śuklāmbaradharaṁ で始まるマントラ

シュクラーンバラダラムで始まるガネーシャへのマントラ(またはヴィシュヌへのマントラ)についてです。

 

【原文】

 

शुक्लाम्बरधरं विष्णुं शशिवर्णं चतुर्भुजम्।

śuklāmbaradharaṁ viṣṇuṁ śaśivarṇaṁ caturbhujam |

(シュクラーンバララン・ヴィシュヌン・シャシヴァルナン・チャトゥルジャン)

 

प्रसन्नवदनं ध्यायेत् सर्वविघ्नोपशान्तये॥१॥

prasannavadanaṁ dhyāyet sarvavighnopaśāntaye ||

(プラサンナヴァダナン・ィヤーイェート・サルヴァヴィノーパシャーンタイェー)

 

*カタカナ表記は便宜的なものです。太字部分は有気子音を表わします。正確な音はデーヴァナーガリー文字やローマナイズを見て確認ください。

 

このマントラは、ヴィシュヌ神(विष्णु viṣṇu)の千の名前を唱えるマントラ(विष्णुसहस्रनाम :Viṣṇusahasranāmaヴィシュヌ・サラスラナーマ)にも出てきますが、一方で、ガネーシャ神(गणेश gaṇeśa)へのマントラとして唱えられる場合もあります。

 

なぜそのように違った文脈になるのかというと、

一行目に出てくる「ヴィシュヌ」という言葉をそのまま読み取ればヴィシュヌ神へのマントラとも言えるし、

二行目に出てくる「一切の障害を消去するために」という言葉から、障害の支配神(विघ्नेश्वर vighneśvara)=ガネーシャ神へのマントラとも解釈することができるからです。後者の場合は、「ヴィシュヌ」という言葉を一般名詞として「遍在する者」のように解釈しています。

 

【逐語訳】

 

शुक्लाम्बरधरं विष्णुं शशिवर्णं चतुर्भुजम्। śukla-ambara-dharaṁ viṣṇuṁ śaśi-varṇaṁ catur-bhujam |

 

白い衣を身にまとう者を、遍き者(もしくはヴィシュヌ)を、月の色をした者を、四つの腕を持つ者を、

 

प्रसन्नवदनं ध्यायेत् सर्वविघ्नोपशान्तये॥१॥

prasanna-vadanaṁ dhyāyet sarva-vighna-upaśāntaye ||

 

慈愛の尊顔の者を、念想すべし。一切の障害の消去のために。

 

 

【単語の意味と文法の解説】

 

左から、デーヴァナガーリー表記、ローマ字表記、<名詞の語幹形、動詞の語根形 >、語意、(文法的説明)、「訳」、という順番で説明しています。

 

शुक्ल <śukla-> 白い (複合語、形容詞)次のambaraにかかる

अम्बर <ambara-> 衣 (複合語、中性名詞)次のdharaの目的語となる

धरं dharaṁ <dhara-> 保持(複合語、男性形、単数、対格)「白い衣をまとう者を」

विष्णुं viṣṇuṁ <viṣṇu-> ヴィシュヌ、遍満する者(男性名詞、単数、対格)「遍満する者を」

शशि śaśi- <śaśain- 兎を持つ者から> 月 (複合語、男性名詞) 次のvarṇaiにかかる

वर्णं varṇaṁ <varṇa-> 色(複合語、男性名詞、単数、対格)「月の色をする者を」

चतुर् <catur-> 4つの(複合語、)次のbhujaにかかる

भुजम् bhujam <bhuja-> 腕(複合語、男性名詞、単数、対格)「四本の腕を持つ者を」

प्रसन्न <prasanna-> 優しい、穏やかな(複合語、pra√sad-、過去受動分詞)

वदनं vadanaṁ <vadana-> 顔(複合語、中性名詞、単数、対格)「優しい顔を持つ者を」

ध्यायेत् dhyāyet <√dhyai-> 念想する(願望法、現在、3人称、単数)「彼は念想すべし」

सर्व <sarva-> 全ての (複合語、代名詞的形容詞)次のvighnaにかかる

विघ्न <vighna-> 障害 (複合語、中性名詞)次のupaśāntiの目的語となる

उपशान्तये upaśāntaye <upaśānti-> 消去 (複合語、本来は女性名詞だが複合語として男性名詞、単数、為格)「消去するために」

 

(文章:pRthivii)