タイプーサム2020

インドでは2月8日に満月を迎えます(日本時間では9日)。
この満月では、南インド・タミルナード州などを中心に、タイプーサムが祝福されます。
タイプーサムはインドに限らず、東南アジアなどのタミル・コミュニティでも広く祝祭が執り行われます。
苦行を行うことで神々を礼拝する慣習も多く、顔や舌、体に針などを刺し、寺院まで歩む姿が映し出されることもあるお祭りです。

この祝祭は、シヴァ神の息子であり、ガネーシャ神の兄弟にあたるカールッティケーヤ神が、母であるパールヴァティー女神から武器となる槍を与えられたことを祝福するものです。
カールッティケーヤ神はその槍で、悪神を倒しました。
軍神スカンダ、クマーラ、ムルガン、スブラフマニヤなど、カールッティケーヤ神は数多くの名前を持つ神として知られています。

カールッティケーヤ神が持つこの鋭い槍は、パールヴァティー女神そのものであるシャクティ(力)の現れとして、神像と同じようにインドでは広く崇拝されています。
この槍は一説に、知識や知性を象徴するものであると伝えられます。
槍の長い柄は、積み重ねられた長年の学びを象徴し、槍の広がった部分は、全体を見ることのできる大きな理解力、そして槍の先端の尖った部分は神々に向けられる献身を象徴するのだと言います。

知識や知性は、より豊かな人生を歩むために、何よりもの武器となり、私たちを迷いや疑いから救い出します。
カールッティケーヤ神がこの槍を母であるパールヴァティー女神から授けられ悪神を倒したように、私たち自身も、知識を日々の中で生かし続けることが大切です。
その知識は、さまざまな難題や苦難を打ち破り、正しい道へと私たちを導いてくれるでしょう。

参照:2020 Thaipusam

マハー・シヴァラートリー2020

2020年2月21日は、マハー・シヴァラートリーの祭日です。

シヴァラートリーとは「シヴァの夜(ラートリー)または吉兆の夜」という意味です。シヴァラートリーは、毎月、満月から13日夜/14日目にあたります。しかし、特にパールグナ月(マーガ月となる地域もあります。2月〜3月)のシヴァラートリーは、マハー・シヴァラートリーと呼ばれ、一年の内でもっとも神聖な夜として知られています。

この夜、シヴァ神の信者たちは、断食をし、睡眠を絶ち霊性修行に励みます。シヴァラートリーは、月が満月から新月へと変化する境目です。充ち満ちた欲望(月)がやがて消滅していくように、満月から新月へと変化するシヴァラートリーの日に霊性修行に励むことで、欲望を滅し、解脱へと至る精神力が獲得できると信じられてきました。

シヴァラートリーの日は、シヴァ神を崇めるもっとも神聖な日です。この日には、シヴァリンガムを崇めたり、あるいは、シヴァ神の御名やルドラムを唱えたり、バジャンを歌ったり、瞑想を行うことがすすめられています。またルドラークシャを身に着けるのにもっとも適した日であるとも言われています。シヴァ・パンチャクシャラ・マントラ(オーム・ナマ・シヴァーヤ)も、この日に唱えることで、大きな功徳をもたらすといわれます。

シヴァラートリーの日には、さまざまな言い伝えが残されています。

この日、シヴァ神はパールヴァティー女神と結婚をしたと言われています。シヴァとシャクティとの永遠の合一である非常に吉兆な日です。シヴァ神はエネルギーの原始であり、シャクティと共に創造者として、そしてマハーカーラとしては破壊者でもあります。

またシヴァ神が保護と維持、そして破壊のダンス「タンダヴァの踊り」を舞い、宇宙を創造したのも、この日であると言われています。

猛毒ハーラーハラが世界を焼き尽くそうとしたとき、神々の願いに応え、シヴァ神はハーラーハラの猛毒を飲みほし、世界を救いました。ハーラーハラは、シヴァ神にとっても強大な猛毒であったため、シヴァ神の首が猛毒で青くなり、このためにシヴァ神は、ニーラカンタ(ニーラ[青]カンタ[首])と呼ばれるようになった話は有名です。

