アクシャヤ・トリティヤ2017

2017年4月29日はアクシャヤ・トリティヤの大吉日です。

アクシャヤ・トリティヤは、価値ある品を身につけ始めるのにもっとも適した吉日といわれています。(トリティヤは新月から3日目を意味しています。月齢をもとに決められるインドの祝祭日は、年毎に日にちが変わります。)

アクシャヤは、「不朽の、不滅の」という意味のサンスクリット語です。したがって、この吉日に身につけた貴重品は、朽ち果てることなく、幸運や成功を運び続けてくれると信じられています。またこの吉日は、何らかの寄付や贈与などの善行を行った場合は、それが決して廃れることのない点で、重要な意味を持つとされます。

アクシャヤ・トリティヤは、トレーター・ユガ(悪が世界の4分の1を支配する時代)の開始日にあたるとされ、ヴィシュヌの第6の化身であるパラシュラーマの誕生日ともいわれます。ヒンドゥー暦によると、この日は1年でもっとも吉兆な日のひとつにあたるため、インドでは、新しいベンチャーを始めたり、高価な買い物をするのに適した吉日とされています。

アクシャヤ・トリティヤに行うとよいこと
・グル(師)に対して、施し物という形で、寄付金を忍ばせた品物を与える。
・富の女神であるマハーラクシュミーに対する苦行を行う事で、1年を通じての祝福と繁栄を祈願する。
・マハーラクシュミー寺院に行き、4つの方位に4枚のコインを投げることで、富の開運を祈願する。
・アナンガ(愛の神カーマの別名)のマントラ「オーム・フロウン・フルーム・アーナンガーヤ・パット」を唱える事で、身体的な問題の解消を祈願する。
・既婚女性は、クムクム等の赤い色粉をつけた赤い紐を首回りに身につけて、夫の長寿をシヴァ寺院で祈願する。また未婚女性は、それを足首につけて、よい相手に巡り会えるようにシヴァ寺院で祈願する。
・ニームの葉を持ってシヴァ寺院に参拝に行き、シヴァ神にそれを捧げた後、病気平癒を祈願して、それを病人の枕の下に置く。
・その他、永続する繁栄のため、新事業の開始、金製品などの高価な貴重品の購入、病気等の治療に適した吉日とされる。

どうぞ良い吉日をお迎えください。

第5回グループ・ホーマ無事終了のお知らせ

第5回グループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

第5回グループ・ホーマは、3月28日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

79、世界に知られた:Sitar (2)

1960年代後半、インド現地の音楽家は、大挙して訪れるヒッピーに辟易としていたと述べましたが、その反面、それが無かったらインド古典音楽と楽器の需要は、風前の灯状態にまで衰退していたことも事実です。
ラヴィ・シャンカル氏とジョージ・ハリソンによって、インド古典音楽が世界的に高く評価されたことは、音楽家たちにとっても多くのインド人にとっても大きなステイタスとなりました。それによって町の音楽教室に通うインド人も増え、宮廷音楽終焉以降下り坂のみであった古典音楽も、芸術音楽として生気を取り戻したことは紛れもない事実と評価出来ます。

また逆な話しで、もし1960年代末当時、シタールが戦前の形状のままだったら? もしくはシタールがインドで演奏され始めた16世紀の頃の華奢で小さな楽器だったり、シタールが19世紀に古典音楽の地位を得ず、代わりにヴィーナ(ルードラ・ヴィーナ)や南インドのヴィーナ、及びサロードしか海外に紹介しようがなかったならば。果たしインド音楽は世界的に有名になったであろうか? ひいては、インド知識人層がステイタスを感じ、自国文化の再評価を行い、共和国という新しい時代にも伝統を継承する意識があそこ迄育ったであろうか?と考えると、シタールの人気はそのタイミングもその魅力も含め絶好で、だからこそインド古典音楽の取り返しのつかない衰退を大きく救ったと言えるのかも知れません。

