クラウンチャのアーサナ

シヴァ神の教えが記されたヨーガの聖典、ハタ・ラトナーヴァリーの中に、クラウンチャと呼ばれるアーサナがあります。
クラウンチャのアーサナは、水鳥のサギのように見えることから、広くサギのポーズと呼ばれます。
このクラウンチャは、インドの神話において、ある山を示す名前でもあります。
この山にまつわる神話からも、クラウンチャのアーサナが持つ意味を学ぶことができます。

クラウンチャのアーサナでは、まず背筋を伸ばし、両足を前に伸ばして座ります。
そして、左足は伸ばしたまま、右膝を曲げて足先を後方に向け、お尻の脇あたりで右足の甲を床につけます。
次に、左の膝を曲げ、左の足裏を両手で掴み、息を吸いながら左の膝を少しずつ真っ直ぐに伸ばし、顔の方へ近づけます。
背筋は伸ばしたまま、この姿勢を保持した後、息を吐きながら伸ばした左足をゆっくり下ろします。
右側も同様に行います。

クラウンチャのアーサナは、この真っ直ぐに伸ばした片足がサギの首に見えることから、サギのポーズと呼ばれてきました。
一方で、それはクラウンチャ山の聳え立つ絶壁のようだとも捉えられることがあります。

クラウンチャ山には、カールッティケーヤ神にまつわる神話があります。
ガネーシャ神の兄弟であるカールッティケーヤ神は、霊的探求の守り神であり、軍神として崇められてきました。
そんなカールッティケーヤ神が悪魔と戦っていた時、悪魔がクラウンチャ山に隠れ入ります。
すると、カールッティケーヤ神は手にしていた鋭い槍で、山を二つに切り裂きました。
そこで悪魔は倒され、山から悪魔を解放したと伝えられます。
そうして切り開かれたクラウンチャ山には、聳え立つ絶壁が生まれました。

クラウンチャのアーサナは、血流の改善、柔軟性の向上、姿勢の矯正など、さまざまな恩恵が伝えられます。
その実践を通じては、左右の心身と意識的に向き合う中で、左右のエネルギー・バランスに調和や均衡が生まれることを実感することができます。

私たちの身体に見られる左右の違いは、清浄と不浄、陰と陽、精神と物質、男性と女性など、相反するものの象徴です。
その相反するものが対立する時、内なる世界には悪質が生まれ、さまざまな困難に直面すると伝えられてきました。
その結合が究極の解脱としても捉えられてきたように、このアーサナを通じて得る、自身の内の相反するエネルギーの穏やかな調和と均衡は、私たちに内なる幸せを経験させてくれるものでもあります。

カールッティケーヤ神が山を切り開いて悪魔を倒したように、自分自身がカールッティケーヤ神となり、自らの身体を意識的に開いて、内なる悪質を倒す術を実践することが大切です。
そこで悪質は解放され、常に困難に打ち勝ち、真っ直ぐに道を歩むことができるはずです。

(文章:ひるま)

ツルのアーサナ

ヨーガの聖典であるハタ・ラトナーヴァリーには、シヴァ神が説いたとされる84のアーサナ(ポーズ)が示されています。
その中のひとつに、バランス感覚を鍛える目的で実践される、バカ・アーサナがあります。
バカ・アーサナは、ツルのポーズを意味します。

ツルのポーズは、全体重を腕に乗せて身体を持ち上げるポーズであり、バランス感覚に加え、安定性や集中力が培われるとされます。
その姿勢には、優雅に佇立するツルのような美しさを見ることができます。

このツルのポーズは、マハーバーラタのユディシュティラとツルにまつわる神話(ヤクシャ・プラシュナ)に学びを深めることができます。
ユディシュティラは、パーンドゥの5王子の長兄で、ダルマプトラ(正義の子)とも呼ばれるように、徳性の高い人物でした。

パーンドゥの5王子が森を放浪していた時のこと、喉の渇きを感じ、末弟が水を探しに出かけます。
しかし、末弟が戻ることはなく、その後を追った兄弟全員も次々に姿を消してしまいました。
最後に残ったユディシュティラは、4人の兄弟を探しに出かけます。

すると、ユディシュティラは湖を見つけ、水辺で4人の兄弟が倒れているのを目にします。
4人の兄弟は、湖の神霊に許可を求めることなく水を飲んだために、そこに倒れたのでした。
ユディシュティラは神霊に許しを乞うと、神霊は質問に応えるよう要求します。
そして、矢継ぎ早に問われる難解な質問に、ユディシュティラは次々と答え続けました。
その問答には、たとえば以下のようなものがあります。

神霊の質問:手放すことで人を調和させるものは何か?
手放して後悔しないものは何か?
手放すことで人を裕福にするものは何か?
手放すことで人を幸福にするものは何か?