シヴァ神にはさまざまな特性があり、マハーヨーギーとして、チャンドラシェーカラとして、ガンジス河の始まりとして、そして彼こそがこの宇宙のタントラ(テクニック)を理解する唯一のアゴーラ(シヴァの別名)でもあるとして知られています。彼は、マハーデーヴァなのです。

深い献身と共に、このマハー・シヴァラートリーの夜にマハーデーヴァを崇拝する信者たちに、シヴァ神はその至福から信者たちが望む結果を与えます。従って、あらゆる面での障害や苦難を取り除くため、この吉兆な夜に、人々は信心深くシヴァ神を崇拝するべきだと言われています。

多くの人々はこの日、早朝に体を清め、シヴァ神に心を定め一日を過ごします。断食を行う人々も少なくありません。未婚の女性たちはシヴァ神のような夫を授けられるよう、また既婚の女性たちは夫の健康と至福を願い、断食を行います。人々は夜にはシヴァ神を祀る寺院を訪れ、夜通しで賛歌を捧げ、祈り、シヴァ神を讃え瞑想します。家庭においても、夜には家族が集まりシヴァ神を讃えるプージャーが執り行われます。

この最も吉兆な夜が、皆さまにとっても祝福に満ちたものとなりますようお祈りしております。

ビーシュマ・アシュタミー2020

2020年2月2日はビーシュマ・アシュタミーです。

ビーシュマ・アシュタミーは、沈黙の新月(マウニー・アマーヴァシャー)として知られるマーガ月(1~2月)の新月から8日目(アシュタミー)にあたり、ビーシュマを讃える吉日です。

ビーシュマは古代インドの叙事詩マハーバーラタにおける英雄として知られ、この日、ビーシュマが死を迎えたと伝えられます。

戦いで傷を負ったビーシュマは、ウッタラーヤナに肉体を去ることを望み、ウッタラーヤナが訪れるまで、矢でできた臥床で死を待ったといわれます。生涯を通じ禁欲を忠誠したビーシュマは、父より、自身の死す時を選ぶことができる恩恵を与えられていました。

ウッタラーヤナはマカラ・サンクラーンティ以降の太陽が北方への回帰を始める時にあたります。インドでは太古より、ウッタラーヤナの期間中に肉体を去ることは、成就に至るために重要であると考えられ、バガヴァッド・ギーターでは、以下のように説かれています(バガヴァッド・ギーター第8章第24節)。

अग्निर्ज्योतिरहः शुक्लः षण्मासा उत्तरायणम् ।
तत्र प्रयाता गच्छन्ति ब्रह्म ब्रह्मविदो जनाः ॥२४॥

agnirjyotirahaḥ śuklaḥ ṣaṇmāsā uttarāyaṇam |
tatra prayātā gacchanti brahma brahmavido janāḥ ||24||
祭火燃え、光明あり、昼、白月、太陽が北進する6ヶ月の間、
その時に逝去するブラフマンを知る人々は、ブラフマンに赴く。

参照:2020 Bhishma Ashtami

ラタ・サプタミー2020

インドでは2月1日に、ラタ・サプタミーの祝日を迎えます。
ラタ・サプタミーは、マーガ月(1~2月)の新月から7日目にあたり、スーリヤ神(太陽神)を讃える吉日として祝福されます。

スーリヤ神はこの日、7頭の馬に引かれた自身の乗り物(ラタ)の向きを北方へ変えると信じられています。
その乗り物の御者が、アルナと呼ばれる暁の神です。
アルナとは「赤い」を意味し、暗闇を切り開く太陽が空を赤く染める輝きの神格として崇められます。

このアルナ神の誕生には、興味深い神話が伝わります。
アルナ神は、有名な聖仙の1人であるダクシャの娘、ヴィナターの卵から生まれました。
しかし、ヴィナターは偉大な息子の誕生を待ちきれず、その卵を自ら割ってしまいます。
割れた卵からは閃光としてアルナ神が飛び出すも、時期が早すぎたために、その光は太陽のように明るくなることはなかったといわれます。

そんなアルナ神は、後にスーリヤ神の乗り物の御者となり、7頭の馬を操りながら、その乗り物を導きます。
この7頭の馬は、太陽の光から生まれる7つの色を意味しているといわれます。
それは、7色とされる虹の色であり、私たちの身体に点在する7つのチャクラの色でもあります。

