悪いエネルギーを貰ってしまう問題について

先日知り合いの方が、インド占星術師が鑑定をすることによりクライアントから、いわゆるカルマを貰ってしまうことに関して言及されていました。
クライアントの方が自分の運命を知り悪運を避け、幸運になると、その分の避けられた悪い運命を占星術師がもらってしまうという、考え方です。
似たような問題は、占い師の範疇だけでなく、医療関係者やセラピストの方やヒーラーと言われる職業の方などにもあるとお聞きしたことがあります。

相手を癒すことにより、相手の元々持っていたネガティブなエネルギーを貰ってしまう、という問題は、科学的根拠はないにせよ、経験的に良く知られていることではあります。
それにより運気が大幅に下がるということは実際あり得ると思います。
ホロスコープを見てそう悪い時期でもないのに、運気がいまいちだというような場合は、もしかしたらそういったことが原因の一つなのかもしれません。

インドに古来より伝わる叡智により、これらの貰ってしまった悪い運・悪いエネルギーを、取り去ったり軽減することはもちろん可能です。
個人的にはハヌマーンの礼拝が有効な方法の一つと考えております。過去に同じような問題に直面する上記の職業の方々にお勧めしてきましたが、おおむね良い結果につながっているように感じております。
入魂したハヌマーンのヤントラを礼拝する、入魂したハヌマーンの神像を礼拝する、あるいはハヌマーン・チャーリーサーを唱える、などは、想像以上に運気を改善し、力を得ることができます。上記のようなお仕事の方以外にも人ごみに行くと頭が痛くなってしまうような方にもお勧めですし、どなたにも良い影響があると思います。

注:今回は文章の流れ上、正確でない表現をしておりますが、「カルマ(カルマン)」という表現は本来は「行為」「業」などの意味です。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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闇から光への道のり

秋が深まり、インドでは続いていた9日間に渡るナヴァラートリー祭が終わりを迎えました。
季節の変わり目に祝福されるナヴァラートリー祭では、大自然のあらわれである女神への熱心な礼拝が続きます。
そして、この秋のナヴァラートリー祭の終わりに祝福されるのが、ダシャラー祭です。

ダシャラー祭は、ドゥルガー女神が悪神マヒシャースラを倒した日として、また、ラーマ神が魔王ラーヴァナに打ち勝った日として崇められます。
悪に対する善の勝利を象徴する、とても意義深い日であり、今年は10月19日にあたります。

このダシャラー祭から21日後に祝福されるのが、光の祭典であるディーワーリー祭です。
ディーワーリー祭にはさまざまな神話が伝わりますが、その中の一つでは、ランカ島でラーヴァナを倒したラーマ神が、アヨーディヤー王国へ凱旋した日であると伝えられます。

ダシャラー祭とディーワーリー祭の間が21日間であるのは、ラーマ神がラーヴァナを倒しアヨーディヤー王国へ戻るまでに、21日間かかったからだと信じられます。
興味深いことに、Google マップでルート検索をすると、その道のりが同じように21日間と表示されることで話題になりました。
偶然の一致かもしれませんが、現代の技術を通じて垣間見る古代の叡智には、どこか神秘性を感じます。

 

そして、その21日間の間には、一年でもっとも明るいと信じられる満月を迎えます。
その明るい月夜から一気に暗闇へと落ちる新月の夜、ディーワーリー祭が祝福されます。
この日、私たちは正義の象徴であるラーマ神を迎え入れるために、光を灯します。

私たちの歩みは、ラーマ神の行状記に見られる壮大な物語と同じように映ります。
さまざまな出来事に翻弄される人生のなかで、奮闘する私たち。
しかし、それらはすべて、闇から光へと向かうための道のりに他ありません。

今年のディーワーリー祭は、11月7日です。
ラーマ神を内なる世界に迎え入れるためにも、これからの21日間を大切に過ごしたいと感じます。
皆様にとっても、実りある時となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

