ムシュティ・ムドラー

怒りを覚えた時、悔しい思いをした時、または恐怖を感じた時など、無意識に強く拳を握ることがあります。
そんな拳は、古くからひとつのムドラーとして実践されてきました。
取り巻くエネルギーを改善し、向上させる術であるムドラーとして拳を見る時、その深い意味を学ぶことができます。

拳のムドラーは、ムシュティ・ムドラーと呼ばれます。
ムシュティ・ムドラーは、人差し指、中指、薬指、小指を手の平に丸め込み、その4本の指を親指で押さえつけるように、拳を形作るムドラーです。

親指は火、人差し指は風、中指は空、薬指は地、小指は水というように、5本の指にはそれぞれ5元素の象徴があります。
このムドラーでは、火を象徴する親指で、残りの4つの要素を象徴する4本の指を押さえつけます。
この時、身体内で4つの要素が制御されるとともに、火の要素が高まり、代謝が活性化すると伝えられてきました。

ムシュティ・ムドラーを通じて活性化する代謝は、高まる消化の力を意味します。
それは、負の感情を消化する力として捉えられてきたものでもあります。

私たちは、日々の中で直面するさまざまな物事に、憤ったり、悔しがったり、恐れたりすること多くあります。
それは、物事をあるがままに受け入れる代わりに、抵抗し、執着をするからだと伝えられてきました。
特に、こうした負の感情を消化することは難しく、気づかないうちに自分自身の内に溜め込んでいることも少なくありません。

ムシュティ・ムドラーは、そうして鬱積した負の感情を消化する力を与えてくれるムドラーです。
その消化の力は、あらゆるものを受け入れる受容の力であり、自分自身を解放する力でもあります。
ぐっと力を入れ閉じ込めるような身振りでありながら、拳にどこか落ち着きを感じることができるのは、ムドラーとしての力が生まれているのだと実感します。

気持ちに反応して無意識に握る拳には、心身に調和を図る意味があるのかもしれません。
閉じ込められた感情が解放されると、心には広い空間が生まれてきます。
その時、どのような状況においても、前向きなエネルギーで自分自身を満たすことができるはずです。
こうした叡智を意識的に取り入れながら、心穏やかに生きることを学び続けたいと感じます。

(文章:ひるま)

チンマヤ・ムドラー

私たちの意識は、5つの感覚を通して、美しく現れる外界に向かって散在することが多くあります。
目まぐるしく変化を続ける外界の流れには、時に疲弊することも少なくありません。
インドには、そうして外に流れる意識を自分自身の内に取り戻すムドラーの実践が伝わります。
それは、意識のムドラーとも呼ばれるチンマヤ・ムドラーです。

チンマヤには、「純粋な考えからなる」という意味があります。
このムドラーは、自分自身の本質である純粋な意識につながるための架け橋となるムドラーとされてきました。
その実践を通じては、浅くなりがちな呼吸への気づきが深まることから、心身の健康を保つためのムドラーとしても広く実践されます。

チンマヤ・ムドラーでは、親指と人差し指の先端を合わせ、残りの3本の指を手の平の内側に丸め込みます。
親指は大宇宙である梵、人差し指は小宇宙である我をあらわします。
これを結びつけるチンマヤ・ムドラーは、梵我一如を象徴するムドラーです。

このチンマヤ・ムドラーに似たムドラーに、瞑想において広く実践されるチン・ムドラーがあります。
チン・ムドラーは、親指と人差し指の先端を合わせ、残りの3本の指は真っ直ぐに伸ばすムドラーです。
3本の指は、現象世界を生み出すサットヴァ、ラジャス、タマスなどに例えられ、その3つを引き離すチン・ムドラーには、外界から離れる意味があるとされます。

これとは反対に、3本の指を手の平の内側に丸め込むチンマヤ・ムドラーは、大宇宙に繋がりながら、小宇宙である自分自身の身体の内に、意識を取り戻す力がより強いように感じます。
そこに得る安住は、落ち着きだけでなく、心身に生き生きとした力をもたらしてくれるものでした。
その心地よい調和の中では、より安定した外界との繋がりを築くことが可能になります。

