シャニ・ガーヤトリー・マントラ


・ॐ काकध्वजाय विद्महे खड्गहस्ताय धीमहि ।
तन्नो मन्दः प्रचोदयात्‌ ॥

・om kākadhvajāya vidmahe khaḍgahastāya dhīmahi |
tanno mandaḥ pracodayāt ||
・オーム カーカドゥヴァジャーヤ ヴィッドゥマヘー カドゥガハスターヤ ディーマヒ
タンノー マンダハ プラチョーダヤートゥ
・意味:我らがカーカドヴァジャ(カラスの旗を持つ方)を知り
カドガハスタ(刀を手にした方)を瞑想できるように
マンダ(遅い方)よ、我らを導き給え

土星の神であるシャニ神に捧げられるガーヤトリー・マントラです。
ヴェーダの神話においては、土星は太陽の息子であり、太陽の影の妻チャヤの下に生まれました。
太陽の第一婦人サンジャナの子供たちのひとりから怒りを買い、足を折られてしまったために、土星は足が不自由です。
足を引きずって歩くことから、惑星の中で一番ゆっくりと進みます。
マンダ(遅いもの)としても知られる土星は、一般的にサディ・サティ(7年半続く)や、アシュタマ・シャニ(第8室にあり、2年半続く)といったある特定のハウスに位置するとき、人に逆境をもたらすことで知られています。

さまざまな問題や心配事を緩和するシャニ神の千の御名

神の言語であるサンスクリット語による祈りは、精神的・肉体的な問題を癒すヒーリング・サウンドとして作用し、人々の願望や、魂の欲求を満たすことができると信じられています。その一つに、土星の神であるシャニ神を讃える千の御名(シャナイシュチャラ・サハスラナーマ)があります。

シャナイシュチャラ(サンスクリット語で、ゆっくり動くものの意味)は、恩寵を与える者、そして破壊する者の両側面があることで知られています。スーリヤ(太陽)とチャーヤー(スーリヤの侍女、影の意味)の間にできたシャナイシュチャラ(土星)は、9惑星の中でも、もっとも恐れられています。それは、生涯にわたり、人々の幸福を左右する存在であるとされているからです。しかし、シャナイシュチャラへの祈りは、さまざまな問題や心配事を緩和する力があります。

インド占星術では、土星は、注意力の欠如や無知をあらわしています。そして、長寿、不幸、悲哀、老化、死、規律、制約、責任、遅延、野心、リーダーシップ、権威、謙そん、実直、英知などのカーラカ(指示体)、また禁欲生活、拒絶、無執着、霊性、苦行、組織、現実、時なども示しています。

ホロスコープ上で、土星が他の惑星とどのような関係を持つか、どのような位置にあるかで、人の一生を通じて影響を与えつづけると信じられています。シャナイシュチャラは、各ラーシには2年半滞在します。ホロスコープ上において、出生時の月の位置を第1室とした場合、第12室、第1室、第2室を土星が通過する期間は、ナートゥ・シャニと呼ばれ、それは7年半続きます。また第4室にあるときには、アルダーシュタマ・シャニと呼ばれ、第8室にあるときには、アシュタマ・シャニと呼ばれます。このような期間は、問題に直面しやすい時期であるとされています。
一生涯において、7年半続くナートゥ・シャニはおよそ3度巡ってきます。最初のサイクルはマング・シャニと呼ばれ、本人よりもむしろ近親者に影響があるとされます。第2サイクルはポーング・シャニと呼ばれ、家庭内や事業面での影響があるとされます。第3サイクルは、マーラナ(死)・シャニと呼ばれ、子供、家族、健康面に影響を与え、本人の死を意味することもあります。
そして政治問題、配偶者、子供、ビジネスの後退、財産の損失、病などは、土星のトランジットによって引き起こされます。

しかし、シャナイシュチャラは、有益なグラハ(惑星)です。なぜなら、困難なくして成就はありえず、そしてまた、どのような困難であろうとも、心からの祈りによって克服することができるからです。シャニ神の祈りに耳を傾け、その力に触れることで、さまざまな問題や心配事を緩和することができるでしょう。

罪を破壊する最高神であるヴェーンカテーシュヴァラを讃える千の御名

神の言語であるサンスクリット語による祈りは、精神的・肉体的な問題を癒すヒーリング・サウンドとして作用し、人々の願望や、魂の欲求を満たすことができると信じられています。その一つに、罪を破壊する最高神であるヴェーンカテーシュヴァラを讃える千の御名(ヴェーンカテーシュヴァラ・サハスラナーマ)があります。