ユディシュティラの答え:己惚は手放せば人を調和させ、怒りは手放せば後悔せず、欲望は手放せば人を裕福にし、貪欲は手放せば人を幸福にする。

そして、湖のそばでこれらの質問を投げかけた神霊こそが、ツルの姿をした死の神であるヤマ神でした。
ヤマ神は、行為の善悪の記録から死者を裁くダルマの神でもあり、ユディシュティラのダルマに基づく的を得た答えに満足し、4人の兄弟たちを生き返らせたと伝えられます。

ユディシュティラとツルのこの問答は、私たちがダルマの道を生きる方法を明確に示しています。
それは、このツルのポーズの実践を通じても学ぶことができます。
安定性と集中力を鍛えるツルのポーズの実践は、優美に佇むツルのように、均衡と平静を保つ方法を教えてくれます。
それは、行いのすべてをヨーガとし、調和のある日々を過ごす方法にも他ありません。
こうした実践を通じて、ユディシュティラのように、ダルマの道に沿いながら美しい調和の中で生きることを努めたいと感じます。

(文章:ひるま)

参照:The Mahabharata, Book 3: Vana Parva, SECTION CCCXI

英雄のアーサナ

ヨーガには、英雄のポーズと呼ばれる座位のアーサナがあります。
ゆったりと座るこの姿勢が、なぜ英雄のポーズと呼ばれるのか。
その意味を探る時、このポーズは英雄と呼ばれる人物の姿勢について気づかせてくれます。
それは、勇気を持って困難に立ち向かう人物を意味します。

英雄のポーズは、ヴィーラ・アーサナと呼ばれます。
割座ともいわれるように、まずは正座で座り、かかとがお尻の脇に来るように、足を左右に開きます。
そして、膝は合わせたまま、お尻を床につけて座ります。
このポーズにはさまざまなバリエーションがあり、この姿勢が難しい場合は、片膝を立てて座ることもあります。

このポーズの意味は、ハヌマーン神の姿勢を通して学んだことがありました。
ハヌマーン神には、偉大な勇士という意味のマハーヴィーラという別名があります。
愛するラーマ神のために、山を持ち上げ海を飛び越え、困難を次々に乗り越えるハヌマーン神は、まさに英雄です。
そんなハヌマーン神は、ラーマ神のためにいつでも立ち上がることができるよう、片膝をついて座る姿勢がよく見られます。

ヴィーラ・アーサナは、そんなハヌマーン神の姿勢に似たポーズです。
瞑想や呼吸法において勧められるポーズでもあり、簡単そうに見えますが、関節の柔軟性を必要とする難しいポーズに数えられます。
特に膝や足首に感じる強張りは、お尻を床につけて座ることや、長い時間しっかりと座ることをとりわけ困難にさせます。
安定した座位のポーズでありながら、どこか不安定さを感じるポーズです。

その困難と向き合いながら実践するヴィーラ・アーサナを通じては、脊椎の基底に位置し、土の要素を持つムーラーダーラ・チャクラが活性化すると伝えられてきました。
ムーラーダーラ・チャクラが活性化すると、地にしっかりと足がついた、確かな安定を得ることができると伝えられます。

ハヌマーン神は、片膝をついた不安定な状態にありながら、その姿勢が揺らぐことはありませんでした。
そこには、ラーマ神という真実に安住した心から溢れる、どんな困難にも立ち向かう勇気があったからです。

そんなハヌマーン神の姿勢は、私たちが日々の生活を送る中で努めるべき姿勢でもあります。
ヨーガを通じて意識的にその姿勢に取り組むことで、私たちは確かな安定を得て、いかなる困難にも立ち向かう勇気を奮うことができるに違いありません。
そうして英雄として生きる時、一日一日を強く歩むことができるはずです。

(文章:ひるま)