コージャーガラ・プールニマー2018

秋の澄んだ夜空に浮かぶ満月の輝きは、心を奪われるほど美しいものです。インドには、そんな月夜を喜ぶ、甘美な祝祭があります。ナヴァラートリー祭を終えた後に迎える、コージャーガラ・プールニマー(シャラダ・プールニマー)と呼ばれる満月です。2018年は10月23日(日本時間では25日)となるこの満月は、インドの各地でさまざまな祝祭が執り行われます

一説に、この満月の月明かりは、不老不死の霊薬であるアムリタのような恩恵を私たちの心身に授けるといわれます。この夜、人々はキールと呼ばれるミルク粥を作り、月明かりの下に捧げます。この月明かりを浴びたものはアムリタになると信じられ、人々は心地よい月明かりの下で、アムリタとなったミルク粥を食します。

この夜にミルク粥を食する理由には、生命の科学に基づいた教えがあります。インドでは、長く続いていた酷暑期と雨期が終わり、夏から秋に向かう季節です。日中はまだとても暑く、夜は少しずつ冷え始めます。この時、私たちの身体では熱の性質をもつピッタが乱れ、心身にさまざまな不調があらわれ始めます。夜にミルクと米を食することは、このピッタを落ち着かせるための最善の方法として勧められてきました。

月夜の下に置かれたミルク粥は夜風に冷まされ、私たちの心身に入るとピッタを落ち着かせます。健康と幸福を授けるミルク粥、それはまさに、霊薬であるアムリタに他ありません。

収穫祭にあたる地域も多いこの満月は、豊穣の女神であるラクシュミーを夜通し礼拝する時でもあります。この夜、ラクシュミー女神は目を覚ましている者を見つけると、その者に喜びを授けるのだといわれます。美しい自然の情景、特に、満月を眺めることはピッタを落ち着かせると信じられてきました。ラクシュミー女神は、私たちに健康と幸福を授けるために、この夜にあらわれるのかもしれません。

神々の力のあらわれである大自然に調和をしながら、身体と心と向き合い、幸せに生きる術がインドには溢れています。次の満月、皆様もどうぞ、月明かりを浴びながら至福の時をお過ごしください。

(文章:ひるま)

155、アーユルヴェーダ音楽療法入門17(そもそも精神世界とは?-その4-)

精神世界(領域)の構造について
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既に何度もご紹介している、最も奥底から「魂~心~論理的思考域~気分・感情領域」であるとした「精神構造図」を、「貴方(私=筆者)のお考えでしょ?」とか「まぁひとつの考え方としては面白いかもね」などとお考えになる方は、「精神世界・瞑想・ヨガ」を長く学んでいる方には居ないと思いますが、一般の評価では、これが最も多く寄せられると思います。

この「貴方の意見だ」「ひとつの考え方に過ぎない」という受け止め方は、1980年代から急速に蔓延し、90年代には完全に定着したと認識しています。「価値観の多様化」とか「人それぞれ」「物事に正解・不正解など無い」などという風潮も同じ時代に蔓延しました。それらが相乗効果で、結局「学び~理解~消化・吸収~応用~実践」という機能が激しく減衰し「表層的な情報の収集」の時代に突入してしまったのです。
それと同時に論理的思考力も極端に衰えて行った姿が見られます。どんな生き物でも「使わない機能」は衰えてゆくのが当たり前です。

例えば「ひとつの考え方に過ぎない」とした人に、「では『別の考え方』を並べて、それぞれを論理的に検証したことがあるのか?」と訊くと、全く無いようなのです。ならばその姿は、まるで「ファミレスのメニュー」との向かい合いのようなものです。

「ひとつの考え方に過ぎない=数あるメニューのひとつに過ぎない」と同じであり「全てのメニューを食べて見なきゃならない筋合いはないだろう」「パッと見て、その時々の気分で『これだ!』と思ったものを選べば良いに決まっている!」ということ(価値観・思考性・志向性)です。

