129、インド音楽の楽しみ方(2)北インド古典音楽の前奏(前唱)曲

スピリチュアル・インド雑貨のお店シターラーマさんのご支援で、古代インド科学音楽とその音楽療法、およびアーユルヴェーダ音楽療法についてご紹介している連載コラムです。Vol.128からしばらく、Vol.126でご説明しました、古代科学音楽を覆い尽くすように発展・流行したガンダールヴァ音楽の末裔である、今日聴くことが出来るインド古典音楽について述べたいと思います。
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北インド古典音楽と南インド古典音楽双方で、現行する様式の中で最も古く、本来最も重要な様式であったのが「Alap(アーラープ)」です。

ところが、中世後半以降、南北を問わず、「前唱・前奏曲」となってしまいました。

しかし今日でも、選ばれた或るラーガをアーラープだけの演奏で終わらせ、次の曲は異なるラーガであることは可能です。インド古典音楽は、「一曲一旋法」です。
「次(本曲)が続かない前唱・前奏曲」は、あり得ないおかしな話しです。即ちこれは、「アーラープ」が独立した様式であることを示しています。

また、本曲がバラ・カヤール(遅いテンポの重厚な声楽)、チョーター・カヤール(早いテンポの軽快な声楽)、マスィート・カーニ・ガット(遅いテンポの重厚な器楽)、レザ・カーニ・ガット(速いテンポの軽快な器楽)の何であれ、「アーラープ」の内容は変わりません。

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そして、本来は、アーラープこそが「ラーガ音楽」の真骨頂であり、太鼓奏者には失礼ながら(私も太鼓奏者でもありますが)、太鼓(ドゥルパドではパカワージ/ムリダング、南インドではムリダンガム、北インド中世以降の様式ではタブラ・バヤン)を伴う「本曲」は、実は「デザート」のようなもので、アーラープの水準と充実からすれば「同じ話し(ラーガ物語)を太鼓を入れて分かり易く、楽しみ易く」した感じと言うことも出来ます。

更に「アーラープ」は、三部に別れますが、第二部には「二拍子」、第三部には「速い四拍子」の「Laya(ラヤ)/拍節感(ビート感)」がありますが、リズムサイクルとは考えられていないので、ターラではないのです。

そのため、太鼓奏者は、主旋律演奏家(および声楽家)と共にステージに上がりながら、「アーラープ」の最中は隣に座って待っていなければなりません(何時間であろうとも)。当然のことながら、本曲で七拍子であろうと十二拍子であろうと、「アーラープ」のビート感の二拍子、四拍子は変わりません。

このことからも「アーラープは、ラーガ音楽の真骨頂・真髄である」ことが明白ですが、極論すれば、「ラーガ音楽の真骨頂」からすれば、ターラさえも「お楽しみ(簡単で分かり易いデザート感覚)」でしかない、ということです。

写真は、1991年のWOMAD横浜で、招聘された北インド古典音楽弦楽器サロード奏者のタブラ伴奏を務めた私が。アーラープの最中なので、何もせずただ隣に居る様子です。
実は、第一部の後の休憩の楽屋で、彼はものすごく落ち込んでいました。「今の演奏、そんなに悪かったか?」と。彼は日本が初めてで、リアクションの無い聴衆も初体験だったのです。なので、写真の第二部は、私が横から「いいね!」「凄いね!」の掛け声(ヒンディーで)を必死で掛けることになりました。
案の定、主催者には、「あいつのリアクションが邪魔だった」の苦情が二三寄せられたそうです。
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「アーラープ」は、歴とした、むしろ最も崇高な音楽様式であるにも拘わらず、中世以降、カヤールやガットといった「新音楽」が流行し、「アーラープ」は次第に前唱・前奏曲の存在感に追いやられて行きました。

