175、アーユルヴェーダ音楽療法入門36(Pittaと精神構造-その1-)

「Khapa・Pitta・Vata」の「三っつの生命要素:Tri-Dosha」が、何故か、マイナスイメージを多く強調されていることの原因については、今までにも何度かご説明して来ました。
しかし、前回(Vol.173)でご説明しました「Kapha」や、この後ご説明します「Vata」と比べると、「Pitha」の持つ力は、確かに弊害に繋がり易く、その様子もより分かり易いかも知れません。
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しかし、そこには現代人の深刻な「偏り」が根本的な問題として横たわります。それ故に「生命力と活性化に欠かせない力」である「Pitta」を十分にコントロール出来ない、という事態を招くのです。
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ところが、この問題は、実は紀元前数千年前に始まっています。それは、宗教の歴史が見せる「人間と神」の関係性に明らかに現れています。
このことをお話しするだけで、書籍一冊になってしまいますが、かなり無茶に端的に言えば、それは「和神と荒神のテーマ」に象徴的に現れています。
本来、洋の東西を問わず、神には、「和・優しさ・恵み」と「荒・厳しさ・攻撃・破壊・奪い」の両面がありました。
無心論者的な人々は、「河は恵みの水を与えてくれるが、しばしば氾濫し全てを無にしてしまう」「太陽は、草木・作物を育て人間を暖めてくれるが、しばしば度が過ぎ旱魃で生き物の命を奪う」。などなどの「自然の摂理とその両極性」を古代人が「神」としたのだろう、的な理解をします。
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しかし、無心論者の意見が正しいならば、人間は、神に祈り始めてから数万年であろう歴史の中で「祈ったところでどうせ無駄。自然の摂理には逆らえない」ととっくの数万年前に悟ったはずです。
無論、そう反論したところで、「ただただ、人間は、それが分かっていても祈らざるを得ないのだ」「そして、何かの偶然で、あたかも『聞き入れられた?』かのようなことがあると、再び数千年祈ることを続けてしまうのさ」と返されるかも知れません。
ところが、
科学やテクノロジーが如何に進歩しようとも、人間は、「自分の脳機能・思考回路・心の有様」についてさえも、全く良く分かっていない。(このことこそは、シーターラーマさんのご好意?先見の妙?で続けさせて頂いている、このコラムの最重要テーマですが)
近代医学でも、脳機能・脳科学についてや、臓器間・細胞間伝達機能、腸内環境については、この数年で急速に進歩し、日々「定説」が塗り替えられている有様です。
さすれば、
あと100年もすれば(今の様子で人類と地球が100年保つ?とも思いますが…………..)、「個々の人間の病気」は愚か、それが「集団化する時の何らかの力や波動」ひいては「思考・精神性と念の関係」「それらの集合体と自然・気象・地球・宇宙との関係性」も次々に説かれる時代に至るかも知れません。
そうなれば、
「人間が何故、神に祈り続けたのか?」のみならず。「そもそも神とは何だったのか?」も。物凄い勢いで(科学的に)説かれることでしょう。
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しかし、
前述したように、紀元前数千年前に、人間は、「神の存在」を、自分たちに都合の良いものに変革し始めました。或る意味、極めて不思議なもので、その弊害は、数千年経った現代になって、いよいよ「後戻り出来ない(不可逆的な深刻な事態)」に至りましたが、そうなる迄、数千年もの間、人間は、「地球上のあらゆる生き物の覇者」として、その利己の限りを尽くし続けることが出来たのです。
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洋の東西の「寓話」「昔話」「童話」で、「恐ろしい存在」を「酩酊させて無力にする」話があります。魔物や怪物から、大悪党、狂人に至るまで、ひいては、ひとつの家族の中の「頑固で厳しい親父」に至るまで、酒や眠り薬などで、酩酊させたうちに、まんまと計画を遂行するという話です。
東アジアや南アジアでは、龍、大蛇。西アジア~西洋では、龍・ドラゴンという強大な存在が描かれる一方、鬼を「言葉巧みに騙す:長靴を履いた猫」から、「鬼に呑まれて内側から攻撃する:一寸法師」に至る寓話も、その基本には、「荒神を和神に変革させる願望(欲望?)」がある訳です。

ここで、重要なポイントは、「強敵=目の前の脅威=目の上のたんこぶ」を「弱体化させる」という願望・願い・欲望を、人間は、数千年~(恐らく数万年)もの間「(心正しい善良な)弱者が(間違った考えの)強者を挫く」という「美しい物語」に摩り替えて、問題の本質を誤魔化して来たことです。
何も、ここで、「善悪観念」について述べるつもりは毛頭ありません。大事な話は、「相手が弱体化する」という方向性には「自らも弱体化する」という、極めて大きなリスクが、「落とし穴」としてあることを、人間は数千年もの間、考えないようにして来た、というテーマです。

「長靴を履いた猫」で言うならば、鬼を騙して鼠に変身させ「喰ってしまってめでたしめでたし」ですが、「一寸法師理論」で言うならば、「喰われた鼠が猫の中で暴れ、形成が逆転する」筈なのですが、人間は、これらを全て都合良いように解釈し続けて来た、ということです。
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これらの「或る種の真理=人間が美化しただけで事実は必ずしもその通りではない」ということは、既に現実のものとなっています。
例えば、1928年に(科学製剤としては)世界で始めて抗生剤が発明され、1944年には、スプレプトマイシンが発明されました。私の母は、後者が普及しきらないギリギリの時代に、当時主流の治療法で、片肺を潰して人生の大半を障害者として過ごしました。しかし、それから半世紀も経たないうちに「耐性菌」が現れ、「院内感染(※)」によって、細菌の逆転が顕著になりました。抗ウィルス製剤に関しては、新薬が出ては弊害が報告され、この数ヶ月の間には、耐性ウィルス迄報告され始めました。また、人間本来の免疫機能が暴走するアレルギーの問題も年々深刻になる一方。そして、自らの細胞が癌化する。老化に伴う「コピー精度の劣化」では、最早説明できなくなっている。にも拘わらず、大勢は、相変わらず「発癌性物質」や「ストレスの問題」という犯人探しばかり。

(※)以前もお話しましたが、私の母は、皮肉にもその「院内感染」で死線を彷徨いました。結果「奇跡の快復~退院」を果たしましたが、「何が効奏したのか?」は、未だお医者さんも分かっていない。私は懸命の「音楽療法」と「ヤントラ療法」を試みましたが、もちろん医学的にも科学的にも証明は出来ません。

(Pittaと精神構造ーその2-につづく)

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Hindu Chant講座Vol.1

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Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

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(文章:若林 忠宏

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Vol.174、アーユルヴェーダ音楽療法入門36(用語辞典:イ)

ア:補填
アーサナ
ヨガに於ける「ポーズ(座法・体位)」の総称。あくまでも一般的な現代ヨガに於いてのもの。
そもそも、インド六大哲学のひとつとしての「ヨガ」と、今日の「ボディー・ヨガ」との関係性を説くこと自体が容易ではない。当然、哲学ヨガの一派「ハタ・ヨーガ」と現代ボディーヨガとの関係性もしかり。また、哲学ヨガの完成(ヨーガ・スートラ経典に見るならば)は、4~5世紀とみるのが妥当で、ハタ・ヨーガに至っては16世紀であり、「古代ヴェーダの叡智」とするにはあまりにも新し過ぎる。
今日のヨガ・アーサナの基本となったものは、「ハタヨーガ経典:ハタ・ヨーガ・プラディーピカー」にあり、多くは19世紀後半に新たに付け加えられた。
また、ヨガ、瞑想に於いて重要視される、仏教で「印相/手印」と呼ばれる、手首から先の指の形は、主に「ムドラー」と呼ばれ、これは仏教成立以前の伝統を引いているものが多く、「古代ヴェーダの叡智」の要素が多く得られる。従って、現在様々な宗派が説いていることを全て鵜呑みに肯定することは出来ないが、ヨガ哲学、ハタヨガ、アーサナ、ムドラーは、その原点に於いてヴェーダ科学と深く関わっており、現代ヨガや瞑想とも深く関わっていることは紛れもない。しかし、その分別と認識は、極めて難解であることは言うまでもない。
また、この一方で、アーサナと音楽は極めて深い関係にあり。それは手首の先のほんの数本の指の形(ムドラー)でさえもである。それらは、音楽療法の効果効能を大きく変化させる。無論過剰になる場合もあるが、無効・無力化させる場合もある。当然、音楽によってアーサナ、ムドラーの効果も大きく左右されるが、近年の欧米経由のボディーヨガのBGMには、その考慮が全くと言って良いほど見られない。

アーサヴァリ
インド古典音楽の旋法:ラーガのひとつで、近現代分類法「タート」のひとつにもなっている。かなり古いラーガであるが、古代科学音楽に於いて既に成立していたかは確証が得られない。西洋の短調に近いと言える。しかし「タート」は、そもそも既に存在したあまたのラーガを「やむなく整理する為に近代に創案した10の引き出し」のようなもので。アーサワリはたまたま10のひとつの「引き出し名」に挙げられたに過ぎない。従って「アーサワリの引き出し」の中には、ラーガ:アーサワリの音律とは異なるラーガも少なくなく、それらは西洋短調と似て大きく異なるものである。


インド
名称「インド」は、国名(英名:India)の日本語表記(日本語読み)。英語(汎世界的な学術用語)でも、例えば「インドヨーロッパ語族/印欧語族」などで「Indo-European-Languages」などと用いる。
そもそもは、インド以西の文明が、インドを発見した際にその地「インダス河流域」の呼称を土地の民に訊き「インダス」の返答を得「インド」と聞いたことが始まりとされる。しかし、厳密にはそれは「Sindh」であり、しかも、土地の民「Sindh族」は、土地や民族の自称ではなく、インダス河のことを訊かれたと思い「Sindh=河」と答えたに過ぎないとも言われる。「サハラ砂漠」の名を訊いた外来者に、土地の民が「サハラ=砂漠」と答えたことと同じ。「インダス河=河河」「サハラ砂漠=砂漠砂漠」で、「ちげ鍋」「殿様キングス(日本の昔のコーラス・グループ)」並みの笑い話とも言われる。
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他方、「インド/Sindh」が何時、何故「Hind」に転じたのか?は、いまだに不詳とされる。ちなみに当時(唐代頃?)の中国は、「身毒」の字を当てた。(音訳当て字とは言え、不敬な文字だ)
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「Hind」から「Hindi語」「Hindhu教」の語が生じるが、無気音、帯気音の分別の根拠も不詳。その結果、「Hindhu」から、土地(国サイズの地域名)名「Hindustan」が生まれるが、語源的には「ヒンドゥー教徒の土地」という意味になり、既にイスラム教徒に支配されていた時代にも関わらず、「異教徒の地」の意味合い(カーフィルスターン)が否めない。
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最もややっこしいのが、印パ分離独立の際に、インド領からパキスタンに移住した人々の中の大多数であった、パンジャブ族以外の「北インドの人々」には民族名がなかったことだ。やむなく「Hindustani」とされたが、イスラームの信仰・信条を抱いて長い苦しい旅を耐えて来た人々に対し、語源的に「ヒンドゥー教徒の地の(イスラム信者)の人々」という不充分さ・不適正さを含んでいる。
また、18世紀のイギリス植民地時代にイギリス人総督が名づけた「Hindustani語」という分別もまた、ややっこしさを増長させた。言語学的に厳密には分別し切れない「(デリー周辺の)ヒンディー語」と「ウルドゥー語」を総称したものであるからだ。しかも、実際「インド残留のデリー周辺域生まれのイスラム教徒」と「パキスタン移住のデリー周辺域出身のイスラム教徒」とでは、接続詞や語彙が異なる場合もあると同時に、今日でさえ、デリー周辺域のヒンドゥー教徒で、夫婦で語彙が異なる場合さえある。筆者の友人夫婦は、夫がデリー出身で妻がより郊外出身だった。共にヒンドゥー教徒だが、「人生」という言葉を夫は「Zindagi(ペルシア語起源のウルドゥー語)」と語り、妻は「Zivan(サンスクリット起源のヒンディー語)」と語った。厳密には「Zindagi」は輪廻転生しない人生だが、彼はヒンドゥー故に輪廻転生を信じていた。
ちなみに、インド共和国が定めた「正式自称国名:バーラタ」は、マハー・バーラタに引くものであり、イスラム教徒などの非ヒンドゥー小数派には厳しい呼称である。

