第28回グループ・ホーマ無事終了のお知らせ

第28回グループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

第28回グループ・ホーマは、8月15日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

ガネーシャ降誕祭

2018年9月13日は、ガネーシャ・チャトゥルティー(ガネーシャ降誕祭)です。熱心な信奉者は、およそ10日間に渡って毎日ガネーシャ神に祈りを捧げる盛大な祭典です。

ここに、ガネーシャ・チャトゥルティーについて、スワミ・シヴァーナンダのお話をご紹介します[1]。

『至高神であり、シヴァ神の活力であり、祝福の源泉であり、美徳そしてあらゆる試みの成功を授けるブラフマー自身であるガネーシャに礼拝します。

ムシカヴァーハナ・モーダカ・ハスタ
チャーマラ・カルナ・ヴィランビタ・スートラ
ヴァーマナ・ルーパ・マヘーシュワラ・プトラ
ヴィグナ・ヴィナーヤカ・パーダ・ナマステー

意味:
「ヴィナーヤカ神よ!障害を取り除かれる、小柄なシヴァ神の息子。
ねずみを乗り物とし、甘いお菓子を手に持ち、大きな耳と長い鼻を持ったお方。
あなたの蓮華の御足にひれ伏します!」

ガネーシャ・チャトゥルティーは、インドのお祭りの中でももっとも人気のあるお祭りのひとつです。この日は、ガネーシャの誕生日にあたります。これは、ガネーシャにとって、もっとも神聖な日となります。インドの太陰太陽暦では、バードラパダ月(8月〜9月)の新月から4日目にあたります。このお祭りは、インド国内はもちろんのこと、ガネーシャを信奉する世界中の人々によって祝福されます。

このお祭りでは、土のガネーシャ像が作られて、2日間から地域によっては10日間お祈りが捧げられた後、川に流されます。

ガネーシャ神は、象の頭をした神様です。そして、お祈りの最初にまず崇められます。神聖な仕事がされる前、さまざまな祈祷が行われる前には、ガネーシャの御名が最初に唱えられます。

ガネーシャは、力と英知の神様です。ガネーシャは、シヴァ神の長男であり、軍神スカンダ(カールッティケーヤ)の兄にあたります。ガネーシャは、シヴァ神の源泉であるため、シャンカラとウマー・デーヴィーの息子ともいわれます。母親にとって、ガネーシャ神を礼拝することは、子供たちにガネーシャのような美徳を身につけてほしいとの願いが込められます。

次の物語は、象の頭をどのようにしてもつようになったかという、ガネーシャの誕生にまつわるお話です。

昔、ガウリー女神(シヴァ神の妃)が沐浴をしている時、彼女の身体から出た垢から、真っ白なガネーシャを作り、家の玄関に置きました。彼女は、自分が沐浴をしている間は、決して誰も中に入れてはならないと、ガネーシャに言い聞かせました。すると、そこへシヴァ自身が、急いで家に帰ってきましたが、玄関でガネーシャに止められてました。シヴァは怒り、ガネーシャを門外漢だと思い込んで、彼の首を切り落としてしまいました。

それを知ったガウリーは、悲哀に暮れました。彼女の悲しみを慰めるために、シヴァ神は家来たちに、北を向いて寝ている生き物を探し出し、その生き物の首をここへ持ってくるよう命令しました。家来たちはさっそく行動に移し、象だけがその方向へ向いて寝ているのを見つけました。こうして象が生贄となり、象の首がシヴァに届けられました。すると、シヴァ神は、象の首をガネーシャの身体につなぎ合わせました。

シヴァは、仕事、結婚、旅行、学問、その他すべての行為の始めに、ガネーシャを礼拝の対象にするようにしました。そして、毎年、バードラパダ月(8月〜9月)の新月から4日目に、ガネーシャの礼拝を行うことを定めました。

ガネーシャの恩寵と援助がなければ、どのような試みも達成することができません。私たちのすべての行為は、ガネーシャの援助、恩寵、祝福によって支えられています。

マハーラーシュトラの子供たちは、アルファベットの最初のレッスンは、「オーム・シュリー・ガネーシャーヤ・ナマハ」という、ガネーシャ神のマントラ(真言)から始まります。そうしてはじめて、アルファベットが教えられるのです。

次の名前は、ガネーシャ神に共通の名前です。
ドゥームラケートゥ、サンムカ、エーカダンタ、ガジャカルナーカ、ランボーダラ、ヴィグナラージャ、ガナーディヤクシャ、パラチャンドラ、ガジャーナナ、ヴィナーヤカ、ヴァックラトゥンダ、シッディヴィナーヤカ、スールパカルナ、ヘーランバ、スカンダプールヴァジャ、カピラー、ヴィグネーシュヴァラ等。そして、ガネーシャ神は、マハー・ガナパティとしても知られています。

