アナンタ・チャトゥルダシーの神話

2018年は9月13日に、インドの各地で盛大なガネーシャ降誕祭が祝福されました。
伝統に従う人々は、このガネーシャ降誕祭において土でできたガネーシャ神像を祀り、10日間に渡って礼拝を続けます。
そして10日目、その神像を川や海へと流す、ガネーシャ・ヴィサルジャンという祝福が行われます。
土でできたガネーシャが、自然に還りながら、私たちのカルマを溶かしていくのだと信じられています。

このガネーシャ・ヴィサルジャンを行う日は、アナンタ・チャトゥルダシーとも呼ばれます。
アナンタ・チャトゥルダシーには、聖者として知られるカウンディニャと、妻であるスシーラにまつわる、ある神話が伝わります。

カウンディニャとスシーラが川沿いを歩いていた時、カウンディニャは沐浴のために川へ入りました。
一方で、スシーラは熱心に祈りを捧げる女性たちに出会います。
女性たちは、アナンタと呼ばれる永遠の蛇を礼拝していました。
その神前には、14の結び目がある聖紐が捧げられ、祈りが終わると、女性たちはその聖紐を手首に巻きつけました。
14年間に渡ってそれを身につけ、アナンタへの礼拝を行うことで、限りのない豊かさが授けられるのだとスシーラは教えられます。

信心深いスシーラは、アナンタへの礼拝を行うことを決め、その聖紐を手首に巻きつけます。
すると、カウンディニャとスシーラ夫妻は、みるみる豊かになり、周囲には富が溢れるようになりました。
ある時、カウンディニャはスシーラの手首に巻かれた聖紐に気がつき、スシーラはアナンタの礼拝について説明をしました。
しかし、豊かになったのは自分の努力のおかげであり、アナンタの恵みによるものではないと、カウンディニャは怒り、聖紐を捨ててしまいます。

しばらくすると、カウンディニャとスシーラは数々の苦難に見舞われ、極度の貧困に陥りました。
カウンディニャは、アナンタへの敬意を欠いたことによって、貧困に陥ったことに気がつきます。
その後、カウンディニャは14年間に渡ってアナンタへ捧げる苦行を行うと、罪は取り除かれ、再び豊かさに恵まれたといわれます。

強い自尊心や慢心は、私たちに苦難をもたらす大きな障壁であると、古代から伝えられてきました。
個々の心が全体である崇高な存在から離れることで、迷いや疑いに苛まれ、あらゆる物事が複雑に、そして困難が増していきます。
一方で、謙虚さは、私たちを全体である崇高な存在に結びつけます。
受け入れること、身を任せること、そうして生まれる大きな平安や至福の中で生きる時、限りのない豊かさに気づくことができるに違いありません。

こうした神話を学ぶことは、真の豊かさとは何か、自分自身の生き方を見つめる良い機会となるはずです。
アナンタを礼拝するアナンタ・チャトゥルダシーは、今年は9月23日(一部地域では14日)です。
皆様にも大きな恩寵がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

ピトリ・パクシャ2018

日本において先祖供養が行われるお彼岸の中日は、秋分の日(昼と夜の長さがほぼ同じになる日)として知られています。悟り(仏)の世界を彼岸、煩悩に満ちた世界を此岸と呼ぶ仏教では、彼岸は西に、此岸は東にあるとされてきました。太陽が真東から昇り真西に沈むこの秋分(また春分)は、彼岸と此岸がもっとも通じやすくなるとされ、この時に先祖を供養する行いがされるようになったと言われます。

インドではこの先祖供養の時にあたるのが、2018年は9月25日から10月9日までの約2週間、ピトリ・パクシャと呼ばれる期間です。この間は、先祖が地上にもっとも近づくと言われ、熱心な先祖供養の行いが執り行われます。それにはこんな言い伝えがあります。

