カーマデーヴァ・ガーヤトリー・マントラ


・ॐ कामदेवाय विद्महे पुष्पबानाय धीमहि ।
तन्नो अनङ्गः प्रचोदयात्‌ ॥
・om kāmadevāya vidmahe puṣpabānāya dhīmahi |
tanno anaṅgaḥ pracodayāt ||

・オーム カーマデーヴァーヤ ヴィッドゥマヘー プシュパバーナーヤ ディーマヒ
タンノー アナンガハ プラチョーダヤートゥ
・意味:我らがカーマデーヴァ(愛の神)を知り、花の矢を持つ方(プシュパバーナ)を瞑想できるように
アナンガ(肉体のない方)よ、我らを導き給え

カーマデーヴァは欲望に基づいた愛の神として伝えられ、ヴァサンタ(春の神)を親友とし、春の季節に活発になると言われます。
そんなカーマデーヴァは、チャンパカ、ロータス、ジャスミン、マンゴー、アショーカの5つの花の矢を持つと伝えられます。
美しい香りを放つカーマデーヴァの矢は、私たちの感覚を魅了します。
豊かな感情を生み出すその力は、時に、心の平安を奪うものとして捉えられることがあるも、春を引き連れ美しい花を運ぶカーマデーヴァの矢は、死や腐敗に包まれ荒廃していた世界に、命や再生をもたらし、再び繁栄を呼び覚ましました。

一説に、カーマデーヴァはシヴァ神に愛の矢を放ち、その第3の目を開かせたと伝えられます。
最初の妻であるサティーを亡くしたシヴァ神は、悲しみのあまり、深く長い瞑想を続けていました。
サティーがパールヴァティーとして姿を現し再び結ばれる時を迎えるも、シヴァ神は目を開けることはありません。
そんなシヴァ神を目覚めさせようと、カーマデーヴァが愛の矢を打ち放ちます。
しかし、怒ったシヴァ神の第3の目から出た閃光によって、カーマデーヴァは焼き尽くされ、灰となりました。

焼き尽くされてしまったカーマデーヴァをひどく悲しみ、妃であるラティ(快楽の女神)は夫を蘇らせようと苦行を始めます。
カーマデーヴァが灰になったとされるヴァサント・パンチャミーから、ホーリー・フェスティバルまでの約40日間、ラティは厳しい苦行を行い、心のイメージとしてカーマデーヴァを蘇らせました。
カーマデーヴァは肉体のない者=アナンガと呼ばれるように、ラティはそこで、肉体的ではない精神的な深い愛と喜びを見つけたといわれます。

クリシュナ神とプータナー

春の心地よい満月の日に祝福されるホーリー・フェスティバルは、ドゥランディーと呼ばれるカラフルな色粉や色水の掛け合いが有名な祝祭です。
華やかな色彩を放つ神々が見守るインドの地で、人生を彩り、日々を至福で満たすことの意味をはっきりと見せてくれたのは、このホーリー・フェスティバルかもしれません。

そんなホーリー・フェスティバルの前夜には、ホーリカー・ダハンと呼ばれる火を焚く儀式が厳かに行われます。
ホーリカー・ダハンは、プラフラーダとホーリカーに見られる神話以外にも、霊性を育むさまざまな言い伝えがあります。
そのひとつが、プータナーにまつわる神話です。

魔女であったプータナーは、悪王であるカンサに、生まれたばかりのクリシュナ神の命を奪うことを命じられます。
プータナーは、美しい女性の姿となって、赤子のクリシュナ神に近づきました。
そして、猛毒を塗った乳房をクリシュナ神に吸わせ、その命を奪おうとします。

しかし、すべてを見抜いていたクリシュナ神は、その乳房からプータナーの生命力を吸い尽くしました。
プータナーは苦しさのあまり、もとの魔女の姿に変わり果て、そのまま息絶えます。
魔女の身体を見て驚いた村人たちは、薪に火をつけ、プータナーの身体を焼いたと伝えられます。
それがホーリーの日であったと伝えられ、人々は見上げるような焚き火を囲みながら、悪を払う祈りの儀式を行います。

