138、インド音楽の楽しみ方(11)北インドの準古典叙情詩ガザルの形式

前回Vol.137でご説明しました中世~宮廷終焉までのインド花柳界の二大歌謡のひとつ「Thumri」について述べました。今回は、他方の「Ghazal」ですが、共通項の同じ文章もここに記します。図も共通です。
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図は、上段がトゥムリの構成で、下段がアラブ・ペルシア様式の叙情詩ガザルの構成です。この二種はいずれも中世インド花柳界で発展した準古典音楽叙情歌ですが、厳密には以下のように分別されます。

トゥムリ
1)主にヒンドゥー教徒の下層音楽階級の女子が舞踊と共に身に付ける歌唱様式
ムスリマ(イスラム教徒の女子)の芸姑でも歌う者は居る。
ガザルを歌うヒンドゥー系の芸姑は少なかったと思われるが例外もある。
宮廷文化が終焉した1945年以降は、芸術音楽として宗派階級は問わない。
2)主にヒンドゥー教の神々の物語を、平凡な人間の恋愛叙事詩に見立てて歌う。
イスラム支配下でヒンドゥーイズムを継承する為の策だったとも言われる。
同じ芸姑の舞踊では、全体はペルシア風胡旋舞だが、手首より先のムドラで
ヒンドゥー寺院デーヴァダースィの伝統を継承したとも言われる。
3)基本的に軽いラーガ(旋法)、および混合ラーガを用い、更にしばしば
ラーガに無い音を臨時に加えたりする。
4)同じ一族・家系に生まれた男子は、太鼓:タブラと弓奏楽器:サーランギー
を身につける。
5)歌詞は、主題の一二行しかなく、同じ歌詞や、その部分の単語を様々な旋律で
歌う即興歌謡「Neraval」が本領である。

ガザル
1)アラブで生まれペルシアで育った後、インドでインド音楽とも習合して完成した
ペルシア・シルクロード・アラブ・トルコ・北アフリカにもあるが、各地で
各地の伝統音楽のスタイルで歌われる。
2)二行連句で、冒頭の連句が「主題:結論的な内容」で、その後の展開部で
物語の内容を深めて行く。各二行目に韻が踏まれる。
この構造は、中世ヒンドゥー献身歌バジャンに影響を与えた。
3)各展開部の後は主題に戻るが、その度に伴奏楽器は盛り上がる。
序唱歌手が居る場合、主題に戻ると序唱者の合唱が加わる。これはヒンドゥー
讃歌キールターンに影響を与えた。
4)主にイスラム教徒の下層音楽階級の女子が舞踊と共に身に付ける歌唱様式
恐らく必須ではないが、大概この種の芸姑はトゥムリ系歌謡も歌う。
5)花柳界の他、富豪の邸宅などで歌う近似の歌唱様式もある。
6)主題はほぼ定型通り歌われるが、展開部は即興の余地が多い。
トゥムリのようなNeravalも含むが多くなく、比較すれば遥かに短い。
7)同じ一族・家系に生まれた男子は、太鼓:タブラと弓奏楽器:サーランギー
を身につける。

大雑把に説明するとことようになります。もうお気づきの方もいらっしゃるかも知れませんが、見落としがちな重要な点は、元々は両者の音楽カーストは同じだった、ということです。それが10世紀に以降イスラム支配下に於かれた都市で、一方は生き残るためにイスラムに改宗し、一方は、やはり生き残る選択肢として改宗しなかった、ということです。
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トゥムリ歌手の場合、当然のイスラム教徒の客が多い店で歌い踊りますが、ヒンドゥー娘であることの価値がある訳です。逆にムスリマ歌手は、イスラム教徒富豪の邸宅にも出張出来るという事情です。

また古典音楽にとって重要なポイントが二つあります。ひとつは、中世以降この花柳界の音楽文化が古典音楽に大きな影響を与えていたということです。実際弦楽器シタール、太鼓:タブラ、弓奏楽器:サーランギ、そしてカヤール声楽様式などはずべて、この花柳界で生まれたものです。勿論、宮廷古典音楽の末端に加えられ(次第に出世し宮廷文化の最後の時代には主流にまで登り詰める)た後、科学音楽に根差す古い伝統古典音楽の要素も加味されました。

その一方で、もうひとつのポイントは、花柳界の歌姫・舞姫と男兄弟のタブラ、サーランギー奏者たちは、宮廷楽師の貴重な定収入源のお弟子であったことです。宮廷で上位に位置すれば、給料も充分な上に、名演奏を記す度に、聴衆からの「おひねり」や王からの「褒美」が出たりしますが、中下級ですと、給料ではやっとの生活になります。

(以上前回と共通事項)
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ガザルの構成は、トゥムリより遥かに複雑ですが、極めて規則的なので、分かり易い聴き易いと言えます。