インドラ
ブラフマン教の神。デーヴァ神族の「雷神(雷霆神)」。ブラフマン教でも最も古く基本的なデーヴァである、天空神:ディヤウスと大地母神:プリトゥヴィーの息子の一柱。現存する最古のヴェーダ聖典:リグ・ヴェーダでは、ペルシア時代の神々と共に名を連ねている。後のプラーナ文献の時代に、太陽女神:アディティーの子神群「アディティヤ神族」に加えられる。この場合父神は、聖者:カシュヤパ。更に後の「ラーマーヤナ」では、天空神として描かれるが、クリシュナの眷属ハヌマンが互角に戦うように描かれる。更に後には、クリシュナ物語の中で、「ブラフマン教の神々の代表=旧体質の象徴」のように描かれ、ことごとこく卑下される。この間の仏教時代には、「天部」すなわち、如来、菩薩、(明王)の下位に追いやられる。他の天と共に「仏典の守護神」の地位を得るが、それでは、ブラフマン教後期のデーヴァ神族の敵「アシュラ神族」が仏教に隷属させられた立場とさほど変わらない。
リグ・ヴェーダにも後世加筆された部分が否めない上に、ウパニシャド、アパ・ヴェーダ、プラーナともなるとどれほど書き換えられたかは全く不確かであるが、大まかに見ても、このインドラの立場の変化は、ブラフマン教~仏教~ヒンドゥー教という流れ。もっと言えば、ブラフマン教→仏教との軋轢→漁夫の利のヒンドゥーという流れそれ自体を象徴している存在でもある。
また、「アニミズム」を世界的に俯瞰した時、「天空神と地母神の合体→子神産み神話」を「宗教(ポスト・アニミズム)の創世記」とするならば、ヒンドゥー勢力の漁夫の利的な台頭は、むしろブラフマン教によって圧迫された(より古い)インド各地のアニミズムの反撃とも考えることも出来る。(この意味では、クリシュナが青顔で描かれる=Shyam:肌が黒い=ドラヴィダ系のより古いアニミズム系の神のインドラ=ブラフマン教に対する反撃→勝利である、と説いた諸説と一致する。)
更に、ペルシアに於けるミトラ信仰、および弁天信仰などの太陰信仰が、ブラフマン教後期に太陽信仰に屈し、密教化して行った様子をも象徴しているとも言える。文字通り「象徴」故に、その実態は多くを語らないが、インドラが何時の時代の局面に於いても象徴として残されていたという事実こそは大きな鍵とも考えられる。

インドリヤ
一単語としては「感覚器官」。しかし、実際のヴェーダ起源の科学の様々な分野で様々に登場する語。良く語られる「6感覚器官(六感とほぼ同じ)」の他に、総数は最低でも27種ある。それら全体を俯瞰するならば、それは「能力」と解釈する方がより正しくなる。従って、上記の「六感」を筆頭に「6知覚能力」「3身体能力」「5感情能力」「5行為能力」「5精神力」「3悟性力」の27種と理解すべきである。(宗派によっては更に加えている)
ちなみに、現代人の多くは、この27力のうち、よくて18種しか機能させようとしていない。従って「思考回路・思考力の問題」は、「Kosha論」のみならず「Indriya論」に於いても警鐘が鳴らされていると知るべきであろう。

インナーライト
語意的には「内なる光」という意味。「アンタルヴァーニ」と同義と言える。しかし、思考領域が脆弱である場合と正常(Defalut的な、「本来の」の意味で)である場合とでは、「光」の現れ方、見え方は当然大きく変わってくる。インド系スピリチュアルが西洋に迄伝わり、それが日本にも波及した19世紀末から、様々な聖人が説き、あるいは人心を欺いて来た、ある種の「永遠のテーマ」とも言える。
ちなみに、この語意が世界のスピリチュアルに関心のある人々以外にも広く知られるようになったのは、1968年にBeatleのGeorge Harrisonの「The Inner Light」によってであった。シングル(ドーナッツ)盤のヒット曲「レディー・マドンナ」のB面として聴かれた。この曲は、ジョージのビートルズ・メンバーとしてのインド音楽風作品の四曲目だが、それらのインド音楽視座からの分類を語る人はほとんど居ない。
1、Norwagian Wood (1965/Album:Rubber Soul)
2、Love you to (1966/Album:Rivorver)
3、Within you whitout you (1967/Album:Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band)
4、The Inner Light (1968/Single)
「ノルウェー」は、ジョージがロンドンの楽器屋でシタールを購入し、調弦もろくにわからないまま弾いた。すでにブリティッシュ・トラッド・フォークの連中は、インド人を起用したりイギリス人でインドで学んだ者も居て、ライブでシタールを起用していた。ドノヴァンも既に弾いていたし、ジミ・ペイジも「俺の方が先に弾いていた」と主張しているが、リリースはジョージが先になって、世界的認知度もダントツだった。作詞作曲はジョン&ポールゆえに、インド精神世界との関連性は全くない。
「ラヴ・ユー・トゥー」では、在英インド人タブラ奏者(私:本辞典筆者は、文通していたことがある)を起用し、シタールはジョージが弾いた。「Raga旋法」には至っていないが、当時英米ロックギタリストの間で急流行した「Raga-Rock(エレキ・ギター奏法)」の中では「スケールの堅持」をしている点で評価出来る。ラヴィ・シャンカルに師事する以前に、ロンドン在住のインド人シタール演奏家(パンジャブ族シク教徒)に少し学んでの録音だった。ジョージは、仲間たちの間で密かに話題になっているシタールに好奇心を抱き、ロンドンの楽器屋で購入し、我流で弾いたのだった。それでも同時代のJazzギタリスト:ガボールサボよりは調弦がまともだった。ちなみにこのシタールは、2017年9月に米国のオークションで700万円で落札されて話題になったが、レコーディング風景で見るシタールとは全く別物にも見える。(ネックの縁取りの幅が違う)

「ウィズイン」は、ラヴィ・シャンカルの弟子となった以後で、音楽監督をシャンカル氏が勤めているので、「折衷の不思議な音楽」となっている。平歌のジョージの歌は、ラーガを守りつつ、ターラは守れて居ない。結果、伴奏のタブラ奏者は二三度リズムサイクルを壊して合わせている。間奏はシャンカル氏の独壇場で、リズムサイクルは10拍子。後に全て大御所となった(実の息子は潜んでしまったが)演奏者がずらりと揃っていた。「ラヴユー」に於ける「ユー」は、ほとんど一般恋歌の相方だが、「ウィズイン」に於ける「ユー」は、「神」である。この時点で、その神が「クリシュナ」であったかどうか?は不詳。
そして「インナー」では、ジョージは「インド民衆音楽(民謡)」に到達した。日本のマニアやファンは、古典音楽をより格上と勘違いするが、古典は理論体系のおかげで民族を超える。しかし、民謡は「200マイル移動すると変わる」と言われる多民族国家のインドでは、同じインド人が理解も習得も出来ない土着の音楽性が要である。ジョージが民謡に到達したということは、かなり深い意味で評価されるべきだ。
同曲では、UP州地方(ヴァラナシなどを含む)のホリー祭りや、MS州(ムンバイ、プーネなどを含む)の沿岸民謡などのリズムや旋律をミックスしている。シャンカル氏の直接的な監修もあっただろうが、前作よりは一歩引き、おそらくジョージ自身が「民衆音楽を紹介したい」と言って、アーティストを紹介されたのではないかと考えられる。近年公開された別テイク(歌無し)では、ジョージ自身がフルートのフレイズを口唱歌で伝えている様子が聴ける。ちなみにビートルズ楽曲情報データバンクのメンバーは全てでたらめ。タブラはビートを叩かず「旋律楽器」として用いられ、オーボエ風の音は、「Shahnay」ではなく、弓奏楽器に蓄音機の集音装置を取付けた「Tar(弦)-Shahnay」というハイブリッドな楽器。撥弦の音は、大正時代に日本から伝わった「大正琴=Benjo」である。
ジョージがシャンカル氏の門弟となる直前、ビートルズのメンバー全員が渡印し、リシケシでマハリシの教えを得たが、様々な憶測が語られるいざこざがあって、徐々に帰国。ジョージは、後にクリシュナ意識協会と出会いスポンサーとなって、ソロアルバムでもインド・スピリチュアル色を濃厚にする。
ちなみに、この頃のシャンカル氏を「ジョージを利用して」と揶揄する人は世界の評論家に少なくなかったが、ジョージの「インド風音楽」に対しても、「スピリチュアルな信仰」に関しても、むしろ「もっと導いてやれば良かっただろうに」と思えるほど放任しているのが事実である。

イティハーサ
ヒンドゥー二大叙事詩「マハーバーラタ(BC4c)」と「ラーマーヤーナー(BC3c)」の総称。字義的には「歴史書」の意味だが、神話的要素と、史実が混在している。成立年代も実のところ不詳で、それぞれ数百年の幅がある。従って、これらを「歴史書」とすることの価値のみならず、そもそもそのようなくくりは後世であることは紛れもない。しかし、軍楽に登場する様々な古代楽器の呼称は、音楽史・楽器学史に於いては極めて貴重な情報である。