この7色の光を象徴する7頭の馬は、アルナ神の手綱にしっかりと収まり、まっすぐに走り続けています。
毎朝、太陽が昇り真っ赤に染まる朝の空ほど、生きることの美しさを見る瞬間はありません。
時を超えて変わることなくその暁をもたらすアルナ神は、太陽の光が万物を支えていることを確信しているようです。

ラタ・サプタミーは、太陽からの光とその恵みを授かる吉兆な時です。
皆様にも太陽の大きなお恵みがありますように、心よりお祈りしております。

参照:2020 Ratha Saptami

マウニー・アマーヴァシャー2020

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1月24日は新月です(日本時間では25日)。マカラ・サンクラーンティを終え、太陽が北へ回帰するウッタラーヤナ(冬至から夏至の6ヶ月間)に入り最初に迎える新月は、霊性修行を行う重要な時であるといわれます。

マーガ月(1月~2月)の新月となるこの新月は、マウニー・アマーヴァシャーと呼ばれ、1年に訪れる新月の中でもとりわけ重要な新月とされます。マウニー・アマーヴァシャーは沈黙の新月を意味し、インドの各地ではさまざまな行いが執り行われます。

満ち欠けをする月は、変化をする私たちの心の象徴として捉えられてきました。喜びや悲しみ、慈しみや憎しみ、月はそうした変化に富む私たちの心のようであり、実際に、月の満ち欠けのエネルギーは、私たちの心に大きな影響を与えるといわれます。この神聖な新月の時、心の平安を得るために実践されるのが、沈黙の行いです。

沈黙は、マウナと呼ばれるヨーガの修練の一つであり、霊性を育む大切な術として広く実践されています。自分自身の本質に気づくための大切な行いとして、実際にヨーガの修練においては、沈黙を実践する時間が度々あります。

心にふとあらわれる感情や思考から生まれる言葉に自分自身を重ねる私たちは、簡単に自分自身の本質を見失う瞬間にあふれています。湧き出る感情や思考のままに言葉を操り、その結果に苦しむことも少なくありません。しかし、決して嘘をつくことがない沈黙は、いつも変わらずにある自分自身の本質に気づかせ、確かな平安を授けてくれるものです。

マウナとは、単に言葉を発しない沈黙を意味するものではありません。それは、心の動きが静まった、静寂を意味するものです。この新月を通じては、内観する時間を過ごして見るのも良いかもしれません。その実践を通じて、大きな平安が授けられますよう、心よりお祈り申し上げます。

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ・ジャヤンティ

1月12日は、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの生誕日です。この日は、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ・ジャヤンティとして、盛大な祝福が行われます。

ヴィヴェーカーナンダは、近代インドの聖者であるシュリー・ラーマクリシュナ・パラマハンサの主要な弟子として知られ、霊的指導者として、インドのみならず世界中の人々に影響を与えました。宗教を超えた真理の教え、また社会的実践の中での霊的修行の価値を説き、現代も多くの人々を惹きつけています。

理想的な人間とは、最大の沈黙と孤独の中で、最強の活動力を見出す者であり、最強の活動力の中で、砂漠の沈黙と孤独を見出す者である。
その者は、自制の秘訣を学び、自分自身を統制している。
スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ(1863年1月12日 – 1902年7月4日)

“The ideal man is he who, in the midst of the greatest silence and solitude, finds the intensest activity, and in the midst of the intensest activity finds the silence and solitude of the desert. He has learnt the secret of restraint, he has controlled himself.”
Swami Vivekananda(12 January 1863 – 4 July 1902)

ヴィヴェーカーナンダの教えは、世俗を離れることや超越的な体験をすることとは異なり、仕事を求め、行動を起こし、社会的に下層の人々へ奉仕を行うことにありました。その奉仕は、物質的な面に限定されるのではなく、インドの中核とみなされる精神的な探求をより深いレベルで導きます。インドという大国を目覚めさせるために働いたヴィヴェーカーナンダの力は、精神的な強さ、身体的な強さ、民族的な強さ、そして他のために働く強さとして、現代でも生き続けています。

