シャクティ・ムドラー

世界のあらゆる存在の背後にある動的なエネルギーである女神たちは、古来よりシャクティとして崇められてきました。
創造を担い、変化を生み出すシャクティは、世界に均衡を図る重要な存在です。
そのエネルギーは、私たちの内なる世界にも生きています。

そんなシャクティの名を持つムドラーがあります。
シャクティ・ムドラーは、一般的に質の良い睡眠をもたらすムドラーとして知られています。
それは、心身を落ち着かせる鎮静効果があるとされるためです。
また、女性においては、月経を緩和させる効果があるとも伝えられます。

シャクティ・ムドラーでは、まず左右の親指を手の平側に曲げ、その親指を包み込むように、人差し指と中指を曲げます。
そして、左右の薬指と小指の先端を合わせます。
また、曲げた人差し指と中指の背を合わせます。
この手の形を、下腹部のあたりで組むのがシャクティ・ムドラーです。

親指は火、人差し指は風、中指は空、薬指は地、小指は水というように、5本の指にはそれぞれ5元素の象徴があります。
シャクティ・ムドラーでは、火を風と空で包み込み、地と水を合わせます。
地と水の要素から構成されるものに、3つのドーシャの1つであるカパ(カファ)があります。
カパ(カファ)は、安定をもたらし、大地のように落ち着いた性質があるとされます。
その特徴は、寛大で、慈悲深く、愛情に溢れるとされ、まるで女神のようです。

そして、このムドラーは、仙骨のあたりにあるとされるスヴァーディシュターナ・チャクラを活性化させると伝えられてきました。
スヴァーディシュターナ・チャクラは水の要素を持ち、「自らが宿る場所」という意味を持ちます。
水があらゆる生命の源であるように、自分自身の全てが眠っていると伝えられる場所です。
また、このムドラーを実践する時、下向きのエネルギーともいわれるアパーナが活性化されるとも伝えられます。
そうして自分自身のあるべき場所に繋がる時、より大きな安定を感じ、心身は落ち着きを得ることができるはずです。

季節の変わり目となり、心身ともに不安定になりがちな時、こうした叡智を通じて、内なる世界に安定を生み出すことを心がけたいと感じます。
世界を動かす偉大な女神のエネルギーが、内なる世界を祝福してくれるはずです。

(文章:ひるま)

知識の始まり

季節が移り変わろうとしている時、インドの各地では、大自然を動かす女神たちの力を礼拝するナヴァラートリー祭が盛大に祝福されます。
この祝祭の最後を祝福するように迎えるのが、ダシャラー祭です。
ドゥルガー女神が悪神マヒシャースラを倒した日として、また、ラーマ神が魔王ラーヴァナに打ち勝った日として、悪に対する善の勝利を象徴する吉日です。

この日は、「ヴィディヤーラムバム」と呼ばれ、主に南インドでは、学問の女神であるサラスワティー女神への祈りが捧げられる日でもあります。
「ヴィディヤー」は「知識」、「アーラムバ」は「始まり」を意味します。
自分自身の内で無知という暗闇を倒し、知識という光が満ち始める吉祥な時、私たちは真の学びを開始します。
それは、清らかな心身の中で、自分自身の本質に気づく学びでもあります。

多くの情報を瞬時に手にすることができるようになった現代、該博な知識を身につけることも容易になりました。
しかし、溢れる情報に飲み込まれることも少なくありません。
時には、そうして得た知識が成長の妨げになることもあります。
事実、魔王ラーヴァナは4つのヴェーダと6つのシャーストラを習得し、知識に卓越した存在であったにも関わらず、その知識を正しく用いることができなかったために、ラーマ神に倒されました。

一方で、サラスワティー女神は、あらゆるものを清めると崇められてきた聖なる川の神格です。
そんなサラスワティー女神は、識別力の象徴である白鳥を乗り物とします。
白鳥は、混ざり合った水とミルクから、ミルクだけを飲むことができると伝えられることがあります。
それは、善と悪、正と誤を見分ける力だけでなく、本質を見る力として崇められてきました。