1940年代、当時の第一線にあったモダン派の気鋭ラヴィ・シャンカル氏と、シタール最古の二つの流派の後継者で在った保守派の貴重な後継者イリヤス・カーン氏は、異なる主旨で同じようなやや大振りのシタールを当時最高技術を誇ったカルカッタの職人に特注していました。同世代には他にヴィラヤト・カーン氏、ムスタク・アリ・カーン氏が居ましたが、いずれも当時のシンプルなシタールで前者は軽妙な演奏、後者は極めて古典的な演奏で評価されていました。
ラヴィ・シャンカル氏と、イリヤス・カーン氏の大型シタールは、当時のシタールと「スル・バハール」の中間ややシタールよりの楽器で、特徴は低音弦にあります。
それまでのシタールの主弦七本(共鳴弦以外の意味)は、「旋律主弦(1)、低音伴奏弦(2)、中音伴奏弦(2)、高音リズム弦(2)の構成です。二本の低音伴奏弦は、サロード同様アフガン系音楽家がアフガン弦楽器の手法を取り入れたもので「ジョラ(対)」と呼ばれる「複弦」構造でした。
ドレミで言うと(厳密にはこの半音以上上ですが)1弦(低域のファ)、2/3弦(低域のド)、4/5弦(1/2/3弦の上のソ)とリズム弦、が19世紀半ばからの調弦です。

戦後二本の低音伴奏弦(複弦)の内一本を更に低い音に替える演奏者も現れ始めていましたが、ラヴィ・シャンカル氏と、イリヤス・カーン氏は、中音伴奏弦の一本も低音弦に替え、ドゥルパド系器楽の独奏に力を入れるものでした。

戦後の調弦は、1弦(低域のファ)、2弦(低域のド)、3弦(2弦の下の低域のソ)と、4/5弦は同じでリズム弦というもので、ラヴィ・シャンカル氏と、イリヤス・カーン氏の場合は、戦後の調弦の4弦に、3弦の更に下(最低音のド)の重低音を設け、中域伴奏弦は5弦のみとリズム弦というものでした。ちなみに前述のヴィラヤト・カーン氏などは、ジョラの一本を張らず(糸巻は空のまま差してあるだけ)、4/5弦の一方をしばしばミなどにする独自な調弦でした。

イリヤス・カーン氏の場合は、あまりに太さの異なることが原因の低音三本のフレット音痴を解決するため、棹の上の「上駒」をも「サワリ式」に替え、ピッチの改善とサワリ音の一石二鳥を果たすというアイディアでしたが、他流派には広まらず、と言うか彼のドゥルパド奏法は難解なので次第に廃れてしまったので、意外に知られていないかも知れません。
同じ時期、インド有数のデザイナー、ヘーム・ラージという人が、趣味でか?糸巻にも彫刻、表面版の彫刻は超豪華、縁取りも豪華という派手なシタールを考案し、ラヴィ・シャンカル氏と、イリヤス・カーン氏のしタールもほぼそのスタイルです。それが今日高めの値段のシタールの基本となりました。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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マツシャ・ジャヤンティ

5

2017年3月28日は新月です。この新月以降、いよいよ春のナヴァラートリー祭が始まります。

一部の地域や慣習では、この新月から3日目に、マツシャ・ジャヤンティが祝福されます。2017年は3月30日です。

マツシャはヴィシュヌ神の1番目の化身として知られ、魚の姿をしています。ヴィシュヌ神はマツシャの姿として、この日に姿をあらわしたと伝えられ、マツシャは宇宙を清めながら完ぺきな均衡と調和の下に維持するヴィシュヌ神を象徴しています。ヴィシュヌ神はこの世界に危機が生じた時、世界を守るために特別な姿となってあらわれると信じられています。

マツシャは、起ころうとしていた大洪水から世界を救ったと伝えられます。魚が流れに反しながらも源流に向かって泳げるのは、流れに身を任せる術を知っているからであり、私たちが常に神々に身を任せながら、その源へ向かって歩み続けることを象徴しているともいわれます。

マツシャへの礼拝により、魚が池をきれいにするように、さまざまな悪影響が浄化されると信じられています。一説には、ヴァーストゥの引き起こす影響を浄化すると伝えられます。

※マツシャ・ジャヤンティは他の日に祝福される慣習もあります。

参照:http://www.drikpanchang.com/dashavatara/matsya/matsya-jayanti-date-time.html?year=2017

ヨーガ・スートラ第2章第11節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


ध्यानहेयास्तद्वृत्तयः॥११॥
Dhyānaheyāstadvṛttayaḥ||11||
ディヤーナヘーヤースタッドヴリッタヤハ
それらが働きとなった場合、瞑想によって絶つことができる。

