若林忠宏:論理とスピリチュアル:新連載 Vol.5 バガヴァッド・ギーター:第二章・第2節 ①

※ 尚、新連載のバガヴァド・ギータの文言は、数ある紹介の中でも最もご誠実で丁寧で分かり易く説かれたとお奨めする、シーターラーマさんブログから引用させていただきますので、文言それぞれの詳しい解説は、公式サイトのブログで学んで下さい。
(本連載では、一部、著者の要約に代えさせていただいておりますことをご了承ください。)
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バガヴァッド・ギーター:第二章・第2節 ①

クリシュナは言った。
危機に於いて、この弱気はいったい何処から貴殿ににじり寄ったのだ!
それは貴殿にそぐわず、天界に導きもせず、不名誉をもたらすものだ。アルジュナよ。

先の第一章40節のアルジュナの葛藤に対しクリシュナは、この第二章2節と続く3節で、厳しくアルジュナの弱気を責めます。単純に解釈すればこれは、戦記ものに於いて、戦うことを鼓舞する、如何にも武士本意の物語に思えてしまいます。
古今東西で、「決戦に臨み否応が無しに襲い掛かる不安・哀しみ・矛盾と葛藤」に対し「軍神の強い激励を受けて立ち向かって勝利した」という物語は、ありふれて存在します。果たしてバガバド・ギータをそのようにつきなみに読んでしまって良いのでしょうか?

実際インドに於いても、そのような解釈が主流かもしれません。しかしクリシュナは軍神でしょうか? 軍神と言えば、ブラフマン教の軍神:スカンダが居り、ヒンドゥー教の時代になると、いささかその扱いに困ったのか?その縁起に関しては様々な説が交錯しています。
ヒンドゥーの幾つかの派は、スカンダ軍神に代わり、ヴィシュヌの化身でありながら、シヴァの弟子であり、マハーバーラタの英雄の師でもあるパラシュ・ラーマを軍神と崇めます。
また、そもそもクリシュナやラーマも、常に博愛ではなく、戦うべき相手には、手加減を見せません。しかし、決して好戦的であるとは語られておらず、常に「弱者救済」や「悪を懲らしめる」という姿が強調されています。

私は、第一章で、アルジュナが「眼前の敵もまた同族である」という苦悶を語ると共に、先の40節で「絶対善と絶対悪」について述べて、決断が揺れている姿を見せていたことに着目します。

この葛藤は、ほぼ全ての生命体と、そもそも宇宙で、常に繰り広げられている紛れも無い事実を表現していると考えます。
地球は、太陽に対する「求心力」と、離脱せんとする「遠心力」の拮抗で太陽系に存在し続けていますが、対峙する力のどちらか一方が優った瞬間、地球はその存在を失い、他の太陽系の惑星に甚大な影響を与え、恐らく太陽系事態が滅んでしまうでしょう。

同じように、生命体のあらゆる機能も、対峙する要素の拮抗(恒常性)によって成り立っています。つまり「総て(全体)が存在するために存在する相反する二大勢力」が、善悪の次元を超えて存在しているのが「当たり前=デフォルト」なのです。

しかし、腸内細菌叢(善玉菌、日和見菌、悪玉菌)、(ある一部の)免疫機能の暴走(サイトカイン・ストームや自己免疫疾患、アレルギー)、変異細胞の暴走(癌細胞)という、「全てを破壊してしまう、拮抗(恒常性/バランス)に関わらない何か(力/指向性・方向性/価値観/意図・意思)」は、ほぼいずれも「同族(同胞)」が、その判断を誤って、「絶対悪(総てを滅ぼす指向性=己も滅びる)」の道を選択した結果なのです。
(つづく)
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(文章:若林 忠宏

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