イーシュヴァラ
インド六大哲学・学派のひとつ「ヨーガ学派」に於ける「自在神」。仏教では、「大自在天」と意訳され「天部」に属する。後に、仏教の一派でシヴァ神と同一視されるが、本来は全く別系統の神。
「偉大な(マハー)」の語を冠して「マハー・イーシュヴァル→マヘーシュヴァル」とも呼ばれる。
そもそもは、ブラフマン教主流派とも対立する「唯一神信仰」に於ける「神の意味」または「神の総称」であり、「総称」の場合も、「神々=唯一神の異なる相」という観念に基づいている(もしくは近い)。
イーシュヴァルは、ある派では、ブラフマン神と同一であり、同様な派系では「宇宙」と同義でもある。また、インドで密教化し、一部チベットに逃れ、更に中国で原型が築かれた密教(全ての系譜が同一という意味ではない)に於ける「大日如来」の存在とも一致する部分が多い。
これらの混沌は、いずれの宗派でも、「独自の最高神」を主張し、それこそが「宇宙原理」と説く結果、他派のそれを隷属したり同一視したりすることが繰り返された結果とも言える。その意味に於いては、アブラハム系宗教に「多神教」とされて来た、ブラフマン教、仏教、ヒンドゥー教の多くの要素は、「むしろ唯一神・単一神信仰に近い」とも言える。その代わり宗派が極めて多く多様で、それぞれの対立した教義を総合すると多神教のように見える、と言うことも出来る。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

今回は、アーユルヴェーダ関連の「イ(I)の語彙」があまりに少ないため、アーユルヴェーダのテーマから逸脱した部分も多いことをお許しいただきたいと思います。

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また、現在実施しております「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」は、まだまだご回答が少ないので、
是非、奮ってご参加下さいますよう。宜しくお願いいたします。

https://youtu.be/wWmYiPbgCzg

4月~6月も、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行います。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

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173、アーユルヴェーダ音楽療法入門35(Kaphaと精神構造)

「Khapa・Pitta・Vata」の「三っつの生命要素:Tri-Dosha」は、何故か、その語源に既に毒や弊害などの語彙と関連するものがあります。Tri-Doshaは、万物の五元素と深くかかわりながら、生命維持に欠かせない働きを担うにも拘わらず、三っつのバランスの崩壊によって「不健康(不自然・本来と異なる状態)=万病の根本原因」という解釈があるとともに、「局所・表層的な病状・症状(及び精神・心の不健康性=偏った性格や思考)」の原因は、Tri-Doshaの何かが特出・亢進した結果と解釈されます。だからといって、負の性格だけがその名称の語源になるということ自体が、ある意味「偏った・アンバランス」であると言わざるを得ません。

これは、或る意味「ヴァーダ医療科学」のひとつの偏りの結果である訳です。古代中国医療が、古代後期から中世に掛けて「万病はいずれも外部の邪気の侵入の所為である」という解釈に偏ったことと同様に、「ヴェーダ医療科学」もまた、古代から中世(ブラフマン・ヴェーダ科学がヒンドゥーに受け継がれたと共に、或る部分変形させられた時代)に、「万病はデフォルト機能のバランス崩壊の所為である」に偏ったからと考えられます。しかし「Dosha」という語彙が古代に存在する限り、この偏りは古代に既にあったことになります。もしかしたら古代には異なる名称だったのかも知れません。一般にヴェーダ文献は、紀元前数千年前と誇張されますが、副読本の多くはかなり後世に書かれたものですし、加筆や書き換えの有無は、計り知りようがないのです。

いずれにしても、揺らぎない事実。及びより真のヴァーダ科学としては「善にも悪にもなる」という性質であることは明らかです。よって、近年の「悪玉扱い」に偏るデトックス・ブームや、体質論に於ける言わば性悪説的な考え方は「デフォルト(善悪がほぼ均等に揃っていて当たり前)」の感覚を鈍らせるという弊害があります。しかし、これを説く人は日本でも亜大陸でもアーユルヴェーダ関係者の中にはほとんど居ません。
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上記しました問題も大きな問題ですが。それ以上に大きな問題であり、にも拘わらず、より深刻に「説く人が居ない」のが、全ての「体の機能=生理機能=生命活動」は、「心と思考の有様に深く強くリンクしている(筈だ)」というテーマです。

単純に言えば、
「気質(思考力・思考性)のTri-Dosha」をおざなり(無視・論外)にして、「体質のTri-Dosha」を語ったり、食物や生薬(医食同源ならば同じことですが)に神経質になったり、デトックスにやっきになって、「どうするつもり?」ということです。

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このことは、西洋医学でも説いている筈です。
この数年で、「ギャンブル依存症」が大きく問題になっていますが、そこで専門家が説く「ホルモン・バランスの異常」もまた偏った解釈と、思考力・思考性を論外にした大きな問題点と弊害があります。

「自律神経」のテーマもまた同様です。
「アパスィーや鬱」を説く専門家は、ホルモン・自律神経のバランス異常を説きますが、「依存症」と同様に、その解釈も論理も大きな偏りがあります。

その結果、いずれも「ストレスが犯人(悪者)」として「ストレス解消」「癒し」などの幼稚で短絡的な結論に至って省みないのです。

例えば、乳児を育てる母親では「愛情ホルモン」が語られ、逆に「ギャンブル依存症」で語られる「戦闘ホルモン」などは、母親には不要のような説明がなされます。しかし、アドレナリン等は、「危機察知能力(危機管理能力)」には不可欠なホルモンですから、元来「母親が我が子を守る」という本能的仕組みの中には、「愛情ホルモン」と同等・同量に欠くことが出来ないものである筈です。

しかし現代人は、それらの「バランス」と「使い分け」が出来なくなっている。我が子の様相に心底腹を立てて虐待と躾の区別が付かないことが原因の事件も後を絶ちません。

逆に、アドレナリン等が不足し、愛情ホルモンばかりでしたら、「観察力・注意力・洞察力」が鈍る。モチベイションも下がることでしょう。「イライラ」しない代わりに「やる気が起こらない」「だるい」などの方向に進み、「我が子がイメージ通りの結果を見せない」と一層落胆し、悪循環が始まり、結局はネグレクトな虐待に至りかねません。ここ数ヶ月の事例の多くに、母親がこのパターンで、父親が前述のパターンが見られます。双方がギャンブル(パチンコ)依存だった例もあります。

「そうはならない」という圧倒的多数の人々もまた。何らかに依存している場合は少なくない。基本的に人間は「依存願望」が強烈な生き物です。加えて、古今東西でこのテーマを説く人が少なく、当然教育にも反映されていません。結局は「理性」や「道徳観」のようなもので抑え、堪えているばかりですから、誰もが何時、その「精神力の堤防」を決壊させかねない状況です。

…………………………………………………………………………………………………………………….以前にもご紹介した「Tri-Doshaと精神構造図」を、今回は「Pitta」に特筆してご紹介しました。

図の左半球は、「右脳=感情領域」。右半球は「左脳=論理領域」です。無論「右脳左脳論」には、異論・反論も多く出されています。(しかしそれらの反論者は、「脳卒中の片麻痺」の事実を論外にして語ろうとはしません。)

図の上半球は、それらの「脳機能」が正常に働いている時の「Pitta由来/Pitta関連」の仕組み・働きを示しており、下半球は、それらが「不充分→不調→異常」に働いた場合を区分しています。

西洋医学では、これらはホルモン分泌や自律神経のバランスで説明されています。

つまり、例えば「アドレナリン」が、正常なコントロール下では、「危機察知能力=観察力・洞察力・注意力」と「戦闘意欲」や「興奮(好的・善的にはモチベイションや活力)」をうまく使い分けているべきですが、現代人の多くが、単純に「高まる・亢進する」と、単純に「興奮する、ノリノリ!」であったり「イラつき」「毒々しい・刺々しい」ばかりとなり、「不眠症」や、「虐待」「ネットでの毒吐き」など、およそロクなことがありません。逆に「衰退」していれば、当然「無気力・無感動・無神経・不注意」となる訳です。

従って、
「全ては思考力・論理力によって、デフォルト機能を正常に働かせコントロールする力が不可欠」である筈なのです。が、これは西洋医学でもほとんど語られていませんし、残念ながら東洋医学でも「全身医療」の信望者も語ろうとしません。

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(文章:若林 忠宏

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Vol.172:アーユルヴェーダ音楽療法入門34 アーユルヴェーダ音楽療法・用語辞典(入門編)

ア行(2)
アナーハタ 第四のチャクラ。心臓の辺りにある。

アナハタ・ナーダ 形而上の音、人間の耳には聴こえない。宇宙の波動「ナーダ」の原型状態
対:「アーハタ・ナーダ」

アンダジャ 生物分類の「12種の生物」のひとつ。「卵生生物」昆虫、両生類、爬虫類、鳥類を意味する。
対:ジャラーユジャ:胎生、哺乳類

アンガ 字義は「塊」。
1)転じて「胴」~「部分」「構造上の塊、群」療法学では「手足」を含む場合もある。
例:ムリドゥ(土)+アング(胴)=ムリダング:初め素焼き胴だった両面太鼓
2)様式(スタイル)
例:「ドゥルパド・アング:ドゥルパド様式~ドゥルパド・スタイル」

アーンク 様式~風(スタイル)
例:「ドゥルパド・アング:ドゥルパド様式~ドゥルパド・スタイル」。現代では、「アング」と混同されている。

アングスターナ 太鼓(Pakhwaj、Tabla)の変奏パターンのひとつ。

アンタラー 古代科学音楽(Shastriya-Sangit)から派生した、ヒンドゥー教布教芸術 に於ける「Perfoming-Art」としての古典音楽「Gandharva-Sangit」で確立した「作曲された主題群」のひとつ。主題「スターイー」に呼応する「第二主題」。現行の「北インド古典音楽」でも現存する。

アンタルヴァーニ 内なる声。「魂・心領域」の思考。

アンナ 現象的・現実的(形而下)の食物(広義のごはん)
形而上的意味合い(例えば「滋養」など)を含む「アハーラ」と混同される。

アンナマヤ・コーシャ 「コーシャ(鞘)論」に於ける、最も浅層・外側にある鞘。「アンナ(食物)」の語から「食物鞘」と訳されるが、皮膚・肉・骨・臓器・細胞など、確かに食物で代謝維持されている部分。

アーナンダー 1)至福。
2)Ragaのひとつ。「ナンダ」「アーナンダ・カルヤーン」とも呼ぶ。長音階を用いる、古いが比較的軽く扱われる。複合Ragaも多い。

アーナンダマヤ・コーシャ 「コーシャ(鞘)論」に於ける、最も深層にある鞘。「アーナンダー(至福)」の語から「歓喜鞘」と訳されるが、「心と魂の領域」と考えると分かる。

アナビャース 古代音楽の導入音。

アナヴァッダ・ヴァディヤ 太鼓類。皮を張った太鼓類。関連:タータ・ヴァディヤ、ススィーラ・ヴァディヤ、ガーナ・ヴァディヤ、

アニラ 風。
5要素(Pancha-Bhuta)の風「Vayu」が形而上的・象徴的な「風」であるのに対し、アニラは、実世界の要素(ストゥラ・ブータ)の「風」のこと。従ってアニラは、Vayu(形而上の風)とAkasha(空)の双方の影響を受ける。

