ルドラークシャの神通力

Indian art - mandala and prayer beards from Rudraksha on teak wood

ルドラークシャは、古くから聖仙や聖者たちによって所持され、霊的に価値あるものと信じられてきました。インドやインドネシア、ヒマラヤに生息する金剛菩提樹の実であるルドラークシャは、純真の象徴とみなされています。適切に身に着けることによって、心身が癒され、健康や幸運、平和や安穏が授けられると信じられます。このルドラークシャの所持と使用には、専門家の助けを借りることが大切です。

ルドラークシャの起源には、次のような言い伝えがあります。シヴァ神は悪を倒すため、長い間、目を閉じ強力な武器であるアゴーラを瞑想していました。そして悪が倒され、シヴァ神が目を開いた時、その目から熱い涙がこぼれ落ちました。人類の繁栄を願うこの涙から、ルドラークシャが生じたと伝えられます。

シヴァ・マハー・プラーナやシュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタムを始めとする古代インドの聖典には、ルドラークシャに関する儀式と、その使用方法について記されています。ルドラークシャはすべて同じように見えますが、それぞれには違いや特徴があり、それはルドラークシャの面数によって異なります。ルドラークシャが本物かどうか、専門家はすぐに見分けることができます。

市場に出回っているルドラークシャの多くは、1面から14面のルドラークシャです。最も価値があり、強い力を持つとされるルドラークシャは、入手することが難しい貴重なルドラークシャです。それはシヴァ神自身をあらわし、精神的に優れた人々、聖仙、賢者、敬虔な人々によって身に着けられます。過去のあらゆる罪を清め、身に着ける者に神の恵み、悟り、徳の高い心、平和と安穏を授けると信じられます。ウマーとマヘーシュヴァラの両方をあらわすものは、比較的安価に手に入れることができます。身に着ける者に霊的な心、指導者からの恩恵、経済的な成功を授け、あらゆる罪を清めると信じられます。スブラフマニヤ神をあらわすものは、経典により男性は右手に、女性は左手に着けるよう説かれています。

8面のルドラークシャは、病を持つ人に勧められます。ガネーシャ神をあらわすこのルドラークシャは、身に着ける者を罪から解放し、高貴な質を授け、解脱へ導くといわれます。シヴァ神とパールヴァティー女神の結合をあらわすものには、ガウリーシャンカラ・ルドラクーシャがあります。あらゆるルドラークシャの中でも貴重で高価なものは、身に着ける者へ確実に、豊かさ、力、快楽をもたらします。しかし、どのような種類であっても、ルドラークシャを身に着けるなら、徳が高く、安穏で、感覚を制御する優れた者となるでしょう。

ルドラークシャの価値は、古代インドの聖典や、多くの聖仙や聖者に所持されてきた歴史に裏付けられています。価値観が目まぐるしく変わる現代において、古くからその価値観の変わることのないルドラークシャを身につけることは、霊性修行者にとって、大きな意味があります。

(SitaRama)

ルドラークシャ(金剛菩提樹)の恵み

ルドラークシャ(ルドラクシャ)は、日本では金剛菩提樹として知られる植物です。ヒンドゥー教では、シヴァ神が長い瞑想から目覚めたときに、地上のすべての神々と人類の繁栄のために、彼の目から流れおちた涙によって生じたという神話があります。シヴァ神の絵画は、必ずといってよいほど、ルドラークシャの数珠を身につけた姿で描かれています。シヴァ派の敬虔な信者は、ルドラークシャを肌身離さず身につけています。

高さ10m以上になる木に実をつけるルドラークシャの果実

ルドラークシャは、通常は紐を通して数珠として使用されます。数珠は、マントラ(真言)を唱える際に用いられ、タントラのエッセンスを集めた『タントラサーラ』では、ルドラークシャの数珠による功徳を以下のように述べています。

『ジャパ(念仏)を行うにあたり、親指の先をもちいて数を数える方法は、通常の数を数える方法に比べて8倍の功徳がある。プトラジーヴァ(ツゲモドキ属の植物)と呼ばれる神聖な木の種子でできた数珠をもちいると、通常の10倍の功徳がある。法螺貝からつくられた数珠をもちいると、通常の100倍の功徳がある。光り輝く石からつくられた数珠をもちいると、通常の1,000倍の功徳がある。宝石でできた数珠をもちると、通常の10,000倍の功徳がある。水晶の数珠もまた同様の功徳があるが、真珠でできた数珠は、通常の10万倍の功徳がある。そして、蓮からできた数珠は、前述の数珠のさらに10倍の功徳がある。金でできた数珠は、100万倍の功徳がある。それらすべての中でもさらに、クシャソウのの結び目、トゥラシー(ホーリーバジル)の数珠、そして神聖なルドラークシャからできた数珠は、無限大の功徳をもたらす。』

