126,VedaからRagaへの道のり(3)Raga誕生前夜

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科学音楽の存在を記した明確な文献が無い理由
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 ここまでVol.119、Vol.120とVol.122で、古代インド・科学音楽の古代に於ける立場と、それを取り巻く或る意味「非科学音楽」の台頭、そして古代インド古典音楽に於ける最も重要な理論である筈の「旋法理論」の混乱、について述べて来ました。おそらく世界でもこれについて明確に語った例は無いと思われます。
 
 まず、その推移の中で最も重要なポイントは、実は「科学音楽(Shastriya-Sangit)」を担った人々は「専門の文献を残していない」という重大な問題にあります。

今迄、話題に登場したのは、
「A:Veda詠唱からSama-Vedaに至るVeda音楽を担うVeda祭官たち」
「A’:後世に『Vedaが古典音楽の原点であり、旋法もVedaから生まれた』と説いた者たち」
「B:ブラフマン教後期からヒンドゥー教の台頭後に至って継続されていた布教の為の神話音楽舞踊劇の担い手たち」
「B’その布教音楽舞踊劇の演奏者から生じた『古典音楽』の源流であるGandhara-Sangit」
「B”そのGandhara-SangitがVeda-Sangitに根ざしていると正当性を説いた者たち」
「C:後に、Gandhara-Sangitよりも更にPerformance-Artに傾斜したDesi-Sangitの音楽家」
そして、
これらの時代にずっと存在していたであろう「D:花柳界音楽家」と「D’:寺院巫女楽音楽家」と「D”:宮廷・寺院宴楽音楽家」の、四系統、総勢九種もの音楽関係者が存在しました。いずれも伝統古典音楽に関しての話しであり、勿論この他に各地の民謡や世俗音楽があります。

この中で、「A組」は、言う迄もなく「Veda経典関連」を多く持っています。しかし、インド文化ファンの多くが、「いずれも古代=由緒或る伝統的な文献」であるかのように、あまり気にしていないようなのですが、関連文献は、Veda本編よりもかなり後に創作されたものが少なくない、ということです。しからば、上記の「混乱」の最中に、恣意を込めて創作したものもあり得るということになります。

「B組」については、紀元前2世紀から紀元2世紀(最大幅ではBC6世紀~AD6世紀とも)までの、とんでもない幅がある有名な文献(現存する最古のインド音楽関連文献とも)『Natiya-Shastra』、これの「解釈書」とも「先行書」とも言われる、AD1世紀~4世紀と成立年代にやはりかなりの幅のある『Dattilam(Dattila)』、AD5世紀の『Brhadesi(Matanga)』、AD6世紀の『Naradiya–Shiksha』そして、音楽専門書としては最大かつ現時点で最古と言われる「Sangit-Ratnakar(Sharanga-Deva)』などがあります。

「Sangit-Ratnakar』に至っては、イスラム宮廷音楽が興隆した13世紀になってのものです。

しかしながら、「科学音楽(Shastriya-Sangit)」の音楽家と、「D組」の「花柳界音楽家」「寺院巫女楽音楽家」「宮廷・寺院宴楽音楽家」たちは、文献を持っていないのです。

「なら、何も分からないってことじゃないか!」とお考えになる人は、この連載コラムを長くご愛読下さっている方々の中には居ないと思いますが、世の中の研究者のほとんどは「文献至上主義」のあまりに、そのようなことを考え、しばしば平然とおっしゃるのです。

2017年の年末、厳しい保護猫看病の最中に書き上げましたが、まだ確実に出版されるかどうかの背戸際なのですが、日本の伝統邦楽の楽器について執筆しました本の中にも書きましたが、そもそも三味線も琵琶も、お筝、尺八も、皆残されている文献などの記述が、極めて怪しい、眉唾ものなのです。

実は、この「本当の音楽を追求している人々」と、花柳界や放浪芸人、宮廷や寺院の下級楽師など「声も筆も持たない人々」こそは、洋の東西を問わず「本当の音楽シーンを創り出している人々」なのです。

 逆に、文献を残し得た人々の多くは、宮廷や寺院子飼いの職業音楽家であるとともに、記述者もまた、子飼いの研究者なのです。勿論、中には極めて優秀な論理性と真実に対する探究心を持っていた人も居ますが極めて希です。

出版の運びとなりましたら、またご案内致しますが、前述の私の新著にも紹介しましたが「三味線沖縄~堺伝来説」には、「よくもまぁ」と言いたい滑稽な話しが多いのです。
しかし、何度も述べていますが。そのような「眉唾文献」「ねつ造文献」こそは、逆に真実を垣間見せてくれるのです。その様は、まるで「悪戯した子どもの隠し事や嘘」のような、しばしば可愛らしいとさえ思える幼稚な「作り話」が生みがちな「見落とし、考え落ち」に起因するものです。

 例えば「三味線沖縄伝来説」の場合、「或る琵琶法師が沖縄の蛇皮線を入手したが、二弦だったので弾き辛く、三本に替えてみたのが始まり」というのがありますが、琵琶法師にとっては二弦や四弦などの偶数の方が圧倒的に弾き易い筈なのです。

つまり「そのまま弾けた」のをわざわざ「三弦にした」というのは、既に、巷に三味線が存在していたことをあたかも近畿の琵琶法師が創作したとしたい理由があったことを教えてくれます。つまり、「二弦の蛇皮線など無かっただろう」で終わりにしては分からないこと。しかし、しっかりその文献の文言が証言していること「三味線は既存だった」「しかしそれを否定し独自に自分たちが創作したと言いたかった理由」を見事に教えてくれるのです。

また、西アジア、シルクロードや中国、日本では、宮廷文筆家が歴史書を表す場合、たいがい「百年前のこと」を如何にも見て来たように語ることが、奇妙に共通しています。百年と言えば、生き証人がほぼ居なくなったタイミングです。そして、筆を持たない人々が伝承して来た「真実」を如何にねじ曲げるか、に必死になるがあまり、後世、その文献を読む者が「誰も疑問に思わないだろうこと」を、妙に細かく記述していたりすれば、たいがい、その裏に答えがあるものです。まるで「押し入れに誰かか何かを隠した人」が何故が不自然に押し入れの前から動こうとしない、かのような、実に素直が様子なのです。

問題は、その中のいずれに「科学音楽(Shastriya-Sangit)」の音楽家が属していたのか?ということです。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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(文章:若林 忠宏

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