まだ食物の場合、幾らファミレス・メニューであってもある程度の栄養はあるでしょうが、これが「情報」の場合どうでしょうか? そこから「学び」が無く、ただ取り込んで置いておくだけでは、チラシを集めてきただけと同じではないでしょうか?
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私の「精神構造図」の元となったものは、それこそ45年の学びが基本にあり、インド文化・思想に限らず、世界中の文化・思想で言われていることや、世界中の神話や言い伝え、神秘主義から世俗歌謡に至る音楽・歌の世界で語られていること。そして、膨大な文献、ここ十年、二十年の日本内外のスピリチュアル・ヨガ・瞑想のweb情報などのとてつもない資料の、更にとてつもないクレージーな分析・検証から自ずと醸し出されたものなのです。

例えば音楽に関して、私よりテクニックがあり、格好良く、売れている人は世界に数十万居るでしょうが、「楽器の数、ジャンルの数」となると数人(私もうっとりさせられる心ある名演奏家も二三人居ますが)に過ぎません。世界規模でたったそれだけ、というのは明らかに「少数派=非常識=クレイジー」です。その二三人も私の楽器の数・ジャンルの数の百分の一かも知れません。それでも私とて、「音楽とは?」「人間とは?」「心とは?」を「分かりきった」などとは到底言えないのです。

楽器の数は、この十年でだいぶ手放しまし、保管料未払いで失ったものも多数ありますが、一時、リストを作り掛けた頃3千点を超えました。その後「滅んだユーラシア弦楽器の復元製作」をこの20年していますが、「作って奏でてみなければ分からない楽器は500点前後」。また200点しか出来ていません。手放した数より多いかも知れません。
復元製作に関しては、世界でも十数人がそれぞれ2~5点程度です。残念ながら「凄い正確(ツボを押さえている)だ!見事だ!」と思える復元にはまだ殆どお目に掛かっていません。私自身、百点作った時点と、二百点になった時点では、理解も納得も桁違いなのですから、2~5点で「楽器~音楽~人間~心」を語ることなど到底無理と思います。
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私の数十倍クレイジーな僧侶たちが、紀元前からの五千年、少なくとも二千年、数百人が叡智を積み重ねて来たヴェーダの科学が、現代社会人が五年十年で学び、理解出来る筈もないことですが。
一度「世界中の音楽のほぼ全てをかじってみよう。世界中の楽器の大半を奏でてみよう」と試みると、それ迄の感覚・観念は決定的に覆され、全く新しい世界に突入します。勿論45年掛けても(回り道や無駄な時間も多かったですが)、「学ぶべき音楽・実際に奏でてみるべき楽器」は、まだ数十残されていますが。
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「広く浅く」か「狭く深く」か? というテーマもまた、洋の東西を問わず、永遠のテーマでもあります。しかし「広く浅く」も、数十年も続けていると、自ずと深みも増すもので、何よりも「ひとつに執着」していることで「見失うもの」のリスクの方が遥かに大きいことも痛感しました。

今回の図は、私の「精神構造図」と「Taittiriya-Upanishad」で説かれている「人体5層論=Panch-Kosha(5層の鞘)」を照らし合わせたものです。様々な情報の執拗な分析から自然に醸し出された「構造図」が見えた、数年後に「Kosha論」を知った時「やっぱり!なるほど!」と思いました。

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何時も最後迄ご高読をありがとうございます。

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是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

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(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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ヨーガ・スートラ第3章第39節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


उदानजयाज्जलपङ्ककण्टकादिष्वसङ्ग उत्क्रान्तिश्च॥३९॥
Udānajayājjalapaṅkakaṇṭakādiṣvasaṅga utkrāntiśca||39||
ウダーナジャヤーッジャラパンカカンタカーディシュヴァサンガ ウトクラーンティシュチャ
ウダーナ気の支配により、水、泥、棘、その他に妨害されず、そして浮揚する。

簡単な解説:前節において、綜制の修習によって、心の束縛の原因が解かれると、心の進路がわかるようになることから、心は他人の身体に入り込むことができると説かれました。本節では、綜制の修習によって、上方にあげる働きを持つウダーナ気を支配することにより、身体を浮き上がらせることができ、水や泥にも沈まず、棘に触れても怪我をせず、自らの意志で肉体を去ると説かれます。

154、アーユルヴェーダ音楽療法入門15(そもそも精神世界とは?-その3-)

1、世界一用語が混乱している日本
「精神世界の語彙」のみならず、そもそも日本は世界で一番「現地専門用語のそのまま使用」が多く、そして混乱している国ではないでしょうか?

