アーディティヤ・フリダヤム第17節

जयाय जयभद्राय हर्यश्वाय नमो नमः।
नमो नमः सहस्रांशो आदित्याय नमो नमः॥१७॥

・jayāya jayabhadrāya haryaśvāya namo namaḥ|
namo namaḥ sahasrāṁśo ādityāya namo namaḥ||17||
・ジャヤーヤ ジャヤバドラーヤ ハリヤシュヴァーヤ ナモー ナマハ
ナモー ナマハ サハスラーンショー アーディティヤーヤ ナモー ナマハ
・意味:勝利を授ける神に敬礼します。聖馬を持つ神に敬礼します。
千の光線を放つ方、アディティの息子に繰り返し敬礼します。


アーディティヤ・フリダヤム第17節です。
ハリは、「黄色、緑色、淡黄褐色、茶色」等の意味があります。
「ナモー ナマハ」は、マントラによく見られる語ですが、これは「ナマハ ナマハ」が連声で変化したもので、「繰り返し敬礼します」「心より敬礼します」などの意味になります。

  1. こんにちは、初コメです。
    マントラについて調べていましたらこちらにあたりました。
    このマントラと仏教の読経は同じもの、あるいは同じ効果をもたらすものと考えていいのでしょうか?
    私が聞いたところでは、唱える名前によって効果が違ってくるそうで、念仏では架空の仏なので無間地獄に落ちてしまうとも某教団から聞きました。
    仏教にしろ根源はインド発祥なので音節に効果があるなら梵語で唱えないと意味ないのでは?って思うのですが、日本語でも問題ないんでしょうかね・・・。

  2. ひろ様
    こんにちは。
    サンスクリットのマントラは、仏教の読経のルーツになりますので、両者には多くの共通点がございます。
    神にもさまざまな性格がございますので、それぞれの御名をたたえることは異なる意味を持つことになるかと思われますが、信心を込めて唱えるならば、どの神も救いの手を差し伸べてくれるのではないかと思われます。インドの神々も、多くは地・水・火・風・空などが擬人化されたものになります。
    日本語でも、地方によって方言があるように、仏教の読経はサンスクリットの方言にあたるものと考えれば、少々の音の違いでも、意味は同じなので問題はないものとして差し支えないかと思います。

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