カンニャークマーリーの聖地

太陽が海から登り、そして海に沈む聖なる岬として有名な、インド最南端のカンニャークマーリー。
アラビア海、インド洋、ベンガル湾の3つの海が交わる聖地として有名なこの岬は、51のシャクティ・ピータ(シヴァ神の最初の妻サティの身体の一部一部がある場所)のひとつにも数えられます。

カンニャークマーリーは、ドゥルガー女神の化身であり、処女の女神として崇められる神格です。
その女神が宿るこの岬は、数あるインドの聖地の中でも、女神崇拝に熱心な人々にとっては欠かすことの出来ない聖地にあたります。

大昔、処女にしか殺されないという力を持ったバナースラという悪魔がいました。
力の弱い乙女に殺されることはないと、バナースラは尊大になり、世界を恐怖に陥れます。
世界の安寧を取り戻すために、神々は祈り、やがてカンニャークマーリーが生まれました。

カンニャークマーリーは、適切な時期にバナースラを倒すために、シヴァ神に心を定め、苦行を続けます。
シヴァ神はその美しさにカンニャークマーリーとの結婚を決め、カンニャークマーリーもシヴァ神を待ち続けます。

しかし、カンニャークマーリーが純潔を失ってはバナースラを倒す力が失われてしまうと恐れたナーラダ仙の企みによって、シヴァ神との結婚は立ち消えました。
それ以来、カンニャークマーリーはこの地で苦行を続けているのだと伝えられます。

この地で交わる3つの海は、例えば、過去・現在・未来のような、変化する時間のように映ります。
決してひとつにならないその時間に翻弄される私たちは、真実を見失うことも少なくありません。
そこで生じる無知の暗闇の中で、さまざまな悪を生み出してしまうことも事実です。

3つの海がひとつに交わる聖地で、悪を倒すべく世界を守り続けるカンニャークマーリー。
そのエネルギーが渦巻くこの聖地においては、太陽が登り、そして沈む、その時間の流れを見つめる自分に気づく瞬間がありました。
それは、自分自身の中心に灯る、真実の光を知る瞬間でもあったように思います。

カンニャークマーリーの聖地が自分自身の内に宿る時、私たちは時間を超え、今というひとつの瞬間を純粋に生きることができるに違いありません。
一人ひとりがそうして真実の中で生きることができれば、世界には平和が満ち、やがてカンニャークマーリーはシヴァ神と一体になることができるはずです。

(文章:ひるま)

※カンニャークマーリーにまつわる神話には、この他にもさまざまに異なる神話が伝わります。

アディカ・マーサの心

2020年は9月18日から10月16日まで、インドでは閏月にあたるアディカ・マーサが生じます。
アディカ・マーサは、ヒンドゥー教の暦において、1年およそ354日で巡る太陰暦を、およそ365日で巡る太陽暦と合わせるために、約2年半に1度生じる特別な月にあたります。
このアディカ・マーサは、ヴィシュヌ神の特質をすべて受け持ち、霊性修行を行う最高の月であるといわれることがあります。

アディカ・マーサが生じた時、例外的で変則的なその暦は、誰からも好かれることなく、拒絶され、呪われることもあったと伝えられます。
心を痛めたアディカ・マーサは、この世界を守り維持するヴィシュヌ神に祈り、救いを求めました。

暦に調和をもたらす重要な役割を担うアディカ・マーサを哀れんだヴィシュヌ神は、正義や美徳に秀でた最高の者を意味するプルショーッタマという名前を与え、保護します。
このアディカ・マーサを礼拝する人は、あらゆる罪を焼き尽くし、物質界で至福の人生を享受した後、解脱に至ることができると信じられます。

私たち自身、アディカ・マーサのように、人と違うことを思い悩むことが少なくありません。
物事が食い違ったり、うまく一致しなかったりすることで、日々を生きづらく感じることも事実です。
その自分自身の置かれた状況の中で、さまざまに限界を定め、不自由な境遇を作り出してしまうことも往々にあります。

