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インド音楽

132、インド音楽の楽しみ方(5)北インド古典音楽のメドレー形式

古今東西の楽曲で、興味深い普遍性が見られます。それは「より古い様式をプログラムのより先に演奏する」ということです。

勿論、コンサートの冒頭は、雑踏の世界から到着したばかりの聴衆を次第に集中させる必要がありますから、前座が無い場合、その日のメイン音楽家は、軽めの曲(つまり比較的後世の様式やラーガ)から始めるでしょう。かつて世界的に有名なシタール奏者ラヴィ・シャンカル氏は、その自伝の中で「インドの聴衆は、初めの一曲辺りでは『あらまぁ○○さんの奥様!お元気でしたぁ!』などで台無しにする」ようなことを述べていました。
従って、本領発揮されるプログラムは、第二部の冒頭ということで、そこにより古いラーガ、様式を盛って来るのです。

また、「より古い様式はより重く格調高い」と言うことも古今東西に普遍的です。これらはいずれも「昔の人の方がより重厚で深みがあり、後世に従って軽薄で短絡的である」ということを示していますが、その背景には「音楽は科学であり神学であった」が「音楽は芸術である」の時代を経て、「音楽は娯楽である」に至った精神史も見て取れます。

ちなみに、この意味に於いて「芸術」という観念こそは、芸術を軽薄なものに貶めた張本人ということですから皮肉です。科学や神学となれば、ある程度揺らぎない価値観が共有されますが、「芸術」とした段階で、既に「人それぞれの受け止め方」をむしろ許し促しているからです。イメージや雰囲気ばかり「何やら高尚なようだ」とされるだけで、その高尚さを計る根拠が無いので、その実体は極めておぼろげなものです。
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アジアの伝統音楽の雄といったものを上げるならば、インド古典音楽に勝るとも劣らないのが古代ペルシア古典音楽でしょう。奇しくも、インド・ヒンドゥー教の源流であるブラフマン教と、古代ペルシアの宗教(ゾロアスター教以前)は兄弟なのですから、或る意味源流はひとつだとも言えます。

古代ペルシア音楽は、アラブ音楽、トルコ音楽などに枝分かれしました。勿論アラブ文化、トルコ文化の功績も高く評価すべきではあります。これらの音楽はシルクロードにも伝わり、それが13世紀の「インド音楽のバッハ」と称されるアミール・フスロウ、16世紀の「インド音楽のモーツァルトやベートーヴェン」と称されるミヤーン・ターン・センによってインド宮廷に持ち込まれインド音楽と融合したことも既に述べました。従って、大元は同じ源流かも知れない古代ペルシア古典音楽と、古代インド古典音楽は、中世に再び出逢い部分融合したということでもあります。

そして、奇しくも両音楽大系で最も格上で重要で真骨頂と言える様式が「即興演奏」なのです。アラブ・トルコ古典音楽では「タクスィーム」と呼ばれ、インド古典音楽の「アーラープ」と並び称されます。

「歌舞音曲好ましからずの不文律」があるイスラム世界に於いて、「タクスィーム」は、「芸術音楽」として早くから許可された音楽様式ですが、中世には神秘主義の影響も強く受け(と言うか、神秘主義の幾つかの派がこれを表現手段に選択したとも)ています。「アーラープ」は、勿論イスラム系神秘主義が生まれる遥か以前の様式ですが、やはり科学音楽に根差していること、その科学音楽がタントラに根差していることから、必然的に「神秘主義的」ではあります。

アラブ・トルコ古典音楽では「タクスィーム」は前奏曲のようにプログラムの冒頭に演奏されることもあります。神秘主義の儀式音楽でも冒頭に演奏されます。が、その後、しばしばプログラムに挿入され、その晩の「音楽の場」を幾つかの「場面」に分けた節目を記す役割も担います。この感覚「階梯」こそは、神秘主義の本領でもあり、奇しくもインドのヨガにも通じます。

