204、アーユルヴェーダ音楽療法入門66 (ヤントラ・マンダラと脳機能-9) (Yantra/MandalaとKosha論-5-)

前回、Vol.201でご説明致しましたのは、「Shri-Yantra」の多数の三角形が織り成す「一番外側」でした。これは、「Shri-Yantra」の原型である「Shri-Mandala」に於いて、チベットや日本密教同様に、「様々な意味を持つ神々が配置されていた」「本来の曼荼羅の意味」が踏襲され継承されているものです。
しかし、前回も述べましたように、その事をしっかり説く人もあれば、全ての三角形を上向き下向きで、Shiva神とDurga(Shakti)女神の象徴としてしまう説き方が現在混在しています。
言い換えれば、シヴァ派の一派が、もし恣意的な画策をした結果ならば、伝統的な「様々な神々が意味深く配置されていること」は、語りたくないことでしょう。
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ところがこの一方で、
古今東西のあらゆる信仰・宗教・神秘・スピリチュアルに共通して、確かに存在するテーマがあります。
それは「答えを言わない・教えない」ことと「正体をバラさない・見せない・教えない・隠す」ことです。
この二つは、しばしば同源同義にもなりますが、しばしば全く次元が異なる場合もあります。

前者については、以前「ウパニシャド」に関連してご説明しました。幾つかの解釈がありますが、このテーマで大切なことは「ウパ(留まる)ニシャド(手前)」という意味合いです。
「禅問答の原点」とも言える、師弟の間の問答に於いて、師の教えは、常に「手前で留まり・答えを言わない」のです。
単純に「考えさせる」という意味合いも確かにあります。
が、例えば「インド音楽」の場合、ひとつの格言に「インド音楽は、Sa(Sadaj/ド)で始まりSa(Sadaj/ド)で終わる」というものがあります。これは、「開始音と終止音」のことではなく、あくまでも「極論的な格言」です。

しかし、だからと言って「Saをひとつ弾いた(歌った)だけでオシマイ」とはなりません。否、実は、「成り立ってしまう」のですが、それでは、数千のRaga(旋法)の存在する必要も意味もなくなってしまいます。

ヴェーダの叡智は、「この原理は、全てに通じる」と説きます。そもそも「生命体」は、「宇宙より出で、宇宙に帰る」であり、シヴァ神が司る「創造と破壊」は、「始まりは終わりであり、終わりは始まりである」ということです。

分かり易く「Upanishad」を言うならば、
もし師が「答え」を言ってしまったらば? それは「弟子」の「終わり」を宣告したことになってしまう。というように解釈することが出来ます。「謎・問い」が「蝋燭に火を付けること」だとすれば「答え」は、「火を消すこと」のような。
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紀元前5,000年以上前に、袂を分かったペルシア教とブラフマン教ですが、後にペルシアで宗教改革が起こり、生き残ったゾロアスター教が、それ以前の信仰を継承したのが「拝火」ですが、(実際は「拝土」「拝水」「拝気」のセットですが)、上記で「蝋燭」を引き合いに出しましたが、もしお手元に「蝋燭」があれば、灯して眺めてみて下さい。

向かい合わずに何気に見ているだけならば、「ああ、蝋燭の炎が燃えている」程度ですが、
「よし!同じ形が、何分後に現われるか確かめてやろう!」とでも思った途端。何時間経っても「二度と同じ形が現われないこと」に気づかされることでしょう。

信仰と共に、ヴァーダ音楽(後のインド音楽)も、ペルシア音楽と袂を分かったのですが、共通する「即興演奏」の基本は「再び同じ形は二度と現われないが、常に動いて(即興演奏を繰り広げて)いて、常に同じ様相(同じRagaやDastgah:いずれも古くは様々な名称)が保たれている」ということです。

私は、30歳代のインド弦楽器シタールやペルシア弦楽器タールの即興演奏の練習に、何度も「蝋燭」を用いたことがあります。「炎の方向が、旋律の方向(上行や下行やジグザグ)、高さが音の高さ、太さが音の強さ、形が展開の発展性」として、「即興の譜面」として「蝋燭の炎」で練習するのです。

これはかなり真髄に迫る修行法と確信しています。
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「答えを言わない・教えない」ことと「正体をバラさない・見せない・教えない・隠す」の共通点(同源同義性)は、前者が「答えを提示した時が、終わりの時」であるとするならば(解釈のひとつに過ぎませんが)、後者もまた「正体を現した時が、終わりの時」である、ということでもあります。

これが「古今東西に普遍的に存在する(観念なのか?真実なのか?はさておき)」簡単な証拠が、例えば「スーパーマン」は、日常は「うだつの挙がらない下っ端新聞記者」である「正体」を公表しません。
しかし、女性記者仲間(でしたっけ?)は知っています。しかし、そもそも「新聞記者」も、「地球人に化けている姿」に他ならず、もしかしたら、宇宙人としての正体は、例の「火星人」の様相かも知れませんし、映画「エイリアン」に登場するような化け物かも知れません。

そして、実際(事実)世界中の人間が、少なくともアニミズムの時代に於いては、このことを良く理解していました。そして、世界の宗教の中でも、最もアニミズム性が強く残っているヒンドゥー教は、(本来日本の神道も、でしたが)、例えば、神々の名前は、化身とは別にも、それぞれ百はあるという事実。

無論、ヒンドゥー教がインドを支配する過程で、地域の土着信仰を「取り込んだ」という政治的側面もありますが、「同じ地域で多数の名がある」ことの方が顕著です。
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この意味に於いては、
「神々の姿を描いたMandala」に対し、「それを三角形で表した:Shri-Yantra」は、「置き換え・転換・転化・隠し」の意味合いもあり、それを考えると「シヴァ派うんぬん」ばかりではない、深い意味もあろう、ということです。

今回の図を見て下さってお分かりいただけるように、前回の「一番外側の三角形」が、いずれも「臨機応変」即ち「外因=外部からの刺激や情報や力」に対して、真っ先に立ち向かう「外堀の警護」のような要素が強かった。逆に言えば「反応性が強い神々が配置された」のに、対し、

今回の「ひとつ内側の三角形(に象徴された神々)」では、「外因・環境・条件・タイミング・時期」が何であれ、「生きる目的・歩み」に常に欠かせない「基本的な力」を象徴しています。言わば「警護」だとするならば、外堀外側が、番兵、対外的な防衛軍(行政的に言えば:外務省、)だったのに対し、内側の警護兵は、日常的な実務も司る、内政的・警察的な要素を持っている、ということです。そして、次回ご説明します、更に内側には、「人間力の様々な要素」つまり、厚生省・文部省・農林省的な性質が見られ、更に内側には、「個々個人の基本的な力=生命力」が象徴されています。

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(文章:若林 忠宏

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203、アーユルヴェーダ音楽療法入門65 (今、なぜスピリチュアルか?-4-)

「アニミズムに立ち戻って考えてみよう」
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そもそも「スピリチュアル」という言葉の意味は? そう問われても、実のところ曖昧な返答しか出来ない人が多い。つまりは、そもそも論理的な概念は構築されていないのです。
しかし、人間文化史の中では、既に紀元前から存在したことは明らかで、アニミズム信仰が宗教に取って代わられる頃(インドの場合は世界的にみてもこの変遷の構造がかなり違いますが)、「宗教的理念・道徳・死生観と人生観」がメイン・カルチャーの地位を確固たるものにしたのに対抗して、スピリチュアルは、常にサブ・カルチャー的に、しばしばアンチテーゼとして存在し続けました。例えば、キリスト教が旧約聖書の信仰を取り込んで新たに新約聖書を創作して社会と文化の中心の権力を得ようとした時代、旧約聖書を堅持したい人々(ユダヤ教に限らず)や、アカラサマなアンチテーゼの性格が強い悪魔教や、グノーシス派などが台頭したのも、この構図の典型例と言えます。
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その後、中世後期には、キリスト教自体が分裂、多様化したため「メインとサブの二極構造」が分かりにくくなったことで、アンチテーゼ的な存在感を持つ思想・信仰は比較的終息していました。しかし、近代になると再び、「神智学」「人智学」などが、哲学の衰退と入れ替わるようにして民間の信心を集め始めます。
同じ構造は、日本の仏教でも見られましたが。仏教の場合、当初から多様化していたため、やはり「メインとサブの二極構造」が分かりにくい状況でした。
分かり易く言うと、キリスト教社会の場合、キリスト教の善悪観念・理念・道徳観では、どうにも説明し切れない矛盾や不条理を納得せんが為に、全く逆の価値観にその答えを求めたのです。現代人の「無信仰」や、イスラム教(の中の過激で多分に歪んだ)原理主義教団に欧米人の若者が憧れたりするのも、全体を俯瞰すれば、同じ心理の表れと考えることが出来ます。
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日本の場合は、1990年代に、多くの新興宗教が生まれ、若者の入信が盛んになりましたが、幾つかの教団が反社会的な事件を起こしたことで、「何となくの嗜好」程度のレベル、「個人的な興味・好奇心」のレベルであれば「文句は言わせない」ような感じで収まっています。しかし、逆に言うと、その正当性や、真実、誠意というものは問われないまま。その意味では、本当に人間を救うこともなければ、社会も救えない訳です。
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言葉で読み書きする程簡単なことではありませんが、一旦「アニミズム」の視座に立ってみて、考えて欲しいと思います。

簡単に言えば「もの皆神(や精霊や魂)が宿っている」ということと、「一人ひとりの人間の中にも宿っている」ということ。そして「森羅万象=身の回りの全ての事柄・存在・出来事=大自然=地球全体=宇宙、というものの俯瞰。その一部としての人間世界。その僅かな微細な存在としての個々の人間」というサイズ感を抱いて生活し生きる、という感覚です。
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この感覚に立って世の中を見渡しますと、如何に強烈に「人間本位の世界観」が成り立ち、何千年もの間、殆ど疑われることなく、まかり通って来たことに驚愕することでしょう。

