189、アーユルヴェーダ音楽療法入門51 (ヤントラ・マンダラと脳機能2)

前回(Vol.186)で述べましたように、
「第一段階:Yantara(Mandala)を眺めているだけ(薬を飲まないのに貰ってくるだけ)でもBetter than Nothing、効果は何もしないことより数倍はあるけれど。当人の精神性・思考性が増徴させる外因と滞りで相殺されてしまうかも知れない」。
「第二段階:Yantraと向かい合うこと(とにかく薬を飲む)ことで、効果は数十倍に違いない。しかし、同上に、当人の精神性・思考性が増徴させる外因と滞りで相殺されてしまうかも知れない」。
「第三段階:もしYantraをより深く理解し、自らの心・思考性・脳機能を改善(復元)し、呼吸法とアーサナを伴って真摯に向かい合えば。その効果は同じでも、当人の精神性・思考性が増徴させる外因と滞りによる相殺をかなり軽減出来るかも知れない。」
「第四段階:もし、同上の努力によって思考回路と脳機能が改善・復旧・活性化されたならば。Yantraの力によって相似性のレベルに至ることが出来れば、その効果は、数百倍に至るかも知れない」
と、「四段階」のレベルアップについて説きました。

改めて、「Yantraなの?Mandalaなの?」という素朴な疑問に対して申し上げますと。
いずれにも共通しているのが「城壁と上下左右の門」の存在です。日本の密教の曼荼羅には、「(足の短い)T字型の門(鳥居にも似ている点が○○ですが………)」、チベットの曼荼羅にはあります。つまり、インド・チベット・中国・日本のいずれの「曼荼羅」も、「Yantra」と同様に、「城壁と四つの門・方位・そしてその守護神」および「中心の最高位の神(如来)を取り囲むように、さまざまな神々が、極めて重要な定めによって配列されている」ということでは、「YantraもMandalaも全く同じ」ということです。強いて言えば「Yantra」は、図形・幾何学模様・文字に置き換え、「Mandara」は、可視化(他教徒が言う偶像化)された神々で表現されている。ということです。

………………………………………
今回の図を少しご説明します。
左側は、熱心な方々には、既にお馴染みの、日本の密教に於ける「曼荼羅」の重要なもののひとつです。これは特に「心と思考・脳機能の働きに極めて重要」と説かれているものです。

言うまでもなく、仏教は、後期ブラフマン教を或る意味「批判・否定」して隆盛しましたが、逆に見ると、ブラフマン教の叡智を極めて多く受け継いでもいます。無論、それは論理的に詳しく分析して、翻訳しなければ、仏教の説明だけでは分かり得ませんが。
しかし、密教は、ちょっと複雑な事情があります。
それは仏教全体がヒンドゥー教の弾圧を受ける以前に、仏教主流派からも弾圧を受けたり、中国にて大乗仏教の弾圧を受けたりがあったからです。逆に言うと、或る種の神秘主義から主流派と対立し、自ら地下に潜った場合もあるに違いありません。

問題は、それによって、仏教本流(と言っても時代でかなり変化しますが)の教義と異なる部分が、何時の時代に形作られたか?がはっきりしない点です。或る程度は、チベット仏教、モンゴル仏教、中国に於ける密教、日本に於ける密教などの「差異」を、「時差」などと照らし合わせると見えてくるものがありますが、無論、全てが分かる訳ではありません。
………………………………………………….
今回の二図の左は、言うまでもなく、本物の「密教曼荼羅」ですが、右は、それを解析した私の作図です。最も重要なことは、前述したように、この「曼荼羅」が、「心・精神性・思考・脳機能」に深く関わるものだ、ということです。
そして、
ここには極めて興味深い「インド・チベット・(中国)・日本」に共通する要素があります。
それは、「或る時期から、曼荼羅の主流が変わる」ということです。
…………………………………………………….
前にも何度かご説明しましたが、
仏教では、ブラフマン教後期に二分され、対立構造さえ見え始めた神々。いわゆる「デーヴァ神族」と「アスラ神族」の後者が、一旦は、仏法に背き対立するが、仏法側に屈した後、釈迦の慈悲によって、むしろ仏法の守護者(警護)として、下級神(天)として存続を許されたと説きます。密教・チベット仏教も基本これに倣いますが、部分差異はあります。
それに加えて、
ある時期から、チベットはチベット独自の「守護女神」を大量に創案し、日本い伝わった密教もまた、新たな神々を創造するのです。そして、それは「極めて人間に都合の良い神」という共通点が、あり、或る種の「ご利益宗教」の性質を高めるのです。インドでは、同じ時期に「Shri-Yantra」への信心が高まります。
…………………………………………………..
今回ご紹介した「密教曼荼羅」は、そのような時代の前に、「最も重要な曼荼羅」とされたものです。基本的にはそれは今日も変わらないはずなのですが、後世に信心が流行した別な曼荼羅がより際立っていることも事実でしょう。
……………………………………………..
また、この日本の曼荼羅と、相関関係があるチベットの曼荼羅の双方が、配置された神々の「性質」について、実に様々な解釈がなされています。つまり、前述した「ご利益性の強い新曼荼羅が台頭した」時期に、旧来の本流曼荼羅の神々の「解釈」もまた「ご利益性」が強調された、という性質です。
………………………………………….
その点を吟味し。
「曼荼羅」の二次元上の配置の意味を厳密に検証すると。右図のような「象徴的役割・性質」に尽きることが判明します。

例えば、中心の「五尊の円」の上下左右にも、同じような「五尊」の組み合わせがありますが、その間に、「黄色い円」で示した「四方の四尊」があります。その右上から時計回りに「歌」「技」「愛」「華」と書きましたが、「ご利益系」では、「技」は「舞」とされます。
……………………………………………………….
「ご利益系」は、或る種の「大衆迎合」であることは否めません。しかし、「歌の神」「舞の神」「愛の神」「華の神」が居られる。だけでは、何の学びも気づきもありません。
しかし「歌=Mantra」であり、「愛=慈愛(他愛)」であり、「華=元気・健康・精神性」であるならば、それは「見る・祈る・学ぶ・気づく者」にとって、極めて深い示唆に富んだ意味に至ります。
従って、その場合は「舞」ではなく、「Mudra」であり「Asana」である。つまり、「自らの体・手先に印を結び、神々のNadaとのリンク(シンクロ)を為すという意味です。
それを「踊る神をんただ眺めるだけ」では、或る意味何も始まらない(変わらない)であり、良くて「祈願者自身が小躍りした」ところで、根本的にズレている、と言えます。

……………………………………………………………………………………………

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

この度、一年ぶりの若林の新著「日本の伝統楽器(ミネルヴァ書房:19年8月20日発売)」が出ます。
アマゾンで予約開始となっておりますので、是非、宜しくお願い致します。
「インドに関係ないじゃないか!?」と思われるかも知れませんが、無論、当書では書き切れませんでしたが、「日本の楽器→ルーツ(ペルシアとインド)」の物語の背景には、「Naga-Sadhu(裸形上人)」や「Saraswati(妙音天)派修行僧」などの活躍が大であるという解釈が存在します。機会を得る度に、その核心に迫って行きますので、どうぞ応援下さいませ。

…………………………………………………………………………………………………

若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

また、本連載コラムのテーマでも重要な、「現代人に大きく欠落している論理性」につきましては、論理力育成Mail-Lessonをご教授しています。
心と体の健康(本来のバランス力を取り戻す)の為に欠かせない。脳機能を本来の姿・力に戻すための講座です。ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ音楽療法の全てにとっても、極めて重要な基本です。論理力を高めると、世界観さえ変わって(むしろ神秘・スピリチュアルなことが、新鮮に敏感に深く理解出来るようになります)来ます。
更に、貴方の論理力を簡単にチェックする「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
お気軽にメールか、Facebookメッセージでお尋ね下さい。
chametabla@yahoo.co.jp 若林

……………………………………………………………………….
また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

188、アーユルヴェーダ音楽療法入門50 (用語辞典:キ・ク)

カ行・キ
キラナ・ガラナ:
北インド近世の新古典声楽「カヤール」の一派。16c.の楽聖ターンセンの娘の系譜「ヴィーンカル・ガラナ」から派生した非ターンセン血統のヴィーンカル(弦楽器ヴィーナ演奏者)のUd.Bande Ali Khanから発したが、主要カヤール流派の中で、最も早く西洋楽器(手ふいごの鍵盤楽器:ハルモニヤム)による伴奏を起用した。(伝統的な微分音を無視することを意味する) 上記創始者がJaypur-Ghatana、Indore-Gharanaの強い影響を受けていることも考慮すべき。

キールターン:
ヒンドゥー讃歌(献身歌)の一種。主唱者と合唱隊の掛け合いによる。「キールターン」の字義は「繰り返し」とも言われる(※)。その起源は、ヴェーダ時代に遡る、という説がいる一方。今日の歌唱様式の原型は、15~16cのヒンドゥー献身運動「バクティー」から発したとされる。同源の「バジャン」が物語性(叙事詩)が強く、楽曲形式も複雑で規則があるのに対し、単純な構造が主である。
元来、インド~ヨーロッパ語族、及びアフリカのバントゥー系には、所謂「Call & Responce(以下C&R)」の歌唱法が古くから発達していた。音楽研究者は語らないが、必然的にメソポタミア、古代エジプトにその原型が見られる筈。その末裔は、「バジャン~キールターン」から遥か西に至ったキューバの「ソン歌謡」にさえ見られる。「ソン」では、「叙事詩:ギア」を歌い、後半に「C & R」部分が来る。それには「主唱(雄鶏と呼ばれる)と合唱隊(コーラス:Coroと呼ばれる)」の他に「旋律楽器や太鼓のアドリブ・ソロ(Solo)とCoroの掛け合い」なども行われる。「ソン」では、この部分(キールターンに相当する)を「Montuno」と呼ぶ、
最も重要なことは、いずれも「リズムサイクル」に厳しく順ずる点である。末裔のひとつでもあるジャズの即興掛け合いも、それゆえに「4-Bars(四小節)」などと呼ばれサイズを揃える。逆に、リズムサイクルの理論を拡大解釈して、主唱者が2サイクルの様々な歌詞を歌い、合唱隊は1サイクルの定型詩だけで返す場合も少なくない。
創始期には、まだ楽曲形式が不定であったバジャンの末尾にキールターンが付加されていたと考えられ、キューバの「ソン」が、次第に「Montuno」が重視され(庶民が加わり盛り上がり易い為:大衆迎合)たことと同じように、「バジャン末尾」から乖離して独立した歌唱様式に至ったと考えることは容易である。インド文化にハマっている人々の中には「キューバの歌など関係ないだろう」と思う感情思考の人が少なくないが、「ものの有様とその源流」を論理思考で理解するには、「異なる派生の比較・類推」、「置き換え」と「二点測量」は不可欠である。
例えば、この先「キールターン・ブーム」が飽きられるとしたら、その単調性に他ならないであろうが、原点回帰し、「前唱歌~バジャン~キールターン」の様式を復活させれば、極めて意味深い説法と音楽が成り立つであろう。(現にUP州の春歌:ホリーやカジャリーには、そのスタイルが残っている)
元来のキールターンの詠唱には、宗派によって「九つの段階(場面)」や「五つの場面」があり、イスラム系神秘主義の中で音楽を重要視する宗派の祈祷システムに類似する。つまり、一般庶民に向けてバクティーを布教した際の「キールターン」の姿と、帰依者・献身者たちの内向的儀礼(秘儀も含む)の姿にはかなり隔たりがある、と見ることが出来る。いずれにしても、日本では後者の検証・学びはもちろん、一般への実践は難しい。
音楽的スタイルは、ベンガル地方のもの、北インドのものが有名であり、その他、シク教には独自なものがある。