ヴェーンカテーシュヴァラという名前は、サンスクリット語の複数のパーツに分かれています。Ven(罪)、kata(破壊者)、ishwara(最高神)。この語源から、ヴェーンカテーシュヴァラは、罪を破壊する最高神とされます。ヴィシュヌは信者への愛から、カリユガの時代における人類の救済と幸福のためにヴェーンカテーシュヴァラへと化身し、姿を現したとされ、この時代のヴィシュヌの最高の形であると考えられています。

ヴェーンカテーシュヴァラは、バラジ、ヴェーンカタチャラパティ、ゴーヴィンダなど、幅広い名前で知られています。シュリー女神(ラクシュミー女神の別名)は、ヴェーンカテーシュヴァラの胸に鎮座しているため、シュリーニヴァーサ(シュリーが宿る者)とも呼ばれています。

ヴェーンカテーシュヴァラには、ある興味深い神話が伝わります。

天で幸せに暮らしていたヴィシュヌ神とラクシュミー女神。ある出来事がきっかけで、怒ったラクシュミー女神が地上に降りてきてしまいます。ヴィシュヌ神はラクシュミー女神を追いかけ地上に舞い降ると、ティルマラの丘で瞑想を始めました。その後、ヴィシュヌ神はヴェーンカテーシュヴァラの姿となり、やがてラクシュミー女神の化身であるパドマーヴァティー女神に出会います。

ヴェーンカテーシュヴァラは、パドマーヴァティー女神と結婚をしようと求婚するも、その結婚には莫大な費用が必要でした。すると、ヴェーンカテーシュヴァラは財宝の神であるクベーラ神に頼み、その費用を借りることにします。しかし、費用は莫大で、ヴェーンカテーシュヴァラは今でも、クベーラ神にその借金を返し続けているのだといわれます。

その借金がどのように返済されるのかといえば、人々から捧げられるお布施です。ヴェーンカテーシュヴァラは、人々からありがたくお布施を受け取ると、代わりにその願いをなんでも叶えてくれるのだといわれます。

祈りや信仰が廃れるといわれるこの時代、ヴェーンカテーシュヴァラの御名を聞くことで、罪は清められ、願いを叶えるための第一歩を踏み出すことができるでしょう。

心の闇を追い払うサラスワティー女神の千の御名

神の言語であるサンスクリット語による祈りは、精神的・肉体的な問題を癒すヒーリング・サウンドとして作用し、人々の願望や、魂の欲求を満たすことができると信じられています。その一つに、学問の女神であるサラスワティーを讃える千の御名(サラスワティー・サハスラナーマ)があります。

学問の女神であるサラスワティーへの祈りは、帰依者たちに知識と知性をもたらします。心の闇は追い払われ、知性の幕が開き始めます。聖典に記されたサラスワティーへの礼拝を通じて、これを聴く人々はサラスワティーの恩寵に導かれていくでしょう。

永遠に色あせることのない純白の蓮華に座り、サラスワティーはヴィーナを奏で続けます。4本の弦からなるこの楽器は、4つのヴェーダと人生の4つの目的(ダルマ(正義)、アルタ(富)、カーマ(愛)、モークシャ(成就))をあらわしています。彼女の第3の手には、神への道をあらわす聖典を持ち、また第4の手には帰依の道を示す数珠を持ちます。

また彼女はつねに帰依者の怠け心を取りのぞくよう取り計らっています。彼女の蓮華の御足に捧げられた真心の祈りは、聴く者の望みを叶え、恵みを授けるでしょう。

悪を滅ぼす無敵の戦士であるドゥルガー女神の千の御名

神の言葉といわれるサンスクリット語による祈りは、厄除開運、願望成就、健康長寿のために古くから活用されてきました。その一つに、悪を滅ぼす無敵の戦士であるドゥルガー女神を讃える千の御名(ドゥルガー・サハスラナーマ)があります。

ドゥルガー女神は、シヴァの神妃パールヴァティー女神の化身です。ドゥルガー女神は、シヴァ、ヴィシュヌその他あらゆる神々の光輝から生みだされ、統合された光の力をあらわします。

シヴァは彼女に三叉矛を、ヴィシュヌはチャクラ(円盤)を、ヴァルナは法螺貝を、アグニは槍を、マルートは弓矢を、インドラは稲妻を、死の神であるヤマは笏を、ブラフマーは水瓶を、時の神であるカーラは剣と盾を、ヴィシュワカルマは斧と鎧を、ヒマヴァットは乗りものとしてライオンを、太陽神は光輝を与えました。

こうして、ドゥルガー女神は力、勇気、正義、恐怖心を克服した者、英知、光輝の象徴となり、悪を滅ぼす無敵の戦士かつ女神として、魔王マヒシャを倒し、マヒシャースラ・マルディニー(マヒシャ・アスラを殺すもの)として崇められています。

