193、アーユルヴェーダ音楽療法入門55 (ヤントラ・マンダラと脳機能5:Yantra/MandalaとKosha論)

前回(Vol.193)で、ご説明した「曼荼羅の神々の配置の意味」は、なんと!と言っても、当然、必然ではありますが、Kosha論と完全に一致するのです。
逆にもし、かなり隔たりがあるように思えた場合、それは「ご利益宗教・大衆向けに歪曲した(ごく一面を過剰に強調した)」結果であることは間違いありません。
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近年、と言ってもヴィヴェカナンダ没後20世紀初頭、或る一方方向に偏ったヴェーダーンタ学派などの「不二一元論(梵我一如)」ではなく、ヴェーダの叡智が説く伝統的解釈に於ける「不二一元論(梵我一如)」の意味は「Pursha(宇宙原理)は、個々の人間の魂(Prakriti)に相似・転写している」ということです。
例えば、
ジョティーシュに於いて、惑星の動きが、個々の人間の運気を大きく左右するのも、この概念が存在するから説明出来るものに他なりません。
とは言っても、
「宇宙の変化→個々の人間の内面に現われる」の逆。すなわち、人間が地球の有様や宇宙の様子を変えることは、超越した聖者が数万人集まっても無理なのでしょう。
ところが、逆に、
「人間の邪悪(悪気が無いものから、悪気を何らかの観念や世相・常識・通念で正当化したものも含む)の念の集合体(自然に寄り集まり縒られてしまう)」は、地球に異変、宇宙にさえも弊害を与えることも事実のようで、故に、私が理解されにくくても、シーターラーマさんのご支援を受けて、こうして説いている(説かねばならない)のですが。
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「輪廻転生」を信じる考え方に於いて「魂」は、前世から引き継がれたものである以上、それは或る意味「神々からの預かり物」として、私たちの内面に保管されている訳ですから、それが中心や奥底以外にある筈はないのです。
その「魂」には、現代医学・科学やようやく(この一二年?)辿り着いた「親の経験が胎児のDNA(Swich)に反映する」ようなことも含め。積み重ねられた多くの前世の記憶やKarmaが凝縮されている訳ですが。同時に、その「魂(Prakriti)」こそは、「宇宙との連絡窓口」に他ならない訳です。

「Kosha論」でも説かれているように、「心」は、逆に「個々の人間のオリジナル」でありますが、「魂」を守る力はありません。むしろ、現代人の多くの場合、「破壊され機能不全に陥った論理思考領域」を通り過ぎた「外因反応の気分感情思考」と「魂」の板ばさみになっていることが多く見受けられます。

例えば。良くある話しですが、
幼い少年少女が学校の帰り道に「捨て子猫」を拾って来た。「助けたい」という無垢な感情は、気分感情と矛盾しないにしても、かなり奥底の「心」が発想したと考えられ、その背後には、「魂」のサジェスチョンも考えられます。逆に、少年少女と言えども「え~!私は嫌だ!汚いし噛むかも知れない」と即座に考えられる子も居ます。(或る意味子供の心理と子供の小社会は『大人社会』の縮図・相似・転写でもあります)。現代社会では、これを「個々の子供の多様な個性・多様な考え方・価値観を認めるべきだ」という方向に猛進していますが。「汚い・噛まれる」は、「親が駄目と言うに決まっている」と同様に、幼いながらも身につけた「経験則」や「親の影響」があることは紛れもありません。
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つまり、
「本来の心」は、デフォルトに於いては恐らく個人差は無く、一様に「子猫=可愛そう・助けなきゃ」と感じ・考えるのでしょう。それを覆い隠し、異なる考えに至らしめるものは、既に「後天的に教育された気分・感情思考」であり、それは既に幼児の頃に見につけてしまっているのです。
近年の西洋医学が発表した「DNAスウィッチは胎児の頃に既に切り替えられて居る」に沿うならば、「後天的な思考回路」は、既に胎児の頃に基礎が得られているということになります。
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そして、
「Kosha論」が説く「論理思考領域」もまた、「個人差」は、さほどないものです。
当然ですが、そもそも「論理性」とは、「樹木の太い枝や幹」のようなものを視座に、「おびただしい個人差の枝葉世界を俯瞰する」ことと言えますから、「普遍的であり、不偏的。そして不変的」に他なりません。「個人差が無い」と言うより「誰にも共通している」ということです。
言い換えれば、
近現代は、あまりに「枝葉感覚=個人・個性」と思い、信じ切ってしまっている訳です。
ある意味で、
「誤った(歪曲した)全体主義(20世紀前半)やグローヴァリズム(20世紀末~21世紀初頭)」の弊害で、世界中の人間が、「本来の太枝や幹の視座を持ち得なかった」とも言えます。
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これは、「人間と神の歴史=人間の信仰心と宗教の歴史」を見れば明白です。
近現代では、「原始宗教」のように説かれ、多分に「未開・無知」的に卑下されていますが、
ブラフマン教・ヴェーダの叡智の多くにその基本が見られる「アニミズム」の時代では、
「もの皆神(及び精霊・聖霊)が宿る」「全ての人間の中に神とのリンクがある」
つまり、「元祖:不二一元論・梵我一如」だった訳ですが、
その時代
「お前の感じている神とは何だ?」と問う者も居なければ、確かめる必要もなかった。
ところが、
宗教の時代になると、全く逆転し、
「お前たちの信じる神は無能だ!嘘だ!」「正しいのは、我々が信じている神だ!」
などとなり、
信仰・信心は、「アニミズム」が淘汰され「宗教」の時代に至ります。

つまり「アニミズム」の時代には、
人間の心・論理思考の中にあり、魂というリンク機能で相似性=一体化=リンクしていた「神」は、
「個人差の無い幹」のような視座・価値観・思考性だった訳ですが。
「枝葉の時代(既に紀元前)」になると、
例えば、
「敵対する部族の神」は、必然的に「悪神」となり、「総体的な悪」の観念も生じます。
逆に言えば、
「アニミズムの時代=幹に視座がある時代」には、
「絶対悪」というものも、しっかり悟って居た。ということです。

これらのことは、
全て「曼荼羅」にも、明確に現われ、描かれ、説かれています。

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(文章:若林 忠宏

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