障害を取り除くガネーシャ神の千の御名

神の言語であるサンスクリット語による祈りは、精神的・肉体的な問題を癒すヒーリング・サウンドとして作用し、人々の願望や、魂の欲求を満たすことができると信じられています。その一つに、英知と障害を取り除く神であるガネーシャを讃える千の御名(ガネーシャ・サハスラナーマ)があります。

ガネーシャの姿は、オームの象徴です。ガネーシャは、シヴァ神の息子であり、ヴィナーヤカ、ヴィグネーシュワラなどとも呼ばれます。ガネーシャは、あらゆる物事の最初に礼拝され、ガネーシャの恩恵によって、その試みが成功に導かれると信じられています。

ガネーシャは、4本の腕、そして象の頭と大きなお腹が特徴的です。ガネーシャの乗り物は、とても小さなネズミです。ガネーシャの手には、信奉者を真理に導くためのロープ、信奉者の執着を断ち切るための斧、霊的活動の報酬である甘いお団子があります。ガネーシャの4本腕の手のひらは、祝福を与えるためにいつも人々に向けられています。象の頭と、素早く動く小さなネズミというユニークな組み合わせは、英知、知性、そして心の平安を象徴しています。

ガネーシャの祈りに耳を傾けることは、私たちの願望を満たし、生活のあらゆる局面での成功を約束する、強大な力に接触することに相当します。ガネーシャ神の偉大な名前を聴くことで、障害のない生活を送りましょう。

167、アーユルヴェーダ音楽療法入門29(脳機能と精神構造)

何度もご説明しています「本来の健康体と現代人の多くとでは大きく異なる精神構造図」は、古代ヴェーダの叡智のひとつ「Kosha(鞘)論」とも一致しているもので、現代人は、その最も外側の「鞘」に於ける「外部からの刺激・情報」に反応することで手一杯。それどころか「反応」のみならず「合わせる」ことで、思考(検証~決断)の殆どを、「気分感情領域」で行ってしまい、「論理的思考能力」が急激に退化しつつある。と説いて来ました。

これは、「人間に本来備わった機能を用いない」ということですから、重大な「機能不全」は、「心と体の全てに悪影響をもたらす」ことは必至です。

しかし、「局所対処療法」に偏る「近現代西洋系医療」の専門家のみならず、「中医・漢方薬剤師」の方々から、「ヨガやアーユルヴェーダの専門家」でさえもが、この問題を語ろうとはしません。
それを諌める専門家が、現地インドにも何故居ないのか?
極めて深刻な問題と思いますが。そろそろこの問題意識に対しても「他で殆ど誰も語らないのだから、特殊な考え、誤った考えなのだろう」と考え、葬り去ろうという人も出て来そうな悪い予感さえ致します。
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今回の図は、「人間の脳機能」を分かり易く図式したものです。
英語表記は、国際的に認証された正式名称ですが、その邦訳は、既存のものとは異なり、「より一層・存在意義に根ざした表現」に努めました。

極めて興味深い点は、図の中央下側に伸びる「脊髄」から上方へ。および上部では、より外側に向かって、「生命体の進化」が如実に見られることです。
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尤も、
「人間が最も進化した(優秀な)生き物である」という観念には、いささか抵抗も、疑問もあります。
何故ならば、「心と体」は、必ずしも「脳機能」に全てが委ねられている訳ではない上に、ヴェーダの叡智や、幾つかの東洋医学が説いているように、「解剖学上では解明されていない組織」も在り得るからでもあり。昨今の西洋医学最先端の発見・解釈にある「臓器同士のコミュニケイション・ネットワーク」もあるからです。
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しかし「呼吸器系」が、「体に酸素を送り、二酸化炭素を回収し排出する」。「循環器系」が「酸素と栄養を巡らせ、老廃物を排出する」。「消化器系」が「水・飲み物・食べ物を摂取し、消化・代謝・解毒・蓄積・循環、及び排出させる」。などに関して、疑問・反論を語る人が居ないのと同様に、「脳機能・神経系・ホルモン系」が、それら全ての「全体的な運営をコントロールする」ということは紛れも無い事実なのでしょう。
少なくとも、「記憶された経験や、学習し理解した情報などを運営に反映させる」という点に於いて、「脳機能」を失った場合、かなり厳しい状況に置かれることは紛れも無いことです。

