バイラヴィー女神の愛

シヴァ神の化身したもっとも恐ろしい姿として崇められるバイラヴァ神。
そんなバイラヴァ神の妃として崇められるのが、バイラヴィー女神です。
欲望に囚われたブラフマー神の首を切り落とす、鬼気迫るバイラヴァ神の力のあらわれとして崇められるバイラヴィー女神は、どこか闇を感じるような畏怖される存在です。

そんなバイラヴィー女神は、トリプラ・バイラヴィー女神という名前を持ちます。
3界を意味するトリプラは、天・空・地のような異なる次元にある3つの都市を意味し、過去・現在・未来を象徴するともいわれます。
それは、創造・維持・破壊であり、バイラヴィー女神はブラフマー神・ヴィシュヌ神・シヴァ神を超越した存在であるといわれることもあります。

このバイラヴィー女神の住処として伝えられるのが、第1番目のチャクラであるムーラーダーラ・チャクラです。
ムーラーダーラ・チャクラは、生命エネルギーの拠点となる重要なチャクラであり、肉体という小さな宇宙が始まるところでもあります。
ここに住まうバイラヴィー女神は、バイラヴァ神の妃として、同様に破壊の本質を持ちます。

バイラヴィー女神は、母なるドゥルガー女神の10の化身であり、偉大な知識として崇められるダシャ・マハーヴィディヤーの6番目(もしくは5番目)に数えられる存在です。
6番目の偉大な知識とは、欲望という暗闇の破壊であり、それは新たに光を生み出す力でもあります。

私たちにとって、破壊を受け入れることは決して容易いことではありません。
それは痛みを伴うものであり、底の見えない恐怖を感じるものでもあります。
それ故に、破壊すべき暗闇がある時ほど、バイラヴィー女神の存在を恐ろしく感じるのかもしれません。

しかし、私たちが母親の胎内にいた時、暗闇の中でも、その深い愛に包まれ恐怖を感じることはなかったはずです。
この世界に肉体を持って生まれた私たちにとって、暗闇とは、絶え間なく沸き起こる感覚の欲求を通じた欲望が生み出すものです。

バイラヴィー女神の存在を受け入れ、その母なる恩寵を手にする時、私たちは暗闇を滅し、光の中で生きることができるに違いありません。
そこには新たな創造があり、時を超越した存在であるシヴァ神に、やがてたどり着くことができるはずです。

(文章:ひるま)

真の幸福

絶え間なく沸き起こる感覚の欲求を持つ私たちは、日々において、その追求に右往左往することが少なくありません。
その過程では、心の平安がたちまち奪われていくことを感じる瞬間もあります。

そんな感覚が宿る肉体を持って生まれた私たちにとって、真の幸福とは一体どのようなものなのか、クリシュナ神が説いています。
クリシュナ神は、バガヴァッド・ギーターの第18章において、3種の幸福を説きながら、真の幸福について明らかにしていきます。

はじめは毒薬のように苦しくても
終いには甘露となるような
大覚の道を行く清純な喜びは
サットワの幸福である

はじめは甘露のようで
終いには毒薬のようになるのは
感覚がその対象に接触した時の喜びで
それはラジャスの幸福である

自己の本性について全く関心なく
始めから終わりまで妄想であり
惰眠と怠惰と幻想から生ずる喜びは
タマスの幸福である
(バガヴァッド・ギーター 第18章第37-39節 神の詩―バガヴァッド・ギーター田中 嫺玉 (著, 翻訳))

肉体をまとった魂は、たとえ禁欲をしても、過去に経験してきた味わいを記憶しているといいます。
その味わいに心を許せば、私たちはたちまち知性を失い、繰り返し苦難を経験しなければなりません。
ラジャスの幸福やタマスの幸福に翻弄され、サットワの幸福は遥か彼方に遠ざかっていきます。

しかし、そうした記憶も、より上質なものを味わうことにより消失すると、クリシュナ神は説きました。
肉体を持って生まれた私たちの人生には、バガヴァッド・ギーターという神の詩を味わう機会が溢れています。
何よりこの神の詩には、社会の中で生きる日々においてこそ、生かすことができる数々の教えが含まれています。

