クリシュナ神の重さ

布施の伝統が生きるインドでは、トゥラーバーラと呼ばれる慣習が現代でも広く行われています。
トゥラーバーラは、トゥラープルシャやトゥラーダーナともいわれ、体重に等しい物品を寄付したり、奉納したりする行為を意味します。
このトゥラーバーラには、クリシュナ神にまつわるある有名な神話が伝わります。

クリシュナ神には、ルクミニーやサティヤバーマーといった多くの妻がいました。
謙虚なルクミニーに対し、サティヤバーマーは高慢な妻であったといわれます。
ある時、サティヤバーマーはクリシュナ神の愛を独占したい気持ちに駆られます。
すると、ナーラダ仙がある計画を始めました。

それはまず、クリシュナ神をナーラダ仙に差し出すことから始まります。
そして、トゥラーバーラによってクリシュナ神と同じ重さの物品を納めることができれば、クリシュナ神はサティヤバーマーだけのものになるという計画でした。

天秤が用意され、クリシュナ神が片方に座ります。
サティヤバーマーは意気込んで所有物をもう片方に乗せ始めました。
しかし、金や銀といったあらゆる財産を乗せても、重さは等しくなりません。
このままでは、クリシュナ神をナーラダ仙から取り戻すことすらできなくなります。

焦ったサティヤバーマーは、献身的なルクミニーに助けを求めます。
そして、ルクミニーが心を込めて一枚のトゥラシーの葉を秤に乗せると、重さは等しく釣り合い、クリシュナ神は妻たちのもとに戻ったと伝えられます。

このトゥラーバーラの神話は、さまざまに異なる説明で伝えられることがあります。
しかし、ルクミニーによって置かれたクリシュナ神への思いが溢れる一枚のトゥラシーの葉は、サティヤバーマーのすべての財産よりも価値があるということを、そのどれもが伝えています。
それは、神への愛は物の量で測れるものではなく、重要なのはその思う気持ちであることを示しています。

そして、ナーラダ仙はこの計画をもって、欲望の恐ろしさを明らかにしました。
クリシュナ神を差し出してしまったサティヤバーマーのように、私たちも欲望に目がくらみ、大切な何かを手放してしまうことがあります。
それは、自分自身の本質を見失うことにも等しいものです。
もっとも大切なものを失うことがないように、クリシュナ神を思う気持ちを育みながら、真の喜びの中で生きることを学び続けたいと感じます。

(文章:ひるま)

グル(師)との邂逅

良いグル、本物のグルと出会うことは、人生において霊的な道を歩む際の最強の助けになるでしょう。
今回はグルプールニマーに寄せて、私(ガネーシャギリ)のグルとの邂逅に関してのお話を書かせていただきます。

現在50代半ばの私ですが、中学生か高校生の時に、偶然見た雑誌に、「ヨガの達人」が特集されていました。
当時日本では数の少なかった本物のヨーガ行者でした。
私はその記事を見て「素晴らしいな。将来上京したらこの人に師事してみたい。」と思いました。

20代半ばで実際にその方に師事し、現在は30年近い歳月が流れました。その間にヒマラヤ修行にも何度も同行させていただきましたし、生活の大部分をヨーガの修行と、師とともに過ごす時間に費やすことができました。
その時間の中で師から様々な大きな影響を受けました。

私は12年前に独立をさせていただき、9年前からは仕事も忙しくなり、師にお会いする機会もグッと少なくなりました。
さらには私自身のサーダナも内容が大きく変化して、現在の修行内容の中で師から学んだ技術は全体の3分の1ほどです。
しかし修行上の重要なエッセンスの大部分は、すべて師から学んだもので構成されており、師との邂逅がなければ今の私の修行人生は無かったと言っても過言ではないでしょう。
私の師を知る知人からは「顔や体形は全く違うのに、ちょっとしたしぐさや言動が恐ろしいくらい似ている。」とも言われることもあります。弟子としては本当に嬉しい限りです。
先日何年かぶりで師と2人で過ごす時間がありました。まるで本当の父親と会話をするように楽しい時間を過ごしました。
師の元での修行時代のように、師と過ごす濃い時間はこの先の人生ではもうないでしょう。しかし師から受け継いだものは私の血となり肉となり、完全に私の一部になっています。それは常に師のそばに座っていることと同じだともいえるでしょう。素晴らしい師との邂逅に勝る出会いは、この世にそうはないと思います。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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シヴァ神の癒し