ドゥルガー女神の千の御名を聞き、彼女の超越した力の源泉に触れることで、内外両面のあらゆる要求が満たされ、人生のさまざまな面が成功に近づくでしょう。

あらゆる悪から帰依者を守るハヌマーン神の千の御名

神は、人々の真摯な祈りに必ず応えます。神は彼らの帰依心に応える「義務」があるため、心からの祈りに対して限りない恩寵を降りそそぎます。この点からみると、ハヌマーンへの礼拝は効率的です。それは彼が、神の性質、卓越した人格、奉仕の精神、謙虚さ、自己犠牲、帰依心、決断力、神への献身の持ち主だからです。ハヌマーンは、模範的な帰依心、神への献身を通じて、人々の心の中に住み給います。身体的には、彼は超人的な能力を持ちあわせています。ラーマに対するハヌマーンの帰依心を見て、シーターはラーマへの帰依者たちを救うため、ハヌマーンが不死(チランジーヴィ)となるための祝福をしました。

人々は、彼が地上に今なお生き続けていると信じ、勇気と自信、悲しみからの脱却、悪霊や不幸からの保護を求めて祈りを捧げます。ハヌマーンは、悪の勢力にとっては、この上ない恐怖です。シヴァ神が、強大な神の力を与えるための祝福をしたからです。ナンディ(シヴァ神の乗りものである聖牛)は、全てのヴェーダと、聖典の知識をハヌマーンに授けました。

ハヌマーンは、武器として職杖を持ち、色々な姿で礼拝されます。いっぽうの手に山を持ち、もういっぽうの手には職杖を持ち、スーパーマンのように空を飛ぶ姿で描かれることもあります。ハヌマーンはプラサンナンジャネーヤ、ヴィーランジャネーヤ、ディヤーナンジャネーヤ、バクタンジャネーヤなどの多数の名前を持ち、それぞれの名前は彼の御力をあらわしています。ハヌマーンは、誰かに進言されない限り、真の力を忘れてしまうと言われています。したがって、ハヌマーンの千の御名を唱え、ハヌマーンに千の御力を思い出させ、彼の恩恵と祝福を祈願しましょう。

世界を破壊し、万物に限りない恵みをもたらすシヴァ神の千の御名

神の言語であるサンスクリット語による祈りは、精神的・肉体的な問題を癒すヒーリング・サウンドとして作用し、人々の願望や、魂の欲求を満たすことができると信じられています。
その一つに、破壊神であるシヴァ神を讃える千の御名(シヴァ・サハスラナーマ)があります。

シヴァ神の御力と栄光は、宇宙全体に浸透し、生きとし生けるものすべての内に、意識として輝いています。
シヴァ神の偉大なる性質を賛美し、また伝統的な方法で礼拝することは、あらゆる分野での勝利をもたらし、究極的には内なる神の存在を悟り得ます。
シヴァ神は、もっとも微細な象徴のアーカーシャでもある至高の存在です。

ヴェーダにおけるルドラとしての姿では、真理の悟りへの障害となる暗黒と悪を滅ぼします。
ダクシナームールティの姿においては、シヴァ神は究極の教師であり、熱意を持って帰依者を指導し、知恵と叡智を授けます。
アルダナーリーシュヴァラの姿においては、男性性と女性性のように完全に相反する形態でさえも、完全な調和がとれることを示し、結婚生活やその他の社会生活における調和を帰依者に祝福します。
チダムバラムを踊るナタラージャの姿においては、広大な宇宙とわたしたち内部に存在する神聖エネルギーを鼓舞する踊りを舞います。
マールガヴァンドゥの姿においては、シヴァはわたしたちの守護神として、人生という旅の期間、護り導いてくれます。
カーラヴァイラヴァの姿においては、帰依者が時間を最大限有効に使い、人生の目的に到達できるよう手を差しのべます。
光のリンガを意味するジョーティリンガの姿においては、あらゆる神々の中心的存在としての姿で顕現し、帰依者に祝福と叡智を授けます。
5文字からなるマントラ、ナマーシヴァーヤの姿においては、神聖光輝への道標となり、導き手となります。
ムリティユンジャヤの姿においては、帰依者を健康と長寿で祝福し、不死を授けます。

真摯に心を込めてシヴァ神への祈りに耳を傾けることで、誰もがその祝福を得ることができるでしょう。

幸運の扉を開くラクシュミー女神の千の御名

神の言語であるサンスクリット語による祈りは、精神的・肉体的な問題を癒すヒーリング・サウンドとして作用し、人々の願望や、魂の欲求を満たすことができると信じられています。その一つに、富、繁栄、幸運の女神であるラクシュミーを讃える千の御名(ラクシュミー・サハスラナーマ)があります。

