祈りを運ぶ女神

Brahmin reading hindu mantra in Nepal

昨日、盛大なホーリー祭を終えたインドでは、およそ2週間後の新月より女神を讃える9日間の祝祭、春のナヴァラートリ祭が始まります。インドの各地でさまざまな形となって崇められる女神たちは、世界を生みだす原動力として、私たちの周囲のいたるところに存在しています。生きる日々の支えとなる祈りにも、女神の大きな力が働いていることを忘れてはなりません。

インドで崇められる幾多の女神の中に、スヴァーハーという女神がいます。スヴァーハーはヤジュニャなどの火の儀式において、火へ供物を捧げる際に繰り返し唱えられる言葉でもあります。供物と共に捧げられるスヴァーハーという言葉は、「奉納」を意味し、私たちの祈りや捧げ物を神々のもとへ届ける重要な存在であると言われ、女神として崇められています。

スヴァーハー女神は、火神アグニの妻として伝えられますが、女神崇拝の中で中心的に礼拝される存在ではありません。しかし、スヴァーハーの言葉がなければ、神々は私たちの祈りを受け取らないとも言われるほど、儀式においてはとても重要な存在です。

スヴァーハーは精霊でありながらも、恋に落ちたアグニ神の愛を勝ち取るために、自分自身を捧げるほどの大変な努力をし、女神になったと伝えられます。アグニ神とのさまざまな神話も伝えられ、カールッティケーヤ神(シヴァ神の息子であり、ムルガン神とも)の母であると伝えられることもあります。

祈りと共に、火に捧げられ灰になるスヴァーハー。私たちが祈りにおいて捧げるものも、自分自身に他ありません。そうして自身の内が浄化される時、私たちは大きな至福と平安を手にすることができます。

スヴァーハー女神は、夫である火神アグニが火として燃えるための力でもあります。スヴァーハー女神がいなければ、アグニ神も炎を上げることはできません。私たちがこうして生きる日々の中にも、そこには常に力が存在し、さまざまな形で私たちを育むその力は、ここで女神として崇められています。これから迎えようとしているナヴァラートリ祭を前に、改めてその力と女神の存在について見つめていきたいと感じています。

(文章:ひるま)