マハーバーラタに登場する不死身の英雄カルナ王は、多くの人々に金や銀を与えてきましたが、天界にいった時、食事と水を与えられず空腹に苦しみました。それは、カルナ王が人々に金と銀しか与えず、食事と水を施さなかったことに理由がありました。神々はカルナ王に、地上に戻り人々に食事と水を施す機会を与えます。再び地上に戻り、人々へ食事と水を施したカルナ王は、その後、天界で幸せに暮らしたと言われています。

カルナ王が地上に戻ったのが、このピトリ・パクシャの約2週間であるとされ、人々は先祖だけでなく、貧しい人々への食事の施しを熱心に行います。インドでは、私たちは先祖と血縁関係で結ばれているだけでなく、先祖の行いや思いの影響を非常に強く受けていると信じられています。先祖を飢えさせないよう、先祖だけでなく、貧しい人々にも食事や水を恵むことで、先祖の魂は満たされ、私たちもまた祝福されると伝えられてきました。何より、そうして行われる善行は私たち自身の行いを清めるものでもあり、これから先をより良い方向へ導くものに他ありません。

さまざまな聖典の記述に従って複雑な儀式が執り行われるインドの先祖供養では、シュラーッダと呼ばれる儀式が重要視されます。「信頼」や「信念」を意味するシュラーッダは、信愛から生じる不変的な気づきに他なく、家族という身近な存在を敬う気持ちが、私たちをより良い道へと導きます。起こる物事にはすべて大切な意味があり、それらが私たちのこれからを最善に導いていることに気づき、こうして与えられた今という機会を大切に生きていきたいと感じています。

(文章:ひるま)

参照:”Significance of Pitru Paksha”, http://www.speakingtree.in/blog/significance-of-pitru-paksha

ウマー女神の愛

ヒンドゥー教の神々は、男神と女神が対になり、夫婦として崇められることが多くあります。
男神は女神の力なしには何もできず、女神は男神なしにその力をあらわすことはできません。
男神も女神もお互いを必要とし、その結合によって宇宙が生まれます。
その象徴に、シヴァ神とウマー女神の存在があります。

ウマー女神は、シヴァ神の妃であるパールヴァティー女神と同一視される女神です。
その名は、「知識」という意味を持ち、シヴァ神の知識という力として崇められます。
ウマー女神は、シヴァ神を夫として得るために、大変な苦行を行なったことで有名です。

シヴァ神は、最高のヨーガ行者ともいわれるように、世界の安寧を願い、山にこもって瞑想に耽るばかりでした。
そんなシヴァ神を振り向かせるために、ウマー女神は大変な苦行を始めます。
その苦行から生み出される熱は、大自然を荒れ狂わせ、神々をも恐怖に陥れるほどでした。

シヴァ神は、そんなウマー女神の姿に心を打たれ、妃として彼女を受け入れます。
シヴァ神とウマー女神は、プルシャ(精神:男性原理)とプラクリティ(物質:女性原理)の象徴であり、その結合は、宇宙が生まれることを象徴します。
そうして生まれた宇宙の中で、私たちは真実を知るための歩みを続けています。

ウマー女神は、シヴァ神への愛を通じた自己犠牲から生まれたといわれます。
その力は、神の存在を知るための光となり、真実に至る道を明るく照らすものとなりました。
私たち自身も、神への自己犠牲を通じて、真実をはっきりと見るための知識を獲得することができるはずです。

その道のりは、ウマー女神が大変な苦行を行ったように、困難や破壊を伴い、容易なものではないかもしれません。
しかし、私たちが経験するさまざまな苦難は、真実を知るための力となるものです。
その力を用いて苦難を乗り越えた時、神との一体という究極の至福にたどり着くことができるに違いありません。

季節の変わり目という変化の時に祝福されるナヴァラートリー祭は、この世界を動かす女神の力を讃える吉兆な時です。
この時を通じて、ウマー女神の愛に気づきながら、知識の光を灯し続けたいと感じます。

