72、弦楽器の王:Vina

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インド古代音楽に於ける弦楽器の総称である「ヴィーナ(Vina)」の語源は、私にも確証がありません。文献にはそもそも語源の記述は見当たりませんが、仏典に見られる「Venu」が語源かも知れません。仏典は中期ブラフマン教の伝統を、継承した部分と反発した部分に読み取ることが出来ます。しかしその当時の「Venu」は、「笛」だったようで、「僧侶階級は笛を吹かない」という話しと矛盾するようですが、カーストが確定するのは更に二千年以上後の「マヌ法典」の頃ですから、早くても仏教時代の後半に「笛は吹かない」となったとしても、仏教時代の前半やその前の時代には吹かれていたのかも知れません。同様にその時代からあると思われる「シャンカ(Shanka)/法螺貝」もまた「笛」の一種ですし「動物質」ですが、古代からずっと神聖な神器でした。なので「Venu語源説(と言いつつ私の他には言ってないようですが)」もあるかも知れません。

「VIna」の語になった頃も、特定の楽器を指すのではなく、「弦楽器の総称」でしたから、様々な種類がありました。当時は仏教とブラフマン・ヒンドゥー教が混在していた時代ですが、双方の神話に現れる様々な動物・鳥類を象ったヴィーナが作られていました。サラスワティー女神のお供「孔雀」を象った撥弦または弓奏楽器の「Mayuri-VIna」、ヴィシュヌ神の化身にも在る「亀」の形の「Kachapi-Vina」、仏教では「龍」と同義でもある「鰐」の形の「Makal-Vina」といった動物の他、楽聖であり聖仙であるナーラダが創作した「Narada-VIna」、「百弦」を意味する竪琴の「Shata-Tantri-VIna」20弦の「Dwa-dash-Tantri-Vina」、「天上の楽士」の「KInnari-Vina」などなどです。それらの幾つかは、インド各地の仏教遺跡のレリーフによってその形を知ることが出来ます。

「Kachapi}(亀)-Vina」と「Makal(鰐)-Vina」は仏教と共にインドシナ及びインドネシアにも伝わり、今日でもタイやカンボジアで「Krachappi/Chapay(亀)」「Chakhe(鰐)」の名でその形の片鱗が残る弦楽器が古典音楽で重用されています。インドネシアの島々では「Hasappe」「Hasapi」などと呼ばれ現存しますが、形もかなり様々で「亀」の面影もなく、現地の演奏家もその言われを全く知らないようです。

インドで仏教が衰退し始めた頃、ヒンドゥー教はブラフマン教をも圧倒し、サラスワティー女神やルードラ神などのブラフマンの神々もその神々の系譜に組み込みます。ルードラ神は、初期のプラーナ文献で既にシヴァの別名とされています。かなり貴重になりましたが、まだ北インドに現存する「ルードラ・ヴィーナ」は、大きな二つの干瓢の胴に竹筒のネックを渡し弦を張った楽器で、ターン・センもこの楽器の名手でした。と言うよりイスラム宮廷音楽になっても古代寺院僧侶音楽がその主流だったので当然なのですが。

このヴィーナのそもそものルーツは「サラスワティー女神が竹筒弦楽器を、その豊かな二つの乳房に充てて共鳴させた」という伝承にあるもので、仏教レリーフでも確認出来ます。故に、そもそもは「サラスワティー・ヴィーナだったのです。恐らく女性用の小型がそれで、男性用(身体の大きさだけの問題でなく、声楽の合間に演奏したため、男声女声のKeyに合わせた)の大型が「ルードラ・ヴィーナ」だった訳です。

 中世以降から今日南インド古典音楽で用いられる「サラスワティー・ヴィーナ」は、その形状(樹をくり抜いた大きな柄杓型)を見ても分かるように、西アジア弦楽器「タンブーラ」(南インドでも或る種のヒンドゥー修行僧が好んで弾いた)にヴィーナの駒を取り付けたものですが、イギリス植民地時代のヒンドゥー文化復興運動の頃に「サラスワティー・ヴィーナ」の名前を起用しました。なので、結構ややっこしい話しになっているのです。今日の南の「サラスワティー・ヴィーナ」は、副共鳴体付きのシタールのように上部の共鳴体は小さく、元祖の「二つの乳房」とは大違いの不揃いです。

胸に充てて共鳴させるヴィーナは、仏教時代には托鉢の修行僧や盲僧の楽器となり男が弾きましたので半球状の干瓢のひとつの胴体を持ち、胸で共鳴(もしくは胸板で反響)させます。この楽器の子孫は、今日でも僅かにタイ、カンボジアに残っています。カンボジアの知人に作らせた時「ポルポト時代に殺されもう最後の一人の職人が作った」と言っていましたから、最早絶滅したかも知れません。偶然にもその奏法や形はブラジル格闘技カポエラに用いる楽弓「ビリンバウ」に極似します。

一方大乗仏教の経路でチベットや中国に伝わったヴィーナは、定説では「琵琶」の語源であると言われますが、遠からずとも当たらずと思います。古代中国の「琵琶」の発音がどうであったか?も課題ですが、それ以前に、中国に伝わる前に、当時最高水準の仏教文化を誇り、素晴らしい楽器演奏図だけが壁画に残る「亀爾(キジル)」王国に於ける呼称を検証すべきと思われます。恐らく定説通り「ヴィーナ」の音訳が「琵琶」なのでしょうが、「インドから中国」ではないのです。

また「ヴィーナ」の語意は、弦楽器の総称であり、希に管楽器にも「ムカ・ヴィーナ(口ヴィーナ)」などと用いますので、「琵琶」と音訳するより「琴」と意訳した方がしっくりいくとも考えられ、上記の「動物ヴィーナ」は、それぞれ「亀琴」「鰐琴」「孔雀琴」と表せます。中国では「琴」は、柱のない古い「おこと」の一種ですが、「弦楽器の総称」でもあり、日本でも有名な「二胡」は、「胡琴」の一種です。

(文章:若林 忠宏

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