ガネーシャ神とモーダカ

叡智の神として、不吉な出来事をすべて破壊するガネーシャ神は、私たちに究極の解脱を授けると信じられます。
そんなガネーシャ神は、モーダカプリヤという愛らしい別名で崇められることがあります。
モーダカプリヤには、モーダカを好む者という意味があります。

ガネーシャ神は、誕生日のお祝いにたくさんの甘いモーダカを食べ、ふくれたお腹でバランスを崩し転んでしまったという神話も伝わるほど、モーダカが大好きです。
このモーダカを供物として捧げることは、ガネーシャ神を幸せにするとても吉祥な行いとされてきました。

モーダカは、インドでも地域によってさまざまに作り方が異なります。
一般的には、甘い餡を米粉や小麦粉で作った皮で包み、蒸したり揚げたりする甘いお菓子です。
その形もさまざまですが、雫のように、丸くてっぺんが尖っているものが多くあります。

このモーダカは、てっぺんから少しずつかじりながら食すものとされています。
それは、少しずつ知識を得ながら、最後に全体を知ることの至福を象徴します。

ガネーシャ神がモーダカを好む理由には、ある神話が伝わります。

シヴァ神とパールヴァティー女神、そしてガネーシャ神の一家が聖者アトリとその妻アナスーヤーを訪ねた時のことでした。
アナスーヤーは、まず子どもであるガネーシャ神のお腹を満たそうと、食事を振る舞います。
しかし、いくら食事を振る舞っても、ガネーシャ神のお腹は満たされません。
そこで、アナスーヤーが甘いモーダカを振る舞ったところ、ガネーシャ神のお腹はようやく満たされたと伝えられます。

この神話を見ると、叡智の神であるガネーシャ神は、何よりも知識を好むということが分かります。
私たちが知識を得ていくことは、ガネーシャ神を幸せにする何よりも吉祥な行いであることを伝えているようです。

私たちは、無知の暗闇に落ちていくことで直面する不吉な出来事に、思い悩むことが少なくありません。
そんな不吉な出来事をすべて破壊すべく、ガネーシャ神は私たちを知識という光のある方へ常に導いています。
私たちを想うガネーシャ神を幸せにするべく、人生の中で学びを深めていく時、やがて真実と一体になることができるはずです。

(文章:ひるま)