参照:Swami Vivekananda Quotes

ヴァサント・パンチャミー2020

2020年1月29日に、インドはヴァサント・パンチャミーを迎えます(日本時間では1月30日となります)。

ヴァサントとは、「春」の意味で、このお祭りは、春の到来を祝うお祭りです。光の祭典であるディーワーリーは富の女神ラクシュミーを祀り、ナヴァラトリーはドゥルガー、そしてヴァサント・パンチャミーは、学問と芸術の女神であるサラスワティーを祀るお祭りにあたります。

ヒンドゥー教では、サラスワティー女神は、このヴァサント・パンチャミーの日に生まれたとされ、この日、盛大に祝福されます。
このお祭りでは、黄色が特に重要な意味を持ちます。黄色は、春の作物がたわわに実ることをあらわしています。この日、サラスワティー女神は黄色の衣装を装い祝福されます。またそれを祝う人々も黄色の服を着て、人々にふるまわれるお菓子なども黄色、食べ物もサフランなどで黄色に色づけがされています。

サラスワティー女神は、ブラフマー神と同じように、インドでは寺院の数も少なく、あまり大々的に礼拝されることのない女神です。しかし、この祭日には、インドの学生はペンやノートをサラスワティー女神の像の前に置いて、学業の成就を祈願します。またこの祭日を設立日としている教育機関も少なくありません。
日本ではこの時期、受験シーズンにあたりますが、受験を控えた方々は、この祭日にあわせて弁財天に合格祈願されるのもよいかもしれません。

ここでは、ヴァサント・パンチャミーについて、アーチャーリヤ・サティヤム・シャルマ・シャーストリ氏の解説をご紹介いたします[1]。

 『ヴァサント・パンチャミーは、学問の女神であるサラスワティーに捧げられるお祭りです。マーガ月(1月〜2月)の新月から5日目が、ヴァサント・パンチャミーにあたります。世界中のヒンドゥー教徒は、熱心にこの祭日をお祝いします。この祭日は、サラスワティーの誕生日だと信じられています。
この祭日では、黄色が特別な意味を持つことになります。サラスワティーの女神像は、黄色の衣服で飾り付けられて礼拝されます。また人々も、この日は黄色の衣服を着るようにしています。親類や友人の間では、黄色のお菓子などが贈られます。
中には、この日は僧侶に食事を与える人もいます。また先祖供養(ピトリ・タルパン)を行ったり、愛の神であるカーマ・デーヴァを礼拝する人もいます。
子どもたちにとっては、学習を始めるのに最適な日であることから、アルファベットを学ぶ初日になります。そして、学校、大学などの教育機関は、サラスワティー女神への特別な礼拝を行います。パンディット・マダン・モーハン・マラヴィヤ氏は、バナーラス・ヒンドゥー大学をこの日に創設しました。今では、世界的に有名なトップクラスの教育機関となっています。
ヒンドゥイズムでは、マカラ・サンクラーンティや、ヴァサント・パンチャミーのように、宗教的な祭事を季節に織り込むことを特に重要視しています。人々は、個人の信条や願望に応じて、家庭の主宰神(イーシュタ・デーヴァータ/デーヴィー)を礼拝する傾向があります。また一般に人々は富や権力を求める傾向にあります。カリ・ユガ(現在)の時代では、お金(富、権力、名声)の追求が、ほとんどの人々の主目的になっています。まるでお金が神のように崇められています。
しかし、分別のある人々は、霊的な啓蒙のために、サラスワティー女神を礼拝します。彼らによると、王と学識ある人(霊的に優れた人)との間には何の違いもありません。王は、王国の中では敬意を払われますが、学識ある人は、どこに行っても敬われます。高徳の人、霊的な進歩に邁進する人々は、サラスワティー女神への礼拝を非常に重視します。
サラスワティー、ラクシュミー、ドゥルガーの三女神に割り当てられた乗り物は、彼女たちの特別な力を象徴しています。サラスワティー女神の乗り物である白鳥は、サットヴァ・グナ(清浄と識別の要素)を象徴します。ラクシュミー女神のフクロウ、そしてドゥルガーのライオン(虎)は、それぞれタマス(暗質)とラジャス(激質)を象徴しています。
ヴァサント・パンチャミーは、これに続くお祭りであるホーリーの前兆になっています。季節は次第に変化し、春の到来が感じられてきます。木々は新芽を出し、森や草原では新しい生命が息吹き始めます。自然は、マンゴーの木に花を咲かせ、小麦や作物は、新しい生命に活力を与えます。
ヴァサント・パンチャミーは、季節感、社会的意義と敬虔さに満ちた祭日です。新しい季節の到来を胸に、世界中のすべてのヒンドゥーによって盛大に祝福されます。』