しばしば「サン・キールターン」とも呼ばれるが、この場合の「接頭語:サン」は、「サ行」を参照されたい。
(※)また、「キールターン」の字義には「繰り返し」の他に、「語り、説法」の意味があるとされるが、派生的でもある。同源の「Krt」からは近代南インド古典声楽の「Kriti」も生じているが、ここには「繰り返し」や「C&R」の要素はなく、純然たる「ヴィシュヌ讃歌」である。

キルヴァーニ:
南インド古典音楽の旋法(ラーガ)のひとつ。アラブ・トルコのマカームのひとつと類似し、西洋人から「オロエンタル・マイナー」と称されるものと類似するため、1950年代末以降のインド音楽の海外演奏でお飲んで用いられ、やがて北インドの演奏家も起用するようになった。北インドの類似ラーガは、古代に衰退してしまった。

キンナラ:
天上の楽師。ブラフマン教後期に既に「アシュラ神群」に属する下級神の扱いを受け、後の仏教、ヒンドゥー教でも下級神。良くて精霊的な存在とされた。仏教では、他の下級神同様に「釈迦に詫び、懇願し仏法の守護を条件に存続した下級神:天部」とされ、音訳して緊那羅とされる。
本来、下級ではないにしても、上級紙の従者・眷属ではあったと考えられ、「ガンダールヴァ:天上の歌手」「アプサラ:天上の舞踊手」と共に、天上音楽の担い手であった。インドシナにも深く伝わり、後に小乗仏教に支配された後も進行が継承された。「キンナリ」とも言われ、寺院石彫に「キンナリ・ヴィーナ」という干瓢共鳴胴が1~2個の弦楽器が描写され、後の弦楽器ルードラ・ヴィーナの前駆型とされている。

カ行・ク

クッティー・カーラ
身分の低い音楽家を指す差別用語

クトゥ・ターン
旋律の即興的装飾法の一種。ジグザグ進行が激しい。難解なもののひとつ。

クリ:
太鼓変奏法の一種で「対句(掛け合い)の問いかけ部分」

クリヤー:
「機能、働き」のこと。

クリヤー・ヨーガ:
現代ヨガの一派。現代ハタ・ヨガ(Pistural-Yoga/体操ヨガ)とは異なり、精神ヨガ・瞑想ヨガに偏る。属する人々には、古代タントラ・ヨガからの伝統を引いているとされるが、確証はない。そもそも「Tantra」は、密教的な系譜のみではない上に、密教系タントラの中でも、後世広く知られた過激派ばかりではない。中世の「ハタ・ヨガ」の主流派は、その「密教系・過激派タントラ」に根ざしていたとされる。その中心的な教義に、特殊な瞑想法による「クンダリーニ覚醒」があり、現代クリヤー・ヨガは、その伝統を引いていると主張する。

クリシュナ:
ヒンドゥー三大神のひと柱「ヴィシュヌ神」の10の化身(Avatara)の八番目。人間と同じ姿で、色黒で表現される。七番目の「ラーマ王子」と共に、昔から庶民の人気が高い。二大叙事詩「ラーマーヤナ」ではラーマ王子が主人公で、「マハーバーラタ」では、クリシュナが助演(副主人公)。その他、クリシュナは「バガヴァド・ギータ(散文聖典)」で重要な役割を果たす。同聖典に於けるクリシュナは、禅問答のように様々な形で真理を示唆するが、後世にかなり加筆されたことが疑われ、現代、その原典の正しい形を知ることは難しい。
一方、クリシュナは、元来先住民族の神であったものがヒンドゥーに取り込まれたとも言われる。それ故、「肌の色が黒い」とされ、「クリシュナ=黒色」と説く派もある。その一方で、「シャーム=黒色」もまた、クリシュナのおびただしい「別名/徒名」のひとつに数えられる。
また、クリシュナは独自の神で、ヴィシュヌの化身とされる「マツヤ(半人半漁様)、クールマ(亀)、ヴァラーハ(猪)、ナラシンハ(半人半獅子様)」は「クリシュナの化身」と説く派もある。
前述の二大叙事詩と聖典の他にも豊富なクリシュナ神話があるが、大別すると
「生誕の物語」悪政王に苦しむ民衆がヴィシュヌに祈願し、「人間の子」として生まれると予言。それを知った王が、該当夫婦に生まれた新生児をことごとく抹殺。出産の瞬間に運び出されたのがバラ・ラーマ(ヴィシュヌの従者アナンタ竜王/蛇王の化身)と弟クリシュナと言われ、実父、養母も神格化に近い人気がある。
「乳幼児の物語」養母の目を盗んでギー(バターの類)を盗み喰うことから「マッカンチョール(バター泥棒)」の徒名を付けられた赤ん坊のクリシュナ。TV-Radioなどが無い時代、結婚前・出産前後のヒンドゥー女性のアイドルだったとも言われる。
「少年時代の物語」
羊飼いの少年として「ゴパール(ラ)」として、乳搾りの娘たち「ゴピ」との日々の物語。「ブランコ遊び」や「ホリー祭りの色水掛け」などが讃歌、劇、絵画の主題となる。「ゴピ・クリシュナ」の対句がある。
「青年時代の物語」
人妻のゴピ「ラーダ」との恋物語が極めて有名。「ラダ・クリシュナ」の対句が在る。
……………………..
「ゴピ・クリシュナ」と「ラダ・クリシュナ」の双方に共通のテーマが「笛吹き童子」である。竹の横笛「バンスリ」の別名「ムラーリ」を持つ男「ムラーリ・ダール」とも言われる。
このテーマは、古今東西に比較的多く散見され、「日本の笛吹き童子(Radio-Dramの原典はかなり古い)」「ハーメルンの笛吹き男(13cのドイツの実話?)」は特に有名。オスマン・トルコで準国境扱いを受けた神秘主義の一派では、縦笛「ネイ」が極めて重要で、「笛の音」は、或る種彼岸との交信器具(神器)とも言われる。トルコでは近代迄「笛は命を取る」と考えられ、「ひさしぶりだが、ずいぶんやつれたね」などの時に「笛吹きのようだね」という常套句があるほど。日本各地の竜蛇伝説では、笛の達人が池・沼に引きずり込まれる話は多い。実際、洋の東西で著名管楽器奏者が呼吸器疾患で早世した例も少なくない。古代インドのバラモンの菜食主義では「根菜」を食べず「竹」もまた「根と一体化(葉や果実ではない)している」として、食べず。「竹笛」も口に当てなかった(だから鼻で吹いた、という記述もある)と言われる。

クレーダカ・カパ:
「Tri-Dosha(Dhatu)」のひとつ「Kapha」の「副五要素」のひとつ。カパの総体は「留め・構築・基盤・安定・保存・接合・代謝」であるが、クレーダカ・カパは、特に「潤滑・潤い・溶解」の側面を似ない、ピッタの力で「分解・燃焼」された栄養素や、ヴァータとピッタで作り出された(副産物)不要物・毒素・老廃物を液化して処理(排出)する。例えば、クレーダカ・カパは、ピッタの「酸」と共同して「胃酸」となると同時に、「胃粘膜を更に保護する粘液」とも考えられている。広義には「唾液・涙」などの「粘膜保護液」や「関節潤滑液」などもクレーダカ・カパの働きによって分泌される。

クシャトリア:
一般に「カースト」と呼ばれる「四ヴァルナ」のひとつで、ブラフマンに次ぐ地位。神々が創作した「原人」の腕から生まれた人間たちとされる。武士階級としても知られ、二大叙事詩の時代に隆盛した。時代の符号からみても、「ブラフマン教・仏教」から「ヒンドゥー教」への流れには、王族・僧侶・貴族の権力から、地方豪族・武士階級への権力の移行が認められる。

クンダリーニ:
第一チャクラにあるとされる「エネルギーの根源」→クリヤー・ヨガ

クンティー:
弦楽器の糸巻

……………………………………………………………………………………………

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

この度、一年ぶりの若林の新著「日本の伝統楽器(ミネルヴァ書房:19年8月20日発売)」が出ます。
アマゾンで予約開始となっておりますので、是非、宜しくお願い致します。
「インドに関係ないじゃないか!?」と思われるかも知れませんが、無論、当書では書き切れませんでしたが、「日本の楽器→ルーツ(ペルシアとインド)」の物語の背景には、「Naga-Sadhu(裸形上人)」や「Saraswati(妙音天)派修行僧」などの活躍が大であるという解釈が存在します。機会を得る度に、その核心に迫って行きますので、どうぞ応援下さいませ。

…………………………………………………………………………………………………

若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

また、本連載コラムのテーマでも重要な、「現代人に大きく欠落している論理性」につきましては、論理力育成Mail-Lessonをご教授しています。
心と体の健康(本来のバランス力を取り戻す)の為に欠かせない。脳機能を本来の姿・力に戻すための講座です。ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ音楽療法の全てにとっても、極めて重要な基本です。論理力を高めると、世界観さえ変わって(むしろ神秘・スピリチュアルなことが、新鮮に敏感に深く理解出来るようになります)来ます。
更に、貴方の論理力を簡単にチェックする「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
お気軽にメールか、Facebookメッセージでお尋ね下さい。
chametabla@yahoo.co.jp 若林

……………………………………………………………………….
また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

187、アーユルヴェーダ音楽療法入門49 (Vata気質と精神構造-1-)

