ヨーガ・スートラ第2章第11節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


ध्यानहेयास्तद्वृत्तयः॥११॥
Dhyānaheyāstadvṛttayaḥ||11||
ディヤーナヘーヤースタッドヴリッタヤハ
それらが働きとなった場合、瞑想によって絶つことができる。

簡単な解説:前節において、煩悩が潜在意識的に存在する精妙な形態である場合、心を自分自身の本質へと戻すことで除去することができると説かれました。本節では、煩悩が心の働きとして現れた場合、瞑想によって除去することができると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第10節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


ते प्रतिप्रसवहेयाः सूक्ष्माः॥१०॥
Te pratiprasavaheyāḥ sūkṣmāḥ||10||
テー プラティプラサヴァヘーヤーハ スークシュマーハ
これらは、精妙な場合、本来の状態に戻すことで、絶つことができる。

簡単な解説:前節までに、無明、我想、欲望、憎悪、生命欲という5つの煩悩について説かれてきました。本節では、これらの煩悩が潜在意識的に存在する精妙な形態である場合、心を自分自身の本質へと戻すことで除去することができると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第9節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


स्वरसवाही विदुषोऽपि तथारूढोऽभिनिवेशः॥९॥
Svarasavāhī viduṣo’pi tathārūḍho’bhiniveśaḥ||9||
スヴァラサヴァーヒー ヴィドゥショーピ タタールードービニヴェーシャハ
本能によってもたらされ、賢者にさえもあるのが、生命欲である。

簡単な解説:前節までに、煩悩である欲望とは、快楽に伴う物惜みをするような心情であり、憎悪とは、苦痛に伴う反感や怒りといった心情であると説かれました。本節では、煩悩の一つである生命欲について、前世に経験をしてきた死の苦痛から生まれる生命への愛着によってもたらされ、それは本能として、賢者さえも持つ煩悩であると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第8節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


दुःखानुशयी द्वेषः॥८॥
Duḥkhānuśayī dveṣaḥ||8||
ドゥフカーヌシャイー ドヴェーシャハ
苦痛に伴うのが、憎悪である。

簡単な解説:前節において、煩悩の一つである欲望とは、快楽に伴う物惜みをするような心情であると説かれました。本節では、他の煩悩である憎悪について、苦痛に伴う反感や怒りといった心情であると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第7節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


सुखानुशयी रागः॥७॥
Sukhānuśayī rāgaḥ||7||
スカーヌシャイー ラーガハ
快楽に伴うのが、欲望である。

簡単な解説:前節において、煩悩の一つである我想とは、見る力(プルシャ)と、見る働きである力(ブッディ)を、一体であるかのようにみなすことであると説かれました。本節では、他の煩悩である欲望について、快楽に伴う物惜みをするような心情であると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第6節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


दृग्दर्शनशक्त्योरेकात्मतेवास्मिता॥६॥
Dṛgdarśanaśaktyorekātmatevāsmitā||6||
ドリグダルシャナシャクティヨーレーカートマテーヴァースミター
見る力と見る働きである力を、一体であるかのようにみなすことが我想である。

簡単な解説:前節において、煩悩を生み出す地である無明とは、無常を常として、不浄を清浄として、苦痛を幸福として、自己の本質でないものを自己の本質としてみなすことであると説かれました。本節では、煩悩の一つである我想について、見る力(プルシャ)と、見る働きである力(ブッディ)を、一体であるかのようにみなすことであると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第5節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


अनित्याशुचिदुःखानात्मसु नित्यशुचिसुखात्मख्यातिरविद्या॥५॥
Anityāśuciduḥkhānātmasu nityaśucisukhātmakhyātiravidyā||5||
アニッティヤーシュチドゥフカーナートマス ニッティヤシュチスカートマキャーティラヴィディヤー
無常、不浄、苦痛、自己の本質でないものを、常、清浄、幸福、自己の本質と見なすことが、無明である。

簡単な解説:前節において、5つある煩悩(無明、我想、欲望、憎悪、生命欲)のうち、無明は常に、我想、欲望、憎悪、生命欲の4つが生まれる地として存在していると説かれました。本節では、その無明について、無常を常として、不浄を清浄として、苦痛を幸福として、自己の本質でないものを自己の本質としてみなすことであると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第4節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


अविद्या क्षेत्रमुत्तरेषां प्रसुप्ततनुविच्छिन्नोदाराणाम्॥४॥
Avidyā kṣetramuttareṣāṁ prasuptatanuvicchinnodārāṇām||4||
アヴィディヤー クシェートラムッタレーシャーン プラスプタタヌヴィッチンノーダーラーナーム
無明は、眠り、弱まり、中断し、高まる、その他の煩悩の地である。

簡単な解説:前節において、煩悩には、無明、我想、欲望、憎悪、生命欲の5つがあると説かれました。本節では、その煩悩について、我想、欲望、憎悪、生命欲の4つは、眠ったり、弱まったり、中断したり、高まったりするが、無明は常にそれらの生まれる地として存在していると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第3節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


अविद्यास्मितारागद्वेषाभिनिवेशाः क्लेशाः॥३॥
Avidyāsmitārāgadveṣābhiniveśāḥ kleśāḥ||3||
アヴィディヤースミターラーガドヴェーシャービニヴェーシャーハ クレーシャーハ
無明、我想、欲望、憎悪、生命欲が煩悩である。

簡単な解説:前節において、日常的な行為のヨーガは、三昧を生み出すことが目的であり、また煩悩を弱めることが目的であると説かれました。本節では、その煩悩について、無明(アヴィディヤー)、我想(アスミター)、欲望(ラーガ)、憎悪(ドヴェーシャ)、生命欲(アビニヴェーシャ)の5つがあると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第2節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


समाधिभावनार्थः क्लेशतनूकरणार्थश्च॥२॥
Samādhibhāvanārthaḥ kleśatanūkaraṇārthaśca||2||
サマーディバーヴァナールタハ クレーシャタヌーカラナールタシュチャ
三昧を生み出すことが目的であり、また、煩悩を弱めることが目的である。

簡単な解説:第2章が始まった前節において、まず、心の働きを止滅させるための日常的な行為のヨーガとして、苦行、学習、そして至高神への祈念があると説かれました。本節では、その行為のヨーガについて、三昧を生み出すことが目的であり、それはまた煩悩を弱めることが目的であると説かれます。