サラスワティー女神の祝福のもと、霊的知識に恵まれ、豊かな時間を過ごすことができますよう、お祈り申し上げます。


参考:
[1]Vasant Panchami, http://www.hinduism.co.za/vasant.htm

シャーカンバリー・ジャヤンティ2020

2020年1月10日、インドでは2020年の最初の満月を迎えます。
この満月は、パウシャ月(12月〜1月)の満月となり、冬の終わりの満月であるといわれます。
この満月においては、インド各地の聖なる河で、早朝の沐浴が行われます。

この時期は、主に北インドを中心に、朝晩の冷え込みが続く時です。
この季節の早朝の沐浴では大変な忍耐が必要となる事から、この沐浴は多くの罪を清め、人々を解脱へ導くと信じられています。
敬虔な人々は、この満月から次のマガー月(1月〜2月)の満月まで、早朝の沐浴を続けるといわれます。

また、この満月は、シャーカンバリー女神の降誕日としても祝福される慣習があります。
シャーカンバリー女神はドゥルガー女神の化身であり、野菜や果物、緑の葉の女神として崇められ、この地の深刻な食糧危機を救うために生まれたと伝えられます。
その降誕神話は、自然災害が相次ぐ現代を生きる私たちに、多くの学びを伝えています。

厳しい苦行を行い、4つのヴェーダを手にしたドゥルガマと呼ばれる悪魔がいました。
賢者たちはヴェーダを失い、供儀という重大な義務の遂行ができなくなります。
火に供物を捧げることによって生まれるエネルギーは、かつてのように太陽へ届きません。
雲ができず、雨が降らず、穀物は枯れ、この地は荒れ果てました。
賢者たちはこの世界の大惨事を目にし、大自然を動かす女神の力を呼びさまそうと苦行を始めます。

賢者たちの苦行に心を動かされた女神は、その姿をあらわしました。
荒れ果てた世界を目にした女神は、哀れみと悲しみに打ちひしがれます。
その身体には無数の目があらわれ、9日間に渡って涙を流し続けました。
女神の身体から溢れる涙は、地上に降り注ぎ、やがて川を生み出します。

その後、飢える世界を救おうと、女神は野菜、果物、穀物、薬草といった自然の恵みを手にし、この地に命や再生をもたらします。
そして、女神はドゥルガマを倒すと、この世界にヴェーダを取り戻し、再び繁栄を呼び覚ましました。

飽食の時代にある今、かつて世界がヴェーダを失ったように、私たちは祈ることも忘れ、欲望のもとで真実を見失っています。
そして、女神そのものである自然を破壊し、私たち自身が苦難を経験しています。
食事という恵みに感謝をし、菜食を心がけるなど、自然を崇め、謙虚に生きることが、女神への一番の礼拝になるでしょう。

マカラ・サンクラーンティ2020

2020年1月15日はマカラ・サンクラーンティです。マカラ・サンクラーンティは、春の到来を告げる収穫祭であり、インドに限らず、東南アジアの国々でもお祝いされる盛大なお祭りです。

マカラとは「山羊座」、サンクラーンティとは「変遷」のことであり、この日より太陽が山羊座に入ることから、マカラ・サンクラーンティと呼ばれています[1]。

マカラ・サンクラーンティは日本でいう冬至にあたり、昼がもっとも短い日であり、この日から太陽は北方への回帰を始めます(ウッタラーヤナ)。
緯度の違いから、日本では例年12月22日頃がそれにあたります。

インドの聖典「バガヴァッド・ギーター」では、ウッタラーヤナについて次のように述べられています[2]。
「火、光明、昼、白月、太陽が北に向かう六ヶ月。そこにおいて、逝去したブラフマンを知る人々はブラフマンに達する。(8.24)」

