヤ(アディティの息子)よ、我らを導き給え

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ドゥルガー・ガーヤトリー・マントラ

ॐ कात्यायन्यै विद्महे कन्याकुमार्यै धीमहि।
तन्नो दुर्गा प्रचोदयात्‌॥

・om kātyāyanyai vidmahe kanyākumāryai dhīmahi |
tanno durgā pracodayāt ||
・オーム カーティヤーヤナーニャイ ヴィッドゥマヘー カンニャークマーリャイ ディーマヒ
タンノー ドゥルガー プラチョーダヤートゥ
・意味:我らがカーティヤーヤニーを知り、カニヤークマーリーを瞑想できるように
ドゥルガーよ、我らを導き給え

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ヴィシュヌ・ガーヤトリー・マントラ

ॐ नारायणाय विद्महे वासुदेवाय धीमहि।
तन्नो विष्णुः प्रचोदयात्‌॥

・om nārāyaṇāya vidmahe vāsudevāya dhīmahi |
tanno viṣṇuḥ pracodayāt ||
・オーム ナーラーヤナーヤ ヴィッドゥマヘー ヴァースデーヴァーヤ ディーマヒ
タンノー ヴィシュヌフ プラチョーダヤートゥ
・意味:我らがナーラーヤナを知り
ヴァースデーヴァを瞑想できるように
ヴィシュヌよ、我らを導き給え

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