プータナーにまつわるさまざまな解釈のひとつでは、プータナーが冬を象徴し、その死は冬の終わりを意味すると伝えられます。
冬が終わり、春が始まる時。
この時は、冬の間に溜め込んだ不純物が排出され、心身だけでなく、自然にも好ましくない質が満ちると信じられてきました。
欲望や感覚が不安定になり、個々の内でも悪質が高まるとされるのがこの時です。

そんな悪質を象徴するプータナーが焼かれた時、その煙からは芳しい香りが放たれたといわれます。
クリシュナ神に吸い尽くされたことで、あらゆる罪が浄化され、プータナーが天界に登ったからでした。
魔女であり、クリシュナ神の命を奪おうとしたプータナーですら、クリシュナ神の前では清められ、救済に導かれました。

季節が移り変わる変化の時、燃え上がる炎を囲みながら神々に心を定めれば、心身や周囲の環境が浄化され、純粋な喜びを享受できるに違いありません。
そこでは、色とりどりの花の香りが満ちる春のような、芳しい至福が広がるはずです。

(文章:ひるま)

参照:History of Holi: Holi Story, Importance of Festival Celebrations

2021年3月の主な祝祭

2021年3月の主な祝祭日をご紹介いたします。

春の到来を感じる3月には、その穏やかな気候の中で、シヴァ神を讃えるもっとも神聖な夜、マハーシヴァラートリーが祝福されます。その後の満月には、インドの各地が歓喜に包まれるホーリー・フェスティバルが盛大に祝福されます。

3月2日 サンカタハラ・チャトゥルティー
3月4日 ヤショーダー・ジャヤンティー
3月6日 ジャーナキー・ジャヤンティー
3月9日 エーカーダシー
3月10日 プラドーシャ
3月11日 マハーシヴァラートリー
3月13日 新月
3月14日 ミーナ(魚座)・サンクラーンティ
3月17日 ヴィナーヤカ・チャトゥルティー
3月25日 エーカーダシー
3月26日 プラドーシャ
3月28日 ホーリカー・ダハン/パングニ・ウッティラム
3月29日 満月/ホーリー・フェスティバル
3月31日 サンカタハラ・チャトゥルティー

※地域や慣習によって差異が生じます。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:Month Panchang

サトウキビの弓を持つ女神

心が浮き立つ喜ばしい春の訪れが近づいてきました。
この春の到来に迎える満月は、究極の美しさが崇められるラリター女神の降誕祭が祝福される時です。
その満月は、2021年は2月27日に迎えます。

ラリター女神を讃えるラリター・サハスラナーマム(千の御名)は、唱えるだけで完全な解脱を得ることができると信じられる賛歌です。
そのラリター・サハスラナーマムの中に、マノールーペークシュコーダンダーという御名があります。

マノールーペークシュコーダンダーは、心の現れとしてのサトウキビの弓を持つ者を意味します。
ラリター女神は、その左手にサトウキビの弓を、右手には5本の花からなる矢を持って崇められます。

そんなラリター女神が生まれたのは、凶悪な悪魔であるバンダースラを倒すためと伝えられます。
バンダースラは、欲望に基づいた愛の神であるカーマデーヴァの灰から生まれました。
それは、瞑想に耽るシヴァ神を目覚めさせようと、カーマデーヴァが愛の矢を放ったことに始まります。

カーマデーヴァは、怒ったシヴァ神の第3の目から出た閃光によって焼き尽くされ、灰となりました。
カーマデーヴァの妻であるラティは、カーマデーヴァを蘇らせるよう懇願すると、シヴァ神はその灰に恩寵を与えます。
すると、灰からバンダースラが生まれてしまい、世界には大きな混乱が生じ始めました。
それは、生じた欲望によって混乱する、私たちの内なる世界のようです。

そして、世界を混乱に陥れたバンダースラを倒したのが、ラリター女神です。
ラリター女神の手に握られた5本の花の矢は、私たちの5つの感覚であり、その矢を放つサトウキビの弓は、私たちの心であるといわれます。
心がラリター女神のもとにある時、私たちは5つの感覚が向かう方向を制御し、起こり得る欲望の混乱を防ぐことが可能になります。
そこでは、甘いサトウキビと美しい花を思わせる、真に甘美な人生を享受することができるに違いありません。

