世を照らす光

凍てつく空気の中で、クリスマスのイルミネーションが美しく輝く季節となりました。
冬至を迎え夜が長くなるこの時、灯される光の数々は、暗闇を温かく照らします。
ヒンドゥー教徒が大多数を占めるインドでも、クリスマスには街角で煌びやかに輝く光を目にすることが少なくありません。
キリスト教徒が多く暮らす地域もあり、インドでは祝日としてクリスマスが祝福されます。

イエス・キリストの誕生は、「世を照らす光」の誕生として崇められてきました。
そんなイエス・キリストの誕生の象徴するように、クリスマスには数々のキャンドルの光が灯されます。
何よりも、キャンドルが自らの命を削りながら光を灯す姿は、人々を救うために自らを犠牲にしたイエス・キリストに重なるといわれます。

「わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た」
(日本聖書協会『聖書 新共同訳』 ヨハネによる福音書 第12章46節)

光を灯す行いは、文化や宗教を超えて世界の各地で受け継がれてきました。
インドでは、ディヤーと呼ばれるオイルランプが灯されます。
器にオイルを満たし、コットンの芯を浮かべ火をつけると、少しずつ芯が燃えながら、温かく小さな光が灯ります。

ディヤーが灯される器は私たちの身体、オイルはその身体に染み込んだものであり、そこに浮かぶ芯は自我を象徴するといわれます。
光を発するために、私たちは肉体という小さな世界の中で、自分自身を燃やす必要があります。
そうして内なる世界が浄化される時、私たちは自分自身の本質を理解することができるのだといいます。

光の中で生きるのか、闇に留まるのか。
私たちはキャンドルやディヤーのように、自分自身を燃やす努力をしなければなりません。
本質を求めるその努力によって、私たちは明るい光の中で生きることができるはずです。
夕暮れが早まり、暗い夜が長くなった今、光を灯し、その尊い恵みを見つめたいと感じます。
皆様にも温かな光がありますように、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)