例えば昭和30年代生まれの私の子どもの頃は、お医者さんはほぼ全ての人がカルテをドイツ語で書いていました。「何故ドイツ語で書くの?」と訊けば「患者に分からないように」と正直に答えたお医者が居たそうな。まだインフォームド・コンセントの観念が普及していない時代のことで、むしろ逆に「秘密主義」的な姿勢が強かった時代です。そこで、「ではドイツのお医者は?」と訊けば「そりゃあドイツ語に決まってるだろう」という呆れた返答だったと言います。おそらく昔からイタリアのお医者、スペインのお医者は母国語でしたでしょう。「世界で日本だけが」の典型例です。

ところが、クラッシック音楽用語に関しては西洋でも、日本の「カルテはドイツ語」と同じ状況(音楽用語はイタリア語)があったようで、バッハ(独)、モーツァルト(墺)の時代(18世紀前半)はイタリア語を用いていたようです。中世~ルネサンス~バロック時代を通じて、長らく「イタリアは、西洋クラッシック音楽の発祥の国でありリーダー」と考えられていたからと言います。それがベートーヴェン(独)の時代(18世紀後半)まで続き、徐々に母国語を用いる(加える)ようになり、19世紀後半のマーラー、ブルックナー(墺)、ドビュッシー、ラベル(仏)の時代になると母国語の比率が増したと言われます。

必然的に明治以降の日本に於ける西洋クラッシック音楽教育では、イタリア語の楽語を完全に記憶していなければならず、ドイツ・オーストリア人の作品、フランス人の作品を学ぶときには、ドイツ語、フランス語の音楽用語も覚えなければならなくなってしまったのです。
ところがアメリカの交響楽団などは、早々に全てを英語に換えたとも言われます。そもそも各国の母国語の音楽用語の大半は日常用語なのです。ところが、合理主義に徹したアメリカのように「ならば母国・日常語で良いじゃないか」とならないのが日本なのです。

インド古典音楽の楽語の場合、今では日常用いられなくなったサンスクリット語の用語が3割程度で、中世イスラム王朝宮廷音楽時代のペルシア語、トルコ語、アラビヤ語が3割、今日日常も通じるヒンディー語が2割、今日も通じる筈ですが、「かなりかしこまった言い方やハイソな言い方、古臭い言い方」のヒンディー語が2割、といった感じです。

インドのリキシャ(人力車が伝わり現代はもっぱら自転車リキシャやオートリキシャ)ワラ(人夫)に、「ダヤン!(右)、バヤン!(左)、(いずれもインド古典太鼓タブラ・バヤンの左右の太鼓の名称と同じ)」は通じました。「Drut!(音楽用語の「早い」)」は、日常語でも「スピーディー、早い」ですが、人夫によっては通じませんでした。(通じないフリもありましょうが) 対語「Vilambit(Slow)」はより通じないでしょうし、使い時もないので試していません。しかし、これも音楽だけの言葉ではありません。

2、多国語が入り乱れることの功罪
今もドイツ語でカルテを書いている(随分少なくなったとも聞きます)お医者さんには嫌われるかも知れませんが、その習慣には「(昔の日本の医師に抱かれた)ドイツ語で書くことのステイタス」と「むやみに患者に医者の所見を明かさない(良くも悪くも)」という二つの性質があったと思われます。前者は、その習慣が薄れ、後者は「インフォームド・コンセント」の時代になって覆されました。私見としては、近年のあらゆる事柄に関する「平等・公開・権利保護」の風潮には、「やり過ぎ」と「それによって失われる大切なもの」も思わざるを得ないのですが…………………….。