カーマデーヴァは春の神であるヴァサンタを親友とし、春の季節に活発になると伝えられます。
草花が芽吹き、心が躍る春の心地よい気候の中でラリター女神を崇める時、揺らぎがちな私たちの心は定まり、究極的に美しい日々を紡ぐことができるはずです。

(文章:ひるま)

参照:The Sugarcane Bow

不死の秘密

神々への祈りが溢れるインドの地には、破壊神として崇められるシヴァ神に捧げられた聖地がとりわけ多く存在します。
インド最北部、ジャンムー・カシミール州に位置するアマルナート洞窟もそのひとつです。
標高3888mのヒマーラヤ山中にあるアマルナート洞窟では、出現する氷柱がスワヤンブーとして崇められます。
それはシヴァ神の象徴であるシヴァリンガムであり、人々はこの氷柱のシヴァリンガムを拝むために、氷河に囲まれた険しい山道を登る巡礼に赴きます。

アマルナート洞窟は、シヴァ神がパールヴァティー女神に不死の秘密を説いた場所として知られます。
パールヴァティー女神が不死の秘密を教えて欲しいとシヴァ神に尋ねた時、シヴァ神はこの人里離れたアマルナート洞窟に向かったといわれます。
その道は、パハルガームから始まりました。

パハルガームにおいて、シヴァ神はまず乗り物である牡牛のナンディを手放します。
そして、チャンダンワーリーの畔に着いた時、シヴァ神はその髪に飾られた三日月を手放しました。
シェーシャナーグの湖に着いた時は、首に巻きつく蛇を手放します。
マハーグナの山に着いた時は、息子のガネーシャ神を手放しました。
そして、パンチャタルニーに着いた時、シヴァ神は5元素を手放します。
そうして洞窟にたどり着いたシヴァ神は、パールヴァティー女神に不死の秘密を説き始めたと伝えられます。

肉体を持って生まれた私たちは、始まりがあり終わりがある時の中で生きています。
その限りある時の中で、見えるもの、聞こえるもの、味わうもの、触れるもの、匂うもの、こうした変化に富んだ刺激的な喜びに魅せられ、心は忙しく動き回ります。
そこでは、自分自身の本質である不変の喜びを見失う瞬間が少なくありません。

シヴァ神は、パールヴァティー女神に不死の秘密を説くために、すべてを手放しました。
生まれ持った肉体を通じて経験する世界の中で、欲望や執着に囚われる私たちは、そんなシヴァ神に心を定める必要があります。
その時、破壊神であり時を超えた偉大な存在であるシヴァ神は、人生という険しい道を歩む私たちに、不変の喜びに至る道程を見せてくれるに違いありません。
そこで私たちは不死の秘密を知ることができるはずです。

(文章:ひるま)

2021年2月の主な祝祭

2021年2月の主な祝祭をご紹介いたします。

2月には、春の到来を祝福する祝祭であり、学問と芸術の女神であるサラスワティー女神の降誕を祝福するヴァサント・パンチャミーを迎えます。
その後には、太陽神を讃えるラタ・サプタミーも祝福され、インドの各地で少しずつ暖かな春の到来を感じるようになります。

2月1日 サンカタハラ・チャトゥルティー
2月8日 エーカーダシー
2月9日 プラドーシャ
2月10日 シヴァラートリー
2月11日 マウニー・アマーヴァシャー/タイ・アマーヴァシャー
2月12日 新月/マーガ・グプタ・ナヴァラートリーの始まり
2月13日 クンバ(水瓶座)・サンクラーンティ
2月15日 ヴィナーヤカ・チャトゥルティー
2月16日 ヴァサント・パンチャミー
2月18日 シュリー・ラーマクリシュナ・ジャヤンティ(西暦)
2月19日 ラタ・サプタミー
2月20日 ビーシュマ・アシュタミー
2月21日 マーガ・グプタ・ナヴァラートリーの終わり
2月23日 エーカーダシー
2月25日 プラドーシャ
2月27日 満月/ラリター・ジャヤンティ

※地域や慣習によって差異が生じます。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:Month Panchang