例えば、最近になって世界中で慌てて「地球温暖化問題」が問われているように。例えば、同じように「自然保護」「動物愛護・絶滅危惧種の保護」などが語られているように。

人間は、その歴史の殆どの時期、「自然や生き物」のことや「目に見えないもの」「科学がまだ解明していないものごと」について、殆ど考えもしなければ、向かい合いもしなかった、ということです。
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スピリチュアルなことに興味関心がある人のみならず、インド文化やアーユルヴェーダに関心がある人の中にも、人間本位の世界観にさほど疑問を持たない人は少なくありません。「間違っている」とか、「何が正しいか」とかいうテーマで申し上げたいのでは決してありません。重要なテーマは、「スピリチュアルは信仰なのか?」それとも「生き方・価値観なのか?」「単なるファッションなのか?」ということや、「生き方・価値観・信仰」であったとしても、「アニミズムの要素と宗教の要素はどうなっているのか?」というテーマです。
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例えば、キリスト教の場合、「人間以外の生き物」について、さほど関心や慈愛を抱いている様子は見受けられません。私には敬虔なクリスチャンの友人が沢山いますし、そもそも私の母方の家系は、明治維新のころからクリスチャンで、祖母は教会のオルガン(ハーモニウム)弾きでした。なので、「決め付け・印象論」で申しているのではありません。
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私が昆虫飼育にハマっていた頃(元々は小学生時代ですが2000年代初頭に再発しました)。房総半島の先端の村で集団生活をする、アメリカ人宣教師の友人たちの小さな共同社会にホームステイしました。彼らの賛美歌CDに民族楽器の音を提供しつつ、昆虫採集に明け暮れたのです。
面白かったのが、町の道ですれ違うアメリカ人ごとで、挨拶の言葉が違うのです。「おはよう!どうだい!?Beetle(カブトムシ)は採れたかい?」と声を掛けてくれる人もあれば。「おはよう!どうだい!?Insect(昆虫)は採れたかい?」と言った人。「おはよう!どうだい!?Bug(虫けら)は採れたかい?」と言った人。と様々なのです。無論、言った人はいずれも優しく、私に親愛の気持ちを抱きながら、良い意味で言っているのですが、「Beetle、Insect、Bug」と、ご自分が、如何に無意識に(如何に段階的に)昆虫を卑下しているか、について気づいていないのです。
そして、
残念ながら、
「おはよう!どうだい!?お友達は見つかったかい?」と言った人はいませんでした。

つまり、一切の悪気もなく。人それぞれで、人間以外の生き物に対する意識が全く違う。ということはキリスト教の教えでは、「生き物のに対する基本的観念を教えていない」ということに他ならないのです。
これは仏教もほぼしかりです。ところが、アニミズムの場合は、「もの皆神(精霊)が宿る」ですから、かなり身近に感じている。アニミズム性が強かった日本の神道系の信仰も(本来は)しかりです。
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そして、インドのブラフマン教~ヒンドゥー教もまた、基本に強いアニミズム性がありますから、サラスワティー女神が「白鳥に乗り」「孔雀をお供にし」。ガネーシャ神が「ネズミをお供にし」。ドゥルガー女神が「ライオン(虎)に乗り」。シヴァ神が「生きた毒蛇をネックレスにし」。ヴィシュヌ神が「多頭の蛇をお供にし」。ラクシュミ女神が「象をお供にし」。そもそもガネーシャ神は、象頭ですし、ラーマ王子の側近ハヌマーンは猿。ガルーダは鳥。と「生き物だらけ」です。

この感覚は、仏教にも受け継がれ、中国、日本でも様々な動物がお供として描かれますが、大概は一種一頭がせいぜい。その感覚から見るとインドは異様です。
それでもインド~中国~日本と伝わった釈迦涅槃図には、昆虫から蛇、蟹迄が描かれています。
そもそも仏教の重要な教えのひとつ「衆生済度」の「衆生」は、人間以外の生き物を含んでいるのですが、そのニュアンスが「人間を含む全ての生き物」が本来だったのが「人間以外の生き物を含む」に変わった辺りでかなり本質が失われた感が否めません。

一方チベット仏教では、ブラッド・ピット主演の「チベットの七日間」という実話を基にした映画では、映画関係者であるピットが演じた遭難した登山家が、チベットに映画館を造らんとするが、工事が何度も中断する。それは、地面を掘る度に「ミミズ様が出た」と作業が中止になるから。という場面がありました。
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このように、理屈で言えば、本来「インド系スピリチュアル」に造詣、関係が深い人々は、いずれも「自然保護、動物愛護」に理解、関心が強く、その必然性、重要性を深く想っているはずなのです。

また、2011年の東日本大震災以降、様々な懸念・気配が一気に現実化し、年々その規模は広がる一方で、より深刻になっていると誰もが分かり始めて来ています。

しかしながら、相変わらず「枝葉執着」、自分たちの身の回りの安寧を願うばかりで「樹を見て森を見ない」。今こそ、スピリチュアルに理解がある人々が、論理的に地球・世界・社会を俯瞰して、精神的な活動を始めて貰いたいものです。

図:サラスワティー女神
意外に、白鳥(ハンス)を乗りもの(ヴァーハナ)としているポスターは少ないみたいです。すると「お供」が白鳥と孔雀の「どっち?」となってしまい、最近では、一方のみ描かれることが多いようです。

サラスヴァティー・ポスター
https://sitarama.jp/?mode=cate&cbid=58553&csid=18

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また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

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202、アーユルヴェーダ音楽療法入門64(用語辞典:ス)

お詫びと言い訳
しばらく間が開いてしまいました。申し訳御座いません。実は、年末年始、酷い「気管支炎」に苦しんでいました。感染症ではなく、二年近く楽器製作を頑張りすぎて、ベビーパウダーほどに細かい大鋸屑(木の粉)やシンナー、剥離材の気化を吸い込んだ無理がたたったようです。内視鏡検査もしましたがお医者さんも「良く分からない(極端な重篤な所見は無い)」とのこと。ところが、仮眠中に「息が止まって飛び起きて、指を喉に突っ込んで解除」というトンデモないことが八回以上もあったので、流石に「気分感情思考」は、かなり落ち込んでいました。それだけならば、むしろ、論理思考を活性化させる原稿書きで元気になれそうですが、咳が止まらないだけでなく。人生初の強烈な咳で、肋骨にヒビが入ってしまい、デスクに座っても咳と肋骨の痛みで集中出来ないという有様でした。
この体験と共に、やむなくお世話になった町のお医者さんの化学製剤、効かなかったり効き過ぎたり、効いたけれどタイミングと方向性が違ってむしろ苦しかった漢方や生薬。改めて我が身で更に学びました。
何時もご高読下さる方、ご愛読しているとおっしゃって下さった方々、そして、何時も(保護猫の看病などに忙殺されることがしばしばなので)温かく見守って下さるシーター・ラーマさんに、心よりお詫びと感謝をお伝えいたします。申し訳御座いません。ありがとう御座います。
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用語辞典:ス

スークシュマ:
10(20)の構成物質(力、性質、存在原理も意味する)「10(20)グナ」のひとつ。「微性」。

スークシュマ・シャリーラ:
ある程度解剖学的である「人間の体を三層に分別する:トゥリ・シャリーラ」のひとつ。中間層にある「精神層」最も外側の「ストゥーラ・シャリーア:目に見える身体構造(皮・肉・臓器・血管など・骨)」の内側にあるとされる。字義的には「微細層(部分、体)」。

スークタム:
ヒンドゥーの賛歌のひとつ。神々(一曲は一柱を選んで歌う)の賛辞を歌う。現行の讃歌では、最も伝統的なもののひとつで、現在でも「二音唱法」で歌われ、「二音唱法」の中でも、より古いスタイルで歌われることが多い。※

スネーハ(フ、ホ):
「油性」。「10(20)グナ」とは別な属性を意味するという解釈もあれば、「10(20)グナ」のひとつ「スニッダ」と同一視する解釈もある。スニッダ(後述)がより「あぶら性」的なのに対し、スネーハは、必ずしも化学的に「脂肪・油分」を意味していない場合も少なくない。

スマラナ(ム)
ヒンドゥーの賛歌のひとつ。神々(一曲は一柱を選んで歌う)の御名を唱える。字義は「記憶・回想・想起」で、「神を忘れては居ない」と伝える。儀礼の冒頭に歌われ、伝統的には、より古い「二音唱法」であったが、近現代では七音で歌われたり、キールターンのように主唱者と群集が掛け合いで歌うようなことが増えた。※

スムリテ:
「記憶力」

スニッダ:
10(20)の構成物質(力、性質、存在原理も意味する)「10(20)グナ」のひとつ。「油性」

スパンダ(ナ):
1)振動。
どちらかと言うと「反復運動」に近い。
2)アーユルヴェーダ病態・病理学に於いては「痙攣」「心拍数の上昇(高血圧)」についても言う。

スパルシャ:
1)インド古代古典音楽に於ける装飾音(装飾法)のひとつ。「前打音=主要な音の直前に軽く触れるように鳴らされる」
2)アーユルヴェーダ医学に於ける「感覚器官(機能)」「触覚」「皮膚感覚(転じて皮膚を言うことも)」。

スピリチュアル:
通常、とても楽に簡単に用いられている語ですが、極めて、翻訳が難しい語のひとつ。日本でこれを「精神世界をテーマにしたもの」としたのは、1970年代に出版社が画策したブック・フェアーでのこと。同様に世界的にも商売やご利益宗教のご都合で語られることが多い。本来文字通りにより正しく理解すれば、「Kosha(鞘)論」に於ける、「心の領域(とその関連の文物、出来事)」であり、古代ヴェーダ科学では、その内側の「魂の領域」と合わせて説かれることが多いのは、紀元前の人間が悟性豊かで信心(アニミズム的な)深かったからの他ならず、近現代の人間のように「最も外側の鞘:気分・感情」で、「心が動いた」としたがる風潮に於いて、「果たしてスピリット(心)は存在(健康的に活性化している)しているのか?」と問われれば、極めて懸念され、必然的に巷の「スピリチュアル」の主流の感覚も、その実は、「気分感情世界」というべきかも知れない。