(文章:ひるま)

ガネーシャ降誕祭において月を見てしまった際の対処法

2018年9月13日はガネーシャ降誕祭です。

ガネーシャ降誕祭においては、決して月を見てはならないという神話が伝わります。ガネーシャ降誕祭に月を見る者は呪われる、とも伝えられるほどです。その理由は、「ガネーシャと月の神話」にてご紹介しております。

もし月を見てしまった場合は、シャーマンタカとクリシュナ神の神話(シュリーマド・バーガヴァタム)を読むことで、その呪いを解くことができると伝えられます。その物語を読むことができない場合は、以下のマントラを唱えることが勧められています。

सिंहः प्रसेनमवधीत्सिंहो जाम्बवता हतः।
सुकुमारक मारोदीस्तव ह्येष स्यमन्तकः॥

Simhah Prasenamavadhitsimho Jambavata Hatah।
Sukumaraka Marodistava Hyesha Syamantakah॥

シンハハ プラセーナマヴァティートシンホー ジャーンバヴァター ハタハ
スクマーラカ マーローディースタヴァ ヒェーシャ スヤマンタカハ

皆様にガネーシャ神の祝福がございますよう、心よりお祈り申し上げます。

女性たちの安寧を願う祈り

インドの各地で盛大な祝祭が行われる、待ちに待ったガネーシャ降誕祭が近づいてきました。
今年は、9月13日に祝福されます。
このガネーシャ降誕祭の次の日には、インドの一部の地域で、リシ・パンチャミーという祝福が行われます。

リシ・パンチャミーは、サプタリシ(七聖仙)を礼拝する日として知られています。
この日は、ラジャスヴァラー・ドーシャを清めるために、女性たちが祈りや断食をする日としても有名です。

ラジャスヴァラー・ドーシャは、月経によって生み出される困難な影響と信じられます。
一説に、このラジャスヴァラー・ドーシャに苦しんでいた女性がリシ・パンチャミーに戒行を行ったところ、その影響が清められ、健やかで幸せな人生を迎えたといわれます。

インドでは、女性は月経中、洗髪をしたり、台所に入って食事を作ったり、寺院へお参りをしたり、プージャーに参加したり、神聖なものに触れたりすることは避けるよう伝えられています。
こうした禁忌事項には、女性が健やかで幸せな日々を過ごすための叡智が秘められています。

女性は月経中、痛みや出血によって、何より身体的に疲労し消耗します。
また、女性ホルモンの働きによって、精神的にも不安定さを経験することが少なくありません。
このため、月経中の女性の心身は、適切な休息やケアが必要となります。

例えば、洗髪によって背中を伝う水は、不安定な状態にあるチャクラに影響を与え、子宮に近い最下部のムーラーダーラ・チャクラにその影響が滞るといわれます。
これにより、子宮が強く収縮したり、痛みが増したりするといわれます。
洗髪にお湯が使えなかった古代では、冷たい水を浴びることでの冷えも懸念されていたに違いありません。

また、寺院やプージャーなどの儀式では、真鍮や銅といった、伝導性があり、身体にエネルギーを伝えやすいものが多く用いられます。
こういった場所にいることで、女性ホルモンのバランスが乱れるなどの影響があると信じられます。
さらに、マントラなどの波動も、不安定な心身には強すぎる影響が加わるといわれます。

台所用品の多くも、かつてはこうした金属類が用いられていました。
それらに近づくことで生じる影響を抑えるためにも、台所に入ることが禁じられていたといわれます。
月経中も衛生的に過ごせる現代とは異なり、周囲を衛生的に保つためにも、古代では月経中の女性が調理することが難しかったのかもしれません。

ラジャスヴァラー・ドーシャは、こうした禁忌事項を守らないことで生じる心身の不調とも捉えられます。
リシ・パンチャミーにおいて、祈りや断食を行うことで、その影響が和らぐと信じられます。

