自己の本質を知ること

日が陰る寒い冬を終え、太陽が輝く明るい春の到来は、それだけでも多くの至福を感じる瞬間が多くあります。この時が、叡智を授ける女神・サラスワティーへのプージャーと共に祝福されるのは、霊性の道を行く上でもとても重要な意味を持ち合わせています。
数々の聖典において説かれる、人々の「無知」は、私たちの幸福を奪う唯一のものとして捉えられてきました。特に、外界を通じた心の働きから生じるさまざまな思考や感情は、自身の内をまさに戦場として多くの疑いや悩みをもたらし、真実を見失わせていきます。その無知によって、存在しないさまざまな苦難を私たちは経験せねばなりません。
自分自身の心や体という内なる世界と向き合うことは、外界のさまざまな現象から自身を切り離し、純粋な意識を究極的に研ぎ澄ませていくことをその実践によって幾度となく実感してきました。瞑想やヨーガ、またジャパなど、自身の内を知る手掛かりとなるその手法は、外ばかりに向く意識を内側へと向け、確実に、その内なる神聖な世界を経験させてくれます。
そこで得るいくつもの気づきは、まさに叡智として日々の生活を豊かなものとしていきます。叡智を授けるサラスワティー、「サラ」は「本質」、「スワ」は「自己」を意味するサンスクリット語に由来します。それが「自己の本質」を意味すると伝えられるように、自分自身を知ることこそが、何よりもの叡智となるのは確かな事実です。自分自身の存在が至福そのものであることを理解していれば、外界のどんな出来事すらもそれを揺るがすことはできません。
物質に溢れるこの現代の日常生活の中でも、悟りや解脱を目的として生きる人々がここには数知れず存在しています。こうした季節の移り変わりと共に、一瞬一瞬が伝えようとする幸せのあるところを、どんな時も忘れずにいたいと願ってなりません。今ここで感じる日の光が、まさに無知を照らす灯りとして、この時に多くの気づきを与えてくれるように感じています。
(文章:ひるま)