メールダンダのアーサナ

この世界の中央には、7つの島に囲まれたメール山という聖なる山がそびえていると、インドの神話において伝えられます。
その山の頂上には、神々の王であるインドラ神の宮殿があり、その他の神々もこの山に住むとされてきました。
そして、その山の中腹を太陽や月が廻っていると伝えられます。

私たちの肉体を小宇宙とした時、その山にあたるとされるのが脊柱です。
7つの主要なチャクラは、その脊柱を沿うように存在するといわれます。
また、脊柱には根源のエネルギーとされるクンダリニーが上昇するための気道があるとされ、古くからヨーガの実践において重要視されてきました。
そんな脊柱と向き合うヨーガの実践に、メールダンダと呼ばれるアーサナ(ポーズ)があります。

メールダンダは脊柱を意味します。
このポーズは、手で掴んだ足先を大きく広げて上方に伸ばし、バランスをとりながら脊柱を真っ直ぐに伸ばすことを意識するポーズです。
その姿には、メール山にまつわる、ある神話を見ることができます。

大昔、風の神であるヴァーユがメール山に向かって強風を吹きつけ続けたことがありました。
その時、ヴィシュヌ神の乗り物である聖鳥のガルダが、大きな翼を広げてメール山を守り続けます。
しかし、その状況があまりに長く続いたため、疲れたガルダは少しの間その翼を閉じました。
その間に山頂が吹き飛ばされ海に落ちると、現在のスリランカになったと伝えられます。

メールダンダのポーズは、大きく翼を広げるガルダのような姿に見えます。
その中央には、メール山である脊柱がまっすぐに伸びています。
柔軟性を必要とするこのポーズは、身体が固まっていると、背筋を伸ばすことがとりわけ難しく感じるポーズです。
それは、人生において困難な状況に直面している時、または感情が塞ぎがちな時に重なるようにも感じます。

現在の終わりの見えないコロナ禍には、疲労を感じ気持ちが沈むことも少なくありません。
しかし、そんな時こそ、大きな翼を広げるガルダのように、意識的に身体を開いて、背筋を伸ばすことが大切です。
その姿勢を通じては、身体を巡る自由なエネルギーの流れが守られ、日々を健やかに生きるための力が与えられるはずです。

(文章:ひるま)

椅子のアーサナ

暗く寒い本格的な冬が到来し、心身を奮い立たせるようなヨーガの実践が恋しくなる時となりました。
ヨーガのポーズには、そんな冬の季節に勧められるウトゥカターサナと呼ばれるポーズがあります。
このポーズは、身体を刺激し温めるポーズとして知られる一方で、自分自身の中の大切な場所を気づかせてくれる意義深いポーズでもあります。

ウトゥカターサナは、見えない椅子に座っているように見えることから、椅子のポーズと呼ばれます。
もともと、ウトゥカタには「激しい、熱烈な、難しい、誇り高い、優れた、巨大な」といった意味があります。
このウトゥカターサナで示される椅子は、崇高な神が座す玉座として教えられたことがありました。

叙事詩のラーマーヤナにおいて、王国から追放されたラーマ神を慕う、異母兄弟のバラタがいました。
バラタは王位を継承する身でありながらも、ラーマ神を敬い、ラーマ神が不在の間は、その履物を玉座に祀り、ラーマ神を王として礼拝し続けます。
このポーズは、そんな神聖な場所を自分自身の内に見出す実践でもあります。

椅子のポーズでは、まず両足を揃えてまっすぐに立ちます。
骨盤を正面に向けたまま膝を曲げ、椅子に腰を掛けるような姿勢になるまで、腰を落とします。
背筋をしっかり伸ばし、腕を耳の横に沿って一直線に伸ばします。
不安定な状態で姿勢を維持するため、このポーズを通じては身体に適度な負荷がかかります。
下半身だけでなく上半身の筋肉もくまなく働き、全身が刺激されると、ぽかぽかと温かさが巡る感覚に包まれます。

このポーズの実践を通じては、不安定な位置の中で感じる強力なエネルギーに驚かされることがあります。
それは、強固な支柱となる崇高な神がいる場所を、自分自身の内に見出す実践のように感じられるものです。

バラタが見えないラーマ神の姿を玉座に見出し続けたように、私たち自身も、崇高な神の存在を見出す玉座を内なる世界に抱き続けなければなりません。
このポーズの実践は、自分自身の内に、その場所を見出す力を与えてくれるものです。
その実践を通じては、どんな時も、温かな光の中で日々を歩むことができるはずです。