ガネーシャ神のマントラ(真言)は、「オーム・ガン・ガナパタイェー・ナマハ」です。ガネーシャを守護神として信奉する霊性修行者は、このマントラか、または「オーム・シュリー・ガネーシャーヤ・ナマハ」のマントラ(真言)を繰り返し唱えるとよいでしょう。

ガネーシャの信奉者は、次のガネーシャ・ガーヤトリー・マントラのジャパを行うこともできます。これは、次のようになります。

タットゥ・プルシャーヤ・ヴィッドゥマヘー
ヴァックラトゥンダーヤ・ディーマヒー
タンノ・ダンティ・プラチョーダヤートゥ

ガネーシャ神は、英知と至福の化身です。ガネーシャ神は、ブラフマチャリヤ(自己実現を探求する独身者)たちの神様であり、禁欲主義者にとってもっとも重要な神様です。

ガネーシャ神は、小さなネズミを乗り物としています。ガネーシャ神は、クンダリニー・シャクティが宿り、身体の霊的中枢であるムーラーダーラ・チャクラに安住する神様です。

ガネーシャ神は、霊性修行者が歩む道のすべての障害を取り除き、霊的な成功はもちろん、世俗的な成功を授ける神様です。そのため、ガネーシャ神は、ヴィグナ・ヴィナーヤカと呼ばれます。ガネーシャ神のビージャ・アクシャラ(種子)は、「ガン(Gung)」です。これは英語の「sung(singの過去分詞形)」と同韻を踏む発音になります。彼は、調和と平安の神様です。

ガネーシャ神は、ヒンドゥー教徒の間で主要なマントラである「オーム」すなわちプラナヴァ(原初音)を示します。これを唱えることなしには、何事も行うことができません。これは、あらゆる儀式や計画の前に、ガネーシャ神を召喚するための習慣です。ガネーシャ神の2本の足は、知識と行為の力を示します。象の頭は、自然の造詣の中で、オームを象徴している唯一のものとして、重要な意味を持ちます。

ガネーシャ神がネズミを乗り物とする意義は、エゴを完全に克服することです。アンクシャ(槍のような武器)を手に持つ姿は、ガネーシャ神が世界の支配者であることを示し、これは、神々の王族の紋章でもあります。

ガネーシャ神は第一番目の神様です。自然の中でもっとも小さい生き物のひとつであるネズミに乗り、すべての動物の中でもっとも大きい象の頭をもつことは、ガネーシャ神がすべての動物の創造者であることを意味します。象はとても賢い動物です。これは、ガネーシャ神が英知の象徴であることを示します。またネズミは、進化して象になり、最終的に人間になるように、進化の過程を意味します。ガネーシャ神が、人間の身体や象の頭を持ち、ネズミを乗り物とすることには、このような理由があります。これが、ガネーシャ神の姿の哲学的象徴です。

ガネーシャ神は、元素のグループ、感覚のグループなどのガナ(群)の神様です。ガネーシャ神は、シヴァ神の従者の長であり、シヴァ神の最高の家来になります。

ガネーシャ神は、ヴァイシュナヴァ派の信奉者たちにも礼拝されます。彼らはガネーシャ神を、象の鼻をもつ神様という意味のトゥンビッカイ・アルワールと呼びます。

ガネーシャ神の持つ2つの力は、クンダリニーとヴァッラバすなわち愛の力です。

ガネーシャ神は、甘いプディング菓子(甘い中実が詰まった米粉の饅頭)が大好物です。誕生日には、ガネーシャ神は甘いお菓子の供物を受け取りに、家から家へと渡り歩きます。たくさんのお菓子を食べ、夜も更けたとき、ガネーシャはネズミに乗って出発します。しかし突然、蛇が襲いかかってきたのを見たネズミがつまずいてしまい、ガネーシャはネズミから落ちてしまいました。その衝撃で、ガネーシャのお腹は破裂し、詰め込んだ甘いお菓子が全部外に飛び出てしまいました。しかし、ガネーシャはそのお菓子をお腹に再び詰め込むと、蛇を捕まえ、彼のお腹に縛り付けました。

この一部始終を見ていた夜空の月は、腹の底から大笑いしました。ガネーシャは、月の失礼な態度に腹を立て、彼の牙の一本を月に向かって投げつけました。そして、ガネーシャ・チャトゥルティーの期間は、誰も月を見てはいけないと呪いをかけたのです。もし誰かが月を見るようなことがあれば、悪名や批判、不運は避けられないだろうと……。しかし、この期間に間違って月を見てしまった場合は、スヤマンタカ宝に関するクリシュナの逸話を聞いたり、読んだりすることが、呪いを解く唯一の方法だといわれています。この逸話は、シュリーマド・バーガヴァタムに引用されています。ガネーシャ神はこの取り決めを喜びました。帰依者たち優しく、慈愛に満ちたガネーシャ神に栄光あれ!

