40、輪廻のリズムからの解脱

Closeup of a tibetan bowl and red  mala beads for meditation on wooden background.

西洋の音楽家にとって、インド音楽独特の旋律およびリズムのアゴーギクの技法が如何に衝撃的であったか、については、1889年のパリ万博で、彼のドビュッシーが感化された(インドネシア・ガムラン音楽の方がより、の説もありますが)と言われることに始まり、ロックでは、ビートルズ、ジャズではコルトレーンのみならず、マニアが驚く様なマニアックなミュージシャンさえもが(むしろか?)インド音楽の技法に大いに感心を抱き、何かを得たいと取り組んだ様子で良く分かります。

リズムのアゴーギクの中で、少しインド・リズムに関心を抱き、ある程度学んだ人が、強烈にハマるのが、「Tihai(ティハーイ)」という終止形の技法でしょう。
これは、「三回(繰り返す)」の字義通り、同じフレイズを三回繰り返すことで、「或る拍から或る拍迄の拍数を、基のリズムにズレながら三分する」というものです。
具体的には、「4444の16拍子」の「第一拍目(Sam)から、数サイクル後のSam迄の拍数」を三分するものには、「9+(3)+9+(3)+9」「11+11+11」「15+(2)+15+(2)+15」などがあります。試しに、指を四本迄繰り返し折り曲げ数えながら、上記の数字を言ってみて下さい。親指から始めれば親指で終るはずです。

括弧の中は、休符です。休符かあっても、「三つの塊」の間にありますから「三度繰り返される感じ」を壊すことはありません。 また、上記の「15」を用いたTihaiや、同様に「21」など、それ自体を三分できるものは、「(3+3+3)+(2)+(3+3+3)+(2)+(3+3+3)」のように「三回繰り返し」を二重に演じてみせ、その名も「Chakkradar-Tihai(チャックラ/チャッカルダール・ティハーイ)」と呼びます。「Chakkra/Chakkar」は、「輪」のことで、もちろん語源は、「チャクラ」です。

逆に言えば、サイクルの拍数が如何であろうとも、Tihaiは、「サイクル数X○+1(Sam)」を三分し、余りが出れば、それを二分して上記のような二ヵ所に配すればよいということになります。なので、実際数えずとも演奏せずとも、75拍子ならば、76÷3=25+余1ですから「25+(0.5)+25+(0.5)+25」が一例となります。

このTihaiの技法は、「終わりは次の始まりである」、言い換えれば「永遠に終らず輪廻するTala(リズムサイクル)」の唯一の「終る手段」、つまり唯一の「解脱法」なのです。もちろん、ここに「3」という「秘数」を用いたことも意味深いものがあります。同時に「二度ある事は三度ある」と言う民族を超えた普遍的感覚に訴えているとも言えます。二回ではそれは感じませんし、四回は「無理矢理」な感じがして感動がありません。

従って、どんな巨匠でも、どんな名演奏が、何時間もの熱演で繰り広げられようと、インド古典音楽の最後は、必ずこのTihaiで終るのです。そして、もし間違えでもすれば、それまでの数時間の名演奏が一気に覚めてしまい、聴衆は「あーあ」の表情で拍手をせずに退席してしまうのです。

ふたたび唱歌を例に挙げますと、「もみじ」は、「すそもよ/おのようだ」と歌詞を足さずとも、「やー、まの、ふ、も/と、ー、の、ー/すそ、もよ、お-、すそ/もよ、お-、すそ、もよ、/おーーーー、でインド式に終ることができるのです。
このTihaiは、演奏の最後のみならず、アドリブの〆には必ずと言って良いほど用いられます。なので、上級者やプロは、「SamからSam」ではなく、「様々な拍から、(作曲された)主題の歌い出しの拍の手前」に演じることが多くあります。

(文章:若林 忠宏

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