ルドラークシャの功徳についての記述は、『シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム』、『シヴァ・プラーナ』、『ルドラークシャ・ジャーバーラ・ウパニシャッド』の聖典において詳しく述べられています。シヴァ神自身は、『シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム』の中で、ルドラークシャの功徳について、次のように述べています。

『ルドラークシャを所有することの功徳は、三界によく知れ渡っている。プンニャ(偉大な功徳)は、ルドラークシャを一瞥するだけで生じる。それに触れることで、一千万倍の功徳が生じる。それを身に着けることで、十億倍の功徳が生じる。そして、それを用いて毎日ジャパを行うことで、十億倍のさらに一千万倍の功徳が生じる。これに関しては、疑問の余地がない。』

ルドラークシャの実には、表面に溝が入っており、その溝の数によって、神格、占星術上の惑星、功徳が対応づけられています。「ネパール・インドの聖なる植物」(T.C.マジュプリア著)[1]におけるルドラークシャの解説では、溝の数によって、次のような神格が対応づけられています。

オリーブに似たルドラークシャの実は、薬としても用いられる

1本 パラブラフマー(最高神ブラフマー)
2本 シヴァ・シャクティー(シヴァとのその神妃シャクティー)
3本 ブラフマー・ヴィシュヌ・マヘーシュ(ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの主要三神)
4本 チャトゥラーナナ(四つの顔をもつ者の意味でブラフマーの異名の一つ)
5本 パンチャムキー(シヴァの妻)
6本 シヴァプトラ・スカンダ(シヴァの息子スカンダ軍神)
7本 サプタマートリカー(七母神)、サプタルシ(七聖仙)
8本 八体のシヴァ神像
9本 ナヴァ・ドゥルガー(ドゥルガー女神の九つの姿)
10本 ダシャ・アヴァターラ(ヴィシュヌ神の10化身)
11本 エーカーダシャ・ルドラ(男性と女性の姿をあわせもつルドラ神の男性としての11分身)
12本 太陽神、ジョーティーシュ・ヴァクラ(光るシヴァ神)
13本 ヴィシュヴァデーヴァ(すべての神々)
14本 第四のインドラ神、ブヴァネーシュヴァラ(世界の主)
15本以上 ルドラ神

その中で、もっとも貴重なものは1本の溝をもつルドラークシャであり、「それをもつ者は、この世の富を見守っている吉祥の女神ラクシュミーの、この上ない祝福をうけるという幸運にあやかるようになり、すべての快楽を迎えうけ、それを享受することになる」[1]と言われています。

外皮を処理した後のルドラークシャ。実には溝の数に応じた種子が含まれる

ルドラークシャには、その果肉や種子に薬効があると考えられ、インドやネパールでは民間療法として古くから活用されてきました。アーユルヴェーダでは、ヴァータ(風)、ピッタ(火)の性質を中和し、咳を和らげるといわれます。また種子を粉末にしたパウダーも、塗り薬や飲み薬として活用されています。

敬虔な信者たちに、古くから祈りの対象として、また薬として活用されてきたルドラークシャには、ヒンドゥー教のエッセンスと叡知が込められています。

参考文献
[1] T.C.マジュプリア著・西岡直樹訳、「ネパール・インドの聖なる植物」(八坂書房、1989)

※この原稿は、「ハムサの会 会誌No.54 2015年秋号」に掲載されました。

ルドラークシャ・レポート

シヴァ神の流した涙
インドの各地を歩いていると、そしてそれがシヴァ神を祭る寺院やゆかりの地であると、そこには必ずルドラークシャがあり、敬虔な信者たちが肌身離さずその数珠と共にある姿がまるでシヴァ神そのもののように存在しています。瞑想時や礼拝時の数珠として用いられることで有名なそのルドラークシャは、こうして非常に神聖な実として古くから大切に崇められてきました。
シヴァ神の流した涙であるルドラークシャは、ヨーガ行者の間でも必須のアイテムと言っていいほど欠かすことができないものです。ここヨーガの聖地リシケシも、あちらこちらにルドラークシャの数珠が並び、大小さまざまなその数珠を身にまとったサドゥやリシたちの姿で溢れています。
ルドラクシャの木そんなリシケシでも、時たまその木を見かけることがありますが、多くの人々はその姿や形などを知りません。しかし、菩提樹の実であるルドラークシャは数珠としてだけではなく、古くから民間療法の一部として人々の間で用いられてきました。その効能や働きについては、サドゥやリシたちによって秘儀に伝えられると言われています。
ルドラークシャが実をつける季節は土地や気候にもよりますが、ここリシケシではちょうどその実が成り終えたところです。この度、ルドラークシャの産地でもあるネパールの知人と共に、その神聖な実を求めて出かけてきました。

