御足に触れる行い

霊的叡智の宝庫であるインドの美しい文化。
その継承において、重要視されてきたのが導師であるグルの存在です。
グルの存在に心を寄せ、黙々と日々を歩む人々が現代でも少なくありません。
そんなグルの礼拝において欠かすことのできないものが、グルの御足を象徴するパードゥカーです。

パードゥカーは、聖なる履物として崇められます。
その起源は、叙事詩のラーマーヤナに遡ります。
義母の偽計により王位を退いたラーマ神は、14年間の隠遁生活を強いられていました。
ラーマ神を慕う異母兄弟のバラタは、ラーマ神の身代わりとしてその履物を譲り受けると、王座に祀り、ラーマ神を王として礼拝を続けます。
その履物のもと、バラタはラーマ神の臣下として、王国を治めたと伝えられます。

インドの文化において、古代より最高の礼拝として捉えられてきたのが、足に触れる行いでした。
グルだけでなく、親や年長者といった尊敬する人物や目上の人物に会う際、人々は手や額でその足に触れ、敬意をあらわします。
チャラナスパルシャ(接足作礼)と呼ばれるこの行いは、現代でも廃れることなく受け継がれています。

御足に触れる行いには、数多くの恩恵があると伝えられてきました。
一説に、頭頂から流れるエネルギーは、足を通して放たれるといわれます。
そのため、尊者の足に触れることで、その崇高で吉兆なエネルギーを受け取ることができると信じられています。

一方で、上方にある尊い頭に比べ、下方にある足は不浄とされる考えもあります。
尊者の足に触れることは、その不浄さえも尊いものであるということを意味し、そうして謙遜する行為は、自我を滅し心に平安をもたらすと伝えられます。
その心は、多くの学びと祝福を得るための大切な器となるものです。

御足に触れる動きは、全身を動かす礼拝でもあり、身体の健康にも大きな恩恵が授けられると伝えられます。
こうして日々の祈りを捧げることで、心身はより吉兆なエネルギーを受け取ることができるに違いありません。

(文章:ひるま)