アディカ・マーサは、誰からも好かれず、拒まれ、呪われることがあっても、その道を見失うことはありませんでした。
ヴィシュヌ神という至高の存在に心を定めることで、最高の者を意味する名前を与えられただけでなく、アディカ・マーサを礼拝する人々のあらゆる罪を清めるという恩恵を与えられました。

アディカ・マーサのように、常に神々に心を定めることで、自分自身の本質を見失うことなく、至福の中で生きることができるはずです。
これから迎えるアディカ・マーサは、神々の礼拝やマントラの詠唱、布施や奉仕といった霊性修行を行う大切な時です。
この特別な時に行う実践により、その偉大なエネルギーを賜ることができるに違いありません。

(文章:ひるま)

参照:Significance of Adhika Maas in Hindu calendar

チャンダン・ティラカの力

インドの生活の中で欠かすことのできない行いに、ティラカ(印)を塗布する行いがあります。主に額に塗布されるこのティラカは吉兆の印とも言われ、インドでは現代社会でも多くの人々がティラカを塗布し、日常を過ごしています。

体の重要なポイントに塗布されるティラカの中でも、特に眉間は重要視されています。眉間は真実を見るための第3の目がある場であり、それは第6のチャクラとしても知られます。イダー、ピンガラ、スシュムナーの3つの主要なナーディ(管)はここで集結するため、解脱の三合流点(ムクタ・トリヴェーニー)と呼ばれます。第3の目のチャクラのバランスは、英知、識別力、啓発を授けます。一方、この領域が不調和であることは、精神錯乱、無感覚、幻視などの原因となります。

この眉間に塗布するティラカで重要なのが、チャンダン・ペースト(サンダルウッド・ペースト)です。チャンダンは、神々が最も愛する神聖な香りと共に、その冷却作用が広く知られています。額がひんやりとする感覚は、緊張や高ぶる感情を静め、そして感じ取る神聖な香りは、心身を深く落ち着かせてくれるものです。その状態は、私たちの内に大きな平安を生み出し、霊性の向上へと導いてくれるものとされます。

チャンダン・ペーストは、両手を使って準備します。この時、イダー・ナーディとピンガラ・ナーディが混ざり合います。イダー・ナーディとピンガラ・ナーディは、それぞれシャクティとシヴァあり、月と太陽であり、それぞれが調和しながら活性化することで、人としての成長が助長されると信じられます。

一方、右手のみで準備されたチャンダン・ペーストは、ピンガラ・ナーディのみに働きかけ、亡くなった人に対して塗布されます。これにより、ピンガラ・ナーディのみが活性化し、遺体の分解が進むとともに、より早く自然に還ることができると伝えられます。

神像や神々の絵を礼拝する際にも、その眉間にチャンダン・ペーストを塗布します。これによりピンガラ・ナーディが目覚め、その神格のエネルギーが周囲に充満すると信じられます。

チャンダンはサットヴァのエネルギーを持つため、霊性を向上させる目的で使用する場合は、何も混ぜずに、聖水のみで作ることが勧められます。クムクム(朱粉)、ハルディ(ターメリック)、サフランなどはラジャスのエネルギーを持つため、日々の生活においてその2要素のエネルギーを活用したい場合は、クムクム、ハルディ(ターメリック)、サフランなどと混ぜて使用することができます。

参照:K V Singh, “Hindu Rites and Rituals: Origins and Meanings”, Penguin

ティールタのあるところ

神々が住まうインドの4大聖地のひとつに数えられる南のラーメーシュワラム。
その周辺には、64の聖なるティールタが存在するといわれます。
ティールタは、主に水辺に関係する聖地を意味します。
中でも、とりわけ有名なジャターティールタは、ラーマ神がラーヴァナを倒した後、シヴァ神を礼拝するために身を清めようと、髪の毛(ジャター)を洗った場所として崇められる聖地です。