与えられた人生という修練の場においては、毒薬のように苦しい経験をすることも少なくありません。
しかし、この神の詩と共にある時、それはやがて、私たちを甘露のような清純な喜びへと導いてくれるはずです。

長い修練を経て、人は真の幸福に到り、それによって必ず悲しみは終わる。
クリシュナ神がそう説くように、一瞬一瞬を大切に生きながら、真の幸福に向かって歩むことを努めたいと感じます。

(文章:ひるま)

ウシャス・ムドラー

日の出が少しずつ遅くなり、だんだんと寒さが厳しくなる季節を迎えました。
寒い朝は、すっきりと目覚められず、動き出すことが難しく感じることが少なくありません。
インドの教えには、そんな時に勧められる、ウシャス・ムドラーというムドラーが伝わります。

ウシャスは、リグ・ヴェーダにおいてとりわけ多く崇められる暁紅の女神です。
毎朝、闇を切り開き、万物を目覚めさせるその存在は、私たちに活動を促します。
そんな女神の名前を持つこのムドラーは、自分自身の内に気力や意欲を呼び覚ますと信じられます。

ウシャス・ムドラーでは、左右の人差し指、中指、薬指、小指を交差させ、左右の親指の先端を合わせます。
この時、男性は右手が上に来るように、女性は左手が上に来るように指を交差させます。
この手の形を、下腹部のあたりで組むのがウシャス・ムドラーです。
(※左右の親指の先端を合わせずに、交差させるだけの場合もあります。)

親指は火、人差し指は風、中指は空、薬指は地、小指は水というように、5本の指にはそれぞれ5元素の象徴があります。
この5つの元素は、世界を形作るとされるものです。
それらを象徴する5本の指を組み合わせる時、創造的で生産的なエネルギーが生み出されると信じられます。

また、このウシャス・ムドラーは、下腹部のあたりにあるとされるスヴァーディシュターナ・チャクラを活性化させると伝えられるムドラーです。
生殖を司るスヴァーディシュターナ・チャクラは、創造や生産を促す力に深く関わりがあるとされます。
このチャクラの目覚めによって、自分自身の内で生命力の活性化を感じることができると伝えられます。

冬の朝だけでなく、日々を過ごす中では、気持ちが沈んだり、無気力に陥ったり、倦怠感に襲われたりすることが往々にあります。
そんな時、このムドラーの助けを借りることで、夜が明けるように、心身を目覚めさせることができるに違いありません。

毎朝、太陽が昇り、光が満ちていく朝の空には、生きるという強く美しいエネルギーを垣間見る瞬間があります。
古代の人々は、そのエネルギーを内なる世界に見出し、ムドラーを通じて崇めてきました。
こうした叡智を取り入れながら、1日1日を懸命に生きることを忘れずにいたいと感じます。

(文章:ひるま)

2019年11月の主な祝祭

2019年11月の主な祝祭をご紹介いたします。

11月は、7月から続いていた聖なる4ヶ月間であるチャトゥル・マースが終わりを迎え、その後は多くの地域で結婚式を執り行うにふさわしい時期を迎えます。大きな祝祭は落ち着くも、盛大な結婚式が執り行われる祝福に包まれる時が続きます。

11月2日 チャタ・プージャー
11月4日 ゴーパーアシュタミー
11月8日 エーカーダシー/チャトゥル・マースの終わり
11月9日 トゥラシー・ヴィヴァーハ/プラドーシャ
11月10日 ヴァイクンタ・チャトゥルダシー
11月12日 満月
11月15日 サンカタハラ・チャトゥルティー
11月17日 ヴリシュチカ(蠍座)・サンクラーンティ
11月19日 カーラ・バイラヴァ・ジャヤンティ
11月23日 エーカーダシー
11月24日 プラドーシャ
11月25日 シヴァラートリー
11月26日 新月

*地域や慣習によって、日にちに前後の差異が生じます。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:Month Panchang

