クールマ神の慈悲

世界を保護し維持するヴィシュヌ神は、この世界に危機が生じた時、さまざまな化身となって姿を現すと伝えられます。
その化身のひとつに、大亀として崇められるクールマ神の姿があります。
ヴィシュヌ神が大亀の姿となった理由は、ヒンドゥー教の創造神話である乳海撹拌に伝わります。

乳海撹拌は、不死の霊薬であるアムリタを得るために、神々と悪魔が協力し、大海を撹拌したと伝えられる神話です。
この神話は、私たちが歩む霊性修行の道のりが記された神話として伝えられることがあります。
それは、解脱というアムリタを得るために、さまざまな苦難が溢れる人生を歩む、私たちの道のりに他ありません。

乳海撹拌においては、あらゆる薬草が大海へと投入されます。
そして、その大海の中心にあるマンダラ山に大蛇のヴァースキを絡ませ、神々と悪魔が引っ張り合うことで大海を撹拌し、アムリタを生み出そうとしました。
そのマンダラ山が大海に沈まぬよう、土台となったのがヴィシュヌ神です。
ヴィシュヌ神は大亀のクールマとなり、その背にマンダラ山を乗せ、攪拌を支え続けました。

この乳海撹拌における神々と悪魔は、私たちの内なる世界において、善と悪として存在しています。
私たちはその狭間で揺れ動き、さまざまな試練に直面しながら、人生という大海を歩み続けています。
その歩みは、解脱というアムリタを得るための、内なる世界の攪拌に他ありません。

乳海撹拌においては、猛毒であるハラーハラが生み出されたように、内なる世界の攪拌においても、時に大きな苦痛が生じます。
しかし、その中心では、私たちが大海に沈んでしまうことがないように、ヴィシュヌ神がクールマ神として、常に私たちを支えています。

自らの意志で手足と頭の5つを甲羅の中に引き込み、自分自身を守る亀には、何よりも強固な安定を垣間見ることがあります。
5つの感覚に揺さぶられる私たちは、善と悪の狭間で不安定になることが少なくありません。
そんな時こそ、クールマ神が大海の中でマンダラ山を支えるように、何よりも強く、私たちを支えている存在があることを忘れずにいる必要があります。

5月の満月は、このクールマ神の降誕祭が祝福される時でもあります。
先の見えない大きな不安を感じる今、私たちを常に支える存在を見失うことがないように、祈り続けたいと感じます。
そして、世界にアムリタが注がれることを心より願っています。

(文章:ひるま)

2020年4月の主な祝祭

2020年4月の主な祝祭日をご紹介いたします。

4月に入ると、3月の新月から続いていた女神を讃える9日間の夜、春のナヴァラートリーが終わり、正義の化身であるラーマ神の降誕祭が祝福されます。その後の満月には、主に北インドで、猿神ハヌマーンの降誕祭が祝福されます。そして、酷暑期ともいわれる長く暑い夏が始まり太陽の光が満ちる中、一年の大吉日といわれるアクシャヤ・トリティーヤーが祝福されます。

4月2日 ラーマ・ナヴァミー/ナヴァラートリーの終わり
4月4日 エーカーダシー
4月6日 プラドーシャ/マハーヴィーラ・ジャヤンティ
4月7日 パングニ・ウッティラム
4月8日 満月/ハヌマーン・ジャヤンティ
4月11日 サンカタハラ・チャトゥルティー
4月14日 メーシャ・サーンクランティ
4月18日 エーカーダシー
4月20日 プラドーシャ
4月21日 シヴァラートリー
4月23日 新月
4月25日 パラシュラーマ・ジャヤンティ
4月26日 アクシャヤ・トリティーヤー/マータンギー・ジャヤンティ
4月28日 アーディ・シャンカラーチャリヤ生誕祭
4月30日 ガンガー・サプタミー

*地域や慣習によって、祝祭の日にちには差異が生じることがあります。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:Month Panchang

クベーラ・ヤントラの72

ヤントラとは、道具、護符、あるいは神秘図形を意味します。思考を集中させ、祈りを強化する手助けとなるその神秘図形には、ヤントラとして役立つ数字の組合せからなる数的なヤントラがあります。

以下に紹介するヤントラは、72という数字の波動を発する数的なヤントラであり、財宝の神であるクベーラ神のヤントラとして崇められます。20から28の数字を配列したヤントラ(表)となり、縦、横、斜めのどの3つの数字を足しても必ず72になります。

インドでは、「9」がブラフマーを象徴する吉数とされ、9を基本とした数を至るところで見ることができます。72は、7+2=9であり、また9に無限大を意味するとされる8をかけた数字であり、富や成功を引き寄せるエネルギーを持つとされます。