大地が潤う神聖なシュラヴァナ月において深い祈りが捧げられるシヴァ神は、インドの各地においてさまざまな姿で崇められます。
インド中部のジャールカンド州においては、医師としてのシヴァ神が崇められる寺院があります。
その寺院は、インドにおいてもっとも重要とされる12のリンガムが祀られた寺院のひとつでもあり、シュラヴァナ月においては多くの巡礼者が訪れる聖地です。

医師としてのシヴァ神は、ヴァイディヤナータという御名で崇められます。
シヴァ神がヴァイディヤナータとして崇められるようになった理由には、さまざまな神話が伝わります。
そのひとつに、魔王として数々の戦いを繰り広げた10の頭を持つラーヴァナとの神話があります。

ラーヴァナは、シヴァ神への大変な苦行を行ったことで知られる存在です。
かつて、10の頭をひとつずつ切り落としながら、シヴァ神の礼拝を行ったことがありました。
その熱心な思いに心を打たれたシヴァ神は、ラーヴァナの傷を癒します。
それ故、シヴァ神は医師の神という意味を持つヴァイディヤナータという名前で崇められるようになったといわれます。

ラーヴァナが切り落とした10の頭は、5つの知覚器官と、5つの行為器官であると伝えられてきました。
それは、目・耳・鼻・舌・皮膚(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)の5つの知覚器官、そして、口・手・足・生殖器官・排泄器官・(発声・操作・移動・生殖・排泄)の5つの行為器官にあたります。
10の頭は、その感覚や行為を通じて、私たちの心を支配する悪質な感情や思考の数々ともいわれます。

肉体をまとい、感覚や行為に翻弄される私たちは、いつラーヴァナになり変わるかわかりません。
しかし、シヴァ神は泥棒や邪鬼といった社会が悪と見なすような存在にも祝福を与える慈悲深い神です。
そんなシヴァ神に心を定め、沸き起こる悪質を切り落としていく時、私たちは常に癒され、神性を高めながら日々を歩むことができるはずです。

2020年のシュラヴァナ月は、7月6日から8月3日です(地域によっては7月21日から8月19日となります)。
1年の中でとりわけ神聖な月とされるこの時、これまでに以上にシヴァ神と向き合い、清らかな道を歩む努力を心がけたいと感じます。
皆様にもシヴァ神の大きな恩寵がありますように心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

カーラ・サルパ・ドーシャの対策法

ラーフとケートゥは、それぞれ月の昇交点と月の降交点にあたりますが、インド占星術では惑星と見なされています。
不死の霊薬アムリタを盗んだという悪しきカルマを持つラーフとケートゥは、凶星と考えられ、非常に恐れられています。
このラーフとケートゥの間に、他の7つの惑星が位置している時、カーラ・サルパ・ドーシャが生じます。

一般的に、カーラ・サルパ・ドーシャは、健康、富、キャリア、職業、愛、結婚、子ども、そして私たちの人生のさまざまな面に悪影響や苦難を生み出すとされます。
ホロスコープにおいて、その影響がどのように出ているかは、ラートとケートゥが出生図においてどこに配置されているかを見る必要があります。
例えば、ラーフが1室、ケートゥが7室にある場合、1室が健康を意味するため、その人は、健康に関して問題に直面するでしょう。
また、ラーフが2室にある場合、その人は、家族関係や富、その他、2室に関係する問題に直面するでしょう。
出生図には合計で12室があるため、カーラ・サルパ・ドーシャは全部で12種類あることになり、その影響は12種類に分けることができます。

