96、音楽会議の頓挫の訳は



全国音楽会議の実施と頓挫

奇しくも20世紀の前半の同じ時期に、インドとアラブ諸国で「音楽会議」が開催されました。しかし、いずれも数回・数年で頓挫してしまいました。

インドは、ご存知のように州単位で主要言語と文字が全く異なります。英語とスペイン語では、文字は二三しか違わないのと比べて、同じ国なのにそれ以上の違いがあるという感覚です。結果的に、同じ古典音楽の同じ旋法:ラーガが、地域によって名前は勿論、その内容(主音、副主音の解釈など)から基本の音階さえも異なったりするのです。

ところが、インド音楽数千年の歴史の中で、インドの音楽家がこのことを理解したのは、つい最近(20世紀初頭)のことなのです。基本的に異なる流派・異なる師匠を渡り歩くような不埒な生徒は居ませんでしたので、各流派、各地域の音楽家は、自分たちの流儀以外を殆ど知らないし興味がない。演奏会などで他流と同じ舞台になったとしても、そこから何かを学ぼうとはしなかったのです。

これはインド音楽に限らず、世の中のあらゆる物事に通じる「収斂収束系・血が濃くなる」という方向性が持つ必然的で、或る種切ない負の要素です。

勿論、この連載でもお話致しましたように、13世紀のアミール・フスロウとゴパール・ナヤック。16世紀のターン・センとバイジュ・バウラ。18世紀のハッドゥー・ハッスー兄弟とムハンマド・カーンなどの、「王が余興に求めた歌比べ」などのような場面で、「密かに相手の手の内を事前調査すること」はありました。

結果的に、他流の良いところを部分的に盗み取り、我流に変換させることで得られる新陳代謝もありましたが、精神性としては「他流に学ぶ=他流に対する敬意」という感覚ではない場合が主でした。

これは「我が流儀こそは最高である」という「誇りと自尊が入り交じった」感覚によって、一層頑強なものになっていたのです。

私が現地修行をした1980年代は、宮廷楽師の父親の姿を知る戦前生まれの巨匠に学ぶ事が出来た最後の時代ですが。その頃でさえ、師匠(及びその弟子達)によっては、私が「○○派ではこう言っていますが」などと言うと不機嫌になったり「あり得ない!」と感情的になったり、「だからあそこはインチキだと言うのだ!」的な言葉を臆さない人が少なくありませんでした。

勿論、「何かが正解で、それ以外は間違い」ということではない筈です。音楽の理論や解釈がそう変わったからにはそれなりの理由があり、それらが何百年もの間継承されて来たのですから、いずれも尊敬に値する確固たる伝統である筈です。

つまり、「自尊が入り込まない純粋な誇り」があれば、「違い」や「特殊性」が明らかにされたとしても、そこには一切の「恥」も「劣等感」もなければ、「勝ち負け」もない筈なのです。むしろ「違い」を学び合い、それぞれの「共通項」はより高め、「違い」こそは「その流派の歴史的財産」として、未来永劫に大切にする意識が強まってしかるべきでしょう。

インドでもアラブでも紛れも無く。「音楽会議」を提唱し主催した人々の情熱と主旨もまた、これと同じだった筈です。そして、それに参加する為に、場合によっては数日の長旅を強いてインド全国各地から。アラブに至っては、地球の四分の一周近くも旅したかも知れません。そのような各地の高名な音楽家、各流派の代表者の多くもまた、参加意欲と情熱は純粋だったに違いありません。

しかし、その一方で、「俺様の実力を誇示してやろう!」「我が流派の素晴らしさを痛感させよう!」「あの流派を辱めねばならん!」「これで白黒決着が着くだろう!」という感覚もまた、人間からは中々取り除けないものなのでしょう。

勿論、そのような意識が、全て「音楽の実力」で為された場合には、ある程度容認せざるを得ないとっころがありますが、演奏家列伝の項でお話ししましたように、実力で負けた腹いせに「タントラの呪文」で仕返しをした18世紀の話しもありますから、何時の時代でも「枝葉の感情」に支配される人間は尽きないのでしょう。

数百、千数百年の伝統の歴史を背負い、常に数十・数百の弟子を抱える巨匠であっても、必ずしも「人格者」とは限らない。

これは私が父の代から二代に渡って「心の仕事=芸術」を生業として来たからこそ痛感するものです。

やはり「芸術」は、明らかに「枝葉の領域」にのみ存在します。それは、その時代、その瞬間に、その時代に生きる人間の心に届く為には不可欠の立ち位置に違いありません。

しかし、「太枝や幹」という「伝統とその歴史」「先人たちの厳しい教え」から逸脱し、安直に「ウケれば良し」であったり、その時その場の「地位、名声、財産、評判」や「嫉妬、妬み、不平不満、損得や勝ち負け意識」に負けてしまえば、あっと言う間に「太枝・幹」からの滋養が滞ってしまうのです。