トゥリ・ドーシャ(バータ)に於ける「ヴァータ」は、「流れ・運搬・運用」の働きを司ると同時に、過剰に亢進すると、「蓄積を阻害する」という反作用を招くとされます。
何度も申し上げていますが、今日のAyurvedaは、日本のみならず現地でも。「心身」の「体」についてばかり問われ、説かれますが、実際は、「心身」は、極めて強力に関連し合っているのですから、「心の状態=思考回路」についても説かねばなりません。残念ながら、そのような価値観を持っている専門家は、少なくとも日本にはほぼ皆無です。
………………………………………………………….
何度かご説明しています「ヴァータの図」の左右上半分は、「論理思考領域」が本来の姿で活性されうる「思考性・思考力」を持った人の場合の「右脳左脳」に於ける「Vata気質」の効率良い、効果的な活用例です。
左右下半分は、現代人に極めて多い「気分・感情領域に偏重した思考性・思考力」の人に、残念ながら極めて頻繁に現われてしまう「Vata気質の悪影響・悪癖」の例です。
よって、
日本のAyurveda専門家の多くが、この下半球の話ばかりを都合良く引用し、もっぱら偏った説明や解釈の説得力に利用しているのです。
………………………………………………………….
つまり、「本来の健康な姿=上半球的な思考性・思考力の活性化」を説き、「Vataの効果的・有益な活用」を説くという観念が、そもそも存在していないのです。
…………………………………………………………..
「Vata気質」の「論理的思考」と「感情思考」の対比の典型的な例が、「上半球(論理思考)の楽観・寛容・協調性」と「下半球(感情思考)の移り気・優柔不断・散漫・混乱」でしょう。
とかく、
人間は、誰しも、自分の関わる事柄を美化したがります。現代人に最も顕著なのは、「他者から被った被害は大袈裟に感じ、自分が与えた損害は軽微に思う」という感覚ですが、
図の
「下半球(感情思考)の移り気・優柔不断」は、見事に「外交的・寛容性」と自認・自称してしまう人が殆どです。
そもそも「外交的・移り気」や「寛容性・優柔不断」の論理的な区別が存在していません。そういう考え方・価値観で物事を理解しないのです。
その結果、
殆どの人が、
「良く言って外交的・悪く言って移り気」「良く言って寛容性・悪く言って優柔不断」などという恐ろしい感覚が「当たり前=普通」だとしてしまう訳です。
「寛容性」は、
『住職に柱に縛り付けられた雪舟が、涙を足の指でなぞって鼠の絵を書いた』
のような、言わば「転んでも徒では起きない」。如何なる状況に置かれても、自分の信念を貫くようなことであり、
「心頭滅却すれば火もまた涼し」の類であれば、昨今の「暑さ寒さが苦手で、直ぐにエアコンを入れる」という感覚が「寛容性」であろう筈はないのです。
つまり、
「論理思考」に於ける「寛容性」には、
「他者・条件・環境の所為にしない」という側面が必ずセットになっているのです。

従って、現代人の殆どがやりかねない。
「良く言って外交的・悪く言って移り気」「良く言って寛容性・悪く言って優柔不断」の正体は、
「外交的と良く思いたい・言いいたいが、その実は、単なる移り気」
「寛容性と良く思いたい・言いいたいが、その実は、単なる優柔不断」ということです。

…………………………………………………………………………………………….
雪舟の逸話は、
図の上半球右側の「発想の転換・想像力」と、下半球右側の「根気・持久力脆弱」の対比にも当てはまります。
現代人は、
「絵を描きたいのにお勤めばかり→逆らったら縛り付けられた→こんな環境・条件では『やりたいこと』など出来る筈がない!」という結論を短絡的・安直に導いていしまいますが。
逆に言えば
「柱に縛り付けられる」などというありがたい状況はないのです。
その間、
「好きに想像・創造・妄想や、論理思考」を自由に繰り広げられる訳ですし、
実際、雪舟は、「涙」を活用して「足で絵を描いた」訳です。

尤も
「涙が出る」ということが「悲しみ」だった場合。そのような思いつきは得られなかったであろうと思われますから、逸話はイマイチ眉唾的ではありますが…………….。
もし、事実、雪舟が「哀しみ」を抱き、それが涙を誘ったならば、幼い少年にあっぱれな「論理思考活性状態」だったのでしょう。
…………………………………………………………………………………………….

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

この度、一年ぶりの若林の新著「日本の伝統楽器(ミネルヴァ書房:19年8月20日発売)」が出ます。
アマゾンで予約開始となっておりますので、是非、宜しくお願い致します。
「インドに関係ないじゃないか!?」と思われるかも知れませんが、無論、当書では書き切れませんでしたが、「日本の楽器→ルーツ(ペルシアとインド)」の物語の背景には、「Naga-Sadhu(裸形上人)」や「Saraswati(妙音天)派修行僧」などの活躍が大であるという解釈が存在します。機会を得る度に、その核心に迫って行きますので、どうぞ応援下さいませ。

…………………………………………………………………………………………………

若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

また、本連載コラムのテーマでも重要な、「現代人に大きく欠落している論理性」につきましては、論理力育成Mail-Lessonをご教授しています。
心と体の健康(本来のバランス力を取り戻す)の為に欠かせない。脳機能を本来の姿・力に戻すための講座です。ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ音楽療法の全てにとっても、極めて重要な基本です。論理力を高めると、世界観さえ変わって(むしろ神秘・スピリチュアルなことが、新鮮に敏感に深く理解出来るようになります)来ます。
更に、貴方の論理力を簡単にチェックする「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
お気軽にメールか、Facebookメッセージでお尋ね下さい。
chametabla@yahoo.co.jp 若林

……………………………………………………………………….
また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

186、アーユルヴェーダ音楽療法入門48 (ヤントラ・マンダラと脳機能1)

ヴェーダの叡智・科学を学ぶ上で重要な「三大テーマ」である「タントラ・マントラ・ヤントラ」は、
それぞれ
「科学:脳機能に訴える・働きかける(活性化させる=心身の健康に至る)」
「聴覚(及び自動的発声)に訴える:働きかける(脳機能の活性化=同上)」
「視覚に訴える:働きかける(脳機能の活性化=同上)」
役割を持っています。
これは、当「スピリチュアル・インド雑貨:シーター・ラーマ」さんのファンの方々ならば、私が説く迄もないことですが、「マントラ」に関しては、仏教興隆~ヒンドゥー経新興の時代に、かなり悲惨な立場に置かれた結果、密教的に存続する中で、幾つかの過激な宗派に分裂し、そのイメージが外部により多く伝えられたという側面があります。このことはいずれ、詳しくお話したいと思います。

その話を説くまでもなく。
「タントラ・マントラ・ヤントラ」がセットで語られていること。インド文明の重要なテーマや用語が、しばしば「三つの言葉」がセットになっていること。を考え合わせれば、「タントラ」が「マントラ」「ヤントラ」と遠いテーマ・意味・価値・存在である筈はないこともまた、言う迄もないことです。つまり「マントラの全てや多くは、特殊な密教や教条主義的社会否定論ではない」ということです。
……………………………………………………………………………….
今回から、まず基礎的なことを数回に分けて説きたいと思いますのは。「ヤントラ」およびその関連である「マンダラ」が、
「そもそも何の為に存在したのか?」
「視覚に訴える・働きかけるとはどういうことなのか?」
「ただ眺めていれば良いのか?」
などというテーマと、
現代人が分かっているようでいて分かっていない。もしくは、その価値に気づいていない「相似性」のこと。ひいては「相似性と不二一元論(凡我一如)」についての導入の話を出来る限り掘り下げて説きたいと思います。宜しくお願い致します。
…………………………………………………………………………………………
まず。
「ヤントラ:具象・造形・絵画・色彩・図形・文字・印」は、以下の「力と意味」を同時に持ち、発しています。
「A:存在自体の意味(力)」
「B:向き合うことの意味(力)」
「C:理解することの意味(力)」
です。
…………………………………………….
幼稚で下世話な喩えで恐縮ですが、これを「恋愛」に喩えます。
A:
憧れの段階のようなもので、「この世に存在してくれるだけで嬉しい(幸せ)」「片思いでも良い」とか、「一緒に居てくれるだけで嬉しい(幸せ)」のような、或る意味、とても純粋で、「我欲」や「他愛と勘違いした自己愛」が入り込む余地が殆ど無い、或る意味献身的な段階があります。
ところが、次の段階では?
B:
「親しい友達や『友達以上』の関係となって、見つめ合ったり、語り合ったりしたい」とか
「相手のことをもっと知りたい」という段階になりますと。やがて「自分のことも知って欲しい」「分かって欲しい」などや「自分だけと向かい合って欲しい」などという「我欲・独占欲」「特別な存在=存在認証・比較意識」が生じて来てしまいます。

中世インドのバクティー興隆の時代の有名な実在の詩人「ミーラー・バーイ王女」は、夫の戦死の後、修行僧を宮殿に招き入れ、中庭で日々献身歌(Bhajan)を一日中繰り広げていた一方で、独りの時間には、クリシュナ像と向かい合い、語り掛けを続け、何時の日か、クリシュナが現われるようになったと言われます。多くのクリシュナ物語に共通するテーマが、「救われたい・自己中心的な欲求」から「信仰的成長~献身」に至る道筋です。逆に言えば、この先に「C:理解することの意味(力)」に導くテーマや伝承・教えがしばしば欠落している点が、ヒンドゥー教の「ご利益宗教的側面」であり、「ブラフマン~仏教(ジャイナ教)~ヒンドゥー経」の根底にある「アニミズム的性質(或る意味で既に不二一元論・凡我一如)~相似性:実在としての個人に転写する」の側面が忘れられがちな部分です。

従って、タントラの叡智や、バガヴァド・ギータの主旨、ウパニシャドの意味は、「C:の段階に至る」ことを示唆・導いていたことは言うまでもないことなのです。
ご存知の方も多いと思いますが、同じクリシュナの物語とも言える「バガヴァド・ギータ」に於けるクリシュナの言葉は、「ヴェーダ経典の奥義のひとつ:ウパニシャド」同様に、極めて難解で、奥深く、禅問答のようであり、「単純で表層的で安直で短絡的な『答え』をくれない」ものでもあります。

つまり「情報を取り込んだだけ」では、「食物を消化・吸収・代謝していない→勿体無いことに、殆どを排泄してしまう」ということです。
…………………………………….
最早、数十年しぶとく続く「健康ブーム」の中でもこの十年は、「サプリメント・ブーム」とも言えますが、この数年、大手メーカーがこぞって「乳酸菌サプリ」を次々に売り出し効果を歌い上げながらも、実際は「殆どの乳酸菌が腸壁に定着せずに排泄される」という哀しい話。もしかしたら、最近トーンダウンしている感が否めないのは、じわじわとそのことに消費者が気づき始めたからかも知れません。
………………………………………………………………………………
つまり「C:理解することの意味(力)」に迄至らない限り、それは「私たちの心身に根付かない(定着しない)」ということに他ならないのです。
しかし、古今東西で「ご利益宗教(大衆迎合的でありながら大衆扇動的でもあり、催眠的でもある)」は、「(考えずに)信じなさい。さすれば報われる」と説いて来ました。これは、為政者(権力者)とっても誠に好都合な手法なのです。
……………………………………………………………………………
今回の図は、今回のシリーズの冒頭に誠に相応しい(=在り難い)(いずれにしても失礼な言い方ですが)
象徴的なマンダラ・ヤントラです。
まず、
左は日本に伝わった密教に於ける「曼荼羅」で、中央がインドの「Vishnu-Mandala」
右が、この20年、欧米・日本で人気の「Shri-Yantra」です。三番目は、厳密には「Shri-Yamtra-Mandala(Mandala-Yantra)」で、
純然たる「Shri-Yantara」では、神々は、「図形化」されています。逆に言うと「Yantara-Mandara]では、「効果効能・意味・価値」が、「神格化」されている、と言う事ことが出来ます。
つまり、
「このテーマ」が、ヤントラにしてもマンダラにしても、最も重要なポイントなのです。

……………………………………………………………..
1、何も考えずに「お札のように」置いておく。飾っておく。
これだけでも、何もしないことの数倍の意味・価値・効果はあるかも知れません。
逆に、ご本人の精神状態・思考性や取り巻く環境、オーラー・念や滞り、住居の方位、置く場所
んどによって、「数倍の効果」は激減するかも知れません。

2、祈りを捧げたり、見つめながらの呼吸法やアーサナによって、明らかに真摯で謙虚で無心な心持で向かい合うことによって。その意味・価値・効果は、数十倍になることでしょう。しかし、同上に、取り巻く環境・条件・本人の精神性・思考性によっては、「殆ど相殺される」かも知れません。