アヌヴァーディー 正式には「アヌヴァーディー・スワル」
Raga(旋法)の要素のひとつ。「使用音の役割分類用語」に於ける、「主音・副主音以外の構成音」

アヌマーナ 普遍的な理解。「論理」ニャーヤ学派で最も重要な業。

アヌマーナ・プラマーナ 推測に基づく体験/推論

アヌヴャーヴァ・サーヤ 認知と反応の対峙的現象

アンビクスィキ 科学的探究、系統的哲学、論理の一種でありながら、しばしば非論理的

アニャータ・キャティヴァーダ 誤謬

アパーナ・ヴァータ 「トゥリ・ドーシャ」のひとつ「ヴァータ」に関連する「5要素:パンチャヴィダ・ヴァータ」(Sub-Doshaと言う人も多い)のひとつ。下腹部、排泄・生殖器官に働く

アープ 「ナワ・ドゥラヴャ(九要素)」のひとつの「水」。サンスクリット語だが、サンスクリットでは「ジャーラー」の方が主流。「アープ」は、ペルシャ語の「水:アーブ」の帰化とも考えられる。インド北西部とパキスタンにまたがる「パンジャブ地方」は、インダス河の「五つ(パーンジ)+支流(アーブ)」が語源。

アープトー・パデーシャ 四理解(認識)法「プラマーナ」のひとつ。「聖者の言葉(からの理解・認識)」

アパックシェーパナ  生命体の「五作用:パンチャ・カルマ/ラウキカ・カルマ」のひとつ「下げる作用」血圧、血糖値、酸性度などを「上げる」
対:ウッシェーパナ(上げる作用)

アパタルパナ     摂食障害や栄養吸収障害によって痩せている病症。近年日本では「痩身法」のように誤用されつつある。

アパッティヤ 不適合、不調和
対:パッティヤ:適合

アーローハ Raga(旋法)の要素のひとつである「上行音列」。「上行音階」とほぼ同義だがインド古典音楽には「音階」という概念が無く「音列」「音階」が直接的に音楽やRagaであるという考え方が無い。
対:アヴァローハ(下行音列)

アルダー 「半分」の意味、
アルダ・シャクティー:半分の力。「腹八分目」的な用語
アルダ・ジャイターラ:6.5拍子、「ジャイタール:13拍子」の半分割
アルダーハ:深夜00:00→一日の半分の時刻

アスタパディー ギータ・ゴビンダの歌曲。一節は八小節からなる。

アスティー 骨格。正式には「アスティー・ダートゥー(要素)」

アスターイー スターイ(主題)の古い言い方。

アショル・ヴァンダナ ベンガルの神秘主義音楽教「バウルー」の演目様式のひとつ。演技の冒頭に、神に捧げられる。

アシュターンガ アシュトゥ(8)+アンガ(部分)Ayurvedaの8科目

アシュターンガ・フリダヤ・サンヒター
Ayuruveda三大古典「ヴルッダー・トラヤ」のひとつ。最も新しく、音楽的な散文詩「スローカ」で著される。

アシュタ・ヴィーダ 主要な八種の治療法

アシュウィーン Ayuruvedaの伝説の聖人(神格)のひとり(ふたり)。ブラフマン神の弟子、プラジャーパティーの弟子。シャクラの師。

アティー 1)とても、Veryの意味
アティー・ビランビット・ラヤ:Very Slow Tempo
アティー・ドゥルット・ラヤ:Very fast Tempo
アティー・コーマル、半音より四分の一音低い音程。
アティー・ティーブラ、半音より四分の一音高い音程。など。
いずれも古典音楽用語の中では、「口語・慣用語」的で、抽象的。
2)過剰
Ayurveda診療に於ける、対象の状態。
アティー・ドゥーラットヴァ:遠過ぎて不明瞭
アティー・サミーヴァットバ:近過ぎて不明瞭
アティー・スークシユマットバ:細か過ぎて不明瞭

アティータ 古代のリズム・アゴーギクの一種。オフビート。

アートレーヤ プナルヴァス・アートレーヤ。シャクラ(インドラ神と同一視)の弟子のバハラドゥワージャの弟子。六種のサンヒターを著した六名の聖者にAyuruvedaを伝える。

アートマ(ン) 魂。輪廻転生を信じるのであるならば、「受け継いだもの・借り物」であり、その提供者「神」と、その人間の自我よりも近い存在となる。それが「思考・心・精神構造」の深層部に存在していること自体が「梵我一如」と言える筈だが、現地インドでも19世紀後半以降の「ヴェーダーンタ復興運動」以降、各宗派、各聖人が様々な持論を展開し解釈は混乱を極めている。
サンスクリット語の単数主格が「アートマー」、呼格で「アートマン」
不二一元論では、「神格:ブラフマン」と同一とさえ説く。この場合、「第七チャクラによる宇宙との交信」「瞑想」が不要になることは勿論、「コーシャ論」の「深層魂・心領域」も説明不要となってしまう。

アー(ト)メーンドリア  「アートマ(魂)+インドリヤ(感覚器官)」

アタルヴァ・ヴェーダ 四大ヴェーダ経典のひとつ。最も後世に編纂され、神話が多い。
尤も古く基本的な「リグ・ヴェーダ」に矛盾・反発する要素もある。

アーユルヴェーダ Ayuh(アーユフ/命)+Veda(ヴェーダ/叡智)「命の叡智・知恵・科学」。この場合の「命」は、「生命・人生・生活」などの語彙も持つ。一般にヴェーダ時代の療法学とされるが、「ウパヴェーダ(副読本)」に書かれているとされる以上、その年代はかなり後世の可能性がある。

アウダヴァ・ジャーティー 五音音階。「アウダヴァ(五音)ジャーティー(この場合は音階型)」関連:シャーダヴァ・ジャーティー、サンプールナ・ジャーティー

アヴァローハ Raga(旋法)の要素のひとつである「下行音列」。「下行音階」とほぼ同義だがインド古典音楽には「音階」という概念が無く「音列」「音階」が直接的に音楽やRagaであるという考え方が無い。
対:アーローハ(上行音列)

アヴァランバカ・カパ 「トゥリ・ドーシャ」のひとつ「カパ」に関連する「5要素:パンチャヴィダ・ヴァータ」(Sub-Doshaと言う人も多い)のひとつ。心臓・循環器に働く

アヴィルバーヴ 字義は出現。Ragaの本質(プラクリティー)が表現された状態。療法学でも(個人の特質の出現、病因の出現などで)用いる。
対:ティロバーヴ

アヴァヤーヴァ 三段論法的な論理の根幹。

アヴヤ・パデースィヤ 常識・通説・風潮・風評・伝聞に捕らわれない正確な情報とその認識

アヴヤ・ビチャーラ 普遍的で不変的な(論理的な)感情に支配されない知覚。

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171、アーユルヴェーダ音楽療法入門33(Tri-Doshaと精神構造-2-)

ヴェーダの科学・叡智を学んでらっしゃる方、皆さんがご賛同下さると思いますが。学べば学ぶほど奥深いと共に、学べば学ぶほどワクワクするほど面白い(軽い失礼な表現ですが、他に思い当たりません)と思われることでしょう。逆に言うと、その「奥深い世界=何処まで進んでも先(奥)が開かれ誘われるばかり」の道に進まずに、妙な距離感を保ったまま、ざっと見て「分かった気になってしまう」のでは、誠につまらないことと言えます。

尤も、論理思考領域が休眠状態の人は、「聞けば聞くほど。読めば読むほど分からない」と思うかも知れません。
確かに世の中には、「何故、こんなに分かりにくく説くのだろう?」と思う文章も多々あります。それらはむしろ論理的でなく、単に理屈っぽい、過剰に理論的な表現にしているに過ぎないのですが。
かと思えば、「ひらがなだらけ」で「Blog調・会話調」にも拘わらず、説明不足で分かりにくいものも年々増えて来ている印象です。
逆に、そのような風潮に慣れた人の中には、私の文言を過小評価する人も少なくないのかも知れません。
「分かり易い表現=非学術的=Blogレベルの個人的な意見」のように。

…………………………………………………………………………………
今日、アーユルヴェーダについて説いている文言の中で、必ず登場するのが「Tri-Dosha」の話ですが、これについて分かり易く書かれたものに、今だに出会えていないのが不思議でなりません。

ヴェーダの科学・叡智と、近現代に人間が科学で突き止めたものとの決定的な違いは、後者が「現象論・結果論」に執着し過ぎているのに対し、前者が極めて論理的であることです。

後者のその傾向と至上主義、価値観は、19世紀の英国哲学、それを受け継いだ米国哲学が、「合理主義・結果論・現実論」に走り、それが同時期の「資本主義経済・薄利多売・市場原理至上主義」と極めて相性が良かったことで、共に急速に亢進したことで不動の性質が構築されました。

しかし、ヴェーダの科学・叡智は、そのような必然性は全く無かったのです。

「近現代科学・西洋科学」では、「Tri-Dosha」に相当するものは、解剖学的に実際に発見された「神経、血管、臓器、ホルモン、その他の伝達物質」でのみ説明して来ました。が、今現在も尚、「新発見」が続いており、実のところ「全体の何割を確認したのか?」さえ分かっていないのです。

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幼稚な私事の体験談で恐縮ですが、
基本アナログ人間の私が、ようやくパソコンを使い始めた頃。エクセルで資料リストなどを作成していて、保護猫の世話に中座して戻って見ると。なんと、誰か猫がキイボードの上を歩いたらしく、セル番号が、数千?辺り迄行ってしまい、作成中の十数番からとてつもなく乖離してしまったのです。

その後も色々なことで、「コンピューターの世界は、正に宇宙的だ」と思うことが多々ありましたが、その時は、宇宙船の船外作業をしていて命綱が切れて宇宙を漂ってしまったイメージほどに「恐ろしい」感覚に襲われました。

PCの操作方法を良く分かっていなかったので。仕方なしに、何かのキイを一二時間押し続けて、やっと作業中のセルに帰って来たのです。

その後、PCやエクセルの機能や操作法を知れば、私の作業領域は、「エクセルの宇宙」の中のほんの1%にも満たないかも知れないけれど。もしまた猫がキイボードを踏んでしまったとしても。ある種の規則(復旧ボタンひとつで戻れる、などの)によって、「宇宙を漂う」ことはない。そう分かると、「作業領域以外の領域(世界)」も、「不可解・未知の恐怖の領域」ではなくなるのです。

同様に、その後、ヴェーダを学び、次いで論理を学べば。
「近現代西洋局所対処療法とその基本にある合理主義・現実論結果論至上主義」と「東洋医学・哲学・思想」の違いもまた、PCやエクセルの話と繋がったのです。

失礼ながら(実際、私も猫も西洋医学に助けられることはこれからも少なくないでしょうし)
申し上げるならば。
「全てを実証せねば存在を認めない」という「西洋科学」の手法は、
無知の私が「一二時間キイを押し続けた」の姿のように思えます。

一方、ヴェーダの叡智は、「何らかのスウィッチ」によって、
「森羅万象の世界・宇宙」を、或る意味自在に行き来していたのでしょう。

そのスウィッチこそが、ヴェーダが説いた「論理」なのです。

……………………………………………………………………………………………………..
何時もご紹介しています「樹木の図」を思い出して下さい。
論理は、「無限のような枝葉世界」の全てを行き来して実体験することではないのです。
しかし、「全てを俯瞰し、感じること」ではあるのです。

ところが、近現代西洋科学は、「全ての枝葉に行ってみないと証明出来ない」という感覚・価値観ですから、ヴェーダから数千年経っても尚、「ほんの一部しか分かっていない」となってしまうのです。

そもそも「実際に発見したもの」でさえも、時が経てば解釈も理論も変わったりする有様ですから。
「全ての部品」を検証し終わるまで、あと何百年費やすつもりでしょうか?