ラーマ神の凱旋

眩い光が溢れるディーワーリーの祝祭は、日没が早まった秋、暗い新月の夜を照らすように祝福されます。
この夜に灯される光は、王国に戻るラーマ神を迎え入れるために、その道を照らす明かりでもあります。
ディーワーリーは、ランカ島で魔王のラーヴァナを倒したラーマ神が、アヨーディヤー王国へ凱旋する日であると伝えられます。

王国を追放され、14年間を深い森で暮らしていたラーマ神は、妻のシーター女神を魔王のラーヴァナに誘拐されてしまいます。
シーター女神を救い出すために、ラーヴァナとの戦いに挑むラーマ神のその歩みは、私たちの内なる世界でも常に起きていることです。

例えば、アヨーディヤー王国は私たちの心であり、その統治者をラーマ神と考えることができます。
しかし、私たちの心は、ラーマ神を追い出そうとすることが少なくありません。
それは、10の頭を持つラーヴァナがいるからです。

ラーヴァナの10の頭は、5つの知覚器官である目・耳・鼻・舌・皮膚(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)、そして、5つの行為器官である口・手・足・生殖器官・排泄器官(発声・操作・移動・生殖・排泄)に例えられます。
これらの働きに幻惑する心は、正義の象徴であるラーマ神を追い出し、さまざまな苦難を生み出していきます。

しかし、肉体を持って生まれた私たちが、その真の目的に向かって歩む時、ラーマ神は常に私たちの心を支配するはずです。
解脱という真の目的を見失わずに歩むためにも、与えられた日々を霊性修行の場として、大切に受け入れなければなりません。

古代から受け継がれるインドの慣習は、日々が霊性修行となる叡智に溢れています。
ディーワーリーの前には、女神を讃えるナヴァラートリーを通じて、心身を浄化する期間がありました。
そうして今、私たちは清らかな心身で、正義の象徴であるラーマ神を迎え入れようとしています。
季節の巡りに調和しながら、毎年こうした祝祭を祝う時、私たちは光の道を踏み外すことなく歩むことができるはずです。

今年もまた、ラーマ神の凱旋を祝福することができるように、自分自身の内に光を灯す努力をしたいと感じます。
皆様にも光がありますように、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

2019年ディーワーリーのプージャー時間

いよいよディーワーリーが近づいてきました。新月の暗い夜に祝福されるディーワーリーは、2019年は10月27日です。10月25日のダンテーラスから5日間にわたって、さまざまな祝祭が続きます。

新月は先祖供養が行われることも多く、ディーワーリーの当日は先祖たちへの祈りを捧げた後、断食をする人々が多くいます。そして、夕刻のラクシュミー・プージャーを終えた後に断食を終え、花火をしたり、クラッカーを鳴らしたり、家族で食事をしたり、盛大な祝福が行われます。

ラクシュミー・プージャーは新月の日の日没後の夕刻となりますが、プージャーに適したムフールタをご紹介いたします。インドでも地域や慣習によって異なるため、ご参考までにご覧ください。この時間は、ラクシュミー女神がやってくるといわれます。

【インド(ニューデリー)】
アマーヴァシャー(晦)の時間:2019年10月27日12時23分~10月28日09時08分
プージャーに適した時間:2019年10月27日18時42分~10月27日20時14分

【日本(東京)】
アマーヴァシャー(晦)の時間:2019年10月27日15時53分~10月28日12時38分
プージャーに適した時間:2019年10月27日17時48分~10月27日19時29分

※場所によって時刻には若干差異が出ます。
Lakshmi Puja, Diwali Puja Timings
※時間は実際にプージャーを執り行う場所に準じます。日本にいらっしゃる方は日本時間をご参照ください。

ディーワーリー祭では、家々や身の回りをきれいにし、灯りを灯してラクシュミー女神を迎え入れます。皆様もどうぞ良いディーワーリーをお迎えください。

バッタのアーサナ

秋が深まり、夜には美しい虫の音が響き渡るようになりました。
健康を目的に世界中で愛されるようになったヨーガは、こうした自然の変化に調和する動きが多く見られます。
ヨーガの聖典の一つであるゲーランダ・サンヒターでは、次のように説かれています。