毎年、自然の巡りに調和をしながらこの祝祭を祝う時、私たちは本質から遠ざかることなく、日々の歩みを着実に進めることができるはずです。
今年も、ナヴァラートリー祭の間に自分自身を清め、その最後をサラスワティー女神に捧げたいと感じます。
終わりは新たな始まりであることを心に留めながら、本質に立ち返る時を過ごすことで、サラスワティー女神は新たな成長を祝福してくれるに違いありません。

今年のナヴァラートリー祭は、9月29日から10月7日、そして、ダシャラー祭は10月8日に祝福されます。
この時が、皆様にとっても実りある時となりますよう、心よりお祈り申し上げております。

(文章:ひるま)

ガネーシャ・ヴィサルジャン

すべての災いを取り除き、全世界に幸福をもたらすガネーシャ神の降誕祭が、2019年は9月2日に祝福されました。
ガネーシャ降誕祭は10日間に渡る祝祭であり、ガネーシャ信仰の厚い地域では、現在もガネーシャ神への熱心な礼拝が続いています。

この10日間、伝統に従う人々は、土でできたガネーシャ神像をそれぞれの家庭に祀り礼拝を行います。
そして、10日間の礼拝を終えると、そのガネーシャ神像を海や川へと流します。
この日は、アナンタ・チャトゥルダシーと呼ばれ、今年は9月12日(日本時間では13日)に祝福されます。
このガネーシャ神像を海や川へと流す行為は、ガネーシャ・ヴィサルジャンと呼ばれ、霊性を育む大切な教えが秘められています。

必滅で有形である肉体を持つ私たちにとって、不滅で無形である神に心をよせることは、非常に困難なことであると、かのクリシュナ神は説いています。
そして、無形の神を念想するよりも、有形の神を念想するほうが、より容易に成就に達することができると説きました。
(バガヴァッド・ギーター12章)

土に水を加えて捏ねながらガネーシャ神の姿を形作る時、私たちはより明確に、障害除去の神としてのガネーシャ神の姿を意識することができます。
ガネーシャ神の姿には、すべての災いを取り除き、幸福をもたらすための叡智が諸所に秘められています。
そうして目に見えるようになったエネルギーを、私たちは10日間にわたって礼拝します。

さまざまな思いを込めて礼拝を行ったガネーシャ神像を最後に手放すことは、決して容易なことではありません。
しかし、この10日間に育まれたガネーシャ神との繋がりは、姿や形に限定されるものではないはずです。
その姿や形がなくなったとしても、私たちはその本質に繋がった心を見失わずにいなければなりません。

姿や形といった目に見える物は、ある時間が来れば消えて無くなるということ。
この祝祭を通じ、身をもってその事実を示すガネーシャ神は、より明確に、私たちを非顕現の真理に導いてくれるはずです。

(文章:ひるま)

宇宙創造の卵の女神

木々が色づき空が高くなる秋の日には、変化する自然を肌で感じる瞬間があります。
インドではそんな季節の変わり目に、自然を動かす偉大な力である女神たちが9日間に渡って礼拝されます。
ナヴァラートリー祭と呼ばれるその祝祭において、一夜ずつ崇められるのが、ドゥルガー女神の9つの姿です。

そのドゥルガー女神の9つの姿の中に、クシュマーンダーと呼ばれる女神がいます。
クシュマーンダー女神は、ドゥルガー女神の9つの姿の4番目の姿であり、ナヴァラートリー祭では第4夜に礼拝される神格です。

クシュマーンダー女神は、宇宙を生み出す卵であるといわれます。
一説に、まだ宇宙が存在せず暗闇しかなかったところに、クシュマーンダー女神が微笑むと、光が生まれたと伝えられます。
言い伝えでは、クシュマーンダーの「ク」は小さい、「ウシュマ」は暖かさや熱意、「アンダ」は卵という意味があるといわれます。

