134、インド音楽の楽しみ方(7)南インド古典音楽の前奏(前唱)曲




図は、Vol.130でも紹介した、北インド・南インドの様々な古典音楽様式に於けるアーラープの構成図です。いずれも「自由リズム(ビート感が無い)の第一部」→「中庸の2拍子的なビート感の第二部」→「速い4拍子的なビート感の第三部」であることが共通しています。
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長年古典器楽の中心的な楽器、と言いますか、唯一の楽器であった撥弦楽器(ルードラ・ヴィーナ、ターンセン・ラバーブ、スール・スィンガール、スール・バハール、サロード、シタール)にはいずれも「リズム弦」があり、第三部では、それを旋律の合間に掻き鳴らしかなり明確なビート感をかもし出します。その結果、声楽では第二部・第三部の分別は曖昧で、グラデーション的にテンポ・アップした感じであるのに対し、器楽では、ジャーラーの名称が与えられ明確に区分しています。

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ところが、南インド古典音楽の器楽(カルナティク・ヴィーナ、もしくはサワスワティー・ヴィーナ、ゴットゥー・ヴァディアム、チトラ・ヴィーナなどの撥弦楽器の他、竹の横笛クーラル、弓奏楽器ヴァイオリンなど)は、いずれも古典声楽曲を演奏し、北インド古典器楽ガットのような独立した様式(Tantra-Baj)は持っていないのです。

従って、南インド古典音楽では、ほぼ全ての器楽が「歌無し声楽曲」のようなものと考えられます。北インド古典器楽タントラ(ヴェーダ時代のタントラと文字は同じですが、「弦」の意味です。根底では同義かも知れません)・バージが成り立つ所以は、「歌の模倣」ではなく、「歌とは異なる、歌にも真似出来ない技法」を開発したからですが、南インドは逆に、楽器の限界に挑み、如何に肉声に近くするか、が問われて来ました。

なので、南インドのヴァイオリンは、胡座の左足の踵に楽器先端の糸蔵の先の「カタツムリのような渦巻き」を当て、左肩との間でしっかり固定し、左手の指先と、親指と人差し指の間には少し油さえ塗って、自在にスライド出来る左手で演奏します。尤も、南インド古典音楽の場合、音階の音それ自体が装飾されていますので、声楽の模倣を考えずとも、その音を出さんとすれば、結局同じ結果に至るとも言えます。
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南インド古典音楽(本曲)の醍醐味は、次回しっかりお話ししますが、南インド古典音楽のアーラープの醍醐味は、第一部の様々なシラブル(韻)で歌われる自由リズムの部分の説得力と、第二部のリズミカルな部分に於ける拍分割・融合の妙技を見せる「Thanam」、そして、後に歌う作品の重要な歌詞を自由な即興で歌う「Niraval」であると言えるでしょう。
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多くの日本人研究者やマニアが、南インド古典音楽が「北インド古典音楽より伝統的で保守的」と言いますが、全くの逆で、現行のスタイルの殆どがむしろ近代に確立したものですし、良い意味でモダンで格好良いとさえ言えます。

ただ音の装飾とリズム感が、「ブレない」ことは大きな特徴です。

北インドの装飾音は、着けたくない時には付けず、付けるとなったら全てに付くようなところがあります。それに対し南インドの装飾は、ラーガによってどの音にその種類の装飾が付くかが決まっています。その動きは次のイメージ図のように、全く異なるのです。
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この典型的な例が白黒動画ですがインド政府文化庁の映画部「Film Division」の「Music of India」で、トゥムリ系のカヤール歌手と南インドの歌手が音階的には同じラーガを歌って比較しています。

最も現代の北インドの「装飾多用」は、19世紀末頃からの或る意味悪しき風習で、花柳界の歌の真似である「ムルキー(こぶし)」の多用が元凶です。従ってドゥルパドではあり得ないこと。(最近のドゥルパド歌手を自尊する歌手の場合はあやしいですが)、ドゥルパドに根差した器楽でも装飾は必要最小限を定められたところに付けるものです。この点では南インド古典音楽は保守的と言えます。
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この装飾音を料理に喩えると面白いことが分かります。
北インドの装飾は、全体に着け得るが、付かないこともある。つまり北インド料理の「パラオ(ピラフ)」「ビリヤーニ」のような感じです。ご存知のように西洋料理、日本のスナックのメニューでもある「ピラフ」はペルシア~アラビヤの「パラオ(炊き込みご飯)」がルーツですが、西に行くに従ってスパイスの種類は少なくなり、基本的に炊きあがる直前に加えたりします。炊き込みご飯を炒め直す時でもあります。ところが、南インドの場合、数日前から食材をスパイスに浸け込んであるのですから、食卓に運ぶ前にスパイスの加減などあり得ないのです。

また南インドの太鼓ムリダンガムは、堅い木を肉厚に刳り貫いてあるので、6~8kgは優に越えどっしりとしていますが、北インドのタブラは、左低音の金属胴の底に重りを仕込んだものでも左右で3~4kg程度のものです。
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南インドのアーラープの第一部「Akshipthika」では、ラーガの基本を厳格に再現します。ここで声楽家が発音する音は、北インドのような「アー(Akar)」でも「階名唱法(サルガム)」でもないスキャットです。ドゥルパド・アーラープの第二部:Nom-Tomに似ていますが、「ノントン」のような「ノー、ノーン、トー、トーン、デー、デーナ」などの限られた(10種前後)ではなく、南インドでは「ノー、デー、ディーナ」などに始まり、有名な歌のと或る単語や、意味の無いフレイズなどを合わせると数百あります。

第二部の「Ragavardhini」では、北インドと同様に中庸の2拍子のビート感の上で、第一部で語った「ラーガ物語」を再演します。その際、後に歌う本曲の歌詞を借りて来て様々な旋律でラーガを多極的に解明する「Niraval」が歌われるか、それと対極的な性質である、リズム分割でラーガの性質を具現するターラムが歌われます。ターラムと北インド器楽のアーラープ第二部:ジョールは良く似ていますが、南インドの方がやはり堅い感じです。

第三部の「Magarini」は、「総論、全音域」という拡大型で、ラーガ物語の可能性を具現します(北インドのドゥルパド・サーラープの「アボーグ」に相当します)。が、近代では割愛されることがほとんどのようです。

白黒ジャケットは、撥弦楽器ヴィーナの「ターナム」の一大芸系を築いたヴィーナ・ダナムマール氏の愛弟子サヴィトリ・ラジャンさんの「私家盤」です。

私家盤と言えども、親族とお弟子で大金を集めて南インドEMIで録音プレスしたもので、親族、お弟子の他、名だたる音楽関係者に配られた記念盤です。

スッブーラクシュミ女史のアルバム以上の宝として私がこれを持って居るのは、ラジャンさんのひとり娘さんが私の南インド古典音楽の師匠だからです。母娘ともにプロ演奏家にはならず、一介の主婦になったので、私家盤として出したのですが、芸系はむしろ純粋で素晴らしいものがあります。この一枚の御陰で、南インド古典音楽界に於いて、何がギミックで、何が本道からは容易に理解出来ます。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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また、現在実施しております「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」は、まだまだご回答が少ないので、
是非、奮ってご参加下さいますよう。宜しくお願いいたします。

https://youtu.be/wWmYiPbgCzg

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是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

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Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

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(文章:若林 忠宏

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