こうした禁忌事項が伝えられるのは、月経中の女性から不浄なエネルギーが排出されるからであると、女性軽視のように捉えられてしまうこともあります。
それによって、神前に向かうことが失礼にあたるのではないかと感じる女性もいるといわれます。

しかし、その深くには、女性の心身を守り、適切に休め、健康で幸せに過ごすための叡智が秘められています。
忙しない現代社会において、こうした禁忌事項を守るのは難しいかもしれませんが、自然と調和しながら生きる術を心に留めておくと良いかもしれません。

(文章:ひるま)

2018年9月の主な祝祭

Fotolia_3536689_Subscription_Monthly_M

2018年9月の主な祝祭をご紹介いたします。

待ちに待ったクリシュナ降誕祭、ガネーシャ降誕祭など、9月は大きな祝祭が続きます。その後、満月を過ぎると、先祖供養の期間がおよそ2週間入り、続いていた大きな祝祭がひと段落する時を迎えますが、先祖供養のための儀式が熱心に執り行われます。

9月2日、または3日 クリシュナ降誕祭
9月3日、または4日 ダヒー・ハーンディー
9月6日 エーカーダシー
9月8日 シヴァラートリー
9月10日 新月/シュラヴァナ月の終わり(主に南インド)
9月12日 ヴァラーハ・ジャヤンティ
9月13日 ガネーシャ降誕祭
9月14日 リシ・パンチャミー
9月17日 ヴィシュヴァカルマン・プージャー/カニャー(乙女座)・サンクラーンティ/マハーラクシュミー・ヴラタの始まり/ラーダー・アシュタミー
9月20日 エーカーダシー
9月21日 ヴァーマナ・ジャヤンティ
9月24日 アナンタ・チャトゥルダシー(ガネーシャ降誕祭最終日)
9月25日 満月/ピトリ・パクシャ(先祖供養の2週間の始まり)
9月28日 サンカタハラ・チャトゥルティー

*地域や慣習によって、祝祭の日にちには差異が生じることがあります。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:http://www.drikpanchang.com/panchang/month-panchang.html

マニプーラ・チャクラを活性化するルドラ・マントラ

インドの偉大な聖者たちは、内的な経験に基づいて、人々のスピリチュアルな運命を予見できる霊能力者でした。
彼らは、肉体を神の神殿ととらえ、それが精神世界への偉大な旅路の基盤となるものとみていました。
脊柱の基底に渦巻くクンダリニーの力やチャクラのような発見は、彼らによってなされました。
チャクラの健康と正しいバランスは、実りある生活を与え、神々の領域へと意識を拡大させます。

シヴァ(吉兆)の怒りの側面を表した神格として知られるルドラは、第3のチャクラであるマニプーラ・チャクラに作用する神格です。
第3のチャクラであるマニプーラ・チャクラは、個々人の力の変換点、つまりエネルギーを与える中枢です。
その言葉が意味しているように、マニプーラ・チャクラは光沢のある宝石のように輝きます。

しかし、そこは火の要素の中心であるため、当然のことともいえます。
このチャクラが浄化されるとき、世俗的な快楽に対する、燃えるような欲望から自由になることができるとされています。
あらゆるネガティブなエネルギーや、エゴによる不純な動機は、この火炎の中枢である祭壇で燃やし尽くされます。

ルドラすなわちアグニは、地上における物質的生活を破壊し、再建する神です。
彼は本性として怒りの性質を持ち、私たちの中で、火の属性すなわち怒りとして表現されます。
過度の怒りは、病気の元となり、肉体や心を傷つけます。
しかし、自己の肉体を維持し、社会生活向上の手段として、怒りは時として必要不可欠な性質です。