スラクシュナ:
10(20)の構成物質(力、性質、存在原理も意味する)「10(20)グナ」、及び「3オージャス(生命力)のひとつ。「滑性」。

スーリヤ:
「太陽神」。ブラフマン教~仏教~ヒンドゥー教には、少なくとも六柱の「太陽神」が在るが、スーリヤは、最も新しい太陽神。言い換えれば、亜大陸の宗教の変遷を生き抜いた太陽神とも言える。(詳しくは当連載・当用語辞典後半の「タ行:太陽神」を参照されたい)。そのような、神々の混乱と変遷の中で、スーリヤの起源については諸説が乱立する。ブラフマン教時代は、一時期インドラに並ぶ力を持った。ヒンドゥー時代には、シヴァ、ビシュヌに圧倒された。しかし、ブラフマン教初期に太陰教を駆逐した太陽教の中心としての権威は密かに継承されているとも考えられる。

スール:
「音」のこと。→「スワル」参照。

スール・バハール
ベース・シタールのこと。楽聖ターンセン(16c.)の一族:ウムラオ・カーン(19c.)が、「甲乙付けがたい二人の一番弟子」の一方に「小型シタール」を特注して与え、他方に「大型シタール」として、この楽器を創案して与えたのが始まりと言われる。前者は、その頃既に宮廷器楽の地位を得ていた、マスィート・カーンのスタイルやレザ・カーンのスタイルの(新様式の)器楽を弾いたが、後者は、ターンセン一族の真骨頂である「ドゥルパド様式」の器楽を弾いた。現代では、この楽器を「単なる低音シタールのように弾き」「ドゥルパッド」の香りすらない演奏者が幅を利かせている。

スール・ダース:
16世紀の聖人で、バクティー(献身)運動期のヒンドゥー讃歌「バジャン」の四大詩人のひとり、四大詩人の中では、唯一の盲人。所謂ペンネームに近いこの名前は「スール(音)・ダース(僕)」の意味。著書のタイトルもまた「スール(音の)・サーガル(海)」と、音楽的な呼称にこだわった。

スール・マルハール:
北インド古典音楽の旋法(Raga)のひとつ。上記の聖人スール・ダースが創作したとして継承され「スールダースィ・マルハール」が正式名称。中世後期から混同されがちな、いずれも極めて古い「マルハール(マッラール)・ラーガ」と「カナラ(カンハラ)・ラーガ」であるが、このスール・マルハールは、本来のマルハールの性質にかなり正確に準じている。

スール・マンダール:
箱型のハープ。→スワル・マンダール

スール・シュリンガール
中世後期(18c.)に創作された宮廷音楽の弦楽器。18世紀に、北インドのデリー北東地域ローヒルカンドに展開するアフガン傭兵軍閥の楽師が、デリー宮廷楽師の主流派ターン・セン一族に師事が許され、アフガン弦楽器ルバーブをインド音楽の多彩多様な装飾音が出る様に工夫した新楽器サロードを創作した。(奇しくも筆者:若林の師匠の家系だった)そのセニ家の師匠は、ターン・センが中央アジア弦楽器ルバーブを改造したセニ・ラバーブで、サロードの弟子に教えたが、程なく「羨ましい」と思い、弟子の知恵も借りてセニ・ラバーブのガット(羊腸)弦を金属弦に替え、板張の指板を金属板に替えた。この二点は弟子の「サロード考案(アフガン・ルバーブの改造点)」に習ったが、セニ・ラバーブの皮張り表面を、木製に替え、駒の沈み込みを防ぎアフガン・ルバーブ、サロードには無いインド原産の「サワリ駒」をセニ・ラバーブのまま起用した。アフガン・ルバーブ、サロードが床に平行に横に構えるのに対し、この楽器は、セニ・ラバーブ同様、縦に構える(棹上部は左肩で支える)。「シュリンガール」は、サンスクリット系の語彙で、「華麗・装飾」の意味だが、創作者やイスラム教徒は「スリンガール」「スィンガール」と発音する。

スロータ(ス):
体の中を縦横無尽に流れる様々な「管」。「ナーディー」がより形而上的であるのに対し、スロータスは、「血管・リンパ管・神経」など、解剖学でも確認出来るものが多いが、それでも尚、現代医学ではまだ認識されていないものもある。

スシュルタ・サンヒター:
アーユルヴェーダの三大経典のひとつ。ダンヴァンタリ神から直接教えを受けたとされる聖人スシュルタの弟子との禅問答を綴った散文詩集。チャラカ・サンヒターが内科に強いのに対し、こちらは外科に重きがあるとされる。

スターナ(スターン):
「場所・在り処・座」
1)古代科学音楽(Shastriya-Sangit)の旋法構成音の中で、終止性が強い音を中心とした短い旋律句。
2)インド方位学に於ける「座とその本質」

スタンバ:
筋肉の緊張・痙攣

スティラ:
10(20)の構成物質(力、性質、存在原理も意味する)「10(20)グナ」のひとつ。「安定性・不動性」。

ストゥーラ・シャリーラ:
ある程度解剖学的である「人間の体を三層に分別する:トゥリ・シャリーラ」のひとつ。最も外側の「目に見える身体構造(皮・肉・臓器・血管など・骨)」を言う。字義的には「粗雑層(部分、体)」。

スタヴァナム:
ヒンドゥーの賛歌のひとつ。神々(一柱を選んで)への賛辞を歌う。主に南インドで盛ん。本来伝統的な讃歌である筈だが、現代では「七音唱法(普通の歌)」で占められ、伝統的なスタイルを聴くことが難しい。※

ストータ(トゥ)ラ(ム):
ヒンドゥーの賛歌のひとつ。神々(一柱を選んで)への賛辞を歌う。南北インドに伝統的に存在するが、特に南インドで盛んで、名称は末尾に「ム」で締められ「ストータラム」と呼ぶ。通常32音節で、比較的長い。伝統的には「三音唱法」であったが、中世以降は、「五音音階」で歌われる。※

ストゥーティー:
ヒンドゥーの賛歌のひとつ。神々(一柱を選んで)への賛辞を歌う。主に北インド。比較的短い。比較的伝統的な「五音唱法」が多い。聖音Omは最後のみ。※

ストロータ:
ヒンドゥーの賛歌のひとつ。神々(一柱を選んで)への賛辞を歌う。伝統的な「三音唱法」のようだが、その音律が異なり長調的に明るく聴こえる。※

スワーパ(プ):
「痺れ」。感覚(触覚)機能「スパルシャ(前述)」が麻痺した状態。

スワプナ:
「夢」「睡眠」「熟睡」。
古代から、人間の悩みのひとつに「睡眠障害」があった。アーユルヴェーダ内科療法でも、音楽療法でも、この語は頻繁に現われる。「睡眠」は、別に「ニドゥラ」という語もある。

スワル:
「音」のこと。より正確には「楽音」。
ヴェーダ科学では、音は「宇宙の波動(ナーダ)」であり、可聴を「アーハタ・ナーダ」非可聴を「アナーハタ・ナーダ」と分別する。ヴェーダの音楽起源論では、「教育された正しい音楽家が、正しく声楽、器楽を奏でるとアナーハタがアーハタに転化される」とも言う。スワルは、それらから得た「サレガマパダニ」の七つの楽音のこと。音楽理論上では、紀元前~7世紀頃の「オクターヴを22の微分音に分割したものから得た七音(当初三通りの配分があった)」を言った。古代音楽が中世イスラム宮廷芸術古典音楽に転じた以降、口語的に「スール」と発音されることが多い。「スワルはサンスクリット系ヒンディー語」「スールはサンスクリット系ウルドゥー語」と解釈しても良いだろう。

スワル・マンダール
台形の箱に調律された弦を多数張り、もっぱらグリサンドで奏でる「ツィター属の撥弦楽器」「箱型ハープ」。字義的には「音のマンダラ(群れ)」。中世宮廷音楽の新声楽「カヤール」の歌手がしばしば自らで奏でる。希に単音奏法で旋律を奏でる器楽奏者も居た。

スワーサ:
「呼吸」

スウェーダ:
汗。アーユルヴェーダでは、汗も老廃物(マーラ)に数えられる。デトックス至上主義であるかのような日本のアーユルヴェーダでは、マーラは、忌み嫌われる、まるで穢れた、汚いものという観念が主だが、本来の「マーラ(マール)」は、単に「物質」の意味で、「物・商品・富」も「マール」。ちなみにLに母音が付くと全く異なる意味の「花輪・首輪」となる。そもそも老廃物・排出物に対し「穢れた・汚い」という観念が日本人と古代インド人ではかなり異なることも考慮すべきである。
一方、「分泌物・分泌液:スラーヴ(スルタ)」の総称には「スウェーダ」を含まない代わり(含める解釈もある)に、膿などを含めることが多い。

※「ス」ではじまるヒンドゥー讃歌の総論
膨大な種類がある「ヒンドゥー讃歌」には、「マントラ起源」のものが基本にあり、ヴェーダ・マントラの伝統的歌唱法「単音、二音、三音、四音」を基本に、より古く伝統的な「五音唱法」があった。この歌唱法に則って、「韻律の数、形」「韻文、散文の異なり」「賛辞の文言のスタイル」「祈祷のどの場面で歌われるか」などが厳格に決められていたことで、その形式名が意味を持った。しかし、現代では、いずれも伝統的な歌詞だけが継承され、その歌唱法は極めて自由(好き勝手)に歌われることが多い。現地の敬謙な信者でさえも、変貌した多様な讃歌を正しく分別出来る人が激減している。明らかな伝統の崩壊と言わざるを得ない。しかも、「音楽的に聴いて心地良い」などと言う人間本位な感覚の台頭も問題視すべきであろう。(人間本位で神々への賛辞というのは本末転倒)