音楽用語に関しては、今も相変わらず「イタリア語、ドイツ語、フランス語、英語」で全てを覚えなければならないだけでなく、「調名」に関しては未だに「変ホ長調」などと、明治に創案された日本語の「ドレミ=ハニホ」が使われています。かと思えば、実際の現場で「ドレミ」などと言うと「素人臭い」とされ「ドイツ語のツェー、デー、エー、エフ」が好まれるとも言い、ポピュラー・ミュージックでは「英語のシー、ディー、イー、エフ」ですが、バンドマン(まだ居るのか?※)の「業界用語」では、「おい!こないだ立て替えたゲーセン(G千円=五千円)何時返してくれるんだい!?」のように「ドイツ読み音名」が隠語になっています。
(※)私が洋楽で最初に仕事をしたのが19歳の時の「キャバレーバンド」でした。

これらの混乱の原因に見られる性質には、「郷に入っては郷に従う」的な、日本人が得意な「適応性」の素晴らしさと、「形から入りたがり、形で満足し、形で終わる(仏作って魂入れず)」の欠点が併せ持たれていると考えられます。

かく言う私も「インド古典音楽」を学び、教える時には、前述のような「現地の専門用語」を用います。手持ちのレコードやCDの資料リストを作る時でも、欧米盤のライナーに「Raga Yaman-Kalyan Slow-Tempo-Composition in 16Beats Teental」などと書かれていれば「Raga:Yaman-Kalyan Vilambit-Gat:Trital」に書き直します。リストの全ての情報が、統一された書式・用語で整理されていないと、一目で確認や比較が出来ないからです。

ちなみに、そのようなCDが日本盤で出ると、私のようにインド語に徹底することがないのは勿論、日本語にも替えず、英語のままなのです。「ゆっくりな器楽」と日本語で書いてしまうと「なんだか興ざめする」ということでしょう。

しかし、ここにも「語彙が混乱する」原因のひとつがあります。日本人は外来文化に関するものを「日本語にしたがらない」ということと、欧米以外の文化に関しても「英語」を好むという、明らかに「コンプレックス」が存在する風潮です。ヒンドゥー関連に関しても「Veda賛歌」を「Vedic-Chant」と言いたがる。「インド占星術」に至っては、正しくは「Jyotish(ジョティーシュ)」なのに、一旦アメリカナイズされたものをそのまま使いたがるので「ショーティッシュ」と思い込んでいる専門家が少なくない。同じことで昔から憤慨しているのが、「猫の学名」。学名=ラテン語なのですから「Feline=フェリーネ」でしょうに、「知ったか連中」は、英語化した「フィーライン」を用います。

私は、同じく、ペルシア音楽、アラブ古典音楽、トルコ古典音楽、ギリシア…………ブルガリア…….キューバ、ヴェネスエラ音楽…………でも、それぞれの現地の音楽用語を頭に叩き込みました。そのような実体験から、明治以降の日本のクラッシック音楽の担い手たちが、「憧れとより深い理解の為」に、現地用語を懸命に覚え活用する気持ちはとても良く分かり、それらを無下に「形から入る」とは言い切れない思いです。

ただ、どんな音楽ジャンルにも言えることですが、「専門用語や演奏家、楽器職人など」の音楽ファン~マニアが知らないことを「ひけらかす」ようなタイプの人間も少なくありません。そのような人々は、極めて限られたジャンルや地域の情報に執着しており、関連の情報には全く目もくれないという特性があり、そこには比較も全体把握も全く価値を感じていないかのようです。(音楽だけのことではないかも知れませんが)

この場合の「現地専門用語」は、「形から入って形で終わるの姿がある」と感じざるを得ません。「何かを理解する」ということが、「一点集中でより詳しい情報を得ること」だと思っているのは、世界で日本人だけだからです。しかもその感覚には「探究心の結果」というよりも「ステイタス・自尊心の道具」と感じされるものが多いのですから尚更です。