この後更に「脳機能以外の部位の働き」が解明されたとしても。これらの全体像は「中央集権と地方分権の二重構造とそのバランスの問題」に喩えることは出来る筈です。

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ところが、ここに大問題があります。
人間の場合「脳機能の甚大な低下」は、「寝たきり」という状況に至らしめ、「社会人としての存在」が脅かされるばかりでなく、「人間として」「生命体として」の存続も危ぶまれ、「最低限のQOL」さえも望めない・望み難い状況に至ります。

しかし、極めて興味深いことに、図の「黄色で示した脊髄から上方に進化した」ことが明らかな「脳機能」ですが、「最高位に進化した人間」は、上記のように「後戻り出来ない」にも拘わらず、「進化の過程の生き物」は、それなりに生涯を真っ当に全う出来ているということです。

つまり、「人間は大脳新皮質」を破壊されてしまうだけでも、重度の障害を負いますが、「新皮質」が「進化していない/殆ど持っていない生命体」は、「何の苦もなく、生涯を送る」ということです。
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このことを「パソコン」に喩えますと、
例えば我が家の場合、十数万円で入手したばかりの新品のパソコンが、ほんのちょっとの余所見や退席の間に、お馬鹿な雄猫のマーキングによって、重要な部位が穂損してしまい、全く使い物にならなくなったことが三度もあります。
同様に、
近年の家電製品の場合、炊飯器でも洗濯機でも、マイコン部分が破損すると、全く動いてくれません。ましてや、「IOT家電」のように、ネットに繋がることで存在価値があるものは、その部位が破損した場合、それ以前の「家電」の状態にも戻れない(ことが在り得る)という有様です。
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その昔、日本の「脱水機能付洗濯機」を東南アジアに輸出しようとした営業マンの話があります。各国各地で「駄目だ!駄目だ!こんな洗濯機」「洗濯物を絞るローラーとハンドルが無いじゃないか!」と、当初全く相手にもして貰えなかったというのです。
私が子供の頃の洗濯機は、ただひたすらシンク(槽)が回転するばかりのもので、洗い終われば、上部の横に取り付けられたローラーの間に洗濯物を挟み、手でハンドルを回して絞っていました。

同じように、中近東に「炊飯器」を輸出しようとした営業マンの苦労話があります。
「駄目だ!駄目だ!こんな炊飯器」「お焦げが全く出来ないじゃないか!」となった。
中近東(特にイラン)では、お客さんをもてなす豪勢な料理と共に、炊飯器から逆さまにスッポリと出したご飯を大皿に盛り、お焦げで覆われた「巨大なライス・プリン」のようにするのが「豪勢」とされるというのです。お客さん最優先で「お焦げ」の部分をよそり、お客さんも、それで大満足。

これらの価値観や生活習慣の違いは、必ずしも「発展途上」とだけで説明が出来ないもの。
つまり、「進化していない」とは言い切れないものです。

しかし、一度「進化してしまった家電やパソコン」の場合。
例えば、私は数年前まで「頑固なマックユーザー」でしたが、「i-Book」から「Mac-Book」に「進化」した際、上記の「雄猫の粗相の問題」がより深刻になりました。
「i-Book」の場合、部位によっては「交換可能」だったり、「生き残っている部位が多い」のに対し、「Mac-Book」は、「一部が壊れると全てアウト」という構造上(部位同士の連携度。分離独立度の問題)の特性があったのです。

つまり、「進化した人間」で、とりわけ「社会的に真っ当な人間」の場合、、「Mac-Book的」なのです。
要するに「大脳新皮質」だけで問題が収まらず、全体に影響をもたらす。ということです。
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ところが、ここに逆転劇があります。
「壊れたのではなく、使わないだけ」の場合は、「全体への悪影響=全てが駄目」にはならないということです。

お恥ずかしい私事のエピソードですが、
基本「せっかち」な私が、始めて本を出版した40年近く前のこと。手書きに苦労したので、珍しく「時代の先端機器」の「ワープロ」を購入しました。
一週間後に「インストラクターさん」が家まで来てご指導下さることになっていたのですが、その一週間で本三冊分も書き上げてしまったのです。
ところがインストラクターさんに「で?何処に保存したのですか?」と言われて大仰天。
「フロッピーに保存する」ということを知らなかったのです。
原稿を書いてはプリントアウトし、残されたものは、そのプリントしかなかったのです。

