103、インド科学音楽の即興演奏(大樹か?あみだか?しりとりか?)

筆者は、保護猫の看病が忙しくなる迄、東京に月二回通い音大付属研究所の社会人講座の他に、音楽療法士を育て、資格も与えていた音楽院で「即興演奏」の講師をしていました。

基本には、中学二年の頃からの50年近いインド音楽修行があり、とりわけ北インド古典音楽が即興演奏が主体であったことが大きく寄与してくれています。更に、「コラボ」などという流行語が出来る遥か以前の1970年代から様々なジャンルの演奏家や音楽以外との共演が、延べで数百回ありますので、音楽人生の大半は「即興」だったとさえ言えるかも知れません。

(とりわけ、精神科医や脳科学者のプロデュースによる、発達障害児童や、統合失調症の大人数人との数回のコラボは、自分のセラピー&カウンセリングの大いなる学びでした。)

むしろ、20代後半になって「はたっ!」と考えれば、「自分は譜面通りの音楽を殆どやって来ていない」とか「自分は同じ旋律を二回以上弾いたことが無いのでは?」と気付き。「果たして、これを音楽家と言って良いのだろうか?」と自壊したのが、インド古典音楽から、インド民謡、叙情歌、宗教歌、更にはインドからパキスタン、アフガニスタン、ウズベク~西アジア~東欧~南欧~アフリカ~カリブ・中南米~太平洋という民族音楽修行に取り組んだきっかけのひとつでした。

逆に、音楽療法学院では、殆どの生徒さんが幼少からピアノなどを習って来ていたり、中学からブラスバンドだったりで、「楽譜があって、楽譜通りに演奏するのが音楽」という常識から、「如何に解き放たれた即興を繰り広げるか?」にかなり苦労しているのを目の当たりにして、自分が極めて珍しい「音楽の道」を歩いて来たことを改めて痛感したのでした。

勿論、音楽療法学院で教える十五年前から、私自身が主宰する民族音楽教室で、インド古典音楽、アラブ・トルコ古典音楽を教えて来ました。しかし、実際延べで数百人に教えて来ましたが、殆どの人がまず楽器の魅力から入り、楽器が弾けるようになった頃には満足してしまい、自在に即興を繰り広げられるところに至る迄レッスンを続けた人は、一人二人居るか居ないか。

途中で、「日本人よりインド人の方が本物だろう」と、インドに行ってしまい、運良く「インド人の生徒より日本人の生徒の方が嬉しい(が本音の)」類いの先生に出逢って、表面的な技術やギミックを学んでセミプロの資格を得たと考えるようになる人がもの凄く増え始めた頃には、アフリカ太鼓やラテン・パーカッションなども教えるようになったので「そんな人にインド音楽を学びたくない」と生徒さんが激減して行ったという侘しいいきさつがあります。

ところが、この私自身、インド音楽修行歴50年弱の30年目あたりから、随分考え方も理解も変わって来ました。上記のように、20代後半で「再現音楽(即興の反対語で、楽譜があり得る音楽)」にも取り組み、世界中の音楽をむさぼるように学んだ後も、相変わらずインド古典音楽では「同じフレイズを殆ど二度以上弾かなかった」のです。

より正確に言うと、同じ時期に平行してインドで師匠と出逢い、実の父親以上の付き合いをさせて頂くようになったのですが。師匠のレッスンでは、「同じフレイズを何度も何度もくり返し弾き、憶えるだけではなく、師匠のニュアンスにどれほど近づけるか?」という修行をしていました。それ迄の独学シタールとは全く逆にです。

しかし、例えば「と或るラーガ」を師匠から学び、日本のライブやコンサートで弾くとなった時、「師匠から学んだ部分(師匠と同じに弾けるように、師匠がそこに居らず聴いていないとしても変化させない)」と「自分勝手な即興の部分(同じフレイズなど二度と出て来ない)」のパッチワークのような音楽を演っていた訳です。これには、後々「我ながら酷いもんだった」と呆れました。

