宇宙に果てはあるのか

Particle in the outer space

宇宙には、無数の星々が輝いているのに、どうして夜は暗闇に包まれるのでしょう。
夜空を見上げながら、思いを馳せることがあるかも知れません。

私たちの宇宙は、遠く離れるほど、加速膨張していることが、観測結果から明らかになっています。
すなわち、私たちから遠く離れた星々ほど、地球から速く遠ざかっているため、その光がまだ地球まで届いていません。
そのため、太陽よりも明るい、あまたの星々があるにも関わらず、夜空は暗闇に包まれていると考えられています。

それでは、宇宙の膨張速度よりも高速で移動した場合、宇宙の果てにたどり着くことは可能でしょうか。
現代物理学では、宇宙の大きさの目安として、宇宙の年齢や光速度による観測的な限界から、観測可能な宇宙は、直径8.8×1026m(約28ギガパーセク)の球体と推定されています。
しかし、物理的な宇宙は有限なのか、それとも無限の大きさをもつのか、まだ明らかになっていません。

宇宙は過去に遡ると、素粒子よりも小さい点からはじまったといわれます。
そのため、現在の宇宙論の研究には、素粒子論の成果が欠かせなくなっています。
素粒子論においては、物理学で扱える最小の長さの単位は、プランク長≈1.6×10-35mと考えられています。

それでは、プランク長に対応するような、最大の長さの単位を導くことは可能でしょうか。
筆者の提唱する自己相似対称(SSS)モデル[1]では、プランク長と宇宙マイクロ波背景放射(CMB)との対称性から、物理的な宇宙の大きさは、4.1×1028m(約1.3テラパーセク)と推定されます。
観測可能な宇宙よりも、さらに約50倍の大きさに相当します。

SSSモデルでは、プランク長と宇宙の大きさは、CMB温度によって決まります。
すなわち、CMBが温度(エネルギー)をもつ限り、私たちの宇宙の大きさには物理的な限界があることが示されます。
これから、CMB温度が時間の経過とともに下がり続け、やがて0になったとき、宇宙の大きさは無限大になることが予見されます。
そしてその時、万物は消滅し、宇宙は無に帰するでしょう。

古今東西の宗教に見られる宇宙観では、現代物理学に通じる記述が少なくありません。
逆の見方をすれば、現代物理学が、宗教で語られる宇宙観に近づいているとも考えられます。
聖典バガヴァッド・ギーターにおいて、クリシュナは次のように述べています。

「劫末において、万物は私のプラクリティ(根本原質)に赴く。
劫の始めにおいて、私は再びそれらを出現させる。
自らのプラクリティに依存して、この無力な万物の群れのすべてを、
プラクリティの力によって、私は繰り返し出現させる。」
(バガヴァッド・ギーター第9章7・8節)

私たちの宇宙が消滅したとき、それは、新しい宇宙の始まりを意味するのかもしれません。

[1] T.Sonoda, Front. Appl. Math. Stat. 2:5 (2016)