真理へ至る瞑想

現在、瞑想は宗教を超え、世界中で幅広く実践されています。中でも、ヒンドゥー教は瞑想を実践する最古の生きる信仰です。仏教を中心に実践されている瞑想も、もともとは、仏教の生まれたヒンドゥー教に起源があります。

ヒンドゥー教における瞑想は、最高神であるブラフマンを探求する人々から発展しました。神とは一体どのような存在なのか、彼らは静かに座り、熟考しました。そうして集中し長時間座ることであらわれた悟りの瞬間は、今でも多くの修行者たちが瞑想により達成しようと試みる境地です。

こうしたインドの瞑想の技法を用いた釈迦は、菩提樹の下で瞑想を行い、悟りを開きました。釈迦により広まった仏教には、悟りを求める修行者が必ず修めるべき「戒学・定学・慧学」という三学があります。こうした仏教の思想は、瞑想を生きとし生けるものに近づく手段と考えました。

一方で、釈迦も実践していたとされるヨーガでは、呼吸法であるプラーナーヤーマと、座法であるアーサナの実践後に、瞑想を取り組むことが重要であるとします。そうすることで身体が解き放たれ柔軟になり、安定して長時間座ることが可能になるからです。特に呼吸は、瞑想を実践するためにとりわけ優れた行為です。ゆっくりとした呼吸は心拍数を下げ、思考を落ち着かせ、瞑想に適した穏やかさを身体に生み出します。

8世紀後半以降、インド後期密教とヨーガの概念から形成されたチベット仏教でも、瞑想が実践されます。ラマと呼ばれる高僧を尊崇するチベット仏教はラマ教とも呼ばれ、その瞑想は、密教の原理が中心となります。さまざまな宗派がある密教的な実践では、各宗派で無上ヨーガ・タントラの実践が行われています。チベット仏教には、精神を浄化し悟りへの道へと導く、特定の瞑想が数種あります。その瞑想では、慈悲を育むこと、自他を同等に見ることなどが重要視されます。

ヒンドゥー教、そしてヨーガの教えにおいては、瞑想は道であり、目的です。その瞑想は、呼吸法であるプラーナヤーマ、マントラや祈り、また、キールタンやバジャンといった音楽を用いた瞑想もあり、さまざまな実践法が伝えられ、現代においても多くの人々に真理の源泉へと至る道を示しています。

(SitaRama)