採集法
ルドラークシャの実ルドラークシャの木はまるでマンゴーの木のような姿で、非常に高くそびえ立っています。生い茂る葉っぱの間に成るオリーブのような実は濃い緑色の外皮に包まれ、その外皮を剥くと薄い緑色をした果肉が出てきます。
生の果実はこのように鋭い棒などを使って削っていきますが、水分を多く含んでいるため、なかなか溝ははっきりとでてきません。青臭く、舐めてみたところ非常に渋みの強いその実は、削り続けると中心に硬い珠が存在し、それが数珠として用いられるルドラークシャ・ビーズになります。

若々しいルドラークシャ・ビーズ採集した直後の濃い緑色のルドラークシャと、生の実を削り出てきた中の珠。3つの珠の中で中央のものは木から落ちてしばらく経過していたため、少し色が濃くなってきています。削った果肉は後にご紹介する民間療法の中で用いられます。
濃い緑色だった果実は採取された後、1週間ほど置くと乾燥が始まります。濃い青色へと変化すれば中の珠は取り出しやすくなり、きれいに果肉が剝された後は、マスタードオイルなどに浸され乾燥を防ぎ、数珠としての姿に変わっていきます。

ルドラークシャの姿
ルドラークシャを語る中で欠かせない「面(ムキー)」は、珠にいくつの溝があるかで決まりますが、生の果実を剥いて出てきたものは3面(3溝)のルドラークシャでした。一本の木から採れる実は、それぞれ面数の異なるものが混同しています。非常に稀でコレクターの間では高価な値段でやり取りされる1面のルドラークシャも、一本の木から何千個と採れたとしても、その中に含まれているかは誰も分からないそうです。
ルドラークシャの効能
ルドラークシャの果肉ルドラークシャは身につけるだけで、心身のあらゆる不浄なものが浄化されると伝えられています。ルドラークシャの真偽を確かめるために、銅の硬貨の間に置くと僅かに動くなどという説も伝えられるのは、ルドラークシャが電気エネルギーの特性を持ち合わせているからだと言われ、その特性が様々な疾病に大きな効果をもたらすとも言われています。
電気エネルギーの特性を持ち合わせるルドラークシャの効能でまず伝えられるのは、血圧の正常化や精神状態の安定化などです。それは数珠として身につけられた時、身体にその電気的特性が伝わるからだと言われます。その他にも民間療法として用いられる方法は非常に多く、今回はそのいくつかをご紹介します。

民間療法
・頭痛…ルドラークシャと乾燥しょうがのペーストをおでこに塗る。
・あらゆる眼病…ルドラークシャの実をローズウォーターに浸したものを目薬として点眼する。また、日の出の時間にルドラークシャの実を見つめ、少しの間まぶたに当てることで視力の回復に。
・心臓の病…ルドラークシャの実をにんにくと共に一晩浸した水を取り続ける。
・慢性的な咳や肺炎…ルドラークシャとトゥルシーのペーストを合わせたものを胸に塗る。
・消化器官…ルドラークシャのペーストと生姜のしぼり汁を混ぜたものは消化を助け食欲を増長させる。
・血圧…ルドラークシャを一晩浸した水を早朝、空腹時に飲むと正常値に近づく。
・コレステロール…ルドラークシャとにんにくを牛乳で沸かしたものはコレステロールを下げる。
・皮膚のシミ…ルドラークシャとサンダルウッドの粉末を混ぜたものを塗り続ける。
・水ぼうそう…ルドラークシャとニームのペーストを蜂蜜と混ぜ、塗りこむ。
民間療法で用いられるルドラークシャの果肉※ルドラークシャの実の古さや状態によって変化が生じるため、実際に民間療法で好まれる実は、アムラの実(インドスグリ)の大きさになってから3年ほどが良いと言われます。
これらは、ルドラークシャをよく知る知人から伺ったほんの一部の療法です。ネパールの山岳地帯出身の知人は、小さい頃からルドラークシャの木に囲まれて過ごし、神聖でありながらもその存在はとても身近で親しみ深いものだと口にします。

その神秘性
ルドラークシャがこれほどまでに多くの疾病に利用され、価値あるものとして崇められてきたのには、古くから人々がシヴァ神の流した涙として祈り続けてきたことが大きいと、その神聖な実と共に過ごしてきた知人は口にします。
聖なる河であるガンジス河から遠く離れている時、ルドラークシャの実をつけておいた水で沐浴をすることは、そのガンジス河の水で沐浴をすることと同じ効果があるとも言われるほど、人々の神を信じる想いが強く込められていることが伺えます。
科学的にルドラークシャの持つ電気的特性が証明されたとしても、古い時代から人々の想いや祈りが込められたこの神聖な実は、その強いエネルギーを内に秘めています。アーユルヴェーダや古来の伝統的な民間療法が深く根付くインドでは、目に見える効果よりも、目には見えない神秘的でスピリチュアルな力を強く信じます。
祈りや想いのエネルギーというものは、想像以上に強いものです。目には見えないものであるが故、時に謎めいたものに捉えられることがあっても、物質に汚されずその精神が豊かであった時代に人々が学んだ知恵こそ、純粋でいて確かなものはありません。
その実を心から大切に手にする知人の姿を見ていると、信じる心が生み出すその深い精神性は何にも勝る特効薬なのだと感じてなりませんでした。世界の至福を願って瞑想を続けたシヴァ神の目から流れ落ちた涙は、今この時代にも人々によって祈られ守り続けられています。
(文章:ひるま)

