時を越えて

精神的な探求を続ける人々がインドへ向かい、そして肉体の枠を超えてヨーガが求められることは、遠い昔からの、そして果てることのない事象の一つのように思います。5ヶ月ぶりにインドへ戻る私もまた、あの神聖な世界の中で美しさと混沌に包まれながら過ごす毎日に今、思いを馳せています。
ヨーガを行い、そして精神的な教えを学ぶことはどこにいても可能なものとなりました。しかし、インドの物質的に限られた生活の中で、常に神と共にある人々が生み出す気づきに満ちた空間は、どんなものにも代え難いとても神聖で貴重なものです。そこに一歩足を踏み入れるだけで、自分の中の大切なものがひょっと顔を出すような、あの空間の持つ不思議な力には今も魅せられてなりません。
物から離れ、ヨーガの修練を通じ思考や人格という自分を束縛するものを少しずつ紐解いていく中で、気づきは様々な方面から訪れます。何ににも縛られないその心であらゆるものの色や形を見る時、その存在を、そしてその背景にある静寂を何よりも強く感じ、未来でも過去でもない、今という瞬間に留まる決して揺るがない確かな姿に出会います。
時間はただ流れ過ぎていき物事も同じように変化をする中で、今という瞬間を生きることは、変わらない真実と共にあること、それは神の側に留まる事に変わりありません。過去や未来が作り出す執着や欲望という苦悩から自由であるその存在の美しさを思うと、「あなたは、今を生きるのです」という、大震災の後のスワミジの言葉が蘇ります。その存在が生み出すものは平穏だけなのだとあの言葉の意味を今理解しています。
インドから日本へ、そしてまたインドへ。変化を続けるその時間や空間を越えて、いつも変わらずにある今という瞬間は、真実であり神そのものです。人々が長きに渡ってインドを訪れるのは、究極的にその瞬間に留まらせてくれるからなのだと感じます。その崇高な瞬間のために、早る気持ちを抑えながら、残り少しとなった日本の生活を今努めています。
(文章:ひるま)