カーラ・サルパ・ドーシャの対策法
・カーラ・サルパ・ドーシャ解消のためのプージャーを行う。
・家庭の祭壇や清浄な場所にカーラ・サルパ・ヤントラを祀り、毎日礼拝を行う。または、ラーフに対応する土曜日、ケートゥに対応する火曜日に礼拝を行う。
・シュラヴァナ月のナーガ・パンチャミーにおいて、近くの川で蛇神のプージャーを行う。
・ルドラークシャの14面か、8面と9面の組み合わせを身につける。
・ラーフに対応するゴーメーダ(ヘソナイト)、ケートゥに対応するキャッツアイの宝石を身につける。
・毎日シヴァ・パンチャークシャラ・マントラ(オーム・ナマハ・シヴァーヤ)を108回唱える。
・毎週月曜日にマハームリティユンジャヤ・マントラを108回唱えてシヴァ神を礼拝する。
・月食、日食、またはマハーシヴァラートリーにおいて、シヴァ神をリンガムの形で礼拝する「ルドラ・アビシェーカム」を行う。
カーラ・サルパ・ヤントラの礼拝の手順
・早朝、もしくは夕刻に、身を清めた後、東や北東の方角にお祀りしたヤントラの前に座ります。
・サンダルウッド・ペーストをヤントラの中央に塗布します。
・ドゥーパ・スティック(お香)に火をつけ、ヤントラに香りと煙を捧げます。
・金属製の器にアクシャタ(米粒)を入れ、ヤントラの前に捧げます。
・蝋燭やオイルランプ等に灯りを灯します。
・以下のマントラをそれぞれ108回唱えます。
・マントラを唱えた後、心を穏やかにし、しばらくの間、瞑想を行います。

ラーフ・マントラ
・ॐ रां राहवे नमः
・om rāṁ rāhave namaḥ
・オーム・ラーム・ラーハヴェー・ナマハ
ケートゥ・マントラ
・ॐ ह्रीं केतवे नमः
・om hrīṁ ketave namaḥ
・オーム・フリーム・ケータヴェー・ナマハ

2020年7月の主な祝祭

2020年7月の主な祝祭をご紹介いたします。

恵みの雨が降り注ぐモンスーンを迎えると、聖なる4カ月とされるチャトゥルマースが始まります。大きな祝祭が続くこの期間、最初の祝祭であるグル・プールニマー(師を讃える満月祭)が7月の満月に祝福されます。そして、シヴァ神を讃えるもっとも吉祥なひと月とされるシュラヴァナ月が始まります。

7月1日 エーカーダシー/チャトゥルマースの始まり
7月2日 プラドーシャ
7月5日 満月/グル・プールニマー
7月6日 シュラヴァナ月の始まり(主に北インド)
7月8日 サンカタハラ・チャトゥルティー
7月16日 エーカーダシー/カルカ(蟹座)・サンクラーンティ
7月18日 プラドーシャ
7月19日 シヴァラートリー
7月21日 新月/シュラヴァナ月の始まり(主に南インド)
7月23日 ハリヤーリー・ティージ
7月25日 ナーガ・パンチャミー/カルキ・ジャヤンティ
7月30日 エーカーダシー
7月31日 ヴァラ・ラクシュミー・ヴラタ

*地域や慣習によって、祝祭の日にちには差異が生じることがあります。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:Month Panchang

ボーレーナータの慈悲

ヒンドゥー教の3大神に数えられるシヴァ神は、華やかに描かれる他の神々とは異なり、装飾品は頭の三日月のみともいわれ、その慎み深い姿が際立ちます。
そんなシヴァ神を崇める数多くの御名の中に、ボーレーナータという御名があります。
その御名には、純真、純粋、無邪気といった意味があり、破壊神でありながら寛大で慈悲深いシヴァ神の姿を象徴しています。

シヴァ神は、ヒンドゥー教の神々の中でも、祈りに対してもっとも簡単に祝福を授けてくれる神格として信じられます。
複雑な儀式などは必要なく、一杯の聖水を捧げるだけでシヴァ神は喜び、恩寵を注いでくれるのだといわれます。
祈りの背後にある意図を探るようなことはしないシヴァ神は、純粋にその行為に満足するのだと伝えられます。

シヴァ神にまつわる数ある神話の中で、シヴァ神は泥棒や邪鬼に祝福を与えることもありました。
そんなシヴァ神は、社会が悪魔と見なすような者たちに囲まれていることもあります。
帰依者を善悪で区別し、排除するようなことはなく、すべてを受け入れる寛大なシヴァ神は、誰しもが持つ神性を目覚めさせてくれる存在です。

