Vol.123,シーター&ラーマを歌った名曲:Ragpati Ragav (1)

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世界で一番知られているインドの歌
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Raghupati Rāghav Rājā-Rām, Patit Pāvan Sītā-Rām

Sītā-Rām, Jai Sītā-Rām, Bhaj Pyāre tu Sītā-Rām

Ishwar Allah tero naam Sab ko Sanmati de Bhagavān

この連載コラムで、長年お世話になっている、シーターラーマさんのファンの方々。インド文化、スピリチュアルに関心の高い方々には、今更語る迄も無いかも知れませんが、インド現地でも知らない人は居ないだろうという有名なBhajan(献身歌)の名曲です。

既に述べましたように、インドの歌には「タイトル」が無く、「歌い出し」がタイトルになります。なので、この曲の場合、似た言葉の別曲が無い様子なので、「Raghupati Rāghav Rājārām」で通じ、言わばこれがタイトルということになります。

この曲が何故に有名なのか? それはインド・ヒンドゥー教徒にとって、ミーラー・バーイ、スール・ダースと並んで「三大バジャン詩人」に挙げられる、トゥルスィー・ダースの曲(詩)であるからです。(※)カビールは1世紀前の人物です。

そして、彼のマハトマ・ガンディーが、アシュラム建設の苦難の日々に口ずさんでいたことで、その後もガンディー・アシュラムで歌われ続けた「ガンディーの愛唱歌」として一層有名になった訳です。

故に、外国人も多く訪れる様々な宗派のアシュラムでも歌われて、欧米人にも良く知られました。

そして、極めつけが、アメリカの反戦歌手(ヴェトナム戦争当時)の最古参:ピート・シーガーが、世界の幾つかの国々の歌を紹介した中に含まれており、彼自身も様々なコンサートや集会で歌ったことで一層有名になり、1960年代、日本の「歌声喫茶」でも「他にインドのことは殆ど知らない」という人々にさえも良く知られた歌だったのです。

この歌の説明の前に、二点。この「世界に伝えるその国の代表曲」というテーマと、ピート・シーガーについて少しお話させて下さい。

(※)「アメリカのフォークシンガーなんてインドに関係ないじゃないか!」とおっしゃるかも知れませんが、深いところで関係大ありです。

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その国で一番有名な曲は?
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まず、その国の人が外国に行って、その国の「一番有名な歌」を紹介する時、おそらく世界で一番困るのが、日本人とインド人ではないでしょうか?

実際私も、インドで「聴かせて!」と言われて、数十年ぶりに「さくら・さくら」を歌ったり、シタールで弾いてみせねばなりませんでした。名曲だと思いますが、数十年ぶりであることに戸惑いと後ろめたさがあります。日々の愛唱歌ではないからです。さりとて、「さくら」程の長きに渡って知られた曲も少ないでしょう。かつて、アジア民族音楽で、日本の唱歌百曲近くを録音したことがありますが(結局未だお蔵入り)名曲は多かれど、日常的でないことが残念でなりませんでした。

逆に、「さくら」は、インドのラーガに類似するものがあるので、「さくら」を主題にしてインド音楽として、聞いて貰うことが多くありました。同じく「炭坑節」は、Vol.110でご紹介した「Raga:Druga」にかなり合致します。

恐らく、インド人はもっと困ることでしょう。何しろ多民族国家ですから、ベンガル人ならばノーベル文学賞をアジアで最初に受賞したタゴールの歌や、盟友でムスリムのナズルールの歌を聴かせたいと思うことでしょうが、亜大陸の対照的に西の外れにあるパンジャブの人々は、田園民謡マイヤーの名曲を歌い、中北部の人ならホリー祭りの歌やカジャリー民謡を歌ってくれるかも知れません。が、そもそもそれらの曲を、同じインド人が、他の民族・地方だと、対して喜ばないし「へー!」という顔をして聴いているのですから、日本の場合、「河内音頭」を歌われても、地元じゃない人にはピンと来ないし「日本の代表曲」と言われても困ると同じことです。

