ナーラダ仙とバクティ・デーヴィー

2021年は5月26日の満月に、ヴィシュヌ神の9番目の化身として崇められる仏陀の降誕祭が世界の各地で祝福されます。
その満月の翌日は、ヴィシュヌ神を心から愛するナーラダ仙の降誕祭が祝福される時です。

ナーラダ仙は、世界に叡智を広めるために、ブラフマー神が念じて生じさせた聖仙といわれます。
世界を自由に動き回るナーラダ仙によって、数々の叡智がこの世に伝えられてきました。
そんなナーラダ仙が登場する神話に、パドマ・プラーナのバクティ・デーヴィーにまつわる神話があります。

バクティ・デーヴィーは、献身的な礼拝、絶対神への帰依、信愛や奉仕を意味するバクティの象徴です。
バクティ・デーヴィーには2人の息子がおり、ヴァイラーギャとジュニャーナという名前がつけられていました。
それぞれ離欲と知識を意味し、霊性修行において欠かすことのできない事柄です。

ある時、バクティ・デーヴィーは社会を離れ、離欲と知識という2人の息子と共に巡礼に出発しました。
長きに渡るその巡礼の間、3人は年老いるも、ヴィシュヌ神の聖地に辿り着いた時、バクティ・デーヴィーは若さを取り戻します。
しかし、2人の息子は年老いたままでした。
嘆いたバクティ・デーヴィーは、ナーラダ仙に2人の息子を若返らせるように懇願します。

ナーラダ仙はさまざまなマントラを試すも、効果がありません。
すると天の声が届き、バクティを説く聖典のシュリーマド・バーガヴァタムを詠唱することを勧められます。
そうして聖典を詠唱した2人の息子は、活力や気力を得て、若さを取り戻したと伝えられます。

この神話にはさまざまな解釈がありますが、そのどれもが、バクティの重要性を強く伝えています。
シュリーマド・バーガヴァタムの詠唱は、バクティの実践に他ありません。
霊性修行は、社会を離れ離欲や知識を達成することだけが目的ではなく、社会においてバクティを実践することで、離欲や知識が生きるものになるということを伝えています。

ヴィーナを手にヴィシュヌ神の御名を唱えながら世界を歩き回るナーラダ仙は、さまざまな神話を通じて、時に難解な教えを親しみやすく伝え続けます。
その教えは、ただ苦行を行い、人生を手放し、静寂の中に生きることだけが霊性修行ではないということを気づかせてくれます。
この社会の中で生きる日々は、バクティを通じて離欲と知識を育む修行の場となり、その実践を通じて、私たちは真の解放を得ることができるに違いありません。

(文章:ひるま)

参照:Bhagavata Mahatmya: The Journey and Rejuvenation of Bhakti Devi