ガネーシャと彼の兄弟であるスブラマニヤは、かつてどちらが年長者であるかで競ったことがあります。事態は、シヴァ神の最終的な判断に委ねられました。シヴァは、宇宙を一周して、先にこの出発点に戻ってきた者を、年長者とすると決めました。スブラマニヤは、彼の乗り物であるクジャクに乗って、すぐに宇宙を周り始めました。しかし、賢いガネーシャは、尊敬の念を持って、彼の両親の周りを一周すると、勝利を求めました。

シヴァ神は問いかけます。
「賢い最愛のガネーシャよ。お前は宇宙を一周していないのに、どうして勝利を要求するのか?」
ガネーシャは答えました。
「私は両親の周りを一周しました。両親は全宇宙を象徴しています!」

こうして兄弟論争はガネーシャの勝利で幕を閉じ、その後、2人の中でガネーシャが長男として知られるようになりました。母のパールヴァティーは、賞品として、ガネーシャにフルーツを与えたといいます。

ガナパティ・ウパニシャッドでは、ガネーシャは至高神と同一と見なされます。ガネーシャにまつわる伝説は、ブラフマヴァイヴァルタ・プラーナのガナパティ章に記されています。

ガネーシャ・チャトゥルティーの日は、早朝のブラフマムフルタの神聖な時間帯に、ガネーシャ神にまつわる神話を瞑想しなさい。それから、沐浴をした後、寺院に行き、ココナッツや甘いお菓子とともに、ガネーシャ神に祈りを捧げなさい。愛と信仰をもって祈りを捧げることで、ガネーシャは霊的な進化の過程で経験するすべての障害を取り除いてくれるでしょう。家でもお祈りを捧げることです。パンディット(僧侶)の援助を得てもよいでしょう。ガネーシャ神の絵や写真、神像を家に飾り、ガネーシャがそこにいるように感じなさい。

この期間に月を見てはいけないということは、忘れてはいけません。ガネーシャ神に失礼な行為になります。この行為の真意は、この日から神を冒とくしたり、あなたの霊的な師や宗教を蔑む信仰のない仲間たちを避けなさいという意味があります。

心新たに霊的な決意をし、あらゆる試みで成功するための精神的な強さをガネーシャ神に祈りなさい。

ガネーシャの恩寵が、すべての人々に降り注ぎますように。
ガネーシャが、あなた方の霊的道程に立ちふさがるすべての障害を取り除きますように。
そして、あなた方に精神的成就のみならず、物質的な豊かさがもたらされますように。

スワミ・シヴァーナンダ』

ガネーシャ・チャトゥルティーでは、期間中にお世話になったガネーシャ神像を最終日に川に流します。そのため通常は土でできたガネーシャ神像を特別に買い求め、その期間中はその土のガネーシャ神像を礼拝することが行われています。

ガネーシャ・チャトゥルティーを本格的にお祝いしたい方は、日本では土製のガネーシャ神像を入手することは難しいと思いますが、次のビデオなどを参考にして、粘度でガネーシャ神を造ってみるのも面白いかもしれませんね。

このようにして造られたガネーシャは、きっと愛着のわく素敵なガネーシャになるでしょう。もちろん、すでにお持ちのガネーシャ像にお祈りを捧げてもよいと思います。
どうぞガネーシャとともに、楽しいガネーシャ・チャトゥルティーをお過ごしください。

参照
[1]Sri Swami Sivananda, Ganesh Chaturthi, http://www.dlshq.org/religions/ganesh.htm
[2]SitaRamaブログ, ガネーシャ・チャトゥルティー, http://blog.sitarama.jp/?eid=297450

146、アーユルヴェーダ音楽療法入門8(瞑想と音楽療法1)

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瞑想の意味・目的
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インド・スピリチュアルグッズ専門店の「シーターラーマ」さんのファンの方の中では、「瞑想に興味関心がある」どころか、何年も実践されて来た方が少なくないと思われます。