私たちは、日々を生きる中で、気が咎めるような後ろめたいことをしてしまうことも少なくありません。
そうした行為の中で思い悩み、内なる神性が抑圧されていくことも往々にあります。
しかし、慈悲深い純真なシヴァ神に祈りを捧げる時、私たちはどんな時も受け入れられ、その喜びの中で神性を昂揚させることができます。

すべてを受け入れるということは決して容易いことではありません。
それは、究極の霊性修行のひとつとして実践される行いでもあります。
私たちにとって受け入れるということは、それを見つめる純粋な意識としての自分に気づくことに他なく、そこで不変の喜びを知ることが可能となります。

シヴァ神という純粋な存在を思うことは、自分自身を受け入れることに他ありません。
私たちはその過程で、何よりも豊かに成長していくことができるはずです。
万物の安寧を願い瞑想を続けるシヴァ神にもう一歩近づけるように、常に努力を重ねたいと感じます。

(文章:ひるま)

ナヴァグラハ・ヤントラの力

9つの惑星であるナヴァグラハのヤントラに秘められた力を理解するには、9の重要性を心に留めておく必要があります。

9は日本では「苦」を意味し忌み嫌われる数ですが、インドではブラフマーを象徴する吉数です。
数字の9は何倍しても各位の和は9に回帰しますが、それは宇宙はブラフマンより生じ、ブラフマンに帰することを連想させます。(例:9×12=108→1+0+8=9)

ナヴァグラハ・ヤントラは、スーリヤ・ヤントラを始まりとし、チャンドラ→マンガル→ブダ→グル→シュクラ→シャニ→ラーフ→ケートゥの順で、方陣の同じマスの位置の数が1ずつ増加していきます。例えば、スーリヤ・ヤントラの上部中央のマスの位置には1が入り、チャンドラ・ヤントラの同じマスの位置には2が入り、マンガル・ヤントラの同じマスの位置には3が入り、その後に続きます。これは、全体で一貫しています。

各ヤントラの数の合計値は、縦、横、斜めの数をそれぞれた足した数になります。方陣は3行+3列=6で構成され、各ヤントラの合計値(例えば、スーリヤの15)に6を掛けた数の各位の和は、9になります。

・スーリヤ:15×6=90, 9+0=9
・チャンドラ:18×6=108, 1+0+8=9
・マンガル:21×6=126, 1+2+6=9
・ブダ:24×6=144, 1+4+4=9
・グル:27×6=162, 1+6+2=9
・シュクラ:30×6=180, 1+8+0=9
・シャニ:33×6=198, 1+9+8=18, 1+8=9
・ラーフ:36×6=216, 2+1+6=9
・ケートゥ:39×6=234, 2+3+4=9

さらに、9つのそれぞれのヤントラの合計値に6を掛けた数をすべて足しても、その数の各位の和は9になります。

90+108+126+144+162+180+198+216+234=1458, 1+4+5+8=18, 1+8=9

このナヴァグラハ・ヤントラに含まれる力は、何ものにも劣らないものと見なされており、惑星の好ましくない影響を鎮め、好ましい影響を向上させるための手段として広く用いられています。

参照:Andrew Mason, “Jyotish: The Art of Vedic Astrology”, p297, Singing Dragon

不死の叡智

霊性を育む教えが満ちるインドでは、導師であるグルの存在が何よりも欠かせません。
無知という暗闇に、知識という光をもたらすグルの存在は、何にも増して尊いものであり、現代でも広く崇められています。
そんなグルに捧げる満月祭として知られるグル・プールニマーは、インドの数ある祝祭の中でも、とりわけ重要視される祝祭のひとつです。

グル・プールニマーは、聖仙であるヴィヤーサの生誕日にあたります。
ヴェーダ・ヴィヤーサとも呼ばれるように、ヴェーダを編纂したことで崇められるヴィヤーサ仙は、プラーナ文献やマハーバーラタなど、数々の聖典をこの世に伝えてきました。

そんなヴィヤーサ仙は、7人のチランジーヴィーに数えられる存在です。
チランジーヴィーは不死を意味し、ヒンドゥー教においては、7人の存在が不死者として崇められます。
7人のチランジーヴィーは、カリユガの時代の最後まで、今もなお、生き続けている存在であると伝えられます。

