93、万物の五元素と七つの楽音 図完、(五元素とTri-Dosha)

私の作図の今回の図版は、中央の円が「中医・漢方弁証論治」、中間の円が「アーユルヴェーダ」外側の円が「インド科学音楽」のそれぞれの「万物の五元素と生命体の臓器や機能の関係」を示しています。 いずれの「五元素」も、単純な「現実・結果・現象論」ではなく、或る種の「象徴的なもの」であります。

例えば「中医・漢方弁証論治とアーユルヴェーダ」双方に共通する「土」は、「有機的なもの、微生物、発酵、混合物、生命の温床」などを象徴し、「混じり合う」性質を持つと共に「吸収する」「留め置く」から「不活性的」な要素をも意味します。従って「土」が亢進し、「安定」の度を超してしまうと「停滞:何も起らない、動かない」ということを意味し、生命体の新陳代謝を阻害し、「気」及び「Purana」「血」「リンパ液」の流れを停滞させます。

同じく「中医・漢方弁証論治とアーユルヴェーダ」に共通する「火」は、他の物質にとっての「仲介・触媒」的なものであり、実質的には「エネルギー」です。同時に「化学反応」であり、物質と物質を単純な融合・合体を越えた次元で変化させ得る力を持っている訳です。言い換えれば、そのもの自体には「何かを作り出す力」は無い訳です。また、「常に変化させる力」ですから、亢進してしまうと、「維持の為のバランス」を阻害し、その手前では、回りの物質や要素を過度に刺戟して疲弊させてしまいます。

これも同じく「中医・漢方弁証論治とアーユルヴェーダ」に共通する「水」は、「潤い、命、運化(運搬)、伝達、維持」及び「貯蓄、熟成」などの働きの象徴であり、部分「触媒」の役割も含みます。「源であるとともに、還るところでもある土」「ひたすら触媒(刺戟)の火」だけでは、「新たな創造(新陳代謝)」も「消化吸収・代謝」も出来ませんし、それらを「生命体の体の隅々に行き渡らせ、潤すことは出来ませんから、「水」に象徴される存在、現代科学(医学)的に言えば「血液、リンパ液、その他の体液、粘液、一部の粘膜」であると言え、恐らく未だ解明されていない「水分とエーテルなどの中間的なもの」も含まれるのでしょう。

「中医・漢方弁証論治」に於ける「木」は、「土」から生じ「火」のエネルギーも持ち、蓄え、「水」の潤いも吸収する、或る種「二次的な生産物」即ち、より「命」に近い具現された存在の象徴です。同時に、「育つ、上に伸びる、横に広がる」という、「土、火、水」には無い「意志と目的や摂理」を持った存在たちの象徴でもあります。更に「全てを受け止め、包み込む」という詩質は「土」とも似ていますが、それらを「生かす・活かす」という点が特徴と考えられます。

この「中医・漢方弁証論治の木」は、「アーユルヴェーダ」では、「風」に当たりますので、「分かりにくい」と思われる方は少なくない筈です。そもそも「アーユルヴェーダ」の「風と空」の概念自体が分かりにくいに違いありません。

「風」は、「生まれては消えて行く」「時間が包括される」とともに「時間を抹殺する」というような力を持つものの象徴です。「水」も、生命体の体内では「川の流れ」のようであり、「滞ること」は大変危険ですが、それも「風」に象徴される物質や機能、作用によって「涼、流れ、乾燥、運化(運搬)」の力を得て「滞り」から解放されます。

つまり「源であり、或る種墓場でもあり、微細な生命のカオスでもある土」「触媒でありエネルギーである火」「運化(運搬)であり、貯蓄である水」は、「風」の力によって「制御(コントロール)される」と共に、「流れ・動き」を得ると考えるべきではないでしょうか。具体的には「気やプラーナ、及び波動」であり、「酸素や二酸化炭素などの気体」であり、「火のような熱を持たずに物質・機能・作用」を「作動させる力」であると言えます。それらを総合すると、「木」との共通点は大きく理解されます。が、「木」には動きが乏しいことも分かります。