ルドラークシャ vs 宝石

ルドラークシャ・ビーズは、凶星の影響を鎮めると信じられています。
そのためには、凶星に対応したルドラークシャ・ビーズが身につけられます。また、ルドラークシャ・ビーズは、閉じたチャクラを瞬時に開く効果があるといわれます。それぞれのチャクラには、対応するルドラークシャの面数があり、その面数はチャクラを支配している神に関係しています。
チャクラを浄化するための瞑想、ヨーガやヒーリング・セラピーによって得られる効果は、正しいルドラークシャを身につけることで、瞬間的に得ることができるといわれます。
各チャクラについてのルドラークシャの影響を徹底的に研究した結果、チャクラの開花やバランスを整えるためにもっとも効果のあるビーズは、18面、19面、21面とトリジュティ(3つのビーズが結合した非常に珍しいビーズ)であり、これらのビーズは、ほとんどすべてのチャクラのバランスを整えることが分かってきました。
チャクラの開花において、ジャワ産ビーズは、ネパール産ビーズと同等の効果があるようです。
近々、チャクラとルドラークシャの詳細が明らかになり、チャクラのバランスを整えるための非常に効果的なコンビネーションとなるでしょう。
ルドラークシャは、所有者のオーラを増幅するようです。しかし、ひどく傷んでいたり、溝がはっきりしていないビーズの場合は、オーラは通常と変化がありません。
オーラ測定器では、ルドラークシャ・ビーズの周囲には、大きなオーラがあることを示しています。ポケットに入れたり、遠くに置いても効果に変化はありません。所有者が持つことができる距離は、ビーズのサイズや品質、面数に依存します。大きなビーズや面数の多いビーズは、数メートル離れた場所に置いていても、大きな効果が見られます。ルドラークシャ・ビーズは、体のどの部分に身につけていても、また直接肌に触れない部分で所有していても、その効果に変化はないといわれます。
一方、宝石は、吉星の影響を強くするために身につけられます。宝石は、肌に直接身につけない限り、効果がありません。ランダムに選ばれた数人のオーラを測定した結果、肌に直接触れないで指輪やペンダントとして宝石を身につけている人の場合、それらを身につけていてもあまり効果は見られませんでした。ポケットや財布に入れていたりすると、効果は全く見られませんでした。宝石は、直接肌に触れていなければならず、何かに覆われていたりすると効果がなくなってしまいます。また、体のどの部分につけているかによって効果が変化します。ヴェーダ占星術の処方に基づいて、指につけるとより高い効果が期待できるようです。仮に凶星の宝石を身につけた場合は、その人のオーラを大きく減少させます。このことは、専門家によるきちんとした処方に基づいて宝石を身につけないと、害をもたらすことがあることを示しています。
参照:
http://sitarama.jp/?tid=1&mode=f5#rg

ルドラークシャの面数について

ルドラークシャ(金剛菩提樹)について詳しく述べられている聖典「シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム」から、ルドラークシャの面数についての説明を一部紹介いたします。ただし、面数の意味については、同じ聖典でもさまざまな記載があり、別の聖典では違う説明をしている場合もありますので、ご了承ください。

シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム
第11巻、第7章
1-4節
(中略)1面のルドラークシャは、パラタットヴァ(至高の真理)を明らかにする。これを身につけるとき、パラタットヴァの知識が生じ、ブラフマーを見る。
2面のルドラークシャは、半身がシヴァで半身がパールヴァティーであるアルダナーリーシュヴァラである。これを身につけるとき、アルダナーリーシュヴァラ・シヴァは常にその者に歓喜する。
3面のルドラークシャは、顕現された炎である。…3面のルドラークシャは3人のアグニであるダクシナーグニ、ガールハパティヤ、アーハヴァニヤである。バガヴァーン・アグニは、3面のルドラークシャを身につける者に常に歓喜する。
4面のルドラークシャは、ブラフマー自身である。身につける者は、栄華が促進され、病が破壊され、神聖知識が泉のように湧出して、常に歓喜に満たされる。
5面のルドラークシャは、5つの顔を持つシヴァ自身である。マハーデーヴァは、これを所有する者に歓喜する。
6面のルドラークシャを司る神は、カールッティケーヤである。ある専門家は、6面を司る神はガナパティであり、6種の知識が確立されるとする。
7面のルドラークシャを司る神は、太陽と七聖仙である7人のマートリカー(神群)である。これを所有することで、幸運が増大し、健康と純粋知識が確立される。これは、人が清らかである時に身につけられるべきである。
8面のルドラークシャを司る神は、8人のマートリカー(神群)であるブラーフミーである。これを所有することで、8人のヴァス(自然現象を神格化した神群の総称)とガンジス河が歓喜する。これを身につけることで、ジーヴァ(生命原理、個我)が真理と歓喜に満たされる。
9面のルドラークシャのデーヴァター(神格)は、ヤマ(閻魔天)である。これを所有することで死の恐怖から逃れる。
10面のルドラークシャのデーヴァター(神格)は、10種の慈愛である。10種の慈愛は10面のルドラークシャを身につける者に歓喜する。
11面のルドラークシャのデーヴァター(神格)は、11人のルドラとインドラである。これを所有する者は、幸福を享受する。
12面のルドラークシャは、ヴィシュヌが顕現したものである。そのデーヴァター(神格)は、12人のアーディティヤ神群である。シヴァの帰依者は、これを所有するべきである。
13面のルドラークシャは、もし身につけるならば、その者の願望を確実にする。彼には、もはや失敗はない。カーマ・デーヴァは、これを身につける者に歓喜する。
14面のルドラークシャは、すべての病を破壊し、永遠の健康を授ける。これを持つ間は、酒、肉、玉葱、大蒜、サジュニャーの実、チャールターの実、そして排泄物を食べる豚の肉などを食してはならない。日食や月食の期間、ウッタラーヤニャ・サンクラーンティあるいはダクシナーヤナ・サンクラーンティの期間、満月や新月の期間にルドラークシャを身につけるならば、その者は、即座にすべての罪から解放される。
※ここで、マハールシ・ヴェーダ・ヴィヤーサによる一万八千詩節のマハー・プラーナム・シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム第十一巻第七章、一面その他のルドラークシャの偉大さについてを終わる。』

出典:
http://www.sacred-texts.com/hin/db/bk11ch07.htm

ルドラークシャ・ダウジング・セラピー

B.プランダール博士は、ムンバイ出身の世界的に有名な婦人科医でした。彼はインド政府より「パドマブーシャン」(インドで3番目に栄光ある栄誉賞)を授与されています。故インディラ・ガンディー元首相や、ネパール国王の義理の娘であったラター・マンゲーシュカールなど、彼の患者には多くの著名人がいました。プランダール博士は、マラーティー語の自叙伝「シャリヤチキツァック」を著し、この本の中で「ルドラークシャ・ダウジング・セラピー」と、この神秘のビーズについての素晴らしい体験について述べています(p.110-112)。
体験談で、彼は次のように語っています。
「私は、友人に会うためにデリーに行きました。そこで私は少し休息したいので、デリー滞在中は、私の居場所を明らかにしないように友人に頼んでおきました。