インドでは太古よりウッタラーヤナの期間中に肉体を去ることは、成就に至るために重要であると考えられてきました。
そのためマハーバーラタの英雄として知られるビーシュマは、この吉兆の時に死ぬことを望み、ウッタラーヤナが訪れるまで、矢でできた臥床で死を待ったといわれます。

マカラ・サンクラーンティの吉日では、インド各地において、朝早くから沐浴をし、祈りを捧げ、太陽の恵みに感謝し、豊作を祈願します。
また精神的な恵みを得るためにも重要な吉日であると考えられています。

プラーナ文献では、マカラ・サンクラーンティから1ヶ月間、太陽神スーリヤが息子である土星神シャニの家を訪れると述べています。
山羊座は、インド占星術における土星神シャニが支配する星座です。
父スーリヤとその息子シャニは、いつもはあまり仲が良くありませんが(敵対星座)、父スーリヤが1ヶ月間、息子シャニの家に来ることにより、お互いの関係を確かめ合います。
これは占星術的には、一般の父と息子の関係にとっても重要な意味があるととらえられています。
息子にとっては、父を快く受け入れることで、よりよい家族関係を築くのに重要な時期であるといわれます[3]。

また太陽が北へ向かう6ヶ月の間(冬至から夏至の間)、ここから神々の昼が始まるとして、多くの祭事はこの期間を中心に行われることになります。
太陽が南へ向かう6ヶ月の間(夏至から冬至の間)は、神々の夜にあたる時期と考えられ、ギーターでは、「そこにおいて、逝去したヨーギンは月光に達してから回帰する。(8.25)」と、忌み嫌われている時期であることが窺えます。

しかし、ガンディーが「無執着ヨーガ」の中で、「信愛に従い、ひたすら無執着の行為を行い、真理を見た者は、いつ死のうとも解脱を勝ち得る。」と述べているように[4]、真理とともに生きている人々にとっては、毎日がマカラ・サンクラーンティのような吉日であるといえるのかもしれませんね。

太陽の恵みを感じやすくなるこの時期、皆さまに大きな恵みがありますように。

Reference
[1] Sankranthi, Wikipedia, http://en.wikipedia.org/wiki/Makar_Sankranti
[2] 上村勝彦訳,バガヴァッド・ギーター,岩波文庫,1992
[3] Makar Sankranti, http://www.rudraksha-ratna.com/news_letter/makarsankranti-mailer-2015.html
[4] 赤松明彦著,『バガヴァッド・ギーター』神に人の苦悩は理解できるのか?,岩波書店,2008

アンナプールナー・ジャヤンティ2019

マールガシールシャ月(11月から12月)の満月は、あらゆる霊的性質を備えた神の化身として崇められる、ダッタートレーヤ神の降誕祭が祝福される一方で、シヴァ神の妃であるパールヴァティー女神の化身、アンナプールナー女神の降誕祭が祝福される慣習もあります。2019年は、12月12日に迎えます。

「食物に満たされた者」の意味を持つアンナプールナー女神は、食物や豊穣の女神として崇められます。その存在は、シヴァとシャクティ、プルシャとプラクリティ、精神と物質、男性と女性、それらが本来一つであり、創造と完成には、女神(シャクティ)の存在が欠かせないことを伝えています。

ある日、シヴァ神は妻であるパールヴァティー女神に言います。「物質世界は全て幻影である。食べ物も幻影の一部にすぎない。」食べ物を含め、世界のあらゆるものの現れであるパールヴァティー女神はその言葉に怒り、シャクティ(エネルギー)の重要性を示すために姿を消します。

パールヴァティー女神のいなくなった世界からは食べ物が消え、荒廃し、生き物たちは飢え始めました。その状況を憐れんだパールヴァティー女神は世界に戻り、食事を与えるためにカーシーに台所を整えます。シヴァ神はお椀をもってパールヴァティー女神のもとを訪れ、「物質世界を幻影としてあしらってはいけないことに気がついた」と述べます。

パールヴァティー女神は怒りを収め、シヴァ神に食事を与え、アンナプールナー(食物に満たされた者)として崇められるようになったと信じられています。

参照:2019 Annapurna Jayanti