帰依者たちを喜びに導くクリシュナ神の千の御名

神の言語であるサンスクリット語による祈りは、精神的・肉体的な問題を癒すヒーリング・サウンドとして作用し、人々の願望や、魂の欲求を満たすことができると信じられています。
その一つに、帰依者たちを喜びに導くクリシュナを讃える千の御名(クリシュナ・サハスラナーマ)があります。

クリシュナはヴィシュヌ神の8番目の化身として知られ、バガヴァッド・ギーターの中心人物です。
悪の勢力を滅ぼす勇敢な英雄としても有名です。
クリシュナはよく笛(ムラリー)を奏でる姿で画かれていますが、それは人々に愛のメロディーを奏で、愛を広めることをあらわしています。
またクリシュナは最愛の牧女であり愛の権化とされるラーダーとともに画かれることも多く、人々にはラーダー・クリシュナとして礼拝されています。
ラーダー・クリシュナは、愛の本質の象徴であり、人間と神との愛をあらわしています。

クリシュナは、幼少の頃からさまざまな神の遊戯(リーラー)にまつわる逸話があります。
ミルクが欲しくて泣きわめくクリシュナを、母ヤショーダが忙しく聞き逃してしまったため、クリシュナが怒って車を蹴り飛ばした逸話。
クリシュナが母ヤショーダの膝の上で寝ているとき、あくびをしたクリシュナの口の中にヤショーダが全宇宙を見た逸話。
クリシュナがフルート売りの女性に、この一握りの穀物とフルートを交換して欲しいといい、一握りの穀物を残してフルートを持ち帰った後、この穀物が宝石に変わった逸話など、クリシュナの魅力溢れる逸話には限りがありません。
そして成人したクリシュナは、人々に愛と正義の本質を身をもって顕現されました。

クリシュナの御名は、至高の意識に到達するための至宝であり、甘露のようなクリシュナの御名を唱えることは、すべての罪を溶かし、苦行にまさる功徳を手にする方法であると言われています。
サンスクリット語での祈りにより、この偉大な力をもつクリシュナとの絆を堅くすることで、私たちの願いが聞きとどけられ、人生のさまざまな局面においてクリシュナの恩寵が降りそそぐでしょう。

罪を破壊する最高神であるヴェーンカテーシュヴァラを讃える千の御名

神の言語であるサンスクリット語による祈りは、精神的・肉体的な問題を癒すヒーリング・サウンドとして作用し、人々の願望や、魂の欲求を満たすことができると信じられています。その一つに、罪を破壊する最高神であるヴェーンカテーシュヴァラを讃える千の御名(ヴェーンカテーシュヴァラ・サハスラナーマ)があります。

ヴェーンカテーシュヴァラという名前は、サンスクリット語の複数のパーツに分かれています。Ven(罪)、kata(破壊者)、ishwara(最高神)。この語源から、ヴェーンカテーシュヴァラは、罪を破壊する最高神とされます。ヴィシュヌは信者への愛から、カリユガの時代における人類の救済と幸福のためにヴェーンカテーシュヴァラへと化身し、姿を現したとされ、この時代のヴィシュヌの最高の形であると考えられています。

ヴェーンカテーシュヴァラは、バラジ、ヴェーンカタチャラパティ、ゴーヴィンダなど、幅広い名前で知られています。シュリー女神(ラクシュミー女神の別名)は、ヴェーンカテーシュヴァラの胸に鎮座しているため、シュリーニヴァーサ(シュリーが宿る者)とも呼ばれています。

ヴェーンカテーシュヴァラには、ある興味深い神話が伝わります。

天で幸せに暮らしていたヴィシュヌ神とラクシュミー女神。ある出来事がきっかけで、怒ったラクシュミー女神が地上に降りてきてしまいます。ヴィシュヌ神はラクシュミー女神を追いかけ地上に舞い降ると、ティルマラの丘で瞑想を始めました。その後、ヴィシュヌ神はヴェーンカテーシュヴァラの姿となり、やがてラクシュミー女神の化身であるパドマーヴァティー女神に出会います。

ヴェーンカテーシュヴァラは、パドマーヴァティー女神と結婚をしようと求婚するも、その結婚には莫大な費用が必要でした。すると、ヴェーンカテーシュヴァラは財宝の神であるクベーラ神に頼み、その費用を借りることにします。しかし、費用は莫大で、ヴェーンカテーシュヴァラは今でも、クベーラ神にその借金を返し続けているのだといわれます。

その借金がどのように返済されるのかといえば、人々から捧げられるお布施です。ヴェーンカテーシュヴァラは、人々からありがたくお布施を受け取ると、代わりにその願いをなんでも叶えてくれるのだといわれます。