「アーサナの総計は生物の数にひとしいが、シヴァ大神は太古に八千四百万のアーサナを説かれた。」
(ゲーランダ・サンヒター第二章一節)

この八千四百万のアーサナの中でも、八十四のアーサナが優れているとされ、その中でも、人間社会においては三十二のアーサナが素晴らしいと説かれます。
その三十二のアーサナの中に、シャラバーサナというアーサナがあります。

シャラバーサナは、バッタのポーズを意味します。
うつ伏せになって身体の下に腕を伸ばし、両手を床に向けるか、両手を組みます。
そして、顎を床につけ、お尻を引き締めながら両脚を持ち上げます。
まるでバッタが跳ね上がるような形をとるこのポーズが、シャラバーサナです。

このポーズは、体幹を強化し、内臓機能を向上させるなど、さまざまな効果が伝えられます。
また、バッタの強く跳ね上がる力は、飛躍の象徴としても捉えられます。
それは、恐怖を克服した前向きな変化の方向に動く力であり、このポーズはそのエネルギーの象徴でもあります。

このポーズを通じてお尻を引き締める時、まずは第一チャクラであるムーラーダーラ・チャクラが活性化すると伝えられます。
脊椎の基底に位置し土の要素を持つムーラーダーラ・チャクラが滞ると、地に足がつかないような不安を感じると伝えられてきました。
私たちは飛び立つ前に、まずはしっかりと地面に足つけ、確かな安定を得なければなりません。

そして、腹部にかかる力によって、第三チャクラであるマニプーラ・チャクラが活性化すると伝えられます。
臍のあたりに位置し火の要素を持つマニプーラ・チャクラは、消化を司ります。
「宝石の都市」とも呼ばれるこのチャクラは、太陽が万物にエネルギーを注ぐように輝き、私たちに自信や行動力を与えてくれると信じられます。

このポーズは、どっしりとした安定を生みだしながら、内なるエネルギーの宝庫を活性化させる優れたポーズです。
その実践を通じては、バッタが跳ね上がるように、社会の中で大きく飛躍する力を得ることができるに違いありません。

(文章:ひるま)

カーリー女神の首飾り

女神たちが9日間に渡って礼拝されるナヴァラートリーは、ドゥルガー女神が凶悪な悪魔と戦った9日間であると伝えられます。
このナヴァラートリーにおいて、とりわけ重要視されるのが、8日目を意味するアシュタミーです。
2019年は、10月6日にあたります。

アシュタミーが重要視されるのは、悪魔との戦いの中で、ドゥルガー女神の額からカーリー女神が生まれた時とされるためです。
暗黒の女神と称されるカーリー女神は、悪魔の血を吸う真っ赤な舌を伸ばし、切り落とされた無数の人間の腕をスカートのように巻きつけています。
その鬼気迫る様相とは対照的に、カーリー女神は人々を偉大な愛の中に包み込みます。

カーリー女神の胸には、切り落とされた人間の頭、もしくは髑髏が、首飾りのように巻きついています。
ムンダマーラーと呼ばれるこの首飾りは、カーリー女神だけでなく、他の神格も身につけることがあります。
カーリー女神が身につけるこの首飾りには、さまざまな言い伝えがありますが、それは私たちの頭の中を駆け巡る思考の数々であると教えられたことがありました。

私たちは、とめどなく溢れる思考に振り回されることが少なくありません。
そうして心の平安を失い、不安や恐怖、迷いや疑いに苛まされることもあります。
嫉妬や嫌悪といった感情が生まれ、自らを悪に導いてしまうことも少なくありません。
さらには、頭に浮かぶ思考に自分自身を重ね、自分自身の本質を見失うことも往々にあります。

カーリー女神は、このようにとめどなく溢れる思考を次々と切り落とし、自らの体に身につけるのだといいます。
良い思考も悪い思考も、カーリー女神はすべてを受け入れ、私たちを解放するとともに本質へと導きます。