勿論西洋でも同じ状況の国はあります。スペインやポルトガルなどもまた、一曲で全国民を納得させる曲は無いでしょう。ファドの名曲(そもそも素人が歌えない)は、内陸の人には違和感があり、フラメンコは、南部以外ではアウト。カザルスのチェロで有名な「鳥の歌」は、何時でも独立したいと思っているような異文化の地方の民謡。
その点で、英仏米は、けっこう有名曲があります。ドイツもしかり。ギリシアは、私がNHK名曲アルバムで弦楽器ブズーキを弾いた「日曜は駄目よ」は、世界中で知られており、ギリシア人も納得します。フランスなどは、国歌自体が格好良いですしポップです。国歌と言えば、インド国歌は、インド音楽でもないし、洋楽としても分かりにくい。
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ピート・シーガーとRaghpati
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ピート・シーガーは、多くの理解では、共産党員だったことと反戦主義者だったことで、アメリカの「赤狩り」の犠牲にもなった、そのイメージが強いですが、私は彼は社会主義者ではないと思っています。実際、入党していた時期もあるようですが、恐らくかなり幻滅して異なる意識を持っていたと思います。
ご存知の方も多いと思いますが、ヒッピー(フラワー)ムーブメントの時代、詩人ギンズバーグと並んで若者に大きな影響を与えた人で、音楽では、アロー・ガスリー、ジョーン・バエズやボブディランなどの後輩にも多くの影響を与えています。

私にとっては、今以て「アメリカのポップス界で、最も(世界の)音楽を勉強し、最もアメリカの音楽・歌を勉強した、最もWASP的なミュージシャンであり、その意味では「ヒッピーのお頭」でも「単なる反戦歌手」でも、ましてや「社会主義者」でも全くない、民俗音楽学者としては、かなりの凄い人物です。

彼が開発した「フォークソング用のロングネック・バンジョ-」のギブソン社製を苦労して手に入れて、インドの師匠や森繁久彌さんから頂いた楽器達と並ぶ家宝のひとつにしていましたが、前二者は手放せないので、泣く泣く一昨年手放して保護猫の治療費に充てました。
実際彼自身も弾きにくかったようで、結局「カポタスト」を使っている写真が少なくありません。彼は南アやカリブの音楽も紹介し、カリブの「スティール・パン(スティール・ドラム)の作り方の本なども出していましたが、アジアからは恐らくこの「Raghpati」が唯一かも知れません。

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名曲Raghpatiとマハトマ・ガンディーについて
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このBhajanが、Tulsi-Dasの詩だと述べましたが、厳密には、一行目「Raghupati Rāghav Rājā-Rām, Patit Pāvan Sītā-Rām」の「主題」と、二行目「Sītā-Rām, Jai Sītā-Rām, Bhaj Pyāre tu Sītā-Rām」の「副主題(展開部)」だけと言われます。

Bhajanは、同時代のアラブ歌曲「Ghazal」同様に、「最も重要な主旨」を「主題」にして、真っ先に歌い。その後に「展開部(サビ)」で補足説明を行うという様式です。宗教を越えて同じ様式であるのは、西域の放浪大道芸人が持ち込んだスタイルだからと考えられます。

私はかなり以前からこれを「ペッパー警部型」と呼び、歌の冒頭が情景を歌い、サビで最も伝えたい情感を歌う形式を「北の宿から型」と呼んで説明していました。が、近年、分かり易いと思ったその二曲を「知らない」という生徒さんが増えて困惑しています。では何が好例か?というと、前述した「国を代表する歌」以上に、近年では五歳も歳が違えば「知っている曲」がかなりズレるので、困ったものです。

従って、ふたつめの「副主題」である
「Ishwar Allah tero naam Sab ko Sanmati de Bhagavān」
は、ガンディーが口ずさんだか、没後アシュラムで追加されたかで、Tuls-Dasの詩ではないのです。

展開方式は、
「主題」X2 または「主唱者~コーラスの掛け合い」(これをまた繰り返すことも)
「副主題1」X2 または「主唱者~コーラスの掛け合い」
「主題」X1 (主唱者の独唱のみで)
「間奏(楽器演奏)Lagi」

「副主題2」X2または「主唱者~コーラスの掛け合い」(これを更に繰り返す)
「主題」X2 または「主唱者~コーラスの掛け合い」
「間奏(楽器演奏)Lagi」…………..。

