131、インド音楽の楽しみ方(4)北インド古典音楽の主題と即興

北インド古典音楽および南インド古典音楽に共通して、さらに同じ北インド古典音楽でもより古いドゥルパド様式と、18世紀19世紀以降に古典音楽に昇華したカヤール声楽、ガット器楽のいずれにも共通して、後世では前唱・前奏曲とされているアーラープが、実は最も重要で古典音楽の真骨頂であると述べました。

ターラを伴わず、太鼓伴奏も不要で、ラーガの具現に徹するこの様式は「ラーガ音楽」と呼ばれるに相応しい様式でもあります。

また、アーラープには二部三部の構成があることや、基本は皆同じでも、様式によってその呼称や具体的な技法が異なることも述べました。

そして、いずれの様式のいずれの部に於いても、基本的には同じ「流れ/物語」を展開すること。それはドレミのドに相当するSadaj(サ)を地平線と見た山並み(Swarup/字義は外観、形状、表象)のようなものであり、それを図に現したものは、理解ある音楽家にとっては「ヤントラ」に相当するとも述べました。
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更に、その「スワループの山並み」は、ラーガの物語でもあり、ラーガ音楽家は、ラーガの精霊を降臨させ物語を語って貰う、或る種の霊媒師でもあると述べました。一般的な比喩で言うとそれはTV番組のゲストコーナーのようであり、音楽家はその司会者・インタヴューアーでもあるとも述べました。

しかし、アーラープの後、ターラと太鼓を伴う本曲に入ると、前半こそは「ラーガとその物語重視」ですが、後半に向かうに従って、音楽家の技巧やパフォーミング・アーツとしての楽しみの度合いが増して来るのです。

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既に述べましたが、念を押しますと「本曲」というのは、インド古典音楽をパフォーミング・アーツとしての楽しむ感覚の「芸術音楽至上論」からの言い方であると共に、アーラープを前唱・前奏曲とした場合の呼称で、アーラープ(ラーガ音楽)至上論からすれば、大衆迎合的なお楽しみコーナーに過ぎない。ということになります。とは言え、アーラープ至上論は、それに対しての呼称を作りませんでした。

アーラープ至上論からすればアーラープで完成・完結しているにも拘らず、後から雨後の筍のように次々現れた、素性はいずれも科学音楽出身どころか古典音楽出身でさえない輩に対して、呼称を付ける必然も、呼称する義理も無いということでしょう。
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しかしその一方で、ラーガと比較すれば二の次だった拍節法:ターラの理論とその実践も科学音楽時代から継承されているものです。従って、科学音楽の系譜の最後で最新の様式、今日では最古の様式であるドゥルパド音楽家も、アーラープの後にターラと太鼓伴奏を伴う「本曲」を「ドゥルパド」と呼んだ訳ですから、単なる「お楽しみ/オマケ」でもないとも言えます。

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ところが、逆転の発想によって、10世紀以前のより真実に近い形が見えて来ます。それは、「アーラープ~ドゥルパド」という、段階的・時系列の図式ではなく、「アーラープ=ドゥルパド」という或る種の化身的な感覚である可能性です。

ヒンドゥー教でも、ヴィシュヌ神には様々な化身がありますが、例えばその一柱クリシュナは、人間の子どもとして降臨しますが、幼児時代はマッカンチョールと呼ばれます。これはヴィシュヌの化身ですが、クリシュナの化身ではなく、少年になったクリシュナ(ゴパール・クリシュナ)の時代には地上にも天上にも存在しなくなる神です。すなわち「マッカンチョール→ゴパール→クリシュナ」という図式です。しかし、ヴィシュヌはクリシュナの前駆型ではありません。またクリシュナが存在している同じ時代に、ヴィシュヌは勿論、他の化身ラーマもマツヤも存在しているのです。これは日本の神道の神々も、仏教の神々も同様で、化身は変身ではないので、同時に複数存在し得るのです。

つまり、ターラと太鼓を伴うドゥルパドは、アーラープの化身であるということです。
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これはどういうことか?をもう少し説明しますと、山並みの図を「ラーガのヤントラ」とも述べました「アーラープのスワループ」には、いくつかの山並みの段階があります。これを既にアーラープに於いて「Sthay、Antara、Sanchari、Abhog」と呼び概念として確立させていたのです。よって、「ドゥルパドのアーラープ」は、「ターラと太鼓を割愛したドゥルパド」であり、「前唱・前奏曲」という概念ではない、ということなのです。