そのような方々には周知のことですが、「瞑想」と言ってもそのスタイル(方法)には幾つかのものがあります。

総論で分類すれば、現代の「瞑想」の多くは、20世紀後半にインドや欧米のYogiたちが苦心して「如何に現代人の意識を覆っている観念と自我を取り除くか?」と試行錯誤の末に辿り着いた方法論が主であると言うことが出来ます。

一方、中世インドでは、YogiやSwami(出家者/解脱者とする人もいますが)が、出家者ならではの「瞑想法とその究極の領域」も探求しました。

が、それは在家(今世に社会人として生きる私たち)には、果たして「有益」なのでしょうか? 実際「実存・自我の喪失=存在の抹消」の危険さえもあります。詳しくは、次回ご説明します。
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Vol.143でも紹介した、今回の図は、まず、図の右側が、本来人間が持って生まれた「意識と心の構造」です。

勿論科学的な証明派不可能ですが、世界中で古来から同じことが言われています。

アジア諸国では日本語の「気分感情~思考~心~魂」の順に奥深いと考えられ、欧米諸国では英語の「Heart~Mind~Spirit~Soul」の順に奥深いと考えられています。

概念としては確定していないがため。時代や説く者によって解釈は巧妙に替えられてしまいますが。

「魂の叫び」などが最上級の深みであることや、「心に響いた」などが、日常的ではない深い意味合いを持って語られることもまた、世界中に共通しています。
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また、「魂」に関しては、「輪廻転生」を信じないアブラハム系3教と東洋思想・哲学では解釈が全くことなりますが、西洋でもキリスト教の浸透(以外に東欧北欧の一部などは数世紀も遅れていたらしい)以前には輪廻転生を信じる宗教もありました。

「輪廻転生」を信じる場合、或る意味「魂は神からの預りもの」である訳ですから、「精神~心」の領域の外側近くでぶらぶら浮遊している筈もありませんし、頻繁に「魂の叫び」が聴こえる様でも困ります。

そして、現代人の多くが「感じた/思った/考えた」が混乱・混同していることから、気分・感情が内面奥深くにある筈も無ければ、論理的思考が外側の筈もないのです。

このようにして、ひとりひとりの人間の中の精神世界の構造は、自ずと図のような配置になるのです。

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古代インドの叡智:VedaとTantraでは、「配置図:Yantra」こそは明確に示されていない(残っていないだけかも)にしても、その名称「Ahamkara~Vidya~Chaitaniya~Prakriti」とその順番(価値)は明確に説かれていました。尤も、後世様々な宗派が異なる解釈を説いてもいますが。

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現代人の瞑想の問題と限界
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問題は、現代人の多くが何故、「感じた/思った/考えた」を混乱・混同しているのか?
ということです。

それは、外的要因(外因)に反応して生じる「気分・感情」に、「思考領域」が破壊され、「心の領域」迄もが浸食されているからに他なりません。

左図の「浅葱色(あさぎ色/薄い青と薄い緑が混ざったような)」の「気分・感情」に「思考領域」が完全に支配され、「心の領域」迄もが、「青色化」している状態です。

昔から言われる「心が荒む」の状態でもあります。
また近年良く言われるのが「心が折れる・折れそう」は、「心を守る城壁=論理思考」が欠如しているからに他なりません。
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逆に、「心が強い」は、昔の人の場合、論理性を自覚せずとも、確固たる伝統的な観念とリンクした信念や理念がありましたから、「心が強い」は「意志の強さ」であり、「志」を持っていたという意味です。

つまり「心が強い・弱い」は今も昔も語彙の誤用です。

「心は弱くデリケートで当たり前(正しい=健康)」な筈です。

従って「伝統的な観念/理念/信念」を持ちにくい現代人は、「論理思考力」を失えば、当然のように所謂「心が弱い(折れ易い)」のですが、

解決方法は「心が強くなる」ことではないのです。
それこそ「心が荒んでしまう」に違いありません。

不思議なことに、左図のような状態の人の多くに「青系の色が好き」「空を眺めると落ち着く」という傾向が強く現れます。

これは、現代人に限ったことではなく、あくまでも「現代はそのような人が急増している」という意味です。

60年代のフォークソングで、一説には小学校の音楽の教科書にも取り上げられたこともあると言われる「遠い世界に」など、あの当時の歌には「空に憧れる」というテーマが多く歌われました。

社会の行く末が不明瞭な上に、団塊の世代は人が多く就職難。学園紛争で社会を変えるという夢も潰えていた時代で、今日に似ているとも言えます。(今日の就職問題は質が違いますが、先行き不透明は同じでしょう)

