チンマヤ・ムドラー

私たちの意識は、5つの感覚を通して、美しく現れる外界に向かって散在することが多くあります。
目まぐるしく変化を続ける外界の流れには、時に疲弊することも少なくありません。
インドには、そうして外に流れる意識を自分自身の内に取り戻すムドラーの実践が伝わります。
それは、意識のムドラーとも呼ばれるチンマヤ・ムドラーです。

チンマヤには、「純粋な考えからなる」という意味があります。
このムドラーは、自分自身の本質である純粋な意識につながるための架け橋となるムドラーとされてきました。
その実践を通じては、浅くなりがちな呼吸への気づきが深まることから、心身の健康を保つためのムドラーとしても広く実践されます。

チンマヤ・ムドラーでは、親指と人差し指の先端を合わせ、残りの3本の指を手の平の内側に丸め込みます。
親指は大宇宙である梵、人差し指は小宇宙である我をあらわします。
これを結びつけるチンマヤ・ムドラーは、梵我一如を象徴するムドラーです。

このチンマヤ・ムドラーに似たムドラーに、瞑想において広く実践されるチン・ムドラーがあります。
チン・ムドラーは、親指と人差し指の先端を合わせ、残りの3本の指は真っ直ぐに伸ばすムドラーです。
3本の指は、現象世界を生み出すサットヴァ、ラジャス、タマスなどに例えられ、その3つを引き離すチン・ムドラーには、外界から離れる意味があるとされます。

これとは反対に、3本の指を手の平の内側に丸め込むチンマヤ・ムドラーは、大宇宙に繋がりながら、小宇宙である自分自身の身体の内に、意識を取り戻す力がより強いように感じます。
そこに得る安住は、落ち着きだけでなく、心身に生き生きとした力をもたらしてくれるものでした。
その心地よい調和の中では、より安定した外界との繋がりを築くことが可能になります。

魅力的で刺激的な喜びを求めて動き回る感覚によって、私たちは自分自身の本質である純粋な意識から遠ざかりがちです。
そんな私たちに、古代より受け継がれるこうした霊的叡智は、純粋な意識に安住するための教えを示し続けています。
時に息苦しく感じる日々において、その豊かな教えを取り入れながら、深く呼吸をし、不変の喜びの中で生きることを努めたいと感じます。

(文章:ひるま)