神の果実

神々への供物として広く捧げられるものに、ココナッツの実があります。
ココナッツは「神の果実」を意味する「シュリーファラ」とも呼ばれ、広大なインドの各地で神聖視される果物のひとつです。
硬い実の中に清らかな水を湛えていることから、もっともサットヴァな果物と見なされ、純粋の象徴として捉えられます。
祈りの儀式においては、そんなココナッツを割って神々に捧げる行いが見られます。

生活を支える基盤が現代のように整っていなかった古い時代において、長期に渡り保管可能なココナッツは、必要な時に神々へ捧げることができる唯一の果物であったといわれます。
ココナッツが豊かに実る常夏の南インドでは、こうした理由から、神々へココナッツが捧げられていました。
それがインド全土に広まった理由は、一説に、アーディ・シャンカラーチャリヤによるものと伝えられます。

南インドに生まれた偉大な師であるアーディ・シャンカラーチャリヤは、8歳で出家をした後、インド全土を巡礼します。
その時、インドの一部では、ナラバリという、人間を生贄として神々へ捧げる風習があったといわれます。
アーディ・シャンカラーチャリヤはこの風習を止めさせたく、ココナッツを代わりに捧げることを広め始めたといわれます。

ココナッツは、人間の頭に似ています。
外側の繊維質は髪の毛、硬い殻は頭蓋骨、内部の水は血液、白い胚乳は脳のようです。
そして、硬い殻は個々が破壊すべき自我意識であるといわれてきました。
ココナッツを割って神々に捧げる行いは、神との一体を阻む自我意識を破壊し、永遠の至福に至ることを意味します。

そんなココナッツには、3つの凹みのようなものがあります。
3つの凹みは、第3の目を持つシヴァ神のようであり、破壊神としてのシヴァ神に自我意識を破壊することを祈る意味もあるといわれます。

しかし、神々は真心が込められたものであれば、一枚の葉でも喜んで受け取ると伝えられてきました。
日本では、ココナッツを入手することが難しい場合もあります。
ココナッツでなくても、偽りや飾りのない心を神々へ捧げ利己的な思いが消滅する時、私たちは永遠の至福である崇高な存在と一体になることができるはずです。

(文章:ひるま)

参照:REAL REASON FOR BREAKING COCONUT BEFORE GOD

サラスワティー女神とガンダルヴァ

やわらかな陽が差し込み、草花の香りが満ち始める春の季節。
心が浮き立つそんな春の訪れは、ヴァサント・パンチャミーとして、サラスワティー女神への祈りが捧げられます。
ヴァサント・パンチャミーは、学問と芸術の女神として崇められるサラスワティー女神が降誕した時と伝えられます。

光が満ちていく春の訪れに広く祈りが捧げられるサラスワティー女神には、ある神話が伝わります。
それは、天上の音楽師といわれるガンダルヴァにまつわる神話です。
ガンダルヴァはもともと、花の香りから生まれた半神であったと伝えられる存在です。

かつて、ガンダルヴァは神々から世話を任されていたソーマの植物を盗んだことがありました。
ソーマの植物は生命の秘薬ともいわれ、ソーマから作られたソーマ酒を飲むと、不死を得られると伝えられるほど重要視されるものでした。
そんな大切なソーマが盗まれたことに、神々は激怒します。
そして、ソーマを取り戻すことを約束したのがサラスワティー女神でした。

サラスワティー女神はガンダルヴァの庭に行き、手にする弦楽器のヴィーナーで魅惑的な音楽を奏で始めます。
魅了されたガンダルヴァは、その音楽を与えて欲しいとサラスワティー女神に懇願しました。
サラスワティー女神は、ソーマを神々に返せば音楽を与えると約束をします。

ガンダルヴァはソーマを神々に返すと、サラスワティー女神に音楽を学び始めます。
ガンダルヴァが奏でる音楽は、人を酔わせるどんな物よりも心を奮い立たせる力を持つようになり、やがて天上の音楽師になったと伝えられます。

一説に、ヴィーナーの弦を操り音楽を奏でることは、知識によって感情を操り、人生を美しく彩ることを意味するといわれることがあります。
さまざまに揺れ動く感情を操ることは、決して簡単なことではありません。
しかし、学びを深め識別力が高まる時、真実を見抜く力が育まれ、感情を操ることも容易くなるはずです。
その時、私たちは感情の喜びを超えた、真の喜びで人生を彩ることができるに違いありません。