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

昨年夏、一年ぶりの若林の新著「日本の伝統楽器(ミネルヴァ書房:19年8月20日発売)」が出ました。
「インドに関係ないじゃないか!?」と思われるかも知れませんが、無論、当書では書き切れませんでしたが、「日本の楽器→ルーツ(ペルシアとインド)」の物語の背景には、「Naga-Sadhu(裸形上人)」や「Saraswati(妙音天)派修行僧」などの活躍が大であるという解釈が存在します。機会を得る度に、その核心に迫って行きますので、どうぞ応援下さいませ。
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若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

また、本連載コラムのテーマでも重要な、「現代人に大きく欠落している論理性」につきましては、論理力育成Mail-Lessonをご教授しています。
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更に、貴方の論理力を簡単にチェックする「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
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chametabla@yahoo.co.jp 若林

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また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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201、アーユルヴェーダ音楽療法入門63 (ヤントラ・マンダラと脳機能-8) (Yantra/MandalaとKosha論-4-)

今回の図は、シターラーマさんのファンの方々は、直ぐお気づきの「Shri-Yantra-Mandala」のまず最も外側の「Kosha」を特出したものです。
実は、(ご存知の方も多いかも知れませんが)
この「Shri-Yantra-Mandala」は、比較的近年に流行した。もしくは仮に古代にあったとしてもごく近年に復興したという説があります。
一説には、1980年代、ピラミッド・パワー・ブームの頃に創作された、とさえ言われます。

その根拠は、古くから伝わる「Shri-Mandala」は、神々の姿で描かれているのに対し、近年の「Shri-Yantra-Mandala」は「三角形」で表されていること。本来は様々な神々の集合体「Mandala」であるにも拘わらず、近年の「Shri-Yantra-Mandala」上向き下向きの三角形を、それぞれ「Shiva」「Shakti(Parvati)」のエネルギーである、と説明されていることです。
更には、「Omを唱えると水面にこの図称(図形)が現われた。それは17世紀に発見された」などの話もまことしやかに語られる訳ですが、17世紀であったとしても、伝統マンダラからしてみれば全く近年の感覚です。

従って、いささか苦しく「Shri-Yantra-Mandala」と呼ばれたりしますが、実際は「ほぼYantraであり、Mandalaと言うのは難しい」とも言えます。

尤も、1970年代米ヒッピー文化から生まれた「トリップ(用)映像」に端を発する線画を、今日のスピリチュアル・ファンの中で「マンダラ・曼荼羅」と称している人も少なくありません。私には懐かしい、小学生の頃に女子の間で流行っていた(今も「Spiro-Grapf」「くるくる定規」「ローリング・ルーラー」などの名で売られている)ものとほぼ同じ。無論、そこには「神々の配置・意味・曼荼羅の本質」は皆無で、「気分感情領域」で、「楽な気分・瞑想的なムード」を感じるに過ぎません。(多動や情緒不安定な幼児に「放送終了後のTVの俗称:砂嵐」を見せると落ち着く。に心理的操作は似ています。)斯様に、最早「曼荼羅」という言葉や、象形の本来の意味など、どうでも良い(表層的気分が良ければ良い)時代なのかも知れません。
……………………………
「Shri-Yantra」はまた、その一方で、あながち出鱈目でもなく、或る程度(かなりかも知れません)しっかり伝統マンダラを踏襲して説明されることもあります。つまりは、「その解釈」と「祈祷・祈願の方法・種類」によって、本物にも偽物にもなるということでしょう。

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今回の図で示しましたのは、「伝統マンダラ」に於ける、特別な性質を司る神々の配置と、その性質を「Shri-Yantra」にて解析し、「Kosha論」とリンクさせて邦訳したものです。

これによって、今までにご紹介した「チベット・マンダラ」および「日本の密教マンダラ」と同じ本質を持っていることが分かります。

最も外側の「Kosha」は、私たちの脳機能・精神構造に於いては「気分・感情領域」であると共に「気分感情系思考領域」である訳ですが。図に描かれている邦訳のいずれもが、私たちの日常生活に欠かせない「注意力・集中力・判断力・決断力・想像力・行動力」などに深く関係していること。前回のこのテーマの「ホルモンとの関係性」で言えば、近年誤解されることが多い「アドレナリン・ドーパミン系」であり、自律神経で言えば「交感神経系」ということになります。これらが聡明・鋭敏に活性していなければ「守るべきもの」も守れません。

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簡単な言葉では到底言えませんが、今、そのことを膨大な文章で説いても「即戦力」にもなりませんので、あえて簡単に述べるならば。

日々私たちは、「自然の摂理・物事の道理・宿命・使命・物事の筋道」という極めて重要な基本を、「人間関係・気遣い・遠慮・力関係・利害関係」などによってブレさせてしまいがちです。

そんな時に、この「Shri-Yantra」を、図のような意味合いを理解して頼ることは、大きな覚醒と勇気を与えてくれる、ということが出来ます。
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その一方で、
ヴェーダの叡智は、不思議なもので、その意味や、文言の発音が多少ズレていても、何らかの力を与えてくれるものです。例えば「アミターバ」を「阿弥陀」と発音しても成り立つというテーマです。

無論、それがより正確であるべきことは言うまでもなく、故に玄奘三蔵(7c)が当時既存の中国仏教に飽き足らず、自らインドに赴き。空海(8c)が同じように日本の既存に飽き足らず中国に赴き、と。より「原点・原典に近いもの」を求めた理由でもあります。

しかしヴェーダの「森羅万象の教え」は、「物事の一点を凝視していてもその本質は分からない」「むしろ遠山の見で俯瞰して見えてくる」というテーマでもあります。
つまり、「末梢的・近視眼的な精密さ・正確さ・枝葉次元の差異」だけでは、「むしろその対象の本質が分からなくなる」ということです。

実際、インド古典音楽の「Raga(旋法)」の習得・熟知に於いても、「或るラーガひとつに集中して、それを懸命に練習し覚え」だけでは全くアウトです。今日良く演奏される20前後のラーガは、「それぞれに最低十種の極めて近い類似ラーガがある」のです。それら全てを熟知せねば、「俺様はラーガ○○を習得した」などと思い込んで演奏する訳には到底いきません。(だからサラスワティー女神がリシ・ナーラダを戒めた逸話がある訳です)

そこには当然「比較・類推」から学ぶものがとても多い。ということでもあります。
「海外に暮らして初めて、日本のことが見えて来た」という人が少なくないのも、同じテーマです。
…………………….
逆に、「末梢的・近視眼的な精密さ・正確さ・枝葉次元の差異」にこだわる・注意を注ぐことも、「全体俯瞰」と同じだけ重要なことも言う迄もありません。
ものごとは、常に「相反する二つの性質」によって本質に近づき、本質の力を受け取り、リンクして行く。
これは、古代ヴェーダに於ける、「ドゥヴァイタ(二元論)」の本来(後に一元論同様に歪められた)の真髄です。

その意味では、「ヴェーダ・マントラ(もちろんバジャンもキールターンも)は、より正確な発音で」、「マンダラは、神々の意味・性質を深く理解して」「ヤントラも同様に、その隠された意味・性質を読み取って」と、「何も考えずに(言わば無の境地で)五感・六感で対峙する」ことの双方が「同じバランス」であることが理想(本来と言っても良いかもしれない)なのです。

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(文章:若林 忠宏

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200、アーユルヴェーダ音楽療法入門62 (今、なぜスピリチュアルか?-3-)

先のVol.199、アーユルヴェーダ音楽療法入門58 (今、なぜスピリチュアルか?-2-)で「生き物は、殺される時に、何らかの特別な物質を放つ」と説きました。それらは、様々な地域で守られていた禁忌・慣習に見られるように、古代人はその豊かな叡智で、深い理解を持って居たのです。
しかし、これらの物質の一部が、「或る種のオーラ・念」として、宙を飛び伝播することは、東洋思想・東洋医学の専門家の間でも、まだまだ理解されていません。

古人の感覚に於いて「それらの物質」は、まるで放射能のように「飛び交う・内部被爆は強烈・摂り込んだものは蓄積され脳だが高まる」と解釈されました。しかし、南太平洋の例は勿論。ヒンドゥー、イスラムの教義でさえ、西洋文明は、それらを「未開・無知・野蛮」と卑下しましたが、あと100年も待たずに西洋文明もそれらを認めざるを得なくなることでしょう。
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やっと最近になって、ネットの記述でも「過剰な権利主張」が言われるようになりましたが、まだまだ少数と言わざるを得ません。

今から40年前(1970年代)、東京のような人が溢れる街で、他人とすれ違いさまに肩がぶつかったりすれば、「互いに『すみません』と謝った」ものです。

ところが、1990年代になると(私は吉祥寺で店をやっていましたので、或る意味このテーマの最先端の地で体験したと言えます)「ぶつかっても謝りもしない」で「何だ!という顔で睨み付ける」人間が急増しました。
そして、
2000年代後半(2000~2009年頃)になると、何と、若い可愛らしい様相の女の子さえもが、すれ違った後に「チッ!」と舌打ちをするようになったのです。

この変化・変遷と、前述の「過剰な権利主義」は、「温厚で上品で誇り高いトノサマバッタ」が、「凶暴で自己中でヒステリックに黒色化する」プロセスと一致します。私も体験しましたが、トノサマバッタのこの「突然変異」は、意外に簡単に実証出来るのです。それは、「狭い飼育箱に幼虫が過密に入れ、周りを黒い紙で覆う」で出来るのです。