ラーメーシュワラムだけでなく、インドの寺院の多くには、大きな池などの水辺が存在します。
寺院に備わる池にはさまざまな呼び名がありますが、その多くは、ティールタと呼ばれ崇められています。
寺院を包み込む静寂を映し出すかのように備わるティールタには、言葉では言い表せないほどの美しさを垣間見る瞬間があります。

ラーマ神がその髪を清めたように、ティールタは寺院を訪れた人々が神に謁見する前に身を清める場所として重要視されていました。
また、寺院で唱えられるマントラの波動を吸収する池の水は、聖水としての恩恵をもたらすと信じられます。
その他、寺院の維持や供物の調理などにも、池の水は欠かすことのできないものであったとされています。

インドでは、約4ヶ月のモンスーンの間に、1年の75%の雨が降るといわれ、乾季にはまったく雨が降らないことも少なくありません。
寺院に備わる大きな池は、生活に欠かすことのできない水を供給する貯水池としての大きな役割を担い、周辺地域の水位の改善にも役立っていたと伝えられます。

信仰に基づいて受け継がれてきた池は、人々の生活に安定と繁栄をもたらしました。
しかし、文明とともに物質的に生活が豊かになった現在は、さまざまな理由により、池を備えない寺院が増えているといわれます。
かつてあった池も、手入れがされず、水の問題に直面している地域もあると伝えられています。

心身の穢れを清める聖地としてのティールタは、精神的にも物質的にも、人々の拠り所となる場所です。
持続可能で真に豊かな生活を受け継いでいくためにも、こうした叡智の価値を常に心に留めておきたいと感じます。
そして、それが明るい未来への渡し場となることを心より願っています。

(文章:ひるま)

ピトリ・パクシャ(先祖供養)の期間中の心得

2020年9月3日から17日まで、インドではピトリ・パクシャと呼ばれる先祖供養の期間が続きます。この間は、先祖が地上にもっとも近づくと言われ、熱心な先祖供養の行いが執り行われます。この間に心がける事柄についてご紹介いたします。

・ピトリ・パクシャの期間中は、祖先が何らかの形でその存在を私たちに知らせに来ると考えられています。したがって、自分の周囲にやってくる動物、鳥、虫を傷つけないことが勧められます。

・ピトリ・パクシャの期間中は、家の外に水や食べ物を置き、動物、鳥、虫がいつでも食せるようにすることが勧められます。

・ピトリ・パクシャの期間中は、助けを必要としている人に、進んで手を差し伸べることが勧められ、貧しい人には寄付を行うことが勧められます。

・ピトリ・パクシャの期間中は、贅沢を控え、食事は菜食に、飲酒や喫煙は避けることが勧められます。贅沢品を購入することも勧められません。

・ピトリ・パクシャの期間中は、祝賀行事は避けるべきであるとされ、何らかの朗報があった場合は、ピトリ・パクシャの期間を終えた後に祝賀を行うことが勧められます。

・ピトリ・パクシャの期間中は、カラスに水や餌を与えることが勧められます。カラスは死の神であるヤマ神の使いであると信じられる一方、祖先そのものであると信じられることがあります。

・ピトリ・パクシャの期間中は、悔い改める期間でもあるため、言葉や行動で人を傷つけないようにすることが勧められます。議論や争いに巻き込まれないようにし、嘘をつかないように注意します。

参照:5 Important things to do during Pitru Paksha
Pitru Paksha 2020 Shradh rules: Check out the dos and don’ts

2020年9月の主な祝祭

2020年9月の主な祝祭をご紹介いたします。

9月の満月を過ぎると、先祖供養の期間がおよそ2週間入り、続いていた大きな祝祭がひと段落する時を迎えますが、先祖供養のための儀式が熱心に執り行われます。先祖供養の期間が終わると、今年は閏月となるアディカ・マーサが始まります。アディカ・マーサは、1年およそ354日で巡る太陰暦を、およそ365日で巡る太陽暦と合わせるために、約2年半に1度(正確には32ヵ月と16日、8ガティ(1ガティは24分))生じる特別な月にあたります。