また、一説に宇宙は、火、風、空、地、水の5大元素に、時間、空間、魂、意識の9つによって構成されると伝えられます。72のエネルギーを持つクベーラ・ヤントラは、この9つのすべての要素にエネルギーを交信し、物質的な願望を現実のものにすると信じられます。

クベーラ神が灯す光

太陽と月の光がもっとも明るくなる時といわれるアクシャヤ・トリティーヤーは、一年の大吉日とされる時です。
このアクシャヤ・トリティーヤーにおいては、価値あるものを購入しようと、金や銀を求める人々でマーケットはひしめきます。
ラクシュミー女神とともに、財宝の神として崇められるクベーラ神へ、盛大な祈りが捧げられることも少なくありません。

仏教では毘沙門天、多聞天として知られるクベーラ神には、ダナパティ(財宝の主)、イッチャーヴァス(望みの財産を得る者)などの別名があります。
クベーラ神が財宝の神として崇められるようになった理由には、さまざまな神話が伝わります。
シヴァ・プラーナにおいては、クベーラ神の前世はグンニディと呼ばれる、すべての財産を失った貧民であったとされています。

グンニディは非常に貧しく、空腹に飢えるほどでした。
ある夜、シヴァ神の寺院を見つけると、中に入り、捧げられた供物を盗もうとします。
暗闇で何も見えなかったグンニディは、寺院にあったランプに灯りを灯しました。
しかし、強い風が吹き、灯りはすぐに消えてしまいます。

何度も灯りを灯そうとするも、風が強く、灯りはすぐに吹き消されてしまいました。
すると、グンニディは自らの服を脱ぎ、その服に火をつけます。
服についた火は大きな灯りとなって、寺院を明るく照らしました。
その行為にシヴァ神は心を打たれ、来世において財宝の神として崇められる地位をグンニディに与えたといわれます。

私たちは、何も見えない暗闇に、恐怖を感じることが多くあります。
そこでは、不安に苛まれたり、疑いを抱いたり、さまざまな否定的な感情が湧き出てくることが少なくありません。
その感情に突き動かされ、道を踏み外してしまうことも往々にあります。

古来より、世界の各地で光の価値が説かれてきたように、日々の中で消えそうな光を、私たちはどんな時も灯し続ける必要があります。
そこで得られる確かな安心や信頼は、人生を豊かに歩むための強さとなり、その強さを手にした歩みの中では、何よりも大きな財宝が祝福されるに違いありません。

太陽と月の光がもっとも明るくなるといわれるアクシャヤ・トリティーヤーに、光を灯す行為を通じて、その意味をしっかりと見つめ直したいと感じます。
この世界に常に光があるように、心よお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

ハヌマーンの愛とラーマのあくび

太陽の光が溢れ、インドの各地でいよいよ長く暑い夏が始まるチャイトラ月(3月から4月)。
その満月となる4月8日は、主に北インドにおいて、お猿の神様であるハヌマーン神の降誕祭が祝福される時です。
ラーマ神への揺るぎない信仰によって、不可能を可能にしていくハヌマーン神の姿には、学ぶべきことが非常に多くあります。
ラーマ神の行状記が綴られたラーマーヤナにおいては、ハヌマーン神の愛にまつわるある神話が描かれます。

ひたむきにラーマ神に仕えるハヌマーン神は、いつしかラーマ神の身の回りの仕事をすべてこなしてしまうようになりました。
ラーマ神に仕えるための仕事がなくなってしまった周囲の人々は、ハヌマーン神を除いて、ラーマ神に仕える仕事を割り振り始めます。
自分にはラーマ神に仕える仕事がないことに気がついたハヌマーン神は、思い悩んだ末、ある仕事を思いつきます。
それは、ラーマ神があくびをした時、指を鳴らす仕事でした。
あくびをした時に指を鳴らさなければ、悪いエネルギーの影響を受けると信じられていたからです。

指を鳴らすことは大した仕事ではないと、周りの人々がそれを了承すると、さっそくハヌマーン神はラーマ神の側に仕え始めます。
あくびはいつ出るかわかりません。
それ故、ハヌマーン神は常にラーマ神の側にいなければなりませんでした。
そして、それはハヌマーン神にとって何よりもの喜びでした。

夜が来てもラーマ神の側を離れないハヌマーン神に、シーター女神は妻として、部屋を出てくれるように頼みます。
ハヌマーン神はしぶしぶ部屋を出るも、いつ出るかわからないラーマ神のあくびのために、寝ることなく指を鳴らし続けました。
すると、今度はラーマ神のあくびが止まらなくなってしまいます。
ラーマ神は、ハヌマーン神の懸命な思いに応えるようにあくびをしていたのです。