魅力的で刺激的な喜びを求めて動き回る感覚によって、私たちは自分自身の本質である純粋な意識から遠ざかりがちです。
そんな私たちに、古代より受け継がれるこうした霊的叡智は、純粋な意識に安住するための教えを示し続けています。
時に息苦しく感じる日々において、その豊かな教えを取り入れながら、深く呼吸をし、不変の喜びの中で生きることを努めたいと感じます。

(文章:ひるま)

ハーキニー・ムドラー

これまでの世界のあり方に変容が求められる今、慣れない環境や大きな変化に、不安や緊張を感じることもあるかと思います。
集中力や記憶力、創造力や発想力が低下し、頭がうまく働かないと感じることも少なくありません。
そんな時は、古代から受け継がれる霊的叡智を取り入れながら、自分自身と向き合うことが大きな助けとなります。

インドには、脳力を上げるムドラーとして実践されるハーキニー・ムドラーが伝わります。
ハーキニーは、第3の目ともいわれる6番目のアージュニャー・チャクラを司る女神として知られます。
それ故、このムドラーは第3の目を呼び覚ますムドラーとしても伝えられてきました。

ハーキニー・ムドラーでは、まず胸の前で左右の手の平を合わせます。
そして、左右の指先は軽く合わせたまま、左右の手の平を離し空間を作ります。
第3の目に焦点を合わせ、ゆっくりと呼吸を続けます。
その際、息を吸う時に口蓋に舌をあて、息を吐く時に舌を離します。
この修練を繰り返すのが、ハーキニー・ムドラーです。

親指は火、人差し指は風、中指は空、薬指は地、小指は水というように、5本の指にはそれぞれ5元素の象徴があります。
このムドラーで5本の指の先端を合わせることで、身体内の5元素が穏やかに調和するとされてきました。
その5元素は、1番目から5番目のチャクラに対応するものであり、このムドラーは5つのチャクラに調和を生み出すとも伝えられます。

そして、6番目のチャクラに座すのがハーキニー女神です。
そこでは、2つの花弁を持つ美しい蓮が開花しています。
6番目のチャクラは、身体の左右を巡るエネルギーの通り道、イダーとピンガラの2つが交わる場所とされてきました。
それは、左脳と右脳の2つの均衡を取る場所でもあります。
ここに焦点を当てながら呼吸の調整を行えば、左右の鼻孔を通じた呼気の流れが左脳と右脳に均衡を生み出すとされます。

何より、右手と左手は、それぞれ左脳と右脳に繋がる身体の部位として伝えられるものです。
それらを合わせ呼吸と向き合う時、論理的で現実的な左脳と、直感的で空想的な右脳という、異なる働きをする左右の脳の均衡が取られ、優れた能力を発揮することができると伝えられます。

このムドラーを通じては、第3の目の覚醒ともいえるような思考の明瞭さを得るとともに、身体に落ち着きがもたらされることを強く実感します。
全身で感じるその調和は、深い喜びと幸福を呼び覚まし、健やかな日々を生み出してくれるものです。
確かな喜びへと導いてくれるこうした叡智を取り入れながら、どんな時も心穏やかに過ごすことをを心がけたいと感じます。

(文章:ひるま)

スラビー・ムドラー

時に荒れ狂う厳しい自然に囲まれるインドの地には、スラビーという限りない恵みを授け、あらゆる願望を満たす牝牛の存在が伝わります。
人々にさまざまな恵みを運ぶ幸せの象徴である牛は、インドでは古代より大切に尊ばれてきました。
そんなスラビーのエネルギーを呼び覚ます、力強いムドラーがあります。

スラビー・ムドラーでは、まず胸の中心で祈るように両手を合わせます。
そして、左手の薬指と右手の小指の先端、右手の薬指と左手の小指の先端を交差させるように合わせます。
次に、左手の中指と右手の人差し指の先端、右手の中指と左手の人差し指の先端を同じように交差させて合わせます。
最後に、右手と左手の親指を離して胸の方に向けます。
この手の形がスラビー・ムドラーです。