祈りや信仰が廃れるといわれるこの時代、ヴェーンカテーシュヴァラの御名を聞くことで、罪は清められ、願いを叶えるための第一歩を踏み出すことができるでしょう。

あらゆる悪から帰依者を守るハヌマーン神の千の御名

神は、人々の真摯な祈りに必ず応えます。神は彼らの帰依心に応える「義務」があるため、心からの祈りに対して限りない恩寵を降りそそぎます。この点からみると、ハヌマーンへの礼拝は効率的です。それは彼が、神の性質、卓越した人格、奉仕の精神、謙虚さ、自己犠牲、帰依心、決断力、神への献身の持ち主だからです。ハヌマーンは、模範的な帰依心、神への献身を通じて、人々の心の中に住み給います。身体的には、彼は超人的な能力を持ちあわせています。ラーマに対するハヌマーンの帰依心を見て、シーターはラーマへの帰依者たちを救うため、ハヌマーンが不死(チランジーヴィ)となるための祝福をしました。

人々は、彼が地上に今なお生き続けていると信じ、勇気と自信、悲しみからの脱却、悪霊や不幸からの保護を求めて祈りを捧げます。ハヌマーンは、悪の勢力にとっては、この上ない恐怖です。シヴァ神が、強大な神の力を与えるための祝福をしたからです。ナンディ(シヴァ神の乗りものである聖牛)は、全てのヴェーダと、聖典の知識をハヌマーンに授けました。

ハヌマーンは、武器として職杖を持ち、色々な姿で礼拝されます。いっぽうの手に山を持ち、もういっぽうの手には職杖を持ち、スーパーマンのように空を飛ぶ姿で描かれることもあります。ハヌマーンはプラサンナンジャネーヤ、ヴィーランジャネーヤ、ディヤーナンジャネーヤ、バクタンジャネーヤなどの多数の名前を持ち、それぞれの名前は彼の御力をあらわしています。ハヌマーンは、誰かに進言されない限り、真の力を忘れてしまうと言われています。したがって、ハヌマーンの千の御名を唱え、ハヌマーンに千の御力を思い出させ、彼の恩恵と祝福を祈願しましょう。

大地を救う猪の神、ヴァラーハ神の千の御名

ヴァラーハ神は猪の姿をしたヴィシュヌ神の第3の化身です。悪魔によって沈められた大地を救うために、猪となって大地を持ちあげたと伝えられ、地上を救う犠牲の精神に満ち溢れた神として崇められています。真理を追究する者は、凄まじい勢いで真っ直ぐに突き進む猪のように、あらゆる犠牲を恐れることなく進むべきであることを象徴しているといわれます。

ヴァラーハ神の千の御名(ヴァラーハ・サハスラナーマ)は、スカンダ・プラーナに記されています。スカンダ・プラーナでは、『ヴァラーハ・サハスラナーマは、名声、長寿、リーダーシップを授ける。それを唱える者や聞く者は、酷い病より解放され、富を手にする』と述べられています。

『あらゆる犠牲を楽しむ至高の方は、大地の繁栄を願い猪の姿としての化身を受け入れました。彼はそして、冥土に沈む大地を持ち上げました。』(Srimad Bhagavatam 1.3.7)

『究極の力を持つ至高神が、気晴らしとして猪の姿をとったとき、地球の生命はまさにガルボーダカと呼ばれる宇宙の大海に沈んでいました。大地を沈めた悪魔ヒラニヤークシャが現れたとき、神はその牙で悪魔を突き刺しました。』(Srimad Bhagavatam 2.7.1)

『子が伏しているとき、母は溢れる愛のために、身を投げ出して子を救います。それと同じように、大地が暗黒に伏しているとき、神は猪の姿をとって、キラキラ輝く瞳をもって飛び込み、大地を救うのです。』(Sri Pillan’s Tiruvaymoli 7.5.5)

大地を救うため、至高神はスヴァヤムブヴァの時代では、ブラフマーの鼻の穴から現れ、チャクシュサの時代では、水中から現れました。最上の牙をもつ獣であるヴァラーハ(猪)は、悪魔ヒラニヤークシャを倒し、大地を救うために出現しました。ヴァラーハ(猪)は、時には森に棲む野生動物であり、時には家畜として養われます。そして、時には雨雲のように黒い姿であり、時には月のように白い姿です。スムルティ・シャーストラでは、ヴェーダ的犠牲の象徴であるヴァラーハ神の偉大な姿を、このような2種の姿として記述しています。マイトレーヤ・ムニは、異なる時間になされたヴァラーハの神行を、あたかも同時に行われたかのように記述しました(Srila Rupa Gosvami’s Laghu-bhagavatamrta 1.3.10-12, 17)。