インド占星術においては、4室に母親、出生地、幸福、家庭といった象意があるとされてきました。
自分自身が生まれるところであり、無条件の愛があるその場所は、ナヴァラートリー祭で第4夜に礼拝され、宇宙を生み出し育むクシュマーンダー女神の姿に重なります。

また、クシュマーンダには、かぼちゃという意味があります。
実りの秋の象徴でもある丸々としたかぼちゃは、その実の中に多くの種を含みます。
大きく成熟していくかぼちゃは、この宇宙の中で、私たち一人ひとりが成長していく姿のようです。
私たちは、蔓を通して大地に繋がり栄養を受け取るかぼちゃのように、常に本質に繋がりながら成長しなくてはなりません。

肉体を持って生まれた私たちは、クシュマーンダー女神を礼拝する時、無条件の愛の中で成長していくことができると信じられます。
自らが生まれる場所に繋がりながら、深い愛と安定の中で生きれば、私たちは自分自身の本質に気づくことができるはずです。
その時、内にある暗闇には暖かな光が灯るに違いありません。

クシュマーンダー女神の力がなければ、私たちは太陽の光とそのエネルギーを受け取ることができないといわれます。
ナヴァラートリー祭は、そんな女神の力が活発になる時です。
小さな光が宇宙を満たすように、内なる世界に輝く光に常に気づいていられるよう、この時に女神たちへの祈りを捧げたいと感じます。

(文章:ひるま)

2019年9月の主な祝祭

2019年9月の主な祝祭をご紹介いたします。

9月に入ると、待ちに待ったガネーシャ降誕祭が祝福されます。その後、満月を過ぎると、先祖供養の期間がおよそ2週間入り、続いていた大きな祝祭がひと段落する時を迎えますが、先祖供養のための儀式が熱心に執り行われます。先祖供養の期間が終わると、いよいよ女神を讃える9日間の夜、秋のナヴァラートリー祭が始まります。

9月1日 ヴァラーハ・ジャヤンティ
9月2日 ガネーシャ降誕祭
9月3日 リシ・パンチャミー
9月6日 マハーラクシュミー・ヴラタの始まり/ラーダー・アシュタミー
9月9日 エーカーダシー
9月10日 ヴァーマナ・ジャヤンティ
9月11日 オーナム祭/プラドーシャ
9月12日 アナンタ・チャトゥルダシー(ガネーシャ降誕祭最終日)
9月14日 満月/ピトリ・パクシャ(先祖供養の2週間の始まり)
9月17日 ヴィシュヴァカルマン・プージャー/カニャー(乙女座)・サンクラーンティ/サンカタハラ・チャトゥルティー
9月21日 マハーラクシュミー・ヴラタの終わり
9月25日 エーカーダシー
9月26日 プラドーシャ
9月27日 シヴァラートリー
9月28日 新月/ピトリ・パクシャ(先祖供養の2週間の終わり)
9月29日 秋のナヴァラートリー祭の始まり

*地域や慣習によって、日にちに前後の差異が生じます。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:Month Panchang

トリヴィクラマのアーサナ

この世界に危機が生じた時、さまざまな化身となって姿をあらわすと信じられるヴィシュヌ神。
そんなヴィシュヌ神の化身に、ヴァーマナと呼ばれる矮人の姿があります。
ヴァーマナは、神々と敵対するアスラのマハーバリ王を倒したとされる神格です。

マハーバリ王は非常に献身的で、国民から愛される偉大な王でしたが、地と空と天の3界を支配し、神々は力を失っていました。
すると、ヴィシュヌ神は矮人であるヴァーマナに化身し、マハーバリ王から3歩分の土地をもらう約束をします。
その時、矮人であったヴァーマナは巨人となり、2歩で世界を跨ぎました。
マハーバリ王は、最後に残った領地である自らの頭を潔く差し出し、ヴァーマナがマハーバリ王の頭を踏みしめると、世界は神々のもとに戻ったと伝えられます。