となります。
お分かりのように、「副主題1」は、その後の「副主題」とは、微妙に地位が異なり、「展開=状況(心情)説明」の中でも最も主題にそった重要なもので、曲の最後にも出て来ることが多くあります。それに対し、「副主題2~4」は、一度しか歌われません。その替わり掛け合いを二回繰り返すことは多く行われます。

また、「副主題1」迄を何度も繰り返して歌うスタイルも多くあります。ピート・シーガーはそれでした。

それにしても、有名な「副主題2」の「イーシュヴラもアッラーも貴方(ラーマ)なのですね」という歌詞には驚かされます。
多くの文献が、「ガンディー作」としています。

しかし、仮にガンディー作だったとしても、その真意は、ヴィシュヌ派ヒンドゥー教徒にさえも理解されていないことでしょう。

得英国留学の後、南アで弁護士をしてから帰国したガンディーは、西洋式合理主義・現実主義を学び、インドの旧習に見られる途方も無い感覚の世界。とりわけ「カルマ感覚」が優先し、それを言い訳(?)に現状追認主義が横行する様子には、最も憤りを感じていた筈です。

確かにキリスト教に強く影響を受けた時代もあるようですが、それらを含めて単純・安直・短絡的に、ガンディーをキリスト教徒的であるとか、非ヒンドゥー教徒的であるとかの評価は正しくないと思います。

くだんの歌詞もまた、彼が言わんとしているのは、宗派や宗教の異なりによる「枝葉同士の争い」を愚かで無念である、最も重要な主旨で、あらゆる宗派を学んで同じことを主張した、彼のVivekanandaと実に深く共通します。

また、ガンディーを無神論者と評するのも、幼稚で短絡的です。確かに、渡英前にヒンドゥー社会に幻滅した部分もあり。南アでは、キリスト教社会に嫌悪を抱き、帰国した後はまたヒンドゥー社会の、為政者たちに対してのみならず、現状に甘んじ、目先や自分の枝葉に執着・依存するばかりで立ち上がらない、貧しい農民にも憤りを感じていたかも知れません。
しかし、そんな彼だからこそ、実は極めて信仰心は強かったに違いないのです。ただ、いささか不器用で、独りよがりなところもありますから、恐らく当時の彼の苦難の戦いの中では、ラーマーヤナのラーマ王子の心情に強く共感を抱いたのでしょう。

また、くだんの歌詞の本意は、ヴィシュヌであろうと、シヴァであろうと、アッラーでさえも、「同じ神の別名」であるとか、場合によってはそれらの神々の奥に、「唯一神」が存在する、などの「拝一神教」的な感覚は強く持っていたことは、様々な言葉から伺えます(本旨をちゃんと説いては居ない点が禍根となっているのですが)
同様に彼の言葉の多くには、むしろバガワト・ギータのクリシュナの言葉に影響を受けたり引用していると思わされるものが少なくありません。

とりわけ、クリシュナの発想の転換力に、深い論理性を見たのでしょう。ヴェーダの叡智のひとつでもある「Viruddha(逆説)」の極みです。私の座右の銘であるガンディーの名言「貴方がその闘いを続けなければならないのは……….」も正にそれです。

その意味では、ガンディーは、かなりNyaya学派に共感していたか、近い体験哲学を持っていたかも知れません。Nyaya学派もまた「無神論」と誤解される場合も少なくなく、実際担い手の中で、それを主張した人さえ少なくありませんが、何か違うと思わざるを得ません。

しかし、生前でさえ物議を醸し、没後はガンディー派の人間の中でさえ少なくなかった不理解者たちが、自らの目先の枝葉の利(自己肯定や自己実現)の為に、この歌を利用しました。当然シヴァ派は憤慨しますし、イスラム教徒は激怒を通り越したでしょう。逆に、ヴィシュヌ派やハリ・バンシャ派が喜ぶ、という感覚も、むしろガンディーからは遠いものです。ガンディー同様に、命掛けで「Satya」を探求し実行したヴィヴェカナンダもまた、生前・没後、同様の扱いを受けています。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

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Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

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(文章:若林 忠宏

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