尤も、その当時の録音を今聴いても、むしろ「同じフレイズが二度と出て来ない、その場限り、その時々のあらゆる状況・条件が『弾かせたような』即興演奏」は、(我ながら)実にスリリングであり、研ぎすまされた部分もあります。その片鱗はYouTubeに上げた「インド国営放送出演時の演奏」でも確かめられます。

勿論「全くの出鱈目」ではなく、知識・情報として得られる「ラーガの規則」は、しっかり遵守していました。その意味では日本人のレベル以上であることは勿論、現地の並みのレベルには到達していた筈です。

しかし、私の師匠が継承したレベルの「インド古典音楽の即興」としては、決して充分ではなかったのです。

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そもそも「即興演奏・音楽」とは?
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そもそも「即興演奏」や「即興音楽」というものについて、世界的にも「基本的・不偏的な概念」は存在しません。

大まかに大別すると、「何らかの法則(音階やリズムやその他の)を守った上での即興」と「全くのゼロから、何の制約も決めない即興」があり、前者は、ジャズやブルースでお馴染みで、カリブ音楽でも重要視されています。後者は、特に「Free-Music」とか「Free-Improvisation」とも呼ばれます。「Free-Jazz」もこの範疇です。

後者の極端な例では、主に複数の演奏者で共演しますが、誰かが「同じパターン(やフレイズ)をくり返した」とか「在り物のパターン(やフレイズ)を弾いた」とか、「リズム・パターンが生じた」や「スケール感や和声が生じた」途端に、他の演奏者がそれを「壊す」というストイックなものもありました。

これはこれで価値の高いもので、私たちが如何に「習慣的=惰性的=慣れや惚けで音を出している」ということを思い知る意味合いがあります。別な意味では「音楽は楽しむためだけではない」ことを教えてくれる好例でもあります。

また、「即興演奏(音楽)」は、「Adrib」と「Improvisation」の二つで言われますが、単にラテン語系/英語系の違いもありますが、(世界中の音楽を俯瞰した)総論的に言えば、「Improvisation」には「音楽的意識・姿勢・哲学・信念」が基本にあり、しばしば「一曲の冒頭から最後迄」貫かれます。対する「Adrib」は、そのような精神性は求められず、「曲の部分」であることが多く、一曲を通してのアドリブ、ということはあまり言われません。
(勿論英語圏では、全てをImproと呼ぶ人も多いです。上記のように『普遍的な概念』は存在しないので)

また、Jazzやカリブ音楽やインド古典音楽のように「テーマとインプロ」のメリハリで曲が構成されている場合もあります。

更に、トルコ、アラブ音楽や、東南アジアの音楽のように、「作曲されたものの再現演奏」なのですが、各楽器が、それぞれの楽器特性(アーティキュレイション)で「装飾を過分に加える」ことをした結果、「各自が勝手に演っているかのようだ」や「どれが本当の旋律なのだ?」と驚かされるものもあります。しばしば太鼓さえも基本パターンを逸脱する場合があります。この場合、その「装飾」は、極めて「即興的」に着けられますが、全体は、「作曲の再現」であり、故に「各自の勝手」が可能な訳ですから、「即興的な装飾法」ではあっても「即興音楽」とは言い難いところです。
この感覚を言うのであるならば、恐らくショパンやモーツァルトも、生演奏では、しばしば「アドリブ的」なことをしていたのだろう、と思われます。「作曲と再現音楽」が確定したのは、西洋の印刷技術の進歩と「出版産業」の台頭が寄与したところも大きいのです。

また、同じインド古典音楽でも南インド古典音楽は、19世紀イギリスの巧みな分割(植民)統治の技に後押しされた「反イスラム宮廷文化・ヒンドゥー主義文化運動」よって、作曲が主体でインプロは、定められた楽章でのみ演奏されるようになりました。対する北インド古典音楽は、古代科学音楽のまま「即興」が主体で、節目節目に「作曲された主題群」を挟むと言う手法です。