ヨーガには、このヴァーマナに捧げられるポーズがあります。
そのポーズはトリヴィクラマーサナと呼ばれ、立位で大きく足を開脚した姿が、まるで世界を跨ぐヴァーマナのように映ります。
トリヴィクラマはヴァーマナの別名であり、その名前には、3界を3歩で跨ぐ者という意味があります。

開脚のポーズは、脊椎の基底に位置し土の要素を持つムーラーダーラ・チャクラを活性化させると伝えられてきました。
ムーラーダーラ・チャクラが滞ると、地に足がつかないような大きな不安を感じると伝えられます。
開脚をしながら片足で立つこのポーズでは、柔軟性を育むとともに、バランスの取り方を学ばなければなりません。

そのバランスを取るポーズの実践を通じては、眉間のあたりにあるとされるアージュニャー・チャクラが活性化されると伝えられます。
第3の眼ともいわれるこのチャクラが活性化する時、私たちは絶対の存在を知ることができると信じられます。

ヴァーマナが要求し、マハーバリ王が差し出した3歩分の土地は、現在と過去と未来、サットヴァとラジャスとタマスとなどといわれます。
こうした時間や性質に揺さぶられる私たちは、日々苦悩することが少なくありません。
このポーズの実践を通じて絶対の存在を知り、確かな安定を得る時、私たちはその3歩分の土地を柔軟に神々に差し出すことができるはずです。
そして、神々の統治のもとで、真の幸福に包まれるに違いありません。

マハーバリ王は年に一度だけ、愛する国民の下へ戻ると信じられます。
その日は、インド南部のケーララ州においてオーナム祭として祝福され、2019年は9月10日から13日に迎えます。
この時、世界が平和に包まれることを心から願っています。

(文章:ひるま)

リシ・パンチャミー2019

2019年は9月2日に、ガネーシャ降誕祭が祝福されます。
このガネーシャ降誕祭の次の日には、インドの一部の地域で、リシ・パンチャミーという祝福が行われます。

リシ・パンチャミーは、サプタリシ(七聖仙)を礼拝する日として知られています。
この日は、ラジャスヴァラー・ドーシャを清めるために、女性たちが祈りや断食をする日としても有名です。

ラジャスヴァラー・ドーシャは、月経によって生み出される困難な影響と信じられます。
一説に、このラジャスヴァラー・ドーシャに苦しんでいた女性がリシ・パンチャミーに戒行を行ったところ、その影響が清められ、健やかで幸せな人生を迎えたといわれます。

インドでは、女性は月経中、洗髪をしたり、台所に入って食事を作ったり、寺院へお参りをしたり、プージャーに参加したり、神聖なものに触れたりすることは避けるよう伝えられています。
こうした禁忌事項には、女性が健やかで幸せな日々を過ごすための叡智が秘められています。

女性は月経中、痛みや出血によって、何より身体的に疲労し消耗します。
また、女性ホルモンの働きによって、精神的にも不安定さを経験することが少なくありません。
このため、月経中の女性の心身は、適切な休息やケアが必要となります。

例えば、洗髪によって背中を伝う水は、不安定な状態にあるチャクラに影響を与え、子宮に近い最下部のムーラーダーラ・チャクラにその影響が滞るといわれます。
これにより、子宮が強く収縮したり、痛みが増したりするといわれます。
洗髪にお湯が使えなかった古代では、冷たい水を浴びることでの冷えも懸念されていたに違いありません。

また、寺院やプージャーなどの儀式では、真鍮や銅といった、伝導性があり、身体にエネルギーを伝えやすいものが多く用いられます。
こういった場所にいることで、女性ホルモンのバランスが乱れるなどの影響があると信じられます。
さらに、マントラなどの波動も、不安定な心身には強すぎる影響が加わるといわれます。

台所用品の多くも、かつてはこうした金属類が用いられていました。
それらに近づくことで生じる影響を抑えるためにも、台所に入ることが禁じられていたといわれます。
月経中も衛生的に過ごせる現代とは異なり、周囲を衛生的に保つためにも、古代では月経中の女性が調理することが難しかったのかもしれません。