ところが、アラブ・トルコ古典音楽では「タクスィーム」以外の古典音楽は、
当然「作曲の再現」なので、大概合奏音楽なのです。これは現行の南インド古典音楽と同じ様相です。ところが北インド古典音楽は、「タクスィーム」に相当する「アーラープ」の後も旋律は、声楽家独り、器楽ならば器楽奏者独りで、大半を即興演奏で繰り広げるのです。この違いの深い理由は、近代南インド古典音楽の証言も交えて考えると面白いと思われます。

そして、アラブ・トルコ古典音楽の合奏曲もまた、プログラムの中でより古い形式・より重たい形式が先に演奏されます。これは、中世以降のウズベク古典音楽やウイグル古典音楽でも同様です。

そして、北インド古典音楽では、カヤール声楽では、バラ・カヤールをチョーター・カヤールの前に演奏するでしょうし、ガット器楽では、マスィート・カーニー・ガットをレザ・カーニー・ガットの前に演奏ですでしょう。勿論前述したように、舞台芸術として聴衆との関わりで変化もしますが。同じラーガで二曲続ければ「一曲扱い」になりますから、基本の順番は入れ替えられることはまずありません。

このことと、メドレー形式のどちらが先か?は「鶏と卵」ですが。同じラーガで「バラ・カヤール~チョーター・カヤールのメドレー」「マスィート・カーニー・ガット~レザ・カーニー・ガットのメドレー」は、それぞれの様式が全てが出そろった後、18世紀末から19世紀初頭に流行しました。本来これら四つの様式は、時代も出所も異なりますから、メドレーが流行したのはより後世かも知れません。

前述したように、南北を通じてインド古典音楽では「一曲一Raga」なので、メドレーという概念に相当する訳です。結果、マスィート・カーニー・ガットの他のスタイル、例えば、12拍子や10拍子などでゆっくりとしたガットを演奏した後、速い16拍子のレザ・カーニー・ガットをメドレーで繋ぐということもあります。
これ(スローな特殊な拍子から速い四拍子系)はカヤールでは当たり前のことなので、ガットのメドレーは、その模倣とも考えられます。

また、マスィート・カーニー・ガットもレザ・カーニー・ガットも四拍子が四小節の16拍子が基本です。というかそれしか無いとも言えます。この理由を述べるだけでも連載コラム数回分になってしまいますので、ここでは割愛します。

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面白いのは、「マスィート・カーニー・ガット~レザ・カーニー・ガット・メドレー」の繋ぎ方です。このような説明を知らないと、気付かずに聴いて来た方も少なくないかも知れません。

図の一段目は、「マスィート・カーニー・ガット」の一例です。このガットでは、12拍目が歌い出しとなり、次のサム(リズムサイクルの第1拍目)までの6拍のメロディーは導入句です。本曲の冒頭からしばらく「即興展開→主題」が続くと、以後の主題はもっぱらこの6拍のみを弾くようになります。(タブラのソロの伴奏の際は、タブラのソロが終わる迄主題をフルで弾き続けますが。)

つまり主旋律奏者がソロを続けるつもりの場合、合間に主題を挟むことで、即興の最中もターラを把握していることが顕示されると共に、即興の細かな節目とするのです。もし長い節目として、タブラにもソロを取らせようと思えば、主題の歌い出し辺りで目配せをします。それが通じなかった場合、主題をサム以降も弾き続けます。それによってタブラはターラの途中からでもソロを始めます。

インド音楽は「終わりや節目は絶対サム(リズムサイクルの第一拍目)」ですが、始まりは何処でも良いのです。
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二行目の「レザ・カーニー・ガット」の一例では、ターラ(16拍子のトゥリターラ)の後半が導入句です。速くリズム・サイクルが巡るので、歌い出しが弾かれたからといってタブラの出番とは限りません。
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三行目は、「マスィート・カーニー・ガット~レザ・カーニー・ガット・メドレーの繋ぎ方のスタイル1」です。