3、「意味を理解し、学び、気づくこと」によって、「取り巻く環境の弊害・滞り」は、劇的に改善します。つまり、「ヤントラ:が無くても、「マントラ」を唱えずとも、「アーサナ」をせずとも、「思考回路を是正し、脳機能を活性化させる」だけで、かなりの悪条件を改善出来るということです。

そこに「ヤントラ」の助けが来ることは、極めて理想的です。そもそも「ヤントラ」は、そのための「設計図/使用法解説書」なのです。要は、「自分の意識・努力が足りない分にヤントラの力を無駄に使ってしまうか?」それとも、「自分の力の限りを尽くし、その応援と、その先の為にヤントラの力を得るか?」ということであり、これは生薬~サプリメントも同様です。

「長年使わずに居た脳機能を活性化」すれば、「自律神経・ホルモン・伝達物資・ナーディ・チャクラ」が活性化することは言う迄もありません。これが「滞り」には最大の効果があり、それしか解決策が無いとも言えます。

4、更に、3、の「思考性の活性化」と共に、「ヤントラ(曼荼羅)の設計図と、自身の思考回路(脳内機能)を相似(リンク)させる」ことが出来れば、その効果は数百倍。もしくは、阻害し相殺させていた要因の多くが除去されることでしょう。

このテーマは、以下の様に比喩することが出来ます。以下の各番号は、上記の番号と符号します。

1、薬を貰って来たことで「安心」し、飲まずに置いておく。
多くの薬に占める「プラゼボ効果」の割合は、かなりのもののようですから、「飲まずに置いておく」だけでも「Better than Nothing」かも知れません。

2、とりあえず、ちゃんと服用する。
まじめな方や「ちゃんと治したい」としっかり決意している方々は、常にこのレベルで服用している筈です。が、以下のレベルに至る人は稀と思われますが、ここからが、肝心なのです。

3、薬の成分や効果効能。タイミング、前後の飲食・飲水や、体の状態を良く学んで、「規則性・定期性と状況との適応性のバランス」を計り、ベストを尽くす。
これによって「フィジカル面」では、明らかに「薬効」は、向上するに違いありません。「メンタル面」でも、そこ迄学べば、今正に口入れる「薬」も、愛おしく・頼もしく思え、感謝の念や願い・祈りも加われば、単なるプラセボのレベルを遥かに超えることは明白です。

4、せっかくの薬の効果を阻害する「不規則な生活・不純物の常習的な摂取」などを根底から改める。例えば、肝臓が、日常的な有害物質の解毒で精一杯なところに、薬を与えて果たして十分な効果が得られるでしょうか? それと同じに、「心・思考・耳・目」もまた、日常的に「甘い・優しい・柔らかい・都合が良い・癒される」と、Sweet系や劇辛(非日常的興奮を与えてくれる)系ばかり摂取している「思考回路」では、「化学製剤」でも「自然の生薬」でも効く筈が無い、とも言えます。

もうひとつの画像は、
シーター・ラーマさんで、19年7月現在、即納品可能な「クリシュナ・ヤントラ(Copper-Plate)」です。
https://sitarama.jp/?pid=1339570
クリシュナ神の加護、エピソードは、多く語られていますが、バガバド・ギータなどに現われている、クリシュナ説話の「論理性」「ウパニシャド性」については、あまりにも情報が乏しく偏っているのが哀しい現実です。いずれ、このヤントラの深い意味についても説きますが。まずは、このヤントラで、「正常な精神性=論理性思考力の復旧」をご祈願されることを切望します。

…………………………………………………………………………………………………
何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。
…………………………………………………………………………………………………
若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

また、本連載コラムのテーマでも重要な、「現代人に大きく欠落している論理性」につきましては、論理力育成Mail-Lessonをご教授しています。
心と体の健康(本来のバランス力を取り戻す)の為に欠かせない。脳機能を本来の姿・力に戻すための講座です。ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ音楽療法の全てにとっても、極めて重要な基本です。論理力を高めると、世界観さえ変わって(むしろ神秘・スピリチュアルなことが、新鮮に敏感に深く理解出来るようになります)来ます。
更に、貴方の論理力を簡単にチェックする「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
お気軽にメールか、Facebookメッセージでお尋ね下さい。
chametabla@yahoo.co.jp 若林
……………………………………………………………………….
また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

185、アーユルヴェーダ音楽療法入門47(用語辞典:カ-3-)

カルマ:続き
余談:
(私事で恐縮ですが)、1978年から1999年迄、都下:吉祥寺南口の駅前で、日本初の民族音楽ライブスポットを経営し、開店当初の二年程、紙芝居と人形劇に民族音楽生演奏を加えた「子供会」を行っていました。世界中の民話・童話を集め、制作しながらでしたが、インドのものが全く集まらなかった。60席が満席になることなど全く無かったのですが、数家族でも喜んで下さった。しかし、最も長く学んでいるインドの出し物が無いことで、次第にやる気を失ってしまったのです。

元々イソップ寓話などはメインではなかったのですが、それでもインド以外のアジアやアフリカの民話には、現代日本の子供やその親に役立つものも少なくないと思った。ところがインド民話、例えば「畑に作物が育たない~神に祈ったら天から竹笛が降って来た~笛を吹いたら作物が育った」の調子。これには唖然としました。

「カルマ:人生の指針・困難を乗り越える・自己実現の基盤」という重要なテーマに於いて、はなはだ不適当な例えですが、喩えば、「満員電車に空席を見つけた」→「座ったらガムがこびり着いていてズボンが汚れた」ようなものが、「AとB:前世が蓄積したカルマ」と言えます。喩えば、「長閑な公園で一休み」「ベンチの周りにレジ袋のゴミが散乱していて見苦しく不愉快だった」もしかり。「見ないようにしよう」「見なかったことにしよう」が、現代人のほとんどになりつつある。そして「立ち去り際に思い出して腹が立ったから自分もそこらに捨てた」という人間も日々急増している。
2ヶ月毎朝井の頭池をジョギングして2ヶ月で20kgシェイプアップした頃。しばしばご老人たち数十人の大群の「ラジオ体操」と出くわしました。初めての時が日曜の朝で、前夜の若者のレジ袋が満杯のゴミ籠を溢れ、後からの者たちは、公園中にバラ撒いて居た。私はご老人たちの「まず公園の清掃だ!そして気持良く体操しよう!」の姿を期待して、自分も加わろうと思ったその瞬間。老人たちは、まるで「ゴミなど見えなかった」かのように体操をして、和気藹々と散会して行った。今から25年ほど前。彼らは紛れも無く「軍国少年」か、「ギリギリ徴兵を免れた」世代。公園は、天皇御料地が下賜された恩賜公園。

カルマ・インドリヤ
(1)5種の(発声、操作、移動、生殖、排泄 )行動器官のこと。本来「インドリヤ」は、「感覚・知覚」であるから、この「5種行動器官」の内面で内発させる感覚と捉えるべきであろう。
(2)「カルマ:行為(この場合は前述の5種に限らない)」を内発的に導く感覚。前述の「カルマ論」に関連して、特にジャイナ教が厳しく説いた「前世に蓄積された因のカルマ」が源泉。或る意味「魂の意思」。Liaisonで「カルメンドリア」と発音されることが多い。

ジャイナ教の教えにも、仏教の教えにもあるように、「前世のカルマ」には、常に「善業と悪業」があり、魂が善業の記憶だけを持っている筈がない。現代社会に蔓延する「癒し・労わり・同情優先の指向性」と「自分は何も悪い事をしていない」という「美化意識」。「むしろ被害者だ」という「被害者意識」に対して、それを「迎合・扇動」していることを「救い」であり「喜ばせること=励ますこと」と解して省みない説明では、この「カルマ・インドリヤの発想・動機」を「社会的制約や、親・教師・友人・上司などが歪めてしまう」と説く。恐ろしく偏重している。
その一方で、ブラフマン教・ヒンドゥー教の精神的土壌に立つインド文化とその伝統と、アブラハム教の「善悪観念」は、必ずしも一致しない。ましてや「人間のエゴ・欲・人間本意」が創り出した「社会性・理念・道徳・常識」に沿うことが「善行・正しい・良い」と考え決め付けることも本来おかしな話である。その為にも衰退したニャーヤ学派の論理性を学び、「社会性」や「単純な結果論としての善悪観念」に支配されずに、論理から答を見出す力を身につけることが基本であると言わねばならない。

カルマ・パダールタ:
バイシェーシカ(ヴァイセーシカ)学派の「6原質(7原質)」のひとつ「行為原質」。一般には、「パダールタ」は、漢訳で「句義」、邦訳で「原理」とされるが、バイシェーシカ学派では、現実世界・の構成要素として「パダールタ」を(後世の原子論のように)説く現象論で述べている。この理論は、一部のアーユル・ヴェーダにも取り入れられているが、そこでは「原子論的な解釈」ではなく、「関係論」として説かれている。ちなみに「6原質/7原質」となるのは、7番目が「非実体」であり、「現象論に含まれない」と解釈する派もあるから。しかし、ニャーヤ学派、及びこのバイシェーシカ学派は、きわめて論理性が高い検証と説法を行った。故に「万物の『今の実体』『過去の実体』『未来の実体』『逆の実体』」という基本四検証の他に「それが無いという実体」も加えるのは必然的でもある。

カルマ・ヨーガ:
ヨガと言えばBody-Yogaの時代だが、本来は、Karma論に於ける「Prabdha-Karma」即ち、前世で積み上げられたカルマが既に現世を支配し始めている「業」。及び「Agami-Karma」即ち、これから積み重ねられる、来世の為の「業」について、最善の行為「行(これも或る種の業だが)」もしくは「業道(業の行くべき道)」の「教え・探求・理解・実践」が「Yoga」である。

しかし現代社会に散見するものの多くは、「解脱の目的」に偏ったものは、厭世観・閉塞感を喜ばせることに終わってしまい。或る者は「ハタ・ヨーガ」の超能力に憧れ、劣等感からの開放を目指し、或る者は、「バクティー・ヨーガ」や「マントラ・ヨーガ」でひたすら祈願し、と、何故か分裂している。そのことの改善のために、ヴィヴェカナンダは、総合的なヨガとして「ラージャ・ヨーガ」を提唱したが、ここにも謎があり、何故か「カルマ・ヨーガ」と「ニヤーヤ学派」を組み入れず、後者に関しては極めて近似の関係にあるサーンキヤ系のジュニャーナ・ヨガを組み入れた。ヴィヴェカナンダの論理からすれば極めて疑問である。当時の関連団体の政治力・人脈・人間関係や恣意・作為が関わったと思えてならない。

「カルマ・ヨガ」は、前述したように、「行動・行為→行・業」として道に入るものだが、その前に、ニヤーヤ、サーンキヤの論理を学ばなければ、「前世の業」と「現世の外因」に支配されたままの「行為」で、道を誤らないと言えるのだろうか。現代のような時代こそ(或る意味ヴィヴェカナンダがラージャヨガを提唱した時代に似ている)、新たな「総合的なヨガ」を「論理思考によるヨガ」の基礎の上に構築する動きが現れて欲しいものだ。そもそも「Karma-Yoga」に本来あった筈の「行動の前の思考」が何故、ないがしろにされたのか。そこから再考せねばならない。

