80、世界に知られた:Sitar (3)

前回前々回からご紹介している、インド楽器で最も有名であろうシタールですが、そのスタイルは、北インドで用いられるようになった10世紀から18世紀迄の時代と、18世紀に古典音楽でも用いられるようになってから20世紀冒頭迄の時代、そして戦後の大きな三つの時代に、同じ楽器とは思えない程に変貌を遂げて来ました。
一方、シタールより100程前に古典音楽のステイタスを得たサロードは、前述しましたように、ラヴィ・シャンカル氏の師匠が「大型、多弦」にした他は、奏者の好みで「やや小振りでスリム」「やや大型で太い」などの違いがある程度で、創作された18世紀前半から二種類のままで古いスタイルも辛うじて生き残っています。
それら新楽器に対し、古楽器ルードラ・ヴィーナは、近年「大型でゴテゴテ装飾の楽器」が作られましたが、構造的には恐らく10世紀以前、最も古い説では紀元前1500年頃から殆ど変わりません。その代わり、シタールのプロ演奏家が、例えば新宿区程の大きさと人口のインドの都市に100人は下らないだろうところに、ヴィーナの第一線のプロは、全インドで10人居ないかも知れません。更に16世紀から20世紀迄意外に400年も宮廷古典音楽の双璧のひとつだった「ターンセン・ラバーブ」の場合は、今日後述する例外を除いて、専門職は恐らく皆無です。18世紀後半から100年ほどラバービヤが兼業した「スル・シュリンガール」も同様で、「スル・バハール」も正しい演奏スタイルで言うならば同様です。シタールのように弾く人はまだまだ居ますが。
ラバーブに関する例外はパンジャブ州のシク教徒の音楽に於いて、この20年で急速な復古主義・汎パンジャブ主義の古典音楽最高運動が盛んになり、共鳴弦付きの楽器まで考案され、教祖や聖人的な歴史上の指導者の音楽を再現していると主張しています。

これに対してシタールは、波瀾万丈の歴史を物語る程多様であり、その出番もヒッピーの路上演奏は論外としても、海外の様々な音楽のみならず、インド現地でも映画音楽にも頻繁に用いられます。私もかつては「紀文のはんぺんCM」から「シャンプーCM」まで来る仕事は拒まずやっていました。

言わば、ギターというのがそもそもはスペインのと或る地域の民俗楽器だったのが、極めて普遍的な世界の楽器になったことに近いレベルであるとも言えます。
これを自動車に喩えれば、ヴィーナは、王族の御車、ラバーブは、王室警護の装甲車のようなもので、町中で毎日頻繁には見られない車。スル・バハールが四輪駆動で、サロードがスポーツカー、特殊なスル・スィンガール(シュリンガール)」は貴族のスポーツカーで、庶民が持つものでもなく、スーパーやホームセンターの買い物には使いません。それに対し、シタールは、お買い物に便利な軽自動車から、スポーツカータイプ、四輪駆動まで様々。つまり「シタール」は、「自動車」という程大きな「観念」でしかないのです。

もちろん、インドの外から眺めたり、海外で見れば明らかに個性的で存在感豊かな民族楽器ではあるのですが、インドの中に持って行き、音楽史を俯瞰するとそういうことなのです。
それもそもそも「シタール=Sitar」が単に「三弦」という意味合いであったからに他成りません。

以前にお話しましたように、古代には「ヴィーナ」がその感覚で、十数種もありました。「ルードラ・ヴィーナ」は、その中で生き残った存在ですから、歴史を逆戻りすることはなかった訳です。ターンセン・ラバーブもスル・バハール、スル・シュリンガール、サロードも、「構造と奏法」に意匠性が強いので、その名称は固有名詞的でもありブランド的でもあるのです。

それに対し、10世紀から18世紀迄の長きに渡って、シタールは実に様々なものがありました。
ラージプートや西インドの細密画を丹念に年代別に検証してみると、「フレットのない伴走専用のシタール」「フレットが少し在り,主に伴奏だが旋律もしばしば弾いたシタール」「フレットが充分にあるので旋律楽器だが、単に伴奏楽器として構え描かれているものが多いシタール」の最低三種はありました。つまりこの一番目などは、伴奏専用弦楽器「タンブーラ」と大して変わらないのです。

それもその筈、西アジア・中央アジアの「タンブール」がインドにもたらされたものが全ての始まりで、タンブールは、「単弦か複弦の三弦構造の楽器(多いものでは5〜6本張る)」だったのです。従って10世紀の時点の正しい呼称は、全て「タンブール」だったのが、特に「単弦三本」と「複弦が一ヶ所の四本の三弦」を「シタール」としていたのでしょう。恐らく、演奏者と演奏の場所で「格付け」が為されていたのだろうと考えられます。

似た話しが10年以上前のTVCMに見られました。息子さんの音楽に対してあまり理解がなかった父親が音楽留学先へ「ラッパの調子はどうだ?」とメールを送る。息子さんが何となく嬉しいと思いながらも「ラッパじゃねぇえよ」とつぶやくというものです。(実際はサックス)
もちろん「ラッパ」は卑下の意味だけではありませんし、軍隊ラッパなどは他の名称もありません。ですが、通称、俗称には幾分かの卑下も認められ、少なくともその世界の中でのことを理解しているとは言えないものが少なくありません。

つまり、シタールのインドでのスタートは、「粗末な」そして若干「卑しい」楽器からだったのです。そして数百年の間、修行僧、花柳界、やや上格の宮廷宴楽で、歌手が片手間に用いることが主だったのです。
それが18世紀半ばに、やたら派手な超絶技巧の間奏がむしろ評判の歌い手レザ・カーンなどが現れて都市の知識階級の間で大流行し、器楽楽器としての可能性に着目する音楽家が増えたことが古典楽器への昇格のきっかけなのです。

今やほとんど貴重になりましたが、カシミールには、18世紀以前のシタールに「サワリ駒」を付けた過渡期の楽器が生き残っています。同様に、戦火で風前の灯火でしょうし、平和な時期(1978年以前)でも最早貴重になっていましたが、アフガニスタンにも「シタール」があり、その手前パキスタン北部山岳地帯にもありました。何れも共鳴弦がなく、リズム弦は持っていましたが、駒はサワリではありません。アフガニスタンでは共鳴弦があれば、それは「タンブール」か「ヘラート(西部)のドタールもしくはパンジタール」です。
インドにも旋律楽器「タンブール」が伝わった筈ですが、その一種のシンプルな「シタール」ばかりが好まれたと考えられます。ただ、分類上ではタンブールの仲間であることは誰しも分かっていたようで、後の伴奏専用には「ターンブーラー/ターンプーラー」の名が付けられました。末尾の「Ra」は長母音ですから、タンブールの名が転じたものか、何らかの理由で区別したのかも知れません。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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