7音から音階、そして旋法へ

Sri Maha Mariaman Hindu Temple

古代インド科学音楽の7音と、オクターブを22音、後世ではほぼ12の半音に分けて得られた楽音「Swar(スワル)」は、そのまま全てを用いて音楽を実演したわけではありません。12~22音からサレガマの7音、やや後世では、5音、6音用いる「音階」を見出しました。

同じことは、古代ギリシアおよび古代ペルシアでも行われていました。古代ギリシアのそれは、後継である古代ローマにおいてキリスト教会でさらに整理され、「モード(旋法)」と呼ばれましたが、これのおかげでインド旋法の説明が面倒になりました。何故ならば、ギリシア・ローマのそれは、単なる「音階」に過ぎないのに「旋法」と呼んでしまったからです。
ギリシア・ローマのそれは、7音(後世では12の半音の全て)を開始音にした音階群で、7(12)種あり、古代の地名や民族名で名付けました。ドから始まればいわゆる「ハ長調」ですが、同じ音を用いながらも、レから始めれば、いわゆる「ニ短調」が得られます。
ところが、同じことを古代インドでも行ったのですが、インドではほどなく、全ての「音階」は、ド(Sadaj)から始めることが定着しました。それは当然です。始まりは「OM」でなくてはならないからです。

「ほどなく」と述べたのは、22音に分割していた頃、その割り切れない音律を考慮してか、ドからの他にも、異なる配分によるファから(後にミからも)の音階グループ「Grama(グラーマ)」を考案し、それぞれの各7音から始まる様々な「音階(Murchchana/ムールッチャナー)」を考案した時代があったからです。
要するにミもファも、ヴェーダの音としては「OMのSadaj」に次ぐ意味深い音であったということなのですが、廃れてしまった上に、かなりややっこしいので、説明を割愛します。いずれにしても現存するインド最古の音楽書が著された紀元後から10世紀までの時代では、既にほぼ12音律で、様々な「音階」はいずれもド(Sadaj)から発して考案されていました。そして、この音律理論が今日まで継承されています。

この「音階群」の考案、作り方は、実にインド的であり、「科学音楽」たる所以であります。それは、12の半音から7音を作り出すのに、順列組み合わせという数学を用いたからです。実際は、物理的に得られる倍音であり属音である「ソ(Pancham)」は、「ド(Sadaj)」と同様に重要で、「不変音(Akal-Swar)」とされますから、順列組み合わせは、ドの次にレ♭かレ♮、次がミ♭かミ♮、次はファ♮かファ#、そしてソ、その後は、ラ♭かラ♮、シ♭かシ♮という風に考えていったのです。

こうして生まれた「音階」は、単純に作られたものだけでも既に32種もあり、古代ギリシア・ローマの7(12)種を遥かに上回っていました。古代ペルシアは、ある程度インドに似た発想で作りましたが、よろずを天文に準えたため、「7種の基本音階(週の七日にちなむ)」「12の派生音階(年の12月にちなむ)」で、合計しても19種でインドの数には及びません。
実際のインドの32種の中には、誰が聴いても美しくないものもあったでしょうし、ほとんど演奏されない「机上の音階」もあったのですが、まずは論理的に考えて作り出してしまうという辺りがいかにもインド的であり、科学的(論理的)であると言えます。

しかし、この段階では、まだ「音階」に過ぎないのですが、インド科学音楽の研究者(僧侶)たちは、同じ「音階」の中に、主音が異なることで全く異なる「雰囲気」を醸し出す複数の「もの」を考案したのです。「音階」は同じですから「異なる音階」とは言えなくなります。そこで「旋法」という概念が構築されたわけです。流石にこれは、7音の全てに主音を移動させるような数学的創作はしなかった様ですが、理論的には有り得ることで、もし考案した場合、その総数は、384種になってしまいます。
ところがほどなく、主音の他に、副主音を考えてしまったので、7音の全てに移動せずとも、数百種は出来上がってしまったのです。

(文章:若林 忠宏