カルパ:
ヴェーダ副読本(ヴェーダーンガ)のひとつで、儀礼に関する記述。

カルタヴィヤ:
義務

カーニャ:乙女座。

カパ:
「Tri-Dosha」のひとつ。五大元素の水と地に関わることから、生命体に「定着・結合・融合」の力を与えるエネルギー。

カーイ・インドリヤ:
6種の知覚「ギャーナ・インドリア」のひとつの「触覚(皮膚感覚)」

…………………………………………………………………………………………………

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

…………………………………………………………………………………………………

若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

また、本連載コラムのテーマでも重要な、「現代人に大きく欠落している論理性」につきましては、論理力育成Mail-Lessonをご教授しています。
心と体の健康(本来のバランス力を取り戻す)の為に欠かせない。脳機能を本来の姿・力に戻すための講座です。ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ音楽療法の全てにとっても、極めて重要な基本です。論理力を高めると、世界観さえ変わって(むしろ神秘・スピリチュアルなことが、新鮮に敏感に深く理解出来るようになります)来ます。
更に、貴方の論理力を簡単にチェックする「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
お気軽にメールか、Facebookメッセージでお尋ね下さい。
chametabla@yahoo.co.jp 若林

…………………………………………………………………………………………………

また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

184、アーユルヴェーダ音楽療法入門46(Pitta気質と精神構造-1-)

「Tri-Dosha/Tri-Bhuta気質」は、まず、遺伝的な要素が大きく、次いで胎児期間の栄養と胎教がかなり左右して、既に「生まれながら」の「Tri-Dosha/Tri-Bhuta体質」として現れてしまい、これに加えて、生まれるや否や「前世のKarma」が徐々に表出し、その上に気質が乗るようなことになります。しかし、「Karma論」と同様に、これらの「原質・本質的制約」は、「対応策」「補填策」と「改善策」が在り得るのです。
…………………………………………………………………………………………………………………
「Pitta」の体質は、言う迄もなく、その「基本的役割と力」=「エネルギーを与えること=初動力・起動力・行動力」に根ざしています。生命活動に於いては「Pittaの力」が無ければ、それこそ「何も始まらない」のです。
「Vayu」が喩えば「交通インフラやパイプライン、数多の運送業者」だとしても、「Pittaの力」が無ければ「動力が無い・運転手が居ない」状態です。それでは「Kaphaの収納庫や加工所」があっても「開店休業」です。

その一方で、「Pitta」に決定的に欠落しているものは、当然のことながら「Vataに委ねられた:運搬力・浄化力」であり、「Kaphaに委ねられた:持久力・継続性・代謝・変換(置き換え)」などです。
即ち、「Pitta」の本質的な(上記の)力・才能・役割が発揮される為には、「全ての環境と条件が準備されていること」が必要であり、「Pittaの得意分野」である「外向性・吸収性・向上性・探索力・瞬発力」も、「お家元が崩壊」していれば、発揮されないどころか、無駄・空回りですし、決定的な「Pitta」の欠陥である「待てない」性質は、敢え無い末路に至らしめます。
…………………………………………………………………………………………………………………
「Pitta」の心身の病変の基本もまた、この「体質」にあります。決定的で根本的な傾向は「空回り・過剰・過度の勢い・スピード」です。その「本質的な利点・才能」が「裏目に出る」訳です。それは「生命体機能の全ての起動力」ですから、言い換えれば「病変が起こる」以前に「危機的状況」に追い込んでしまうということです。
…………………………………………………………………………………………………………………
その一方で、冒頭で説いたように、「デフォルト不偏論」で言うならば、「本来の機能に戻せる可能性」もまた、限りなくある筈です。「遺伝」「生まれる前(胎教)からの生育環境」に「前世のKarma」じゃ「やってられない!」「生まれてこなけりゃ良かった」などと考える人も居るかも知れませんが、それは全くおかしな話です。
…………………………………………………………………………………………………………………….
前述したように「Pitta気質」の最大の問題(無論、最大の特性=長所でもありますが)は「待てない」ということと「単独では存在意味が無い」に尽きます。ところが、現代社会は、根本的にそれを「煽る傾向」にあるのです。これは世の中がおかしいのであって、狂った社会の犠牲になっているのは「Kapha気質」「Vata気質」もまた同じです。

しかし、「Kapha気質」と「Vata気質」の場合、「ある程度のPittaの無駄」があっても、「蓄え」と「運用」の力・才能があります。

喩えば、「Pittaが暴走して交通事故を起こした」としても。「Kaphaの蓄え・信用」と、「Vataの人脈・信用・アイディア」で乗り切ることが出来るかも知れません。しかし、「Pitta単独」や「Pittaの過剰」が度を越し「VataとKaphaがフォロー出来ない状態」になってしまえば、全てが崩壊してしまいます。
…………………………………………………………………………………………………………………….
この「Pitta」の根源的な別の問題は、「環境・条件ありき」「相手ありき」であるということです。現代人は、あまりの外因の多さに、対応・反応するばかりで、その能力の殆どを使い果たし。対応と反応の機能ばかりを亢進させ、他の機能を停止させてしまっています。しかし「Pitta」の能力には「閃き・情熱・向上心・探究心」などが豊かに備わっています。つまり「世の中に合わせる」ということをやめて(もしくは必要最小限に抑えて)、「空回りして苛々していたエネルギー・気分・感情」を、「目先の利(合理性・有益性)」に捕らわれずに活用すべきなのです。
…………………………………………………………………………………………………………………….
私は、この十年実に厳しい経済状態にありますが、それは保護猫の看病・世話の費用よりも、膨大な民族音楽資料の保管場所経費が原因の八割です。そこに民族音楽や民族楽器が、妙に一般化し「誰もが気安く簡単に」の風潮や「手先の器用さ・派手さ」ばかりが歓迎させる風潮が加わりました。50年の研鑽の成果を発信する機会は、このシーターラーマさんのブログの他、殆ど無い厳しい状況です。
そんな中、保護猫の具合が急変し更に厳しくなったり、「後一週間で奇跡でも起こらねば家賃が……..とか電気が………….」「という時。流石に焦燥感・敗北感に支配されてしまいそうになります。

この十年。そんな時こそ「さし当たって何の利益にもつながらないかも知れない」と言うことに邁進します。PCで出来ることでしたら、デスクの目の前に「重篤な子のケージ」を置いて、頻繁な世話に中断しながらも、「気になっていたジャンルの勉強」「苦手なジャンル」「食わず嫌いだったテーマ」などに取り組みます。また、「さしあたって出番が想定出来ない(ギャラに繋がらない)超マイナーな民族楽器の修理」にも時間を決めて没頭します。気づけば「Pitta気質」が足りなく感じるほどのめり込んでいます。

ところが、不思議なことに、そうしている間に、今日の今日迄は(明日は分かりませんが)奇跡のように目先の問題が少し解決し延命に至るのです。無論Saraswati女神、Ganesha神、Vishwakarman神への願いが届いたのでしょうけれど。そして、数年後、「無駄だったはずの勉強」が、役に立つのです。

しかし、これは決して楽なことではありません。一度でも「無駄じゃなかった」経験があったからと言って、直ぐ側迄山火事が迫って来ているような時に、「腹を括って腰を据えて」は中々勇気と決断力が求められます。他に大切なすべきことを忘れているのではないか?と考えれば尚更です。

誰にとっても、「Pittaの過剰」は、身体のみならず、精神面、そして、対外的な事柄、人間関係や社会性に劇的な悪化を招きます。しかし、考えようによっては「Vataの空運転」は、前述のような「何時か役立つ無駄」さえも出来ないかも知れませんし、「Kaphaの何もしなくなる=死んだと同じ」は、致命的です。それと比べて「Pittaの過剰=有り余ったもの」を他の事に有効活用し、「待てない」という決定的な欠点を転化させることが出来ならば、「Pittaの問題は、最も解決法が多い」とも考えられます。

…………………………………………………………………………………………………

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

…………………………………………………………………………………………………

若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

また、本連載コラムのテーマでも重要な、「現代人に大きく欠落している論理性」につきましては、論理力育成Mail-Lessonをご教授しています。
心と体の健康(本来のバランス力を取り戻す)の為に欠かせない。脳機能を本来の姿・力に戻すための講座です。ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ音楽療法の全てにとっても、極めて重要な基本です。論理力を高めると、世界観さえ変わって(むしろ神秘・スピリチュアルなことが、新鮮に敏感に深く理解出来るようになります)来ます。
更に、貴方の論理力を簡単にチェックする「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
お気軽にメールか、Facebookメッセージでお尋ね下さい。
chametabla@yahoo.co.jp 若林

…………………………………………………………………………………………………

また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

183、アーユルヴェーダ音楽療法入門45(脳機能正常化のプロセス)

インド太鼓Tablaの勧め(その2)

まず、今回のグラフ的な図をご覧下さい。
前回タブラ-1-で紹介した表の音の性質が位置で可視化されています。
「タブラ」に限らず、あらゆる楽器は、弦楽器でも太鼓でも打楽器でも、「余韻と立ち上がり(歯切れの良さ・パーカッシブさ)は相反する」もので、「同一直線上の両極端」ですから、一方に偏って増長すれば他方は減衰します。従って縦横線内のスペースの右上「余韻が豊かで・立ち上がりが良い音」や、縦横線の交点近くの「余韻が乏しく立ち上がりが悪い音」は、本来有り得ないのです。
…………………………………………………………………………………………………………….
そもそも、西洋民族楽器も含めて、民族楽器というものは、「第一に音本位」「第二に楽器本位」「第三に人間本位」に作られ存在し、それ故に多くが滅んできました。西洋ポピュラーミュージックの楽器は、食べ物の「ファストフード」と同じく「何時でも何処でも誰もが簡単に安全にそこそこ楽しめる」と極めて「人間本位」に作られているので、ある意味真逆の観念で作られています。

グラフ風の図の音は、左上の「TeTe」「Tir」「Ka」が似た位置にありますが、これは、むしろこれを活用して、タブラと言ったら多くの人がイメージする「超絶技巧的な速い指捌きのロール」に「組み合わせて(歯車の噛み合わせのようにズラして)」用いるために「ほぼ同じ音」なのですが、それ以外は、二つとして同じ位置の音が無いのです。

これをピアノに置き換えるならば、「ドレミの音の高さ」だけでなく、しばしば身を乗り出してピアノの弦を張ってある内部に手を入れて「弦に金属を触れさせたり、竹を触れさせたり、鈴を触れさせたり」などして全く異なる音を付けたり付けなかったり、のようなことです。腕二本では足りないはずです。

そもそも大小二個セットのタブラのそれぞれの太鼓の鼓面は、「A:縁皮」「B:本皮」「C:黒い重り」の「三層構造」になっており。更に「B’=B:本皮の倍音」「C’=C:の重りの外周に軽く触れ本皮の響きを50%だけミュートする」などを行います。それが左の太鼓にも「D、E、F」とある訳です。この「A、B、B’、C、C’、D、E、F」の組み合わせによって、「基本音=14」は容易に至ってしまうのです。

この「音」の為に、人間には、前述したような「様々な苦労」が強いられる訳なのです。

…………………………………………………………………………………………………………….
次に、何故、この「タブラ」が「脳機能活性化・正常化」に良いのか?