つまり、「生存競争本能の亢進(勝ち負け・比較意識・損得意識・優越劣等感・被害者意識)」が、「黒色化」のスウィッチを押すのです。
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昨今、懸念していることの一つが、「被害者意識と被害認識を区別出来ない人が急増していること」です。
物事の「因果応報」を考えれば「原因探求」と「被害認識」は、必要なものです。
つまり「ああ、あの人のあの言動の所為なのだな」ということを論理的に理解するということです。しかし、昨今の多くの人々は「あいつ(アンタ)の所為だ」で終わってしまいます。そして、この「違い」が理解出来ないのです。
「あいつの所為だ」は、紛れもなく「感情思考回路」が導き出した答えですが、「被害認識」は、「論理思考回路」が正常に充分働かないと達成出来ません。そして、その「分析・検証・類推」をする時。同時進行で、「しかし、そもそもこのような出来事が降り掛かった訳・因果(神の啓示・神の思し召し)は何であろうか?」という思考もスタートします。「あいつの所為」で終わらずに、「自分の因果」を受領するのです。
しかし、
昨今の人間の多く(殆ど)は、これをしなくなりました。
………………………………………………….
更に、ここ数年の、極めて不気味な傾向が、「異常な糖度志向・甘み至上主義」です。
「最近の果実どころか野菜の『糖度自慢ブーム・糖度至上主義の台頭』の問題」です。
TVの現地リポート(NHKでさえもが)で、農園や果樹園、漁港や魚養殖場といた、およそ殆どの食べ物。しかも、加工前の食べ物を扱うところで「あっ!凄く甘いですね~美味しいですね!」と言います。全く「甘いこと」が「美味しいの必須条件」のようにです。

多くの植物が糖度を高めるのは、「パニック的な異常に強大な危機感」であり、「糖度向上の栽培術」の多くは、植物に過剰なストレスを与え糖度を高めます。つまり「植物」が、危機感を感じ、焦燥し、苦しんだ姿なのです。
しかし、この問題を正しく説く人は殆ど居ません。(と言うか、現状、語る人間を私しか知りません。他にご存知の方は是非、お教え下さい)
さらに、
人間の「糖尿病」とこのテーマの関係性もまた、全く語られていません。当然「認知症」との関係性も全く語られていません。当然のごとく「旧約聖書の禁断の果実」とこのテーマを関連させて説く者は皆無です。

更に恐ろしいことは、「糖分」、次いで「脂肪」を最優先して好む指向性・嗜好性が、何を意味するか? 同じ嗜好性が強い生き物は何か?というテーマです。
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今回の図は、前の199、アーユルヴェーダ音楽療法入門58 (今、なぜスピリチュアルか?-2-)でご説明しました、「現代人のホルモンの理解の過ち」に関連したものです。
本来、生命体の各要素・物質は、「相反する二種が用意されている」と共に、それぞれの要素が「過剰過少によって」及び「精神性・思考性の制御によって」異なる働き(効果・効能)を持つ、という二重構造(性質)があるのです。
例えば「水は、火を消す」という働きがありますが、場合によっては、水(H2O)の中の酸素が火の勢いを増徴させたり、水素が爆発を引き起こしたりもします。
図にある「四つのホルモン」のそれぞれの上半球では、「個々の役割」が「相反する結果・効果を作り出す」ことを示しています。より正しく言えば、これらは「ひとつの効能」であり、例えば「便秘薬」が過剰になったりタイミングを誤ると「下痢」を引き起こすことと同じです。
逆に、
上段二種が「副交感神経系」であり、下段二種が「交感神経系」であると示したように。上段二種が下段二種と拮抗・相反するもの、として作用させたり、理解するのも「大きな誤り」ということが出来ます。そもそも「生命体の臓器・物質には無駄なものなど何も無い」のですから。(私の子供の頃の医学では「盲腸・扁桃腺」などはバンスカ切除していました。私はどちらも未だありますが)
…………………………………
四つの円図のそれぞれ下半球に記述しましたのは、これらの「性質(Prakriti)」を、論理・思考力(本当の意味での意思・精神性)で、コントロール出来た場合の、「理想的(本来はこれが当たり前なのですが)」な場合を意味しています。
しかし現代人の多くは、これが殆ど出来ていません。
例えば(下世話な例で恐縮ですが)
「ギャンブル依存」「アルコール依存」「薬物依存」の人々を卑下し「自分は違うぞ!」と思っている人の多くが、「Sex依存」「S.N.S.依存」「ファッション依存」「宗教依存」だったりするように。
実のところ
「自らの奥底に在る『相反する要素』と、正しくしっかり向き合えていない」のが現状であり、ほぼ全てのトラブルの元凶なのです。

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(文章:若林 忠宏

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199、アーユルヴェーダ音楽療法入門58 (今、なぜスピリチュアルか?-2-)

今回のお話は、いささかグロテスクに感じる方も居るかも知れません。しかし、「人間とは?生命とは?脳機能とは?自我とは?神や見えない力とは?」にとって、避けては通れない永遠のテーマでもあります。
………………………………..
今回はまず、
『人間は進化したのか? 文明は進化・向上したのか?』
ということを、「食」のことを契機に考えてみましょう。
その理由は、
「今、何故スピリチュアルか?」を考える時。必然的に、人間社会が過去数百年に渡って追い求めた「物質的繁栄」と「スピリチュアル」とのギャップ。現代社会と紀元前数千年のヴェーダの叡智との時間のギャップについての考え・理解を、整理整頓する必要があるからです。
……………………….
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後に、「菜食主義」で知られるヒンドゥー教ですが、初期の或る派では、「肉食」どころか「人肉食」が秘儀であったとも言われます。この極端に真逆の教義は何故に在り得たのでしょうか?

一方、
南太平洋の或る民族(部族)では、20世紀に禁止されるまで「人肉食」が行われていました。

その部族が食する「人肉」は、敵対する部族を戦いで仕留めたものですが、戦勝に導いた勇者(最大の功労者)は、敵の勇者の「脳みそ」を刺身で喰う資格が得られるとされていました。私(若林)が昔、吉祥寺で「民族音楽と民族料理の店」をやっていた時、その時に用いる特別なフォークを危うく(南太平洋専門民芸品輸入会社から)仕入れて、お客さんに使わせるところだったことがあります。独特な形の見事な木彫品でした。
……………………………………………………………….
西洋科学・医学の或る理論では、「肉食・雑食の生き物は自分のDNAに近い肉を本能的に好む」とされ、人間の場合、それは「豚肉」であると言われます。「牛肉の方が好きだ!美味しい!」と感じる人が多いのは、もしかしたら「高価=美味しい筈だ」という「自己暗示・プラセボ」の要素も大なのかも知れません。
…………………………………………………………….
トノサマバッタは、基本的に高貴な稲の喰い方をします(イナゴとは桁違いに)が、或る理由で「黒色化し、翅が伸び凶暴で飛翔力を増した突然変異」は、一国の田畑を喰い尽くし、次々に飛翔し他の国を滅ぼす。そして、最後は「共食い」で絶滅する、と言われます。本来「菜食」なのにです。三国志に、これを操る職業「飛蝗師」が描かれているといいます。
………………………………………………………….
イスラム教では、「屠殺」の瞬間に特別の祈りを捧げた肉しか食してはならない掟があり、それを「ハラーム・ミート」と言い、まだ殆ど知られていなかった1980年代の段階で、私の店のマトンは、これに徹していました。当時は芝浦に一件しか問屋が無く、毎月買出しに行っていました。
イスラム教では、「豚肉」は、厳しく禁止されています。「昔のペスト大流行の名残」と説く学者は多いですが、理由はそれだけではないのです。
………………………………………………………………
「ヒンドゥー教の菜食主義」「イスラム教のハラーム・ミート」、そして、真逆の「南太平洋の脳みその刺身」に共通するものは?

それは、
「殺された時に出るホルモン」です。
現代科学医学は、まだそれらの「ホルモンや伝達物質」の、ほんの一部しか解明していないと言われます。
しかし、古人は、それを「悟性の叡智(経験則だけでは説明し切れない筈だ)」で知っていたのです。
つまり、
初期ヒンドゥー教の或る派、南太平洋の部族の勇者が、倒した敵の勇者の脳みそを喰うのは、その物質を取り込み、「特殊な精神状態を体験する」や「より屈強な勇者となる」為であり。後のヒンドゥー教主流派や、イスラム教の「豚食厳禁」「その他も祈祷をすべし」は、その「特別な物質を取り込まないように厳しく諌めた」ということなのです。
しかし、このことを明確に説く人は、世界に殆どいないようです。
………………………………………………………………………..
「禁煙した途端に、『喫煙しない人』ではなく、嫌煙家になる」「ダイエットに成功した途端、太っている人を卑下する」という人が凄く多いのは、最終的な根本原質迄辿れば、「人間の自然な本能の為せるもの」と言えます。何故ならば、ほぼ全ての生命体は「相反する要素の拮抗・バランスで生きている」からであり、「シーソーゲーム」のように、一方から他方に移行すれば、「180度逆の性質」が表出するからです。しかし、これは「バランス(が取れている)」ではないことは明白です。論理に於いては、「同源同質のものが逆点表出した」とさえ言えるのです。「好きだったものが嫌いになる」「嫌いだったものが好きになる」と似ています。
この論理で言えば「嫌煙家」は、未だ煙草に取り付かれているとも言え、その所為で「僅かな煙や臭いに過敏」となるのであり、「ダイエット成功者」もまた、「太っていること・ダイエット」に取り付かれ、縛られたままである、と言える訳です。「煙や臭いがしても、太っている人を見ても、気にしない・気づきもしない」が、禁煙・ダイエットの唯一の成功例かも知れません。(「全然気にしない」などと口で言っている内は、未だ途上でしょうが)
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同じように、
昨今の「ホルモン(プチ)ブーム」も、かなり病んだ傾向が見られます。「相反する要素・逆の作用」の論理を全く理解しようとせず。図のような極端な「単一的効果」で解釈しようとしているからです。このことからも現代人が如何に論理力を失っているか、が分かります。しかし、これらには大きな落とし穴があり、各円図の下半球に書いたような「リスク」が大きく付きまとうのです。
これについては、先の202、アーユルヴェーダ音楽療法入門64 (今、なぜスピリチュアルか?-3-)でもご説明いたします。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

