心の主となる

新年を迎え、新たな目標や誓いを立てた方も多くいらっしゃるかと思います。その誓いを守り目標へと向かうことは、自分自身を律し、より良いところへと自身を導く大きな指針となることは確かです。そしてそこに唯一必要なものは、ヨーガの教えにあるように、自分が自分の心の支配者になるということがあるかもしれません。
揺れ動く性質を持つ心は、時に大きく私たちを支配し、頑なな決心すらも、いともたやすく崩していきます。そして心は私たちの主となり、さまざまに私たちを揺れ動かします。
この心の主となるには、2つのものが重要であると、バガヴァッド・ギーターの中で説かれました。それは、「離欲」を意味する「ヴァイラーギャ」と、「修習」を意味する「アビヤーサ」です。これらは、ヨーガの経典「ヨーガ・スートラ」においても、心を止滅するための術として述べられています。
離欲は単に欲から離れるだけでなく、心を乱す欲を離れることで静けさを自身の内に保つことでもあり、それを繰り返す修習によって、心は完全な落ち着きを備えて行きます。これがなければ心を支配することはできないと、古代の叡智は述べました。
修習もまた、欲を離れた乱れのない心によって成されなければ、新たな欲望が生み出され、心は静まることはないと述べられます。こうした離欲を伴った修習が、自身の心を支配する術であることは、ここで日々実践するヨーガの生み出す平安に強く気づかされたことです。
立てた誓いを守り抜くことは、心の主となることでもあります。日常の中で、一つ一つの物事において決心を達成する時、その積み重ねは大きな悟りへと自身を導いていくに違いありません。
こうして古代の叡智と共に生きる日々は、一瞬一瞬が修行となり、その教えの実践は毎日をより美しいものとしていきます。新しく始まった一年もまた、心を穏やかに、どんな時もその内に平安を保つことを目標として、日々の行いを努めていきたいと感じています。皆さまにとっても、心安らかな一年となりますようお祈り申し上げております。
(文章:ひるま)