9月1日 アナンタ・チャトゥルダシー/ガネーシャ・ヴィサルジャン(ガネーシャ降誕祭最終日)
9月2日 満月
9月3日 ピトリ・パクシャ(先祖供養の2週間の始まり)
9月6日 サンカタハラ・チャトゥルティー
9月10日 マハーラクシュミー・ヴラタの終わり
9月13日 エーカーダシー
9月15日 プラドーシャ
9月16日 ヴィシュヴァカルマン・プージャー/カニャー(乙女座)・サンクラーンティ/シヴァラートリー
9月17日 新月/ピトリ・パクシャ(先祖供養の2週間の終わり)
9月18日 アディカ・マーサ(閏月)の始まり
9月27日 エーカーダシー
9月29日 プラドーシャ

*地域や慣習によって、日にちに前後の差異が生じます。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:Month Panchang

アディカ・マーサ(閏月)

2020年は9月18日から10月16日まで、インドの一部の地域でアディカ・マーサが生じます。

アディカ・マーサは、ヒンドゥー教の暦において、一年およそ354日で巡る太陰暦を、およそ365日で巡る太陽暦と合わせるために、約2年半に一度(正確には32ヵ月と16日、8ガティ(1ガティは24分))生じる特別な月(閏月)にあたります。

太陰暦と太陽暦の間には約11日のずれがあり、太陰暦を使い続けると、暦と実際の季節にずれが生じます。そのため、約2年半に一度アディカ・マーサを加えることによって、季節とのずれを少なくする調整が行われます。

このアディカ・マーサは、プルショーッタマ・マーサとも呼ばれ、クリシュナ神(またはヴィシュヌ神)に捧げられる月として知られます。そこにはこんな言い伝えがあります。

12のそれぞれの月にはそれぞれの神様がいるも、13番目にあたるこのアディカ・マーサには神様がいませんでした。それを嘆いたアディカ・マーサは、ヴィシュヌ神に乞います。哀れに思ったヴィシュヌ神は偉大なクリシュナ神をこの月に当て、プルショーッタマ(正義、美徳に秀でた最高の者)と別の名も与えたと伝えられます。

このアディカ・マーサに行うジャパ、善行、慈善、苦行などは、他の12カ月を通して行うそれに匹敵すると、ヴィシュヌ神は述べています。また、このアディカ・マーサにバガヴァッド・ギーターを読むことも、多くの功徳があると信じられています。

参照:Purushottam Maas

クンダリニーの覚醒

今も昔も、ヨーガの修行の道に入るきっかけとなり人々の心をとらえるのが、クンダリニー覚醒に関して、ということが多いかもしれません。
私ガネーシャギリが修行の道に入った1980年代初頭も、この言葉は、大変な魅力と神秘性を伴っていました。
あれから40年ほど経って振り返ってみれば、クンダリニー覚醒技法というのは、当初思ったほど神秘的なものではなく、もっと現実的な能力開発法だったことに気づかされます。
トップアスリートが、普通の人から特別な人になるために厳しい訓練を長年続けるのと同じように、クンダリニー技法にも正しい指導者の下で、長年の研鑽が必要なことは、冷静に考えればどなたにもご理解いただけると思います。
もっとも、クンダリニーの覚醒自体は比較的容易に出来るのですが、心身の準備が整っていなければ、心と身体に重大な障害を残すことにもつながりかねません。クンダリニーエネルギーに耐えられる、この心身の準備に多大な時間を必要とするのです。
もしかしたら、記憶に生々しく残る某カルト教団の蛮行なども、彼らが自己流でクンダリニーの覚醒技法に取り組んだために生じた精神的な障害と、全くの無関係ではないのかもしれません。
インド占星術でホロスコープのことを「ラーシクンダリー」というように、クンダリニーのエネルギーは霊的成長の根幹と関わっています。
この技法に取り組まれる方は、ぜひ正しい指導者の下で、焦らずコツコツと研鑽を積まれることをお勧めいたします。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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ガネーシャ神とモーダカ