幸いにアーユルヴェーダ関連の専門用語と理論は、並みのインド古典音楽用語より膨大に多い上に難解なので「調べたことをネットに並べる」のが精一杯なのでしょう。その解説も「分かっているように見せている」ものばかりで、いろいろ落ちや矛盾がありますから「ひけらかし」に至ってもいない感じです。
(ただ、深刻な問題は、読者も「分かった気になりたいだけ」の人が増えたので、むしろ「分かってもいないけれど、分かった気になっている人の解説」の方が好まれる方向性があることです。)

しかし「精神世界の語彙」に関する問題は、これらのこと以上に深刻なものがあります。
「現地音楽専門用語や思想、哲学、文化用語を、日本人が様々に受け止め活用しているか?」としても、いずれも現地ではその「意味・価値」が確定しており、「人によって解釈が異なる」ということはありません。ところが「精神世界の語彙」に関しては、より詳しい専門的な用語は普遍的ですが、最も基本的な「気分・感情・思考・心・魂」の定義と「感じた・思った・考えた・想った」の解釈と語法さえもが「(世界中で)人それぞれ好き勝手」なのです。それでは、その先の「専門的な理解」も幾ら詳しく学んでも大きく異なってしまいます。

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何時も最後迄ご高読をありがとうございます。

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(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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第32回グループ・ホーマ無事終了のお知らせ

第32回グループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

第32回グループ・ホーマは、10月10日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

 

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

移り気な女神

新月の暗闇が光に包まれるディーワーリー祭。
そんな美しい夜に広く礼拝されるのが、ラクシュミー女神です。
ヒンドゥー教の創造神話である乳海撹拌を通じ、ラクシュミー女神はこのディーワーリー祭の日に、姿をあらわしたと信じられています。

豊かさの女神として崇められるラクシュミー女神には、チャンチャラという別名があります。
チャンチャラとは、あちこちに動く、不安定になる、などといった意味があります。
それはまるで、私たちが手にする富のようです。
ラクシュミー女神がそんな風に呼ばれるようになった理由には、ある神話が伝わります。

神々と敵対するアスラの生まれであるバリ王は、献身的に力をつけ、王国を繁栄させました。
しかし、強欲になったバリ王にうんざりしたラクシュミー女神はバリ王を離れ、神々の王であるインドラ神のもとへ行きました。
バリ王は力を失うも、インドラ神は力をつけます。
しかし、力をつけたインドラ神は遊びに耽り怠惰になると、ラクシュミー女神はインドラ神のもとも離れ、インドラ神は力を失いました。

バリ王のもとへ行ったり、インドラ神のもとへ行ったりするラクシュミー女神は、アスラたちから移り気で気まぐれな女神、チャンチャラと呼ばれてしまいます。
すると、ラクシュミー女神は答えました。
「私は正義に忠実である」と。

強欲になったり、怠惰になったり、私たちが正義を欠く時、さらなる富は生まれません。
それは、ラクシュミー女神が離れていくからです。
そんなラクシュミー女神が常に寄り添うのが、夫であるヴィシュヌ神です。
世界を維持するヴィシュヌ神は、正義の下で、大変な努力と働きを行う者であると考えたからだといわれます。

ヴィシュヌ神の下で維持されるこの世界を見てもわかります。
動きがある場所には、命や再生があり、動きがない場所には、死や腐敗があります。
自然の摂理に従って動くこの世界には、豊かな恵みが溢れています。

あちこちに動くラクシュミー女神を側に留めておくためには、私たちは常に、誠実な努力の下で動き続けなければなりません。
その人生には、限りのない豊かさというラクシュミー女神が、どんな時も側にいてくれるはずです。

(文章:ひるま)

大自然の平安を祈るグループ・ホーマ無事終了のお知らせ

大自然の平安を祈るグループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

大自然の平安を祈るグループ・ホーマは、10月9日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の大きな恩寵がございますよう心よりお祈り申し上げます。

光の祭典−ディーワーリー(ディーパーヴァリー)