ある時、友人の「グル」が数日間、友人宅に来ることになりました。グルはとても感じのよい人でした。彼の滞在を知った多くの人々が、いろいろな問題についてのアドバイスを受けるために、彼の元に集まってきました。私はホールの片隅に静かに座っていました。グルは、右手にルドラークシャ・ペンデュラムを持って、相談者の掌の上で「ルドラークシャ・ダウジング」をしていました。しばらくして、グルは私の存在に気がついて、私を近くに呼びました。グルに右手の掌を見せると、彼はルドラークシャ・ペンデュラムを私の手の上にかざしました。すると、それはとても早いスピードで時計回りに回転し始めました。グルは、私に何の仕事をしているのか尋ねました。私は、ボンベイ(現ムンバイ)に小さな工場を持っている。そして友人であるグプタ氏に会って契約を取り付けるために、時々デリーに来ると伝えました。すると、グルは「このルドラークシャは、すぐに今のビジネスをやめて、医学の勉強を始めるべきだといっています。あなたは世界的に有名な医者になるでしょう。その分野で、たくさんのお金と名誉を得ます。」と言いました。それはとても衝撃的でした。すぐに私は、グルに私は医者であり、ビジネスマンでないことを打ち明けました。」
プランダール博士は、次のように続けています。
「この興味深い体験のあと、この神秘のビーズについての情報を収集しました。私は、一般に手に入れることのできる良質なパンチャ・ムキ(5面)のルドラーシャ・ビーズとシルクの紐でペンデュラムを製作し、人体についてのダウジングを研究しました。それはとても素晴らしい結果となりました。それからは、手術の際の重要な問題を解決するために、この「ルドラークシャ・ペンデュラム」の力を借りることになりました。当時の医学は、現代のように発展していません。私は、ルドラークシャ・ダウジングで、健康状態と手術における複雑な問題についての正しいアイデアを得ていました。それは、子宮の異常、胎児のへその緒の異常などについて、正しい理解を提供してくれました。その結果、ある患者には実際に手術方法を変更したこともあります。ルドラークシャ・ダウジングは、ペンデュラムの様々な動きを観察することによって、健康な臓器や病気の臓器、ガンのような細胞異常についての正しい理解を与えてくれます。私は、いくつかの外科の国際シンポジウムで、この研究について講演しました。また医学分野の講義や記事を通して、この方法を広めるように努めてきました。私はこのルドラークシャ・ペンデュラムの手法を定期的に取り入れています。」
プランダール博士は、ルドラークシャ・ダウジングは、次の3種類に分類できると言っています。
(1)時計回りに円を描く
(2)振り子のように揺れ動く
(3)動かずに静止したまま
彼は、ルドラークシャ・ダウジングは、人間のオーラに反応すると述べています。
プランダール博士は、さらにこう述べています。
「私は仕事のためにカルカッタ(現コルカタ)に行きました。ある日、カルカッタのチャクラワルティ博士から、病院を手伝うように頼まれました。私は承諾し、彼の病院に行きました。私は暗に婦人科の仕事だと思っていましたが、そこへ到着すると、それは心臓外科で、チャクラワルティ博士は心臓外科医であることが分かりました。私たちは医療について様々な意見を交わしました。チャクラワルティ博士は、「ルドラークシャ・ダウジング」について読んだようで、彼はそれについては懐疑的であると言いました。彼は私を試すように、心臓病の患者について、ルドラークシャ・ダウジングで正しい知見を与えるよう要求してきました。私はこの挑戦を受け、5、6人の心臓病患者を診ました。そして、ルドラークシャ・ダウジングによって、私は患者の病状について正しい診断を伝えることができました。それは彼にとって、非常に驚きだったようです。」
それからは、チャクラワルティ博士自身が、心臓外科についてのルドラークシャ・ダウジングの研究を開始しました。チャクラワルティ博士は、これらの研究によって、心臓手術における複雑な問題や、その対応策についての正しい理解を得られるようになったようです。また彼は、心臓手術の国際シンポジウムで、この研究についての発表も行っています。
(ルドラークシャ療法は、インドの民間療法に相当します。ルドラークシャの科学的特性が現代科学で認知されているわけではありません。症状が明らかな場合は、お近くの医療機関を受診ください。)
http://sitarama.jp/?mode=f5#rdtより