それに対し、ヴェーダの叡智や東亜古代医学では、、「全てを俯瞰し、感じること」で、「全体を把握」していたのです。

……………………………………………………………………………………….
「全てを俯瞰し、感じること」ということはどういうことか?
「樹木から距離を保って俯瞰する」ということでもありますが、それよりも基本的で簡単なことは、「太い枝に降りる~幹迄降りる」ということです。

つまり、「近現代西洋的感覚」は、「視点をあれこれ換えるばかりなので、俯瞰さえ出来ない」のに対し、
「ヴェーダ」では、「視座」を変えること、イメージすることで、「全体」を感じ取るのです。

例えば、ある程度の距離がある枝葉同士が議論を戦わせ、一向に合意は愚か、妥協にも至らない場面に遭遇したとします。

話を聞いてみれば、「どうも、枝葉の先に生る果実について語っているが、一方はブドウで他方はリンゴのようだ」とか、「枝葉の健康状態のことを言い争っているようだが、何故、そんなに違って感じるのだろう?」と分かったとします。

太枝に降りてみれば、
「ああ、ここでリンゴの枝にブドウが接木されているからだな」とか、「ああ、ここで太枝が大きな傷を受けているからだな」などの原因が分かるに違いありません。これが「視座を変える」という論理的思考法です。
…………………………………………………………………………………………………

或る時、私より一般ウケする本を書いている人が、
「何故、若林さんは、どの文献にも書かれていないそのようなことが分かるのですか?」
と不思議がって訊いたことがあります。

それらの幾つかは、私の本の後に、世界の定説になったからであり、でなければ、その人の言葉は、「何故若林さんは、あんな好き勝手な妄想をあたかも事実のように書けるんですか?」だったことでしょう。

しかし、上記の「論理」を以ってすれば、実に簡単なことです。
「接木でもしない限り、リンゴの樹にはブドウは生らない」
もし生っていたとしたら、逆に「接木の事実」は、文献に書かれていなくても明白です。

このようなことが「俯瞰」であり、「論理」なのです。
これは、インド音楽を数十年学んでいれば、自ずと身に着くものです。
否、正しく言えば、「分からないでは先に進めない」為に、否応が無しに、分かろうとして来た結果でしょう。

例えば、東亜医学に於ける「針灸・指圧」の「ツボや経絡」、アーユルヴェーダやヨガの「ナーディー」や「チャクラ」の存在は、近現代西洋医学では「神経?」という程度で留まってしまっています。
しかし、数千年の経験から、「ツボ・経絡・ナーディー・チャクラ」の存在は、「事実」として認識されているのです。

無論、「完璧」ではないところもあるかも知れませんし、数千年の間に誤解・極解したり歪曲されたものもありかも知れませんが。

例えば、「害虫」が嫌いな人(誰もでしょうが)が、マンションの部屋を徹底的に駆虫した。
「にも拘わらず、また出た!」とします。

専門家を呼んで高いお金を払って「害虫が侵入する道を発見させる」必要はありますか?

おおよその推測(だから推論が重要なのです)で、経路となりそうなところに駆虫剤やトラップを置く程度で殆ど改善されるのでは?

この意味では、「局所対処療法の西洋現代医学」よりも、東洋医学の方が、
「遥かに現実的で合理的」という皮肉な話です。

…………………………………………………………………………………………………….
今回の三つの図は、「Tri-Dosha」のそれぞれで語られている「司る機能・生命体の働きの源」などをある法則に基づいて配置してあります。

問題は、今日のアーユルヴェーダに関わる専門家の人々が、いずれも「みっつのDoshaの何かが極端に亢進している=バランスが壊れている」という時に、その「Doshaを減らす」処方か、「打ち消す別のDoshaを与える」処方ばかりを推薦することです。(実際の処方は医療法の問題があって出来ないことが多いので、あくまでも参考的な推奨ですが)

この方法論自体、全て間違っているとは思いませんし言いません。しかし、「これだけ」ということは大きな問題です。

例えば三人分の料理を作り、最後に「塩・砂糖・酢」を加えるとします。
その段で、「塩を入れ過ぎた!」という時に、「その分砂糖を多くしなさい」という推奨だけでは、問題の解決にならないだろう。ということです。

そして、このような手法こそは「近現代西洋型局所対処療法」に過ぎないことも問題です。

逆に、論理的な東洋医療の考え方では、
「塩を入れ過ぎた!」場合、「三人分を五人分に変更する」ことで解決を見ます。

根本的に思考法とアプローチが異なるのです。

勿論「バランス崩壊」を、火急的に、「対処療法」で時間を稼ぐことは東洋医療でも常套であり推奨されます。しかし、そこで終わらないのが東洋医療です。

その時間の余裕のうちに、「根本的な問題」に取り組むのです。
それによって「体全体の力を高める=三人分を五人分にする」ということや、
「バランス制御力の低下の問題を解決する」という手法を「より重んじる」訳です。

…………………………………………………………………………
次回以降、今回の「Tri-Doshaとその役割図」のひとつひとつをご説明したいと思います。
そこでは、現行の専門家の説明に全く欠けている論理的な発想の転換があると思います。
どうぞよろしくお願い致します。

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(文章:若林 忠宏

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Vol.170:アーユルヴェーダ音楽療法入門32 アーユルヴェーダ音楽療法・用語辞典(入門編)

ア行(1)

しばしば「Be(ベー)」と同様に、「否定の意味」で接頭字的に使われる。
例:アダルマ=ダルマ(正しい道理・行為)に対して誤った方法・行為の意
アパッティヤ=パッティヤ(適合)に対して不適合の意
アサッディヤ=サッディア(根治する病)に対して不治の病の意
アヴィディヤ=ヴィディア(叡智・知識)に対して無知の意
アドゥワイタ=ドゥワイタ(二元論)に対して不二一元論
アラウキカ=ラウキク(学問的)に対して非科学的・平凡の意
アスィッダ=スィッダ(真理)に対して虚偽・誤信・未証明の意
アサダーラーナ=サダーラーナ(広範囲)に対して狭範囲の検証の意

アバーヴァ 欠乏
アバーヴァ・パダールタ:欠乏症:アバハーヴァ(欠乏)+パダールタ(来す)

アバンガ・オビー マハラシュトラ(州/県/地方)のバクティー(ヒンドゥー献身運動)讃歌。

アビヤンガ
「アビ(対峙)+アンガ(胴/体)」Ayuruvedaに於ける直接的な施術の意。
近年ではもっぱら「オイル・マッサージ」のこと。

アボーグ
古代科学音楽(Shastriya-Sangit)から派生した、ヒンドゥー教布教芸術に於ける「Perfoming-Art」としての古典音楽「Gandharva-Sangit」で確立した「作曲された主題群」のひとつ。「第四主題」
「プラヴァンダ様式」「チャトゥール・アンガ様式」の一部に起用される。
古代の終わりに「古典音楽」が大改革を強いられた際、中世に生き残った様式「ドゥルパド」に継承された「四主題」の四番目。(プラヴァンダでは第五主題)
主題(スターイー:基音Sa~主音のある中心的音域)
第二主題(アンタラー:属音MaもしくはPa~副主音で展開する)
第三主題(サンチャリー:スターイーの8v展開)に次ぐ、
第四主題(アボーグ:先行三主題の総合または、残された部分の展開)の役割分担がある。

アボーギ Ragaのひとつ。短三度、短七度のカフィー系に分類される古いRaga
五度と七度を割愛する五音音階(アウダヴァ・ジャーティー)基音持続法の属音五度を持ちいることが出来ないので完全四度で代用する。その結果、第四音が基音に聴こえるというパラドクスが生じる。

アビナーヤ 古典舞踊に於けるジェスチャー表現。
広義には、「手首からの先の表現:ムドラー」を含むが、狭義では、主に「顔の表情の表現」を指す。

アヒール・バイラウ Ragaのひとつ。本来短二度のRaga:バイラウで、長二度を用いる。
名前の由来は「アヒール族の民謡から採集したから」と言われるが不詳。

アチャルヤ 専門家、巨匠、サンギータッチャルヤ:音楽家、
ムリダンガッチャルヤ:ムリダング(両面太鼓)の名手。一般・並水準よりは高いがヴィドゥワン程ではない。ブラフマチャリアも同様の熟語だが、正式なヴェーダ科学では殆ど言わない。「神掛かり」的な意味になってしまうが、逆に反一元論になる。かと思えば、或る宗派では「性的エネルギー」などとする。

アダーラ・サラジュ 絶対不変・普遍のサ(Sa/インド階名ドレミのド)

アドブータ Gandharva-Sangit以降の芸術作品に関連させた「九つの感情」のひとつ。「驚き」

アドルスタ 目に見えない自然の法則

アドゥルスタート (予期せぬ)神の啓示

アドウィタ・プラマーナ 不二一元論に基づく体験
対:ドウィタ・プラマーナ:二元論に基づく体験

アドウィタ・ヴァーダ 不二一元論

アデャーヤ 字義は「章」。13世紀のGandharva-Sangitの解説書「サンギート・ラトナーカル」の各章で、転じて「各学」的に用いられる
例:アルス(解釈)・アデャーヤ(章)→音楽学
アスト(楽器)・アデャーヤ(章)→楽器学
ラーガ(解釈)・アデャーヤ(章)→旋法学

アラ 二分の三の意。
アラ・チャウタールは、チャウタール(12拍子)の末尾に二分の三を入れて14拍子にしたもの。

アール・ラヤ 二分の三の意。1.5拍でくくるようなリズム分割。
大阪の昔のヒット曲の「飛んで飛んで飛んで飛んで」がこれ。広義には、「偶数分割リズム(2拍子系4拍子系など)の三つくくり」の意

アグニ 1)火
2)「パンチャ・ブータ(五元素)」に於ける形而上的な「火」食物を燃焼・分解させる力。
3)ブラフマン教の「火の神」ヒンドゥー時代にも生き残る。

アーグニャ 六番目のチャクラ(体の下部から数える)。第三の眼辺りにある。

アグニヴェーシャ プナルヴァス・アートレーヤの六名の弟子のひとり。チャラカの師。 六サンヒター中、最良とされるアグニヴェーシャ・サンヒターを著す。

アーハタ・ナーダ 声帯による肉声や、弦を弾いて鳴らす弦楽器、吹いて鳴らす管楽器などで
「物理的に発音された音」「人間の耳に聴こえる音」。しかし、そもそもは「ナーダ:宇宙の波動」を声帯や楽器が受信して「人間に聴こえる音」となったと説く。
対:「アナハタ・ナーダ」