「ルドラ」は、本質的な意味として、「困難を超越する」と解されます。
ルドラは、文字通りの意味としては、「恐ろしいもの」「恐怖のもの」「暴風神」などが挙げられますが、この文字が、「ル」と「ドラ」に分割される場合、「悲哀からの脱却」「悲しみからの解放」「困難を超越した状態」を意味する言葉となります。
これらはすべてルドラ・シヴァの本質であり、サマーディすなわちサダーシヴァと呼ばれる無の境地を示し、心の束縛から解放され、かつてない吉兆(シヴァ)と光輝をもたらすものです。

チャクラに対応した神々の波動のリズムに乗り、調和と成功に満ちた生活を生み出しましょう。

マハーバリ王の願い

美しい自然が織りなす、豊かな生活が生きる南インドのケーララ州。
今年は激しいモンスーンの豪雨に見舞われ、その美しさは壊滅的な被害を受けました。
これから、人々が心待ちにするケーララ州のもっとも大きな祝祭、オーナム祭を迎えようとしていた時でした。

収穫祭でもあるオーナム祭は、かつて王国を追われたマハーバリ王が、年に一度だけ愛する国民たちのもとへ戻る日として知られます。
マハーバリ王は、神々と敵対するアスラの生まれでしたが、非常に信心深く献身的で、国民から愛される偉大な王であったといわれます。

しかし、アスラであったマハーバリ王は、後にヴィシュヌ神の5番目の化身であるヴァーマナに倒されます。
年に一度、愛してやまない国民のもとへ戻ることを条件に、自らを犠牲とし、マハーバリ王は国民の繁栄と幸福を守ったのです。

オーナム祭は、そんなマハーバリ王が年に一度だけ愛する国民たちのもとへ戻る日です。
それは、マハーバリ王があらゆる苦難を乗り越え、解脱を得た日として祝福される時でもあります。

このオーナム祭の神話には、多くの学びが伝えられます。
マハーバリ王は、愛する国民のために、自らを犠牲とし、王としての地位も失いました。
それは、この世のすべての現象が、絶えず変化をしているということを伝えているようです。
私たちの身体、所有物、地位や名誉など、決して永遠であるものはありません。

しかし、自分という小さな個人を捨て、愛する国民と一つになることを望んだマハーバリ王。
他を想い、自我を捨て、全体と一つになることは、神に至る永遠の至福に他ありません。
その真実の理解のみが、私たちを永遠のものとします。
事実、マハーバリ王は今でも国民たちから温かく迎え入れられ、その魂は時を超えて崇められています。

およそ10日間に渡って続くオーナム祭のもっとも盛大なお祝いは、今年は8月25日にあたります。
酷暑期から雨季、その季節の移り変わりが生み出す収穫に感謝をするオーナム祭は、変化の恵みに感謝をする時でもあります。
暗闇から光輝へと向かうよう、この時を通じて、被災地の一日も早い復興と、被災された方々の平安を祈りたいと感じます。
マハーバリ王がいつの時も人々とともにあり、苦難を乗り越える力と、安寧が授けられますように。

(文章:ひるま)

ガネーシャ神のミルク粥

全世界に幸運をもたらすガネーシャ神は、幸せに生きるための大切な教えを私たちに示しています。
ガネーシャ神にまつわる神話を通じ、はっとする気づきを得ることも少なくありません。
そんな神話の中に、ガネーシャ神とミルク粥の神話が伝わります。

一年に一度のガネーシャ降誕祭を迎え、人々がお祭りの準備で忙しくしていた時のことです。
一握りのお米と、スプーン一杯ほどのミルクを手にした小さな男の子が、ミルク粥を作って欲しいと人々を訪ね歩いていました。
男の子は貧しく、身体も汚れ、お腹をすかせています。
しかし、人々はお祭りの準備に忙しく、男の子の願いを聞き入れることはありませんでした。

諦めずに人々を訪ね歩いた男の子は、ある年老いた女性に出会います。
女性は願いを聞き入れるも、とても貧しく、家にはミルク粥を作る鍋すらありません。
男の子は女性に、誰かから一番大きな鍋を借りてくるよう伝えます。

