芥子の種と悟り

インドの地で計り知れない苦悩を経験し、悟りを開いた仏陀。
常に変化を続けるこの世界の中で、その教えは決して変わることなく、私たちを導き続けています。
そんな中に、キサー・ゴータミーという若い母親にまつわる有名な話が伝わります。
ブッダ・プールニマーを迎えるこの時、インドでも広く伝えられるこの話を見つめ直したいと思います。

キサー・ゴータミーは、苦労の末に結婚をし、ようやく子どもを授かるも、その子どもを病によって亡くしてしまいます。
深い悲しみから、子どもを救うための薬はないかと、彼女はその亡骸を抱え、町じゅうをさまよい続けました。
哀れに思った人々は、仏陀を訪ねるよう説得し、彼女は仏陀を訪ねます。
子どもを救うための薬が欲しいと訴えると、仏陀は「一度も死者を出したことがない家から、芥子の種を持って来なさい」と答えました。

彼女は我を忘れ、ひたすらに家々を巡り、芥子の種を求め続けます。
しかし、一度も死者を出したことがない家を見つけることはできませんでした。
そして、そこでは誰もが、彼女と同じ耐えがたい苦しみを経験していることを知りました。
死や苦しみは不可避であることに気づいた彼女は、仏陀の弟子となり、やがて悟りに至ったと伝えられます。

「不死の境地を見ることなしに、百年間を生きるより、不死の境地を見て、一日生きることに、勝るものはない。」

仏陀は、彼女の生き様を目にし、そう説いたといわれます。
言葉では伝えることのできない無の境地、その真理に気づくよう、仏陀は苦難を通じて彼女を導きました。
人生に降り注ぐさまざまな苦難は、それぞれが真理を理解するための導きとして、与えられるものなのかもしれません。

起こりうる苦難を受け入れながら、真理を会得するための気づきの道を歩むことができるよう、こうした教えを学び続けたいと感じます。
そこには必ず、苦しみや悲しみからの真の解放があるに違いありません。
インドでは仏陀の降誕祭となる4月の満月、皆さまにも大きな恩寵が授けられますよう心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)