古今東西で、その過ちに陥った芸術家は驚く程多く存在します。
その様を見て、昔の心ある人々は「芸が荒れた」とか「陳腐になった」と直ぐに分かったものですが、近年ではそのような厳しい批判に繋がる「心の目」を持つ人は少なくなってしまいました。

「音楽会議が頓挫した、学術的(表向き?)な理由」は、「インド音楽会議」でも「アラブ音楽会議」でも不詳のままです。

良さ気に言いたい人は「やってみて良かった!」「実に多様であることが良く分かった!」と言い。けなしたい人は「あまりの多様性の為に、全ての音楽家が、自らが根を張る大地そのものが揺らいだ気がしたに違いない」と辛辣に言いました。

残念ながら、それらの「違い」を乗り越えてまで、その先にある領域にまで自らとその背負った伝統を導かんとする程の芸術家・人物は、必ずしも優勢ではなかった、ということなのでしょう。

今回の写真は、1956年の、恐らく公平で不偏的な最後の会議の際の記念撮影のものです。 ネット上では誤って1948年としているものもあります。

今日ではネット上で自由に見ることも入手することも出来ますが、私がこの写真を入手した1981年当時は、インド政府と写真の音楽家の一族しか持っていなかったもので、私の師匠、故Ustad Ilyas Khan師は、なんと私にその貴重な一枚を「日本にもって帰って質の良い複製を作って来てくれ」と託してくれたのでした。

最前列には、当時の首相を中心に、まだ声楽が最も高尚と言われた時代の名残を感じさせる、各声楽流派のお歴々が座ります。その中で、サロードのアムジャット・アリ・カーン氏の父親、ラヴィ・シャンカル氏の師匠(義父)が座っています。この二人と共に、当時「サロード三羽烏」と呼ばれた私の師匠の父、Ustad Sakawat Hussein Khanは、残念ながら前年に逝去しており、ご健在だったならば並んでいたに違いありません。後継であり、私のサロードの師でもあるUstad Umar Khansahebは当時、コルカタの太守の音楽教師をしていて、重要な演奏会の為にデリーに行けなかったのでした。

声楽家に並んでサロード奏者が座り、同時代のシタール奏者が居ないことも、サロードの格を示していますが、この後、ラヴィ・シャンカル氏の世界的な活躍によって、シタール人気がサロードを上回ったのでした。

二列目は、20世紀後半の巨匠達の若かりし頃の姿です。言う迄もなく、今日の巨匠・長老の親・先代です。

最前列の中央の白い帽子の首相の右上に、ラヴィ・シャンカル氏が。その右隣には義弟アリ・アクバル氏が、言ってしまえば、いささか「ふてぶてしいほど堂々とした腕組み」をしています。その右のヴィラヤト・カーン氏が寡黙に見えます。シャンカル氏の左二人、年配の声楽家と、斜めにポーズを取ったタブラ奏者の更に左で、他より背が高く、ニコニコと笑っているのは、「シャーナイ(インド・オーボエ)」を古典音楽の領域に至らしめた、ビスミラフ・カーンで、その左で、小柄な上に体を捻らせピントもずれてしまっているのが、私の師匠:Ustad Ilyas Khan師です。

なんとシャッターの瞬間、何を思ったか?ビスミラフ・カーンは私の師匠の横腹をつねり、師匠は体を捻らせてしまった。ビスミラフ・カーンは、「してやったり」の笑顔なのです。しかし、これがラヴィ・シャンカル氏だったら、つねられても微動だにしなかったに違いなく。そもそもそんなことをさせないオーラとバリアーに満ちていた筈です。

無理に穿った見方をせずとも、記念撮影でさえ、或る種の「勝負」のような「音楽会議」だったこともまた、この貴重な写真から伺い知ることが出来るのです。

この政府主催の音楽会議の後、今日に至る迄、様々な「音楽会議」を称するプライベート(非政府の意味での)・イベントが行われていますが、表裏とも純粋且つ、高尚な意義を持ち、派閥闘争や政治の絡みを拒絶・排除したものは、残念ながら行われていません。

「ヴェーダの土壌」に至る迄の「太枝・幹」にその意識を回帰させることをしなくなり、「枝葉の違いの自尊」の精神性に陥ったことよりも、より深刻な問題は、「表立って他流を批判しなくなった」ということでしょう。

当然、文化人、有識者、評論家も、人脈・政治絡みだったり、当たり障りのないことしか発言しなくなり、裏では散々陰口・悪口を叩きながらも、表立って「正々堂々と音楽論を闘わせる」という風潮が無くなったということです。

その結果、今日では、ネット上で、「言った者勝ち」「言いたい放題」を許してしまう。これは取り立ててインド古典音楽に関してのことではないのでしょうけれど。

まるで「苛めは良くないよ」などと言うと、逆に袋叩きの目に合う事と同じように、「それは間違っている」などとは決して言わせない風潮。最早、これは文化のあるべき姿とは言えないのではないでしょうか。

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是非ご参考にして下さいませ。

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(文章:若林 忠宏

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