もうひとつの「アーユルヴェーダ」に於いて分かりにくいと思われる「空」は、「体積を変え得る空間」であると考えられ、これは極めて「宇宙的」であるとともに、非常に高度な叡智を示唆しています。言わば「流石『何も無いことが在る=ゼロの発見』のインド」といった感じです。何故ならば、ご存知のように、宇宙空間でも、重力バランスによって、「空間」は、極めて濃厚な極小単位(ブラックホールなど)から、極めて希薄な「無限空間」迄様々に存在します。「SF宇宙もの」などの「ワープ航法」などは、これを利用し、「光の速度で数万年」の距離を「数万分の一以下」に縮めてしまう訳です。

この「アーユルヴェーダの空間の概念」は、「中医・漢方弁証論治」では「金」に相当しますが、「金」は、「GoldやMetal」とは限らず、極めて純粋なものの象徴です。化合物、混合物の場合でも、極めて正確なバランスによって維持・存在されるものたちの象徴です。従って「金」の概念から見れば「土」は「動かない(動きの鈍い)重たい混合物」であり、「水」は、「良く動く(落ち着かない、とめどもない)比較的軽い混合物」と言うことさえ出来ます。従って「土と水」にない要素「様々な重さ(物質や機能・作用の対峙に於いては互いの比重関係は大きな意味を持ちます)があるが、それ自体は安定している」というものたちを象徴(総称)した「金」の存在は、時には極めて重要且つ不可欠な「絶対条件」になり得る訳です。その意味では、アーユルヴェーダの「空」と極めて似た意味合いを説いていると言えます。

このように、論理的解釈を深めれば、「アーユルヴェーダ」と「中医・漢方弁証論治」で述べている「万物の五元素」は、必ずしも「遠くない」ことが分かるのです。これは「観念至上主義」や「印象至上主義」では至らない領域です。

しかし、その一方で、「五元素と臓器の関係性」に関しては、「アーユルヴェーダ」と「中医・漢方弁証論治」では、その相違はより顕著にも見えます。尤も古代に於ける「腎、肝、脾」などは、近代の認識の「腎臓、肝臓、脾臓」の範疇と全く同じではなく、より広域に関連する臓器や機能・作用を含んでいますから、単純な比較は出来ないことは言う迄もありません。

最も差異を感じるのが「中医・漢方弁証論治」に於ける「火=心」に対し、「アーユルヴェーダ」では「火=胃、肝、胆、脾」であり、「心」は、「肺」と共に、「風」の領域であり、「中医・漢方弁証論治」では、その領域は「木」であり、関連は「肝」であるということです。

私達日本人の感覚では、特に「中医・漢方弁証論治」の影響を受けずとも「Heart=火」と考えそうですが、「アーユルヴェーダ」に於いて「火」は、「消化・代謝のエネルギー」ですから、「胃、肝、胆、脾」になる訳です。そして「心」と「肺」がセットになっていることは、「中医・漢方弁証論治」でもある程度認識しています。しかし、その認識に於いて「心系統と肺系統は、互いに「相剋」の関係と説きますから、両者が結びつくということは、病状が劇的に悪化する場合を意味します。つまり「中医・漢方弁証論治」に於いての「心・肺」の関係性は、極めて緊張したものである訳です。それに対し、「アーユルヴェーダ」では、むしろ「相生・互助」のようにも思えます。

恐らく、この相違は、「中医・漢方弁証論治」に於いては「病邪」の侵入と病状の悪化と言う次元に於ける解釈に偏り、「アーユルヴェーダ」に於いては「健康維持のバランス」という観念に偏った説明であるということが出来る筈です。その結果「アーユルヴェーダ」に於ける「心と肺」は、「動脈・静脈=新旧の血液と酸素・二酸化炭素」の「運化(運搬)」に意味合いが集中し、「運化の元素=風」との関係性を強調しており、「中医・漢方弁証論治」では、「火=心」と「金=肺」は比較的独立していることが強調されていると読み解くことが出来ます。