あるのは一握りのお米と、スプーン一杯ほどのミルク。
どうして大きな鍋が必要なのかと女性は不思議に思います。
しかし、男の子の希望通り、一番大きな鍋を借り、ミルク粥を作り始めました。

その間、男の子は身体を洗いに川へ出かけます。
しばらくしてミルク粥の甘い香りが漂い始めると、女性は驚きます。
大きな鍋がミルク粥で溢れそうになっていたのです。
出かけた男の子を待ちきれず、女性は祭壇のガネーシャ神にミルク粥を供えると、自らも食べ始めました。

男の子が戻った時、待ちきれずに先に食べてしまったことを女性は謝るも、男の子はもうお腹いっぱいだと答えます。
その男の子こそ、女性がミルク粥をお供えしたガネーシャ神だったのです。
貧しく汚れた男の子の願いを聞き入れた女性は、ガネーシャ降誕祭という吉日に、溢れんばかりの祝福に満たされました。

私たちは日々忙しく、姿や形にとらわれ、本質を見失うことが多くあります。
しかし、自分自身のもとに訪れる出来事を真摯に受け入れ、できる精一杯を努めた女性には、何よりも大きな祝福が授けられました。

大切なものは、なかなか目に見えません。
日々の出来事を一つ一つ大切に受け入れ、その意味に気づきながら学びを深めることで、私たちはもっとも大切なものを見ることができるはずです。
私たちを幸せに導くガネーシャ神は、きっと、すぐそばにいるに違いありません。

(文章:ひるま)

聖者の心から生まれた蛇の女神

酷暑期を終え、恵みの雨が降り続くシュラヴァナ月(7月~8月)は、一年のうちでもっとも神聖な時といわれます。
そんなシュラヴァナ月の新月から5日目、インドの各地では、ナーガ・パンチャミーと呼ばれる蛇神を讃える祝祭が祝福されます。
2018年は8月15日です。
雨季に入り、さ迷い出る蛇の被害を受けないよう、人々が捧げた祈りに起源を持つ祝祭です。

古代より、多産や豊穣の象徴として崇められてきた蛇。
脱皮を繰り返す姿には、死と再生の象徴を見ることができます。
一方で、蛇の持つ毒と、くねくねと動き回る姿は、せわしなく動き続け苦悩を生み出す心の象徴して捉えられることがあります。

人々に畏怖の念を抱かせてきた蛇は、古代より神格化され、重要な役割を担ってきました。
蛇神は数多く、それぞれの存在は霊性を高めるための深い意味を持ち合わせています。
そんな蛇神の中に、マナサー(マンサー)と呼ばれる女神がいます。

蛇の毒を癒す力を持つ女神として崇められるマナサー女神は、サプタリシ(七聖仙)に数えられる聖者カシュヤパの心から生まれたと伝えられます。
心(マナス、意)から生まれたために、マナサーと名づけられたこの女神を祀る寺院は、インドの各地に存在します。
マナサー女神は、帰依者の願望を満たすと信じられ、寺院は願望が満たされる聖地として崇められてきました。

私たちは、心の動きを通じ、さまざまに突き動かされています。
その結果、甘露のような恩恵を味わうこともあれば、猛毒のような苦悩を味わうこともあります。
しかし、その突き動かす力なしに、願望を達成することはできません。
時に猛毒のような苦悩を生み出す心の動きも、神々の支配下にある時、それは願望を達成する大きな力となるはずです。

自然と密接に生きていた古代の人々の生活において、蛇の毒による死は身近であったといわれます。
聖者の心から生まれ、そんな猛毒を癒す力を持つマナサー女神は、私たちの心の働きを正し、願望を達成する力を与えてくれるのかもしれません。
その力の下で突き動かされる私たちは、清らかで満たされた人生を歩むことができるはずです。

(文章:ひるま)