アーハーラ 字義は燃料、食物。現象的・現実的(形而下)の食物(広義のごはん)の「アンナ」に対して、形而上的意味合い(例えば「滋養」など)を含む。

アハーラ・シャクティー 食物・滋養によって得た力。及びそれらが持つそもそもの力。転じて「食物に対する力・感受性=食べる力」をも言うが、「消化力(ジャーラナ・シャクティ)」と混同される。

アハムカーラー 意識。自我意識。一般的に一般人が認識する「意識/自我/自分/自覚」
「コーシャ(鞘)論」では、最も外側。「気分感情領域」
現代人は、こればかりを「自分」と思い込む悪しき風潮(常識)が蔓延。言わば「国家最高権力者」のようなもので、これの質・内容・精神性、及び「これを制御する論理思考の有無」によっては、国民(臓器や細胞)はとんでもない苦しみを味わう。

アジールナ 消化不良、胃腸疾患、

アーカーシャ   「万物の五元素:パーンチャ・ブータ」のひとつ「空」
古代ペルシアの「四元素」の「気・空」を二分し「ヴァーユ:風」と分別した。「空気・大気」であり「空間」でもある。「ヴァーユ:風」の動的な性質に対し「静的」「無的/虚空」。

アクシャーナーン 感覚。形而上的意味の深い「インドリア」に対し、日常的に私たちが意識している「感覚」。言い換えれば「インドリア」を理解せねば、「生命体としての感覚」を読み・語りすることは出来ない。

アクシャラ 1)単位、普遍的で抽象的。絶対値を語らない時の「粒、コマ、節」
2)リズム型の最小単位。例:2+3アクシャラは、1アクシャラが八分音符ならば2.5拍だが、1アクシャラが四分音符ならば5拍になる。

アークンチャーナ 生命体の「五作用:パンチャ・カルマ/ラウキカ・カルマ」のひとつ「縮小させる/収束・収斂作用」
対:プラサーラナ(拡大させる/拡散)

アライヤ・ビラーワル 「アルハイヤ・ビラーワル」と綴る。Ragaのひとつ。
短七度を用いるので「カマージ系(That)」的だが、音の動きは、完全に「ビラーワル系(長七度)」。Performing-Artでは、タート代表格:Raga-Bilawalより好んで演奏される。

アーラープ Gandharva-Sangit以降の古典音楽に於ける「前奏曲」
古代科学音楽(Shstriya-Sangit)では、歴然とした一楽曲様式。
Ragaの真髄(プラクリティー)を完全に具現するので、「前奏曲」という観念は本来は誤り。むしろこれが「本曲」で、その後の太鼓が加わる部分は言わば「お楽しみ=デザート」と考えるべきでもある。
「自由リズム(リズムサイクルもビートも無い)」で歌われる(演奏される)ドルゥパド様式以降では、ビート感(リズムサイクルは無い)を持つ部分が加わり、中世後半の器楽(ガット様式)では、更に速いテンポで超絶技巧を聴かせる部分も付加された。

アーローチャカ・ピッタ 「トゥリ・ドーシャ」のひとつ「ピッタ」に関連する「5要素:パンチャヴィダ・ピッタ」(Sub-Doshaと言う人も多い)のひとつ。眼、視力に働く

アーマ 未消化物。排泄物。実際は、「未消化物・老廃物・菌や組織の死骸」
などが混沌と混同されている。

アーマッド 1)16世紀~19世紀、今日のUP州に展開した帰化アフガン外人部隊駐屯地ローヒルカンドのアフガン系伝統古典音楽に於ける楽曲構成部部分。字義はペルシア語の「登場・出現・呼び込み」
2)上記1)の地域が後にアワド王朝領となり、そこで発展した古典舞踊カタックの構成部分のひとつ。イスラム宮廷色が濃い。

アーマーシャヤ  胃

アムラ 「ラサ(味)」のひとつ。酸味

アムシャ 副主音。より古代では「主音」。中世では「開始音」。近現代では、副主音はサムヴァーディーの語に置き換えられ、存在感を失う。

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169、アーユルヴェーダ音楽療法入門31(Tri-Doshaと精神構造)

今日の日本に於いて、着実にファンを増やしているアーユルヴェーダですが、無論「薬事法」「医療法」の壁があれば、「サプリメント」や「健康法」の領域で活動するしかないのもやむを得ないことです。
しかし、だからと言って、「Detox(解毒)」ばかりがもてはやされるということは、本来のヴェーダの叡智に於いても偏ったものであることは言う迄もありません。「食物・水・空気・滋養」にしても「情報・言葉・流行・風潮・思想・論理」にしても「ファッション・動画・映画・絵画・ヤントラ・音楽・マントラ」にしても、「心と体に取込むもの」に対する「感受性の偏り」と「消化吸収力の正常化」を考えずに、「Detox(解毒)」が先に立つというのもおかしな話です。
確かに、今の世の中、拒みたくても入ってくる有害なものに溢れています。しかし、上記の「感受性・消化吸収力の問題」を考えないこと自体が、「既に病気」とさえ言いたい位です。何故ならば、そもそも「偏り」が病気の始まりであることは、アーユルヴェーダでも、中医・漢方でも古くから説いていることですし、消化吸収力の衰えは、西洋医学でも「様々な病気の始まり」と説いているからです。その「病気の始まり」を「病気になるとは思いたくない」というならば、それはもっと重症な大問題であると言わざるを得ない、ということです。
特に昨今のアーユルヴェーダ・ブームでは、本来のアーユルヴェーダでは様々な病状の中でも極めて深刻なもののひとつであると説く「アパタルパナ(栄養吸収消化代謝障害)」を、あたかも「痩身法」のように語っている人が少なくないことには驚嘆します。
尤も、体のみならず、心も感性もアパタルパナ状態に近づく一方の現代人にとっては、「有益なもの」も消化吸収出来なければ「有害」となり、その後は、「Detox(解毒)」しか能が無い。のかも知れませんが。
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その一方で、
人間個々個人の「体質・気質」を判断する。中医・漢方の「証」とも共通する概念である「Tri-Dosha」は、「三つの資質とそのバランスを説いた理論」ですが、そもそも「Dosha」の語源が「有害・毒」のようなものですから、「Detox(解毒)観念」が先行するのもやむを得ないのかも知れません。何故、生命体の根本的な性質を「Dosha:毒のような」という語彙で表現したのでしょう。
それは二つの考え方で容易に理解できます。
ひとつは、古代の人間は、今日の人間からは比べようが無いほどに「健康・自然体」だったであろうからです。基本的に「三つのDosha」が、誰もが皆、均等のバランスであったならば、頻繁に「Detox(解毒)」する必要もないでしょうし、世の中に毒々しい「食物・音・オブジェ・言葉」もそうそう無かったのでしょう。
しかし、それならば、「Dosha」ではなく、「Bhuta」や「Guna」などの言葉でも良かったはずです。
もうひとつの理由が、「恵み」は常に「脅威」でもあるという、古代人の常識です。本来は、現代人とて同じく、人間にとって全てのものは、「恵みであり脅威である」ということです。
それは、「神」に始まり、あらゆる自然現象や、大自然の環境全てに当てはまります。
薬は言う迄もなく「毒」でもあり、「医食同源」ならば、あらゆる食物も「恵みであり毒である」という事実です。
「河」や「海」、および「雨風」に対して、この十年。日本人は、その「絶対的な基本」を改めて痛感するばかりの日々が続きますが、これが本来なのだ、とも言える訳です。

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「ピッタ:火」は、「消化力」であると共に、自律神経・交感神経、アドレナリンでもある訳ですから、消化のみならず、モチベイション、エネルギー、注意力、観察力、判断力など、生きて行く上で欠かせない能力にも直結します。
逆に言えば、「社会に守られていることに慣れ・当たり前・当然と感じている現代人」の場合、「注意力、観察力、判断力」が衰え、「ピッタ」は、その他のことに過剰に働くことになりかねません。
つまり「ストレス云々」と被害者意識ばかりで考えては駄目で、自らの「鈍り」が「ピッタの活用に偏りを生じさせている」と気づくべきでしょう。

「ヴァータ:風」は、消化吸収代謝した栄養素を「運搬」することに欠かせない力です。無論、老廃物や毒素の運搬にも欠かせません。病気の一番の問題は、「ストレス」などではなく「滞り」と「バランス異常」ですが、後者は、前者の結果と考えるべきならば、全ては「滞り」が原因と言えます。(感染症さえも、滞りが無ければ、自然に流される=スルー出来る筈です)

例えば、「犯罪者」や「異常者」が町に侵入したとして、「隠れ家」になるような淀んだエリアが町に無く、はつらつとした市民が、常に元気で健康で、笑顔で行き来し、他人同士が自然に笑顔と言葉を交わしている「本来当たり前の状態」であったならば、「犯罪者も異常者も住み難い」というものです。
ところが実際は、人々は誰もが何時も険しい表情で「何か文句あるのか?」と何時でも一瞬のうちに「キレ」そうな様相で町をせわしく闊歩している。すれ違いに肩がぶつかろうものならば、ファッション雑誌の表紙モデルも出来そうなお嬢さんが「舌打ち」をする世の中。赤の他人の様子など無関心は勿論、声掛けなどありえません。
そんな世の中ですから、そのつもりで自転車を漕いでいたら、或る時
見知らぬ筈の小学校低学年の少女に「こんにちは!」と言われ驚きました。
「すみません。何時どちらでお会いしましたか?」と丁寧に訊けばなんと!
「今」と答えられ更に仰天。
彼女は、初めてすれ違う私に挨拶をしてくれたのです。
お言葉お気遣いを頂戴するほど老けた様相に至ったということでしょうが。
そのあまりの純真さに
「この子はクマリか?」と思ってしまいました。

しかし1980年代以前は、それが「普通」だったのです。

「カパ:地」は、乾ききった荒野ではなく、潤沢な豊かな大地であり、自然に草木が茂り、生き物が豊かに宿る野原のようなものです。カパの力によって、細胞と細胞、臓器と臓器、が連結し、滋養・エネルギーを蓄え、代謝し、還元出来ているのです。
ピッタは、炎が立ち昇る中で中華鍋を激しく振る、手際の良い料理人かも知れません。ヴァータは、颯爽でスマート且つ、スピーディーに客席の間を巡る、良く働くウェイターさんかも知れません。しかし、それもこれも、カパが用意したテーブルも皿も、冷蔵庫も無ければ、私たちの食事は、毎日毎食が、「パン喰い競争」「流しそうめん」「立ち喰い廻る寿司屋」のようなものか、「鵜飼の鵜」のようなものになってしまいます。

このような「ありがたい存在たち」を、何故「毒」が語源の「Dosha」と呼ぶのか?
それは、私たちそれぞれが、体の中に、「ピッタ:アグニ火の神」「ヴァータ:ヴァーユ風神」「カパ:プリトゥヴィー地神」を住まわせているようなものだからです。
そして、
本来神々は「荒神」と「和神」の両面を持っているのです。
しかし、この道理も、
例えば古代エジプトでは、新王朝の時代で既に「人間にとって都合の良い神ばかり」の解釈に変えてしまいました。日本の神道の神々の場合、まだ少し「荒神」が残っていますが。
インドの場合は、世界的に稀に見るほど、その「道理」をしっかりと考えているかも知れません。
尤も、シヴァ派の神々はむしろ「荒神」に偏っており、ヴィシュヌ派は「和神」に偏っている感は否めませんが。