(文章:ひるま)

ライオンのアーサナ

シヴァ神が説いた84のアーサナの中に、シンハという名前を持つアーサナがあります。
シンハ・アーサナは、ヨーガの経典であるハタ・ヨーガ・プラディーピカーにおいて、もっとも優れた4つのアーサナに数えられます。
さらに、ゲーランダ・サンヒーターにおいては、あらゆる病気を除去するアーサナであると説かれます。

シンハ・アーサナはライオンのポーズを意味し、ライオンが吠えるような姿勢をとるポーズとして知られます。
そのやり方にはさまざまな方法が伝わりますが、ひとつには、まず両膝を左右に広げてひざまずきます。
両手は左右の膝の間で床につけて前傾し、口を大きく開けて舌を出しながら鼻頭(または眉間)を凝視するのがシンハ・アーサナです。

このポーズは、3つのバンダに統合をもたらすアーサナとして伝えられてきました。
3つのバンダは、ムーラ・バンダ、ウッディーヤナ・バンダ、ジャーランダラ・バンダと呼ばれます。
それぞれ、会陰部、腹部、喉元のあたりとされ、ここを締め付けて保持するバンダにより、身体の中を巡るエネルギーが制御されるようになると伝えられます。

「締める」や「止める」を意味するバンダは、ダムの役割に例えられます。
ダムは、豊かな自然のエネルギーを調整しながら、洪水を防いだり、水を供給したりと、私たちの暮らしを守る大切な働きがあります。
同じように、バンダは自分自身の身体を巡るエネルギーを調整する働きを持ちます。
その調整が行われなければ、エネルギーは洪水のように溢れ出たり、枯渇したりしてしまいます。
その不均衡は、さまざまな悪影響を心身に生み出しかねません。

シンハ・アーサナを通じて3つのバンダを実践する時、身体を巡るエネルギーはうまく調整され、均衡が生じます。
そして、手に負えない移り気なエネルギーも自分自身に従うようになり、荒れることのない心身を生み出すことが可能となります。

ライオンは、悪を倒す母なるドゥルガー女神の乗り物でもあります。
ドゥルガー女神はライオンに乗って、悪魔であるマヒシャースラを倒しました。
ライオンは、私たちを勝利へと導く乗り物であり、闇を破壊する力でもあります。

シンハ・アーサナを通じて、そんなライオンの力を呼び覚まし活用すれば、心身に生じる悪影響に打ち勝つことができるはずです。
そうしてあらゆる病気を克服し、健やかな日々を過ごすことができるに違いありません。

(文章:ひるま)

カエルのアーサナ

自然への敬意が溢れるインドの豊かな生活には、大きな世界と調和しながら霊性を育む機会が満ちています。
ヨーガの修行法のひとつであるアーサナ(ポーズ)もそのひとつです。
アーサナは生き物の数だけ存在すると伝えられるように、その多くには、動物や自然の名前がつけられています。

一説に、古代の賢者たちは動物や自然の動き観察し、その巧妙な動きを通じて、世界に調和しながら霊性を育む方法を実践していたと伝えられます。
その動きの中に、カエルのポーズを意味するマンドゥカ・アーサナがあります。
マンドゥカ・アーサナは、ヨーガの聖典であるハタラトナーヴァリーにおいて、シヴァ神が説いたとされる84のアーサナの23番目に示されています。

股関節開きのポーズとして実践されるこのポーズには、さまざまなバリエーションがあります。
そのひとつでは、まず四つん這いになり、膝を両脇に大きく広げていきます。
足首と膝と股関節が直角になるように調整し、上半身を屈めると、まさにカエルのようです。
このポーズは、第2番目のチャクラであり、仙骨の辺りにあるとされるスヴァーディシュターナ・チャクラを活性化させると伝えられてきました。

スヴァーディシュターナ・チャクラは、自らが宿る場所という意味を持ちます。
自分自身のすべてが蓄積する場所といわれ、特に股関節には、ネガティブな感情が溜まりやすいといわれてきました。
股関節がしなやかに動くと、感情が解放されることから、股関節開きのポーズは心身と向き合う重要なポーズのひとつとして実践されます。
何より、創造や生産を促す力に深く関わりがあるスヴァーディシュターナ・チャクラの活性化によって、自分自身の内で生命力の目覚めを感じることができると伝えられます。