簡単な解説:前節において、煩悩が潜在意識的に存在する精妙な形態である場合、心を自分自身の本質へと戻すことで除去することができると説かれました。本節では、煩悩が心の働きとして現れた場合、瞑想によって除去することができると説かれます。

シヴァリンガムの聖なる形

シヴァリンガムは、ヒンドゥー教においてもっとも広く信仰される聖なる形のひとつです。全身のプラーナとその流れを増大させ、生命力を漲らせる強い力があると信じられ、健康と幸福のためにシヴァリンガムを崇める人々が多くいます。

男根(リンガム)と女陰(ヨーニ)からなるシヴァリンガムは、男性性と女性性のエネルギーの統合、そしてその相対性の調和を秘めています。 リンガムには、シンボル、しるし、象徴、姿という意味があり、シヴァ神の吉兆な印であることがわかります。古代から現代に至るまで、シヴァリンガムは人々の信仰の中心にあり続けています。

さまざまな形や材質が存在するシヴァリンガムの中でも、主要な聖地のひとつであり、インド中部を流れる聖河ナルマダー川で採集されるシヴァリンガムは、もっとも神聖な波動を持つシヴァリンガムとして崇められます。この地域に住む人々によって採集された石は、滑らかな丸い形になるまで磨かれます。黄褐色、茶色、赤色、灰色、縞模様、まだら模様、水玉模様など、ナルマダー・シヴァリンガムはさまざまな色や模様を持ち、石にあらわれた模様には、大いなる存在を見ることができます。ナルマダー・シヴァリンガムは、自分自身の本質とつながる場所である頭頂のチャクラとの直接的な繋がりを促すとも信じられています。

その形に特別な意味があるシヴァリンガムは、自然に生じたものもありますが、人の手で石を磨き形作られたものが一般的です。宇宙創造の源である卵形をしたリンガムもあります。神聖な一つの形の中に男性性と女性性の結合が秘められたシヴァリンガムは、あらゆる創造の源であることがわかります。ヒンドゥー教の寺院には、自然にこの形を成した神妙なシヴァリンガムが祀られていることも多く、帰依者にとって特に聖なるものとして崇められています。

ナルマダー・シヴァリンガムは隠微晶質石英でできており、さまざまな物質を含みながらその形を形成しますが、手に入れるのは難しいことではありまあせん。それでもこの石がこれほどの強力なエネルギーを持つのは、聖なる形を通じ、時を超えて崇拝されてきたという事実があるからでしょう。

今月26日(日)は、シヴァリンガムを礼拝するのに相応しい、毎月訪れるシヴァラートリーの吉日となります。シヴァリンガムを瞑想し、その聖なる形の意義を真に理解することは、宇宙の根本原理を悟り、ヨーガの究極の目的であるブラフマンとの合一を実現することに他なりません。

(SitaRama)

カーリー女神の愛

チャイトラ月(3月~4月)の新月の翌日より始まる春のナヴァラートリー祭は、9日間に渡って女神たちが盛大に祝福されます。中でもとりわけ重要視されるのが、8日目となるアシュタミーです。満月、新月からそれぞれ8日目を意味するアシュタミーは、ナヴァラートリー祭の間だけでなく、ドゥルガー女神を礼拝する毎月の吉日として、広く礼拝が行われています。

ナヴァラートリー祭におけるアシュタミーは、カンニャ・プージャー(カンジャクとも)を行う日でもあります。カンニャ・プージャーでは、純粋な女神のエネルギーを象徴する幼い女の子たちを9人招き、家庭においてプージャーを行い、食事を振る舞うことで女神を礼拝します。

アシュタミーがこれほど重要視されるのは、9日間に渡る凶悪な力との戦いの中で、ドゥルガー女神の額からカーリー女神が生まれた時とされるためです。暗黒の女神と称され、悪魔ラクタヴィージャの滴り落ちる血を吸う真っ赤な舌とともに描かれるカーリー女神。その腰には、切り落とされた無数の人間の腕が、まるでスカートのように巻きつけられています。