1、全てが「二元論の複合・組み合わせで、極めて論理的な世界を具現している」から。

まず「KhulaとBand(※)」「右手と左手」「余韻の多少」「立ち上がりの良し悪し」という「相反する性質」の組み合わせで「基本音14」が作られています。
これは、アーユルヴェーダの「医食同源論」の中の、「食物(生薬)の質/食物(生薬)の味」の「二元論」と一致しますし、言う迄もなく、「生命体の生命維持の基本:恒常性=相反する作用の拮抗的バランス」とも一致します。これを練習することで、おのずと「偏った脳機能の使い方」が、是正されるのです。言い換えれば「タブラの音出し」に苦労する人ほど「脳機能バランスが壊れている」と言えます。
(※)前回タブラ-1-でお話した「開く・響く音」と「閉じる・響かない音」

2、殆どの「音出し動作(奏法)」で、左右の手でカテゴリーが子異なる。

表の左右の音「左手のGeとKa」「右手のNa、Tin、Tun、TeTe、Tir」を同時に叩いた音は、左右の単音の交差点に書かれている「Dha、Tha、Dhin、Kra-n、Dhun、Dhete、Dhir」で、
「Dha=Na+Ge」「Tha=Na+Ka」「Dhin=Tin+Ge」「Kra-n=Tin+Ke」「Dhun=Tun+Ge」「Dhete=TeTe+Ge」「Dhir=Tir+Ge」ということです。

ところがこれらの「重音」は、単純な足し算では、なく、左右の手と指が、しばしば全く異なる次元で用いられるので、大変なのです。

「Dha=Na+Ge」は、NaがHalf-Bandなので、叩いた指は鼓面から離れませんが、GeはKhulaなので、打った瞬間に離れます。「Tha=Na+Ka」は、逆に左手は鼓面から浮くことさえ在り得ません。
「Dhin=Tin+Ge」は、Dhaと同じですが、右の指先は浮いていて、根元は太鼓の縁にしっかり押し付けられます。「Kra-n=Tin+Ke」の左は、Thaと同じです。
「Dhun=Tun+Ge」の右は、Tinのように、手のひらの中央は太鼓の縁に押し付けられますが、指先は浮いています。「Dhete=TeTe+Ge」と「Dhir=Tir+Ge」の右は鼓面にぴったり着きますが、左指先は、着いた自覚があってはNG、ということです。

これによって、脳機能は、すみずみまでフル稼働を強いられ、日常生活で偏った使い方では、全く通用しなくなります。

3、極めて科学的で、理に叶っており、論理的であること。

既に痛感されていると思いますが、タブラ奏法は、単に「複雑・難しい」のではなく、極めて論理的で理に叶っており、科学的なのです。ここでは書き切れない事もまだまだあります。
逆に、このタブラ奏法を「難しい」と考える思考性は「気分感情領域」でしか日常「思考しない、悪い習慣」の表れであり、「復旧がかなり困難」な人かも知れません。

逆に言えば、私の論理学の最大の師匠が、この「タブラ」と、旋法ラーガだったのかも知れません。
更に言えば、タブラやシタールを学んでいる人は、論理力活性化と脳機能正常化の可能性が高いということですが、残念ながら、殆どの人が、今回書いたような考え方・理解の仕方をせず(論理思考領域で認識しないという意味)、最悪「体で覚えた」という人が多い。実際、「手はやたらと器用に早く動く」人でも「口タブラがちっとも音楽的じゃない」「シタールで弾いた即興を歌で復唱出来ない」という人ばかりなのも、その現れなのでしょう。

4、太鼓奏法を言葉で覚えることで、脳機能がフル稼働すること。

実は、タブラの音出しは、世界中の人が「母国語」を話す時に既にやっていることです。
つまり、「タブラの左右の組み合わせ」は、「母音と子音の組み合わせ」と同じことなのです。
それを「言葉で覚える」ということは、極めて理に叶ったことであると共に、「手で体で覚える」では偏った脳機能使用ですが、「口と手を同時進行」させることで、脳機能がフル活性するのです。
Jazzのソロ回しで、しばしばベーシストが「スキャットのように歌いながら」弾いているのも、これと同じで、アドリブに全脳機能が向かっている姿です。また、昔の小中学校で、教科書を「音読」させたのも、「声を出して読んだもの」と「出さないで読んだもの」は、記憶のシステムが異なるからでもあり、後者は一時記憶で終わってしまい忘れ易くなるから、とも考えられています。

5、タブラは「Mantra」であり「Yantra」であり「Yoga」であり「Mudra」である。

インドやパキスタン現地の演奏会に聴衆で参加し(演奏者の時も数回ありました。恐らく日本人で最初だと思います)た際。シタール奏者には、何故か「妙な体の使い方や手つき」の演奏者が居て、やはり下手糞。「貸してみ?」と思わず言いたくなるような人がいました。ところが、タブラに関しては、見事に(上手な人ほど)皆が同じ手つき、体の使い方なのです。

これは明らかに「ヨガ的・ムドラー的な道理」を、意識せずとも実践出来ている現われです。出来ない人は修行中に脱落する訳です。
同時に、その手の動きと太鼓の関係性は「ヤントラ」であり、それを言葉で覚え詠唱することは「マントラ」に他なりません。

これらが総合的に行われているということは、「歌いながらのヨガ」のようなものですから、凄いことだとご理解頂けることと思います。

…………………………………………………………………………………………………

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

…………………………………………………………………………………………………

若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

また、本連載コラムのテーマでも重要な、「現代人に大きく欠落している論理性」につきましては、論理力育成Mail-Lessonをご教授しています。
心と体の健康(本来のバランス力を取り戻す)の為に欠かせない。脳機能を本来の姿・力に戻すための講座です。ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ音楽療法の全てにとっても、極めて重要な基本です。論理力を高めると、世界観さえ変わって(むしろ神秘・スピリチュアルなことが、新鮮に敏感に深く理解出来るようになります)来ます。
更に、貴方の論理力を簡単にチェックする「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
お気軽にメールか、Facebookメッセージでお尋ね下さい。
chametabla@yahoo.co.jp 若林

…………………………………………………………………………………………………

また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

182、アーユルヴェーダ音楽療法入門44(用語辞典:カ-2-)

カルマ:
ブラフマン教、仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教に於ける「業」とその概念。
カルマ/業には、「A:現世に現れている前世の行為とその因果」「B:現世に(まだ)現れていない前世の行為の蓄積とその因果(そのうち徐々に現れる)」「C:死後と来世の為の現世の行為」の三大分類が説かれている。上記いずれの宗教でも、「C」が蓄積されて「B」になり、生まれるとともに、日々「A」として現れ、現世の姿に強力な影響を与える。その為に信仰・信心(及び修行、または祈祷)を持ち、しかるべき「C」を研鑽すると説く。しかし、いずれも「業(ごう/Karma)」と呼ばれることで、様々な混乱も生じる。

また、宗派や、団体によって「A」を「変えられない」「変えられないが、対処法がある」「一部変えられる」と説明が異なり、後者に偏って「期待感」を煽り、教団やグループに勧誘する「ご利益宗教」も少なくない。

その一方で、比較的多くの宗派~グループが「Bはまだ変えられる可能性がある」と説く。「解脱・梵我一如」に偏る宗派では、「C」に極端に偏り、「現実社会・個々の人間性」を(否定しないが)割愛する方向にあるが、自意識過剰(の過負荷の自作自演で閉塞感を抱く)・比較意識過剰・被害者意識によって厭世観を募らせた人々には歓迎される傾向が強い。

「業」の観念は、後期ブラフマン教で「輪廻転生思想」が定着(確立したことを証明する記述が見当たらない)した後に、大きく変化した。それまでは、死後は現世に於ける「業」によって「霊魂が宇宙に帰る」か「地獄界」に至る、言わば「天国と地獄論」であったと考えられている。後者に関しては明確な記述は未発見とも言われる。(多くの研究者や後世の文献が輪廻転生思想以降を説くことや仏教との混同で解説を混乱させていることも原因)。

「輪廻転生思想」の確立以降は、死後の霊魂は、「宇宙に帰る」と「輪廻転生し再び生まれる」の二つの方向が裁定された。この時点でも「地獄行き」は不明確で、ある意味「解脱」を由とすれば「輪廻転生」は不幸な道(悲しい審判)とも言える。しかし、ブラフマン教に於ける観念は、その後の仏教とジャイナ教に分かれてかなりの要素が継承されたとも考えられる。(ヒンドゥー教については後述するが、かなり混乱していてややっこしい)つまり、好意的に解釈すれば、ブラフマン教の観念を仏教とジャイナ教が分担して継承したということで、ヒンドゥー諸派の解釈も、仏教、ジャイナ教のいずれかの側面に倣っている。

仏教では、「地獄に落ちる」という観念を強力に説いた。厳密には、輪廻転生の先が「六道」に別れ、更に「三善道」と「三悪道」に分かれる、人間に生まれ変わるのは三善道の上から二番目で、三番目に「修羅道」がある。余談だが、ブラフマン教後期に分裂した「阿修羅神群」が、仏教ではここまで下位(善道の内だが人間以下扱いだ)に落とされたことを知る。

一方、ジャイナ教では、仏教で言うところの「人間道」に輪廻転生した場合の膨大な因果を細かく説いた。つまり、仏教が「来世」に着眼しているのに対し、ジャイナ教は「現世」に着眼しているとも言える。

上記AとBの「積み上げられた前世の行為」の結果は、「有益と有害の2種のカルマ」に分類され、それぞれが4種のサブ・カルマ(8本質(Prakriti)カルマ)に分類されるが、8種はものによって2~93のカルマに分類され、総数148カルマに至る。これらは、来世の「身体的本質」「精神的本質」「寿命」「知覚」「知識」「行い」「幸不幸」にどのように応報するかを細かく説き、全てに名称がある。

仏教はそこまで分類・細分化・概念化をしていない。基本は、「C:来世・六道審判の為の現世の行い」に着目して、善悪各十道、計20種である。基本的に「現世はさておき(最早諦めなさい的?)来世のことを考えましょう」的とも言える。この因果応報思想の為、この段階では「業」は、結果に至る「道」と解釈される。

数が少ない代わり、仏教では、この20種を異なる次元の6解釈で分類し名称を持たせた。この縦横の関係をごっちゃにして解説する例も少なくなく、混乱と難解さを招いている。ブラフマン教は、おそらくこのジャイナ教の「細分化・概念化」と、仏教の「整理と複数の見方」の双方を持っていたと考えられ、これは科学音楽の分類と見事に一致する。

ヒンドゥー教諸派は、大雑把に言えば「仏教とジャイナ教の中間のやや仏教より?」の解釈が多い印象がある。仏教よりは細分化されるが、ジャイナ教と比べれば遥かに少ない種類が、上記の「A」「B」「C」のそれぞれに3種ほど説かれ、その3種は、「純粋カルマ」「攻撃的なカルマ」「悪のカルマ」に分けられる。この二番目が仏教・ジャイナ教とは大きく異なるヒンドゥー(言うまでもなくブラフマン教から継承したものだが)ならではの感覚である。