そもそも本曲のスタイルが何であれ、「アーラープ」の構造は同じ、ということは、ドゥルパドとも南インドとも同じということです。

逆に言えば、カヤールやガット、南インドの様々な様式は、「アーラープ」の後に来るものですから、「アーラープ至上主義」とは相反する対峙関係にあるとも言えます。

そのため、カヤールやガットなどを擬人化すれば、横で座って待って居る太鼓奏者と同じ心情「おいおい早く切り上げてくれないかなぁ」ということなのです。

そして、カヤール、ガット、太鼓奏者は、出番となれば堰を切ったように派手に見せようとする。本来これは破廉恥なことですが、時代とともにアカラ様になって行きました。

「アーラープ至上主義」から見たそれは、「破廉恥」であるとともに「大衆煽動」です。そして、「アーラープの深み」を理解出来ない(不勉強であるばかりか、心や魂で聴くことが出来ず、表層的な感情でしか聴くことが出来ないタイプ)聴衆は、本曲ばかりを楽しみ、喝采し、「アーラープ」を「正直退屈」と感じていれば、そのタイプの比率が時代と共に増え、音楽家の方も、「アーラープ」を短めにして、本曲を長くする、という「大衆迎合」に進んでしまうのです。

グラフのような図は、
次回以降、より詳しくご説明しますが、
アーラープの全容をイメージ化したものです。
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私は、50年近くインド音楽をステージで演奏して来ましたので、タブラ奏者であったことも数百回あり、インドの第一線の演奏家の伴奏で伴奏弦楽器タンプーラを担当したりも少なくありませんので、インド音楽独特の「α波を引き出す力」は痛感しておりますし、「あわや失態手前」の思い出も多々あります。

タンプーラは、三本の指で順に弦を弾きますが、だんだんと「今どの指で弾いているのだ?」が分からなくなって来ます。一瞬寝落ちて「あっ!今音止まらなかったか?」とひやっとすることも。後で録画を見てみると気付かないほどの一瞬なのですが、その時は数分寝たか?と思いました。これらの体験も後のアーユルヴェーダ音楽療法を本格的に学ぶきっかけだったかも知れません。

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逆に、哀しい経験もあります。20年近く前のことです。当時、吉祥寺にあった私の店で、年に数回「オールナイト・インド音楽ライブ」をやっていました。十年近く通っていたお弟子数名が入れ替わりでタブラを担当したのですが、ある一人が私のアーラープの最中に寝てしまったのでしょう。本曲に入ってもタブラを叩かないのです。誰かがつついて起こしたのか? しかし、既に主題は十数回演奏され、彼は「もう駄目だ」と勝手に決めたようで、叩こうとしません。なので、私はタブラ無しで即興も含む本曲を短めの30分ほど弾いてステージを降りました。
その後、「恥をかかされた」と同門の弟子に言い残し彼はそれっきり二度と来なくなりました。「俺は寝ていなかった!分かりにくい主題がおかしいから入らなかったのだ」などと言ったとも聞きましたが。十年の付き合いもそんなことで無しになってしまうのが哀しいと思いました。

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インド現地では、そのような話しは聞いたことがありませんが。逆に両雄合い譲らない話しは多々聞きました。
ある古典音楽マニアのベンガル人の友人が、コルカタ(当時はカルカッタ)のコンサート会場で隠し録りをしたライブ録音をくれたのですが。なかなか面白いものでした。

ラヴィ・シャンカル氏の高弟のシタール奏者と、タブラ奏者の名前は失念しましたが、(カセットのラベルにはあると思う)後で聞けば両雄は様々な理由で以前から犬猿の仲だったらしく、シタール奏者は、タブラ奏者を横に置き、一時間以上もアーラープをやってのけたのです。しかも、本曲でやるべき「大衆煽動・大衆迎合のギミック」までアーラープでやってしまう。つまり本曲もタブラも要らない状態にしてまでです。

そうしてやっと本曲の主題に入ったら、なんとタブラ奏者が仕返しを始めたのです。

本曲中はシタール奏者が目配せをしない限り、ソロは回って来ません。別なペアの話しですが。日本公演の途中でモメ、その後のコンサートと日本のレコード会社での録音で、シタール奏者が何度目配せをしても、決して一切ソロを取らなかった例もあります。(今でもレコードで聴けます)

本曲の冒頭、タブラが初めて参加する際には、誰もがある程度の長さ、本曲中のソロよりもやや長いソロを取ってから伴奏を始めるのが19世紀からの習わしです。
カルカッタのコンサートでタブラ奏者は、そこで「終わると見せかけて終わらない」を繰り返し、何と十数分もソロを取ったのです。友人も会場で「とんでもない事態だ」と何時もとは異なる次元で固唾を飲んで見入り聴き入っていたと言います。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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また、現在実施しております「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」は、まだまだご回答が少ないので、
是非、奮ってご参加下さいますよう。宜しくお願いいたします。

https://youtu.be/wWmYiPbgCzg

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You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

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(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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