しかし、逆に言えば、そもそも「気分・感情」は、外因に反応して当たり前でもあります。

むしろ「枝葉は雨・風・陽射しを受けて自由自在に揺れたなびいてしかるべき」だからです。

その変わり「太枝と幹はブレてはならない」筈ですが、ここが現代人の大きな弱点であり、考え落ちであり、問題点です。当然「大地に根を張る」など望めようもありません。

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何時も最後迄ご高読をありがとうございます。

福岡市南区の自宅別棟楽器倉庫の教室では、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

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You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

「いいね!」「チャンネル登録」などの応援を頂けましたら誠に幸いです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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カルキ・ジャヤンティ2018

kalki

2018年8月16日はカルキ・ジャヤンティ(降誕祭)です。

カルキはヴィシュヌ神の10番目の化身と信じられ、「永遠」や「時間」を象徴します。その名には、「不潔」や「汚物」という意味があり、悪や暗闇、無知を破壊する者として崇められます。

カルキはカリ・ユガの最後に現れ、世界の悪をすべて滅ぼし、新たな世界を築くと信じられています。シュラヴァナ月(7~8月)の新月から6日目に誕生すると信じられており、2018年は8月16日にあたります。

カルキ・プラーナには、シャンバラという村に生まれることも記されています。白い馬に乗り、剣をもって描かれます。雷や大雨、厳しい日照りなどが関連付けられることも多く、古代の人々が大自然の破壊と不要な要素の破壊を示唆していたとも伝えられています。

参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Kalki

ヨーガ・スートラ第3章第30節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


कण्ठकूपे क्षुत्पिपासानिवृत्तिः॥३०॥
Kaṇṭhakūpe kṣutpipāsānivṛttiḥ||30||
カンタクーペー クシュトピパーサーニヴリッティヒ
喉の井戸により、飢えと渇きが止む。

簡単な解説:前節において、臍のあたりにあるとされるチャクラへ綜制を行うことにより、身体組織の知識を獲得できると説かれました。本節では、喉の井戸とも呼ばれる喉のくぼみへ綜制を行うことにより、飢えと渇きによる苦しみを消すことができると説かれます

聖者の心から生まれた蛇の女神

酷暑期を終え、恵みの雨が降り続くシュラヴァナ月(7月~8月)は、一年のうちでもっとも神聖な時といわれます。
そんなシュラヴァナ月の新月から5日目、インドの各地では、ナーガ・パンチャミーと呼ばれる蛇神を讃える祝祭が祝福されます。
2018年は8月15日です。
雨季に入り、さ迷い出る蛇の被害を受けないよう、人々が捧げた祈りに起源を持つ祝祭です。

古代より、多産や豊穣の象徴として崇められてきた蛇。
脱皮を繰り返す姿には、死と再生の象徴を見ることができます。
一方で、蛇の持つ毒と、くねくねと動き回る姿は、せわしなく動き続け苦悩を生み出す心の象徴して捉えられることがあります。

人々に畏怖の念を抱かせてきた蛇は、古代より神格化され、重要な役割を担ってきました。
蛇神は数多く、それぞれの存在は霊性を高めるための深い意味を持ち合わせています。
そんな蛇神の中に、マナサー(マンサー)と呼ばれる女神がいます。

蛇の毒を癒す力を持つ女神として崇められるマナサー女神は、サプタリシ(七聖仙)に数えられる聖者カシュヤパの心から生まれたと伝えられます。
心(マナス、意)から生まれたために、マナサーと名づけられたこの女神を祀る寺院は、インドの各地に存在します。
マナサー女神は、帰依者の願望を満たすと信じられ、寺院は願望が満たされる聖地として崇められてきました。

私たちは、心の動きを通じ、さまざまに突き動かされています。
その結果、甘露のような恩恵を味わうこともあれば、猛毒のような苦悩を味わうこともあります。
しかし、その突き動かす力なしに、願望を達成することはできません。
時に猛毒のような苦悩を生み出す心の動きも、神々の支配下にある時、それは願望を達成する大きな力となるはずです。

自然と密接に生きていた古代の人々の生活において、蛇の毒による死は身近であったといわれます。
聖者の心から生まれ、そんな猛毒を癒す力を持つマナサー女神は、私たちの心の働きを正し、願望を達成する力を与えてくれるのかもしれません。
その力の下で突き動かされる私たちは、清らかで満たされた人生を歩むことができるはずです。

(文章:ひるま)

