母なる女神の怒りと愛

女神たちを崇める9日間のナヴァラートリー祭は、ドゥルガー・プージャーとも呼ばれるように、強力な戦士であるドゥルガー女神と真摯に向き合う吉祥な時です。ドゥルガー女神は、マヒシャースラという悪神を倒すために、このナヴァラートリー祭を通じて生まれたと信じられます。ドゥルガー女神の誕生神話を見つめると、自分自身の内なる女性エネルギーの重要性を、深く理解することができます。

大変な苦行を行った悪神のマヒシャースラは、男性には殺されないという特別な力を与えられ、世界を恐怖に陥れていました。マヒシャースラを倒すための女性を必要としていた世界では、ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神が力を合わせると、強力な戦士としてドゥルガー女神が生まれます。神々の力をすべて合わせ持つドゥルガー女神は、世界の危機に激しく怒り、自身の子どもである世界を守るため、悪神のマヒシャースラを9日間の戦いの後に倒すと、悪を滅ぼす女神として崇められるようになりました。

この神話は、男性の力だけでは世界の秩序を保つことができず、正義には女性の力が必要であることを示しています。その力は、ドゥルガー女神として、誰しもの内に生きています。個々の内でドゥルガー女が目覚める時、一切の悪は打ち砕かれ、世界には平和が生まれていきます。

ドゥルガー女神が倒したマヒシャースラは、水牛の悪魔でした。水牛は、動物的な性質をあらわします。それは、私たちの肉体であり、また欲望の象徴として捉えられます。世界に混乱をもたらす欲望を制御する優れた方法は、母なるドゥルガー女神の愛を礼拝し、内なる女性エネルギーを目覚めさせることです。その祈りは、私たちの身体と心に渦巻く悪質を浄化し、社会に平和をもたらす大切なプロセスとなります。

9日間のナヴァラートリー祭を終えると、2017年は9月30日に、勝利の10日目であるダシャラー祭が祝福されます。季節の変わり目は、悪質な感情や思考がとりわけ強くなる時といわれます。この9日間、断食や瞑想を通じ母なる女神の愛と大切に向き合い、内なる悪質を倒し、ダシャラー祭を清らかな身体と心で祝福したいと感じます。皆様にとっても、女神の大きな祝福に満ちた時となりますよう、心よりお祈りしております。

(文章:ひるま)

マントラと言葉の力

神々の力が宿るマントラを唱えることは、自分自身の内に神性を呼び覚まし、潜在意識を活性化させるための優れた手段です。マントラは、個人と神を繋ぐ力を持った神秘的な言葉であり、それを繰り返し唱えることで、神聖な波動が私たちの潜在意識に響き、限りない恩恵をもたらします。

マントラは、達成したい目標について、自分自身のエネルギーを集中させる力を持ちます。例えば、「ティル・ニーラ・カンタム」というマントラは、唱えるとその波動が「清浄」を意味する喉のチャクラに響き、望まれないエネルギーやカルマを浄化していくと信じられます。その他に、ラクシュミー女神を意味する「シュリー」を繰り返し唱えると、繁栄と幸運をもたらすといわれます。

自分にとって、特別な関係を持つ神格のマントラを唱えることも勧められます。自分だけのマントラを見つけるのは難しい場合もありますが、言葉の力を用いれば、誰でも簡単に自分だけのマントラを唱えることができます。

例えば、「真実の愛」という言葉を、明かりを灯し自分自身の幸せな姿を瞑想しながら繰り返し唱えます。これで、自分だけのマントラが完成します。真摯に正しい気持ちで唱え続けることで、言葉の力を通じ真実の愛に繋がる変化がやがて訪れるでしょう。言葉の力を用いたマントラを唱える際には、願望や目的を正確に、そして肯定的にあらわし、望ましくない言葉は使わないようにしましょう。

マントラを唱えるときは、可能な限り「目標」に集中することが勧められます。マントラは意味の理解よりも、詠唱を重要視する場合があるのは、叶えたい目標に顕在意識をより集中させるためです。潜在意識でしか理解できないマントラを唱えることで、潜在意識と顕在意識の隔たりに橋が架かり、より高い境地へ到達することができるでしょう。

言葉には、自分の願いを叶え、世界を変える力があります。心の中にある思考を、嘘偽りのない清らな想いで満たすことで、口にする言葉も清らかなものになります。そうして、自身の思考・言葉・行動を一致させることは、霊的な道を歩む人々にとって、欠かすことのできない霊性修行となります。