2018年11月7日は、ヒンドゥー教の三大祭のひとつであるディーワーリーの祝日です。このお祭りは、別名ディーパーヴァリーともよばれ、サンスクリット語では「光の列、夜のイルミネーション」を意味します。
この祭典期間中は、ろうそくや煌びやかな照明がインド全国の街中で灯され、その美しさはおおくの人々を魅了します。

このお祭りは、以下のように解説されています[1]。

「ディーパーヴァリーは「光の祭典」として知られ、正義が悪に打ち勝った象徴である。ランプには、その勝利の祝福と人類の希望の記として、灯が点される。ディーワーリーまたはディーパーヴァリー(陶器製のランプの列)を祝う理由は、ラーマが宮殿から追放され14年間を森で暮らす間に、シーターを奪った羅刹王ラーヴァナを殺し、凱旋したラーマを祝福するためである。ラーヴァナを殺した日は、ダシャラー(ディーワーリーの19〜21日前日)として祝われる。祭典は、光とランプに焦点がおかれ、地域によっては、花火が打ち上げられるところもある。

ディーパーヴァリーは、ヒンドゥー暦のアーシュヴィン月に6日間連続で祝われる。おおよそ10月あるいは11月に行われるが、インドでは、もっとも人気があり、待ち望まれている祭典のひとつである。ヒンドゥー教徒、ジャイナ教徒、シーク教徒は、この祭典を、人生の祝福、そして家族と社会の絆を深めるために祝う。ジャイナ教徒にとっては、もっとも重要な祭典であり、ジャイナ教暦では新年にあたる。またシーク教徒にとっても、信仰上重要な祭典である。

・ヒンドゥー教における意義
祭典は、悪に対する正義の勝利を象徴する。サンスクリット語のディーパーヴァリーは、光が暗闇に勝利したことをあらわす光の列を意味する。サンスクリット語の知識が廃れるにしたがい、特に北インドでは、名称が一般にディーワーリーと変化した。

ディーワーリーの日は、多くの人は新しい服を身につけ、お菓子を分け合い、爆竹を鳴らす。北インドの経済界では、事業年度はディーワーリーの日に開始され、新しい商業帳簿はこの日から付けられる。

ヒンドゥーでは、この祭典を祝う理由を、次のようにいくつか挙げている。

・スカンダ・プラーナによると、女神シャクティは、シヴァ神の半身を手に入れるために、シュクラ・パクシャのアシュタミー(月が満ちる時)から21日間の苦行を行った。この誓願(ヴラタ)は、ケーダラ・ヴラタとして知られる。ディーパーヴァリーは、この苦行が完了した日である。この日、シヴァ神は左半身にシャクティを受け入れ、アルダナーリーシュヴァラとして顕現した。熱心な帰依者は、空間を意味するカラシャと呼ばれる容器に21本の紐を入れ、35日間21種類の供養を行う。最終日はケーダラ・ガウリー・ヴラタとして祝われる。

・ディーワーリーは、アヨーディヤの王ラーマが羅刹王ラーヴァナを殺し、シーターと弟のラクシュマナとともに、アヨーディヤへと凱旋した祝いでもある。道に沿ってオイルランプに灯りを点すことで、暗闇にある人々の道を照らすと信じられている。北インドでは、祭典はヴィクラム暦の最終日に行われる。次の日は北インドの新年にあたり、アンナクットと呼ばれる。

・クリシュナの妻のひとりであるサティヤバーマーによって、大破壊をもたらした悪鬼ナラカースラ(地獄のアスラの意味)が倒された祝日。クリシュナのアヴァターの時代であるドゥヴァーパラ・ユガにもたらされた。別の解釈では、悪鬼はクリシュナ自身に倒されたともいわれる。南インドでは、シャリヴァハナ暦にしたがうため、ディーワーリーの新年は一致しない。
(以下略)」

地方によっては、女神ラクシュミーをお祀りするところなどもあるようです。この日はインドの習慣にならって、ランプに灯を点し正義の復興を願ったり、日頃お世話になっている人々に贈り物をしてみるのもよいかもしれませんね。

出典
[1] Wikipedia “Diwali”, http://en.wikipedia.org/wiki/Diwali