腕は、私たちにとって行為を生み出す主要な手段の一つです。カーリー女神は、私たちのあらゆる行為を切り落とし、自らの体に身につけるのだといいます。良い行為も、悪い行為も、カーリー女神は全てを受け入れ、最後には私たちをカルマから解放していきます。

それはまた、私たちが持つ肉体への執着を断ち切り、肉体の中でもがき苦しむ魂を解放することを象徴しているともいわれます。カーリーは、「時間」や「黒色」を意味するカーラの女性形です。物質である肉体を持って生じた私たちは、始まりがあり終わりがある時間の中で、常に不安と恐怖に苛まれています。カーリー女神は、そんな私たちの恐れを取り払い、大きな愛の中に包み込みます。

マー(母)として、多くの人々に慕われるカーリー女神は、その恐ろしい様相とは反対に、偉大な愛をその内に秘めています。女神に近づくもっとも吉兆なナヴァラートリー祭を通じ、カーリー女神の愛に気づく行いを努めたいと感じています。皆様もどうぞ、実りあるナヴァラートリー祭をお過ごしください。

(文章:ひるま)

ウガディ(テルグ・ニューイヤー)

2017年3月28日はウガディの吉日です(29日に祝福される地域もあります)。

ウガディはテルグ語で新しい一年の始まりを意味し、チャイトラ月(3月~4月)の一日目に祝福されます。主に南インドのテルグ語圏とカンナダ語圏(アーンドラ・プラデーシュ州やカルナータカ州、マハーラーシュトラ州)におけるお正月にあたります。それはまた、春の始まりと幸福をもたらす時でもあります。

ウガディの語源は、「ユガ+アーディ=新しい時代の始まり」にあると伝えられます。一説に、この日、創造の神であるブラフマー神が、世界の創造を始めたと信じられています。そして、時間を計算するために、この世界に昼、夜、日、週、月、季節、そして年を生み出したと伝えられます。

ラーマーヤナの時代において、新しい一年は、ウッタラーヤナ(太陽が北方に回帰する時)の始まりに祝福されていました。その後、天文学者であり占星術師でもあった聖者ヴァラーハミヒラ(6世紀)は、チャイトラ月の始まりに新年を祝う方法を生み出しました。月の軌道の変化に伴った、新しいヒンドゥー教の太陰暦の始まりを意味します。

参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Ugadi

78、世界に知られた:Sitar (1)

後に、インド音楽の代名詞のように世界的に有名になるシタールが、北インド古典音楽、即ち当時イスラム宮廷音楽で用いられるようになったのは、サロードの発明と古典音楽界への登官に遅れること100年後の19世紀中頃でした。しかしその100年後にはサロードは愚か、インド三千四千年の歴史ある楽器や音楽がなし得なかった世界制覇を成し遂げるのです。
それはインド音楽史上最高の営業手腕を発揮したラヴィ・シャンカル氏と、彼を師と仰いだビートルズのジョージ・ハリスンの功績に他成りません。
この二人の名コンビの前には、1960年代の中頃のアメリカのジャズ・ギタリストの1〜2名と、イギリスのフォーク&トラッド界で1〜2名がシタールに挑戦していました。日本のフォーク界でも5年程遅れ、やはり1〜2名がチャレンジしていました。英米のシンクロな状況は、アメリカに於ける「ヴェトナム反戦→ヒッピー&フラワー・ムーブメント(詩人ギンズバーグなどがインド文化に傾倒)→マリファナ&インド旅行(バックパッカー)ブーム→野外大ロックフェス(後にジャズフェスも)」の流れの中で、インド旅行でシタールを買って帰る若者が多く居たことに起因します。もちろん、第三世界の民族音楽は、古くはパリ万博(1889年の第三回目)で見聞きした西洋クラッシクの作曲家がインスパイアーされたことをはじめとして、1950年代後半にはアメリカの映画音楽作曲家マーティン・デニーがかなり良い雰囲気で取り上げた御陰で、欧米の人々は耳に慣れ親しんではいました。

当時のベナレス(ヴァーラナースィー)を振り返って何人かのインド人音楽家は、「酷い有り様だった」と語ってくれました。何しろ朝から晩迄ガンジャ(マリファナ)浸けで、屋外では演奏しないシタール、タブラ(太鼓)を路上で演奏し、二個セットのタブラ(&バヤン)を二人でボンゴのようにぶっ叩くはあちこちで日常的。挙げ句には、干瓢が割れたシタールの胴に頭を突っ込んで歩く姿には激怒を通り越して卒倒しそうだった、などなど、思い出しても怒りが込み上げるような有り様だったと言いました。