(SitaRama)

ラクシュミー女神の喜び

人生に目的を見出すことは、私たちに大きな豊かさをもたらします。その行為から、ラクシュミー女神が生まれるからです。ヒンドゥー教の創造神話である乳海撹拌を通じ、ディーワーリー祭の日に姿をあらわしたと信じられるラクシュミー女神は、私たちの内で目的が明確になる時、豊かさとなってあらわれます。

ラクシュミーの名前には、「目的」や「目標」といった意味があります。私たちは目的に向かう時、そこには多くの働きが生じます。その働きこそ、豊かさをもたらす最も重要な行いに他ありません。ラクシュミー女神の誕生を知ることでも、その意味を深く理解することができます。

ある時、聖仙ドゥルヴァーサは、神々の王であるインドラ神に見えた傲慢さに激怒し、呪いをかけてしまいます。すると、神々は力を失い、ラクシュミー女神は姿を消し、世界から幸福が消えてしまいました。神々は悪に支配された世界を救うため、霊薬であるアムリタを得ようと、悪魔たちと協力をしながら乳海撹拌を行うことになります。多くの宝が産出されたその乳海撹拌の過程で、ラクシュミー女神が再び姿をあらわすと、世界に幸福がもたらされたと伝えられます。

ラクシュミー女神は、乳海撹拌という神々の骨の折れるような大変な働きのもとで誕生しました。それは、ラクシュミー女神が努力と誠意を求め、これらの美徳のもとで生まれるということを示しています。

手から金貨が溢れ出るラクシュミー女神へは、豊かさを求める祈りが絶え間なく捧げられます。その時、新しい機会や新しい発想といった、具体的な目的を明確にするのも良いかもしれません。正しい道を祈り、正しい目的を持って行動することで、限りのある物質的な豊かさを超えた、限りのない喜びや幸せが授けられるはずです。

ディーワーリー祭の日、もう一度、人生の目的を明確にし、その新たな一歩を祝福するのも良いかもしれません。そうして自分自身の中心に光を灯す時、ラクシュミー女神は喜び、大きな祝福を授けてくれることと思います。

(文章:ひるま)

アーサナ、プラーナーヤーマ、瞑想の結合

ヨーガというと、一般的には身体を動かすアーサナの実践をイメージされる方が多いでしょう。しかし、これはヨーガの教えのほんの一部に過ぎません。ヨーガという言葉には「結ぶ」という意味があります。結ぶものは、梵と我、心と身体、または、道のりと目的地など、さまざまに捉えることができます。この意味を踏まえながら、ヨーガの取り組みの中で広く実践されている、アーサナ、プラーナーヤーマ、瞑想について見ていきましょう。これらは互いに深く結びついており、包括的なヨーガの実践に必要となるものです。

アーサナとは、「姿勢」や「体位」を意味し、身体的に行うポーズとして知られます。ゆっくりと休息の時間をとりながら、身体を伸ばしたり、曲げたり、ねじったりすることで、身体の緊張が解かれ、柔軟性は高まり、体力も向上します。ポーズを保持することで身体の奥深くにも刺激が入り、生命エネルギーが全身にくまなく流れることから、健康の維持や回復に多くの役目を果たします。ヨーガの伝統には数多くのアーサナが存在しますが、どれも、心地よく安定したものでなければなりません。

プラーナーヤーマとは、呼吸の制御を意味し、生命エネルギーの調節として知られます。容易なものから複雑なものまで、さまざまに実践されるプラーナーヤーマも、ヨーガの取り組みに必須のものです。プラーナーヤーマを独立した技法として実践したり、日常のヨーガの中に組み込んで実践してもいいでしょう。プラーナーヤーマの実践は、身体を浄化し、心を落ち着かせ、集中力を向上させます。

瞑想とは、悟りを得ることです。ヨーガにおいて、それは自分自身の本質を知るための明確な学びのプロセスともいえます。アーサナとプラーナーヤーマの実践後、心身が解き放たれ柔軟になり、集中して座ることが可能になる時、深く瞑想に入ることができます。私たちを今という瞬間に留める瞑想は、心身の結びつきの中で、梵我一如の最高の境地を経験させてくれるでしょう。