このように認識を新たにしていただければ、
三つのDoshaは、いずれも「恵みであり毒である」ということがお分かり頂けると思います。

尤も、今回お話しましたようなことは、ある程度の勉強をされたアーユルヴェーダ専門家の方々は、とうにご存知のことに違いありません。

しかし、その方々も、殆どの関係者・専門家が語っていないのが、「ドーシャの性質・役割の二面性(相反する対極的な性質)」が、何時・どのような時に、何故現れるのか? 反転するのか? ということです。
おそらく、それが分かってらっしゃらないが為に「バランス問題」とおっしゃるのでしょう。

確かにバランス問題も存在します。しかし、「恒常性」は、日々刻々と相反する要素がせめぎあってバランスを保っているのです。その「恒常性力・バランス制御力」が衰えた時に、「補ってやる」ことを無駄とも愚かとも言いませんが、「対処療法」であることは紛れも無いことです。「Detox(解毒)」もまたしかり。東洋医学が東洋医学たる所以「全身医療と予防医療」および「自然治癒力サポート」の概念を捨て「局所対処療法」になってしまってどうするのか?という大問題です。

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168、アーユルヴェーダ音楽療法入門30(右脳左脳論と精神構造)

当連載のVol.165とVol.166で、古代ヴェーダの叡智とも一致する「本来と現代人の精神構造図」と、「Chakraおよび臓器の関係」を説いて来ました。そして、前回Vol.167と今回は、「脳機能との関係」を説いています。
しかし、ここにも二三の問題点があります。
ひとつは、最近の奇妙な「脳科学ブーム」です。
30年ほど前からじわじわブームになって来ました「脳科学の話題」ですが、当初は「自己改革」的な世間の関心に対して迎合的に語られていました。それが、次第に「現代人の状態を肯定する方向」に変化して来たことです。前時代の「自己改革」は、まだ「高度成長期~バブル期」の「抜きん出た才覚」を奨励する価値観の延長線にあり、今や死語になりつつある「勝ち組・負け組」的な危機感を煽る要素もありました。
ところが、2000年代後半になると、「自分を変えてまで努力をしたくない」「むしろ疲れた。癒してくれ」の傾向がより顕著になり、前時代の価値観は一気に冷めて行き、代わりに「肯定型の論調」が主流になりました。
つまり、「一般のニーズ」に応じて変化する「科学」という姿に、遠慮もてらいも、見境さえなくなって来たということです。極論を言えば「本来、政治・経済から自由でありながら、真実を探求するのが科学」であるならば、近年の「科学と科学者」は、極めて「大衆迎合的」である。ということです。果たして、そのような価値観が発信した情報で、我が身の健康・生命・人生を慮ることが出来るのでしょうか。

もうひとつの問題が、最も最近の例を除き、この30年に雨後の筍のように相次いであわられた「自称脳科学者」という専門家の殆どが、「脳科学」が専門という訳ではなく、何らかの関わりを持っているに過ぎなかったということです。無論、精神科医、臨床心理士などの医学博士でありますから、このようなことを述べれば、激怒され「お前は全く語る資格などないじゃないか」となるに決まっていますが。
また、ごく最近、逆に「脳科学が専門」という若い世代の学者・論者も現れて来ています。
しかし、いずれも「出ては叩かれ否定され」がこの30年の有様です。
つまり「実のところ、殆ど科学的・医学的に検証された定説に至っていない」ことと、
「実際、脳機能については、まだまだ殆ど分かっていない」というのが事実なのです。
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まてしても私事で恐縮ですが、
脳卒中(脳出血)で倒れた母親の救急車に同乗して病院に急行し、翌日主治医先生の説明を受ける際、この眼でMRI画像をしかと見て、先生のご説明を納得しました。
左脳の「言語中枢」が、殆ど出血で真っ黒に写っていました。
当然、「言葉(会話)は諦めて下さい」「当然、片麻痺も覚悟です」「それ以前にこの一週間が峠で、亡くなる危険性もあります」との説明でした。
話せば長い話ですが、結局半年後に、主治医先生が「奇跡だ!」とおっしゃるほどの快復で退院しました。
冗談で私は「神様ありがとうございます」「でも、言葉は少し減らして下さっても良かったのですが」と言ったほどでした。昔から口煩い母が、病気で以前の動きが出来ない、気力が無い、薬を飲まねばならないなどで、当然イライラもあって、むしろ以前より「口煩い」「口数が多くなった」と思うほどだったからです。

病院の母に、イヤフォンで、ピアノ教師だった母が一番好きだった「ドビュッシー」と、私のシタール演奏のカセットを聴かせ続けたり、院内感染で危篤になった以後、二人部屋に差額なしで入れられたのを幸いに、天井と壁に、母の娘時代、結婚当初の写真を大きく引き伸ばして張り続けました。
この30年近く前の出来事こそが、その20年近く前からの私の「インド音楽修行」の中で、少しずつ大きくなって来た「古代インド科学音楽による音楽療法」の道に進ませたのです。そして、「写真を貼ったこと」は、「ヤントラの科学」に気づいた大きなきっかけでもありました。

それから更に30年近く経った今日でも、「一旦破壊された脳機能(その部位のそれ自体)は再生しない」とされ「他の部位が補うことがあるようだが、まだまだ分からないことだらけ」という定説が現状のようです。
その事実は、リハビリの成果が出る人と出ない人が現れることでも確認出来ます。
母の片麻痺は、「言葉が戻った」ことと同様、殆ど発病前と変わらず、肉体的なリハビリは殆ど受けませんでした。半年のうち、五ヶ月は日々朦朧とし、しばしば生死を彷徨い、何度も「危篤」で呼び出されましたが、最後の一月に急速に復活したのです。これ自体も珍しい。一般に、「最初の一週間で決まる」とされます。加えて。興味深いことは、「抗生剤が効かない耐性菌」に対しても、「自然治癒力」が、乗り切ってくれた事実です。
しかし、主治医先生には「音楽療法」のことは申しませんでした。あざけるように「スルー」されるか、大層不機嫌になられるかのどちらかだと思ったからです。
「音楽療法」は、その後2000年代になって、私が音楽療法士を育てる学院で「即興音楽」の講師をした頃でさえ、「音楽療法の国家資格制度」が確立せず、現場では皆さんご苦労をされていました。そして、大幅に社会福祉予算が削られ今日に至ります。
…………………………………………………………………………….
そして、最も重大な問題が、今回のテーマである「右脳左脳論」です。
これも、結論を言えば「現代科学・医学で証明された定説が無い」ということで、「面白おかしく批判すること」や「批判することで自己実現したがる人々」によって、「何が正論なのだ?」が全く分からない混沌とした現状になっています。

かと思えば、「右脳左脳の機能分化」どころか、それが「右左の鼻腔と関係がある」として、「片鼻ずつの呼吸法」を説くヨガ流派もあります。

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例えば「血液型と性格の傾向論」については、長年もてはやされて来ましたが、一時「否定論」が急浮上しました。ところが、最近になってまた「或る種のタンパク質の偏りがある」ことが発見されるや、また急浮上する、という有様です。

極論を言えば、むしろ「現代科学・医学で証明などしてくれない方がすっきりする」という全く逆の思いにも至りそうなほどの混沌、異論反論、定説の変化です。それよりは、古代インドの五千年三千年の叡智を素直に学んだ方がよっぽど日々の精進に役立ちそうです。尤も、そのインドの知恵も、現地で数百年数十年の間に変質させられた部分も否めませんが。

「右脳左脳論の是非」についてもまた、一旦「否定勢力」が亢進しても、新たな発見によって覆されるなどがしばらく繰り返すのでしょう。
しかし、私に取っては母親との闘病の日々の経験から、二人部屋の他方の方の「片麻痺」の病状の変遷なども目の当たりにして、「左右の脳機能の分化は事実なのだろう」と身をもって実感しました。
逆の発想で言えば、「片麻痺=片方がやられた」ではなく、「分化のお陰で片方は生き残った」とも言える筈です。

「Mac-Bookは全滅したが、i-Bookは半分生き残った」をも思い出します。

しかし、「機能分化」があるとは言え、「高速で左右を情報(指令・報告)が何度も行き来している」こともまた、事実のようです。
そのような「分化構造」は、「恒常性のための相反する機能」とも矛盾しません。
イメージとしては、「餅つきで、突く側とこねる側」「ピッチャーとキャッチャー」のような関係で、
「餅やボールという情報・指令・報告」は、常に行き来しつつも、役割分担がある、ということなのでしょう。
…………………………………………………………………………………………
「右脳左脳の分化論」は、「鬱病」や「アパシー症候群」などの最新情報に於いても語られていますが、「右脳:気分感情に特化:故に『芸術脳』とも言われる」「左脳:論理性に特化」という定説は、そのまま、何度もご紹介している「精神構造円図」の「最も外側:気分感情領域=右脳」「その内側:論理思考領域=左脳」ということです。
しかし、現代の専門家の多く。「分かった気になっている人」の殆どが、「論理」の解釈が分かっていません。それどころか「論理=理論」だとか「論理=冷静」「論理=理屈っぽい」という幼稚な大誤解さえ普通に行われているようで、驚かざるを得ません。

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167、アーユルヴェーダ音楽療法入門29(脳機能と精神構造)

何度もご説明しています「本来の健康体と現代人の多くとでは大きく異なる精神構造図」は、古代ヴェーダの叡智のひとつ「Kosha(鞘)論」とも一致しているもので、現代人は、その最も外側の「鞘」に於ける「外部からの刺激・情報」に反応することで手一杯。それどころか「反応」のみならず「合わせる」ことで、思考(検証~決断)の殆どを、「気分感情領域」で行ってしまい、「論理的思考能力」が急激に退化しつつある。と説いて来ました。

これは、「人間に本来備わった機能を用いない」ということですから、重大な「機能不全」は、「心と体の全てに悪影響をもたらす」ことは必至です。

しかし、「局所対処療法」に偏る「近現代西洋系医療」の専門家のみならず、「中医・漢方薬剤師」の方々から、「ヨガやアーユルヴェーダの専門家」でさえもが、この問題を語ろうとはしません。
それを諌める専門家が、現地インドにも何故居ないのか?
極めて深刻な問題と思いますが。そろそろこの問題意識に対しても「他で殆ど誰も語らないのだから、特殊な考え、誤った考えなのだろう」と考え、葬り去ろうという人も出て来そうな悪い予感さえ致します。
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今回の図は、「人間の脳機能」を分かり易く図式したものです。
英語表記は、国際的に認証された正式名称ですが、その邦訳は、既存のものとは異なり、「より一層・存在意義に根ざした表現」に努めました。