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chametabla@yahoo.co.jp 若林

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(文章:若林 忠宏

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198、アーユルヴェーダ音楽療法入門60 (ヤントラ・マンダラと脳機能7:Yantra/Mandalaと脳機能Kosha論-3-)

表題のテーマの前回(Vol.195)では、最中心円(魂と書かれたピンクの円)の如来とその上下左右の菩薩を「魂と心の領域」と説きました。実際その内容は、見事にkosha論と一致するのです。

今回は、その周り。Kosha論では、「VijnanaMaya-Kosha」とされる「論理的思考領域」です。
日本の密教曼荼羅では、上下左右に四如来(紫色で示した)が、それぞれ上下左右に四菩薩を従えて配置され、その間(四隅)に供養妃菩薩が置かれ、更に全体を取り巻く四隅に「地天、火天、水天、風天」が置かれます。

この配置が、如何に「論理思考領域」であるか、を見て見ましょう。
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まず四如来は、それぞれ「安」「徳」「時」「成」を象徴しているとしました。
仏教説法では、それぞれ「下:煩悩・妄執に屈しない悟り」「左:智慧の宝」「上:永遠の寿命」「右:業と行の成就→涅槃」などと説かれ、よほどの信仰心が無ければ、やはり「へー」で終わってしまいます。
しかし、下の如来の別な性質は「堅固で不動」です。つまり「堅い意思・決意」があってこそ「煩悩・妄執に屈しない」という因果を説かない限り、大衆には距離感がある訳です。このセットを庶民向けに文字で表すことを考えてみて下さい。それは「安定」に他ならず、一文字ならば「安」に至る訳です。
実生活でも、「安定・安心・安寧」を脅かし乱すものは、「雑音・誹謗中傷・批判非難・誘惑・騙し・煽動」などですが、サバンナの大型草食獣が、背中にハエが止まった程度では微動だにしないか、たまに尾ではたく程度の反応であるがごとくに「動じない」ということは、真の意味での「自信」があるからに他成りません。
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そして、見事にその如来が従えている菩薩が象徴するのが「安」の如来を取り囲む「善・浄・慈・済」です。
「迷わず善悪を分別出来る」「迷いの汚れを浄化する」と解釈すれば、私たち自身が実践すべき「論理思考」のあり方を示してくれています。「済」は仏教では「救い」の意味がありますが、「置き換え」でもあります。仏教説法では、「正しい場所へ置き換える」としますが、「依存的・ご利益宗教」に陥りがちです。(言うまでもなく、仏教説法を批判しているのでは毛頭無く、受け取る側の私たちの思考力を問ういているのですが)「置き換えの正しさ」を論理的に理解するには、「AをBに」のみならず「AをCに」のような逆の性質に「置き換える」という検証が瞬時に思考出来る力が必要です。これは、日常生活に於ける「置き換え力」であると共に「比喩力」であり、或る意味「切り替え力」であり。「置き換え力」が豊かな人間は「非末梢的」であり、「全体俯瞰力」が豊かです。それに対し「依存気質が強い」「枝葉感覚・価値観に依存している」「物事に捕らわれ、その反応の内発感情に支配され易い」という傾向が強い現代人は、「安と済の力が極めて脆弱になっている」ということが分かります。
……………………………………
何故ならば。
幼少期から「選択・二者択一」を強いられ、その訓練を積まされてしまった現代人は「Aを最も正しい、BCDFのどれに置くべきか?」しか考えない「感情領域思考」に極めて偏っています。
そして、「気分感情領域」で「外因に反応しただけの答え」で、どれかを選んでしまう。
例えば、海難事故や交通事故で、対向車(船)が、急に右折して来て衝突する!という場面で、「相手(その瞬間は、敵であり害である)を避ける→逃げる→左にハンドル(舵)を切る」という「反応思考」で行動してしまいます。無論、相手・自分のそれぞれのスピードや距離感覚によっても異なりますが、それでも多くのパターンに於いて「左に曲がろうとする」は、極めて愚かな判断であるとすることに異論は無い筈です。そして、そもそも「避ける=逃げる=相手に背を向ける=相手に向かっては行かない」という性質があることは紛れも無い事実です。

何故「愚か」と言うか? それは「左に逃げる」は、「相手を回避する=逃げる」の中で、最も「相手との関わりの時間を長くする」からに他なりません。「相手背を向けて逃げる」と同じく、振り切る力が無い限り、何時迄も「危険と恐怖」を味わうことになり、結果も最悪に至ります。
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私にこの事を教えてくれたのは、猫エイズで奇跡的に六年延命した野良幼猫で保護した子でした。逃げ場の無い庭で遭遇した時、彼はコンクリ塀を登ろうとしましたが、滑って駄目。すると何と彼は私に向かって突進して来て、ひるんだ私の足元をすり抜けて行きました。
彼もまた、私の師匠のひとりとなり、他にも六年、多くのことを学びました。この時の教えは
「逃げるなら前に逃げろ!」でした。
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船でも車でも、「相手との時間を極限まで短縮する」ことは「被害を最小限にする」ということです。
最も成果が少ないのは、右にハンドルを切ったことで、むしろ正面衝突することですが、その直前や直後であれば、相手の車は、自分の車の後部に当たります。無論、後部座席に我が子を乗せていれば出来ませんが、直前直後でなければ、リスクはかなり軽減出来ます。
逆に「相手と関わる時間」を不必要に長くしてしまえば、あらゆる最悪の事態の可能性を高めてしまいます。

この例も、現代人の極めて多くが陥る「感情思考=置き換えが出来ない」日常的な習慣・癖が元凶にあるのです。

すがって・依存してご利益を期待するばかりでなく。「置き換えの意味」を常日頃から考えていれば、とっさの時に「二つの答え」を編み出すことが出来ます。しかし、その訓練が足りないと、奇妙でたくみなほどに「同じ答えを異なる言い方で想起してしまう」という「どつぼ」にはまります。まず想起したものの「真逆」を瞬時に考える癖をつけるべきでしょう。

お勧めは「事故で電車が遅れる→遅刻する→苛々する・焦る」というような場面で、「対応策」を「直感と真逆のセット」で考えてみるのが良いでしょう。そして「どうにもならない」となったら、その時間「論理思考:置き換え」の練習にでもあてれば、「精神状態・思考性」は、自ずと「安定・安寧」に至ります。

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(文章:若林 忠宏

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197、アーユルヴェーダ音楽療法入門59 (用語辞典:シ)

シ:
本来正しくは「Si/スィ」であるものの幾つかで、日本に於いてある程度長く用いられて来た為、ここ「シ(正確にはShi)」に分類した語彙もありますことをお許し下さい。

シャブダ:
アーユルヴェーダ治療法のひとつ「問診」。

シャギール/シャギルド:
イスラム教徒のインド古典音楽界に於ける「弟子」のこと。

シャー:
ペルシア語で「王」のこと。
中世インド・イスラム帝国では、本家に唯一の「シャー」が存在したが。後に、本家から許され「地方総督」が領土を持ち、更に「藩王国」の地位を得、更には「シャー」を名乗り乱立した。

シャーナーイ:
ペルシア系の元祖オーボエ「スルナイ」のインドでの呼称。西アジアでは「スルナイ(楽葦)」「ズルナイ(力強い葦)」などとされたが、インドでは「王の葦=笛」となった。循環呼吸法を用いて音を絶やさない。
本来は、イスラム宮廷野外楽や軍楽の楽器であったが、ヴァラナシやムンバイのヒンドゥー領主や豪族も好んで用い、宗教を超えた存在になった。

シャンカ:
法螺貝のこと。かなり古くから、ブラフマン教、仏教、ヒンドゥー教と広く法器として用いられた他、軍楽でも合図に用いられた。(日本の戦国時代と同じように)

シャンティー:
「平和」「平穏」「静寂」のこと。中世ヒンドゥー至上主義者の古典音楽理論の「旋法ラーガに定義された9の感情」のひとつでもある。反対語は「アシャンティー」。

シャイヴァ:
ヒンドゥー教・シヴァ派のこと。ベンガル地方では「シャイヴォ(ショイヴォ)」と訛る。
ヒンドゥー教がブラフマン教を駆逐した後、そのお墨付きを多数文字化した際、多数書かれた「プラーナ文献」では、「シヴァ・プラーナ」「リンガ・プラーナ」「スカンダ(軍神)・プラーナ」「ヴァーユ(本来はブラフマン教の風神)・プラーナ」「アグニ(本来はブラフマン教の火神)・プラーナ」を総称して「シャイヴァ・プラーナ」などと呼ぶ。

シャストリア・サンギート:
文字通り「科学音楽」のこと。
ヒンドゥー布教運動が活発化し、主に演劇を通じて布教することが盛んになった頃に、科学音楽は、大きく変貌し「Performing-Arts」の性格を有した。その頃に、「純然たる音楽(本来の科学や医療目的としての)」を区別して「シャストリア・サンギート」と称し、「布教・芸能的音楽」を「ガンダールヴァ・サンギート」と称し、区別した。近現代のインドに於いて「シャストリア・サンギート」は、殆ど存在せず、語っている場合も、「ガンダールヴァ・サンギート」が、更に「イスラム宮廷古典音楽」の長い時代を経た「古典音楽」に過ぎない。

シッディー(スィッディー):
古くは、瞑想や修行に於ける神秘体験のことを言ったが。後世、特殊なタントリズムや、過激なハタ・ヨーガの(主に欧米に於いて)発展の中で、「奇跡・超常現象的な力、卓越した能力」や、「瞑想の高次の段階で得られるとされる超越体験」など、超能力やオカルティックなイメージに偏った。中世から近世に掛けて、イスラム文化地域でも神秘主義が連立し、同じような神秘体験を多く語ったが、「事実・真実」もあれば「思い込み・自己暗示」「眉唾」などとも境目の無い世界でもある。