一見すると複雑で難しそうに見えるこのムドラーの形は、スラビーが持つ4つの乳房に似ていると伝えられてきました。
スラビーはその4つの乳房から、溢れ出る乳のように望みのものを授けると信じられます。

親指は火、人差し指は風、中指は空、薬指は地、小指は水というように、5本の指にはそれぞれ5元素の象徴があります。
このムドラーで左右の親指を離す時、心身において強すぎる火のエネルギーの均衡が図られると伝えられます。
そこで、残り4つのエネルギーが調和しながら交わると伝えられてきました。

私たちの身体の内では、脊椎の基底にあるとされるムーラーダーラ・チャクラに、クンダリニーという生命エネルギーが眠っていると信じられます。
さまざまな取り組みによって上昇するそのエネルギーは、一説に、お臍のあたりにあるとされる火の要素を持つマニプーラ・チャクラを超えることが難しく、ここで行き詰まると伝えられてきました。

このムドラーでは、その火のエネルギーが落ち着き、調和のもとで生命エネルギーが上昇していくと信じられます。
その豊かな生命エネルギーによって、私たちは願望を実現する力を発揮することができると伝えられてきました。

混迷を極める外界の中においても、常に自分自身の内に前向きなエネルギーを生み出し、世界の平和を担うことができるように、こうした叡智を生かし続けたいと感じます。
世界に叡智の光がありますように、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

カラナ・ムドラー

先が見えず混迷する社会において、心身ともに不安を感じる日々が続いています。
溢れる情報に頭がいっぱいになり、心が落ち着かなくなることも少なくありません。
そんな中で迎える仏陀の降誕祭に、心の平安と向き合う機会を与えられています。

深い苦悩を経験し悟りを開いた仏陀の穏やかな表情には、泥沼の環境で美しい花を咲かせる蓮のような崇高さを垣間見る瞬間があります。
その静謐な姿から滲み出る平安に、何よりも深い安らぎを与えられるようです。
そんな仏陀が見せるさまざまな姿のひとつに、カラナ・ムドラーを示す姿があります。

カラナ・ムドラーは、心に平和や静寂をもたらし、前向きなエネルギーを高めると信じられるムドラーです。
悪を追い払うムドラーとも呼ばれるように、不安や恐怖といった、心が生み出すさまざまな障壁を取り除くことが、このムドラーの最大の恩恵といわれます。

カラナ・ムドラーでは、右手の平を外側に向け、胸のあたりに掲げます。
人差し指と小指は伸ばしたまま、中指と薬指をゆったりと曲げます。
薬指は曲げたまま、中指と親指の先端を合わせます。
この手の形がカラナ・ムドラーです。

親指は火、人差し指は風、中指は空、薬指は地、小指は水というように、5本の指にはそれぞれ5元素の象徴があります。
このムドラーにおいて、親指(火)と中指(空)を合わせる時、火のエネルギーによって雑念が焼き払われ、心には広い空間が生まれるように感じます。

さまざまな思考や感情が目まぐるしく湧き立つ心を落ち着かせることは、容易いことではありません。
ムドラーは、自分自身の内なる世界からその周囲まで、取り巻くエネルギーを改善し向上させる力があると伝えられます。
意識的にその力を用いることで、落ち着かない心は清浄になり、どのような状況においても前向きに過ごすエネルギーを得ることができるはずです。

社会に不安が広がる今、一人ひとりが心に余裕を持ち、穏やかに過ごすことが何よりも欠かせません。
その心が生み出す平和は、地球全体を癒すことができるはずです。
古代から受け継がれてきた教えを実践しながら、仏陀が示す美しい平和が世界に広まることを願い続けたいと感じます。

(文章:ひるま)