【マントラ学習】オーム シュリーハヌマテー ナマハ

ॐ श्रीहनुमते नमः
om śrīhanumate namaḥ
オーム シュリーハヌマテー ナマハ
ハヌマーン神に帰命したてまつる

om【間投詞】(聖字)、祈念または祈祷文の開始の際・ヴェーダ読誦の前後において、あるいは敬虔なる挨拶として用いられる。多くの神秘的解釈あり。
śrī【女性】光輝、美;繁栄、幸運、富;高位、栄光、威厳、王者の威厳;王のしるし;ラクシュミー女神の名(美または繁栄の女神、ヴィシュヌ神の妃);【合成語の始めに追記して】(有名な、または栄光ある)神々、人間、場所の名前、書物の表題において(特異性または卓越を表現するため)
hanumate【男性・単数・為格 hanumat】[〜に、〜のために]猿将の名(hanumānはhanumatの単数・主格形)、風神の子で、シーターを取り戻すためランカー島へ遠征するラーマの同盟者 【形容詞】(強い)顎を持つ
namas【中性・単数・主格 namas】[〜は、〜が]頭を下げること、敬礼、帰命(言葉または態度による)【漢訳】帰依、帰命、礼、敬礼、帰礼
参照:http://sitarama.info/blog/?eid=183

【マントラ学習】オーム ナモー バガヴァテー ヴァースデーヴァーヤ

ॐ नमो भगवते वासुदेवाय
om namo bhagavate vāsudevāya
オーム ナモー バガヴァテー ヴァースデーヴァーヤ
神聖なるクリシュナ神に帰命したてまつる

om【間投詞】(聖字)、祈念または祈祷文の開始の際・ヴェーダ読誦の前後において、あるいは敬虔なる挨拶として用いられる。多くの神秘的解釈あり。
namas【中性・単数・主格 namas】[〜は、〜が]頭を下げること、敬礼、帰命(言葉または態度による)【漢訳】帰依、帰命、礼、敬礼、帰礼
bhagavate【男性・単数・為格 bhagavat】幸運を持つ、幸運な、恵まれた;崇拝すべき、尊敬すべき、神性ある、尊厳な、著名な、神聖な(聖者) 【男性名詞】ヴィシュヌ神・クリシュナ神、またはシヴァ神の呼び名;仏陀・菩薩またはJinaの呼び名
vāsudevāya【男性・単数・為格 vāsudeva】[〜に、〜のために]ヴァスデーヴァの子孫;クリシュナ、ヴィシュヌの名;プンドラの王の名;人名
参照:http://sitarama.info/blog/?eid=242

【マントラ学習】シュリークリシュナハ シャラナン ママ

श्रीकृष्णः शरणं मम
śrīkṛṣṇaḥ śaraṇaṁ mama
シュリークリシュナハ シャラナン ママ
聖クリシュナは、私の寄る辺です

śrī【女性】光輝、美;繁栄、幸運、富;高位、栄光、威厳、王者の威厳;王のしるし;ラクシュミー女神の名(美または繁栄の女神、ヴィシュヌ神の妃);【合成語の始めに追記して】(有名な、または栄光ある)神々、人間、場所の名前、書物の表題において(特異性または卓越を表現するため)
kṛṣṇas【男性・単数・主格 kṛṣṇa】[〜は、〜が]黒い羊飼い;クリシュナ神 【中性】黒いこと、暗黒 【形容詞】黒い、黒色の;暗黒の
śaraṇam【中性・単数・主格 śaraṇa】[〜は、〜が]庇護物、小屋、住み家;保護、避難
mama【単数・属格、一人称代名詞 mad】[〜の、〜にとって]私
参照:http://sitarama.info/blog/?eid=232

シュリー ラーマ ラーマ ラーメーティ

श्री राम राम रामेति रमे रामे मनोरमे
सहस्रनाम तत्तुल्यं रामनाम वरानने

・śrī rāma rāma rāmeti rame rāme manorame
sahasranāma tattulyaṁ rāmanāma varānane
・シュリー ラーマ ラーマ ラーメーティ ラメー ラーメー マノーラメー
サハスラナーマ タットゥリャン ラーマナーマ ヴァラーナネー
意味:ラーマの御名を唱えることは、ヴィシュヌの千の御名を唱えることに等しい功徳がある。

続きを読む シュリー ラーマ ラーマ ラーメーティ

オーム ナモー バガヴァテー ヴァースデーヴァーヤ

ॐ नमो भगवते वासुदेवाय
・om namo bhagavate vāsudevāya
・オーム ナモー バガヴァテー ヴァースデーヴァーヤ
・意味:至高神であられるヴァースデーヴァ(クリシュナ)に帰依いたします。

続きを読む オーム ナモー バガヴァテー ヴァースデーヴァーヤ