カーリー女神に身を委ねる時、とめどなく溢れる思考は消えていき、心には静寂が広まるはずです。
その静寂の中で、私たちは自分自身の本質に気づくことができるに違いありません。
カーリー女神が差し伸べる偉大な愛に気づき、その愛の中で生きることができるように努めたいと感じます。

(文章:ひるま)

2019年10月の主な祝祭

2019年10月の主な祝祭をご紹介いたします。

9月の新月以降続く秋のナヴァラートリーを終えると、悪に対する善の勝利を象徴するダシャラーが祝福されます。その後は、待ちに待ったディーワーリーの祝福を迎えます。

10月2日 マハートマー・ガーンディー生誕祭
10月6日 ドゥルガー・アシュタミー/マハー・ナヴァミー
10月7日 サラスワティー・プージャー/ナヴァラートリーの終わり
10月8日 ダシャラー/ヴィジャヤ・ダシャミー
10月9日 エーカーダシー
10月11日 プラドーシャ
10月13日 満月(日本時間では14日)/コージャーガラ・プールニマー
10月17日 カルヴァー・チャウト/サンカタハラ・チャトゥルティー
10月18日 トゥラー(天秤座)・サンクラーンティ
10月21日 アホーイー・アシュタミー
10月24日 エーカーダシー
10月25日 ダンテーラス/ダンヴァンタリ神の降誕祭/プラドーシャ/シヴァラートリー
10月26日 チョーティー・ディーワーリー/ナラカ・チャトゥルダシー
10月27日 ディーワーリー
10月28日 新月/ゴーヴァルダナ・プージャー
10月29日 バーイー・ドゥージュ

*地域や慣習によって、日にちに前後の差異が生じます。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:Month Panchang

ラクシュミー女神と箒

夕暮れが早まり、季節が冬へと進む時、インドの各地では煌びやかな光が溢れるディーワーリーが祝福されます。
このディーワーリーが祝福されるのは、新月の暗い夜。
暗闇が広がる時に祝福されるこの祝祭は、光の存在をいつも以上に強く感じる瞬間でもあります。

ディーワーリーは、ラクシュミー女神に深く関わりがある祝祭です。
ラクシュミー女神は、ヒンドゥー教の創造神話である乳海撹拌を通じ、ディーワーリーの日に姿をあらわしたと信じられます。
このディーワーリーを新年とする慣習もあり、祝祭を迎える前には、日本の年末のように住居や周囲の大掃除が行われます。

そんなディーワーリーにおいては、箒を購入することがとても吉祥な行為であると伝えられてきました。
購入した箒には、クムクム(朱粉)やハルディー(ターメリック)を捧げて礼拝を行う慣習もあります。
こうした行為にラクシュミー女神が喜び、豊かさがもたらされると信じられています。

幸福の女神といわれるラクシュミー女神は、清潔で愛や平和に満ちるところを好んで訪れ、豊かさをもたらすといわれます。
一方、不潔で憎しみや争いのあるところを好んで訪れ、貧しさをもたらすとされるのが、姉であり不幸の女神といわれるアラクシュミー女神です。

ディーワーリーを迎えるために掃除をするのは、住居や周囲の環境だけでなく、自分自身の内に蔓延るさまざまなネガティブな感情です。
実際に掃除をすることで清々しい気分を得られるように、箒の購入は心の汚れを取り除くことの象徴でもあるといわれます。

清らかな心を取り戻せば、意識は明瞭となり、目標が見えやすくなります。
目標を持つことは、願望を達成するために何よりも重要なことであるといわれるように、それは進む道に光を灯すことにも他ありません。
しかし、私たちは日々の中で無知の暗闇に飲み込まれ、目標を見失い、アラクシュミー女神を招きがちです。

ラクシュミー女神が降誕する吉祥なディーワーリーを迎える時、心身や周囲を清め、ラクシュミー女神を招き入れる努力をしたいと感じます。
自分自身の心と行為を見つめ直すことで灯る光は、私たちを真の豊かさに導いてくれるに違いありません。

(文章:ひるま)