私たちは、忙しない日々を言い訳に、主を思い行動することを怠りがちです。
そうして不変の喜びから遠ざかり、さまざまな思いに悩まされ、暗闇に落ちていきます。
しかし、ハヌマーン神にはラーマ神への確固たる愛が何よりも第一にありました。
その思いから生まれる行動は、あらゆる不可能を可能にしていきます。

そんなハヌマーン神の姿は、主への思いに対して、為すべき行為の大きさは関係ないことを伝えているようです。
日々の中で見失いがちな小さな行為に心を込めて向き合う時、そこには何よりも大きな祝福があるはずです。
私たちのあるべき姿として崇められるハヌマーン神に学びながら、気づきを持って日々を大切に過ごしたいと感じます。

(文章:ひるま)

万事に役立つ数的なヤントラ

ヤントラとは、道具、護符、あるいは神秘図形を意味します。思考を集中させ、祈りを強化する手助けとなるその神秘図形には、ヤントラとして役立つ数字の組合せからなる数的なヤントラがあります。

以下に紹介するヤントラは、数秘術の20という数字の波動を発する数的なヤントラであり、万事において役立つとされます。偶数の2、4、6、8を配列したヤントラ(表)となり、縦、横、斜めのどの4つの数字を足しても必ず20になります。その他に、4隅、2×2の正方形の数字などを足しても20になります。

例えば、仕事で成功を収めるために、または重要な物事に取り組む間に、このヤントラを所持することができます。ヤントラは、先の尖った木の棒を用いて、ボージャ・パトラにアシュタガンダ・ペーストのインクで描いて作成します。その後、作成したヤントラにお香と灯りを捧げ、布に包むか、金属製の入れ物に封入して、右の上腕部に身につけます。仕事や物事を達成した後は、ヤントラを腕から外し祭壇などに保管します。重要な仕事や物事に携わる際には、同じヤントラを繰り返し使用することができます。

また、邪悪なエネルギーの侵入を防ぐために、アシュタガンダ・ペーストとギーを混ぜたインクを用いて、先の尖った木の棒で、住居や仕事場の壁や入り口などに描かれることもあります。

さらに、農業において豊作を願うために、ボージャ・パトラに描いたヤントラに祈りを捧げ、農場や庭に埋めることで、土壌から悪いエネルギーを取り除き、豊作をもたらすと信じられます。

参照:Magical Yantra Having Several Different Uses

第66回グループ・ホーマ(ホーリー・フェスティバル)無事終了のお知らせ

第66回グループ・ホーマ(ホーリー・フェスティバル)にお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

クリシュナ神を礼拝する、第66回グループ・ホーマは、3月9日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

第66回グループ・ホーマの実施内容はこちらよりご覧いただけます。

ブラフマンの境地

クリシュナ神は、バガヴァッド・ギーターにおいて、平安なき所に真の幸福はないと説きました。

私たちは、幸福を感覚の喜びと混同しがちです。しかし、感覚の喜びは一時的で、終わった後には必ず悲苦を生み出します。今日の満足は、明日の不満になるかもしれません。それの限られた喜びに振り回される時、平安は遠く離れていきます。

クリシュナ神は、肉体を脱ぎ捨てる前に、感覚の衝動に勝り、欲情と怒りを抑制し心の平安を得れば、その人は現世においても幸福であると説きました。そうして内なる世界で幸福を味わう時、ブラフマンの境地に到ると説かれます。

योऽन्तःसुखोऽन्तरारामस् तथान्तर्ज्योतिरेव यः ।
स योगी ब्रह्मनिर्वाणं ब्रह्मभूतोऽधिगच्छति ॥२४॥

yo’ntaḥsukho’ntarārāmas tathāntarjyotireva yaḥ |
sa yogī brahmanirvāṇaṁ brahmabhūto’dhigacchati ||24||
内に幸福あり、内に喜びあり、そして内に光明あるヨーガ行者は、
ブラフマンと一体化し、ブラフマンにおける涅槃に達する。

バガヴァッド・ギーター第5章第24節

クリシュナ神と大蛇カーリヤ


今、世界はウイルスという見えない脅威に慄いています。
この春の美しい気候の中で、9年前には未曾有の大震災に平静を失い、深い祈りを捧げた続けことを思い出します。
インドでは、カラフルな色に染まるホーリーを迎えようとしていた時のことでした。
今年も同じように、その祝祭を迎えようとしています。