聖典より:ルドラークシャ・ビーズの栄光について

ルドラークシャ(金剛菩提樹)については、多くの聖典によってその功徳が語られていますが、「シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム」から、ルドラークシャ・ビーズの栄光についての部分を紹介させていただきます。

シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム
第十一巻第三章
ルドラークシャ・ビーズの栄光について
p.1063
……ジャパムを行う為の準備として、次に行うべきことは、灰を眉間につけ、ルドラークシャ・ビーズを身につけることだ。32個のルドラークシャ・ビーズを首に、40個を頭に、6個を各耳に(両耳で12個)、24個を両手に(各手に12個)、32個を両腕に(各腕に16個)、各目に1個を、頭頂に1個を、胸に108個のビーズ(合計251個)を身につける者は、マハー・デーヴァそのものとなる。ルドラークシャは、こうして使われるべきだ。ムニ(人間)よ!あなたはルドラークシャ数個を金や銀の紐で結びつけ、それを一房の髪や耳に着けてもよい。シヴァ神の5文字のマントラやプラナヴァ(オーム)を信心込めて唱えた後、聖紐に、手に、首に、腹にルドラークシャを身につけることができる。ルドラークシャを手にすることは、シヴァ・タットヴァ(シヴァの真理)の知識を覚ることを意味する。ブラフマンよ!頭頂に置かれたルドラークシャ・ビーズは、ターラ・タットヴァ(オーム・カーラ)を意味する。両耳につけられたルドラークシャ・ビーズは、デーヴァとデーヴィーとみなされる。
22-37.
聖紐で繋がれた108個のルドラークシャ・ビーズは、108のヴェーダとみなされる(月の16の相が完成するように、完全な知識を意味する)。腕にあるものは、ディック(4分の1)とみなされる。首にあるものは、サラスヴァティーとアグニ(火の神)とみなされる。ルドラークシャ・ビーズは、あらゆる人種やカースト層によって身につけられるべきである。ブラーフマナ、クシャトリヤ、ヴァイシャは、(意識的に)マントラによって浄められた後身につけるべきだ。スードラは、マントラによる浄化をせずとも(知らずして)身につけることができる。ルドラークシャ・ビーズを所有あるいは身につけることにより、人は完全にルドラの化身となる。これには疑いの余地はない。見ること、聞くこと、考えること、嗅ぐこと、肉などを食べること、支離滅裂な会話、禁忌行為を行うことなどによって生じるすべての罪は、身につけたルドラークシャ・ビーズによって完全に浄められる。いわば、食べたり、飲んだり、嗅いだりするどのような行為であろうと、それはルドラ・デーヴァ自身によって行われるものとされる。偉大なムニよ!
p.1064
ルドラークシャ・ビーズを所有したり身につけることを恥じる者は、最高の生を受けても、このサムサーラ(輪廻)の世界から逃れることはできない。人の所有するルドラークシャ・ビーズを蔑む者は、彼の誕生に欠点を残すことになる。これについて疑いの余地はない。ブラフマーがブラフマーの境地を穢れなく維持し、ムニが真理の心に明るいのは、ルドラークシャ・ビーズを所有することによるものである。従って、ルドラークシャ・ビーズを所有することほど高貴で秀でた行為はない。ルドラークシャ・ビーズを手に持ち、人に衣類や食物を配る者は、すべての罪から自由になり、シヴァ・ローカ(シヴァの世界)へ行くことができる。ブラーフマナが篤い信仰心とともに、ネックレスや金でルドラークシャ・ビーズを所有するならば、ルドラの境地に達する。賢い者よ!信仰心や誠意を持とうと持たなかろうと、マントラを唱えようと唱えなかろうと、誰でも、如何なる時もルドラークシャ・ビーズを所有するものはすべての罪から浄められ、タットヴァジニャーナ(真理の知識)を獲得する。私はルドラークシャ・ビーズの偉大なすべてを述べることはできない。事実、すべての者は、あらゆる手段によって、ルドラークシャ・ビーズを身につけるべきである。
ここで、マハールシ・ヴェーダ・ヴィヤーサによる一万八千詩節のマハー・プラーナム・シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム第十一巻第三章、ルドラークシャ・ビーズの栄光についてを終わる。