ラクシュミー女神は、すべての帰依者に、巨万の幸運、物質的繁栄、富、神の英知を授けます。ラクシュミー女神は帰依者の望みに応じて、その願いを叶えるために、マハー・ラクシュミー、ヴィディヤー・ラクシュミー、ダナ・ラクシュミー、ガジャ・ラクシュミー、サナータナ・ラクシュミーなどの様々な姿で顕現する”シャクティ”です。

ラクシュミー女神の恩恵と幸運を授かるため、古代の聖者たちによって発見されたマントラという神秘の処方術は、長い年月をかけて実証されてきました。どのようなマントラも、一心の帰依心と集中力をもって繰り返し唱えられてはじめて、その効果が確かなものとなります。真摯に心を込めてラクシュミー女神への祈りに耳を傾けることで、誰もが幸運の扉を開くことができるでしょう。

障害を取り除くガネーシャ神の千の御名

神の言語であるサンスクリット語による祈りは、精神的・肉体的な問題を癒すヒーリング・サウンドとして作用し、人々の願望や、魂の欲求を満たすことができると信じられています。その一つに、英知と障害を取り除く神であるガネーシャを讃える千の御名(ガネーシャ・サハスラナーマ)があります。

ガネーシャの姿は、オームの象徴です。ガネーシャは、シヴァ神の息子であり、ヴィナーヤカ、ヴィグネーシュワラなどとも呼ばれます。ガネーシャは、あらゆる物事の最初に礼拝され、ガネーシャの恩恵によって、その試みが成功に導かれると信じられています。

ガネーシャは、4本の腕、そして象の頭と大きなお腹が特徴的です。ガネーシャの乗り物は、とても小さなネズミです。ガネーシャの手には、信奉者を真理に導くためのロープ、信奉者の執着を断ち切るための斧、霊的活動の報酬である甘いお団子があります。ガネーシャの4本腕の手のひらは、祝福を与えるためにいつも人々に向けられています。象の頭と、素早く動く小さなネズミというユニークな組み合わせは、英知、知性、そして心の平安を象徴しています。

ガネーシャの祈りに耳を傾けることは、私たちの願望を満たし、生活のあらゆる局面での成功を約束する、強大な力に接触することに相当します。ガネーシャ神の偉大な名前を聴くことで、障害のない生活を送りましょう。

大地を救う猪の神、ヴァラーハ神の千の御名

ヴァラーハ神は猪の姿をしたヴィシュヌ神の第3の化身です。悪魔によって沈められた大地を救うために、猪となって大地を持ちあげたと伝えられ、地上を救う犠牲の精神に満ち溢れた神として崇められています。真理を追究する者は、凄まじい勢いで真っ直ぐに突き進む猪のように、あらゆる犠牲を恐れることなく進むべきであることを象徴しているといわれます。

ヴァラーハ神の千の御名(ヴァラーハ・サハスラナーマ)は、スカンダ・プラーナに記されています。スカンダ・プラーナでは、『ヴァラーハ・サハスラナーマは、名声、長寿、リーダーシップを授ける。それを唱える者や聞く者は、酷い病より解放され、富を手にする』と述べられています。

『あらゆる犠牲を楽しむ至高の方は、大地の繁栄を願い猪の姿としての化身を受け入れました。彼はそして、冥土に沈む大地を持ち上げました。』(Srimad Bhagavatam 1.3.7)

『究極の力を持つ至高神が、気晴らしとして猪の姿をとったとき、地球の生命はまさにガルボーダカと呼ばれる宇宙の大海に沈んでいました。大地を沈めた悪魔ヒラニヤークシャが現れたとき、神はその牙で悪魔を突き刺しました。』(Srimad Bhagavatam 2.7.1)

『子が伏しているとき、母は溢れる愛のために、身を投げ出して子を救います。それと同じように、大地が暗黒に伏しているとき、神は猪の姿をとって、キラキラ輝く瞳をもって飛び込み、大地を救うのです。』(Sri Pillan’s Tiruvaymoli 7.5.5)

大地を救うため、至高神はスヴァヤムブヴァの時代では、ブラフマーの鼻の穴から現れ、チャクシュサの時代では、水中から現れました。最上の牙をもつ獣であるヴァラーハ(猪)は、悪魔ヒラニヤークシャを倒し、大地を救うために出現しました。ヴァラーハ(猪)は、時には森に棲む野生動物であり、時には家畜として養われます。そして、時には雨雲のように黒い姿であり、時には月のように白い姿です。スムルティ・シャーストラでは、ヴェーダ的犠牲の象徴であるヴァラーハ神の偉大な姿を、このような2種の姿として記述しています。マイトレーヤ・ムニは、異なる時間になされたヴァラーハの神行を、あたかも同時に行われたかのように記述しました(Srila Rupa Gosvami’s Laghu-bhagavatamrta 1.3.10-12, 17)。