二番目の「攻撃的(Rajasika)なカルマ(Sakam-Karma)」は、現代人のほとんどの人間のほとんどの行為であろう。「好意の行為:良かれと思って行う」「悪気の無い(絶対そうは思わない~気づかない)悪行」「皆がやっているからやるという行為」などは全て「Rajasika」であり、或る意味「愛する」も「攻撃」の類と解釈する。「助ける」「世話する」に関しては、「利己の有無」を論理的に厳しく検証すれば「純粋(Sattva)カルマ(Nishkam-Karma)」に昇華し得る。

いずれにしても、「現世の行い」の是非・善悪を説いたテーマであるが、例えば輪廻転生を否定するアブラハム三教では「天国行か?地獄行か?」で、「善行を由とする理念(ほどなく道徳も加えられた)」を説いた(導いた)が、仏教は、輪廻転生の先に六道(六段階)を説き、言わば「現世のカルマ」によって、死後の六道を選択させる手法を取った。ジャイナ教は、現世のスタートの時点で前世の因果を148種も説いた。無論、ジャイナ教も現世の精神性と行為によって「宿命的業」を克服出来ると説く。これと比較すると近代ヒンドゥー教諸派では、ジャイナ教が引いたブラフマン教の「宿命的業」を強調したきらいがあり、ある種の「念仏宗教/ご利益宗教」に偏った例が多く見られる。現に、ヴィシュヌ・プラーナなどでは、善悪は、30の善神と15の悪神に象徴されるが、このヒンドゥー独特の「比喩」が理解されない場合、個々の人間の「業」と切り離され「善神に依存する」という傾向に陥りやすい。これらの原因のひとつにはニャーヤー学派などの論理が理解されなくなったこともあるに違いない。

…………………………………………………………………………………………………

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

…………………………………………………………………………………………………

若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

また、本連載コラムのテーマでも重要な、「現代人に大きく欠落している論理性」につきましては、論理力育成Mail-Lessonをご教授しています。
心と体の健康(本来のバランス力を取り戻す)の為に欠かせない。脳機能を本来の姿・力に戻すための講座です。ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ音楽療法の全てにとっても、極めて重要な基本です。論理力を高めると、世界観さえ変わって(むしろ神秘・スピリチュアルなことが、新鮮に敏感に深く理解出来るようになります)来ます。
更に、貴方の論理力を簡単にチェックする「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
お気軽にメールか、Facebookメッセージでお尋ね下さい。
chametabla@yahoo.co.jp 若林

…………………………………………………………………………………………………

また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

181、アーユルヴェーダ音楽療法入門43(Kapha気質と精神構造-1-)

私の持論では、全ての人間は「デフォルトではほぼ同じ」と考えます。その根拠は、全ての生命体が「相反する性質」を内在している「恒常性の原理」にあります。その原理が無ければ、生命体は生きられない。さすれば「全ての生命体が同じ機能を持っている」ことに他ならないのです。

しかし、実際は、「個々でかなり差異がある」。これは、「本質(性質)的には同じだが、性格的には偏っている」ということです。この「偏り」は、生まれる以前に既に「遺伝的特出」と「胎教」の影響・効果が存在し、「Karma論」で言うならば、生まれるや否や「前世のKarma」が徐々に表質し、そこに「幼児幼少期の環境や周囲からの外因」が加わります。

これは、PCやスマフォが、新品の状態では「全て同じ」なものが、購入直後に「ひとそれぞれ」になることと同じです。従って、「Tri-Dosha/Tri-Bhuta気質」は、まず、遺伝的な要素が大きく、次いで胎児期間の栄養と胎教がかなり左右して、既に「生まれながら」の「Tri-Dosha/Tri-Bhuta(偏重)体質」として現れてしまい、その上に気質が乗るようなことになります。

しかし、「Karma論」と同様に、これらの「原質・本質的制約」は、「対応策」「補填策」と「改善策」が在り得るのです。
…………………………………………………………………………………………………………………
「Kapha」の体質は、言う迄もなく、その「基本的役割と力」=「まとめる・固める・繋ぐ・接合させる・融合させる・安定させる・継続持続させる」に根ざしています。生命活動に於いては「Kaphaの力」が無ければ、栄養は蓄積されず、代謝さえ中途な内に流れてしまいます。昨今の新しい医学情報でも、「筋肉・骨に蓄えられる栄養・エネルギー」が着目されていますが、全て「Kaphaのおかげ」と言えます。
 しかし、「Kapha」に決定的に欠落しているものは、当然のことながら「Pittaに委ねられた:初動力・起動力・行動力」であり、「Vataに委ねられた:運動力・連携力・運搬力・移動力」などです。
また「Kapha」の本質的な(上記の)力・才能・役割が発揮される為には、「時間・落ち着き」が必要であり、「Kaphaの得意分野」のひとつである「持続性」も、「時間の余裕」が無ければ、発揮されないどころか、始まりもしませんし、途中で打ち切られてしまえば無能と同じ結果になってしまいます。
…………………………………………………………………………………………………………………
「Kapha」の心身の病変の基本もまた、この「体質」にあります。決定的で根本的な傾向は「停滞」です。その「本質的な利点・才能」が「裏目に出る」訳です。それは「血液・リンパ・ナーダの流れ問題」と「消化問題」ですから、言い換えれば「生命体のありとあらゆる病変が起こり得る」ということです。
…………………………………………………………………………………………………………………
その一方で、冒頭で説いたように、「デフォルト不偏論」で言うならば、「本来の機能に戻せる可能性」もまた、限りなくある筈です。「遺伝」「生まれる前(胎教)からの生育環境」に「前世のKarma」が乗っかるんじゃ「やってられない!」「生まれてこなけりゃ良かった」などと考える人も居るかも知れませんが、それは全くおかしな話です。

かねてから「人間はPCと極似している」と言ってきましたが、「前世のKarmaと遺伝」は、PCならばマックとウィンドウズのようなもの。スマフォならば(と言っても私はガラケーですから聞いた話ですが)「iOSとAndroid」のようなものです。確かに、私も長年使い慣れたマックが保護猫の粗相などであっと言う間に壊れて、経済的困窮の為に、人からいただいたウィンドウズを使い始めた当初は、「こんなに使い辛いならば無いのと同じだ」と思いました。きっと手持ちのガラケーが全滅し嫌々スマフォに替えたら同じ苦しみを味わうことでしょう。しかし、殆どの現代人は、老若男女、「公衆電話で十分だ」などとは思わない筈です。(そもそも公衆電話が殆ど無いし)

そして「胎教時代からの養育環境・親の存在・家庭の状況」は、「ソフト・アプリケーション」に過ぎません。スマフォやPCに対し、不満要望があろうとも、「嫌だ・苛々する・苦しい」からと言って「断固使わない」という人が殆どいないのですから、「遺伝・Karma・環境・条件」を苦にして、人生や生きることに疑問を抱くというのは、基本的におかしな話です。
…………………………………………………………………………………………………………………….
前述したように「Kapha気質」の最大の問題(無論、最大の特性=長所でもありますが)は「何事も時間が掛かる」ということに尽きます。そして、悲しいかな、現代社会は、根本的にそれを「許さない傾向」にあるのです。これは世の中がおかしいのであって、狂った社会の犠牲になっているのは「Pitta気質」「Vata気質」もまた同じです。
しかし、「Pitta気質」と「Vata気質」の場合、「始められるが方向がズレたり、中途で中断させられたり」という打撃・被害をこうむりますが、「Kapha気質」の場合、「始まりさえしない」ということが多く在り得ます。ということは「或る意味、ダメージが最も少ない」ということなのです。
…………………………………………………………………………………………………………………….
しかし「気質」としては、極めて深刻な欠点と言わざるを得ません。自らで「始めることがおっくう」としてしまうからです。それでは「生きながらにして死んでいるも同然」と思い知るべきです。

そして、「その楽」を選択してしまえば、「その時限りに楽」でも、「後々先の道が閉ざされる」ということは間違いありません。

「考えに時間が掛かる」「発言に時間が掛かる」「行動開始迄に時間が掛かる」「理解に時間が掛かる」=「だから面倒くさい」=「だから何も始めない」というのは、現代社会では、「受動の態度」でやり過ごせますが、「生命体の体や精神」に於いては、「停滞・淀み・アンバランス」を作り出す最悪の判断に他なりません。

…………………………………………………………………………………………………

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

…………………………………………………………………………………………………

若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

また、本連載コラムのテーマでも重要な、「現代人に大きく欠落している論理性」につきましては、論理力育成Mail-Lessonをご教授しています。
心と体の健康(本来のバランス力を取り戻す)の為に欠かせない。脳機能を本来の姿・力に戻すための講座です。ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ音楽療法の全てにとっても、極めて重要な基本です。論理力を高めると、世界観さえ変わって(むしろ神秘・スピリチュアルなことが、新鮮に敏感に深く理解出来るようになります)来ます。
更に、貴方の論理力を簡単にチェックする「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
お気軽にメールか、Facebookメッセージでお尋ね下さい。
chametabla@yahoo.co.jp 若林

…………………………………………………………………………………………………

また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

180、アーユルヴェーダ音楽療法入門42(用語辞典:エオ/カ行・カ-1-)

………………………………………………………………………………
ア行・エ
……………………………………………………………………………….
エーカ・アートマ・バーヴァム:
「霊的一元論」。あらゆる宗教の奥義が同源に至るという思想。

エカンダ・ヴィーナ
南インドの弦楽器「Vina(Saraswati-Vina/Karnatic-Vina)」でJack-Woodの巨木から切り出し、胴と棹が一体(一刀彫)した楽器。南インドのアーユル・ヴェーダでは、ヴィーナの各部は、人体の各部と相似性(シンクロ)があると説く。

………………………………………………………………………………
ア行・オ
……………………………………………………………………………….
オージャス:
活気・活性力・活力素。物質・身体原材料のダートゥを作るために、食品成分のダートゥを消化・吸収・代謝させる力。アグニ・ピッタの力との共同。または、アグニ・ピッタによって燃焼された後に働く力。また、免疫力のことも言う。現代西洋医学・科学が説く「自律神経・神経伝達物質・酵素・代謝回路・リンパ」や、ここ数年の医学で急速に新発見が増えている「細胞間の連絡経路」などを、紀元前「オージャス」として認知していたことに驚かされる。

オーム:
ブラフマン教時代からの「聖音」。ヒンドゥー教では「A-U-Mの三音」と説かれ、三大神にちなむとされる。ヴェーダ詠唱(Mantra)の基音でもあり、「単音唱法」、「二音唱法」、「三音唱法」を通じて、「基音」である。つまり、ヒンドゥー教徒音楽家にとっては、「Sa=ドレミのド」は「Oum」なのである。
科学音楽(Shastriya-Sangit)の見地から言えば、「A-I-U-E-O-M(N)」の各音は、体の共鳴する部位が全く異なる。当然「Chakra」との関係性も変わってくる。特別な目的で「I-E」をも用いるが、基本が「A-U-M」であることは、極めて理に叶っている。言い換えれば、科学音楽のみならず、古典声楽からバジャン、キールターンに至るまで、「発音と共鳴する部位」が体感出来るほどの「古代科学音楽式ボイス・トレーニング」をせずに歌ったところで、表層的と言うより偽者に過ぎないと言える。(今日インド人声楽家でもマイク頼りの有様だが。これは「声量」の問題ではない)