ラジャスヴァラー・ドーシャは、こうした禁忌事項を守らないことで生じる心身の不調とも捉えられます。
リシ・パンチャミーにおいて、祈りや断食を行うことで、その影響が和らぐと信じられます。

こうした禁忌事項が伝えられるのは、月経中の女性から不浄なエネルギーが排出されるからであると、女性軽視のように捉えられてしまうこともあります。
それによって、神前に向かうことが失礼にあたるのではないかと感じる女性もいるといわれます。

しかし、その深くには、女性の心身を守り、適切に休め、健康で幸せに過ごすための叡智が秘められています。
忙しない現代社会において、こうした禁忌事項を守るのは難しいかもしれませんが、自然と調和しながら生きる術を心に留めておくと良いかもしれません。

(文章:ひるま)

サットヴァの修行

私たちを至福の源泉へと導くクリシュナ神は、時を超えて、数々の教えを示し続けています。
そんなクリシュナ神の言葉が綴られたバガヴァッド・ギーターは、人々の心の支えとして、古代より大切に受け継がれてきました。
日々の中で抱く苦悩は、その美しい言葉が、すべて解いていくように感じることもあります。

そんなバガヴァッド・ギーターにおいて、クリシュナ神がサットヴァの修行について説く章があります。
肉体・言葉・心の面において実践すべきとされるその修行について、クリシュナ神は次のように述べています。

肉体的修行 苦行について言えば―
神々を礼拝し 長上の人や
師 賢者を敬って仕え
清潔 正直 節制 非暴力であること

言葉の修行は―真実を語ること
やさしく快い言葉 有益な言葉を語ること
他人の心を乱したり扇動したりせぬこと
そしてヴェーダ聖典を規則的に読誦すること

心の修行は―
足ることを知って常に心おだやかに
正直 率直 沈着であり
自己抑制をして身心の浄化につとめること
(バガヴァッド・ギーター 第17章第14-16節 神の詩―バガヴァッド・ギーター田中 嫺玉 (著, 翻訳))

これらの3つの修行は、清らかな信仰を持つ人々が、報果を求めずに行う時、サットヴァの修行になるのだといいます。
報いを期待したり、愚昧の者がしたりする修行は、不安定で長続きせず、自分や他者をも苦しめると説かれ、その修行の尊厳は失われます。
だからこそ、正しい目標に向かって私たちを動かす清らかな信仰を、何よりも大切に育む必要があります。

そしてこれらの修行は、私たちが社会の中で生きる日々においてこそ実践できる事柄です。
与えられたこの修行の場を活かすことができれば、私たちは至福の中で生きることができるに違いありません。

今年は、8月24日(または23日)に、クリシュナ降誕祭が祝福されます。
この神聖な時に、クリシュナ神の美しい言葉に繋がり、清らかな信仰を育みながら、何の報いも求めないサットヴァの修行に励みたいと感じます。
皆様にも、クリシュナ神の大きな祝福がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

クシェーパナ・ムドラー

苛立ったり、悩んだり、疑ったり、日々を過ごす中で、ネガティブなエネルギーに支配されることはないでしょうか。
そうして抱え込んでしまうエネルギーは、私たちの心身やその周囲にも、さまざまな悪影響を生み出します。
このエネルギーを手放すことを助けてくれる、クシェーパナ・ムドラーと呼ばれるムドラーがあります。

クシェーパナには、手放す、解放する、放り出すなどという意味があります。
このムドラーは、私たちが抱え込むネガティブなエネルギーを放出し、ポジティブなエネルギーを受容する助けとなるムドラーとして知られます。