極めて自然に、かつ単純に、マスィート・カーニー・ガットが(終わる1サイクル前位から)次第にゆっくりになって、落ち着いた主題を一回フルで弾いて、末尾が更に遅くなり(Ritardando/伊語)終わります。

聴衆が拍手をしようと思ったその数秒の間に、レザ・カーニー・ガットが始ります。しばしば拍手をし掛けてしまう聴衆も居ますが、恥ではありません。

この繋ぎ方の利点は
1)タブラ奏者に最も分かり易い。
2)聴衆にも直ぐに理解出来る
3)レザ・カーニー・ガットのテンポを自在に決めることが出来る。

が挙げられます。
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四行目は、「繋ぎ方のスタイル2」です。ある時点で、主奏者が突然「サム」からレザ・カーニー・ガットを弾き始めます。大概テンポを替えるのでタブラ奏者は気付きますが、元来「ラヤカリ(複雑なリズム分割と統合の技)」が巧みな主奏者の場合、タブラ奏者は用腎して、Slowテンポをキープし続けてしまうこともあります。これも恥でも失敗でもないので(Bestではないけれど、リハーサルをしたヤラセで見事に揃う近年のやり方よりは気付かない方がマシとも言える)ライブ盤LPやCDではそのまま収録~発売されます。例えばレザ・カーニー・ガットの1拍(ビート)がマスィート・カーニー・ガットの3倍速の場合、「1.5倍のラヤカリ」を弾いていると勘違いしても全くおかしくないのです。
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五行目は、「繋ぎ方のスタイル3」です。レザ・カーニー・ガットの歌い出しが、マスィート・カーニー・ガットの導入句の末尾に現れ、そのまま同じ「サム」で移行します。従って、繋ぎ周辺のターラは、「Slow~Fast」の場合1拍が四倍に速められたことになり、「Medium~Fast」の場合1拍が二倍に速められたことになります。

有名なシタール奏者:ラヴィ・シャンカルの義弟のサロード奏者:アリ・アクバル・カーンは、その熟年期にもっぱらこの繋ぎ方を演奏しましたが、スローなマスィート・カーニー・ガットの後半~末尾に掛けて次第にテンポをミディアムまで上げてから二倍速で繋いでいました。

この繋ぎ方は、タブラ奏者には分かり易いかも知れません。更に、北インドのビートは、基本的に若干の緩急の揺れが許されているとともに、むしろ味わいとされます(南インドでは決してブレない)から、レザ・カーニー・ガットの歌い出しを微妙に速くすることでタブラ奏者に気付かせることも可能です。

「気付かせずに恥をかかせてやろう」と思う人も思う時もあるかも知れません。前述で「恥ではない」と述べたのは、聴衆には批判されないことであるという意味で、演奏者自同士では「キャッチがイマイチだったね」の無言の評価は下されます。

また「恥をかかせてやろう」というのも、隠見なことではなく、「即興演奏の共演」という北インド古典音楽ならではの「せめぎ合い」のひとつと考えられています。尤も、この繋ぎ方の場合、気付かないのは聴衆にも「みっともない」と思われるかも知れませんが。

ところが、インド音楽以外の音楽からすれば、きっと不思議なことでしょうが、主奏者がレザ・カーニー・ガットに移行したとタブラ奏者が分かったとしても、タブラ奏者は、次のサムまで、即ちそのターラ(この図の場合Slow-Trital)の16拍目までは、同じテンポで引き続けなくてはなりません。ターラはサムでしか終われないので、タブラ奏者はSlow-Tritalを最後迄しっかり弾く義務があるのです。

言い換えれば、この繋ぎ方の場合、「主奏者は、Slowガットのラスト二拍で既にFastガットに移行した」ということであり、主奏者とタブラが「異なるターラで存在した」極めて希な例外的な瞬間と言えます。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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また、現在実施しております「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」は、まだまだご回答が少ないので、
是非、奮ってご参加下さいますよう。宜しくお願いいたします。

https://youtu.be/wWmYiPbgCzg

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アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

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(文章:若林 忠宏

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