光が満ち始める春の訪れは、サラスワティー女神を礼拝し、その力に繋がる吉祥な時です。
そうして無知の暗闇を払拭し、真の喜びという光の中で生きることをどんな時も心がけたいと感じます。
春の訪れとともに、皆様にもサラスワティー女神の恩寵がありますように、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

参照:Goddess Saraswati And The Gandharvas

アイヤッパ神の光

太陽の北方への回帰を祝福するマカラ・サンクラーンティは、インドの各地でさまざまな祝福が行われる吉祥な時です。
南インドのケーララ州では、年間1億人もの巡礼者が訪れるといわれるサバリマラ巡礼がピークを迎えます。

サバリマラ巡礼で礼拝されるのは、ヴィシュヌ神とシヴァ神の息子と信じられるアイヤッパ神です。
サバリマラは、アイヤッパ神が悪魔を倒した後、瞑想についた地として崇められます。

巡礼者は、マカラ・サンクラーンティにおいてマカラ・ジョーティを目にするために、このサバリマラの地に赴きます。
マカラ・ジョーティは、アイヤッパ神の現れと信じられる光であり、それは冬の大三角を形成するシリウスであると伝えられます。
暗い冬の夜空で一際輝く明るいその光は、太陽を除き地球上から見えるもっと明るい恒星です。

アイヤッパ神はさまざまに異なる名前で崇められますが、そのひとつに、カリユガ・ヴァラダという名前があります。
カリユガは暗黒の時代ともいわれ、正義が失われるとともに不正が横行する時代です。
そして、ヴァラダは恩寵を授ける神を意味します。

現代はカリユガにあり、憎悪や狂気、貧困や悪疫など、あらゆる悪が蔓延る時代にあると伝えられてきました。
このカリユガの終わりに、ヴィシュヌ神の10番目の化身であるカルキが現れ世界の悪が滅ぼされるまで、アイヤッパ神は人々を保護し、恩寵を授けると信じられます。

禁欲を貫くアイヤッパ神を崇めるサバリマラ巡礼は、とりわけ厳しい戒行を努めることで有名な巡礼です。
その先に見える光は、どんな暗闇にあっても、正しい歩みには光が授けられることを伝えているようです。

マカラ・サンクラーンティは、インドの冬至ともいわれ、1月14日に祝福されます。
一年でとりわけ暗いその夜に、もっとも輝く星をアイヤッパ神として崇めることは、カリユガに正義の光を灯す行いであるのかもしれません。
自分を制して日々の生き方を見つめ直し、正しい歩みを心がけることで、どんな暗闇にも光を見ることができるはずです。

(文章:ひるま)

ローリー・フェスティバル2021

インドではいよいよ、1月14日にマカラ・サンクラーンティを迎えます。太陽が山羊座に入るこのマカラ・サンクラーンティより、太陽が北方に回帰し、冬が終わるといわれます。

その前日となる1月13日には、主にパンジャーブ州において、ローリー・フェスティバルが祝福されます。ローリー・フェスティバルは、農業が盛んな地域において祝福される収穫祭であり、人々は小麦や落花生、砂糖やバターなど、豊作を祈り神々に捧げます。日没後、大きな焚き火を作り、捧げ物を火に投げ入れ、火が絶えるまで踊り歌を歌い、祝祭が続きます。大きな焚き火は、太陽への敬意といわれます。

古代において、農業を行うためには、天体の動きを観察し季節を知る必要性があったといわれます。インドにおいて、こうした自然の動きは神々の力のあらわれとして崇められてきました。そんな大自然の巡りを祝福するインドの祝祭は、私たちに神々のリズムを理解させてくれるとともに、その絆を深める重要な瞬間です。

私たちの平和な暮らしの中には、大自然の恵みという大きな力が働いています。ひとりひとりがその恵みに気づき、大自然を敬いながら生きる時、世界には大きな平安が広がるでしょう。

皆さまの日々にも、暖かな光が満ちていきますように心よりお祈り申し上げます。