近代の代表的なヨーガの師であるB.K.S.アイアンガーは、「アーサナの実践は身体をプラーナーヤーマに適合させ、プラーナーヤーマの実践は心を瞑想に適合させる。梵と我の結合に到達するために、私たちはまず、真の瞑想を経験しなければならない」と述べています。

梵我一如の悟りの境地に至るためには、アーサナ、プラーナーヤーマ、そして瞑想が、心と身体の深い階層で、調和状態で結びつき、実践されなくてはなりません。

(SitaRama)

亡くなった魂の平安のために

インドの一部の地域では、ピトリ・パクシャと呼ばれる先祖崇拝の期間が始まりました。次の新月までのおよそ2週間、この間に亡くなった魂へ祈りを捧げることで、その魂は私たちを祝福し幸せに旅立っていくと信じられます。また、別の世界へと行く旅路の中で亡くなった魂の歩みを助けるとも信じられています。

苦難をもたらす病や事故、災害などによって、家族の誰かが不幸な死を遂げた場合にも、この間の祈りは強く勧められます。魂に留まる強い欲求は、死後においても現世にその魂を閉じ込め、その苦痛は子孫に至るまで様々な影響を与えると伝えられます。そんな先祖たちの満たされない思いを鎮めるために、祈りや儀式が執り行われます。

先祖のカルマ解消のために勧められるさまざまなマントラの中で、一般的に唱えられる「オーム ナモー バガヴァテー ヴァースデーヴァーヤ」をご紹介します。

ॐ नमो भगवते वासुदेवाय
・om namo bhagavate vāsudevāya
・オーム ナモー バガヴァテー ヴァースデーヴァーヤ
・意味:至高神であられるヴァースデーヴァ(クリシュナ)に帰依いたします。

ヴァースデーヴァは「ヴァスデーヴァの子」を意味するクリシュナの別名であり、「ヴァスデーヴァ」はクリシュナの父の名です。このマントラは、クリシュナを讃えるマントラとして、またさまざまなメロディーがつけられたバジャン(宗教讃歌)として、頻繁に歌われます。

2017年のピトリ・パクシャは9月7日から9月20日までの約2週間です。皆様もどうぞ心安らかな時をお過ごしください。

聖仙マリーチのアーサナ

降り注ぐ太陽の眩しさが和らぎ、澄んだ空気の中に秋を感じるようになりました。早まった夕暮れ時、太陽の光をランプの火にうつすと、静謐な時間をさらに深く感じます。美しい自然の巡りの中に、宇宙を動かす女神の大いなる力を見るようです。

心を動かされるこうした季節の変わり目、私たちの身体もまた大きな影響を受けています。厳しい暑さは落ち着くも、これからの日照時間の短さは、心身に予期しない影響を生み出すかもしれません。こうした日々にヨーガを取り入れると、毎日をより健やかに過ごすことが可能です。

自分自身のエネルギーを高めるポーズに、聖仙マリーチに捧げるねじりのポーズがあります。身体を中心から深くねじるこの強力なポーズは、ねじりのポーズの代表的なポーズとして実践されています。

マリーチとは「光線」を意味します。聖仙マリーチは、創造神ブラフマーの子として生まれました。宇宙創造の責任を担う10人のプラジャーパティの一人であり、マリーチの子どもからは、後に太陽神であるスーリヤが生まれます。

この聖仙マリーチに捧げるポーズは、マニプーラ・チャクラと呼ばれる第3チャクラに働きかけます。太陽神経叢に対応するマニプーラ・チャクラは、火の要素を持ち、消化を司ります。「臍」を意味するこのマニプーラ・チャクラは「宝石の都市」とも呼ばれ、私たちの身体の中心で、太陽が万物にエネルギーを注ぐように宝石のごとく輝いているのだといわれます。

このエネルギーの中心が滞ると、心身にはさまざまな不調が生じていきます。太陽神を生み出した聖仙マリーチに捧げるこのポーズは、私たちの内なるエネルギーの宝庫を活性化させ、消化や代謝を向上させる優れた手段の一つです。エネルギーを燃やし転換する力が強まると、私たちの内には生き生きとしたエネルギーが漲るようになります。

聖仙マリーチの輝きを瞑想しながら、自分自身の内で途切れることなく燃え続ける命の光を見つめてみるのも良いかもしれません。躍動する大自然のように、生きるというシンプルなエネルギーを感じ、日々をより美しく、そして健やかに過ごせることと思います。