スヴァーディシュターナ・チャクラを活性化するヴィシュヌ・マントラ

脊椎の基底から、頭頂までには、チャクラと呼ばれる微細なエネルギー領域があります。
これらは、わたしたちすべてが持っている神聖な意識の力であるクンダリニー・シャクティの通路です。
チャクラを開花させることは、より高次の意識と平安へと導き、制限的な人間の力から、限りない神的な力へと変遷させます。

チャクラの不調和は、視界を曇らせ、さまざまな肉体的・精神的な疾患の原因となります。
神秘的な音楽は、霊的なエネルギーを呼び覚まし、チャクラの力を実感する助けとなります。

宇宙の維持者として知られるヴィシュヌ神は、生殖器官の根幹に位置するスヴァーディシュターナ・チャクラに作用し、生殖器に関する大切なバランスを整えるといわれます。

スヴァーディシュターナは、下から2番目のチャクラであり、美、安定、性的達成をもたらします。
このチャクラの不調和は、活力の欠乏、抑制、疑念、間違った知識、残酷な行為などの原因となります。

「自らが宿る場所」という意味を持つスヴァーディシュターナは、水の要素を持ちます。
水があらゆる生命の源であるように、自分自身の全てが眠っていると伝えられています。
ヴィシュヌ神は、永遠であり、万物に浸透する精神であり、宇宙創造の前から存在する原初の水に関連があるといわれ、「水に住む者」という意味のナーラーヤナと呼ばれているという説もあります。

チャクラに対応した神々の波動のリズムに乗り、調和と成功に満ちた生活を生み出しましょう。

145、アーユルヴェーダ音楽療法入門7(意識と音楽療法4)

現代人の深刻な思考性・思考力
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まず始めにひとつめの図、四つの円図で示した「心と体の四種のタイプ」について説明します。

図の右上は、先天的な障害の場合を除いて(※)おそらくほぼ全ての人間が「生まれながらにして持って居る意識~心の構造」です。それに対して左上は、現代人の極めて多くの人々が陥っている状態を示しています。

図の右下は、かつて「高機能自閉症」と呼ばれた分類の代表的なもののひとつ「アスペルガー症候群」の構造です。左下は、同様にかつて「低機能自閉症」と呼ばれた、先天的に知能(思考)障害がある場合の構造です。

まず、この図の根拠を説明します。

左下の「低機能自閉症」の場合、先天的な機能障害で思考力が極めて脆弱です。

左上の「多くの現代人の構造」と似ていますが、左上の場合、「外的要因に反応して気分・感情」が発現するため、一見して「社会との関係性を持っている」即ち「社会性・コミュニケーションは問題ない」とされるのに対し、

左下は、「心と感情の領域と境目が不明瞭」で、その不明瞭な領域から「感情」が発現するため、ほぼ殆ど外因と無関係(勿論、喜怒哀楽の反応はむしろ強くあるでしょうが)であるので「コミュニケーションが取れない、社会性が欠如」とされます。

これに対して「高機能自閉症(アスペルガーなど)」の場合、思考領域は、基本的に「心」に支配されています。ですが、機能が失われていない場合が多いので、療法と指導によって活性化し得ます。

基本では緑色の矢印のように「内発的」に込み上げるものが感情を支配しますから左下図と同様に「コミュニケーションが取れない、社会性が欠如」とされます。

右上の「本来の構造」では、「魂と心」を「論理的思考力」が城壁のように取り囲み守っていますので、純性(Sattva)が保たれます。

思考領域の外側の「気分・感情領域」は、内発の想いも思考の許可を得て発現し得ますし、外因にも自在に反応します。

故に「芸術・文学の創造」も可能ですし、鑑賞による感動も自由自在です。

勿論、人の悪意の行為や、悪意の無い残酷な言葉に傷つくこともあります。が、「論理的思考」によって、「無毒化」されたり「解毒」されます。

そもそも「心と体」は、基本的に同じ様な機能を持って居るのです。

「論理的思考」は、極めてニュートラルで不偏的ですから、正しく「体の恒常性」に一致します。言い換えれば、この「論理的思考」は、感情と心を恒常的にバランスを取っており、それが「守る」の意味合いです。

そして、今日の人間に極めて多い左上図ですが、「論理的思考」が欠落しているという意味では、下段の「精神障害・意識障害・発達障害・人格障害」と殆ど変わらないのです。しかし、前述しましたように、「外因反応」の御陰で「社会性に問題無し」とされるがため「病気ではない」とされているに過ぎません。