クシェーパナ・ムドラーでは、左右の手の平を合わせ、人差し指はまっすぐに伸ばしたまま、中指、薬指、小指はそれぞれ交差させて曲げ、手の甲で休ませます。
左右の親指も同じように交差させ休ませます。
または、最初に両手を組んでから、人差し指をまっすぐに伸ばすこともできます。
この手の形を、まっすぐに伸ばした人差し指が地面に向くように組むのがクシェーパナ・ムドラーです。
臥位で行う際は、人差し指が足先に向くように組みます。

親指は火、人差し指は風、中指は空、薬指は地、小指は水というように、5本の指には、それぞれ5元素の象徴があります。
クシェーパナ・ムドラーでまっすぐに伸ばす人差し指は、風を象徴します。
風は、自由に何かを動かし変化をもたらす性質であるヴァータの象徴です。

そして、一説に、頭頂から流れるエネルギーは、足を通して大地に放たれると伝えられます。
インドでは、尊者のエネルギーを受け取るために、その御足に触れ礼拝を行うことも少なくありません。

自由に動く風の象徴である人差し指をまっすぐに伸ばし、エネルギーが放出される足先(大地)に向けるこのムドラー。
その実践を通じては、抱え込んだネガティブなエネルギーを動かし、放出することができると信じられています。

時に変化を恐れる私たちは、手放すことができずに不必要な物事を抱え込んでいることが少なくありません。
そうして抱え込んだエネルギーを放出することで、思考や感情を浄化することができると信じられます。
それはまた、幸せに満ちた前向きなエネルギーを取り入れることを可能にしてくれるに違いありません。

(文章:ひるま)

※クシェーパナ・ムドラーは、カーリー・ムドラーとされる場合もあります。

全世界に幸福をもたらすガネーシャ神の姿

全世界に幸福をもたらすガネーシャ神は、障害除去の神として、唯一無二の存在です。
そんなガネーシャ神にまつわる数々の神話には、幸せに生きるための多くの秘訣を見ることができます。
その神話の中に、ヴィシュヌ神とラクシュミー女神の結婚式に招待をされたガネーシャ神の神話が伝わります。

ヴィシュヌ神とラクシュミー女神の結婚式には、ガネーシャ神をはじめ、多くの神々が招待されました。
しかし、象の頭、大きなお腹、折れた牙、そんなガネーシャ神の姿を奇妙に思う神々は、美しいラクシュミー女神の結婚式にガネーシャ神は来てほしくないと感じます。
すると、神々はガネーシャ神を置いてきぼりに、こぞって結婚式に向かいました。

その話を聞いたガネーシャ神は、心を痛めます。
すると、ガネーシャ神の乗り物であるネズミが、他の多くのネズミを率いて、ヴィシュヌ神の馬車が通る道の下に穴を掘りました。
馬車に乗ったヴィシュヌ神が通りかかると、道には穴があき、車輪が沈んでしまいます。

神々は馬車を持ち上げようとするも、持ち上げることができません。
そんな時、通りかかったひとりの農夫が、「ジャヤ・ガネーシャ!」と掛け声をかけると、軽々と馬車を持ち上げてしまいました。
神々は驚き、なぜガネーシャ神の名前を口にしたのか、農夫に問います。
農夫は、ガネーシャ神が障害除去の神だからと答えたといわれます。

この神話は、ガネーシャ神の外面に惑わされた神々が、障害除去の神というガネーシャ神の本質を見失い、障害に直面したことを伝えています。
私たち自身も、自分自身の立場の中で、外面的に物事を判断してしまうことが少なくありません。
あるがままに物事を見ることができない私たちの心の働きは、自分自身に限界を生み出し、さまざまな障壁となって、私たちの前を塞ぎます。

ひとりの農夫がガネーシャ神の御名を口にしただけで障害を取り除いたのは、彼が自分自身の立場を超えて、本質を見ることが可能であったからに違いありません。
ガネーシャ神の礼拝を通じて、その本質への結びつきを強める時、私たちの心は解放され、物事をあるがままに見ることができるようになるはずです。
そうして一人ひとりが自分自身の存在に喜びを見出し、この世界に大きな幸福が満ちることを心から願っています。

(文章:ひるま)