(文章:ひるま)

カーラチャクラの教え

今から約2500年前、仏陀が理想郷であるシャンバラ国の王の要望に応えて伝えたと信じられる「カーラチャクラ」。11世紀後半には、インド仏教最後の経典として確立されました。密教にあたるカーラチャクラの教えは、秩序の回復や世界の平和を含み、チベット仏教に継承された後、現在でも多くの人々によってその教えが実践されています。

サンスクリット語でカーラは「時」、チャクラは「輪」を意味し、カーラチャクラは「時の輪」を意味します。このカーラチャクラには三つの主題があり、それは「外のカーラチャクラ」、「内のカーラチャクラ」、「別のカーラチャクラ」といわれます。「外」は宇宙、「内」は人体、「別」は修行法を示し、「外」と「内」のつながりは、「別」によって浄化されると伝えられています。

カーラチャクラの修行を実践する者には、その力を師から弟子に与えるための灌頂の儀式が行われます。修行者にとっては、仏の境地を実現させるための非常に重要な儀式となり、それを通じて仏の姿としての自らを瞑想し、仏の境地に至るのが「別のカーラチャクラ」といわれます。

そのカーラチャクラの修行においては、身体と精神を浄化するためのカーラチャクラ・マントラが重要です。知恵の輪を象徴する火の輪に囲まれ、3つの印と7つの音節であらわされたこのマントラは、それぞれが互いに深く繋がり、複雑で入り組んだ構図を持っています。合計10からなるこのマントラには、すべてが含まれていると伝えられます。

仏教が受け継がれる地域では、この難解なカーラチャクラの世界をあらわす神秘的で美しい曼荼羅が多く見られます。砂曼荼羅にも用いられ、それは僧侶の修行の一環として、儀式や祭礼を行う際に描かれることもあります。僧侶たちは長い月日をかけ、この仏の世界の曼荼羅を色砂で入念に描きます。

世界平和の祈りが込められたカーラチャクラは、一般の人々にも伝授されるものです。現在のダライ・ラマ14世(法名:テンジン・ギャツォ)は、カーラチャクラの灌頂の儀式を、世界中で何十万の人々に行うことで知られています。

これこそが、私の信条です。
寺院も、複雑な哲学も、必要ありません。
私たち自身の頭と心が、寺院なのです。
哲学とは、優しさなのです。
ーダライ・ラマ14世

世界平和を祈るこのカーラチャクラの教えは、広く一般の人々に開かれています。

(SitaRama)

幸せを呼ぶ方角

祈りや瞑想が生活の中心にあるインドの家庭や仕事場には、そのための神聖な空間が設けられていることが多くあります。自分自身と向き合うこの聖域を、伝統的な教えに基づいて設ける人々も少なくありません。そこには、自然界の法則に従った建築の科学として知られるヴァーストゥが重要とされてきました。

このヴァーストゥにおいて、もっとも神聖とされるのが北東の方角です。万物のエネルギーの源泉であり、私たちの意識の象徴として崇められてきた太陽が昇る時、そのエネルギーは、磁場の関係から北東の方角において最大になると信じられてきました。

この方角は、イーシャーナとしてのシヴァ神が守る方角であり、土地や建物に宿るヴァーストゥの魂(ヴァーストゥ・プルシャ)は、頭を北東の方角へ向けています。この方角に祭壇を設ける家庭が多いインドでは、朝の礼拝時に祭壇に向かうと、私たちは必然的に、太陽からの最大のエネルギーを受けることができると信じられています。

自然界で起こるすべての現象は、私たちの体と心に大きな影響を与えていることが古くから伝えられてきました。こうした自然界の動きに調和したヴァーストゥの法則に従って建てられたインドの寺院を訪れる時、神秘的で啓発的なエネルギーを全身で感じる瞬間が多くあります。実際に、寺院や聖地といった場所は、宇宙エネルギーの貯水池のように働くといわれることもあります。

現代社会において、ヴァーストゥの法則に従って住居や仕事場を構えたり、頻繁に寺院や聖地を訪れたりすることは難しいかもしれません。しかし、住居や仕事場において、北東の方角から重たいものや汚れたものを取り除き、常に清浄に保つことで、周囲にはより良いエネルギーが流れるようになると信じられています。