インド旅行ブームは、日本では5年〜10年遅れて来ますが既にシタールは知られていた上に、「ジョージ・ハリスンは断念したそうだ」の話しも伝わっていましたので買って帰る人は僅かでしたが、そのような人々にせがまれて教え始めたのが私の教室の始まりでした。

実際ジョージ・ハリスンが最初にシタールを起用した「ノルーウェーの森(本当は家具、壁か床材のことらしい/1965年)の段階ではロンドンの骨董屋で買い、独学かインド料理店主にイロハを習った程度ですから、調弦もダルダルでした。ジャズ・ギタリストのガボール・サボもしかり。「ノルウェー」の前年の映画「ヘルプ」では、在英のインド人グループが演奏し映画にも登場していますが、なんと前回ご紹介した「スール・バハール(ベース・シタール)」も用いています。ジャズの世界でもイギリスのジョン・メイヤー&ジョー・ハリオットも、在英インド人音楽家のシタールとタブラを起用しています。

同じ頃イギリスのフォーク&トラッド・グループの「ペンタングル」は結構本格的に使っていました(メンバーではなくスタジオ・ミュージシャンですが)。
そして、1965年以降「猫も杓子も」シタールやインド音楽風、ラーガ風が欧米で大流行し、日本のレコード会社は急遽勉強会を開いて対応に苦慮したとのことです。何しろ「ラーガ・ロック」というジャンル迄生まれました。
なので、「えっ彼までもが?」というミュージシャンも「ラーガ・ロック」を録音しています。個人的にはジェフ・ベック(もちろんギター演奏です)が最も高水準に達していたと思っています。因にジミー・ペイジ(レド・ツェッペリン)が「俺の方がジョージより先にシタールを弾いた」と言ったことは良く語られています。
踊りながら歌うミック・ジャガーに蹴られそう踏まれそうになりながら胡座をかいてシタールを弾いたブライアン・ジョーンズは、それ程本気で取り組みはしなかったようです。亡くなる前はモロッコ音楽にハマっていました。

ところがそのジョージは翌1966年、ヘルプのミュージシャンから吸収したのでしょうか、かなり本格的になった「ラヴユートゥー」を発表し、翌1967年には既にラヴィ・シャンカル氏の弟子になり師のアレンジで「ウィズインユー・ウィザウトユー」を発表します。この頃にはもう自分ではシタールを弾きません。後半のインスト部分は10拍子です。録音メンバーにはシャンカル氏の天才的だったにも拘らず早世した息子も参加しています。
翌1968年のシングル盤B面「ジ・インナーライト」では古典音楽への興味を卒業し西インド民謡のスタイルを起用しています。その後ももちろんシャンカル氏との共演は続き。様々なフュージョン音楽で、今日のインド古典音楽界の巨匠の親たちの若かりし演奏が録音されています。

しかしご存知のように1970年代に入ると、ジミー・ペイジのハードロックによって、欧米ではアコースティック系が全く出番がなくなり、一気に下火。日本でも「めんたいロック」に始まり「日本のロックを世界水準に」の方向性に至って、むしろ和楽器などを起用しましたがパッとせず。フォークブームも到来しましたが、インドの香りは一切ありませんでした。個人的には「反戦」と結びついたイメージが安田講堂、あさま山荘事件を境に、反戦・ヒッピー系サブカル全体を「忘れよう」のスウィッチが入ったのではないか、と思っています。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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ヨーガ・スートラ第2章第10節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


ते प्रतिप्रसवहेयाः सूक्ष्माः॥१०॥
Te pratiprasavaheyāḥ sūkṣmāḥ||10||
テー プラティプラサヴァヘーヤーハ スークシュマーハ
これらは、精妙な場合、本来の状態に戻すことで、絶つことができる。

簡単な解説:前節までに、無明、我想、欲望、憎悪、生命欲という5つの煩悩について説かれてきました。本節では、これらの煩悩が潜在意識的に存在する精妙な形態である場合、心を自分自身の本質へと戻すことで除去することができると説かれます。