さまざまな神格への祈りが捧げられるホーリーでは、人々を真の喜びへと導くクリシュナ神の存在が欠かせません。
そんなクリシュナ神には、大蛇であるカーリヤとの戦いにまつわる神話が伝わります。
ナーガ族の王であったカーリヤは、多数の頭とともに猛毒を持つことで恐れられていました。

神鳥ガルダに捧げられた供物を密かに食べていたカーリヤは、怒ったガルダに打ち負かされ、クリシュナ神の聖地に近いヤムナー川に逃げ込みます。
カーリヤが住みついたヤムナー川は猛毒に冒され、植物は枯れ、動物は死に、牛飼いたちは倒れました。
見かねたクリシュナ神がカーリヤの頭上に飛び上がると、多数の頭を踏みつけるように踊り始めます。
カーリヤは耐えられず、再び打ち負かされるも、カーリヤの妻が命乞いをすると、かつて住んでいた島に帰ることを許されました。
そして、カーリヤが去ったヤムナー川の水は清浄になったと伝えられます。

多数の頭を持つカーリヤは、私たちの飽くなき欲望に例えられることがあります。
その頭は、ある欲望が満たされると、次々に生まれる私たちの欲望のようです。
クリシュナ神は、そんなカーリヤを退治するも、命を奪うことはなく、元の場所に行くように促しました。

この神話を通じては、欲望を排除するのではなく、その進路を変えることが重要であると教えられたように思います。
何かを手に入れたいという欲望が、自己の至福、内なる平和、究極の悟りといった方向に向きを変えると、私たちは徐々に神性に導かれていきます。
一人ひとりがそうして欲望の向きを変える時、世界には何よりも確かな平和が広がるに違いありません。

毒されたヤムナー川も、クリシュナ神の導きによって、清浄を取り戻しました。
9年前も世界の平和を心から願ったように、私たちもこうした危機に学ぶことができるはずです。
クリシュナ神という存在に心を定め、より良い方向へ導かれることを願いながら、世界の平和を祈りたいと感じます。
皆様にも、ホーリーの大きな恩寵がありますように心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

2020年のホーリカー・ダハンの時間

インドの数ある祝祭の中でも、もっとも熱狂的な祝祭のひとつであるホーリー・フェスティバルが、2020年は3月9日と10日の満月にかけて祝福されます。

春の美しい瞬間に祝福されるホーリー・フェスティバルでは、ドゥランディーと呼ばれる色粉や色水の掛け合いが繰り広げられ、人々の喜びが最高潮に達します。
一方で、このカラフルな色が飛び交うドゥランディーの前夜には、ホーリカー・ダハンと呼ばれる火を焚く儀式が真摯に執り行われます。
街角や広場などでは、見上げるほどの大きな焚き火が熾されることも少なくありません。

大きな焚き火が熾されるホーリカー・ダハンの中心で行われるのは、私たちの内外に潜む悪を払う祈りの儀式です。
冬から夏に向かう春の季節は、「春眠暁を覚えず」といわれるほどの心地良さの一方で、冬の間に溜め込んだ不純物が排出されるため、心身が重く感じられると伝えられます。
それは、この自然も同様であり、大気中にはタマスやラジャスの質が満ちると信じられてきました。

火を媒介として周囲の環境の浄化を祈願する、アグニホートラが現代でも重要視されるように、この夜に燃え上がる炎は、この大気中のタマスとラジャスの質を浄化すると信じられます。
その炎を囲みながら祈りを捧げる時、人々の心身も浄化され、サットヴァの質が満ちると伝えられてきました。

このホーリカー・ダハンは、プールニマー・ティティ(満月)の間、バドラー(不吉な時間)が終わった後のプラドーシャ・カーラ(日没後)に行うことが重要とされます。2020年のホーリカー・ダハンの時間は以下の通りです。

【インド(ニューデリー)】
ホーリカー・ダハンに適した時間:2020年3月9日18時26分〜3月9日20時52分
プールニマー・ティティ(満月):2020年3月9日03時03分〜3月9日23時17分
バドラー(避けるべき不吉な時間):2020年3月9日09時37分〜3月9日12時19分

【日本(東京)】
ホーリカー・ダハンに適した時間:2020年3月9日17時43分〜3月9日20時11分
プールニマー・ティティ(満月):2020年3月9日06時33分〜3月10日02時47分
バドラー(避けるべき不吉な時間):2020年3月9日13時07分〜3月9日15時49分

ホーリカー・ダハンに適した時間には、ランプを灯したり、お香を炊いたりして、心身の浄化を努めるともに世界の平和を祈りましょう。

参照:2020 Holika Dahan Timings