早朝、神聖な空間で太陽の光を受けながら祈りを捧げ、瞑想を行う時、精神的にも身体的にも、生き生きとしたエネルギーで満たされるはずです。幸福、繁栄、健康、平和、調和をもたらすこの方角に、心を向けてみるのも良いかもしれません。

(文章:ひるま)

2017年9月の主な祝祭

2017年9月の主な祝祭をご紹介いたします。

9月の満月を過ぎると、先祖供養の期間がおよそ2週間入り、続いていた大きな祝祭がひと段落する時を迎えますが、先祖供養のための儀式が熱心に執り行われます。その後、新月を過ぎると、いよいよ秋のナヴァラートリー祭が始まります。

9月2日 エーカーダシー
9月3日 ヴァーマナ・ジャヤンティ
9月4日 オーナム祭
9月5日 アナンタ・チャトゥルダシー(ガネーシャ降誕祭最終日)
9月6日 満月
9月7日 ピトリ・パクシャ(先祖供養の2週間の始まり)
9月13日 マハーラクシュミー・ヴラタの終わり
9月16日 エーカーダシー
9月17日 ヴィシュヴァカルマン・プージャー/カニャー(乙女座)・サンクラーンティ
9月18日 シヴァラートリー
9月20日 新月(先祖供養の2週間の終わり)
9月21日 秋のナヴァラートリー祭の始まり
9月28日 ドゥルガー・アシュタミー
9月29日 マハー・ナヴァミー/ナヴァラートリ祭の終わり
9月30日 ダシャラー/ヴィジャヤ・ダシャミー

*地域や慣習によって、祝祭の日にちには差異が生じることがあります。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:http://www.drikpanchang.com/panchang/month-panchang.html

意識を変革する聖音オーム

宇宙創造時に発生した原初音とされる「オーム」。このもっとも神聖な音は、現代においてヨーガのはじめに唱えられることも多く、その響きに触れたことがある方も多くいるでしょう。オームを唱えることで、ヨーガは単に身体を動かすだけのエクササイズを超え、精神を統一するための神聖な実践となります。

「A(ア)」、「U(ウ)」、「M(ム)」の3音から構成されるオームは、私たちの身体に深く共鳴すると古代から信じられてきました。「ア」は腹部の内側で、「ウ」は胸の内側で、「ム」は頭の中で感じられると伝えられます。オームを唱え、実際に身体をかけめぐるその振動に集中すると、精神はオームの聖音に統一されていきます。こうしたシンプルな瞑想を通じ、身体の微細な感覚を観察してみましょう。身体に共鳴するオームは、やがて精神に響き、私たちは魂の深い本質へと導かれます。

古代から実践されてきたヨーガにおいて、この聖音オームはとりわけ重要な意味を持つものでした。実際に、ヨーガの指導者たちの多くが、その重要性を説いています。

ヨーガの根本経典である「ヨーガ・スートラ」を編纂したパタンジャリは、オームについて、その意味を理解し唱えることで、精神が統一され、集中した状態が生じると述べています。この集中は、瞑想の準備となる必須の状態です。
現代の著名なヨーガの指導者であるジュディスは、オームの響きは無意識のレベルで身体に浸透すると述べ、オームを唱えるだけで、その波動はヨーガの実践の質を変えると伝えています。
リチャード・ローゼンは、オームを唱えることは内なる神性に触れる最もシンプルな方法であると述べ、ヨーガの実践の前にオームを唱えると、ヨーガを動く瞑想としてとらえる導きとなると伝えています。
スワーミー・ニシュチャラーナンダ・サラスワティーは、身体をかけめぐる振動に集中しながら、オームを唱える方法を勧めています。

「ア」「ウ」「ム」の3音には、私たちを目には見えない本質へと導く力が含まれています。ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの三大神としてあらわされるその力は、創造、維持、破壊の力であり、現在、過去、未来をあらわします。時間を超越した響きであるオームは、すべてのマントラの根源であり、始めを示すだけでなく、終わりを示す音でもあるのです。

そんな究極の聖音であるオームは、私たちの意識の状態のあらわれでもあります。「ア」は目覚めた状態、「ウ」は夢見の状態、「ム」は夢を見ない状態です。オームを唱えることは、身体と精神を結び、魂として目覚めるための偉大な修練となるでしょう。

(SitaRama)