数あるウパニシャッドの中には、マーンドゥーキヤという名を持つウパニシャッドがあります。
マーンドゥーキヤにはカエルを含め、さまざまな意味があるとされますが、異なる意識の状態が説かれるそのウパニシャッドは、カエルの姿を連想させます。
それは、冬眠から目覚め、大きく跳ね上がるカエルの姿であり、一気に最高の境地に達する状態に重なります。

このポーズを通じて、飛び跳ねる瞬間を待つかのようなカエルの姿をじっと真似る時、生命力の活性化によって、跳ね上がるように心身を目覚めさせることができるに違いありません。
カエルだけでなく、私たちを育む自然の動きには、学ぶことが非常に多くあります。
常に周囲を見渡しその動きに学びながら、豊かに生きることを努めたいと感じます。

(文章:ひるま)

ボートのアーサナ

豊かな自然のあらわれが神々として崇められるインドにおいて、とりわけ重要視されるのが聖なる河の数々です。
穢れを清める聖地として崇められてきたその数多の河には、巡礼者を精神的な旅に誘うかのようにボートがひっそりと浮かんでいます。
ヨーガには、そんなボートの形を真似るポーズの実践があります。

ナウカ・アーサナ(ナーヴァ・アーサナ)と呼ばれるボートのポーズは、身体をV字に形作るポーズです。
このポーズの実践を通じては、人生という時に荒れ狂う深い河に沈んでしまうことがないよう、日々を歩むための術を学びました。

ラーマーヤナにおいて、ラーマ神たちがガンジス河を渡ろうとした時のこと、ラーマ神を心から崇拝するひとりの船頭がボートを出しました。
船頭は、ラーマ神の御足の埃がボートに触れないよう、乗船前に御足を洗わせて欲しいと頼みます。
ラーマ神の御足の埃は、触れたものを別の何かに変えてしまうという特別な力があるとされていたからです。
船頭は、その特別な力を求めるのではなく、唯一の生計手段であるボートが何かに変わってしまうことを恐れていました。

ラーマ神は、船頭の謙虚な姿勢に心を打たれ、解脱という祝福を船頭に授けます。
インドの文化において、古代より最高の礼拝として捉えられてきたのが、チャラナスパルシャ(接足作礼)と呼ばれる御足に触れる行いです。
意図せずにその最高の礼拝を行った船頭は、輪廻の海を渡り、最高の境地に至りました。
この船頭の姿は、常にラーマ神を想うことで障壁を乗り越え、正しい道を進み、やがて解放に達することを象徴しています。

ボートのポーズでは、腹筋と背筋を使いながら、不安定な姿勢を維持しなければなりません。
苦手意識を持ちやすいポーズのひとつであり、全身に力が入りすぎて、呼吸を止めてしまうことも多くあります。
それは、人生という深い河を泳ぐことに等しいものです。

しかし、何かに焦点を合わせると、すっと呼吸が楽になり、容易にバランスを取ることが可能になります。
その修練を通じて体幹が鍛えられる時、何事にも動じない強い心身が生まれていきます。

私たちは、ラーマ神のような至高の存在に焦点を当て、こうしたヨーガの修練を日々に活かすことが大切です。
それは、正しい道を歩むための強さとしなやかさを身につける修練にも他ありません。
その学びによって、人生の浮き沈みにも惑わされることなく、やがて最高の境地に辿り着くことができるはずです。

(文章:ひるま)

アーンジャネーヤのアーサナ

新型コロナウイルスの影響により、外出を控えている方も多くいらっしゃることと思います。
以前のように自由に動くことができない生活に、ストレスを感じることもあるかもしれません。
そんな今は、ヨーガを通じて自分自身と向き合う、大切な時間として過ごすことができます。

この時期に実践したいヨーガのポーズのひとつに、アーンジャネーヤのアーサナがあります。
アーンジャネーヤはハヌマーン神の別名であり、アンジャナーの息子を意味します。
このポーズは、ラーマ神の弟であるラクシュマナを救うために、薬草が眠る山を片手で持ち上げひとっ飛びする、力強いハヌマーン神の姿のように映ります。