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「感じた」「思った」「考えた」の区別をしない人々
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右上図に書かれた英語の名称は、何方も良くご存知と思いますが、日本よりも先に英語圏で既に曖昧になって来ていたことが分かります。
そもそも西洋先進国でさえも、「Soul/Spirit/Mind/Heartの論理的分別(概念)」は存在しないのです。

それでも欧米諸国の昔の人々や日本の昔の人々は「感じた/考えた/思った/想った」を区別して用いていました。しかし、左上図のような現代人の多くが、この区別が出来ません。これこそがこの図の正しさを明確に証明しています。

「感じた/考えた/思った/想ったを区別出来ない」どころか、「感じたを思ったと言いたがる」「思ったを考えたと言いたがる」という無意識の自己美化もこの数十年横行しています。

かと思えば、最近知って愕然としたのですが、まるで「居直った」かのように、全てを「感じた」と(或る意味正直、正しく)表現する人が増えて来たことです。

この左上図のような構造は、様々な問題を内在しています。

赤い矢印の外因の刺戟にくたびれてしまい、「自分の考え」が自覚出来ないことは勿論ですが、「自分の心」さえも分からなくなってしまう。「自分を見失っている」ことに気付いてしまうという問題です。

また、それに疲弊すると、「心と体」は、自然に自己防衛に取り組みます。その結果が「無気力症候群(アパシーなど)」や「鬱病」です。

同様に、左上図の構造の人が、殺人・傷害事件、我が子の虐待、DVなどの事件を起こすことも、構造上極めて自然で容易なことなのです。つまり、「感じた/考えた/思った/想った」を区別出来ない人はほぼ全て、「何時でも犯罪者になり得る」訳です。

それを防いでいるのは「親の教養の御陰の善悪観念」と「刑罰に対する恐怖」でしかないのです。

しかし、この「観念」も極めて危ういものです。
事実「飲酒運転」が減らないのは、外因=雰囲気に呑込まれ「自分に限って事故らないだろう」というような感覚に支配されてしまえば、最早歯止めはありません。

とりわけ「悪気が無かった=悪くない」という観念の人は、自覚しない間に、極めて恐ろしいことをしていることも少なくありません。

便宜上「現代人」としましたが、実際はかなり昔から左上図の人間は多かったのかも知れません。

外からの情報に左右され、反応して「気分・感情」が形成され、またそれに支配される。その結果が戦争中、殆ど全ての人が「鬼畜米英」「欲しがりません勝つ迄は」などのスローガンを心底思い込んで、従わない人が居ればご近所は勿論、親族迄憲兵に密告したり出来たのです。

元々日本人は、欧米人、インド、アフリカ人などと比べると「大勢に流され易い」傾向があったのかも知れません。

その根拠が分かり易く現れているのが「オーケストラ」が有るか否か?です。

欧米には優秀な西洋クラッシック・オーケストラがあることは言う迄もありませんが、同じ欧米系でもラテン諸国(イタリア、スペイン、ポルトガル)は比較的少なく、世界のトップは、ベルリン・フィル、ウイーン・フィルなどです。アフリカやインドでは殆ど聞きませんが、日本は欧米に迫る程です。

それでも1980年代頃までは、欧米では「自分の意見を言えない人間」は軽蔑されていました。

音楽鑑賞や映画鑑賞の後、日本人お得意の「良かった」「感動した」で済ませることは欧米では「意見」とは認められなかったのです。

「何処かどう、何故良かったのか?」とある程度論理的に語れない人間は、「流される・ブレる人間」として信用さえされなかったのです。

ところが、1980年代以降、欧米も急速に日本的に変化しています。日本製製品の普及やアニメの流行でしょうか?

恐らく今や欧米でも「Heart/Mind/Spirit/Soul」の区別が曖昧な人が増えて来ているのでしょう。

しかし、西洋で最も先進的な文明を誇る国々で「Heart/Mind/Spirit/Soul」という語彙がkろうじてであろうとも今日にも存在し、東洋で最も物質文明が先進した日本でも「感情(感じた)/思考(思った~考えた)/心(想った)/魂(得も言われぬ感覚)」という語彙がかつては普通に存在した以上、人間の「心の領域(残念ながら全体を指す語彙は無い)」は、体の構造と同じように多様で複雑であることを知っていた筈です。

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意識や心にも臓器のような領域と役割がある
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今回のもうひとつの図の縦に二種書かれた「人間の臓器などの器官と心の器官」の図について説明します。

図の左側は、医学・解剖学的に周知の「主な臓器や幾つかの経絡」を現したものです。右は、前述したように「心の領域も同様な筈」に基づいた(現代ではまだ誰も説いていない)「気分感情・思考・心・魂の構造と役割」を現したものです。