マカラ・ムドラー

動乱し混迷する社会においては、刻々と変化する状況に疲弊したり、先の見えない不安を感じたりすることが少なくありません。
霊的叡智の宝庫であるインドの教えには、そんな気分を吹き飛ばすさまざまな実践が伝わります。
自分自身の内でそのエネルギーを強く感じることができる実践のひとつが、マカラ・ムドラーです。

マカラは、ワニを意味します。
じっと動かずに獲物を狙うワニは、凄まじい瞬発力によって急襲し、獲物を捕らえます。
マカラ・ムドラーは、静と動を兼ね備えたそんなワニの動きのように、相反するエネルギーの結合を生み出しながら、瞬時に体内のエネルギーを増加させると信じられるムドラーです。
それは、身体の奥深くに蓄積された、手つかずのエネルギーを呼び覚ますともいわれます。

このムドラーでは、まず両手の平を上に向けて重ね合わせます。
一般的に、女性は左手を上に、男性は右手を上にして重ね合わせます。
そして、下側の手の親指を、上側の手の小指と薬指の間に通して上側の手の平に置きます。
また、上側の手の親指と薬指の先端を合わせ、残りの指は真っ直ぐに伸ばします。
この手の形がマカラ・ムドラーです。

親指は火、人差し指は風、中指は空、薬指は地、小指は水というように、5本の指にはそれぞれ5元素の象徴があります。
このムドラーにおいて、薬指(地)と小指(水)の間を割って通る親指(火)は、手の平にある、溜め込んだものを排出する腎臓のツボを刺激します。
同時に、地の要素を持つムーラーダーラ・チャクラと、水の要素を持つスヴァーディシュターナ・チャクラを活性化すると伝えられてきました。

ムーラーダーラ・チャクラは大地のような安定を生み出し、スヴァーディシュターナ・チャクラは創造や生産を促す力を生み出すとされます。
この2つのチャクラに働きかけるマカラ・ムドラーの実践によって、身体的・精神的な安定を得ながら、蓄積されたエネルギーの貯蔵庫にアクセスすることができるといわれます。

ワニは、静と動を兼ね備えるだけでなく、陸上(地)と水中(水)という相反する要素の間を容易に移動します。
このムドラーを通じて、自分自身の内の相反するエネルギーに結合を生み出し、潜在能力を知ることで、憂鬱な気分や不安を払拭することができるでしょう。
こうした実践を通じて、一人ひとりが豊かに過ごすことで、社会には良いエネルギーが満ちていくはずです。

(文章:ひるま)

※マカラ・ムドラーは、長時間に渡る実践は避け、10分間ほどの実践が勧められます。

ルドラ・ムドラー

世界を破壊し新たな秩序を生み出すシヴァ神は、この地において、時に暴風雨として激しく吹き荒れることがあります。
荒ぶるその姿は、「恐ろしい」を意味するルドラという御名で崇められてきました。
一方で、万物に慈雨を降り注ぎ新たな創造を促すシヴァ神は、この上ない吉祥の徴でもあります。

ルドラはシヴァ神の怒りの性質であり、火のエネルギーと同質と考えられてきました。
ルドラとしてのシヴァ神は、この世界における物質的な生活を破壊し、再建する神格です。
ヨーガにおいては、このルドラのエネルギーを自分自身の内に呼び覚ますさまざまな実践が伝えられます。
そのひとつが、ルドラ・ムドラーです。

ルドラ・ムドラーは、火の要素を持つマニプーラ・チャクラを活性化すると伝えられるムドラーです。
臍の奥深くにあると伝えられるマニプーラ・チャクラは、「宝石の都市」を意味し、私たちの中心で黄金色に輝いていると信じられます。
それは、太陽があらゆる生命にエネルギーを注ぐように、生命活動を司るエネルギーの中枢です。

ルドラ・ムドラーは、火と風と地を象徴する、親指と人差し指と薬指の先端を合わせて形作るムドラーです。
親指は火、人差し指は風、中指は空、薬指は地、小指は水というように、5本の指にはそれぞれ5元素の象徴があります。
また、私たちの身体を司るエネルギーの性質には、火の要素(ピッタ)、風の要素(ヴァータ)、地の要素(カパ)という3つがあるとされます。
このムドラーを形作る時、火の要素によって風の要素と地の要素の均衡が維持され、マニプーラ・チャクラが活発になると伝えられてきました。

