ナーマスマラナの効果

わたしたちは常にリズムをともなって生活しています。そのリズムが崩れると、思うようにいかなくなり、いわゆるスランプに陥ります。スランプは、人間である以上、完全に避けることはできません。しかし、努力と工夫次第で軽減させることはできます。そして、ナーマスマラナ(神の御名を回想すること、繰り返し唱えること)は、本来のリズムを取り戻し、スランプを克服するひとつの特効薬です。
運動選手であれば、基本動作に立ち戻り、フォームを調整することによって、本来のリズムを取り戻すことができます。スランプであるとき、あらゆる動きには誤差が生じてきます。一流の運動選手は、その誤差を絶えず修正する自己修正能力が備わっているといえるかもしれません。今年MLBに移籍した松坂投手は、大リーガーの練習になじめず、日本で行っていた走り込みや投球練習を取り入れることにより、復調しつつあることは記憶に新しいでしょう。
また資格試験や受験勉強に取り組んでいる人であれば、いままで解けていた問題がうまく解けなくなることは、一度は経験したことがあるでしょう。しかし、このような時には基本問題を大切に、よく復習すれば、やがて本来の調子を取り戻すことができます。
しかしここで、心に潜む問題、憂鬱、無気力、怒り、悲しみなどとなると、スポーツや勉強と違い、心のフォーム修正や、基礎を固めるといった作業は格段に難しくなってきます。
心の問題も、実は日常の言動や些細な仕草で表面化しているものですが、勝敗や点数となって数値化されないために、見落とされがちです。また違和感を感じても、現代では価値観があまりにも多様化しているために、正否の判断がつかず、何かの「気のせい」だと思ってその警告を無視しがちです。そして、やがて大きな問題へと発展していきます。
ヒンドゥー教では、すべての人々の心の中、さらに言えばすべての被造物や空間に神が宿ると教えます。何らかの違和感を肌で感じたら、それは「気のせい」ではなく、内なる神からの「助言」ととらえた方がよいかもしれません。もちろん、その「助言」は、人を傷つけない、社会に損害を与えないなどの基本的倫理観が前提となります。
本来の自分自身にはない悪い考えが頭をよぎるとき、暗く否定的な感情に支配されるとき、どのような方法で思考や感情を修正するのがよいのでしょうか。心本来のバランスを取り戻す方法としては、古くから瞑想やヨーガなどが勧められています。しかし、さらに簡便な方法として、ナーマスマラナ(神の御名の回想)があげられます。ナーマスマラナ(ナマスマラナ)というと、聞き慣れない方も多いかもしれませんが、これは、マントラ(真言、神の御名)を繰り返し唱えることに相当します。
ナーマスマラナは、お金も道具も必要としない、時と場所を選ばずに実践できる、すべての人々に平等に与えられた万能薬です。ヒンドゥーの聖典によれば、ナーマスマラナには、目に見える表面的な問題から、深層意識に至る問題まで、わたしたちが抱え得るすべての問題を解決する力が秘められています。
しかしナーマスマラナは、ヒンドゥー教に限られた概念ではありません。キリスト教徒であればキリストを、仏教徒であれば仏陀を、どのような宗派でも、それぞれの宗教の神々を讃えればよいとされています。さらに広義の意味では、聖書や教典を読み、神々の栄光を心に刻み込むこともナーマスマラナの一種だと言えます。またあらゆる場所に神々が浸透しているという普遍的概念をもつならば、自然の恵み、美しさを絶えず憶念し、感謝することなどが当てはまるでしょう。
本来の自分自身のリズムを失い、スランプを感じているとき、まずは神から与えられた万能薬であるナーマスマラナを毎日実践されることをお勧めします。毎日実践することで、確実に本来の明るく朗らかな内面を取り戻すことができます。古より幾多の困難を乗り越えてきた聖賢たちが太鼓判を押すこの効果には、疑いの余地がありません。ナーマスマラナは、すべての人々に分け隔てなく与えられた、神からの最高の贈り物といえるでしょう。

  1. ナーマスマラナとは初めて聞いた言葉ですが、以前、カルメル修道会の奥村神父さまから、祈ることの出来ない時、祈る形から入る祈り方もあるのですよと教わったことを思い出しました。最近、雑念が浮かんで、うまく瞑想できないのですが、マーハームリティユンジャヤマントラだけは唱えるようにしています。そのうち心からの祈りになることを願って。

  2. ナーマスマラナは、一般に「ラーマ」「クリシュナ」「シヴァ」などの神々の御名を只管に唱えることとされていますが、あらゆるマントラは神の御名であるという認識に立てば、パンチャークシャリ・マントラやガーヤトリー調のマントラ等を唱えても一向に差し支えないかと思われます。
    柄澤様
    余談になりますが、2007年は、さまざまな方面で「危ない年」であると言われております。特にインド占星術によると、2007年は土星の位置がよくないとされておりますので、病気、損失、停滞など好ましくないことが起こる傾向にあるようです(もちろんすべての人に当てはまるわけではありませんが)。最近凶悪犯罪が起こるのも、このような傾向をあらわしているのでしょうか。
    私事で恐縮ですが、形式的な祈りになっても、続けることで効果はあると感じております。

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