叡智の神として、不吉な出来事をすべて破壊するガネーシャ神は、私たちに究極の解脱を授けると信じられます。
そんなガネーシャ神は、モーダカプリヤという愛らしい別名で崇められることがあります。
モーダカプリヤには、モーダカを好む者という意味があります。

ガネーシャ神は、誕生日のお祝いにたくさんの甘いモーダカを食べ、ふくれたお腹でバランスを崩し転んでしまったという神話も伝わるほど、モーダカが大好きです。
このモーダカを供物として捧げることは、ガネーシャ神を幸せにするとても吉祥な行いとされてきました。

モーダカは、インドでも地域によってさまざまに作り方が異なります。
一般的には、甘い餡を米粉や小麦粉で作った皮で包み、蒸したり揚げたりする甘いお菓子です。
その形もさまざまですが、雫のように、丸くてっぺんが尖っているものが多くあります。

このモーダカは、てっぺんから少しずつかじりながら食すものとされています。
それは、少しずつ知識を得ながら、最後に全体を知ることの至福を象徴します。

ガネーシャ神がモーダカを好む理由には、ある神話が伝わります。

シヴァ神とパールヴァティー女神、そしてガネーシャ神の一家が聖者アトリとその妻アナスーヤーを訪ねた時のことでした。
アナスーヤーは、まず子どもであるガネーシャ神のお腹を満たそうと、食事を振る舞います。
しかし、いくら食事を振る舞っても、ガネーシャ神のお腹は満たされません。
そこで、アナスーヤーが甘いモーダカを振る舞ったところ、ガネーシャ神のお腹はようやく満たされたと伝えられます。

この神話を見ると、叡智の神であるガネーシャ神は、何よりも知識を好むということが分かります。
私たちが知識を得ていくことは、ガネーシャ神を幸せにする何よりも吉祥な行いであることを伝えているようです。

私たちは、無知の暗闇に落ちていくことで直面する不吉な出来事に、思い悩むことが少なくありません。
そんな不吉な出来事をすべて破壊すべく、ガネーシャ神は私たちを知識という光のある方へ常に導いています。
私たちを想うガネーシャ神を幸せにするべく、人生の中で学びを深めていく時、やがて真実と一体になることができるはずです。

(文章:ひるま)

新型コロナウィルス緊急アンナダーナ活動報告(その15)

新型コロナウィルス緊急アンナダーナにご協力をいただいております皆様、誠にありがとうございます。

3月25日に始まった新型コロナウィルス感染拡大防止のためのインド全土の封鎖は、経済状況の悪化を受け、6月以降、段階的な措置の緩和が行われています。
この措置の緩和により、1日の新規感染者数はここ1週間ほど、毎日のように6万人を超える感染拡大が続いています。

食事の奉仕は、8月9日に500皿(第22回目)を配ることができました。
メニューはダール・チャーワル(豆のカレーとご飯、1皿45ルピー)、今回もデリーで経済的に困窮する人々が暮らす地域への奉仕となっています。
デリーでは、一時期感染の拡大が落ち着きを見せていましたが、最近はまた感染者の増加傾向が見られる時があります。
自粛や感染予防の対策に疲れ、以前のように自由に動き回る人も多くなっているといわれます。
しかし、まだ教育機関は開いておらず、仕事も以前のようにできる状況ではありません。
生活の困窮だけでなく、先の見えない状況に疲弊する人々も多くなっています。
治安の悪化や犯罪の増加も懸念されているため、この苦境を乗り越えることができるように、皆様の温かいお気持ちをお届けできればと思います。

現在、インドの各地はモンスーンが続いており、デリーの気温は35度から38度の気温です。
モンスーンが始まる前には45度を超える気温にもなりましたが、その時でさえ、外出する際にはマスクの着用が厳しく求められていました。
日本でも厳しい暑さが続き、感染予防の対策に疲れを感じることも少なくありません。
皆様もどうかお身体を大切にお過ごしください。

この度の温かいご協力に、心より御礼申し上げます。
次回の配給後、改めて、ご報告をさせていただきます。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

(スタッフ:ひるま)