マニプーラ・チャクラの活性化は、ルドラとしてのシヴァ神のエネルギーの覚醒を意味します。
その時、物質的な快楽に対する燃えるような欲望は焼き尽くされ、純粋な意識として自由になることができると信じられてきました。

このムドラーを通じて自分自身の中心を瞑想することは、覆われた宝石を見つけ出すような喜ばしい感覚です。
その実践を通じては、内なる世界を照らす純粋な意識に気づくことができるはずです。
そうして個々が困難を超越し、束縛から解放される時、世界にはかつてない吉祥という光がもたらされるに違いありません。

(文章:ひるま)

スーリヤ・ムドラー

インドでは1月15日に、日本の冬至にあたるマカラ・サンクラーンティが祝福されました。
太陽が北方へ回帰するウッタラーヤナ(冬至から夏至の6ヶ月間)に入り、神々の昼が始まっています。
これからは日に日に暖かさが増すとともに、太陽の明るい光が満ちていく季節となります。

万物に命を吹き込む太陽は、古来より世界の各地で尊ばれ崇敬されてきました。
ヨーガでは、その恩恵を享受するためのさまざまな行いが実践されています。
その一つに、スーリヤ・ムドラーがあります。
太陽のムドラーを意味するこのムドラーは、その名の通り、太陽のエネルギーを身体に呼び覚ますムドラーです。

親指は火、人差し指は風、中指は空、薬指は地、小指は水というように、5本の指にはそれぞれ5元素の象徴があります。
スーリヤ・ムドラーで重要となるのは、火と地を象徴する親指と薬指です。
まずは、薬指の先端が親指の付け根にくるように両手の薬指を曲げ、曲げた薬指を親指で軽く押さえつけます。
残りの3本の指は、まっすぐに伸ばしておきます。
この手の形を、座位でも立位でも、身体の前で組むのがスーリヤ・ムドラーです。

火を象徴する親指で、地を象徴する薬指を押さえつけるのは、火で地の要素を支配することを意味します。
地の要素は、どっしりと落ち着いた穏やかな安定を生み出しますが、時に、無気力になったり、保守的になったり、物事に執着したりする傾向を生み出すとされます。
春を迎える頃には、冬の間に蓄積された地の要素が活発になり、火の要素が弱まるとともに、憂鬱や怠惰、肥満や浮腫といった不調が生じるとされてきました。

そんな地の要素を押さえるのが、燃えるようなエネルギーに溢れる火の要素です。
このムドラーは、痩せるためのムドラーともいわれるほど、体内の熱を増加させ、代謝を活性化すると伝えられます。
そのエネルギーは、太陽が万物に輝きを与えるように、私たちに自信や行動力を与えてくれると信じられてきました。

少しずつ日が伸び始め、これからは太陽の光が満ちていきます。
スーリヤ・ムドラーを通じて、そのエネルギーを自分自身の内なる世界で礼拝したいと感じます。
自然に調和するこうした叡智を取り入れることで、健やかで豊かな日々を過ごすことができるはずです。

(文章:ひるま)

ガネーシャ・ムドラー

さまざまな問題に直面する日々において、疲弊したり憂鬱な気分になったりすることは少なくありません。
時にはそうした落ち込みが大きな障壁となって、進む道に立ちはだかることもあります。
インドでは、そんな障壁を取り除くと信じられるムドラーの実践があります。
そのムドラーは、ガネーシャ・ムドラーと呼ばれます。

ガネーシャ神は、不吉な出来事をすべて破壊し、全世界に幸福をもたらすと信じられる神格です。
一方で、障壁を克服することで強さを獲得できるように、ガネーシャ神は私たちが歩む道にそっと障壁を置いていくことがあるといわれます。
そんなガネーシャ神を崇めるムドラーは、私たちを身体的に、また精神的に強化すると伝えられるムドラーです。
それは、心臓と心を強化するものであると伝えられます。

