富を降り注ぐ祈り

願われた物事が、朽ち果てることなく永遠に幸運や成功を運び続けると伝えられるアクシャヤ・トリティヤの吉日。
この日、新しい事業を始めたり、高価な買い物をしたりする人々が溢れる一方で、心からの寄付や贈与を行う人々の姿も多く見られます。

インドには、唱えることで富が降り注ぐと信じられる有名な賛歌が伝わります。
カナカダーラー・ストートラと呼ばれる、ラクシュミー女神への賛歌です。
ラクシュミー女神の力、美しさ、魅力、慈悲深さが歌われるこの賛歌を唱えることで、ラクシュミー女神が喜び、富が降り注ぐと信じられます。
この賛歌が生まれた背景には、私たちが豊かさを得るために学ぶべく美しい神話が伝わります。

カナカダーラー・ストートラを最初に唱えたのは、シャンカラ(アーディ・シャンカラーチャリヤ)と伝えられます。
8歳で出家をしたシャンカラは、ビクシャー(乞食)のために、ある女性の家を訪れました。
しかし、女性はとても貧しく、シャンカラに与えるための食事が何もありません。

女性はふと、台所にアーマラキー(アムラ)の実が一つあることに気がつきます。
実が一つしかないことをためらうも、あらゆる敬意を込めて、シャンカラにその実を手渡しました。
それは、女性が持つ唯一の食べ物でした。

その行為に胸を打たれたシャンカラは、この貧しい女性に恵みが注がれるよう、ラクシュミー女神に祈ります。
それは、ラクシュミー女神を讃える美しい賛歌となりました。
ラクシュミー女神がその祈りに答えると、貧しい女性のもとに黄金のアーマラキーの果実が降り注いだと伝えられます。

豊かさを願うとき、私たちは何よりもまず、与えることを学ぶ必要があります。
もっと多くを望んだり、少ないことを嘆き悲しんだりする心の貧しさは、私たちに貧困や不幸を与えるものに他ありません。
持てるものに感謝をし、分け与える心の豊かさは、私たちに大きな喜びをもたらし、さらなる豊かさを与えてくれます。
与えることは、自らの所有を放棄する修練でもあります。
その行為を通じ、自分自身の本質である永遠の至福に気づく瞬間が与えられるに違いありません。

与えることで与えられる、その朽ち果てることのない豊かさを願い、アクシャヤ・トリティヤの吉日を過ごしたいと感じます。
皆様にも大きな祝福がありますように、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)