まず、歌詞は二行連句で、同時代に発展したヒンドゥー讃歌キールターンや献身歌バジャンにも影響を与えています。

主題と展開部は、いずれも二行連句が「上の句・下の句」の二つの構成になっており、まとめて「バイト」と呼ばれます。冒頭の「主題のバイト」と「最後のバイト」は、特別にそれぞれ「マトゥラー」「マクター」と呼ばれ、マクターは大概四番か、それ以上の場合でも演奏会や録音では割愛して四番に持って来て終わることが多く見られます。

マクターには、作者の名前を雅号のように入れ込むことが風習で、これもヒンドゥー献身歌バジャンどころか、南インド古典声楽のクリティーにも伝わっています。ガザルではこの雅号は「タハッルス」と呼ばれます。

従って、作詞家の名と詩は紛れも無く正確に継承されているということです。しかし、旋律やラーガ、そしてガザルにも多い臨時音は、花柳界での口承伝承に頼る他なく、変化している部分もあるかも知れません。楽器間奏に関しては、伝承と主題の旋律を基に、録音の度に編曲者が作曲しているようです。
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ヒンドゥスタン・ガザルの最大の特徴が、繰り返され主題に戻る毎に次第に盛り上がることです。

図のガザルの一行目では、最初の間奏「サズ(ペルイシア語で「楽器」の意味)は、同じ中庸のテンポのタブラ伴奏で演奏されますが、はじめの展開部の後に初めて戻った主題では、後半にタブラの「ラギー」に替わります。タブラのラギーは、倍速~四倍速で叩きますが、オリジナルのテンポとノリはキープされています。これが最後に主題に戻る時には、戻った頃からラギーに替わって、歌い手は相変わらず淡々と歌うのに対し、伴奏は非常に熱く盛り上げているのです。この構造は、トゥムリと同じです。(トゥムリでは後半にまとめて行いますが)

図の一行目の後半、主題に戻った途中からタブラだけラギーになるのは、実は歌い手ははじめの連句しか歌わないからです。残る下の句は楽器伴奏だけとなります。
そして、間奏は、展開部の二回目の後の戻り以降、撥弦楽器はピッキングを二倍四倍速で弾き、弓奏楽器は運弓を倍にして盛り上げます。
が、次の展開部の直前で、全員「ストン!」と冒頭と同じテンポ・躍動感に戻すのです。

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この手法には、「歌詞を聴き入ること」と「歌詞を理解すること」というガザルの最も重要な基本があります。
まず、何度も聴いたことがある曲(詩)でも、聴衆のみならず伴奏者、歌い手さえもが「初めて」の気分・気持ちで聴き・歌うのです。
これは、ペルシア語やウルドゥー語の詩「シェール」の即興の会の風習から来ているのかも知れません。日本の和歌や川柳の会のように集った愛好者は、車座になり、一人一人皆で決めたテーマで順にその場で即興詩を詠うのです。

単なる詩会と異なる点は、次々隣に回すことと、いささか勝負・腕比べ的であることです。考えている時間は、「しりとり」に近いほど少ないスリリングなものです。日本でも江戸時代に流行った「連歌」があります。

ガザルもトゥムリも、その場その場で即興的に歌うことが主流であったと考えられ、伴奏者もはじめの主題も各展開部も「その時初めて聴いた」という設定です。
従って、伴奏が盛り上がる・派手に弾くことはあり得ないのです。
ところが主題に戻った際は、話しは変わり、二度目に聴く文言ですから、反応せねばならず、ラギーで盛り上げることで反応を示すのです。

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また昔から私は、このガザルを説明する時に「ペッパー警部型」と言って来ましたが、分かり易かろうと思った例えですが、ぼちぼち数年前から、「ペッパー警部って歌を知らない」という人が増えて来て困っています。あの時代ですと、老若男女同じ曲を引き合いに出しても話しが通じましたが、この二十年、皆に通じる曲がないからです。

「ペッパー警部型」の冒頭の歌詞を要約すれば、「ペッパー警部邪魔をするな!私たちはこれから良いところなのだ!」というものですが、「初めて聴いた設定」では、「ペッパー警部って誰?」「私たちって誰?」「良いところって何?」となる訳です。

同様に、パキスタンの「ガザルの帝王」と呼ばれた歌手の名曲では、「もし、恋愛に哲学というものがあるのなら。教えてやって欲しいものだ女性達に」という主題があります。ペッパー警部同様に、これだけでは全く意味が分かりません。なので、展開部でその「理由、事情」を語り、聴衆もそれを聴こうとする訳です。

従って、展開部の直前では伴奏のラギーを止め、聴き入る態勢に切り替えるのです。

逆に主題に再び戻った際は、それが繰り返される度に、
「おお!なるほどね!おっしゃる(主題の)意味が分かって来ましたぞ!」のリアクションの意味を込めてラギーを展開するのです。

このラギーで聴衆も盛り上がるとともに「分かった気分」も充実します。そして、恐らくこのタイミングが「おひねり」の絶好のタイミングとなるのです。

絵のジャケットのLPは、ミルザガリブの作品を歌った往年のガザル歌手のコンピレイション。
写真はパキスタン・カラチで幸運にもインタヴューが出来た「ガザルの帝王」の一人、グーラム・アリ氏と

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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(文章:若林 忠宏

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