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インド音楽修行50年の後半の大きな変化
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私のインド音楽は、師匠から学ぶようになってもしばらくは、「師匠の教えの部分」と「旧来の好き勝手な部分」が混在していました。
しかし、或る頃から、それらは大きく変化したのです。

昔から、演奏会のMCや教室で「インド音楽の即興演奏は日本の落語にそっくりだ」と言って来ました。

つまり、「大筋のストーリーと、重要な言葉とオチはいじってはならない厳格なもの」であるけれど、「教わった通りを丸暗記して再現」しても、聴衆の感動やウケ(笑い)は得られないという点で全く一致するのです。

この連載の前半でお話ししました、「インド音楽の即興性についての小咄」でも、この点に触れています。

師匠立ち会いの演奏会で免許皆伝の試験でもある演奏をした。ところが演奏後師匠は凄い剣幕で「あれは何だ!、好き勝手な出鱈目を演りやがって!あんなことは教えてない筈だ!」と完全否定。頼み込んでもう一回チャンスを貰い、猛練習で「習ったことのおさらい」をした。「今度こそはOKだろう」と思いきや、演奏後「あれは何だ!教わったことばかりを丸暗記したような音楽で全く駄目だ」となった。という話しです。

この場合のテーマは「何が不変の大事な部分」で「何がその場で(即興で)臨機応変に変化すべき部分」であるかを「分かっていなければインド古典音楽演奏家ではない」というものでした。

つまり、師匠に師事した後の私の演奏は、上記小咄の二種の演奏が、「毎曲毎回入れ替わり立ち替わりちりばめられて組み合わせたようなものだったことに気付いた」、という話しです。故に、「不変であるべき部分」も「即興であるべき部分」も無作為に並んでいたのです。

その結果、古典落語同様に存在すべき「ラーガの物語」の存在も希薄だった訳です。

これに気付いてからは、「ラーガの物語」「ストーリーの全体像」を俯瞰しながらの即興演奏に大きく変化したのです。

「大きく変化した」と自覚出来る根拠は、「かつての自分の有り様がよく見える・分かる」ということに尽きます。以前の即興は「行き当たりばったり」の「あみだクジ」のようなものだったのです。

より具体的にインド音楽ソルフェージュで表すならば、「NRG—-」と弾いた後、「MDP」なのか?「NRS」なのか?を瞬時に選択するような「高速あみだクジ即興演奏」です。「あみだクジ」の、既に線が引かれており、常に択一しか許されていないところが「ラーガの理論を守っている」部分です。例えば「NRG—-」と弾いた後には「NSRG」の選択肢は無いのです。何故ならば、この二つを並べてしまうと、いずれの価値・存在理由が相殺されてしまうからです。

このスタイルは、「しりとり型即興演奏」ということも出来ます。繋がり合うフレイズには何らかの必然性があるからです。しかし、ひとつ隔てたフレイズ同士には脈絡が無くなることが大いにあり得るのです。「思い付き即興」と揶揄することも出来ます。

これに対し「気付いて大改革」をした後の「インド古典音楽即興演奏」は、「あみだクジ」が、「迷路のような細かな路」に変化しました。遠くには「目的地」の「丘の上のお寺」が見えているのです。なので、「ここで右に曲がって、その先の何処かで左に曲がれば」のような「先行き」もイメージ出来、右に曲がった後、しばらく左へ曲がる路が無かろうと、困惑することもないのです。

この頃には、最早「落語に似ている」とはあまり言わなくなりました。強いて言ったならば「碁に似ている」だったかも知れません。

ところが、それから程なくして、別な動機から、「より古い音楽」を探求するようになり、遂に「ヴェーダ時代の科学音楽」の存在を、膨大な文献の懸命な解読の後に辿り着くと。「ラーガは精霊である」という或る種の「擬人化」が理解出来るようになったのです。