言い換えれば、このような機器・システムの場合
「保存機能」を使わずとも、何らかの作業・活用は可能、ということです。
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これは、「論理思考領域」を殆ど使わない人々にとっては朗報かも知れません。
それどころか、この数十年、増長の一途である「漢字を使わない方向」、「文章の簡略化」から「絵文字・略字の台頭」を見れば、百年後には「文字が無くなる」「語彙の殆どが消滅」し、
人間は、寝たきりにならず、元気で健康なままで「獣」に近づき。コミュニケーションも「あー!うー!しゃー!」で済む時代が到来するかも知れません。
その頃には、「AIとロボット」が社会の運営を一手に引き受けてくれていることでしょう。
願わくば
「使わない機能はいずれ壊れる」という機械の常識が、当てはまらないことと、
人間の心身が、「一部が壊れても他が温存される」仕組みであることでしょうか。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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福岡市南区の対面Lessonと、全国のSkypeによるLessonの無料体験
毎月、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

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心と体の健康(本来のバランス力を取り戻す)の為に欠かせない。脳機能を本来の姿・力に戻すための講座です。ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ音楽療法の全てにとっても、極めて重要な基本です。論理力を高めると、世界観さえ変わって(むしろ神秘・スピリチュアルなことが、新鮮に敏感に深く理解出来るようになります)来ます。

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You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

「いいね!」「チャンネル登録」などの応援を頂けましたら誠に幸いです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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第39回グループ・ホーマ(シャーカンバリー・ジャヤンティ)無事終了のお知らせ

第39回グループ・ホーマ(シャーカンバリー・ジャヤンティ)にお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

ドゥルガー女神(シャーカンバリー女神)を礼拝する第39回グループ・ホーマは、1月21日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

第39回グループ・ホーマの実施内容はこちらよりご覧いただけます。

マウニー・アマーヴァスヤー2019

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寒い日々が続いていますが、冬至を過ぎ、少しずつ日が伸びていることを感じます。そんな中で迎えようとしている次の新月は、1年に訪れる新月の中でもとりわけ重要な新月といわれ、インドの各地でさまざまな行いが執り行われる時です。マウニー・アマーヴァスヤーと呼ばれるこの新月は、マーガ月(1月~2月)の新月となり、沈黙の新月といわれます。

マカラ・サンクラーンティを終えたインドでは、太陽が北へ回帰するウッタラーヤナ(冬至から夏至の6ヶ月間)に入り、神々の昼が始まりました。その神聖な時に迎える最初の新月は、霊性修行を行う重要な時であるといわれます。

満ち欠けをする月は、変化をする私たちの心の象徴として捉えられてきました。喜びや悲しみ、慈しみや憎しみ、月はそうした変化に富む私たちの心のようであり、実際に、月の満ち欠けのエネルギーは、私たちの心に大きな影響を与えるといわれます。この神聖な新月の時、心の平安を得るために実践されるのが、沈黙の行いです。

沈黙は、マウナと呼ばれるヨーガの修練の一つであり、霊性を育む大切な術として広く実践されています。自分自身の本質に気づくための大切な行いとして、実際にヨーガの修練においては、沈黙を実践する時間が度々あります。

心にふとあらわれる感情や思考から生まれる言葉に自分自身を重ねる私たちは、簡単に自分自身の本質を見失う瞬間にあふれています。湧き出る感情や思考のままに言葉を操り、その結果に苦しむことも少なくありません。しかし、決して嘘をつくことがない沈黙は、いつも変わらずにある自分自身の本質に気づかせ、確かな平安を授けてくれることをその実践の中で学ぶことが幾度となくありました。

沈黙の新月は、2月5日(インド時間では4日)です。私たちの心に大きな影響を与える月と向かい合う吉兆なこの時、少しの時間でも、沈黙を保つ行いを実践してみるのも良いかもしれません。嘘のない美しい静寂の中で、言葉の奥深くに存在する自分自身の真実と、その本質である大きな平安に気づくことができると思います。

(文章:ひるま)

スタッフ日記:第37回アンナダーナ終了しました!