ところで、今日はお釈迦様の誕生日にあたる花祭り(灌仏会)の日です。
インドでは、昨日7日(地域によっては6日)から、ドゥルガー・ラクシュミー・
サラスワティー女神をお祝いするナヴァラートリー祭が行われています。
新年度に入って、何かと忙しい時期でもありますが、心新たによい日々を
お過ごしください。
出典:
http://www.sacred-texts.com/hin/db/bk11ch03.htm

聖典よりルドラークシャについての記述

ルドラークシャ(金剛菩提樹)については、多くの聖典によってその功徳が語られています。今回は、その中のひとつ、「シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム」から、ルドラークシャの数珠についての部分を紹介させて頂きます。
『シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム
第十一巻第五章
p. 1067 ルドラークシャの数珠について
1-14. イーシュヴァラは言った。
「カールッティケーヤよ。ここで、数珠をもちいてジャパム(マントラの復唱)を数える方法について述べよう。よく聞きなさい。ルドラークシャの中面はブラフマー、上部はシヴァ、そして下部はヴィシュヌである。ルドラークシャには二面の力がある。それは、モークシャ(解脱)のみならずボーガ(楽しみ)を与えるということだ。そして、刺々しく、赤く、白い、色の入り交じった五面のルドラークシャの実を、牛の尾のように、蛇が蜷局(とぐろ)を捲くように、二十五個結びなさい。数珠は、牛の尾のように、先端ほど細くなるようにすべきだ。数珠に実を結ぶに当たっては、ルドラークシャの平面(上面)が他の平面(上面)と向き合うように結んでいく。従って、一方の尾部(下部)が、もう一方の尾部(下部)あるいは細い端と向き合うことになる。メール(親玉、グル玉)は、ビーズの上面が上(外)を向くように繋ぎ、そこには飾り房をつけるべきである。このように結ばれた数珠は、マントラの成功をもたらす(マントラ・シッディ)。数珠が結ばれたとき、清涼な香水、パンチャガヴィヤ(牛の糞、牛の尿、カード、ミルク、ギーを混ぜたもの)に浸す。そして、聖水で洗い、濃密なマントラで浄める。シヴァ(六肢)のマントラ「フーム(Hum)」を唱え、数珠を収集する。それから「サディヨージャータ」などのシヴァのマントラを唱え、数珠の上に百八回聖水を振り注ぐ。そして主なるマントラを唱え、神聖な場所に配置し、それらにニャーサ(偉大な神シヴァと宇宙の母バガヴァティーを念想する)を行う。そうして、数珠のサムスカーラ(浄化)を行うことで、願望が成就されたことに気がつくだろう。所望の神々のマントラとともに、数珠を礼拝しなさい。ルドラークシャの数珠を頭、首、耳に身につけ、自制し、数珠をもちいてジャパム(マントラの復唱)を行うべきである。首、頭、胸、あるいは耳、腕に、偉大な帰依心をもって数珠を身につけるべきである。その効能については、何度繰り返す必要があろうか。それは非常な功徳があり、ルドラークシャを常に所有することは称賛に値する。
p. 1068
入浴しているとき、贈り物を作るとき、ジャパムを行うとき、ホーマを捧げるとき、ヴィシュヴェー・デーヴァに犠牲を捧げるとき、デーヴァのプージャーを行うとき、プラーヤスチッタム(苦行)を行うとき、儀式を行うとき、ルドラークシャを所有することは必須である。ルドラークシャを身につけずに、ヴェーダの儀式を行うブラーフミンは、地獄へ堕ちるだろう。注意しなさい。それはシヴァへ侮辱を捧げていることになる。
15-29.
金や宝石と一緒に、真のルドラークシャを、頭、首、または腕にもちいるがよい。その他の部分には決して使用してはならない。ルドラークシャは常に帰依心とともに使用しなさい。決して不純な時に使用してはならない。ルドラークシャの木に触れる草でさえ、永遠に天国へ行くことができる。シュルティ(天啓経典)において、ジャーバーラ・ムニは述べている。
ルドラークシャを身につけている人が罪を犯すならば、彼はその罪から救済されよう。動物でさえ、ルドラークシャを所有するものはシヴァとなる。人間ならば、なおさらのこと!
シュリー・ルドラ(シヴァ神)の帰依者は、頭に少なくとも一つのルドラークシャを着けるべきである。ルドラークシャを身につけるこのような偉大な帰依者は、最高位の名誉を得、あらゆる種類の罪と痛みから解放される。ルドラークシャで飾られた帰依者は、最高の帰依者である。幸福を望む人々は、ルドラークシャを身につけるべきである。耳、頭頂、首、手、胸にルドラークシャを身につける者は、ヴィブーティ(顕現、力)として、ブラフマー、ヴィシュヌ、マヘーシュヴァラ(シヴァ)に達する。デーヴァ、そしてゴートラ(家族)、アーディプルサス(親族の長)のすべてのリシたちは、敬意をもってルドラークシャを所有した。彼らの子孫にあたるすべてのムニ(修行者)たち、ダルマに従う者、純粋な魂の持ち主は、ルドラークシャを所有した。多くは、このヴェーダにもよく記された、明かな解脱の享受物を所有したいと思わないかもしれないが、多数の転生を繰り返し、マハーデーヴァの恩寵のために、大部分はルドラークシャを所有したいと欲するようになる。ジャーバーラ・サーキーのムニたちは、ルドラークシャの計り知れない偉大さについて、詳しく述べることで有名である。
ルドラークシャを所有することの効果は、三界によく知れ渡っている。プニャム(偉大な功徳)は、ルドラークシャを一瞥するだけで生じる。それに触れることで、一千万倍の功徳が生じる。それを身に着けることで、十億倍の功徳が生じる。そして、それをもちいて毎日ジャパム(マントラの復唱)を行うことで、十億倍のさらに一千万倍の功徳が生じる。これに関しては、疑問の余地がない。
p. 1069
30-36. 手、胸、首、耳、頭にルドラークシャを身につける者は、ルドラの御姿となる。これについて、疑問の余地はない。ルドラークシャを所有することによって、全生物の中の不死者と化し、デーヴァとアスラたちに、マハーデーヴァのように尊敬され、そして、ルドラのように地上を徘徊するのだ。常習的に邪悪な行いを為し、あらゆる種類の罪を犯す人でさえも、ルドラークシャを所有することによって、すべてから尊敬される。これによって、過去の罪、そしてあらゆる種類の罪から解放される。もしあなたが、ルドラークシャの数珠を犬の首にかけ、その状態で犬が死ぬならば、犬は解脱へと達するのだ。人間については、なおさらのことである。ジャパム(マントラの復唱)やディヤーナム(瞑想)を欠いていても、ルドラークシャを所有することによって、すべての罪から解放され、最高の境地へと達する。マントラ・シャクティで浄化され、祈念の込められたたった一つのルドラークシャの実を所有するだけでも、彼は二十一世代にわたり高揚し、天界に達し、そこで尊敬を受け暮らす。ここで、ルドラークシャの偉大さについて、さらに話をすすめよう。
※ここで、マハールシ・ヴェーダ・ヴィヤーサによる一万八千詩節のマハー・プラーナム・シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム第十一巻第五章、ルドラークシャの数珠についてを終わる。』
ここで紹介されている数珠は、ルドラークシャの頭と頭が向き合うように数珠をつなぐといいと言われています。しかしこれは、ルドラークシャ・カンタ・マーラー(5面、32+1ビーズ)などのネパール産ルドラークシャの数珠は、注意して見ると、実際にそのようにつながれているのが分かります。
また、牛の尻尾のように先端に行くほど細くなる数珠の一例としては、インドラ・マーラーなどがあげられると思います。
聖典の中でも、ルドラークシャの記載はバラエティーに富んでいて、とても興味深いですね。
参照:
http://www.sacred-texts.com/hin/db/bk11ch05.htm