物語や寓話を通じて、難解な叡智をやさしく説いたヴィヤーサ仙。
その叡智は、時を超えて人々の心の支えとなり、現代にも受け継がれてきました。
今この社会を生きる私たちの指針ともなるその叡智は、まさにグルとして不死であり、人々を永遠に導く存在です。

人生においては、さまざまな問題に絶えず困惑し、進むべき道が見えない時が多くあります。
そんな時、こうした霊的叡智に触れると、明瞭な答えが与えられることを幾度となく感じてきました。
それは、問題の根本を理解させ、解決するための知恵と能力を授けてくれるからに他ありません。
日々において、無知という暗闇の中で動揺する私たちは、こうした叡智に触れることで、生きる意味を理解し、日々に光を生み出すことができるはずです。

肉体は老い朽ちても、その内には永遠に枯れない魂があります。
私たちは人生という学びの場を通して、その事実に気づかなければなりません。
何があっても進まなければならない人生において、その歩みを導いてくれるのが、こうした叡智の数々です。
決して廃れることのないその叡智をグルとして、真実へと真っ直ぐに歩むことを努めたいと感じます。

(文章:ひるま)

2020年6月の主な祝祭

lotus flower

2020年6月の主な祝祭をご紹介いたします。

5月〜6月が酷暑期となるインドでは、この時期、水すらも摂らない一年で一番厳しい断食が実践されるニルジャラ・エーカーダシーが祝福されます。一方で、6月に入ると少しずつモンスーンが北上し、恵みの雨が潤いをもたらします。

6月1日 ガンガー・ダシャラー
6月2日 ニルジャラ・エーカーダシー/ガーヤトリー・ジャヤンティ
6月3日 プラドーシャ
6月6日 満月/カビールの生誕祭
6月9日 サンカタハラ・チャトゥルティー
6月15日 ミトゥナ(双子座)・サンクラーンティ
6月17日 エーカーダシー
6月18日 プラドーシャ
6月19日 シヴァラートリー
6月21日 新月
6月22日 アーシャーダ・グプタ・ナヴァラートリーの始まり
6月23日 ラタ・ヤートラー
6月30日 アーシャーダ・グプタ・ナヴァラートリーの終わり

*地域や慣習によって、祝祭の日にちには差異が生じることがあります。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:Month Panchang

パールヴァティー女神の苦行

シヴァ神の妃として美しく姿をあらわすパールヴァティー女神には、アパルナーという別名があります。
アパルナーには、「葉がない」という意味があります。
その別名が生まれた神話には、シヴァ神を夫としようと苦行を行った、パールヴァティー女神の揺るぎない思いを見ることができます。
その神話は、私たちに美しく日々を歩むための道を示してくれるものでもあります。

最初の妃であるサティーを亡くしたシヴァ神は、長く深い瞑想に耽っていました。
そんなシヴァ神と結ばれようと、パールヴァティー女神は深い森に入り、厳しい苦行を始めます。
柔らかな身体を守るものも身につけず、雨風にさらされながら、長きに続いたその苦行の間、パールヴァティー女神は一枚の葉さえ食べることはありませんでした。

そんな姿を目にした賢者たちは、パールヴァティー女神を「一枚の葉さえ食べることを拒む者」と呼ぶようになりました。
そうして肉体が生み出す欲望を克服したパールヴァティー女神の姿は、深い瞑想を続けるシヴァ神の心を揺さぶります。
やがて、シヴァ神はパールヴァティー女神を受け入れ、二人は結ばれたと伝えられます。

アパルナー女神としてのパールヴァティー女神は、葉のない蔦に例えられます。
何があっても、ずっと巻きついて離れない蔦には、永遠や不滅の象徴があります。
パールヴァティー女神の思いは、まさにそんな蔦のようであり、アーディ・シャンカラーチャリヤはアーナンダ・ラハリの中で、その美しさを詩にしています。
華やかな姿をひととき見せる葉よりも、永遠の至福に留まる無垢な蔦に、真の美しさが見えるようです。

肉体を持つ私たちは、そこに沸き起こるさまざまな欲望によって、シヴァ神という純粋な意識から遠く離れてしまいがちです。
そうして暗闇に落ちていくことも少なくありません。
アパルナー女神のように、何があっても永遠の存在と絶対に離れない定まった思いを育む時、私たちは何よりも美しい人生を歩むことができるはずです。

(文章:ひるま)