勝利の女神

夕暮れが早まり、夜が長くなる秋の季節。
その暗い新月の夜を照らすように祝福されるのが、眩い光が溢れるディーワーリーです。
闇を照らす光が灯るこの祝祭は、悪に対する善の勝利を祝う象徴でもあります。

ディーワーリーは、ラクシュミー女神への祈りが捧げられる時でもあります。
ヒンドゥー教の創造神話である乳海撹拌を通じ、ラクシュミー女神はこのディーワーリーの日に姿をあらわしたと信じられているからです。

ラクシュミー女神は、豊かさを司る女神です。
物質的な豊かさだけでなく、目には見えない心の豊かさを授ける女神でもあります。
そんなラクシュミー女神の姿の中に、ヴィジャヤ・ラクシュミーと呼ばれる姿があります。

ヴィジャヤーは勝利を意味します。
ヴィジャヤ・ラクシュミーには、ラクシュミー女神を心から崇拝する、あるひとりの男の神話が伝わります。

ラクシュミー女神は、その男の心を確かめようと、ある試練を与えることを考えました。
そして、「不吉な時に生まれた運命により、豊かさを享受することはできない」と男に伝えます。

しかし、その言葉に男の心が揺らぐことはありませんでした。
そして、変わらずにラクシュミー女神への祈りを捧げ続けます。
その姿に感銘を受けたラクシュミー女神は、あらゆる富を男に授けました。

しかし、この時すでに、男は物質的な欲望から解放された聖者に変わっていました。
授けられた富を必要とせず、男は王国のためにその富を捧げます。
そうして生まれたのがヴィジャヤナガル王国であり、男はヴィディヤーラニヤと呼ばれる聖者になったと伝えられます。

私たち自身、日々の歩みの中で経験するさまざまな試練に、心が揺らぐことが少なくなりません。
そうして光を見失い、闇に落ちていくことも往々にあります。
しかし、ラクシュミー女神に定まったヴィディヤーラニヤの心に、光と闇が入り乱れることはありませんでした。

信じる心から生まれる何にも揺らぐことのない強さは、王国を築き上げたヴィディヤーラニヤのように、必ず勝利をもたらしてくれるはずです。
ラクシュミー女神が姿をあらわしたと信じられるディーワーリーに、光を灯しながら、その存在を自分自身の内に確かめたいと感じます。

(文章:ひるま)

参照:Goddess Vijaya Lakshmi