137、インド音楽の楽しみ方(10)北インドの準古典叙情歌トゥムリの形式

この連載で、古典音楽にしばしば関わる「花柳界の音楽」と述べて来ている音楽の代表的なものが「花柳界の歌姫の叙情詩:Thumri」です。
図は、上段がトゥムリの構成で、下段がアラブ・ペルシア様式の叙情詩ガザルの構成です。この二種はいずれも中世インド花柳界で発展した準古典音楽叙情歌ですが、厳密には以下のように分別されます。

トゥムリ
1)主にヒンドゥー教徒の下層音楽階級の女子が舞踊と共に身に付ける歌唱様式
ムスリマ(イスラム教徒の女子)の芸姑でも歌う者は居る。
ガザルを歌うヒンドゥー系の芸姑は少なかったと思われるが例外もある。
宮廷文化が終焉した1945年以降は、芸術音楽として宗派階級は問わない。
2)主にヒンドゥー教の神々の物語を、平凡な人間の恋愛叙事詩に見立てて歌う。
イスラム支配下でヒンドゥーイズムを継承する為の策だったとも言われる。
同じ芸姑の舞踊では、全体はペルシア風胡旋舞だが、手首より先のムドラで
ヒンドゥー寺院デーヴァダースィの伝統を継承したとも言われる。
3)基本的に軽いラーガ(旋法)、および混合ラーガを用い、更にしばしば
ラーガに無い音を臨時に加えたりする。
4)同じ一族・家系に生まれた男子は、太鼓:タブラと弓奏楽器:サーランギー
を身につける。
5)歌詞は、主題の一二行しかなく、同じ歌詞や、その部分の単語を様々な旋律で
歌う即興歌謡「Neraval」が本領である。

ガザル
1)アラブで生まれペルシアで育った後、インドでインド音楽とも習合して完成した
ペルシア・シルクロード・アラブ・トルコ・北アフリカにもあるが、各地で
各地の伝統音楽のスタイルで歌われる。
2)二行連句で、冒頭の連句が「主題:結論的な内容」で、その後の展開部で
物語の内容を深めて行く。各二行目に韻が踏まれる。
この構造は、中世ヒンドゥー献身歌バジャンに影響を与えた。
3)各展開部の後は主題に戻るが、その度に伴奏楽器は盛り上がる。
序唱歌手が居る場合、主題に戻ると序唱者の合唱が加わる。これはヒンドゥー
讃歌キールターンに影響を与えた。
4)主にイスラム教徒の下層音楽階級の女子が舞踊と共に身に付ける歌唱様式
恐らく必須ではないが、大概この種の芸姑はトゥムリ系歌謡も歌う。
5)花柳界の他、富豪の邸宅などで歌う近似の歌唱様式もある。
6)主題はほぼ定型通り歌われるが、展開部は即興の余地が多い。
トゥムリのようなNeravalも含むが多くなく、比較すれば遥かに短い。
7)同じ一族・家系に生まれた男子は、太鼓:タブラと弓奏楽器:サーランギー
を身につける。
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大雑把に説明するとことようになります。もうお気づきの方もいらっしゃるかも知れませんが、見落としがちな重要な点は、元々は両者の音楽カーストは同じだった、ということです。それが10世紀に以降イスラム支配下に於かれた都市で、一方は生き残るためにイスラムに改宗し、一方は、やはり生き残る選択肢として改宗しなかった、ということです。

トゥムリ歌手の場合、当然のイスラム教徒の客が多い店で歌い踊りますが、ヒンドゥー娘であることの価値がある訳です。逆にムスリマ歌手は、イスラム教徒富豪の邸宅にも出張出来るという事情です。

また古典音楽にとって重要なポイントが二つあります。ひとつは、中世以降この花柳界の音楽文化が古典音楽に大きな影響を与えていたということです。実際弦楽器シタール、太鼓:タブラ、弓奏楽器:サーランギ、そしてカヤール声楽様式などは全て、この花柳界で生まれたものです。勿論、宮廷古典音楽の末端に加えられ(次第に出世し宮廷文化の最後の時代には主流にまで登り詰める)た後、科学音楽に根差す古い伝統古典音楽の要素も加味されました。

その一方で、もうひとつのポイントは、花柳界の歌姫・舞姫と男兄弟のタブラ、サーランギー奏者たちは、宮廷楽師の貴重な定収入源のお弟子であったことです。宮廷で上位に位置すれば、給料も充分な上に、名演奏を記す度に、聴衆からの「おひねり」や王からの「褒美」が出たりしますが、中下級ですと、給料ではやっとの生活になります。そんな時、趣味で倣う庶民ではなく、根気良く熱心で長く続くお弟子の存在は掛け替えの無いものだったのです。
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「おひねり」は、日本の花柳界でも良く知られた風習です。
今日でも「全てに都合良くなんて、あれもこれもで価値が薄っぺらい」と批判する際に「総花的」と言いますが、この言葉の語源は、お大尽が、花柳界のお店に着くや、芸姑さんはもとより、番頭、たいこもちから小間使いさんにまで全員に「おひねり」を与えたことを言ったものといいます。

「おひねり」はイスラム文化圏では宗教・宗派を問わず共通しています。
ちなみに「おひねり」は日本独特で、現金を剥き出しは禁忌なので、半紙に包んで小さな巾着のように「ひねる」からです。日本以外ではアカラ様に現金が投げられたり、楽器の何処かに挟まれたりします。