このより古い理解に於いては、「アーラープは、ラーガに固着した具現であり、第一部は自由リズムでラーガ物語に専念し、第二部ではラヤ(ビート感)を以て表現する」その後(言わば第二場として)「ターラと太鼓を伴って表現する」という概念です。

つまり、当時はあまりにアーラープの重要性と主要性が高かった為と、この二部形式をしてドゥルパドと総称した為に、(後に「本曲」とか「ドゥルパド本体」のように思われてしまった)「第二場固有の名称」を付けなかったことが、後々の混乱とアーラープが前唱・前奏曲扱いになってしまった元凶と言えるのです。

例えば、ドゥルパドがまだ新音楽だった頃の主流のプラバンダ様式やギート様式も同様に、「プラバンダのアーラープ+ターラ太鼓付き第二場」の構成と理解されていたということです。

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話しは一気に今日聴ける古典音楽に飛びますが。従って、シタールのガット(器楽)であろうと、声楽カヤールであろうと、いずれも「ドゥルパドのアーラープ」の後にガットやカヤールを繋げている、ということが出来るのです。

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例えば実際のTV番組のゲストコーナーでも同じことが行われています。どのチャンネルのどんな番組であろうと、まずゲストのプロフィール紹介をかなり不偏的に行います。要するに「生い立ち、両親、故郷、少年少女時代、青年期、今の肩書きになるきっかけと修業時代、云々」です。これが「アーラープ」です。そしてドゥルパドでは、「それでは今伺った物語を、ターラと太鼓を伴ってもう一度お話して貰いましょう」なのです。TV番組ならば、ゲストの親族や友人を呼んでエピソードを聞くような感じです。

ところが、カヤールやガットの場合、後は全く次元が変わります。前半こそは、「それでは今伺った物語を、ターラと太鼓を伴ってもう一度お話して貰いましょう」はありますが、主にバラ・カヤール/マスィート・カーニー・ガットに於いてであり、チョーター・カヤールやレザ・カーニー・ガットでは僅かか全く割愛されます。「Vistar(字義は物語)」がそれです。よって、司会者の言葉は、正しくは、「それでは今伺った物語を、ターラと太鼓を伴ってもう一度【簡単に】お話して貰いましょう」ということなのです。

そして、その後は、シタールは太鼓:タブラと掛け合いをするでしょうし、カヤールでは声楽家は、自身の流派の個性と自身の技量の披露、聴衆を捲き込んで感動させることに専念します。(せずにラーガ音楽家に徹した巨匠も居ました。昔はそのような人の方が尊敬されていましたが、今レコードを聴いても多くのファンが「退屈だ」と言うでしょう) これはTV番組では「ではゲストの方と、タレントの○○さんとで卓球の腕比べをしてもらいましょう」とか「それではゲストの方への視聴者からの質問コーナーです」などなどのバラエティー要素が増す部分が、カヤールやガットの「本曲の中盤以降(Vistar以降)」の様相と言えるのです。

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今回の図の上三段がカヤール声楽で、下がガット器楽です。カヤールでは主題に戻った時に、太鼓:タブラの変奏(見せ場)は、基本的にありません。雲泥の差がある音楽家としての格の違いがあるために、声楽家に伴奏(唱)させるなどあり得ないからです。シタールやサロードでも昔は同様でした。

現実的に、声楽家にとっては何処かで「喉休め」も必要なので、主題に戻ったところで、伴奏旋律楽器サーラーンギーやハルモニヤムとタブラに主題の旋律を任せてしまいます。そこでもタブラは本来変奏はしませんでした。サーランギーは少しソロを取ることもありますが、それも声楽家がそこまでで歌ったことの復唱に留め、「物語の先」を弾くことはありません。

カヤールの一行目は、「歌詞」の他に、「アーで歌う(Akar)」によるラーガの具現が中心的に演じられます。二行目の「Neraval」は、主題の歌詞を様々な旋律で即興的に歌う部分です。三行目の「ターン」は、アカルかサルガム(階名唱法)で歌われ、流派によって偏りがあります。ターンは、「即興変奏」のことで、16世紀の宮廷楽師長ターンセンは、これの主だという呼称です。

カヤールでもガットでも、冒頭では主題は、じっくり丹念に演じられますが、繰り返し戻る毎に割愛したり、繰り返す回数を減らして行き、テンポが上がる(スタイルの場合)に連れ、歌詞の言葉が言えなくなった頃に自然に消えて行きます。

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(文章:若林 忠宏

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