外側の円で示しました「インド科学音楽」の場合、「七つの楽音」と「七つのChkra」との関係性の中で、「五元素」との関係が説かれます。
ドレミの順で言うと、「Sa、Re、Ga、Ma、Pa、Da、Ni」と並ぶ楽音は、体の下方のChakraと順に対応し、七種の最後のふたつは五元素を越えています。

古代インド・ヴェーダ科学は、古代ペルシア、及び古代ギリシア科学とも非常に深い関係がありますが、ここでは、その中の「テトラコルド(古代ギリシア音楽理論用語)」の観念が古代インド科学音楽にも存在することをご記憶下さい。

古代ギリシア語の「Chord」は、文字通り、「ギターのコード」「電線のコード」と同じで、字義は「紐」です。ピタゴラスなどが箱に弦を張って、重りで張力を変え音程を具現して見せたことから、「紐=弦=楽音」という観念になりました。「テトラ=4」ですから、オクターヴが「ドレミファ」と「ソラシド」に分けることが出来るという考え方です。

実際、古代ヴェーダ音楽に於ける「楽音」の起源。即ち、ヴェーダ詠唱の「三つの音」が「七音」になる為にも、この「テトラコルドの概念」は、不可欠です。大雑把に言うと「ヴェーダ詠唱の三音」は、下のテトラコルドで「ドレミ(シドレ)」上のテトラコルドで「ソラシ(ファソラ)」が転写的に得られ、後に、その中間音「ファ(ミ)」を加えて「七楽音」が生まれた」という考え方です。

古代には、もっと難しい名称が在ったと思われますが、中世以降のインド古典音楽では、「下のテトラコルド=プーラブ・アング(字義は東部)」「上のテトラコルド=ウッタル・アング(字義:北部)」と呼ばれます。

そして、「サレガマ(ドレミファ)のプーラブ・アング(プーラバァング)」は、最下方のChakraから「心・肺」のChakraに至り、これは「中医・漢方弁証論治の三焦」に於ける「下焦と中焦」に符合します。そして、インドでも中国でも、この領域は「生命力・精力・臓器の原動力・消化吸収代謝」という生命活動の根幹が存在します。

「上のウッタル・アング(ウッタラング)」は、喉のChakraから、登頂部(体外とも言われる)の七番目のChakraに至り、「三焦」の「上焦」に符合します。この領域は「外気の取込みと内気の排出」「感覚・知覚器官」「思考、霊感」などがあります。

私達の日常の体験で、「(下方の)胃を痛めると(上方の)肌荒れや口角炎・口内炎に出る」などの自覚症状がありますが、実際「アーユルヴェーダ」でも、及び「中医・漢方弁証論治」ではより一層、「体の下部と上部の関係性」を深く説いています。これは「インド科学音楽」でも極めて重要な概念です。

と、言うのも、「プーラバングの音の構造」は、「ウッタラングの音の構造」に、極めて多く「転写、転用、対句、鏡像的」に反映されているからです。

このように、「五元素」と「生命体の身体構造・働き」と、「波動」は極めて深い関係にあるのです。「万物が五元素だなんて、科学を知らない時代の無知な発想だ」と揶揄する人も少なくないかも知れませんが、「文字通りの安直で幼稚な解釈」では、確かにそうかも知れませんが、「論理的」に考察すれば、それらは極めて深いテーマを示唆しているのです。

しかし、これも近年の「合理主義的・結果論的・末梢的・近視眼的」な「樹を見て森を観ない」感覚・価値観の中では、単なる「昔の理屈」的にしか紹介されていません。その傾向は、私の印象では年々顕著になっていると思われます。

最後までご高読下さりありがとうございます。

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是非ご参考にして下さいませ。

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(文章:若林 忠宏

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