私も何度も経験しましたが、最も忘れ難い体験が、インド料理店開店パーティーと或る年の在日パキスタン人協会の祝賀祭でのことでした。料理店での演奏は、私の演奏会ではなく、中世から続く風習そのものの、「一日中BGMとして弾き続ける」もので、それではワリが合わない交通費込み一万円のギャラでした。

ところが、何かの拍子に、集まった店主の身内のインド人ヒンドゥー教徒たちのスウィッチが入り、誰かが「おひねり」を演奏中の私の弦楽器の糸巻に挟むと「ならば俺も」と次々と下さり、結局数万円もギャラアップしたという経験です。日頃多分に日本人化している彼らは、むしろ異国での生き残り精神で倹約家ですが、私のレパートリーが現地人ウケするものだったので、スウィッチが入ったのでしょう。

パキスタン協会でも「ならば俺も!俺も!」となり、運輸会社社長は、「今度またパキスタンに行った時は、君の荷物は無料で空輸する!」六本木のレストラン社長は、「メンバー全員フルコースご招待だ!」、そして旅行会社社長は、「ならば俺様は、日本~パキスタンの航空券をプレゼントだ!」となったのです。
アラブ・トルコのベリーダンスでは、踊り手の胸の谷間に折った札をねじ込みますし、西アフリカでは、伝統音楽のみならずアフリカンロックの歌手がギターを弾いていればその汗をかいた額に札を貼付けます。
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しかし、宮廷音楽が終焉してからは、インド音楽家の生活は、腕前よりもコネと営業力で雲泥の差が出ます。私も現地で1レッスン100ルピー(当時は多分千円相当)で巨匠からタブラを学んでいましたが、父親のような存在のシタールの師匠から、「こいつにも仕事をやってくれ」と貧しい身なりのタブラ奏者からも学びました。が、なんと1レッスン10ルピーでした。腕前は一回り程度しか変わりませんが、千円と百円です。
勿論花柳界の弟子を得るのも、上位の音楽家の方が有利で裕福に繋がるのですが、「宮廷での音楽では手加減や半端な手助けはしないが」としつつ、花柳界の弟子は、チャンスに恵まれない音楽家にも行き渡るようにしていたとも聞きます。イスラム・ヒンドゥーを通じて、昔の日本以上に、共存互助の精神が豊かなので、在り得る話しだ、と思いました。

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トゥムリは、或る意味でガザル以上に音楽的であり、基本音以外の混入が多いですが「音の動きが命を生む」という点では「ラーガ音楽」の要素も薄くないとも言えます。それに対しガザルは圧倒的に「詩の表現」に重きが置かれています。

ガザルの詩が、主題・展開部のいずれもが二行連句の二連句(計四行)で、展開部は最低でも四つあるのに対し、トゥムリは一二行しかありません。

その為に「同じ歌詞や単語を様々な旋律で歌う:ネラヴァールの技法」が驚異的に発展しているのです。実際、例えば「夕べ」という単語だけで、数十分は即興しています。これは古典声楽:カヤールの中心的な要素であることは勿論、南インド声楽の即興にまで強い影響を与えています。

ちなみに同じトゥムリ歌手のレパートリーである「ダードラ」や、ヴァラナシなどの東部のトゥムリで重要なカジャリー、ホリーでは、歌詞も多く、構成もガザルに近似します。

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トゥムリの構成は、極めてシンプルで、前半は、中庸のテンポの14拍子で歌われ、歌手の目配せでタブラは突然4拍子を非常に細かな手さばきで叩き続け始め、かなり盛り上げます。それに乗って歌手は、ほんの一言二言を、疾走する馬に乗るかのように、しかし全くリラックスして長閑に歌い続けます。

この部分は、聴衆が最も盛り上がるところで、「ラギー」と呼ばれます。そしてエンディングは、僅かな目配せの直後にタブラが、ささやかな終始句で終わり、そのまま叩かない場合もあれば、14拍子を1サイクル叩き、末尾に簡単な終始句を着けて終わるのです。

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1980年代に古典声楽の巨匠の地位に君臨した、カヤールも歌うトゥムリ歌手には、ギリジャ・デーヴィー、ニルマラ・デーヴィー、ヒラ・デーヴィー、ショバー・グルトゥーの他、有名なシタール奏者ラヴィ・シャンカル氏の親戚で、共に欧米公演でも活躍したラクシュミ・シャンカル女史などが居ますが、20世紀最大のトゥムリ歌手で、トゥムリ系歌謡に徹した伝説の名人が、LPジャケット写真のラスーラム・バイです。

1980年代在京のインド人会、パキスタン人会、バングラデシ人会での演奏が増えた私に、各国の音楽マニアは、「お前日本人とは思えんなぁ」と嬉しそうに話し掛けて来てくれて、「当然、○○の歌は聴き込んでいるよな!?」と異口同音に言うのです。ヒンドゥー教徒はこの○○がラスーラム・バイであり、イスラム教徒は、○○がベガム・アクタールでした。それぞれ十人近い人が同じ名前を挙げるのです。「これは聴かずにおられない」と二三ヶ月掛かって苦労して手に入れてみると、どちらも日本人感覚では美声とは言い難い、晩年の録音であったこともありますが、むしろ当初は、しわがれ声でぶっきらぼうに歌っているとしか感じませんでした。どちらもお若い頃から声域が低いこともありますが。

絵のジャケットは、トゥムリ歌手を集めた名盤で、白黒写真のLPは、ラスーラム・バイの名盤です。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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是非、奮ってご参加下さいますよう。宜しくお願いいたします。

https://youtu.be/wWmYiPbgCzg

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是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

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Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

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(文章:若林 忠宏

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