ハヌマーン神の母であるアンジャナーは、水の精であり天女とも呼ばれるアプサラーのひとりでした。
しかし、ある呪いによってこの地で猿の一族として生きることになり、その呪いを解くための息子を授かろうと、シヴァ神への苦行を続けます。
その苦行を努め上げた時、息子であるハヌマーン神が生まれたと信じられます。

天女であるアプサラーたちは、ガンダルヴァと呼ばれる天上の音楽師と結ばれることが多くあります。
しかし、アンジャナーは天上で生きる精としての歩みを断念し、地上で猿として生きる道を受け入れました。
その犠牲のもとで苦行を努めるアンジャナーは、やがてハヌマーン神を生み、この世界に大きな変化をもたらします。
私たちは今、この世界に必要な変化をもたらすために、何を諦め犠牲にする必要があるでしょうか。

アーンジャネーヤのポーズは、足を前後に深く開きながら、上半身を大きく伸ばすポーズです。
その実践を通じては、足腰の筋力や体幹の安定が生まれるとともに、大きく開かれた胸に慈愛や受容が育まれるといわれます。
身体的に深く大地に繋がった安定の中で、天上に届くような精神的な向上をもたらすこのポーズは、今の私たちが必要とする実践に他ありません。

新型コロナウイルスを通じては、これまでの私たちの歩みや世界のあり方に、かつてない変化が求められています。
以前の生活に比べれば、さまざまな断念や犠牲が必要になることもあるかもしれません。
しかし、それに学び自分自身と向き合うことは、アンジャナーがハヌマーン神を生んだように、世界を救う力強い一歩になるはずです。
この与えられた時間を大切に受けれ、ヨーガを通じて学びを深める時を過ごしたいと感じます。

(文章:ひるま)

 

橋のアーサナ

ラーマ神の行状記が綴られた壮大な叙事詩であるラーマーヤナには、霊性を育むための教えが随所に溢れています。
そのラーマーヤナにおいて、魔王のラーヴァナにランカ島へと誘拐されてしまったのがシーター女神です。
夫であるラーマ神は、ハヌマーン神とともに橋を建設し、ランカ島に渡ってシーター女神を救い出します。

ラーマ・セートゥ(ラーマの橋)と呼ばれるこの橋について、ヨーガのアーサナを通じて学んだことがありました。
この橋は、ハヌマーン神に率いられた猿軍らが石を積み上げ築こうとした橋です。
しかし、石はその重みで次から次へと海に沈んでいきます。
項垂れるハヌマーン神は、愛するラーマ神の御名を石に記しました。
すると、石は海に浮かび、橋となったといわれます。

ヨーガには、セートゥ・バンダ・アーサナ(セツバンダアーサナ)と呼ばれる橋のポーズがあります。
仰向けで行うこのポーズでは、膝を曲げ、お尻を引き締めながら腰を浮かせます。
両腕は背中の下に伸ばし、大きく胸を開きながら、アーチを作ります。
それは、まるで橋のようです。

一説に、魔王ラーヴァナは欲望を示し、その欲望に誘拐されたシーター女神は心であるといわれます。
心を救い出すためには、ハヌマーン神という肉体の助けが必要でした。
ラーマ神(主)に忠誠を誓うハヌマーン神(肉体)は、シーター女神(心)を救い出し、
再び二人を結びつけると、ラーヴァナ(欲望)は倒されたといわれます。

欲望によって心が奪われる時、私たちは主と分離し、さまざまな困難に巻き込まれています。
こうした肉体を用いたヨーガの実践は、それらを結び付けるための橋を建設する大切な取り組みとなります。

大きく胸を開くセートゥ・バンダ・アーサナを通じては、胸のあたりにあるとされるアナーハタ・チャクラが活性化するといわれます。
アナーハタ・チャクラは、「心の座」ともいわれるように、愛情や感情が満ちる場所です。
ハヌマーン神は、自らの胸を引き裂いて、その内にいるラーマ神とシーター女神を見せたことがありました。

ラーマ神への深い愛から、海に沈んでいく石を浮かせ、困難を払拭したハヌマーン神。
私たちが人生という荒波の中で困難にぶつかる時、主への愛を育むことで、その困難から浮き上がることが可能となるはずです。
このポーズの実践は、自分自身の心を主と繋ぐための橋を架ける助けとなるに違いありません。

(文章:ひるま)

※セートゥ・バンダ・アーサナは、手と足の位置にさまざまなバリエーションがあります。