極めて興味深い点は、図の中央下側に伸びる「脊髄」から上方へ。および上部では、より外側に向かって、「生命体の進化」が如実に見られることです。
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尤も、
「人間が最も進化した(優秀な)生き物である」という観念には、いささか抵抗も、疑問もあります。
何故ならば、「心と体」は、必ずしも「脳機能」に全てが委ねられている訳ではない上に、ヴェーダの叡智や、幾つかの東洋医学が説いているように、「解剖学上では解明されていない組織」も在り得るからでもあり。昨今の西洋医学最先端の発見・解釈にある「臓器同士のコミュニケイション・ネットワーク」もあるからです。
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しかし「呼吸器系」が、「体に酸素を送り、二酸化炭素を回収し排出する」。「循環器系」が「酸素と栄養を巡らせ、老廃物を排出する」。「消化器系」が「水・飲み物・食べ物を摂取し、消化・代謝・解毒・蓄積・循環、及び排出させる」。などに関して、疑問・反論を語る人が居ないのと同様に、「脳機能・神経系・ホルモン系」が、それら全ての「全体的な運営をコントロールする」ということは紛れも無い事実なのでしょう。
少なくとも、「記憶された経験や、学習し理解した情報などを運営に反映させる」という点に於いて、「脳機能」を失った場合、かなり厳しい状況に置かれることは紛れも無いことです。

この後更に「脳機能以外の部位の働き」が解明されたとしても。これらの全体像は「中央集権と地方分権の二重構造とそのバランスの問題」に喩えることは出来る筈です。

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ところが、ここに大問題があります。
人間の場合「脳機能の甚大な低下」は、「寝たきり」という状況に至らしめ、「社会人としての存在」が脅かされるばかりでなく、「人間として」「生命体として」の存続も危ぶまれ、「最低限のQOL」さえも望めない・望み難い状況に至ります。

しかし、極めて興味深いことに、図の「黄色で示した脊髄から上方に進化した」ことが明らかな「脳機能」ですが、「最高位に進化した人間」は、上記のように「後戻り出来ない」にも拘わらず、「進化の過程の生き物」は、それなりに生涯を真っ当に全う出来ているということです。

つまり、「人間は大脳新皮質」を破壊されてしまうだけでも、重度の障害を負いますが、「新皮質」が「進化していない/殆ど持っていない生命体」は、「何の苦もなく、生涯を送る」ということです。
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このことを「パソコン」に喩えますと、
例えば我が家の場合、十数万円で入手したばかりの新品のパソコンが、ほんのちょっとの余所見や退席の間に、お馬鹿な雄猫のマーキングによって、重要な部位が穂損してしまい、全く使い物にならなくなったことが三度もあります。
同様に、
近年の家電製品の場合、炊飯器でも洗濯機でも、マイコン部分が破損すると、全く動いてくれません。ましてや、「IOT家電」のように、ネットに繋がることで存在価値があるものは、その部位が破損した場合、それ以前の「家電」の状態にも戻れない(ことが在り得る)という有様です。
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その昔、日本の「脱水機能付洗濯機」を東南アジアに輸出しようとした営業マンの話があります。各国各地で「駄目だ!駄目だ!こんな洗濯機」「洗濯物を絞るローラーとハンドルが無いじゃないか!」と、当初全く相手にもして貰えなかったというのです。
私が子供の頃の洗濯機は、ただひたすらシンク(槽)が回転するばかりのもので、洗い終われば、上部の横に取り付けられたローラーの間に洗濯物を挟み、手でハンドルを回して絞っていました。

同じように、中近東に「炊飯器」を輸出しようとした営業マンの苦労話があります。
「駄目だ!駄目だ!こんな炊飯器」「お焦げが全く出来ないじゃないか!」となった。
中近東(特にイラン)では、お客さんをもてなす豪勢な料理と共に、炊飯器から逆さまにスッポリと出したご飯を大皿に盛り、お焦げで覆われた「巨大なライス・プリン」のようにするのが「豪勢」とされるというのです。お客さん最優先で「お焦げ」の部分をよそり、お客さんも、それで大満足。

これらの価値観や生活習慣の違いは、必ずしも「発展途上」とだけで説明が出来ないもの。
つまり、「進化していない」とは言い切れないものです。

しかし、一度「進化してしまった家電やパソコン」の場合。
例えば、私は数年前まで「頑固なマックユーザー」でしたが、「i-Book」から「Mac-Book」に「進化」した際、上記の「雄猫の粗相の問題」がより深刻になりました。
「i-Book」の場合、部位によっては「交換可能」だったり、「生き残っている部位が多い」のに対し、「Mac-Book」は、「一部が壊れると全てアウト」という構造上(部位同士の連携度。分離独立度の問題)の特性があったのです。

つまり、「進化した人間」で、とりわけ「社会的に真っ当な人間」の場合、、「Mac-Book的」なのです。
要するに「大脳新皮質」だけで問題が収まらず、全体に影響をもたらす。ということです。
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ところが、ここに逆転劇があります。
「壊れたのではなく、使わないだけ」の場合は、「全体への悪影響=全てが駄目」にはならないということです。

お恥ずかしい私事のエピソードですが、
基本「せっかち」な私が、始めて本を出版した40年近く前のこと。手書きに苦労したので、珍しく「時代の先端機器」の「ワープロ」を購入しました。
一週間後に「インストラクターさん」が家まで来てご指導下さることになっていたのですが、その一週間で本三冊分も書き上げてしまったのです。
ところがインストラクターさんに「で?何処に保存したのですか?」と言われて大仰天。
「フロッピーに保存する」ということを知らなかったのです。
原稿を書いてはプリントアウトし、残されたものは、そのプリントしかなかったのです。

言い換えれば、このような機器・システムの場合
「保存機能」を使わずとも、何らかの作業・活用は可能、ということです。
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これは、「論理思考領域」を殆ど使わない人々にとっては朗報かも知れません。
それどころか、この数十年、増長の一途である「漢字を使わない方向」、「文章の簡略化」から「絵文字・略字の台頭」を見れば、百年後には「文字が無くなる」「語彙の殆どが消滅」し、
人間は、寝たきりにならず、元気で健康なままで「獣」に近づき。コミュニケーションも「あー!うー!しゃー!」で済む時代が到来するかも知れません。
その頃には、「AIとロボット」が社会の運営を一手に引き受けてくれていることでしょう。
願わくば
「使わない機能はいずれ壊れる」という機械の常識が、当てはまらないことと、
人間の心身が、「一部が壊れても他が温存される」仕組みであることでしょうか。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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(文章:若林 忠宏

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166、アーユルヴェーダ音楽療法入門28(精神構造とChakraと臓器)

前回「Chakraと精神構造の関わり」を少し説きましたが、近年の「Chakraの解釈」には、実に様々なものが表れており、いささか呆れております。何故ならば、まるで「近現代西洋化学局所対処療法」のように、「個別に専化した効果効能」を説いて「売らんかな」だからです。

尤も、「Chakraの解釈」は、中医・漢方に於ける「弁証論治」、気功に於ける「経絡」と並んで、かなり定義も理解も難しいことは事実です。
例えば、それぞれの「Chakra」は、「何故にその位置に在るか?」を考えた時、必然的に近隣の臓器との関係が深いことは、誰しも容易に納得が行きます。
ところが、「Chakra」で「より意味深い」とされている「支配している力」は、必ずしも「近隣臓器」と容易に結びつかないものも少なくありません。例えば、「第4Chakra」は、「感情と知性をコントロール」する一方で、「近隣関連臓器」は、「心臓(循環器)・肺」ですが、「感覚器官」には、「生殖器」も含まれます。

ここで、極めて重要なのは、上記「感情と知性」のうち前者は「気分感情領域」であり、後者は「論理思考領域」であることです。つまり、後者が衰退している現代人の場合、「短絡的に:気分感情=4th-Chakra=循環器および生殖器」というような「暴走的悪循環状況」に至ってしまう、ということです。これは音響に於ける「ハウリング」、カメラに於ける「ハレーション」、薬物に於ける「オーバードーズ」と同様な「制御不能」な状態です。特出して異変・偏重・問題を生じさせる危険性のみならず、「全身のバランス」に於いて重大な禍根になることは言うまでもありません。

また、「1st-Chakra」は、「生命エネルギーの源」ですが、「良好に制御・開放され、心とも良好に関連する情熱」と結びついた時、「生命力と情熱」は、互いに「相乗効果」を生み出します。
しかし、「情熱」が、単なる「高ぶった気分感情」では、むしろ「生命エネルギー」を疲弊させることは紛れも無いことです。これは「免疫機能の暴走・誤走の一種であるアレルギー」と極めて似通ったものです。しかし、現代人の多くは「情熱」と「感情の高ぶり」と「強い欲求の表現」の区別が、殆ど出来ていないと思われます。これも「論理思考領域の弱体化」が招いた深刻な症状のひとつです。

ちなみに、、「1st-Chakra」の「関連近隣臓器」には「腎臓と腸」がありますが、これは単純に「近いから」ではないことも言う迄もありません。中医・漢方に於ける「胆力」に通じるものがあり、西洋医学でも近年になって急速に理解されて来た「腸内環境」の重要さをも示唆していた訳です。
一方、、「1st-Chakra」の「感覚器官」には、「足と鼻」という、意外な部位が説かれています。これもまた「地に足が着いている」「大地に根を張る」という、極めて摂理的なことを示唆しているのです。「鼻」もまた、多くのヨガ流派が「呼吸法」を重要と説くことで分かるように、「嗅覚」のみならず「鼻腔粘膜における免疫機能」及び「右鼻と左鼻の機能分化→脳機能への大きな影響」の重大さをも示唆しています。
1980年代から急増した「常に口を少し開け口呼吸をしている人々」などは論外であることもまた、言う迄もないことです。
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このように、「Chakraの解釈」は、極めて奥深いものがありますが、それらをより正しく説いているものに巡り合えることは中々困難です。
そもそも、上記しましたように、「論理思考による、感情気分領域のコントロール」と「Chakra論」を関連付けて語れる人は、私の知る限りでは現代日本に於けるアーユルヴェーダ関係者の中には、ほぼ皆無。ヨガ関係者の中にも中々見られません。
その原因は、ふたつ考えられます。
ひとつは、専門家・関係者ご自身が「論理思考領域を活性化させていない=論理的思考が苦手」の場合。ひとつは「ご自身がどうあれ、読者やクライアントの大半が『論理思考が出来ない』ならば、その点を説いては損をする、とお考えの場合」。より怖いと感じるのは、昨今主流にさえなりつつある「分かりたいのではなく、分かった気になりたいだけ」という風潮で、そのようなレベルの自称専門家が、そのような読者やクライアントにむしろ評判が良い、という傾向です。
これらは、出版社の姿勢にさえ見られます。
「サプリメント・ブーム」とさえ言われる昨今の「サプリ宣伝文句や方法、営業姿勢」とも共通するものがあります。
いずれにしても、「論理」は、急速に現代社会から駆逐されんとしています。
これが「お米の胚芽」のように、「本当は摂取した方が良いが、無くても栄養価が全く無い訳じゃない」程度のことならばまだしもですが。決してそんな甘いものではないと思われます。

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