第37回アンナダーナにお気持ちを寄せていただきました皆さま、本当にありがとうございます。

今年最初の実施は、聖地として知られるリシケーシュのサイガートとなりました。
リシケーシュでは第3回目の実施です。
マカラ・サンクラーンティを終えた北インドは、束の間の冬が終わり、少しずつ気温が上がり始める頃になりました。

しかし、当日は朝から曇が多く、強い風が吹き続けていました。
ヒマーラヤ山麓にあるリシケーシュは、特に早朝、強風が吹き荒れることが多くあります。
それでも、日中に太陽が出れば一気に暖かくなり、大自然の恵みに感謝をしながらいただく食事となりました。

冬を迎えている現在、ヒマーラヤ山麓に位置する寺院の多くは閉鎖されており、チャールダーム巡礼も来夏まで閉じられています。
巡礼の起点となるリシケーシュも、静かな日々が続いていますが、ガンジス川へ巡礼に訪れる人は数知れません。
こうした聖地を訪れるだけでも、心身が清められるように感じます。

そんな聖地で食される食事は、菜食に限られます。
食事を作り終えた後は、まずは寺院の神前へお供えし、僧侶の方々にも召し上がっていただきます。
こうして一般の方々へ配られる食事は、プラサード(供物)として大切に受け取られます。

今回も、地域住民の方たちや子どもたちを中心に、遠く離れた地から巡礼に訪れる人々、リシケーシュで修行を続ける僧の方たちに配ることができました。
配膳は混雑するようなことはなく、ゆっくりと進めることができ、前回と同様に、およそ1300食分を滞りなく配り終えています。

食事という行為、行為者、そして食物は、ブラフマンに他ならず、すべてはブラフマンの意志によって行われることであると、伝えられてきました。
アンナダーナは、こうしたインドの霊的叡知を体験する貴重な機会でもあります。
その神聖な行為が、現代でも大切に受け継がれ、人々の生活に根づいています。

次回は、デリーの病院でのアンナダーナを予定しています。
次回も温かいご協力のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

アンナダーナを通じ、皆様にも大きな恩寵がありますように。

(スタッフ:ひるま)

ヨーガ・スートラ第3章第52節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


क्षणतत्क्रमयोः संयमाद्विवेकजं ज्ञानम्॥५२॥
Kṣaṇatatkramayoḥ saṁyamādvivekajaṁ jñānam||52||
クシャナタトクラマヨーホ サンヤマードヴィヴェーカジャン ジュニャーナム
瞬間とその連続への綜制により、識別知が生じる。

簡単な解説:前節において、たとえ高位の神霊の誘いを受けたとしても、愛着や慢心を抱かないことが大切であり、そうでなければ、元の状態に堕落してしまうと説かれました。本節では、瞬間とその連続へ綜制を行うことにより、その微妙な分析から、識別知が生じると説かれます。

人が異常行動をとるラーフの時期

インド占星術におけるラーフの時期は、人によってはかなり悩ましい時期になります。
個人差が大きいのですが、ラーフの時期の異常行動は、わりとよくみられる特徴の一つです。
他の時期からは考えられないような行動を取ってしまう場合もあります。
しかもラーフの大きな時期は18年間もあるので、異常行動に基づき人生の舵を切り、その時期が終わり我に返った時にはずいぶん歳を重ねてしまった、などということもありえます。
またラーフと金星が重なる時期は、異常行動のラーフと快感に目覚める金星が重なっているので、とくに注意が必要になります。対応を間違うと大変なことにもなりかねません。しかしながら結婚などには良い時期とも考えられていて、思い切った行動をとることも可能になります。
このようなラーフの時期には、ラーフそのものに対するプージャーや、ドゥルガーやプラティヤンギラー、アルダナーリーシュヴァラ、あるいはバイラヴァなどラーフと関係の深い神格の礼拝は、とても吉祥です。
ラーフが良い場合、あるいはラーフがよく転換した場合は、その恩恵は大変大きいものであると言えます。
現在ラーフの時期におられる方は、その終わりの時期にすべてを失わないよう気をつけつつ(そういうケースは多々あります)、恩恵を楽しんでください。
楽しむことも人生の醍醐味です。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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大地を救う猪の神、ヴァラーハ神の千の御名

ヴァラーハ神は猪の姿をしたヴィシュヌ神の第3の化身です。悪魔によって沈められた大地を救うために、猪となって大地を持ちあげたと伝えられ、地上を救う犠牲の精神に満ち溢れた神として崇められています。真理を追究する者は、凄まじい勢いで真っ直ぐに突き進む猪のように、あらゆる犠牲を恐れることなく進むべきであることを象徴しているといわれます。

ヴァラーハ神の千の御名(ヴァラーハ・サハスラナーマ)は、スカンダ・プラーナに記されています。スカンダ・プラーナでは、『ヴァラーハ・サハスラナーマは、名声、長寿、リーダーシップを授ける。それを唱える者や聞く者は、酷い病より解放され、富を手にする』と述べられています。