恐らく現代人の多くが、「不純物毒物が多いのに『甘くて美味しい』とか『皆が食べている評判が良い』『手軽で便利』などと言って偏った食事をしている」が為に、中央辺りに描いた緑色の消化器がかなり疲弊していると考えられます。

同時に、体では「消化吸収代謝と中和無毒化解毒」を司る「肝臓」に相当する思考(脳機能の或る部分)「論理・分析・消化(理解と納得)」の領域と、それを活性化させる「酵素のような応用力(及び推論力、洞察力)」が全く弱体化していることは明らかです。

また腎臓に相当する領域は「不要物のDetox」ではなく、「有益か無益かを正しく選別・判断出来る『真贋見極め』の力と機能」である筈ですが、「耳に優しい=良い話し/耳が痛い=嫌な(悪い)話し」としてしまったり、よろずに「安直で短絡的で表層的なもの=簡潔で分かり易い」「多くの人が『いいね!』をしている=良い話」のような選択眼では、「腎臓に相当する機能」も全く機能していないと考えられます。

そして、近年「西洋化学医療」の従事者されも見直しつつある「腸内環境」は、「第二の脳」とさえいう専門家も現れていますが、実際「健康な腸壁」は、「悪玉菌や毒素、不純物を吸収しない為の幾層ものバリアーがある」のです。

精神面に於けるそれは、正しく「情報を論理的に整理整頓し分析し「論理領域(思考の肝臓のような領域)」に運ぶ重要な機能領域である筈です。しかし、この領域は、真っ先に「偽の良薬(耳に優しく癒される短絡安直なもの)」で痛めつけられている筈です。

最も分かり易い根拠の例として、
「良薬口に苦し」という言葉や「嫌いなもののでも体の為に食べるべき」や「偏食をせずに様々な栄養素を摂るべき」を、「言葉、文字、文章、音楽などの芸術、娯楽」にも偏り無くより正しく行っているでしょうか? を考えてみて下さい。

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何時も最後迄ご高読をありがとうございます。

福岡市南区の自宅別棟楽器倉庫の教室では、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

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You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

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(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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シュラヴァナ月のシヴァラートリー(2018年)

2018は8月9日(一部地域では10日)に、シュラヴァナ月のシヴァラートリーを迎えます。

シヴァ神を礼拝する重要なひと月であるシュラヴァナ月のシヴァラートリーは、シヴァ神を礼拝するこの上ない吉祥な時です。そんな吉祥なシヴァラートリーが近づく現在、ガンジス川の周辺は、カーンワル・ヤートラーがピークを迎えています。

シュラヴァナ月のシヴァラートリーには、ガンジス川の聖水を用いたシヴァリンガムへのアビュシェーカが欠かせません。カーンワル・ヤートラーは、カーンワルと呼ばれる水壺のついた天秤棒を担いでガンジス川流域へ赴き、ガンジス川の聖水を水壺に入れ、故郷へと戻る巡礼です。ガンジス河流域は、サフラン色の装束を身にまとい、天秤棒を担いで歩く巡礼者の熱気に包まれます。

首都のデリー近郊から聖地のハリドワールまで、巡礼者のために道路が規制される地域もあります。決して地面につけてはならないとされる天秤棒を下げるための柵もあちこちに設けられます。全行程を裸足で行う巡礼者も多く、とても過酷な歩みであっても、ガンジス河の聖水を自分の生まれた町へと持ち帰る重要な役割であり、巡礼者に選ばれることはとても名誉なことだと言われています。

2018年のシュラヴァナ月のシヴァラートリーにおける、ニシータ・カーラの時間は以下の通りです。ニシータは「真夜中」、カーラは「時間」を意味し、このニシータ・カーラの時に、シヴァ神はシヴァリンガとして地上に顕現すると考えられています。

【インド(ニューデリー)】
プージャーに適した時間:2018年8月9日24時05分(10日)~24時48分(10日)

【日本(東京)】
プージャーに適した時間:2018年8月10日23時25分~24時07分(11日)

皆様もどうぞ神聖なシヴァラートリーをお迎えください。

参照:2018 Sawan Shivaratri Date

被災地復興の祈りのためのグループ・ホーマ無事終了のお知らせ

被災地復興の祈りのためのグループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

被災地復興の祈りのためのグループ・ホーマは、8月5日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

被災地復興に向けて、神々の大きな恩寵がございますよう心よりお祈り申し上げます。