オーシュディー:
ヴェーダ生物学(植物学)に於ける「花果を着ける一年草(~潅木)」のこと。「花果を着ける樹木」「花果を着ける潅木」「花果を着ける一年草(~潅木)」「根菜」「花果を着けない多年草」の順にSattvaを説く。
菜食主義のバラモン僧侶で「根菜以下」を食さない人は少なくない。
………………………………………………………………………………
カ行・カ (-1-)
……………………………………………………………………………….
カビール
Kabir(1440-1518)。ミーラー・バーイー(15c.)、スール・ダース(16c.)、トゥルスィー・ダース(17c.)と共に「バジャン(バクティー:献身)讃歌」四大詩人に数えられる。四大詩人の中では異色で、ヒンドゥー神秘主義・献身思想のみならず、イスラム系神秘主義も取り込んだ。いずれの詩人も、歌詞は記されて残るが、楽曲は口頭伝承のため、厳密には変形も疑われる。そのような中でもカビールの楽曲は、古典音楽的な曲が少なくない。更にカビールは、献身歌の創作のみならず、思想・哲学の面でも強大な影響力を与え、一説にはシク教・教祖ナーナクにも影響を与えたと言われる。カビールの埋葬に関して、ヒンドゥー教徒の弟子とイスラム教徒の弟子が火葬・土葬で争い遺体を奪い合ったと言われるが、同じ話をグル・ナーナクに関して語るシク教徒は少なくない。前述の「エーカ・アートマ・バーヴァム」を探求した希少な存在(ヴィヴェカナンダも多分にそうだが)と言える。

カーラ(Kala):
時間。ヴェーダ科学に於ける「6宇宙物質(Dravya)」のひとつ。「生命(魂/霊魂)、物質、空間、運動原則、非運動原則」とともに説かれる。「生命は宇宙から来る」と説いていたこともさることながら、アインシュタインの数千年前に「時間」を物質として捉えていたことには驚嘆する。また「動くこと」と「動かないこと」が同価値で説かれ、「動かないことの動き」という感覚が、如何にもヴェーダらしい。「無(空)が在る」「ゼロが在る」とも通じる。

カーラ(Kala):
黒。サンスクリットからヒンディーまで広く一般的な「黒」を意味する語。従って、クリシュナの徒名のひとつである「Shyam」は、厳密には黒ではない。後述のカーリ女神は、確かにもっぱら黒く表現されるがクリシュナは、青く表現される。とは言っても「Shyam」は「青」ではなく、辞書的には、やはり「黒」とされる。(カーリ女神も青で描かれることも少なくない)深い訳がありそうだ。

カーリー(Kali):
10女神(Mahavidya)の一柱。字義的には「Kala(時間)の女性名詞形」と言われるが、何故か「黒(や青)」で描かれることがほとんど。ブラフマン教の神か、ベンガル土着の女神の「時の神=人生・寿命を司る→或る意味死神的」が、プラーナや「デーヴィー・マーハートミャ(女神聖典)」に於ける「ドゥルガー女神が怒り狂って黒色化してカーリーに変じた」という神話の頃に混同したのではないかと思われる。

一方、インド~東南アジア~中国(アフリカも)の田園地帯の脅威は、サイクロンなどによる水害や旱魃の他に、害虫による被害が甚大だった。その犯人はイナゴ系よりもむしろ「黒色化したトノサマバッタ」であった。(私事で恐縮だが)2000年頃、小学生時代から数十年ぶりに昆虫飼育を再開し、甲虫類百数種の他、直翅目数十種を累代飼育していましたが、イナゴは、稲の根(丁度彼の目線・口元の高さ)近くに喰らいついて、少し食べれば稲葉が倒れ食べにくくなると他の稲に向かう。その結果、ほとんどが食べ残しで甚大な被害を与える。ところが、トノサマバッタ(本来の緑色)は、「奇術剣飲み」のように真上を向いて、前足を起用に使って一枚の葉を食べきるので、必要最小限しか被害を与えない。しかし、その殿様が、或る条件に於いて幼虫から成育すると「黒色化」し、更に翅が1.5倍伸び、飛翔力が数倍になり、凶暴化する「突然変異の異常発生」に至り、一国を滅ぼしてしまう(イナゴの十倍の破壊力)。三国志の中に、これを飼育し「突然変異」させ、雇い主の政敵の作物を壊滅させる「虫屋(飛蝗師)」の話が出てくる。以上、余談のようですが、広大なデルタ地帯のベンガルの田園のアニミズムに於いて、全く無縁の話ではないように思えてならない。

カリ・ユガ(Kali-Yuga):
ヒンドゥー・プラーナが説く「時代観念:ユガ」に於ける「繰り返される四時代の第四の時代」。
四時代は、総年数:432万年間で繰り返されるが、「カリ・ユガ」は最も短い43万2千年年間。
「カリ・ユガ」は、BC.3102年に始まったが、「カリ・ユガ」を一年に喩えた時、現在(2019年)は、たったの4日目に過ぎない。要するに「ピンと来ない感覚」でもある。(私は40年前このことをひとりのバラモンから聞いた時、三日ほど思考が停止してしまった。)その一方で、プラーナの時代に「カリ・ユガ」について記した内容、「人間の精神・思考・心の退廃」「社会の崩壊」などが見事に適合していると説く人も多い。「カリ・ユガ」の「カリ」は、悪魔:カリ(Kali)に由来すると言われるが、女神「カーリー(Kali)」は長母音なので、全く別。

カルパナ:
インド古典音楽に於ける「即興演奏」のこと。科学音楽の時代には、これが音楽の本懐だった。「布教劇場音楽(布教芝居の伴奏音楽)」の頃から「作曲された楽曲」が発展したが、早々に「純粋な科学音楽」とは、別な方向に至った。19世紀の南インドでは、イギリス植民政策の後ろ盾で、「作曲されたヒンドゥー讃歌:Kriti」が台頭し、「即興演奏」が激減した。ところが、最近、世界的な「排他的な民族主義とセットになった不気味な復古主義・偽伝統回帰」の風潮に乗ったかのような「即興演奏」が盛んになって来ているが、「旋法(Raga)を道具にしたような自己表現」の様相ばかりで、古録音と比べても雲泥の違いがある。

カリヤーン:
科学音楽~古典音楽の旋法(ラーガ)のひとつ。増四度が特徴。

カーマ:
「愛の神」。後述する「カーマ・スートラ」の極解によって「愛欲・性行為の神」の誤ったイメージが世界的に広まった。

カーマ・スートラ:
4~5c.にヴァーツヤーヤナによって著された「愛の経典」。一般に「愛欲・性行為の経典」のように解されるが、或る意味「家庭医学・夫婦指南書」といった健全な書であると見ることも出来る。確かに古代~中世の一時期、タントリズムの一派に、極端な「欲望肯定主義」も生まれたが、それがタントラの全てはないように、本書も一方面からだけで評価・解釈されることには疑問を禁じえない。むしろ、西洋出版物や、中世オリエント~シルクロードの「宮廷文献」にはない「一般読者向け」の書が何故インドに多かったのか?などの出版文化論に於いて検証されるべきとも考える。

カラ(Kara):
才能、芸術

カラワティー:
インド旋法(Raga)のひとつ。字義は「芸達者な女性」。もしくは「芸術の女神=Saraswati」、サラスワティーは、別に「Raga:Saraswati」がある。Raga:Kalawatiは、昔は「女性だけが歌う(弾く)」とされた。その当時は、師匠が男性の場合、出向して女性歌手に学ぶか、師匠が個人的に部屋で独りで歌うのを、隣の部屋で盗み聞き(無論、了解の上でだが)して学ばねばならなかった。同様に、「教え教わりすると、師弟の一方が早死にするRaga」もその方法で伝授された。

カルナ:
原因。ニャーヤ学派の論理学から見れば、極めて表層的で安直な、言わば「犯人探し」レベルの「原因」がほとんど。従って、「様々な原因の総称」的に理解すべき。
ちなみにニヤーヤ学派に於ける原因は「3Ashiddha/8Hetu/3Vritti/3Vayi」の計17もの「原因」の概念が在る。或る意味「非現実的」でもあるが、以下、筆者(私:若林)の「論理学セラピー(脳機能をデフォルトに戻し様々な異変・不調を治す)」入門編に登場するひとつの課題を紹介すると、ある程度はご理解頂けるのではないか、と期待する。

「新婚旅行のハワイのホテルの部屋に到着するとベッドの上に拳銃が在った」「玩具だろうと思って新郎が新婦に向けて構えてふざけていたら暴発して殺してしまった」「果たして犯人は?」「銃か?銃に実弾が入っていたことか?安全装置が解除されていたことか?銃器規制法の不備か?銃を置いた者か?それとも新郎か?」

(社会に守られていると錯覚=思いたい)現代社会のほとんどの人間が、「新郎には殺意が無い=犯人じゃない=善良な何も悪いことなどして来なかった普通の人間」と考え、新郎以外に「犯人探し/カルナ探し」を行う。しかしニヤーヤ論理に於ける「17の原因」からすれば、上記の6種の全てが紛れも無い原因(犯人)。それ以外にも「11種の原因(犯人)」が存在する。しかし、現実、昨今のテロ事件でも銃乱射事件でも、真っ先に問われるのが「銃規制問題」。上記の喩えで言うならば。「新郎新婦の危機管理意識」なども、最も身近な課題である筈。(個々が日々、トラブルを未然に防ぐ遂行可能な努力法としても)。

デトックス一辺倒の昨今のアーユル・ヴェーダを危惧する理由もこのテーマと同じ。ちなみに(私事で恐縮ですが)15年前、ステロイドをお医者を騙して倍貰って倍飲んでも効かなかった「重症の猫毛アレルギー(朝起きると掻き毟って血だらけ)」だったのに、或る日を境に、15年で3錠も飲んでいない(この10年は皆無)。他の治療法も一切無し。などと言いながら、早々に私も癌で死ぬかも知れませんが。アレルギーや自己免疫疾患、癌、アパシー、鬱病、そして様々なストレス性生活疾患は、「○+○+Karna=発症」という算数レベルの単純な問題に過ぎない。にも拘らず、猫毛だ花粉だ、添加物だ、受動喫煙だ。逆に癒しだ、ストレス解消だ、デトックスだ、と。Karnaのことしか考えない風潮。しかもそれは、必ず何処かで商売が成り立ち、結構な儲けになっている。私がステロイドを飲まずに済んでいる為に掛かった費用はゼロ。気づかせて下さったのは、実はお医者さんだから、皮肉な話です。
…………………………………………………………………………………………………

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

…………………………………………………………………………………………………

若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

また、本連載コラムのテーマでも重要な、「現代人に大きく欠落している論理性」につきましては、論理力育成Mail-Lessonをご教授しています。
心と体の健康(本来のバランス力を取り戻す)の為に欠かせない。脳機能を本来の姿・力に戻すための講座です。ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ音楽療法の全てにとっても、極めて重要な基本です。論理力を高めると、世界観さえ変わって(むしろ神秘・スピリチュアルなことが、新鮮に敏感に深く理解出来るようになります)来ます。
更に、貴方の論理力を簡単にチェックする「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
お気軽にメールか、Facebookメッセージでお尋ね下さい。
chametabla@yahoo.co.jp 若林

…………………………………………………………………………………………………

また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