そうなってくると、「丘の上のお寺の目印があるから迷わない迷路」でもなくなってしまったのです。15年ほど前の或る時期に突然のことでした。

以後は、お客さんを前にした舞台での演奏であろうと、まずは「ラーガとの対面」が始まり、「ラーガに対してのインタビュー」に発展します。より熟知したラーガの場合、「(気分良くなった)ラーガが勝手に語り始める」という域にも到達しました。

「お寺を目指す迷路の道行き」の段階で既に、「同じフレイズは二度と出て来ない」は180度逆転し、「まずは何時ものフレイズから始まり、既に何度も弾いて来た様々なフレイズの選択」に進化していましたが、その後は、それさえも「随分無駄な道行きだ」「散歩なだまだしも、目的があるなら、一直線に行けば良いじゃないか!」と自壊したものです。

「ラーガに語らせる」という域に至ると、自分自身は、「より良い訊き手」や「司会者」のような存在でラーガと共に舞台に上がり、「それではラーガ○○さんの生い立ちとご家族についてお話下さい」と始まり、「では次に思春期に抱いた夢と挫折について」などに発展して行くのです。

こうなってくると、並のタブラ(インド太鼓)奏者では「むしろ居ない方がありがたい」ということになってしまいます。実際この十年でも、インドからの来日タブラ奏者と演奏することが何回かありましたが、「かつての自分がよく見える」と同じに、彼らが「ああ、あみだクジ的な反応演奏(行き当たりばったり)だ」な様が良く見え、「同じお寺の目標」さえ共有出来ないのです。当然、「ラーガさんに訊く」ようなことは全く望めません。

勿論、タブラ伴奏者は、旋律奏者や声楽を追従する立場ですから、「先導するこちらがしっかりしていれば良い」という考え方もあります。或る意味「漫才」に似ていて、タブラは「つっこみ役」です。 しかし、あまりに意識が異なるのは辛いものですし、こちらの旋律には、前述したような「重要な部分と繋ぎの部分」が或る訳ですが、「意識も目的地も共有出来ないタブラ奏者」の場合、何に対しても「つっこみ」が来たり、逆に何に対しても同じ「つっこみ」だったり、突っ込んで欲しい時に流されたりすれば、「ほんとにこちらの音楽が分かっているのか?そもそも聴いているのか?何を聴いているんだ?」となってしまうのです。

言い換えれば、十代の頃の「ほとばしる即興演奏時代」や、二十代の「パッチワーク時代」は勿論、その後の「目的地がある道行き即興(あみだクジ・しりとり型)」でさえも「何が言いたいのか分からない(物語が見えない)」と振り返るに至ったのです。
ところが、近年のインドに於けるプロの演奏でさえも、今やその感じなのです。

今回の図版のカラー写真は、「バテカンデ国立音楽院器楽科主任教授」だった当時の師匠: Ustad Ilyas Khansaheb。右隣で伴奏弦楽器:Tampuriを弾くのは、今日の家元(Karifa)のUstad Irfan Khansaheb。

グラフの様な図版は、前々回にLPジャケットをご紹介した、Raga-Darbariの「作曲された主題群と即興演奏の入れ替わり立代りの様子」を現したものです。
インドEMI現地盤を直輸入販売していた頃に(未だに在庫がありますが)1989年に作成した特製解説書の一部を今回データに変換したもので。
まずアムジャッド氏の演奏を「完コピ」した後、縦軸が音の高さ、横軸が拍節法ターラで、正確に音程を記しつつ、線の太さで音量、曲線の形でニュアンスなどを記した世界初の表現法です。
「vの字」のようなものは、サロードのみならずシタールにも標準装備の「リズム弦」がはじかれた場所で、声楽の「息継ぎ」を正しく器楽に転写したものです。
太鼓タブラはこの図の時間は、伴奏(基本パターン)に徹していますが、この図の前後でソロを取った時には、「青で表記した音」は、めまぐるしく変化し、逆に旋律弦楽器サロードは、「緑色で記した主題」を繰り返しています。

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

10月も、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行います。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。
九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

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(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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