シクシャ:
ヴェーダ文献の後(多くはヒンドゥー教台頭の後)に書かれた「韻律学」の指南書。インド古典音楽では、「音律学~音楽・楽理書」の意味で用いられる。

シッシェ:
ヒンドゥー教徒の学問や音楽に於ける「弟子」のこと。
「グル・シッシェ・パランパラ=師弟制度の伝統」に則っている。

シタール:
北インド古典音楽の弦楽器。正確には「スィタール」であり、ペルシア語の「セタール」が訛った。
アヌーシュカ・シャンカル(現在の女流トップクラスSitarist)とノラ・ジョーンズ(女優・歌手)の父であり、ビートルズのジョージハリソンの師であった故ラヴィ・シャンカルによって世界に知られるようになった。その歴史は、説く者がその都合によって大いに誇張され様々な解釈がなされる。原型および同名のインドに於ける弦楽器の歴史は、確かに10世紀頃であり「13世紀の大臣・音楽家アミール・フスロウが古典楽器に昇格させた」は、嘘とは言えない。しかし、前述のビートルズ云々から今日日本でも良く知られた弦楽器を同定するならば。全長120cm程で、サワリ音を持ち(Jawari)、同一フレット上で弦を横に引っ張る技法を多用し(Mind)、共鳴弦を多数持つ(Tarab)「シタール」の発現は、早くても19世紀後半であり、決して古い楽器ではない。

シャタ・タントリ・ヴィーナ:
古代のハープ。正確には、その中の最大の楽器で「百弦」のものを言うが、同系のハープ(舟型胴に皮を張り、湾曲した棹から斜めに弦を張る)の総称的にもなった。東南アジアにも広く伝わり、カンボジアのアンコールの遺跡に多く描かれる他、所謂「ビルマの竪琴」は、今日も用いられている。

シュリー:
1:「ラクシュミ女神」の俗称的な別名。
2:現存する最も古い旋法(ラーガ)のひとつ。1:のラクシュミ女神とは直接関係しない。

シュルティー:
古代インド音楽の音律に於ける「最小単位」の音程のこと。「讃歌:シュローカ」同様に「動詞:シュール(聴く)」を語源としている。基本的に、ヴァーダ科学から様々な古代科学に於いて「単位」の意味で用いられる。日本語の観念では「粒」というニュアンスが最も近い。
古代音楽では、オクターブを「22のシュルティー」に分割し、その配分は、最終的に三種(三番目が現われたころには二番目が滅んでいたという解釈もある)あり、それぞれから七音(所謂ドレミ)を割り出す方法が各数種ある、というのが「古代(の一時期)の旋法学」であった。中世に「ラーガ旋法学」が定着し他を淘汰した後も、「基本音」の観念で用いられる語となった。例えば(ペルシア系の)オーボエ「Shahnai」の合奏では、単音だけを吹く、お弟子が担当するオーボエがあり(指穴が無い専用管楽器の場合もあれば、普通のシャーナイで、基音だけ吹く場合もある)「シュルティー・ウパンギ」と呼ばれた。また1980年代に突如現われた「電子基音楽器」は、「シュルティーBox」と命名された。

シュローカ
ヴェーダ散文、マントラを、五~七音音階で歌う「讃歌」。「シュルティー」同様に「動詞:シュール(聴く)」から発している。
10世紀以降、「ヴァーダ復興主義者」たちが捏造した音楽原理・歴史論「全ての歌はヴェーダから発している」は、かなり無理な主張。だがしかし、実際、1音~3音のヴェーダ詠唱~マントラを吟じていた僧侶が、次第に一部を五~七音音階で歌うようになったり、既に自然発生していた「五~七音音階で歌う讃歌」をも歌うようになった時代的推移(やはり10世紀前後と思われる)から、「1音~3音のヴェーダ詠唱~マントラ→五~七音音階で歌うシュローカ」という観念が定着したと思われる。同系の讃歌「ストータラ」のような厳格な韻律法則はない。同系讃歌の総称の意味合いで用いている専門家も少なくない。

シュローカム
「ヴァーダ讃歌・マントラ」の一種。讃歌。「シュローカ」を南インドの言語習慣(語尾にmを付ける)でこう呼ばれる。

シュレーシャカ・カパ:
トリ・ドーシャのひとつ「カパ」のサブ・ドーシャ(ダートゥ)のひとつ。関節の安定、結合に力を与える。

シャーニ:
土星。インド占星術ジョーティーシュとの関係で説かれるアーユルヴェーダ音楽療法の伝統では、極めて落ち着いた、平穏を与える「基音の代理音」と関係が深い。しかし、この力が亢進し強くなり過ぎる場合は、基音の存在を奪い、バランスを180度反転させてしまう可能性もある。

シンハ(スィンハ):
獅子、獅子座。
太陽信仰が優勢になって以降の獅子座は、太陽との関係性、生命の根源や魂との関係性が多く説かれた。
アーユルヴェーダ音楽療法の伝統でも、基本音との関係が説かれ、星座の中でも中心的な存在とされた。

シュッダ:
古代インド音楽~中世(現在も同様)インド古典音楽に置ける「ナチュラル音程」のこと。「半音上げる=シャープ#音」「半音下げるフラット♭音」に対して呼ばれる。
字義は「真」であるが、音楽に於いては、「元々の」程度の意味であり、日本の魚の名前「マダイの真」「マアジの真」程度の意味である。しかし、ヨガ学では、本来の「真の」の意味の重みで用いられる。

シュクラ:
金星。アーユルヴェーダ音楽療法の伝統では、金星と関連の深い旋法(ラーガ)や楽音は、全体のバランスが保たれている時には、極めて潤滑かつ甘美で優しい経過音であるが、一旦、バランスが崩れた時や、金星関連の音が異常に強調された時は、極めて危険、良くても極めて不安定な状態となり、生命体の心身に重大な悪影響を与える。逆に、この危険性を熟知している古代専門家は、中医・漢方薬の幾つかにもあるように、或る種の「劇薬」として、それを活用した。

シュクラ・ヤジュル(ヴェーダ):
ヴェーダ文献のヤジュル・ヴェーダの中で、現存する最も有名な「黒・白」二種類の一方の「白ヤジュル・ヴェーダ」のこと。一般に、サンヒター(本編)とブラーフマナ(注釈)が分離しているため、歴年の研究者は「混在している黒ヤジュル・ヴェーダの方が古い」と言われるが、疑問も拭えない。
ヤジュル・ヴェーダ総体は、祭祀祭礼の道具、供物などについて(一部に神々への讃歌もあると言う)散文で書かれた上に、それを詠唱すると説かれる。このことを理解するには、古代インドから綿々と継承される基本的な習慣を理解すると良い。それは、「文字化しようとしまいと、普遍的に記憶すべき事柄を、詠歌に込め、その歌を歌いながら行為することを修行とする。例えば、古く日本の台所で言われた「はじめちょろちょろ中ぱっぱ 赤子泣いても蓋取るな」を2~3音の詠歌にして、ご飯炊きの最中詠唱し続けるような感じ。古典音楽の旋法ラーガについてかつては、その主音・副主音・時間帯などの記憶すべき事柄を、そのラーガで作曲したエチュードが教えられた。
しかし、一説には数百とも言われる「異なる解釈の異なる伝承」があるヤジュル・ヴェーダの中の「白ヤジュル」も「黒ヤジュル」もほんの一部であると言われ、他のヴェーダ文献同様に、後世に加筆されたり落とされたものも少なくないと考えられる(定説ではBC.1c成立となっている)。従って、前述した「記憶法と作法」に見られる「論理性」と「或る特定の思考回路の活性」の実践法としての価値を見出すべきである。
また、「文字化出来るし、文字化したが、それに加えて詠唱を行った」ということは、文字化の思考回路、文字を読む思考回路、歌にして詠唱する思考回路などの異なりをヴェーダは熟知し説いていたことになる。しかし、これらを説く研究者はほぼ皆無。

シヴァ神:
ブラフマン~(仏教/ジャイナ教)~ヒンドゥー教を探求する上で、最も重要かつ、最もややっこしい神のひとつ。ヒンドゥー教では「三大神:ブラフマン/シヴァ/ヴィシュヌ」に数えられるが、シヴァ派やシヴァ派系の宗派では「絶対神」としての「イーシュヴァラ」と同一視される。ブラフマン教には存在しなかった筈であり、従って仏教にも取り込まれなかった筈であるが、後世ヒンドゥー至上主義者は様々な関連を説いた。これらの混沌とした事柄を置いて、特筆すべき点が、ヒンドゥーご利益宗教が台頭した後も「荒神」的な性格を維持し、その妃であるパールヴァティー女神の化身、ドゥルガー女神やカーリ女神などにも見られる「畏怖」を象徴する性格を持つ。より「荒神」的なキャラクターとしては、化身(別名という解釈もある)「バイラヴ神」「ルードラ神」が知られるが、「別な地域神が同一視された」とも「別な地域神と習合した」とも言われる。基本的に「創造の神~創造と(その必然としての)破壊の神」の性質が多く語られるが、「(相反する性質が共存する)二元性」の象徴と解釈すれば、「宇宙の摂理」「生命体の基本原理」、更には「陰陽説」とも合致する。

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(文章:若林 忠宏

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196、アーユルヴェーダ音楽療法入門58 (今、なぜスピリチュアルか?-1-)

私(若林)は、1990年代初頭から「1980年代に、日本の文化は大きく変革した」と説いてきました。その後、1990年代の後半になって、日本のゲームとアニメが世界的に人気を得た頃、その傾向は世界に伝播したとも説いて来ました。最近では「1980年代は日本の文化革命だった」と言っています。

その主旨は、
1945年の世界大戦終結以前と戦後、そして新しい世界の構築と混乱。物質文明の迷走。などからお話せねばなりません。
…………………………………………………………………………………………….
戦後~1960年代は、日本のみならず、世界中で、アンシャン・レジーム(旧体制とその価値観。及びキリスト教至上主義が先進国のステイタスだった時代)と、それから派生した「植民地主義・派生主義・身分格差階級」そして、「隣国との戦争・侵略・支配」を体験した人々が、戦乱や敗戦によって、一気に「物質的繁栄」と「精神的拠り所」を失いながらも、「古い精神性・価値観」を捨て切れずに「復興」に努めた時代でした。

