不屈の精神

絶え間なく動き続ける私たちの心は、日々の小さな出来事に動揺することが少なくありません。
一瞬のうちに決意が揺らぎ、目標を見失うことも往々にあります。
心が常に目標に定まった、不屈の精神を得るためには、何が必要なのでしょうか。

クリシュナ神は、バガヴァッド・ギーターにおいて、3種の決意について説いています。

プリターの息子よ
ヨーガの修行によって確固不動となり
心と生命力と諸感覚を自ら支配する
その決意はサットワである

しかし アルジュナよ
宗教においても経済活動においても
名誉と利益を得ようとして奮闘努力し
感覚的満足を追求する決意はラジャスである

夢うつつ 恐怖 愚痴
意気消沈 そして妄想にふける
このような状態から抜け出られぬ
愚昧な決意はタマスである
(バガヴァッド・ギーター 第18章第33-35節 神の詩―バガヴァッド・ギーター田中 嫺玉 (著, 翻訳))

ここで説かれる決意はドリティといわれ、知性を意味するブッディとともに重要な意味を持つとされます。
ドリティは、固持、静止、堅固、着実、恒心、堅忍不抜、満足、満足を知ること、果断などという意味があり、ダルマの妻として人格化された満足、または決心を意味するともいわれます。

肉体を持つ私たちは、絶え間なく沸き起こる感覚の欲求に心が休まることはなく、時にダルマに沿った道から外れることも少なくありません。
クリシュナ神は、瞑想や呼吸法といったヨーガの修行によって、肉体や感覚を支配する能力を発達させることができると説きました。
その修行によって心は鍛えられ、困難や障壁にも惑わされずに、正しく生きる不屈の精神を得ることが可能になるのだといいます。

結果を期待せず、怠惰に陥らず、固い決意によって自己の心を制御するには、正しい知性も必要です。
バガヴァッド・ギーターで綴られるクリシュナ神の言葉は、何よりもまず、私たちにその知性をもたらします。
成功や失敗にも心が迷うことがないように、この神の詩とともにヨーガの修行に励み、目標に向かって不断の努力を続けたいと感じます。
その過程で鍛えられる不屈の精神は、私たちを究極の目標へと導いてくれるに違いありません。

(文章:ひるま)