『あらゆる犠牲を楽しむ至高の方は、大地の繁栄を願い猪の姿としての化身を受け入れました。彼はそして、冥土に沈む大地を持ち上げました。』(Srimad Bhagavatam 1.3.7)

『究極の力を持つ至高神が、気晴らしとして猪の姿をとったとき、地球の生命はまさにガルボーダカと呼ばれる宇宙の大海に沈んでいました。大地を沈めた悪魔ヒラニヤークシャが現れたとき、神はその牙で悪魔を突き刺しました。』(Srimad Bhagavatam 2.7.1)

『子が伏しているとき、母は溢れる愛のために、身を投げ出して子を救います。それと同じように、大地が暗黒に伏しているとき、神は猪の姿をとって、キラキラ輝く瞳をもって飛び込み、大地を救うのです。』(Sri Pillan’s Tiruvaymoli 7.5.5)

大地を救うため、至高神はスヴァヤムブヴァの時代では、ブラフマーの鼻の穴から現れ、チャクシュサの時代では、水中から現れました。最上の牙をもつ獣であるヴァラーハ(猪)は、悪魔ヒラニヤークシャを倒し、大地を救うために出現しました。ヴァラーハ(猪)は、時には森に棲む野生動物であり、時には家畜として養われます。そして、時には雨雲のように黒い姿であり、時には月のように白い姿です。スムルティ・シャーストラでは、ヴェーダ的犠牲の象徴であるヴァラーハ神の偉大な姿を、このような2種の姿として記述しています。マイトレーヤ・ムニは、異なる時間になされたヴァラーハの神行を、あたかも同時に行われたかのように記述しました(Srila Rupa Gosvami’s Laghu-bhagavatamrta 1.3.10-12, 17)。

永遠の若さを持つ神

霊的叡智の宝庫であるインドの神話においては、善と悪の戦いが繰り広げられることが多くあります。
それらは、私たちが霊的に成長すべきための教えとして、深い意味を持ち合わせます。
そんな神話の中で、霊的探求の守り神として礼拝されるのが、カールッティケーヤ神です。

カールッティケーヤ神は、シヴァ神とパールヴァティー女神の子どもとして生まれました。
シヴァ神の子ども以外には殺されないという力を持った、タラカースラという凶悪な悪魔を倒すために、世界がシヴァ神の子どもを必要としていた時のことだといわれます。
その時、シヴァ神は最愛のサティーを亡くし、瞑想にふけるばかりでした。

そんなカールッティケーヤ神は、スカンダ、ムルガン、スブラフマニヤなど、数多くの名前を持ちます。
その一つに、「子ども」を意味する「クマーラ」という名前があります。

シヴァ神とパールヴァティー女神の子どもであるカールッティケーヤ神は、常に若々しく、老いを知らない優雅な姿で描かれます。
マハーカーラ(=偉大な時)とも呼ばれ、時を超えた存在であるシヴァ神を父に持つカールッティケーヤ神は、永遠の魂を象徴しているかのようです。

物質という肉体を持って生じた私たちは、始まりがあり、終わりがある時の中で、魂の永遠性を見失う瞬間が多くあります。
巡りゆく時の移ろいに心を乱され、さまざまな苦難を経験することも少なくなりません。

シヴァ神(精神)とパールヴァティー女神(物質)の結合によって生まれたカールッティケーヤ神。
そんなカールッティケーヤ神は、生まれ持った肉体を通じ、さまざまな苦難を経験しながら、永遠の魂に気づくための歩みを続けている私たちを、守り導いてくれるに違いありません。

永遠の若さで描かれるカールッティケーヤ神への礼拝を通じては、時という悪魔を倒す力を与えられ、今という瞬間の中で生きるエネルギーが呼び覚まされるはずです。
そこでは、永遠の魂という、不変の真実を知ることができるに違いありません。

1月21日の満月には、主に南インドにおいて、カールッティケーヤ神を讃えるタイプーサムが盛大に祝福されます。
皆様にもカールッティケーヤ神の大きな祝福がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

第38回グループ・ホーマ(マカラ・サンクラーンティ)無事終了のお知らせ

第38回グループ・ホーマ(マカラ・サンクラーンティ)にお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

スーリヤ神を礼拝する第38回グループ・ホーマは、1月15日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

第38回グループ・ホーマの実施内容はこちらよりご覧いただけます。