ガネーシャ・ムドラーでは、まず左手の手の平が外側を向くように、自分の胸の前に広げます。
そして、その左手の指先を右手の指先で掴むように組み合わせます。
この手の形を胸の前で組んだまま、左手と右手を離さずに、深く呼吸をしながら引っ張り合うのがガネーシャ・ムドラーです。

このムドラーを通じて、実際に両手を引っ張り合い、軽い負荷をかけることで、胸、肩、腕にかけての筋肉が強化されると伝えられます。
また、深い呼吸が伴うことで、心臓に守ろうとする力を生み出し、その働きを強化するとも伝えられてきました。

何よりも、このムドラーの実践においては、自らが生み出す負荷を経験することになります。
ムドラーという、意識に強く働きかける動きを形成する中でその負荷と向き合う時、最大の障壁は、時に自分自身によって生み出されるということに気づくことができるといわれます。

日々においては、沸き起こる疑念や不安が、自分自身の進む道を大きく阻んでいることがあります。
外側ではなく、内側に生じるこの障壁に気づくことが、問題を取り除くために何よりも重要となることが少なくありません。

このムドラーを通じて強化される心や心臓は、「心の座」ともいわれるアナーハタ・チャクラがある場所です。
愛情や感情が満ちるこの場所が強化される時、自信や勇気が高まると伝えられてきました。
このムドラーを通じて呼び覚まされるガネーシャ神の力は、自信や勇気という、障壁を乗り越える強さとなって現れるに違いありません。

(文章:ひるま)

ウシャス・ムドラー

日の出が少しずつ遅くなり、だんだんと寒さが厳しくなる季節を迎えました。
寒い朝は、すっきりと目覚められず、動き出すことが難しく感じることが少なくありません。
インドの教えには、そんな時に勧められる、ウシャス・ムドラーというムドラーが伝わります。

ウシャスは、リグ・ヴェーダにおいてとりわけ多く崇められる暁紅の女神です。
毎朝、闇を切り開き、万物を目覚めさせるその存在は、私たちに活動を促します。
そんな女神の名前を持つこのムドラーは、自分自身の内に気力や意欲を呼び覚ますと信じられます。

ウシャス・ムドラーでは、左右の人差し指、中指、薬指、小指を交差させ、左右の親指の先端を合わせます。
この時、男性は右手が上に来るように、女性は左手が上に来るように指を交差させます。
この手の形を、下腹部のあたりで組むのがウシャス・ムドラーです。
(※左右の親指の先端を合わせずに、交差させるだけの場合もあります。)

親指は火、人差し指は風、中指は空、薬指は地、小指は水というように、5本の指にはそれぞれ5元素の象徴があります。
この5つの元素は、世界を形作るとされるものです。
それらを象徴する5本の指を組み合わせる時、創造的で生産的なエネルギーが生み出されると信じられます。

また、このウシャス・ムドラーは、下腹部のあたりにあるとされるスヴァーディシュターナ・チャクラを活性化させると伝えられるムドラーです。
生殖を司るスヴァーディシュターナ・チャクラは、創造や生産を促す力に深く関わりがあるとされます。
このチャクラの目覚めによって、自分自身の内で生命力の活性化を感じることができると伝えられます。

冬の朝だけでなく、日々を過ごす中では、気持ちが沈んだり、無気力に陥ったり、倦怠感に襲われたりすることが往々にあります。
そんな時、このムドラーの助けを借りることで、夜が明けるように、心身を目覚めさせることができるに違いありません。

毎朝、太陽が昇り、光が満ちていく朝の空には、生きるという強く美しいエネルギーを垣間見る瞬間があります。
古代の人々は、そのエネルギーを内なる世界に見出し、ムドラーを通じて崇めてきました。
こうした叡智を取り入れながら、1日1日を懸命に生きることを忘れずにいたいと感じます。

(文章:ひるま)