一般に「復興」は、敗戦国日本・ドイツ・イタリアについて語られますが。戦禍によって壊滅状態になったヨーロッパのほとんど。アジア・太平洋もまた、「復興と新体制の建設」を余儀なくされたことは言う迄もありません。アフリカ・中南米の多くは、戦禍を免れたとは言え。戦後10年の間に、次々に植民地から独立し、新たな価値観・社会を構築せねばならなかったことは変わりません。

まず、最も重要で明らかなことは、
世界中で、この時期に「精神性の変革」について、全く取り組まなかった。ということです。
同じ敗戦国のドイツは、新憲法(正確には、未だ準備法:仮)に、「ナチスを妄信し戦争に突進した責任は国民全員にある。その罪は『(本当の)自由(を得る自己との戦い)からの逃走』である」と明記していました。しかし、その後も、幾度か時の首相がこのことを強く語ったことから分かるように。庶民の多くは、この問題を忘れ・考えないようにして、「目先の生活・自分の欲・物質的繁栄と富・安寧安心」をむさぼったのです。憲法に書かれながらも、です。
ドイツでそんな状態ですから、憲法ではもっぱら「自由・権利」が語られている日本で、戦争の過ちを自壊・自戒する人が殆どいないのも無理はありません。

ちなみにインドは、
世界で最も「変わらなかった国」かも知れません。
パキスタンと袂を分かってイギリスから独立し、王政が廃止されたとは言え。私の知る限りでは、首都や大都会でさえ、中世から続く日々の生業が継続され。都会から一時間も車で郊外に行けば、今だに牛が井戸水を汲み上げたりしていました。
強いて言えば、
パキスタンとの分離独立以後、ヒンドゥー至上主義が台頭し、インドに残ることを決意したイスラム教徒が迫害されたということはありましたが、現在のモディー政権下ほどではなかったと認識します。
………………………………………………………………………………………………..
1960年代の後半から1970年代の前半は、
前述した「戦中世代」が、社会の主導を握る一方。その次世代。戦争末期・戦直後の世代が大学生・若手労働者の年齢に至って、アンシャン・レジュームを引きずる世代と社会に反旗を翻しました。

最も象徴的な出来事が起こったのが、奇しくもアメリカと日本でした。戦後日本は、世界で最もアメリカに追従し、アメリカナイズ度が最も高かったからでもあります。

アメリカでは、アンシャンレジームの後遺症とも言うべき「ヴェトナム戦争」に若者が借り出され。それに反発した「ヒッピー・ムーブメント/フラワー・チルドレン」などのサブカルな動きが大同化し、同時にアメリカで「第二期スピリチュアル大ブーム」が興ります。
ネット情報が氾濫する現代からは考えられないことですが、それが日本に伝わるには二三年のズレがありました。

以前も少し書きましたが、高校一年生でシタールと民族音楽のプロ(ホリプロ系のプロダクションに所属)になった私は、あちこちのスピリチュアルな集まりで演奏し腕を磨きました。が、「精神世界に興味関心を抱く人々」は、まだまだ少数派でした。
多くの若者は、
1960年代末に、「学生運動」に様々な距離感で関わり。「社会の不条理」に対して大いに反発したのです。しかし、1968年~1970年。学生運動は、幾つかの痛ましい事件と共に一気に収束します。

学生運動に挫折した若者。早々に見切って掌を返すように価値観・人生観を変えた若者。そして、社会の中枢に君臨した戦中世代(元軍国児童)は、高度成長のクライマックスを満喫するのです。象徴的な出来事が「大阪万博」でしょうか。

ところが、
1980年代に入ると。人々の精神性は、奥深いところで、大きく変革し始めるのです。
これが「日本の文化大革命」と、「今日のスピリチュアル・ブームの原点」の要因なのです。
(つづく)

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(文章:若林 忠宏

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195、アーユルヴェーダ音楽療法入門55 (ヤントラ・マンダラと脳機能5:Yantra/MandalaとKosha論-2-)

私の「子供向け・楽器作り教室」の或る時のことです。ペット・ボトルにビーズを入れてマラカスを作ることを教えていました。その際、様々な色のビーズを「各自で好きなブレンドで、自由に!」と言いつつ「その代わり一色はスプーン一杯迄」と言明しました。すると、或る親子が、私が傍に居るのに気づかず「お母さん!一杯迄だよ!駄目だよ!」と母親を諭しているのに、母親が「構わないわヨ!誰も見てやしないから!」と返答していました。その子の哀しそうな顔(悲しいではなく)は、今も脳裏に焼きついています。
「DNAを通して子(胎児)に与える親の経験」「胎教」「Karma」「生後の環境・親の影響」が如何に多かろうと、「魂の傍らに居る心の発想」は、極めて純粋(宇宙原理に近いという意味で)なのだ。と痛感しました。

人間のエゴの犠牲になって「癒されたいとセットになった溺愛」によって、飼い猫の精神状態は大きく阻害され得るものです。また。人間社会の悪しき念が渦巻く裏町の野良社会では、動物本能が剥き出しになる場合もしばしば報告されています。
しかし、
基本的に、猫は、(猫の)乳幼児や、病気や老いで弱った成猫を見事に労わり守ります。棚の上から床に飛び降りたとしても、毛布の中の猫の上には落ちませんし、「ご飯!ご飯!」とケージの中を歩き回る母猫は、まるで「足裏に目が在るの?」と驚くほどに赤ん坊を踏みつけたりしません。その代わり棚の上から飛び降りる猫は、寝ている私の腹部目掛けて飛び降りることはしょっちゅうで、「何時か『睡眠時無呼吸症候群』で死ぬかも知れない」と思わされます。
そんな猫でも、
「体の奥底に病変がある場合」その精神性も悪い方向に変化します。「病は気から」の逆の「気は病から」が極めて顕著に見られます。言う迄もなく人間も同様なのでしょう。
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おそらく「心」は、極めて「非社会的」であり、しばしば結果論「反社会的」なのでしょう。当然ですが、「社会の常識・規範」は、時代や思想・宗教・イデオロギーで変化しますが、「魂」にはそれらはリセットされ、「心」もまた、リセットされ生まれてくるのでしょう。(性善説に似ていますが、全く違います)
その代わり、「Karma」や「胎教」「DNAに影響した親の精神性」は、既に胎児~乳児の頃に「気分感情領域」に刷り込まれてしまうのです。

以前も解説しましたが、
そもそも「動物の脳の進化論」から言えば、「A:まず生きる(生活反応)」「B:次に観察・判断・行動する(身を守るため)」「C:そして考える(より良い条件=すなわち比較と想像)」「D:より深く考える(創造・工夫・解釈・理解・学び)」と進化し、その先に「E:夢や希望、慈愛や正義」というものが生まれます。
AとBは、ご存知のように「延髄・小脳」両生類・爬虫類レベルと一般に解釈されている領域。Cは、「大脳」が発達した哺乳類で、Dは、類人猿とホモサピエンス。Eは、人間、と言われています。

乳幼児の脳機能は、言う迄もなく、この段階順に発育する訳ですが、それは主に「気分感情とそのエリアの思考領域」と、その内側で「心と魂を守る:論理思考領域」についてであり、当然前者が先に発達・成長します。(現代人はそもそもそこで発育が止まることが多い)
しかし、(現代科学・医学では説かれていませんが)「心」は、既に殆ど発育していると考えられます。
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丁度今、或る予期せぬ事態の結果、生まれてしまった子猫が、開眼して未だ数日なのに、私の呼び掛けでケージの前の方まで張って来て、小さな声で返事をしました。以前、乳児の時に感染症で逝ってしまった(保護した猫が身重だった)子の生まれ変わりかも知れません。

或る意味、猫は、(20年で百頭前後世話して来ましたが)人間社会に生きながらも、人間が身につける「社会性=比較意識、自意識や、それから派生する自己顕示欲、承認願望」などは、不要なので(犬はかなり違いますが)。上記の「C」の半分くらいで「思考領域」の発達が止まり(完成し)ますが、「心」は、むしろ、成長と共に(健康ならば)より豊かになり、もしかしたら「魂と心の合意→思考」さえ、するのかも知れません。正に「悟性と叡智の思考」であり、人間には到底真似が出来ない類のものです。

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逆に、言うと人間もかなり純粋であるか、論理思考力が充分である場合、「心」も成長を続けて、「思考する」ようになるのかも知れませんが、実際現実的ではないので、論外とします。
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要は、日本の曼荼羅の「最も中心の如来」の周りに、「心、智、誠、養」の菩薩が従っている、ということです。仏教説法的に言えば「心=菩薩心」「智=智彗=宝」「誠=法」「養=業」となってしまい、前述したように「一般大衆にとっては『へ~』の粋」を出ません。

しかし、「智慧」は、「真実を理解する力」に他ならず。それは「叡智と悟性」の総合作業に他なりません。そして、「法」には、少なくとも「法波羅蜜菩薩の力と任務」には、私たちが社会的(人間の身勝手)に鈍らせ曇らせ歪曲させた智慧の浄化がセットになっています。「業」は、そのままでは、今世の人生には役立ちません。何故ならば、今世に関わる業は前世に作られ、今世の行は、来世の業となるからです。しかし、「来世に於ける救済」に偏った宗派(主流か?)では無い場合(ジャイナ教の一派や、ヴィヴェカナンダ師など)、「来世の為の行は、現世の業を改善する」とも説きますから、総合すれば「育て・養い」と解釈出来るのです。でなくては、「努力の甲斐が無い」とも言えます。
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そして、この「心、智、誠(浄化・改善・復旧)、養(実践・育み)」がセットになって「魂」を取り囲んでいる。これが、「Kosha論の心の領域」であると曼荼羅は説いているのです。

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(文章:若林 忠宏

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